002-021
広間に残された人々は王の早すぎる退場に戸惑っていたが、その状況にティアスは積極的に行動を始める。
ティアス 「宴までは暫し時間が有りますので、皆さまは控えにお下がりください、私は私の勇者様であるダイン様とお話が有りますので」
ティアスの仕切りはダインには有り難かった、不特定多数の見知らぬ者から声を掛けられるよりも、見知ったティアスといる方が落ち着く事は間違いない、それにこの雑多な会場の中では暗殺者が行動するのにうってつけでも有りそうだ。
その憶測はティアスも同様だった様で早足で壇上から降りて、ダインの元に駆け寄ると手を取る。
ティアス 「さぁ、私に続いて下さい、此処にいると誰が割って出て来るか解りませんから」
ティアスはダインの手を引いて奥の側の扉一つから外に出ると、そのまま何処かにダインを案内する様だ、そして、その二人の後にメイドのプルルも続いて、一行は逃げる様に早足で広間よりもさらに王宮の奥まったところに有る部屋へと場所を移す。
どうやらその部屋は書庫の様で、部屋の入り口付近にテーブルが備え付けられているが、その他は本棚がずらりと並んでいる、ダインはこの世界に来てこれ程たくさんの本を見たのが初めてだったので、興味を惹かれてしまう。
ティアス 「何とか私が確保しましたね、それにしても誰かがお父様に頼み込んで様ですね、あんな理由で呼び寄せるなんていくら何でも横暴ですから」
ダイン 「私も驚きました、王は私に全く興味を抱いていませんでしたので」
ティアス 「はい、呼び寄せてアレは無いですよね、正直、最近のお父様は王としての振る舞いに問題が有ります、まぁ退位は一年後に決まってますのでやる気を失っているのかも知れませんけど」
ダイン 「王の在位期間は予め決められているんでしたよね、確か最長でも二十年とか」
ティアス 「はい、二年毎に元老による審判が行われます、お父様は先の審判で不適任とされ十六年で退位する事が決まりました、私が言うのも何なんですが後継となる子供達の評判が良く譲る為に退位を促された感じです」
ダイン 「ああ、それで納得ですね、王としては私は自分の地位を奪うのに手を貸す邪魔者でしょうから」
ダインの言葉にティアスは申し訳無さそうな顔をしている、だからこそ直ぐにダインに駆け寄って守ってくれた訳だが。
そして、ティアス直々にダインを迎えに来たわけには、ダインの身の安全を第一に考えた結果なのかも知れない。
ティアス 「しばらくは此処で寛いで下さい、プルルは私の側使いのメイドですので安心していいですよ、私は残念ながら諸侯との会談が有りますので此処にはいられませんが会談が終わった後には一緒に宴に参りましょう」
ダイン 「ティアス様もお忙しいのですね、私に構わず行って下さい、その為にこの書庫の様な部屋に来たんですよね」
ティアス 「はい、ダイン様は既にこちらの文字にも精通しているとの話でしたので、プルルは学も有る娘なので解らないところが有れば尋ねてみるといいと思います、では私はこのあたりで」
ダイン 「解りました、ここならば私も退屈せずに済みそうです」
ティアス 「なら行って参ります、プルルもくれぐれもダイン様をよろしく頼みますよ」
プルル 「はい、お任せ下さい、此処にはティアス様用のもてなし道具も有りますので」
ティアス 「美味しいお茶をお出ししてあげて下さい、では」
ティアスは軽く会釈をすると部屋を出て行ってしまう、ダインとプルルは並んでそれを見送ったが、次の行動に移る前に二人とも横目で相手を見て目が合ってしまう。
プルル 「気になりますよね、取り敢えず私はお茶を淹れる事にします」
ダイン 「はい、ちゃんと自分の分も用意して下さいね、一人で飲むお茶は味気ないので」
プルル 「私なんかがお相手してもいいんでしょうか?」
ダイン 「此処には私とプルルしか居ませんよ、それにプルルは凄く魅力的なので私も緊張しています」
プルル 「ダイン様ってそういう事誰にも言ってそうな気がします、フェカト様やポーカ学長も口説いてるって話も伝わってますよ」
ダイン 「この世界の文化と私の好みが合っていますからね、私居た世界では私の好みの女性は結構少なかったですから、逆にこの世界で私が知り合う女性は好みが多いんですよ」
プルル 「何だかよく解りませんけど、私も好みなんですよね」
ダイン 「はい、プルルも私にとって好ましい存在です、ここではどうにもなりませんが、テガスに来れば可愛がって上げますよ」
プルル 「ちょっと怖い感じもしますけど魅力的では有りますよね、でもティアス様にお仕えしなくてはいけませんので無理ですね、ですからお茶で我慢して下さい」
この時のプルルは妙に嬉しそうな顔をしていた、後になってダインはその意味を知る事になるのだが、女の子に好かれて嫌なわけがない。
ダイン 「解りました、私も書庫で本を探してきます」
その後、書庫を物色するダインはプルルに尋ねる事が出来そうな本を探して、結果歴史書を選択する事にする、ティアスが学が有ると言っていたので歴史なら知っている事も多いだろう。
歴史観というものはそこに生きる人間の思考を理解する上で重要な手掛かりとなるのだ、例えば歴史上の人物に対する好感度を訊ねる事で、行動に対する好き嫌いなどは浮かび上がってくる。
ダインは本棚から、なるべく多くの年代について記されていそうな本を選ぶと、入り口付近の机へと戻って来る、プルルは既にお茶の準備が終わっている様で、机の一つにお茶の用意をして待っている。
ダイン 「この世界の良いところはお湯が直ぐに沸くところですね」
この世界には魔力でお湯を沸かせる魔導具が存在しており、お茶に使うお湯ぐらいならば直ぐにも用意する事が出来る。
プルル 「そうでも無いですよ、普通の家は魔導具なんて持ってませんから、でも、王都は近隣の森を大切にしてますので、竈門無い家も多いですね」
ダイン 「確かに上空から見た王都周辺には森が沢山有りましたね、ですがそれだと食事はどうしてるんですか」
プルル 「結構な頻度で食堂があるんですよ、むしろ王都に住んでる人は自分で余り料理はしませんね」
ダイン 「この世界の人間特有の合理的な思考の賜物ですね、少量調理するよりも大量に作った方が効率的ですから」
プルル 「確かにそうですよね、家に台所が無い事でお掃除の手間とかも減ってると思います、私は職業柄台所のお掃除しますけど、大変ですからね」
ダイン 「普通の家では食べ物を食べないんですか?」
プルル 「お茶やお菓子ぐらいは食べますけど、食事は食堂ですね」
ダイン 「なるほど、学院の寮生と似てますね」
プルル 「ああ、ああいう暮らしが王都や大きな街では一般的です、田舎だと違いますけど」
ダイン 「なるほど、屋敷のメイドよりもプルルさんは話し易いですよ、彼女達は職務に忠実で真面目過ぎますから」
プルル 「私はお客様をもてなすのが仕事ですから、それにダイン様に話した様な事は当たり前の事ですよ」
ダイン 「ですがちゃんと教えてくれる人は有難いですね、無知な事を笑われるのは私達ですから」
プルル 「ですが、他の国だと違うって話しでしたし」
ダイン 「常識なんて人それぞれですからね、だからこそこの世界の民衆の思考を知れたいんですよ、そこで歴史上の人物に対するプルルの意見が聞いてみたい訳です」
プルル 「私でいいんですか?」
ダイン 「フェカトやポーカと言った権力側のモノは解ってますから、ですからプルルに尋ねてみたいんです」
そう言ってダインは本棚より持ち出した歴史書をプルルに見せる。
プルル 「歴史書ですか、会話の話題の為に読んだ事は有りますけど、得意じゃ有りませんよ」
ダイン 「そこは心配しなくても大丈夫です、この世界の歴史上の人物に対して、プルルがどう思っているか聞いてみたいんですよ」
そう言って、ダインは歴史書を捲り目次を見るが、最初の項目は古代史とかいう物では無く、魔王時代の戦乱から始まる様だ。
ダインがその事に少なからず驚きを見せているのを察したプルルは理由を説明してくれる。
プルル 「歴史書が魔王時代から始まるのは、魔王時代には文字が禁止されていたかららしいです、殆どの本が焼かれて魔王時代以前の歴史は語り継がれた物だけという話しです、それも全然違う話しばかりで正確な事が解らないので、歴史書は魔王時代から始まるんですよ」
ダイン 「魔王が文字を禁止したんですか、文化を滅ぼす意図でも有ったんでしょうか」
プルル 「解りません、でも本の記述にも有ると思いますが、魔王は全ての事を知っていたという話しです」
ダイン 「全ての事を知っていたですか、殆ど神ですね」
プルル 「いや、魔王は実際に存在してましたから神とは違いますよ」
そう、フェカトやポーカ達から聞いてはいたが、この世界の信仰心は薄い、神とは基本存在が確認されていないモノに対して使われる言葉で、実在が証明されている魔王の方が神よりも畏敬を懐かられている。
ダイン 「此処では善悪で無く、実際の強さで信仰が決まってますよね、人々が本質を見極めている気がします」
プルル 「だからダイン様が大人気なんですよ、ダイン様の子種を頂ければ強い魔力を持った子供が期待出来ますから」
ダイン 「それはフェカトやポーカからも聞いてますよ」
プルル 「でもあのポーカ様がダイン様を選ばれたのは納得です、ダイン様の子供なら男性でも魔力が高そうですから、そうなれば一族繁栄は間違い無しですね」
ダイン 「なるほど、確かに現実的な事で私がモテる訳ですね、騎士の立場の特権は学院に間借りしている私もよく理解してますから」
プルル 「そうなんですよ、一族に優れた騎士が産まれれば、それだけで貴族にもなれますからね、フェカト様を羨ましく思ってる貴族は多いですね」
ダイン 「フェカトには色々尽くして貰ってますが、よく出来た娘ですよ」
プルル 「そうですよね、今のテガスが凄いって話しはフェカト様が頑張ってるお陰ですよね、幾ら魔鋼を沢山作る能力が有っても、材料無いと作れませんから、そもそもポロルグって、魔鋼の材料が無かったからククジアと併合の道を選んだ訳ですから」
ダイン 「ジーカが優秀だったので、周りから材料止められたって話しですね」
プルル 「はい、私が産まれる何十年も前の話しですけど」
ダイン 「プルルはポロルグ出身なんですよね」
プルル 「はい、でも今のポロルグって昔より栄えてるらしいですからいい判断だったと思います、自立して貧しい国よりも今の方が絶対良いです、ですから旧ポロルグ王族の現領主の家は民衆に支持されているんですよ」
ダイン 「民族の独立より民の生活なんですね」
プルル 「ククジアの政治体制はポロルグの時より優秀ですからね、現国王は暗君では有りませんが、次世代のティアス様達が優秀なので元老院の指示で退位するんですよ、こういうところがククジアの凄いところですよね」
ダイン 「確かに人間は権力を持つと変わる人が結構いる様ですから、そして辞めない権力者というだけで権力の地位に止まるべきじゃないんですよ」
プルル 「でも、長らく権力の座に有った魔王という存在は善政は布いてたらしいですよ、後の人間同士の乱世時代には人々は魔王時代を懐かしがったという記実が有りますから、結局ポロルグがククジアに併合を申し込んだのって同じ事なんでしょうね」
ダイン 「私の持論では人間は人間の上に立つには相応しく無いんですよ、公平なんて不可能な生き物ですから、ですが、人間以上の存在なら人間に平穏を与えられるかも知れませんね」
プルル 「勇者で有るダイン様はある意味で人よりも魔王に近いと思いますけど、実際テガスでは今まででは考えられ無かった事が起きているとの噂です」
ダイン 「私に対する警戒心が強い勢力が意図的に誇張しているんじゃ無いですか、国王は興味無さそうでしたけど」
プルル 「最近の陛下はあんな感じです、自分を否定された事で気力が無くなっている気がします、そしてそれに付け込んでいる者がいるんですよ」
ダイン 「ですが、今のところ私が害される事は無さそうですが」
プルル 「なら、ダイン様を遠ざけたテガスの方に何か起こっているのかも知れませんね」
ダイン 「それは嫌な話ですね、ですが私が信頼している者達なら大丈夫でしょう」
ダインは楽観的にそう言ったが、事態はプルルが予測した方向へと推移していた、ダインが抜けたテガス魔動力学院では、予測はされていたが厄介な来訪者が訪れていた、それはダインが王都へと召喚された事と無関係では無さそうだ。
おまけ
ククジア王国の政治体制 各貴族領の自治が行われており税の一部を国が徴収する形である、国家は主に外交を担当しており、王家の権力は他国に比べて弱く象徴的な扱いでは有るが、元老院が承認すれば国王自らが王国を率いる事も可能である。
元老院は各方面の識者を選出して構成されており、時には国王の退位即位などにも大きな影響力を発揮する、これは二代国王が行った侵略戦争への反省として設けられた制度で、他国や国民に概ね好意的に受け入れられている。
各貴族領はマギガント騎士団を有しており強大な武力を有しているが、王国管理の国家騎士団の戦力と技術力が圧倒的である為に反乱などは起こった事が無い。
もっとも大小のいざこざは協定戦で解決するのが一般的で、戦力は有っても実戦経験はどの騎士団も無いが、協定戦の性質上技術開発はどこの領地でも盛んに行われている。