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【53】鏡を越えて伝わるかを試す。

  二人して「すまほ」を覗き込み賑やかに話していたが、唐突にアキ殿が「よしっ!」と顔を上げてこちらを見た。

  視線は相変わらず合わないまま「次は「いとでんわ」とか試してみよう!」と勢いよく宣言する。

  「いとでんわ」とは?と首を傾げたが、すぐに彼女が「成程っ!」と同意してこちらに視線を向けた。

  「アド君、もうちょっと時間ある?出来れば協力お願いっ」

  「あぁ、そうだな・・あと30分ほどなら構わない。それで「いとでんわ」とは?」

  「ありがとっ!えっとね。私たちが耳にしているこの「音」っていうのは空気の振動を耳の奥にある「鼓膜」が震える事で聞いているのだけど・・」

  当然の疑問に、彼女が大まかにではあるが「音」についての説明をしてくれる。

  ・・これも異世界の知識ではあるが「いとでんわ」での協力と相殺になるようだ。

  そうだ。今日これまでの間で、ある程度信頼関係が結べているのだから、一度魔術契約を破棄して新たな形で結び直すように提案するとしよう。

  このままでは水竜討伐で万が一、私に命の危険が及ぶと彼女に要らぬ傷を負わせる事になる。

  それは本意ではないからな。

  かと言って、破棄だけして繋がりが無くなるのも不安が残る。

  だから契約の結び直しだ。

  互いの状況が把握出来るような内容で再契約するのが良いと思う。

  勿論、彼女が納得してくれるのであればだが・・

  心の内で考えを纏め、彼女の話に頷きを返す。

  「話は理解した。つまり、音を糸で伝え聞く道具なのだな?」

  「そ。糸と紙のコップで簡単に作れるの!」

  と、丁度会話が途切れたところでアキ殿が「出来たよー!」と白いコップを二つ、それぞれの手に持ち彼女の隣にやってきた。

  よく見れば底の方から細い糸らしきものが出ていて、コップの底同士を繋いでいる。

  この短い間に「いとでんわ」を作ったらしい。随分と器用な事だ。

  「アド氏がこっち側で魔法を発動出来るみたいに、物理的に繋がっていれば音も相互に伝わるかも知れない・・って事で!早速試してみよう!!」

  言いながら、期待に目を輝かせたアキ殿が彼女に「いとでんわ」を渡すと、彼女も「そうだね!」と同意して頷き私に力強い視線を向けて来た。

  「それじゃアド君。糸をピンと張るようにして、コップを耳に当ててくれる?」

  「分かった・・こう、か?」

  片方のコップを受け取り、恐る恐る耳に当てる。

  「『あー。聞こえますかー?』」

  確かに、コップを当てた方の耳にはっきりと彼女の声が届けられた。

  中で反響した声は、思っていた以上に大きくて驚く。

  距離が近いからか、反対の耳からはいつも通りの声が同時に聞こえて来て、少々聞き取りづらい。

  「聞こえはする・・が、普通の声との判別が難しいな・・」

  「いーよー。とりあえず聞こえてれば。今度はアド君が話してみてくれる?」

  「わかった」

  彼女がコップを耳に当てたのを確認して「どうだ?聞こえるか?」とコップに向けて話しかけてみた。

  「おっけー!ばっちり聞こえるね!じゃあはいっ!ばとんたっち!」

  そう言って、彼女は横で待っていたアキ殿にコップを渡す。

  受け取ったアキ殿は両腕を体の脇に添え、突然「よろしくお願います!!」とこちらに向かい勢いよく頭を下げた。

  「あ、あぁ。了解した」

  アキ殿には聞こえないのを解っていながら、勢いに押されてそう返事をする。

  「では、まずはあたしから」

  そう言って口元にコップを当てたので、こちらも耳に当てた。

  「『もしもし。聞こえますか?』」

  先程のアヤと同じように二重に重なって声が聞こえる。

  「どうかな?」と彼女に訊ねられたので「アヤの時と同じように聞こえるな」と答えた。

  「聞こえるって!」

  「お?!じゃあこっちが聞くのはどうかな?!」

  こちらの言葉を伝えた彼女に頷いたアキ殿はそのままコップを耳に当てる。

  期待に満ちた視線に僅かに緊張して唾液を飲み込み、内心で一つ頷いてからコップに向かい声を発した。

  「・・どうも。アドだ・・聞こえるだろうか?」

  彼女と共に固唾を飲んでアキ殿の反応を窺っていたが、真剣な表情がみるみる明るいものへと変化していくその様子に、こちらからの声が届いた事を察した。

  「わーっ?!凄いっ!聞こえたよ?!本当に聞こえたっ!何言ってるか全然理解できなかったけど、ちゃんと聞こえたよ?!」

  「やった!予想的中!」

  二人して手を取り合い、くるくると回りながらはしゃぐ様子に僅かに寂しさを覚えつつ「良かったな」と頷く。

  「よっしゃ!やっぱり物理的に繋がれば伝わるんだ!音が成功したんだから、今度は動画も試したいね!」

  「あ、そしたらアキもあっちの姿を確認しながらお話し出来る、かも?!」

  「そゆこと!あ~、でも言葉は解らなかったから、身振り手振りで意志疎通を図らないといけないか」

  「え、それはちょっと大変だ」

  「鏡の[所有者固定]だっけ?その機能を掻い潜れただけでも良しとしよう![言語の相互変換]まで期待するのは高望みっしょ!」

  カラカラと明るく笑うアキ殿を見て、随分と前向きな気質なのだなと思った。

  同時に、そんなアキ殿が傍に居るお蔭で、彼女は明るく生活を送れているのだろうなと察する。

  楽しそうに話し合う彼女らの様子に、何とも言い表し難いもやっとした感情が沸き上がった。

  ・・共に過ごした時間が違うのだ。一々妬いてどうする。

  そう。自分はまだたった7日程しか付き合いがないのだ。

  というか、友人に・・しかも女性に嫉妬していてはこれから先、男性の友人が現れた時にどうするというのか。

  あまり想像はしたくない・・

  初恋に振り回される自分の心の有り様に溜息を吐きたくなりながら、会話が弾んでいる彼女らに一つ朗報を伝えた。

  「・・言葉についてだが、[言語変換]の魔道具が役に立つのではないかと思う」

  「え?何それ?!どんな道具?!」

  こちらに向かって勢いよく顔を向け、話に食いついてきた彼女に少し嬉しくなりながら答える。

  「言語の違う者同士の言葉を理解出来るようにしてくれる魔道具だ。理屈は難解過ぎてとても説明出来んが・・」

  「えーっ!凄いっ!それなんて「ほん〇くこん〇ゃく」!」

  「「ほん〇くこん〇ゃく」が何かは解らんが、直ぐに試すか?」

  「是非とも!よろしくお願いします!!」

  「分かった。傍仕えに用意させよう」

  「少し待て」と告げ、小部屋を出て傍仕えのジャスを呼ぶ。

  「お呼びですか?」

  「あぁ。すまないが急ぎ[言語変換]の魔道具を用意してくれ。試したい事がある」

  「畏まりました。直ぐにお持ち致します」

  「頼んだ」

  簡潔に要件を伝え、すぐに小部屋へ戻った。

  鏡の前で待っていた彼女に「すぐに届くだろう」と言うと、喜びを顕わにしてその場でぴょんと飛び跳ねる。

  「やった!ねぇアキ!魔道具すぐに届くって!」

  「本当?!やっべ、てんしょん上がるーっ!」

  はしゃぐ二人を眺めながら、私は自然体を装いすっとアヤから視線を外した。

  ・・・跳ねた彼女が着地した時、その大きくたわわな胸に目が行ったのは不可抗力なのだ。

  本当に。誓って注視しようと思っていたわけではない。断じて!

  たった今、この瞬間まで出来るだけ視線を向け無いよう気を付けていたのだ!

  だが、その努力は魅惑の実りの前では虚しく散るしかなかった・・

  凄い揺れたのだ。たゆんって。

  解り切った事だが、敢えて言おう。

  健康な成人男性に、その動きは目の毒だ。

  出来れば今後、私以外の者がいる所ではしないで欲しい・・

  しかし異世界の衣服は、実にけしからんな。

  伸び縮みするのか、身体に添うような生地の所為で形が丸判りではないか。

  暑いからか薄着であるし・・こちらの物とは大違いだ。

  私を含め、こちらの者は基本人前で体の形がはっきり判るような衣服は着ない。

  生地は厚く、肩がこるような物ばかりだ。

  特に女性は前から後ろから締め付けて、体の形を作っていると聞く。

  それに、声を掛けた女性が閨ではまるで別人のようだったという話は、女遊びに興じる者達の間ではよくある話だと伝え聞いた事もあった。

  結論を言うならば、異世界の衣装は大変素晴らしいという、その一点に尽きる。

  彼女の体を覆う衣服を作り出すのに関わった全ての者たちに、心の底からの感謝を述べたい。

  「素晴らしい物をありがとう」と。

  外身は普段通りにする一方、心の内では相対叶わぬ職人たちへ向け、青年は全力で感謝の念を捧げるのだった。

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