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急な来訪を謝罪する青年に、ソファで寛ぐ姉は扇を広げると口元を隠して笑った。
「ふふ。大事な弟の訪問を嫌がる姉が居るものですか。謝罪は結構よ・・と言いたいところだけど、それではアディが落ち着かないでしょうから「謝罪は受け入れます」わ」
ぱちりと扇を閉じた姉は「だから安心してお座りなさいな」と目の前の席へ着くよう促す。
青年は「ありがとうございます」と頭を下げ、部屋の壁際に立っていた男性使用人へ腰の剣を外して預けると椅子に腰を下ろした。
ハーフエルフの傍仕えは一礼して、壁際へと移動。
話の邪魔にならぬよう置物のように気配を薄くする。
部屋まで案内した使用人がお茶を配ったところで、青年は口を開いた。
「・・今日は姉上にお訊ねしたい事がありまして、こうして訪問させて頂きました」
「あら?なにかしら?」
「・・・現在、転移の研究はどれほど進んでいるのでしょう?勿論、答えて頂けるとは思っていません・・ですが、可能な範囲で教えて頂くことは・・出来ないでしょうか?」
姉は青年の問いには答えず、ちらと使用人に視線を向けフイと閉じた扇を振って人払いを指示。
青年の傍仕えを含む全員が退出すると、廊下へと続く扉が開いたままなのを確認して、テーブルの下からコトリ、と手の平サイズの鉄板を取り出した。
鉄板の中央には円形の石が嵌っており、その周囲を魔術陣が取り囲んでいる。
その端にある紋様に姉が触れると、急にしん・・と周囲の音が聞こえなくなった。
「遮音の魔道具を使われるということは・・」
「ええ。あなたになら教えても問題ないと判断しましたわ。実のところ、転移の研究は例の鏡のお陰で飛躍的に進んでいるのです」
「それは、本当ですか?!」
ガタッと音を立てて腰を上げた青年に、姉は苦笑して「落ち着きなさいな」と注意した。
「し、失礼しました!」
「よろしくてよ。ですが、その喜び様・・アディ、あなたやはり[[rb:あ > ・]][[rb:ち > ・]][[rb:ら > ・]]へ・・魔女殿の世界へと渡るつもりでいるのですね」
確信を持って言われた姉の言葉に、青年は驚いて目を見開いた後、ふっと表情を和らげて「はい」と静かに答えた。
そう。だから今日は姉の自宅にまで押しかけたのだ。
姉も過保護ではあるが、兄たち程ではない。だから頼った。
城で話せばすぐさま兄たちに自分の無謀な考えが伝わってしまうだろう。
もう心に決めた、絶対に譲れない願いなのだ。
余計な心配を掛けないためにも、出来るだけ安心材料を揃えた上で自分で話し、説得したい。
大切な事だ。
だが・・それより何より・・
「今回の事で痛感しました・・私は、彼女の近くに居たい。昨日はたまたま上手く行きましたが、次彼女に危機が迫った時に必ず助けられると思う程、私は楽観していません。彼女が鏡の前に居なければ、私にはどうする事も出来ないのですから・・」
「・・そうですわね。愛しい者を守りたい気持ちはよく分かりますわ」
「姉上、それでは?!」
「ですが、賛成は出来ません」
異世界への転移に協力してもらえると期待した青年に、姉は心を鬼にして冷たく言い放った。
「まだ研究段階ですのよ。魔術陣の完成までどれだけかかるか分かりませんわ」
「ですが、行くだけなら・・」
「ええ、確かに。あちらへ渡るだけならそう難しい事では無いでしょう。転移の研究はその段階まで進んでいるのは確かです。しかし、戻りの研究はまだ手付かず・・」
姉はキッと鋭い視線で青年に言い聞かせる様に言葉を紡ぐ。
「いいですか?転移の魔術陣は行きと帰りで対となっているのです。往復できて、初めて完成するのですわ。渡ったまま戻らないなど論外。現段階でアディに転移陣を使わせてあげる事など出来ませんわ」
そうはっきりと言われてしまい、青年は唇を引き結んで俯いた。
姉の言う事は尤もだと、理性では解っている。
現時点で無理にあちらに渡れば、こちらの世界を切り捨てる事になりかねない・・
それは家族に・・自分に良くしてくれる人たちに、なんと不義理な行いだろう。
だが、心は少しでも早くアヤの近くに行きたいと願い叫び、恋焦がれ震えている。
両膝の上で拳を握り、どうにかあちらの世界へと渡る方法を考えた。
姉の話では、行くだけなら難しい事ではないらしい。
戻れない事が転移出来ない理由ならば、戻れるようになれば良いのだ。
単純だが、これは良い案だと思った青年は意を決して姉に言った。
「姉上、あちらから戻る為の研究。私に手伝える事は、何かないでしょうか?」
「アディ?」
「お願いします。私に出来る事なら何でもやります!研究が完成するまでじっと待つなど、私には出来ません!」
「姉上!どうかお願い致します!」と勢いよく頭を下げ懇願する青年に、姉は扇を広げて目を細めた。
「ふふっ!あなたならそう言い出すだろうと思っていましたわ!実は少し大変な作業がありますの・・その手助けをしてくれるのなら、とっても助かりますわ!」
「はいっ!ありがとうございますっ!」
青年は喜色も顕わに「それで、私は何をお手伝いすれば?!」と早速姉に訊ねた。
「お隣のパーガルディア皇国で新しく遺跡が見つかったのはご存じ?」
「はい。たしか先々月でしたか・・水没した古代都市が発見されたと耳にしておりますが」
「それが何か?」と不思議そうに首を傾げた青年に、姉はにっこりと何か含みのある笑みを浮かべる。
「あたくし、あちらの調査団にお友達がいるのでけど・・「水生の魔物がウヨウヨしていて調査が全く進まない」と愚痴を聞かされているのですわ」
「は、はぁ・・」
要領を得ぬ姉の話に、ますます疑問符を浮かべる青年。
だが姉は困惑する青年をそのままに、にこにこと話を続けた。
「ふふっ・・その遺跡「大規模な転移装置が眠っている可能性がある」そうですわよ?」
「っ?!それは、つまり?!」
ガタタっと行儀悪くも椅子を鳴らして立ち上がった青年に、姉は広げていた扇を閉じ、研究者の顔で笑い伝えた。
「ええそうですアディ!あなた、隣国に赴いて調査団の護衛がてら、転移の研究材料を集めてきませんこと?」
「勿論、行きますっ!!」
「まぁっ!頼もしいですわ!」
姉は嬉しそうに笑って続ける。
「膨大な魔力を持つあなたが水の魔法を操れるようになったのです。水竜だろうと簡単に倒せるに違いないですわ!」
「水竜?!」
「ね?アディ!あたくし自慢の弟ですもの!楽勝というやつに違いないですわっ!」
水竜・・強さは竜種の中でも弱い部類だが、人が相手にするには少々どころではなく厄介な相手だ。
何せ水中では魔物の中でも最強を誇る。水から引きずり出せばその限りでは無いが・・
討伐方法が確立されているとは言え、竜である。
簡単には倒せない・・というのが普通の感覚だ。
姉は魔法を覚えたばかりの自分に過大過ぎる期待を抱いているらしい。
だが「異界の魔女」から良い知恵を貸してもらえれば、或いは・・
期待を込め、キラキラとした目を向けて来る姉に重圧からゴクリと喉を鳴らし、青年は正直に自分の考えを伝えた。
「・・彼女に良い対応策がないか、訊ねてからでも良いですか?」
姉は「勿論ですわ!」と満面の笑みで承諾の返事をしたのだった。
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