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【4】やっちまったぜ。だが後悔は無いっ(キリッ!

  鏡の向こうの青年がカクンと膝を付いて座り込み、放心している様子に満足感から深い息を吐いた。

  『いゃあ~楽しいなぁ。まさかこの手で2.5次元イケメンを弄れるとは』

  自分は前世でどんだけ徳を積んだのだ?と首を傾げ・・

  目の前の惨状にテンションが下がって、ちょっとだけ冷静になった。

  青年の吐精で大事な鏡台がドロドロである。

  『お母さんごめんなさい』と心の中で謝罪して、漸く呼吸が整いつつある青年に向けて声を掛けた。

  「ねぇ、スッキリした所で悪いんだけどさ。私ちょっと掃除やら風呂やらしてくるから、君も身形を整えてきなよ」

  「そんでちょっと話をしよう」と締めくくれば、青年は瞳に知性の光を取り戻し「は、はい」と答えた。

  ・・・こいつ素直すぎだろ。調教しすぎたかな?

  フラフラと青年が鏡の前から消えたのを確認して、自分も放り出していたボロいタオルを手に取った。

  因みに、スマホの動画には青年の姿は映っていませんでした。

  鏡に物が入るトリック動画みたいにはなってたけど、それ以外には自分の気持ち悪い声しか入っていません。ちくせう。

  簡単に掃除して、適当に消臭ミストを振り撒く。

  ちゃんとした掃除はまた後日。

  定規は洗えばまだ使えるけど、体液やローションで汚れた羽箒は捨てるしかないかも。

  まぁ、安物だったし、別にいいか。

  ゴミ袋にポイと放り込んで、そのまま風呂に向かう。

  二日ぶりのシャワーを浴びながら、汚れと一緒に全てをリセットしていく。

  日常生活のルーティンに戻ると、さっきまでの出来事が夢のように思えて来た。

  いや、きっと無理が祟って、オタクの願望があんな夢を見せたに違いないと思考がシフトしていく。

  「ないないな~い。鏡の世界と繋がるとか~今時流行らんて~」

  そして風呂を出る頃には『金髪王子様なイケメンを弄り倒すとか。最高な夢だったぜ』と自己完結を完了させたのだった。

  最近ハマっているジャンルのアニメの挿入歌を口ずさみながら、冷蔵庫からペットボトルの紅茶を取り出す。

  作業机に座って、ヘッドフォンを手に取りながらメールをチェック。

  「安心、安全、無糖~だっから~♪・・げっ。修正漏れしてる、だとぅ?どこよ?今回チン〇の本数多かったからなぁ・・」

  修正したデータを送り直してから寝ますかとヘッドフォンを装着しようとした時、焦ったような声で「おいっ!!」と呼びかけられた。

  心底驚いて、ビクっ!と飛び上がり、声がした方に振り向く。

  斜め後方にある鏡台に、両手をぺたりとこちらに向けた美青年の姿が映っていた。

  「ゆ、夢じゃなかったんかいっ!!」

  マジかやべぇ!

  痴女とか言われて通報されたらどうしよう!!

  やらかした自覚はあるのだ。

  冷や汗を掻きながらヘッドフォンを胸に抱きしめて固まっていると、恐る恐るといった感じで、青年は続けた。

  「話を、とのことだったので、待っていたのだが・・もう良いか?それと・・」

  「へ?、あ。何?」

  「下を穿いてくれないだろうか?」

  「?・・「安心してください。穿いてますヨ!!」」

  太腿までのTシャツの裾をぺらりと捲って、下着を見せる。

  ちょっとしたお茶目だ。

  「っ!?女性が、そんなっ!頼むからスカートを穿いてくれっ!!」

  「下着くらい見られても平気だけど?」

  「っ!穿いて下さい!お願いしますっ!」

  青年があまりに必死なので、面倒だと思いつつ仕方なくすぐ横にあるクローゼットから短パンを取り出して穿いてあげた。が・・

  「だっ・・から!脚を隠してくれと言ってるんだ!!」

  わっ!と両手で顔を押さえ、叫ぶ青年。

  「それならそうと言いなされ」と、またちょっとふざけつつ、再度クローゼットに向かった。

  今度は脚首まで隠れる芋臭いジャージに履き替える。

  「はい、着替えたよ」

  「・・・・感謝する・・・感、謝?・・必要か?」

  赤い顔のまま、釈然としない様子で首を傾げる青年。

  「ダイジョブかい?あんまり考えすぎると禿げますぜ?」

  「誰っのせい、だと!」

  「私だね」

  鏡台の椅子に座りながら即答する。

  そんな私の態度に疲れたのか、青年は大きなため息を吐いて「もういい・・・」と投げやりに言った。

  『やった!勝ったぞ!』

  よく知らん相手との会話はイニシアチブを取らんとな。

  「待たせてスマソ。では早速、お話し合いといこうじゃないか!」

  「・・・まずは互いに名乗り合おう。話はそれからだ」

  「はいよぅ。私はあ―」

  綾小路と名乗ろうとして、本名を教えて良い物か急に不安になった。

  鏡の向こうが何処に通じているかは分からないが、こちらの情報はフェイクを入れておくのが良いだろう。

  「―アヤ。私はアヤだよ」と偽名を名乗る。

  「どうも「アヤ」私はオレグラント王国の―」

  「あ、悪いけど君が何処の誰とか私、興味ないの。名前以外は明かさないでくれる?」

  自分は身バレが怖いからとはいえ、偽名を名乗った。

  相手の個人情報も知る量が少なければ罪悪感も少なくて済む。

  というかぶっちゃけ人付き合いとかメンドクサイ。

  浅い付き合いをするなら、詳細な情報は知らないに越したことはないのだ。

  「・・・私はアディードという」

  「んじゃ「アド」君だね」

  「・・・・はぁ・・・もうそれで良い」

  また溜息を吐く青年に「大丈夫?疲れてるんなら、おっぱい揉む?」と自分のDカップをちょっと持ち上げてやる。

  「っ!頼むからっ!真面目に話をさせてくれっ!」

  「怒らない怒らない。冗談だって!」

  「話しだったね!」と前のめりになっていた姿勢を戻す。

  なにやらブツブツ言っている青年をワザと無視して、ぞんざいにだが当然の疑問を投げ掛けた。

  「時にアド君さー。こうして君とお話しできるようになった原因って何か心当たりあったりする?」

  「あぁ、それか。恐らく私の魔力が」

  「へぇ、魔力とかあんのね」

  『やっぱりそういうファンタジーな世界と繋がってんのかー』

  『テンプレ乙』などと考えていると、話を遮られた青年は不機嫌そうに言った。

  「・・続けても良いか?」

  「あ。ごめん。もう邪魔しません。続きをドウゾ」

  流石に態度がアレ過ぎたと反省して、ジェスチャーを添えて続きを促す。

  「自室の鏡が、私の魔力を受けた続けた結果、魔道具のような力を持つようになったのだと、思う・・・魔術院に持ち込んでみないことには、詳しい事は分からんが・・」

  「ふぅん?なるほど?」

  よくワカランと首を捻る頼子に、青年はちょっと難しい顔で訊いた。

  「・・・失礼かと思うが、アヤは王国の教育を受けた事はないのか?」

  「ある訳ないじゃん。こっちには魔力だの魔術だのは存在が確認されていないんだから。あったら面白いと思うけどね。個人的には」

  青年は驚きに目を見開き「魔力がない?そんな筈は・・・」と口元を押さえて考え込む。

  「兎も角、おとぎ話や創作、作り話なんかでは魔力とか魔法とか魔術とかってのは聞く。だけど、そんなものは実在しないってのが、こっちでの常識」

  肩をすくめてそう言えば、青年は浮かんだ疑問を飲み込んで、一先ず現状を理解しようと口を開いた。

  「幾つか質問があるのだが、答えてもらっても良いだろうか?」

  「いいよー。少しならね。私、二日寝てなくてさ。今、割と限界なんだわ」

  「そうなのか?では少しの間だけ頼む」

  そうお願いするアド君の質問に、暫く答え続けた。

  〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇・〇

  「成程、とりあえず、そちらがこちらとは全く繋がりが無い、文字通り別世界だというのは理解した」

  「だから最初から異世界だって言ってんじゃん」

  「・・いや。言ってないだろ?」

  「あっふぅ・・・もう良いかな?寝る前にやらないといけない作業もあるし、マジ限界」

  大あくびをして、目をショボショボと擦りながら言う。

  「分かった。では今回はこれで終わりにしよう」

  「はいはい。じゃ、私は作業して寝るから。オヤスミー」

  「―っ!お、おやすみ」

  別れの挨拶の後、作業机に向かう。

  ヘッドフォンを装着して、ご機嫌なアニソンを流しつつ編集ソフトを立ち上げた。

  ちゃっちゃと作業を終え、雨音の動画をリピート設定にしたらジャージを脱いでぽいっ。

  眼鏡を外してベッドへと転がる。

  雨音が好きだ。

  ザーザーとテレビの砂嵐にも似たノイズが、ゆったりと脳を癒し溶かしていく感覚に、身体も付随して解けていく。

  外界の雑音を遮断してくれる音のカーテンに意識の余韻を添わせて、頼子はすぐに眠りに落ちた。

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