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『十三』が来るぞ

  『十三』がその家に入った時『十二』は下手くそな字で履歴書を書いていた。

  バケモノのクセに人間の真似事とか、変なやつ。

  そう思った。最初は。

  ※※※

  「うわ〜」

  駄菓子屋「かぶらや」を覗き込んだトオル少年は、レジにいる人間を見てガッカリした。新人のひとだ、運が悪い。

  白Tに若白髪のイカつい男が、身長より長い赤い棒を片手に、ムッとした顔で立っている。レジ番というより門番だ。客はすっかり逃げていて、店内には彼しかいない。

  『るりサイダーは、やめよう……』

  今日は暑い。大好きなサイダーを飲みたかったけど、あの人は怖くて苦手だ。店で騒いだ中学生をチビるほど叱ったとか、あの棒で万引き犯を半殺しにしたとか、お化けを殴り倒したとか、怖い噂も沢山聞いている。

  「おい」

  「ひゃあ!」

  恐怖のレジ番に見つかり、トオルは悲鳴を上げた。

  「取って食いやしねえよ。なんか買いに来たんじゃねぇのかぃ」

  「あ、あの…」

  逃げたいけど、それはそれで怒られそうで怖い。どうしよう。足がガタガタする。

  「源五郎、お客さん怖がってるだろ」

  背後から明るい声がして、少年はホッとした。

  ヒョロ長い身長に真っ赤なアロハシャツ、サングラスの青年。最近代替わりした若い店長・敬介さんだ。救いの神はサングラスを押し上げ、トオルに笑顔を向けた。銀の瞳が光る。

  「いらっしゃい、何する?」

  「あ、あの、るりサイダー…」

  「おっ運がいいな、ちょうど冷えたのあるぜ」

  普通に買えた。お金を渡し、ヒンヤリしたペットボトルを受け取る。最高の夏だ。

  「おい」

  「ひぃあ」

  怖い方の店員に話しかけられ、危うくサイダーを落としそうになる。

  「怖がらせて悪かった」

  「あっはっはい」

  慌てて店を出てから、謝ってもらったことに気がついた。

  『あの人も、謝るんだ……』

  振り向くと、怖い人は敬介さんに「まずその棒を横に置いてだな、手放して大丈夫だから」と基本的な教えを受けていた。

  [newpage]

  ※※※

  オー…オー…オー……。

  夜に聞こえるようになった、謎の声。

  その昔、実験で殺された犬十二頭が化けて、人間を呪う声。話題の怪談のひとつだ。人を食うとか、行方不明の原因とか、色々怖い話を聞く。

  とうとう、この街にもやって来たのだ。

  トオルは布団に潜るも、暑いのでやっぱり出て、でも怖くて潜る、を繰り返していた。

  腕にはマジックで「13」と書いたリストバンド。ネットで調べた悪霊退散のおまじないだ。普通に「十三が来るぞ!」と唱えても逃げるらしいけど、怖くて口がきけなくなった時のために付けている。

  ウォー……ン

  聞き慣れない遠吠え。

  呪いの声が止まった。

  「えっ⁈」

  トオルは起き上がってカーテンを開けた。

  向こうのアパートの屋根に、白いモノがいた。

  上半身は毛むくじゃらの獣、下半身は普通にジーンズを履いて、二本足で立っている。長く赤い棒を持っていた。

  獣が、トオルの方を向いた。

  トオルは速攻カーテンを閉めて、「十三が来るぞ、十三が来るぞ」と唱えながら、その夜はずっと布団に潜っていた。

  ※※※

  トオルは、恐る恐る駄菓子屋『かぶらや』を覗き込んだ。

  あの、髪の白い新人がいる。

  長い棒は、今日は後ろに置いてあるが、昨日バケモノが持っていたのと同じで、赤い。

  『あいつ……バケモノなんじゃ…!』

  「おい」

  「ギャァああああ‼︎」

  逃げ出したところを、店長にぶつかった。

  店長さんを、店から少し離れた所に連れて行った。

  「あ、あの人…あのひと」

  「源五郎? 見た目アレだしちょっと世間知らずだけど、大丈夫。怖くないから普通に買い物しなよ」

  「で、でも…あの」

  「おかげで万引き減って助かってるんだよね〜」

  「……」

  「今日は何か買ってく?」

  ニコニコの店長にトオルは何も言えず、震えながら駄菓子屋について行った。

  「源五郎、冷蔵庫からるりサイダー出して」

  トオルは恐る恐る、レジに立った。源五郎は、夕陽色の瞳をトオルと、13と書かれたリストバンドに向けた。

  「オメェ、お化けが怖いかぃ?」

  「ひ」

  アンタが怖い、と言いたかったが、声が出なかった。震えてると、源五郎がリストバンドに触れて唸った。

  「ひゃあ!」

  「源五郎、お客さんを勝手に触んない!」

  店長に怒られて、源五郎は素直に謝りお会計をした。

  トオルは走って逃げた。

  もう、あの駄菓子屋には行けない。

  ※※※

  店長が、レジカウンターに身を乗り出した。

  「術を使いすぎるな。昨日の今日だろ」

  「すまん」

  「あの子なら、ウチの商品買ってくれてるんだから大丈夫さ。心配すんなよ。それより、お前もう少し愛想よくしてくんなきゃ、客が全然入んないぞ」

  「愛想よくったって…振るモンもねぇのに?」

  [newpage]

  ※※※

  「トオルくん、お願い〜」

  「でも……」

  「お前、カナが頼んでるのに!」

  トオルは困った。

  カナちゃんの帽子が、風に飛ばされて幽霊屋敷に入ってしまったけど、怖くて入りたがらない…というテイだ、とトオルにはわかる。

  『また、僕を怖がらせて遊んでるんだ』

  でも、断ったら断ったで、もっと怖い目にあわされたり、変な噂を流されたりする。逃げられない。

  「13のおまじない、使えば平気だって」

  「13だぞ、12じゃないからな」

  カナちゃんの双子のタクヤくんがニヤニヤ笑う。

  「間違って『12が来るぞ!』って言った人がいたんだけど『十二はできそこない。怖くない』ってそいつは食われたんだってよ…」

  「ひいい!」

  間違うなよーというニヤニヤ笑いに見送られ、トオルは涙目で屋敷に入って行った。

  「ひいー…」

  デカい洋館の中は、暗くてミシミシいって怖かった。おまじないを唱える余裕もなかった。帽子なんてホントにあるの?

  ガタッ「ヒィ!」

  ギシッ「ウワァ!」

  トオルが悲鳴をあげるたびに、外から笑い声がする。 嫌な双子だ。でも、二人とも怖くて言い返せない。

  「おい」

  「ギャァあああ!」

  トオルは、頭の上にリストバンドをかざして座り込んでしまった。裸足に安物サンダルの足が目に入った。それに、赤い棒。

  足の主は、トオルの前にかがみ込んだ。

  「何してんだオメェ、こんなトコで」

  最悪だ。バケモノの源五郎だ。

  トオルは泣き出した。チビりそう。ボクもうここで死ぬんだ…!

  「落ち着け。ほら」

  ポケットから飴を出し、ワァワァ泣いてるトオルの口にポン、と放り込んだ。

  「んっ」

  トオルはちょっと泣き止んだ。ラムネ味だ。

  「よし。ちょっと頭下げてな」

  源五郎はトオルの頭をちょっと押し下げて、赤い棒で後ろの何かをぶん殴った。

  「えっ」

  「動くなって」

  赤い棒で低空を切ると、何かがギャアと叫んだ。襲いかかってくる影を、源五郎が次々と殴り倒していく。

  「え? え?」

  「もうちょい待ってな」

  一番デカい影に棒を突き刺す。影がボロボロと崩れながら呻いた。

  「この力…『十三』の瞳…⁈」

  源五郎は影を薙ぎ払った。

  トオルは目を丸くした。十三⁈

  [newpage]

  ※※※

  「帽子、これか?」

  庭で源五郎は帽子を拾って、自分の頭に載せた。

  「そうだけど…なんでかぶるの」

  「? 帽子は頭にかぶるんだろ」

  「…人の帽子は勝手にかぶらない方がいいと思う」

  源五郎は「なるほど」と言って帽子を取り、においをクンクンかいだ。

  トオルはもう、源五郎が怖くなかった。助けてもらったし。ただ。

  『これが『十三が来るぞ』の十三なの……?』

  救世主と思っていた『十三』が、こんな白髪白Tジーンズ裸足にサンダル姿で、さっきから鼻をクンクンさせてる人なのは、少し期待はずれでもあった。会話も時々チグハグだ。

  『なんなら夜に見た姿の方が、まだヒーローっぽいよ…』

  13と書いたリストバンドが、急にカッコ悪く思えてきた。外そうとすると、源五郎が止めた。

  「まだ外すな」

  「えっうわ!」

  トオルを抱え、門の方へ走る。双子が門の所にいた。

  「やべ、トオルの奴、白髪鬼に捕まってんぞ」

  「オメェら逃げろ!」

  「え」

  間に合わなかった。

  門に壁がそびえ立ち、源五郎と子ども達をぐるり囲んだ。

  「この…!」

  棒で壁を壊そうとした源五郎は、逆に壁に現れた大きな口に、棒を腕ごと噛み切られた。

  ※※※

  駄菓子屋『かぶらや』。

  「あー…西日がキツくなってきたから、ちょっとコレかけさせてね」

  敬介はサングラスをかけた。

  お金を払おうとしていた少女はポカンとしていたが、我にかえって「どうぞ」と答えた。お行儀よくしなさい、といつも親から言われている。

  だから、店長の目が赤く変わったのも、聞くのはやめた。それはお行儀が良くないことだと思ったから。

  [newpage]

  ※※※

  どうしよう。

  トオルは、怖いを通り越して途方に暮れた。

  今、トオル達を閉じ込めている壁は生きてて、壁際に行くとかじりついてくる。せっかく見つけたカナちゃんの帽子も食われた。みんな部屋の中央に寄った。

  だが中央には、白Tにジーンズの白い獣がいる。変身した源五郎だ。さっき食われた腕は、獣の腕になって戻っていた。

  近くで見たら、親戚んちの犬みたいだ。話しかけてみる。

  「源五郎さん…人の姿に戻れない?」

  「…あの棍が近くにねぇと、出来ねぇ」

  会話できた。でも困ったな。

  カナちゃんが悲鳴をあげた。

  「トオルくん、近づいたら食べられちゃうよ!」

  「大丈夫、見てよこの耳。ペタンてなってる。しょんぼりしてるんじゃない、この人…ええと、犬?」

  「犬じゃねえ狼だ」

  「ごめんなさい…なんでしょんぼりしてるの?」

  「……逃せなくて、すまん」

  「あんま気にしないで」

  トオルとの会話を見て、二人も警戒がとけてきた。少なくとも壁よりはマシっぽい。

  その壁は、ジワジワ近づいてきている。時々ニュッと出てくる触手は、源五郎さんが弾き飛ばしてくれた。ただこの狼、魔力が弱くて倒すことまでは出来ないという。

  「オメェら、コレ食いな」

  白い狼は飴の袋を出した。壁に近づけると、壁がちょっとだけ下がる。みんなで慌てて食べた。

  「出来るだけ時間を稼ぐぞ」

  タクヤくんがちょっとだけワクワクして聞いた。

  「もしかして…時間がかかる必殺技とか?」

  「おれぁなんも出来ねえが」

  源五郎は触手をぶん殴って、耳を動かした。壁から大きな手が出て狼を掴み、引っ張り出す。

  「ホンモノが来る…!」

  [newpage]

  ※※※

  「やあ『十二』久しぶり」

  大きな手に掴まれた源五郎は、悠然と歩いてくる男を睨んだ。赤い瞳、黒く長い髪の、美貌の男。

  「『七』…」

  「においが変わったね。人を食えてないのかい? おかげでウチの眷族を倒して回ってる奴の正体がわからなかった」

  手が、半端者の狼を握りしめる。

  「出来損ないが『十三』の真似事なんかして、何のつもりだい?」

  ※※※

  「時間稼ぎっても、コレどうすんだよ!」

  タクヤが叫ぶ。壁が、子供達に迫ってきていた。味方の狼男は取られた。飴は三人が舐めてるので終わりだ。

  何かが光った。壁が、少しだけ後退する。

  「え?」

  トオルのリストバンドだ。源五郎さんが勝手に触って怒られた、あの時の。

  『さっきも外すなって言ってた。何かしてくれたんだ』

  双子がトオルにしがみついた。

  だが光は、少しづつ弱くなっていく。

  ※※※

  「狼を何としてでも残す。それが『お父様』の願い」

  『七』はグラスの赤黒い液体を口に含んだ。

  「だから狼をバケモノと融合させ育てた。仲間を増やして栄えるのが我々のなすべきこと。なのにお前は、昔からお父様の言うことを聞かないね」

  「聞いてどうすんだ。狼は滅んだ。おれらもバケモノに堕ちた。『博士』は間違えたんだ」

  「ふむ。お前は頭は悪いが、血の味は悪くない」

  グラスの中身を飲み干して微笑む。

  「群れから追い出して悪かった。しばらくココに居るといい」

  白い狼の、切られた首筋を舐める。

  「眷族を増やすには、この街は小さすぎる」

  [newpage]

  ※※※

  「も〜無理〜‼︎」

  リストバンドの光はいよいよ小さくなり、壁はヒタヒタと三人に迫っていた。

  怖い。怖いけど。

  「じゅ…」

  時間を稼げ、って、源五郎さんは言った。『ホンモノ』が来るまで。ホンモノ。

  「じゅうさん、が、来るぞ」

  トオルは震えながら言った。

  「十三が来るぞ!」

  その言葉を言うと、壁は進むのを少し止めた。でも、一時だ。

  「十三が来るぞ!」

  「十三が来るぞ! 十三が来るぞ!」

  三人で、ひたすら繰り返した。

  来て。ホンモノ、早く来て。

  突然、天井がスパン、と切れた。

  「え?」

  三人は、何かに掴まれた。

  それはやはり、狼男。

  白地に花の模様が入ったアロハシャツを着た、赤目赤毛の狼だった。

  獣は三人を抱えて、幽霊屋敷の外まで跳んだ。

  「あなたが『ホンモノ』…?」

  狼は返事をしなかった。

  門の外で三人を下ろすと、赤毛の狼は屋敷に戻ろうとした。

  「待って!」

  トオルが慌てて引き留めた。

  「源五郎っていう白い狼男のひとは、僕たちを助けてくれたいい狼なんだ。助けてあげて!」

  やはり返事はなかった。

  三人は、屋敷に飛び込む後ろ姿に、ありがとうと声を送った。

  そしてだんだんさっきの怖かったのが蘇ってきて、狼が見えなくなっても三人でワァワァ叫び続けた。

  [newpage]

  ※※※

  妙だ。

  誰かが入ってきて、影の檻を倒した。だが人間のにおいしかしない…いや、本当に人間か?

  『七』は変身を解いた。黒い狼。

  上から、来る。

  天井をぶち壊して降ってきたのは、やはり人間。

  赤い棍を振るい、真っ赤なアロハシャツを着、銀の瞳の若い男。

  たかが人間、と爪撃を飛ばすも、かすり傷すらつかない。なんだ、コイツは?

  「お返し」

  男は、源五郎を捕まえていた手を一撃で粉砕した。

  「お前ら『十二』は要らないんだろ。追い出しといて今更よりを戻そうなんて」

  銀の瞳が冷たく光る。

  「ちょーっと、虫が良すぎやしねぇかな」

  ※※※

  バカな。そんなバカな。

  眷族が勝てない。棍を雑にブンブン降ってるだけの人間に、あっという間にやられていく。どうなってる?

  しかしこの男、どこかで…。

  「あー雑魚倒すの面倒くさい。『十二』代わって」

  呼ばれた方は血を抜かれた後だったので、ふらつきながら起き上がった。

  「…面倒がるな、オメェは大将だろ」

  「だから大将を大将戦まで休ませろって。ほら」

  棍を白い狼に渡す。人間の姿になり、くるりと回ってバタバタ眷族を倒す源五郎に『十三』は苦笑した。

  「お前の方がサマになるよ、実際」

  ※※※

  「何してんだテメェ」

  「りれきしょ、かいてらぁ」

  獣の手で無理矢理持ったボールペンで、一生懸命に書いているのだろうが、まるで読めない。

  「なんで」

  「ボオルペン、ってえの」

  面倒くせえ。

  「バケモノが人間様の仕事してえのかよ」

  「おばあちゃんのいえと、だがしや、まもりてえです。でもおれ、お金…ねくて」

  ビリ、と履歴書が破ける。くっつけようとする獣の手をピシャリと叩いた。

  「書き直しだバーカ。百年以上生きてるくせして何にも知らねえんだな。マジで出来損ないじゃねーか」

  白い狼は、夕陽色の目から涙をこぼした。履歴書がにじむ。

  「おお…おれぁ、たすけてもらったぁ。いろんな人に助けてもらった…なのに、なんもできね…」

  何が助けてもらった、だ。

  小屋で見せ物にされたことも、変態の相手も、駄菓子屋のばばあに犬代わりに飼われてたことも、コイツの中では「助けてもらった」なのか。馬鹿じゃねえの。

  「そんなに金が欲しいなら、その辺の家二、三軒襲って金取ってくりゃいいじゃねえか。そっちの方が早いぜ」

  「なしで、そんなひでぇこと、いう…に、人間なのに」

  思わずグーで殴った。

  「バーカ。俺もとっくに人間やめさせられてんだよ、テメェらが狼やめてるみたいに」

  「……ごめん」

  「ごめんの意味分かってんのかテメェ」

  「だって、泣かせた」

  [newpage]

  ※※※

  「『十二』! 馬鹿とは思っていたが、同族殺しに加担するか、血迷いおって!」

  「おれの血ぃ啜ってた奴に言われたかねぇが…おれぁ、おれの意志で『十三』についてる」

  赤い棍を巧みに操り、手下どもを次々と倒していく。血が足りなくてふらつきはするが、任されたからにはやり遂げる。

  今の自分は『敬介』のために、体を張ることしか出来ない。

  ※※※

  末の『十二』は、『敬介』をよく覚えていた。

  博士の一人息子。

  いつもひとりぼっちで、母にも捨てられ、父からも放っておかれていた。小さい頃は遊んだりもしたが、大きくなるとそれも少なくなった。

  あの日。

  「成功した! 十三体目にして成功した! 最初からこうすればよかったのだ!」

  失敗作を処分しようとした博士は、兄姉たちに返り討ちにあった。

  「これは『お父様』じゃない。おい偽物、『お父様』をどこへやった?」

  「失敗作どもめ…お前らは必ず『十三』の瞳が処分する…」

  『十二』は、敬介を探して、雨の中を走り回った。

  『敬介、怖いことが起きた、敬介、どこだ、敬介!』

  見つからなかった。においが消えていた。

  駄菓子屋のおばあちゃんがいなくなってから『敬介』に再会した。

  以前と変わらぬ姿、以前と違うにおいと赤い瞳。

  そして、すさんだ顔で『十三』を名乗った。

  再会するまでの間どう過ごしていたのか、今も知らない。楽しくなかったろう、とは思う。

  棍を、しっかりと握る。

  コレは『十三』の瞳、『敬介』の血の涙。

  それを預かる覚悟を、いま、見せてやる。

  [newpage]

  ※※※

  「そろそろやるかい、大将」

  いつの間にか『十三』が『七』の横にいた。

  「…貴様…」

  『十三』のアロハの色が抜け、赤毛の狼の姿になる。

  「そうか、思い出した! お前『お父様』の…!」

  「ははっ」

  銀の瞳が凶悪に光る。

  「あのクソ野郎を、お前らバケモノが『お父様』なんて呼んでんのか。笑っちまう」

  実の息子ですら、そう呼ばないというのに。

  ※※※

  狼と霊的存在を融合して、長生きさせることには成功したが、分離が出来なくなった。これでは結局「狼」が残せない。

  そこで、手近な人間をベースに試してみた。

  上手く行った。霊的存在を「狼」と共に外部に分けることができる。これなら……!

  一度霊的存在と融合した人間もまた、人ではなくなっていたが、博士にとって、そこはどうでもいいことだった。

  「成功だ!」

  父親に抱きしめられたのは、それが初めて。

  だがその時も、バケモノどもに噛みちぎられた父の姿にも、何の感情もわかなかった。涙も出なかった。

  死ぬことも生きることも出来ずに彷徨った。

  人も狼も、どうでもよかった。時折、人間社会に入っては出て、バケモノの集まりに顔を出しては消えた。十一頭の行方も目には入った。狼を殺しもしなかったが、人間を助けもしなかった。

  『十二』の行方だけは知るたび追った。裏や闇で取引されることが多く、足取りが掴みにくかった。ようやく会えた時、アイツは履歴書なんか書いていた。

  話が出来るようになってから会うのは初めてだった。驚くほど頭が悪かった。

  『十三』のことを「人間」だ、と言ったのだ、まだ。

  その光が眩しくて。

  瞳の魔力が、剥がれて流れ出た。

  ※※※

  「『お父様』に言われて来たのか」

  「まさか。仇討ちする義理もない。けど」

  それは、一瞬。

  襲いくる『七』を迎えうつ素ぶりから、変身を解き。

  脱いだ魔力を棍に変え、撃ち貫いた。

  「この方が『人間』ぽいだろ?」

  ※※※

  周囲を嗅ぐ。今度こそ、コレで全部。

  「ふー……」

  ふらつく源五郎を『敬介』が支えた。

  「お疲れ」

  「…オメェこそ」

  「さっき助けたガキたちがさ、源五郎っていう白い狼はいい狼だから助けてあげて、ってさ」

  「え」

  「ありがとうって何度も言ってたぜ、ありがとう、ありがとう、ありがとう……」

  「それ、オメェに言ったんじゃねぇのか」

  「お前にさ。ありがとう、ありがとう……」

  ふざけるように繰り返す。

  肩を支える手に力がこもったことを、敬介自身、気づいていなかった。

  [newpage]

  ※※※

  「うわ〜……」

  駄菓子屋「かぶらや」を覗き込んだトオル少年は、レジにいる人間を見て引いた。

  源五郎が鏡を見ながら、ニヤリと笑い、また仏頂面に戻る、を延々と繰り返していた。シンプルに怖い。おかげで店内も無人だ。

  『あれなら狼の方がマシだよ…』

  「おい」

  「ひゃあ!」

  帰りかけたところを見つかった。

  「えがおのせっきゃく、というなぁ、どうすりゃいいんだ?」

  「えー……店長さんの真似したらいいんじゃない? いっつも笑ってるから」

  「敬介? アイツは笑ってねぇだろ」

  「誰が笑ってないって? いらっしゃい」

  補充品を持って入って来た敬介が、源五郎を軽く小突いて、ニッコリ笑った。

  「これが笑顔。オーケー?」

  「…オーケー」

  源五郎はニヤリと笑い、店長はため息をついた。

  トオルは、最高に怖い笑顔の店員から、最高に冷えたるりサイダーを買って帰った。

  ※※※

  「俺、笑えてないか?」

  「ああ。でもオメェは仕方ねえよ」

  源五郎は赤い棍を抱えた。

  「心配すんな、オメェは忘れてるだけなんだろ? きょうだい皆んな片付けて、おれを始末する頃にゃ、きっと昔みたいに笑えるようにならぁ」

  敬介は『十二』に背を向けた。

  「お前……ホント馬鹿だよな。死に急ぐなよ」

  「おれぁもう充分生きた。オメェが救われるんなら、別にいい」

  救われるのか? 本当に?

  それは、バケモノを倒すたび、ジワジワと『敬介』の中に広がる疑問。

  『十二』。

  あの地獄のような研究所で、ただひとつの光。

  そんな相手に、自分の魔力を分けて。

  魔除けの術をかけた食いもんで囲んで。

  人間社会で働かせて。

  身内を、果ては十二自身をも、殺す手伝いをさせている。

  確かに死ねない身体にはなった。人の理を忘れてしまった。

  だが『十二』にそんな修羅の道を歩ませているのは、本当に死ねない身体のせいか?

  お客さんが来たので、ふたりはそれぞれ笑顔を作って挨拶したが、双方ぎこちなくて、子ども達は少し戸惑った。

  (了)

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