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2つの情愛

  『出会いもあれば別れもある』。昔から言われている言葉だ。人はたくさんの別れを経験し、その分たくさんの別れを経験する。そうして、人生は出会いと別れを繰り返す。突如訪れる別れも出会いも、予想することは誰にもできない。

  

  別れを経験するのはもう慣れた。進級したり転校したり、環境が変わる度に別れは訪れるものだ。だから────

  

  「じゃあな」

  

  例え愛する人との別れでも、きっと耐えられるはずなのだ。

  

  「嫌だ!お願いだから……何でもするから……!」

  

  オレはその別れを否定したくて、この場を去ろうとする狼獣人の腕をガシッと掴む。しかし、狼獣人は────かつて恋人だった人は冷たく、蔑むような目を向け、

  

  「うぜぇ」

  

  とオレの腕を振り払い、そのままオレの顔を殴った。何が起きたのか理解出来ず、痛みで無意識に殴られた自分の頬を抑える。

  

  「……二度と俺に構うな」

  

  そう言うと、彼は振り返ることなく去っていった。追いかけたかったが、身体が思うように動かない。どんどん狼獣人の姿は小さくなっていき、ついに見えなくなった。

  

  「きょう……すけ……」

  

  オレはガクッとその場に崩れ落ち、人目も憚らず泣き出した。幸いなことに、夜の公園は誰もいない。不思議と風の音すら聴こえないくらい、静かだった。

  

  「なんで……なんでなんだよぉ……!」

  

  その声に応えるように強い雨が降り出した。涙で濡れた地面を、泣きじゃくったオレの顔を隠すかのように。

  

  [newpage]

  天野信明(あまののぶあき)は周りよりも少し小柄なところを除けば、どこにでもいるような普通の犬獣人だ。

  

  半年前、オレは同じサークル仲間の海原恭介(かいばらきょうすけ)に一目惚れし、玉砕覚悟で告白した結果、オレ達は付き合うことになった。恭介は男女共に人気者だったので、そんな彼と付き合えることがたまらなく嬉しかった。

  

  

  もちろん衝突も何度かあった。恭介が俺とのデートをすっぽかして女友達とホテルに行ったり、恭介に『俺以外のやつと関わるな』と言われ、友達のアドレスを全て消しされたこともある。けど、オレはなんだかんだで全て我慢してきた。不満がなかったと言えば嘘になるが、それ以上に恭介のことが好きだったのだ。オレは恭介のために尽くし、恭介のために何だってできた。

  

  

  だからわからない。どうして恭介は突然、オレと別れようなんて言い出したのか。恭介に嫌われるようなことをした覚えはない。他に好きな人ができたのだろうか。それともオレに覚えがないだけで、何か気に障ることをしてしまったのか。

  

  答えはわからない。知りたくても、恭介は何も語ってくれない。メールも電話も拒否されていて、連絡する手段もない。恭介はめったにサークルに足を運ばないし、もう会えないかもしれない。

  

  

  

  

  

  ……どうでもいいや。もう、そんなことどうでもいい。

  

  

  公園からふらふらと夜道を彷徨っていると、小さな橋にたどり着いた。下を見ると雨のせいで川の流れは強くなっている。もしこの橋の下から泳げないオレが転落すれば、溺死は避けられないだろう。いや、2月の川は冷たいから、先に凍死するのが先だろうか。どちらにせよ、死は避けられない。

  

  オレが死ねば、少しは恭介もオレのことを想ってくれるだろうか。オレが死んだことを、オレを振ったことを後悔してくれるだろうか。そうなってくれると少し嬉しい。そうして、オレのことを永遠に忘れないでくれれば最高だ。

  

  死ぬのは怖い。多分即死できず、苦しんで苦しんだ末に死ねるだろう。そんな苦痛を受け入れてまで死ぬ必要があるかと言われれば、ない。『恭介に振られらたから』という理由だけで死ぬのかと、揶揄する者もいるだろう。けど、同時にオレには生きる理由がないのだ。『恭介と一緒にいること』が、唯一の生きる理由なのだから。……未練なんて、微塵もない。

  

  

  深く深呼吸し、覚悟を決める。そして助走をつけ、橋の手すりを越え、そのまま飛び降り────

  

  「ダメーーーーーー!!!!」

  

  ようとした時、誰かに後ろからガシッと抱きかかえられた。見たことはないが、大きくて男性と思われる手だった。

  

  「は、離して下さい!!オレはここで死ななきゃいけないんです!!」

  「馬鹿言うな!!君をここで死なせたりするもんか!!」

  「離せ!!!!」

  

  オレはその男を振りほどこうと必死に抵抗した、その瞬間だった。オレは足を滑らせ体勢を崩し、その男を巻き込む形で橋の下へと身を落とした。

  

  「え……」

  「嘘……だろ?」

  

  

  オレと男は抵抗することもできず、そのまま万有引力に従い水面に直撃した。川の冷たさよりも落下した衝撃の痛みが勝り、オレはゆっくりと意識を失った。

  

  [newpage]

  「……あれ?」

  

  気がつくと水中にいたはずなのに、暖かい。目を覚ますと、自分が布団の中にいることに気づいた。辺りを見渡すと、少し雑誌や洗濯物などがそこらじゅうに散らばっているのが見える。一人暮らしによくありがちな部屋だ。

  

  「おや、目が覚めたか。……良かった。中々目を覚まさないから心配したよ」

  

  声の主、30代くらいと伺える上下黄色いジャージ姿の虎獣人は、オレの隣でホッと胸を撫で下ろしたようにオレの頭を優しく撫でた。状況が理解できず、オレはなされるがまま撫でられるだけだった。

  

  「いやぁ本当に良かった。にしても仕事から帰る途中で自殺しようとする現場を見るなんて、思ってもいなかったよ。……まぁ、結局二人共落ちちゃったし、僕が大学時代競泳サークルに所属してなかったら一緒に死んでたね」

  

  ハハハッと冗談交じりに虎獣人が笑った。死にかけたというのに、何故そんなにも笑っていられるのだろうか。

  

  「えっと、あの……助けてくれて、ありがとうございます」

  

  虎獣人に礼を言うが、しかし正直オレの心境は複雑だ。あの時、オレは死にたかったのだから。

  

  虎獣人もそれを察してか、いやいや、と謙遜交じりに否定する。

  

  「無理にお礼なんていいよ。僕が助けたくて助けたんだから。君としては死にたかったはずだし、寧ろ迷惑だっただろ?」

  「……」

  

  素直に、はい、と言えるはずもなく、オレは躊躇いながらゆっくりと頷く。

  

  「今でも死にたいって思う?」

  「……」

  

  その問いに、オレは口を閉じたまま、ゆっくり首を横振った。そして同時に身体が震え始めた。

  

  さっきまで、オレは死にたくて死にたくて仕方がなかった。けれど、1度死にかけて助かってしまったせいで、死にたい気持ちよりも死に対する恐怖がまさってしまった。……もう、あんな思いはしたくない。

  

  「だったらそれでいい。君の気持ちが本当なら、僕はこれ以上何も言わないよ」

  

  オレの答えに満足したように虎獣人は微笑むと、再びオレの頭をそっと撫でた。見知らぬ人から触られてるというのに、不思議と不快な気持ちはなかった。

  

  「ああ。そういえば自己紹介がまだだったね。……僕の名前は槙島圭吾(まきしまけいご)。君は?」

  「オレは……天野信明、です」

  「信明か。いい名だね」

  

  そんなお世辞らしきことを言うと槙島さんは立ち上がり、棚からTバックを2つ取り出すと、マグカップに入れポットからお湯を注いだ。お湯はみるみる茶色くなっていき、紅茶の香ばしい香りと湯気が部屋に広がっていった。

  

  「冷めないうちにどうぞ。まだ身体冷えてるだろうし。」

  「あ、はい。ありがとうございます」

  

  オレは差し出された紅茶をありがたく頂いた。普段紅茶を飲まないオレでも飲みやすく、身体が温まっていく。槙島さんは猫舌なのか、ふーっ、ふーっ、と数回冷ました後にようやく紅茶を口にした。その姿が少し可愛らしく見えた。

  

  「あ、今笑った」

  「え?」

  「さっきまでこの世の終わりみたいな顔してたからね。やっぱり若者には、笑顔が似合う似合う」

  

  ニカッと笑う槙島さんを見て、自然とオレも頬が緩んだ。きっとこの人の笑顔は、他人に伝染するのだろうとしみじみ思った。

  

  ……少し暑くなってきたのか、身体が火照ってるような気がした。心臓の鼓動が高まり、感覚が敏感になっているような────

  

  「えっと……」

  

  槙島さんが突然困ったような表情を浮かべ、オレから目を逸らした。少しだけ顔が赤くなっているような気がする。

  

  「どうしました?やっぱり槙島さんも少し暑いですか?」

  「いやぁ……えっと、なんというか……若いっていいなぁ、って思ってね……」

  

  槙島さんはチラッチラッとオレを、正確にはオレの顔より少し下を目配りする。どうしたのかと下を見ると────

  

  「……あ」

  

  当然だが、オレは川に1度落ち、全身びしょ濡れだった。言わずもがな、服も濡れているはずだ。濡れたまましておけば風邪を引く、ならば濡れた身体を拭く必要がある。……当然、服は脱がさなければ拭く事はできない。

  

  下を見ると、オレは一糸まとわぬ姿でいることに気づいた。そして、そこに見えたものは、直立している自分の逸物だった。

  

  「あー……えっと……その……」

  「……うん。若いっていいね」

  「何か隠せるものはありますでしょうか!!?」

  

  槙島さんは腹を抱えながら笑うとバスタオルを1枚渡し、オレは素早くそれを腰に巻いた。

  

  「まあまあ、男同士なんだし別に気にしなくてもいいだろ」

  「そりゃそうですけど……」

  

  ちなみに言うまでもないが、オレは同性愛者である。故に自分の全裸姿を見られて平然としていられる自信はない。

  見られているって思うとますます……

  

  「君の服は洗濯しているから、明日の朝にでも取るといいよ」

  「明日の朝って、泊めてもらうのも流石に悪いですし、帰りますよ」

  「でも……」

  

  槙島さんが窓を開けると、ザーと雨の降る音が聴こえた。雨はさっきよりも激しさを増しており、風も強い。例え傘を持っていたとしても、意味をなさないだろう。

  

  「そういうわけで、今日は泊まっていきなよ。……それとも、こんなおじさんと泊まるのは嫌かい?」

  「そ、そんなことないです!槙島さんがよければ、今日はお世話になります」

  

  しょぼんと顔を俯かせる槙島さん見て、慌ててオレは否定する。すると槙島さんはぱあっと目を大きく見開き、嬉しそうに尻尾を振った。意外と感情豊かな人だなぁ。

  

  「そうだ、お酒あるんだけど……信明君はまだ未成年かぁ」

  「いえ、オレは今年で21です」

  「嘘!?僕の4個下!?」

  「マジで!?」

  

  とても信じられない。オレの4個下ということはつまり25歳。あまり年の差なんてないじゃないか。そもそも自分のことをおじさんと言っていたから、30代ぐらいかと思ったが。

  

  「いやいや驚いたのはこっちだよ。どう見たって中学生ぐらいにしか見えないよ」

  「オレこれでも大学3年生なんですけど……」

  

  しかし槙島さんが驚くのも無理はない。身長160cm。中肉中背な体格に変声期を少し迎えたばかりとも言える僅かに高い声。中学生は言い過ぎな気もするが、高校生と間違えられても不思議ではない。実際、夜出歩いて警察に補導されかけたこともあるし、コンビニでお酒を買おうとしたら、「未成年にはお売りできません」と年齢確認される前に断られたこともある。

  

  「まぁちょっと可愛いな、って思ったりはしていたけど……それより、飲めるなら一緒に飲もうよ。適当にカクテル作るけどいいよね?」

  「あ、はい!お願いします」

  

  実はこう見えて、お酒は大好物だ。家にはウォッカやジンなどの各種お酒や、割る用のソフトドリンクも揃っている。味も好きだが、どちらかというと酔うのが好きなのだ。潰れないくらいの酔いがちょうどいい。

  

  「はい、どうぞ」

  

  出されたゾンビグラスはオレンジ色をしていて、オレンジジュースを割ったとすぐにわかった。大方、ファジーネーブルといったところか。嫌いではないが、アルコール度数が低いためあまり飲まない。

  

  「あれ……?」

  

  飲んでみると、ピーチリキュールの味がほとんど、寧ろ全くしない。オレンジジュースの味が強く、ほのかに嗅いだことのある甘い匂いがする。

  

  「えっとオレンジジュースと……ウォッカを混ぜたやつですかね?」

  「うん、『スクリュードライバー』だよ。飲んだことある?」

  「はい。名前は知りませんでしたが……」

  

  グイッと一気に注がれていた分を飲むと、急にクラっと世界が揺れた。この感覚がたまらない。オレはどちらかというと酒に強い方なので、多少の一気飲みは平気だ。

  

  「惚れ惚れするいい飲みっぷりだね。お代わりは?」

  「是非お願いします。……ちょっとウォッカ多めで」

  「はいはい」

  

  そしてオレと槙島さんは酒を飲みつつ、お互いの生活の話をした。槙島さんの仕事は近所の銀行員。趣味は読書と映画鑑賞、意外にもジャンルは恋愛モノが好みらしい。

  オレは学校のこと、授業やサークルだったり、友達のことについて話した。来年4年生で就活が始まるということも話し、社会人である槙島さんのアドバイスはとても心強い。そんなふうに、オレと槙島さんは酒を片手に他愛もないお喋りを楽しんだ。

  

  「ところで」

  

  槙島さんが会話の主導権を握る。次はどんな話をするのだろう、と期待していたオレは、完全に油断した。

  

  「どうして、君は自殺なんかしようとしたんだい?」

  「えっ……」

  

  予期せぬ問いに、否、訊かれることを恐れていた問いに、オレは目を丸くした。しかしすぐにオレは顔を俯かせ、口を閉じる。そうすることで、オレが『質問に答えたくない』と察し、質問を撤回してくれると思ったからだ。

  しかし、槙島さんはじっとオレの顔を見つめ続け、折れる気配を全く感じさせない。オレが自殺しようとした理由をそこまで知りたいのだろうか。

  

  しばらくしてオレは小さくため息をつき、仕方なく自分から沈黙を破った。

  

  「……別に大した理由じゃないんです。恋人に振られて、それで自暴自棄になって、死のうと思ったんです」

  

  自分で言っていて恥ずかしくなる。よくこんな小さなことで自殺できたものだ。「そんなことで命を粗末にするな!」と怒られるかもしれない。

  

  

  「そっか……」

  

  槙島さんの右手が上がり、オレは思わずビクッと身構え目を閉じた。しかしオレの考えとは異なり槙島さんはそっとオレの頭を撫で、悲しそうに微笑んだ。

  

  「それは……つらかっただろうね。今までずっと好きだった人に裏切られるのは」

  「……怒らないんですか?」

  「どうして怒る必要がある?自殺しようと決断するほどのことなんだ。相当ショックだったんだろ?」

  「……」

  

  オレは無言で首を縦に振った。周りからは単純な動機かと思われるかもしれないが、少なくとも、俺にとって恭介は、それほど大切な存在だったのだ。

  

  「にしても、もったいないなー。信明君素直そうだし可愛いし、僕がその人だったら絶対離さないよ」

  「か、からかわないで下さい!でも、わからないんです。どうしてあいつは、突然オレと別れようなんて言い出したのか」

  

  恭介の言うことはなんでも聞いたし、嫌われるようなことはしていない、はずだ。可能性があるとすれば、他に好きな人ができたのだろうか。原因は謎のままだ。

  

  「理由なんて考えても仕方ないと思うよ。恋愛なんて、案外単純だからね。何となく気まぐれ誰かと付き合うこともあれば、何となく気まぐれで誰かと別れることもあるし」

  「それって……あいつはオレと気まぐれで付き合って、気まぐれで別れたって言うんですか?」

  「いやいや違う違う。そんなふうに聞こえたなら謝るよ。だから怒らないでくれ」

  

  別に怒っているわけではない。むしろ納得したくらいだ。恭介がオレと付き合ってくれたのは、オレが告白したから何となくだったのだ。つまり、オレのことを好きだったからではない。なら、もしオレのことをそのまま好きになれなかったのなら、別れようというのも当然だ。好きでもない人と付き合いたい者など、誰もいないのだから。

  

  「なんだ、そんな簡単なことだったのか……ふあぁ」

  

  疑問が解決したことで、モヤモヤしていた霧がスッキリと晴れたような気分だ。そして同時に、安心したのか、ふと強い眠気に誘われ、抑えきれない欠伸をかいた。

  

  「もう遅いし、眠ろうか」

  「本当に泊まっちゃっていいんですか?」

  「構わないさ。こんな大雨の中帰すのも心苦しいしね」

  「では、お言葉に甘えますね」

  

  恭介以外の家に泊まるなんていつぶりだろう。いや、そもそも恭介以外の人と話すこと自体が相当久しぶりだ。

  

  「さてと、じゃあ布団敷くね」

  

  槙島さんは棚から敷布団と掛け布団と枕を取り出し床に敷いた。部屋にちょうど合うくらいの1人用の大きさだ。

  

  「あれ、オレはどこで寝ればいいんです?」

  「え?布団で寝ていいよ?僕はその辺で適当に寝るから」

  「いやいやそんなの悪いですよ!槙島さんはちゃんと布団で寝てください」

  「信明君はお客様だし、その辺で寝かせるわけにもいかないしなぁ……あ、そうだ」

  

  何か閃いた槙島さんは、恥ずかしがることなく続けた。

  

  「一緒に寝ようか。くっついて寝ればギリギリ入るだろうし」

  「……え?」

  

  一瞬槙島さんが何を言っているのか理解できなかった。しばらく時間が経過し、オレの顔はみるみる赤くなった。

  

  「いやいやいやいや!いくら何でもそれはーー」

  「え?別にそのくらい『普通』じゃない?」

  「……」

  

  そうだった。槙島さんはオレと違い異性愛者なのだ。ノンケなのだ。オレは同性愛者のため、男2人で添い寝=エッチ みたいな解釈をしているが、本来なら別に一緒に寝たくらいで何も起きないのが当然なのだ。それが『普通』なのだ。

  

  ここで『実はオレ、ゲイなんです!』なんて言えるはずもない。そういうことに理解があるとも言いきれないし、同性愛者であることを隠すなら、この提案を断ることはできない。

  

  「……そ、そうですね!一緒に寝ましょうか」

  

  オレはできる限り平静を装い、槙島さんの提案に賛成した。明朝まで平静を保てることを、心の中で祈った。

  

  [newpage]

  「ん……」

  

  目が覚めると外はまだ暗かった。耳をすませば、わずかに雨の降る音が未だに聞こえる。

  

  ふと隣で寝ている槙島さんを見る。しっかりと布団を被り仰向けで寝ていた。知り合ったばかりの人と寝ているというのに、よく眠れるものだ。

  

  再び眠りにつこうと目を閉じると、ふと恭介の顔が思い浮かんできた。恭介に振られた時を、あの冷たく、侮蔑するような眼を思い出す。

  

  恭介は今までずっと、俺に合わせてくれたのだろうか。好きでもない俺に、もしかしたら嫌いだったかもしれない俺に、恭介はどのような気持ちで接してくれていたのだろうか。同性愛者であるオレを、心の中で嘲っていたのだろうか。

  

  「う……うぅ……」

  

  耐えられなくなり、オレは泣きだした。槙島さんに気づかれないように。

  

  不思議と自分の泣き声が、自分のものでないような、別の誰かが発したもののような、そんな他人事のように思えた。

  

  [newpage]

  「昨夜は本当にありがとうございました」

  

  洗濯してもらった服に着替え、俺は深々と頭を下げた。槙島さんには、いくら感謝してもし足りないくらいだ。

  

  「別に大したことなんてしてないよ。もしよかったら、また遊びに来てね」

  「え、いいんですか?」

  「当たり前じゃない。だって僕たちは、もう友達みたいなものでしょ?」

  「友達……!」

  

  友達、と槙島さんに言われ嬉しくなって一瞬頬が緩んだ。しかし何となく恥ずかしくなって、すぐ元の表情に戻す。それに対して槙島さんはニヤニヤとこっちを見て笑う。

  

  「な、なんですか?」

  「言いづらいんだけど、しっぽ揺れてるよ」

  「えっ」

  

  そう言われ振り向いてみると、自分のしっぽがブンブンと左右に揺れていた。

  

  「なんでそんなに嬉しそうなの?」

  「うぅ……」

  

  俺は恥ずかしくなって、つい目をそらした。槙島さんから見て、俺はどのように滑稽に写っているかと想像すると、さらに顔が赤くなっていった。

  

  

  今までずっと槙島以外の人で仲良くなれた人いなかったから、友達と言われて素直に嬉しかった、と言えるわけがない。

  

  「あ、そうだ。よかったらLINE交換しようよ」

  「は、はい!是非お願いします!……あ、そういえば携帯は」

  「スボンの中にあったやつだよね?濡れていたけど防水だったから、大丈夫だったよ」

  「そうですか。よかった……」

  

  スマホが無事と聞いて安心した。もし、スマホが壊れていたら、槙島さんと連絡先を交換する機会を失っていたのだから。

  

  「じゃあ交換しようか。QR出すね」

  「は、はい」

  

  俺はスマホを受け取るとLINEのアプリを起動し、友達追加の項目からQRを選択するとカメラ画面が表示され、そのまま槙島さんのスマホから表示されているQRコードをかざした。すると『槙島』という人のアカウントが追加された。

  

  「えっと、『ノブ』でいいのかな?登録したよ」

  「はい!ありがとうございます」

  

  『友達2』と自分の友達登録している人数を見て、嬉しさのあまり叫びたくなるほどだった。恭介以外の人を登録したことがなかったので、どこか斬新さを感じた。

  

  「仕事中の時は返信遅れるかもしれないけど、絶対に返すから、何かあったら気軽に送ってね」

  「はい!」

  

  

  最後にそんなやり取りを終え、オレは名残惜しく自宅へと帰った。帰る途中槙島さんから『大丈夫?ちゃんと帰れてる?』とか、『何かあったらすぐに言ってね?』といくつかメッセージが届いた。過保護だなぁ、と思う反面、心配してくれているんだ、と苦笑しながら『大丈夫です』 と返した。

  

  [newpage]

  「はぁ……好き」

  

  大学から帰る帰宅路、誰もいない道のど真ん中で、オレは1人ため息をついた。

  

  槙島さんと出会って今日で2週間。会うことはなかったが、頻繁にLINEのやり取りはしていた。『おはよう』などの軽い挨拶から『実は……』といった槙島さんなら仕事、オレなら学校関係の愚痴まで。お互い本音を言い合える仲にまで発展することができた、と個人的に思う。

  

  槙島さんは優しくて魅力的な人だ。見た目もタイプだし、ぶっちゃけかなり惚れてる。

  

  「けどなぁ……」

  

  人を好きになることはこれまでに何度もあった。しかし、その恋は恭介以外実ったことはない。世間一般の話をすれば、同性愛者なんて異端の存在なのだから。好意を伝えるどころか、自分が同性愛者であることをカミングアウトする勇気すら今のオレにはない。

  

  槙島さんはそういう差別はしないと思う。……そう思いたい。けど、焦って事を進めれば、失敗するのが目に見える。

  

  「……よし」

  

  立ち止まっても仕方ない。焦らず、槙島さんとは、ゆっくりと親密な関係になればいい。

  

  オレはLINEを起動し、『今夜会いに行ってもいいですか?』というメッセージを槙島さんに送った。するとすぐに既読が付き、『いいよいいよ!大歓迎!』と返信が来た。仕事中は返信が遅れると言っていたくせに、ほとんどすぐ返してくれるから不思議だ。

  

  「じゃ、さっさと行くかな」

  

  好きな人の家に行く、そう考えると楽しみで胸が躍った。尻尾も大きく揺れていて、誰かに見られたら恥ずかしい姿だが、そんなことお構いなしだ。

  

  そうだ、せっかくだからコンビニによってお土産でも買おう。何かおつまみ、あるいはお酒でもいい。とにかく槙島さんが喜びそうな物を買っていこう。

  

  今のオレはすっかり浮かれていた。浮かれすぎて周りが全く見えていなかった。……だから、後ろから近づいてくる人の気配に気づけなかったのだ。

  

  

  「……ノブ」

  

  後ろから誰かの声が聞こえた。何度も聞いたことのある、聞き覚えのある声だ。そしてオレのことを『ノブ』と呼ぶ誰か。オレはその誰かが誰なのか、すぐにわかった。オレのことを『ノブ』と呼ぶ人は、たった1人しかいない。

  

  「……きょう……すけ」

  

  振り返った先にいたのは予想通り、恭介だった。オレがかつて愛していた狼獣人が、先程からいたかのように存在していた。

  

  「……」

  「……」

  

  お互いの間に気まずい沈黙が続く。いろいろ言いたいことが、いろいろ訊きたいことがあるはずなのに、それを口にすることができない。

  

  ────どうして急に別れようなんて言い出したのか。

  ────どうしてオレと付き合ってくれたのか。

  ────本当はオレのことどう思っていたのか。

  

  数々の言葉が喉まで出かかっているが、口の中で閉じこもり続ける。恭介も同じように何か言いたそうだが、口を閉じたままだ。

  

  「……」

  「……」

  「……」

  「……」

  「……きょうす────」

  「すまなかった!!」

  

  ようやく口を開くことができた瞬間、恭介の口から謝罪の言葉が発せられた。いきなり大きな声を出されたので、思わずビクッと身震いした。

  

  「急に別れようとか言って、無理やり突き放そうとして殴ったり、いろいろ酷いこと言ったり……お前を凄く傷つけてしまった」

  「……え?」

  

  俺には恭介が何を言っているかわからなかった。いや、謝罪していることはわかる。しかし、だからこそ不思議なのだ。恭介の口から謝罪の言葉を聞いたことなど、1度もなかったからだ。

  

  「最初お前に告られた時、何となくで付き合って、それなりに楽しかったのは認める。ぶっちゃけ女といるより気持ち的に楽だった。けど、他の友達に訊かれたんだ。『お前男と付き合ってるのか』って。……自分が同性愛者だなんて思われるのが怖くて、お前を突き放したんだ」

  「……」

  

  恭介の表情は今にも泣きそうだった。恭介のそんな表情も初めて見た。

  

  「けど、お前と別れて気づいたんだ。お前はいつも、俺のことを想ってくれた。俺のために、何でもしてくれた。それなのに俺はその気持ちに応えてあげられなかった。そう考えると、罪悪感で胸が苦しかった」

  「……恭介」

  

  それ以上は聞きたくなかった。恭介が何を言いたいのか、わかってしまったから。それを聞いてしまえば、オレは────

  

  「俺にはお前が必要なんだ。お前がいなきゃ、俺の人生は退屈で、つまらない。お前と一緒なら、きっと楽しい人生になれる」

  「……やめろよ」

  「許してくれなんて言わない。けれど、償わせて欲しい。やり直させて欲しい。もう2度、お前を悲しませたりはしない。だから──」

  「やめろって言ってるだろ!」

  「だからもう一度!俺と付き合ってくれ!!」

  

  オレの声量をはるかに上回る大声で、恭介は叫んだ。その言葉を聞いて、オレは何も考えられず固まるしかなかった。

  

  先程述べたが、オレは槙島さんが好きだ。しかし、オレは恭介への恋心を忘れたわけではない。槙島さんが好きであると同時に、恭介のことも未だに好きなのだ。

  

  「なんで……今更そんな……」

  「ノブ、お前のことが好きだ」

  

  畳み掛けるように恭介が続ける。今すぐにでも耳を閉じたい気分だ。

  

  もしも、恭介がオレのことを嫌いであれば、オレは恭介の恋心を忘れることができただろう。そのまま槙島さんを好きでい続けられたのだ。しかし、恭介がオレに対して好意的であることを知った今、それはもう叶わない。

  

  「お前の答えを聞かせてくれないか?」

  「……」

  

  今ここで頷けば、もう一度オレは恭介と付き合える。きっと、前よりも恭介はオレのことを想ってくれる。幸せになれる。しかし、それは同時に槙島さんへの恋心を捨てることになる。槙島さんのことを簡単には諦められない。

  

  「……ごめん、もう少し考えさせて欲しい」

  「……そっか。返事はいつでもいいから、決まったら教えてくれ」

  

  そう言うと恭介は名残惜しそうに去っていった。恭介としては、すぐに首を縦に振って欲しかったのだろう。

  

  

  恭介に「好きだ」と言われたのは初めてだった。今更そんなこと言われても困るはずなのに……それを喜んでいる自分がいる。

  

  オレは槙島さんが好きだ。優しくて、頼りがいがあって、オレを救ってくれたあの人が好きだ。でも、恭介のことも好きだ。いろいろ尽くしたのに何もしてくれず、自分優先のわがままやつなのに、それでもあいつが好きだ。

  

  俺は槙島さんが好きで、でも恭介も好きで、けれど槙島さんが好きで、それでも恭介が好きで────

  

  

  「……うぷっ」

  

  急に気分が悪くなり、道の電柱の下に嘔吐した。どうすればいいのか考えれば考えるほど、吐き出される吐瀉物の量は増していく。

  

  「どうすればいいんだよ……」

  

  その問いに答えられる者は、自分も含めて誰もいなかった。

  

  [newpage]

  「い……いらっしゃい。待っていたよ信明君」

  

  ドアが開かれると、槙島さんが何故か息を切らしながら出迎えてくれた。

  

  「……何か息上がってません?」

  「そ、そうかな?気のせいだよ。さぁ、上がって上がって」

  

  部屋に上がると、予想外の光景にオレは衝撃を受けた。前回来た時はかなり散らかっていた部屋が、今回かなり片付いている。辺り一面に積もっていた服や本もなく、床に埃一つもない。まるでリフォームしたかのようだ。

  槙島さんは前に「片付けるのはかなり苦手」と言っていたから、今回も相当散らかっているのだと思っていたが。

  

  「わざわざ掃除してくれたんですか?」

  

  不意にそう訊ねると、槙島さんは慌てて首を振った。

  

  「な、何言ってるの?元々僕の部屋はこんなもんだよ。前回がたまたま散らかっていたと言うか……その……」

  

  恥ずかしいのか顔を赤らめている姿が可愛らしくて、つい頬が緩んだ。それを見て槙島さんが顔を膨らませたが、つられるように笑った。

  

  いつもならその笑顔を見て心が満たされるはずなのに、何故かむしろ胸が締め付けられたような気がした。

  

  「さて、早速何か飲もうよ」

  「はい。おつまみも少し買ってきました」

  

  槙島さん家に向かう途中コンビニで買ったおつまみを槙島さんに見せ、槙島さんは嬉しそうにそれを受け取った。

  

  「いろいろ買ってきたねー。……お、砂肝あるじゃん。僕これ好きなんだよね」

  

  槙島さんは俺が買った砂肝を軽くフライパンで揚げ、冷凍庫から枝豆を取り出し水道水で解凍した。テーブルにスナック菓子を含めたおつまみと複数のお酒を用意し、準備完了だ。

  

  「じゃ、かんぱーい!」

  「かんぱーい」

  

  お互い手にしたグラスをぶつけ、そのまま口に運ぶ。ウォッカを何かで割っているようだが、飲んだことのない味だ。

  

  「これ、なんというお酒です?」

  「『ウォッカ・マティーニ』だよ。ウォッカとベルモットっていう白ワインのようなものを合わせたカクテルだよ」

  「へぇ……随分お洒落な物をご存知で」

  

  基本ウォッカやジンをソフトドリンクで割ることが多いので、こういうカクテルは飲んだことがない。あまり高いお酒を買うお金もないし。

  

  「……それで、今日はどうしたの?」

  「え?」

  

  突然の槙島さんの問いに、オレはキョトンと目を丸くした。

  

  「何かあったんでしょ?顔を見ればわかるよ」

  「……」

  

  その原因は槙島さんですと話せるわけがなく、オレは沈黙せざるを得ない。しかし槙島さんは黙秘することを許さないかのように、じっとオレの目を見つめ続ける。

  

  ────やはり、この人には敵わないな。

  

  「……実は」

  

  

  ーーーーーーーーーーーーーー

  

  

  「……そう、なんだ」

  

  オレは『恋人に復縁を持ちかけられていて、それでどうすべきか迷っている』と話した。もちろん槙島さんが好きだからということは伏せて。

  

  誰かに悩みを話せて、少し胸がスッとしたような気がした。現状は全く変わらないというのに不思議だ。

  

  「……よかったじゃん!ならよりを戻すべきだよ!」

  

  槙島さんの回答に、オレは少し愕然とした。仮に槙島さんが止めてくれれば、オレは恭介のことを諦められたのかもしれなかったのだから。

  

  「でも────」

  

  「だってまだその人のこと好きなんでしょ?だったら付き合わない理由はないじゃない」

  

  槙島さんの言葉にオレはゾクッと身震いした。槙島さんは笑っているというのに、その口調は何処か淡々としていた。

  

  「好きだった人と別れたのにまた再び結ばれるなんて、凄く幸せなことだと思うよ。僕だったらその場で首を縦に振っていたね」

  「……槙島さん」

  「あーよかったよかった。これで解決だね。これからは僕なんかに時間を使わず、その恋人さんの為に────」

  「槙島さん!」

  

  見ていられなかった。これ以上続けると、槙島さんが何処か遠くに行ってしまうような、もう会えなくなってしまうような、そんな気がした。

  

  心臓の鼓動が高まるのを感じる。オレはスッと軽く深呼吸し、呼吸を整えた。今から行う何十回目の告白は、今まで以上に緊張していた。

  

  断られてもいい。引かれてもいい。それでも、オレは決めたのだ。もう後悔しない、……もう迷わない。

  

  「実はオレ……オレは槙島さんのことが──」

  「僕は君のこと嫌いだよ」

  

  

  

  

  

  

  

  「……え?」

  

  槙島さんが何を言っているのか理解出来できなかった。

  

  「嫌いだと言ったんだ。君のこと、嫌いだとね」

  

  槙島さんはさっきと同じ口調で、淡々と繰り返した。その表情には何の感情もなく、普段の槙島さんからは想像もつかないような、冷たい言葉だった。

  

  「嘘……ですよね?」

  「嘘じゃない」

  「だって、さっきまで楽しそうにして──」

  「楽しくなんかなかった。……楽しい振りをしていただけだ」

  

  オレの質問に対し槙島さんは淡々と返すだけだった。それでもまだ信じたくなくて、すがるように問い続けた。

  

  「じゃあ……なんでそんなことを」

  「それは……君の身体が目当てだったから」

  「……え?」

  「今まで黙っていたけど、実は僕ゲイなんだ。男が好きなんだよ」

  「槙島さんが……?」

  

  槙島さんの突然のカミングアウトに理解が追いつかず、オレはただ呆然としていた。にわかに信じ難いが、槙島さんが嘘をついてるとも思えない。

  

  「幻滅しただろ?だからさっさと────」

  「オレも!」

  

  オレは声を上げ槙島さんの言葉を遮る。伝えるなら、今しかないと思ったからだ。

  

  「オレも、……実は男が好きなんです」

  「え……!?」

  

  オレのカミングアウトに槙島さんはかなり驚いたようで、先程までの真顔が一瞬で崩れた。しかしすぐ元の表情に戻り、場の主導権を戻すかのように続けた。

  

  「つまり、君も僕の身体が目当てだったんだな」

  「なっ!?ち、違います!オレは────」

  「……もういい。これ以上は無駄だ。君が何を言っても、僕が君を嫌いなことに変わりはないのだから」

  

  槙島さんは一方的に話を切ろうとするが、オレはどうしても最後に聞きたいことがあり、問い続けた。

  

  「……どうして、オレのこと嫌いなんですか?」

  「……理由なんて必要ない。なんとなく君が嫌いになっただけだ。何となく人を好きになることもあれば、何となく人を嫌いになることもあるさ」

  

  そう言うと槙島さんは口を閉じ、もう話すことは無いと言わんばかりに顔を逸らした。

  

  どうしてこうなってしまったのだろうか。何を間違えてしまったのだろうか。オレにはわからない。わかりたくても、槙島さんは何も語らない。……あの時と、恭介の時と同じように。

  

  「いつまでここにいるつもりだい?早く出て行って欲しいんだけど」

  「……はい」

  

  オレは力なく返事すると、とぼとぼと玄関へ向かった。

  

  「ああ、ちょっと待って」

  

  槙島さんの声に、オレは嬉しそうに振り返った。実はこれまでの流れは全部嘘だと、否定してくれるのだと、そう楽観的に考えた。……だって、槙島さんが本心であんなこと言うはずがないのだから。

  

  振り返った先にあったのは、スマホの画面を見せている槙島さんの姿だった。画面には『削除しますか?はい/いいえ』というLINEの友達削除する項目が表示されていた。誰のアカウントかは、明白だった。

  

  槙島さんは躊躇いなく『はい』の部分をタッチし、『消去しました』という文字が表示された。その瞬間、オレと槙島さんを繋いでいた何かが断ち切られたような、そんな錯覚を覚えた。

  

  「もう2度と、僕に関わるな」

  

  [newpage]

  あの日から、もう2週間が経とうとしていた。オレは恭介との復縁を領諾し、今日に至るまでずっと、依存するかのように恭介のそばにいた。……恭介と過ごしている間は、あの人のことを忘れることができるから。

  

  あれから槙島さんがどうなったのか、オレにはわからない。恐らく、もう会うこともないだろう。彼が、それを望まないのだから。

  

  

  

  日曜日の映画館は家族連れやカップルなどで混雑していて、入口前で待機しているが、中に入る前に憂鬱になる。しかも集合時間になっても未だに恭介は姿を現さない。恭介が遅刻するのはよくあることだが、久しぶりのデートだから時間通りに来ると期待していたため、少し残念だ。

  

  待ち合わせ時間から30分程経過して、ようやく恭介が走ってくる姿が見えた。

  

  「悪ぃ悪ぃ、待たせちまって」

  「いや、オレも今来たところだよ」

  「嘘つけ。ここは素直に怒るとこだろ」

  「痛てっ」

  

  恭介はオレに軽くデコピンを喰らわせ、突然の痛みにオレは額を抑えうずくまる。その姿にツボったのか、恭介がゲラゲラと笑い出した。

  

  「いや、改めて見ると可愛いな、お前」

  「……からかわないでくれよ」

  

  オレは顔を赤くしてプィッと顔を背ける。そんな子供っぽい仕草を自分がやっていると思うと何処か可笑しくて、オレも耐えられず笑い出した。

  

  「それで、今日は何を観る?」

  「えっと……『二択の運命』ってやつ」

  「それって恋愛モノじゃん。いつものアクションモノじゃなくていいの?」

  

  驚いた。恭介と映画を観に行くことは少なくなかったが、いつも恭介が好きなアクション映画ばかりだった。他のジャンルを観るつもりなどなかったはずなのに。

  

  「たまにはいいだろ?何かデートっぽくて」

  

  そう言うと恭介ニカッと笑った。それを見てオレも自然と頬が緩む。

  

  今の恭介は、前の恭介よりも何処か優しくて、大好きだ。

  

  

  『二択の運命』という映画はオレも全然知らなかったので、純粋な気持ちで観ることが出来た。

  

  主人公の獅子獣人は高校生で、同級生の猫獣人に恋をしていた。しかしある日同じクラスの兎獣人に告白され、断ることが出来ずそのまま付き合うことになってしまう。

  獅子獣人は兎獣人と共に過ごしていくにつれ、その子を少しずつ好きになっていった。しかしそれと比例していくかのように、猫獣人への想いも強くなっていく。

  そしてまたある日、運命は残酷で、獅子獣人は猫獣人が自分に好意を持っていたということを友人から知った。

  『自分は一体誰を選べばいいのだろうか』。この映画は、そんな獅子獣人の葛藤を描いた物語だ。

  

  

  不思議なことに、映画の主人公がまるで自分自身であるかのように見えた。自分が好きな人を選ぶか、自分を好きな人を選ぶのか。主人公は後者を選んだ。僕も、どちらかと言えば後者と言えるだろう。

  

  もしも、槙島さんがオレのことを好きと言ってくれれば、あるいはあの時槙島さんが恭介との復縁を止めてくれたら、また未来も変わっていただろう。別に恭介と復縁したことを後悔しているわけではない。けど、やはり何処か心に穴が空いたような、そんな感覚だ。

  

  

  

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  「映画、よかったな」

  「ああ。最後どうなるか緊張したけど、主人公が幸せになれてよかったぜ。恋愛モノも案外悪くないな」

  

  夕日に照らされた帰り道を歩きながら、恭介は満足そうに笑った。オレもそれに合わせて笑い返す。

  

  「……ノブ」

  

  ふと手に温もりを感じる。見ると恭介が手を握っていた。こんなふうに恭介と手を繋いだのは初めてだ。

  

  「……よかったら、今日、うち来いよ」

  「……うん」

  

  恭介の顔が夕日に照らされ、より赤みを増していた。恭介は辺りに誰もいないことを確認すると、そっと優しくオレに口を重ねた。

  

  

  

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  「挿れるぞ……」

  「うん……っ!」

  

  恭介はオレの両足を持ち上げ股を開かせると、腰を下ろし自身のペニスをオレの肛門にあてがった。ズブッと恭介の逸物がオレの腸内に侵入していく。久しぶりの挿入なので少し痛みが走ったが、すぐに慣れて肛門の緩みを調節する。恭介の太くて固く、オレより一回り大きな肉棒は1番奥まで到達した。恭介の熱を帯びたソレを直に感じ、興奮が増していく。

  

  「はぁ……はぁ……ノブの中、すげぇ気持ちいい」

  

  ゆっくりと恭介が腰を動き出す。前立腺が刺激されるたび、全身に電流が走ったかのような快感が襲った。

  

  「可愛い。ノブ、すっげー可愛いよ」

  

  腰を動かしたまま恭介はオレの口を自身の口で塞ぎ舌を絡めてきた。この時点でオレに理性はほとんどなく、ただ快感に溺れていくのみだった。もしも今の表情を誰かが見ていたら、普段のオレからは想像もつかないアヘ顔をしているだろう。

  

  「ノブ……ノブ……好きだ……好きだ……」

  

  パンッ!パンッ!と肉と肉が衝突せる音と、グチュグチュとローションがペニスで擦れる音が部屋中に響く。突かれるたびにオレは喘声を上げ、オレのペニスからはタラタラとガマン汁が垂れ流れた。

  

  「だ、出すぞ……!イク……!イグゥ……!あああぁ……!」

  

  恭介は絶頂を悟ると体重をかけるようにもたれかかり、ビュッビュルビュルビュル!ビュルル!と奥の奥に精液をぶちまけた。それと同時にオレのペニスからも噴水のように勢いよく精液が弾ける。

  

  「はぁ……はぁ……」

  

  中がジンジンと熱い。しかし同時に身体の体温は急速に熱を引いていく。

  

  

  ……オレ、何やってるんだろうな。

  

  

  「愛してるぜ、ノブ」

  

  恭介が優しくそっとキスをしてくれた。オレは甘えるようにそれを受け入れ、互いに舌を絡める。

  

  オレは恭介が好きだ。前よりも優しくしてくれて、より一層好きだ。

  

  これからもきっと、オレは恭介と幸せに過ごせるだろう。つらいことがあっても、きっと大丈夫。恭介が側にいてくれれば、忘れることができる。

  

  そう、これでいい。オレの物語は、ハッピーエンドをむかえた。いろいろ遠回りしたけど、主人公とヒロインは結果結ばれたのだ。

  

  「オレも大好きだよ、恭介」

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  

  ーー本当に、これがオレの望んだ結末なのだろうか。

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