元記事→[[jumpuri:「『るろうに剣心』について語る中田考氏」(2014) > https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/review/107]]
以下、自分語り↓
国家が個人から取り上げ、合法(※)的に管理する「テロ」
警察や軍隊、司法がそれである。
実刑が下れば、壁の中に閉じ込められる「懲役」が課されることもある。
個人がやれば監禁罪だが、国がやるのは許されてゐる。
死刑制度に反対する人たちを、私はある部分でバカにしてゐた。
私はかつて、死刑制度に賛成であつた。
といつても、まだガキの頃だが。
「死刑に反対してゐるのは、神が来世で罰して呉れると信じてゐる樣な国だけだ」
さう主張したら、クラスで失笑を買つた。
これも日本人の、一般的な心性であらう。
とはいへ、私の主張はネットや2ちやんねるに基づいてをり、失笑されるべき根拠薄弱さであつた。
きまりやルール、法律を、天與或いは所與のものと、「信じて」ゐたのかも知れない。
「悪法も法なり」は昔の話で、一定の合理性が担保されてゐると、疑つてゐなかつたのかも知れない。
死刑も国家による「殺人」であり、「テロ」であるといへやう。
キリスト教圏もイスラーム圏も、概ね死刑は無いのだらう。
(調べたら、イスラム法では追ひ剥ぎと背教者は死刑だ。
然し後者は先づ、治療が優先されるべきだてふ。(中田考博士))
ただ「死刑」は、戰爭の樣に銃やミサイル、空爆はしてゐない。
これらは、日本国憲法(※)36条の「拷問及び残虐な刑罰」に當ると思はれる。(勿論戦時には国際法※ や、戦時法※ が適応されるだらうが。)
斯様な国家によるテロよりは、死刑の方がマシてふ事になるだらう。
CIAで諜報し、特殊部隊を送り込んで、ビンラディンを銃殺したり、アフガン・イラン・シリアを空爆したアメリカの行為が、正しいわけがない。少なくとも絶対の正義であるとはいへないし、アメリカはいつも正しいとか、必ず正しいとはならない。
そもそも2度の原爆投下と、東京大焼殺(1945.3.10)はテロである。これを決定したアメリカ政治は、バカの所業としかいへまい。そしてこの行為を今現在、正義であつたと信じてゐる人間も、バカの壁の向かう側にゐるバカであらう。
因みに「日本人は学校で、原爆を落としたのはアメリカだと教へられてゐない」と思つてゐる、ロシアのバカもゐる。政治家は嘘だと分かつてゐて、本当の樣に語つてゐるなら、詐欺師だが。
大日本帝国軍も沢山のテロ行為に及んだ。張作霖爆殺事件や、柳条湖事件、盧溝橋事件など。
オーストラリアにまで空爆を行つたらしい。
然しこれらの歴史的解明と、教育は十分に行はれてゐない。抑も良い歴史とは、国家にとつて不利になるものであるらしい。
学術的に解明されてはゐるのだらうか。戦史研究は大事である。開国以来、日清、日露、(欧州大戦)、シベリア出兵、満州事変、シナ事変、仏印進駐とやつてきた「大日本帝国」。それら全てのテロ行為について精査すべきなのだらうか。大変さうだし、一人の力では先づできまい。歴史は畠違ひであり、私は門外漢なのだらうか。
国家が子供を誘拐して、洗脳する教育において、その様な歴史が教へられる望みは薄いだらう。
今は中共や韓国に、有利な歴史が教へられてゐる。
然し「良い歴史」は、日本にとつても中共にとつても不利益だつたり、不都合だつたりするものである。
※ 人定法はイスラムの視点では悪である。
たとへ、人定法たる日本の刑法に「死刑は可なり」と書いてあつても、イスラムからは、「不法」に殺人を働く蛮族、野蛮な国家であらう。然しそれは、欧米もアジア・アフリカの大部分も同じだらう。
そして、領域国民国家に支配され、一人のカリフを置かないイスラム世界も、罪の状態に陥つてゐる。地球は眞つ暗だ。
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「事実はむしろ「テロリスト」と政敵を呼ぶ側の方が、実際に自分たちが犯している殺人を正当化しているのだ。」中田(2014)
主に「テロリスト」なるレッテルを貼られてゐるのは、ウイグルやクルド、ムスリム同胞団、ISIS、アルカイダ、タリバンですね。
後は環境活動家ですかね。シーシェパードとかグリンピースとか。
欧米では、オウムを日本で起こつた「仏教によるテロ」と捉へてゐるらしいです。
一部Twitterでは、安倍晋三襲撃を「もうこれテロだろ」と捉へてゐた人もゐましたね。
東京にゴミ箱が無いのも、「オウム以降のテロ対策だ」とか。
新幹線で持ち物チェックをせよ、と求める人たちが「テロ対策」と言ふだとか。
甚だ便利かつ不穏な言葉ですね。