絶望にうちひしがれるあなたの横顔。
だから言ったのだ。
だから言ったのだ、僕は。
胸がはりさけるような思いをかみしめながら、言葉もなくうちしおれる彼の姿を見ながら、僕は何度も何度も言ったのに。
あなたが思うほどにこの世界は単純でも優しくもないのだと。
あなたひとりが命をかけても、変えられるものはほとんどないのだと。
こうなることはわかっていたけれども。
それでも、僕は見たくなかった。
冷たい現実の前に、その笑顔がくもるところを見たくはなかったのだ。
降りしきる雨の中、あかあかと燃え盛る炎は一向に勢いを衰えさせることもなく、ヒーローたちの姿をちっぽけに照らし出していた。
という夢を見た次の日。
「どうした、バニー。元気ないな、なんか」
「バニーじゃないし、元気なくなんかないですよ・・」
隣り合うオフィスのデスクで、僕はまともに彼の顔を見ることができなかった。
メシ喰ったか、といつものように言われて、あいまいにうなずく。
「やっぱ元気ねえじゃん」
そんな言葉にまともに相手をする気にもなれない。
ああ、なんて恥ずかしい。夢のことなぞ彼は知る余地もないのだけど、それでも僕は恥ずかしくて仕方なかった。
大体僕は彼のことなどどうでもよかったのじゃなかったか。
コンビの話を受けたのだって、がけっぷちヒーローの悲惨な先行きに同情したわけではかけらすらもなくて、ただ自分がこの業界ではまるっきりの新人であり、センセーショナルな登場をしたくらいしか当面の話題性がなく、ともすれば周囲のおなじみの面々に埋没してしまうのではないかという危険を避けるために、仕方なく長年ヒーローを務めていた虎徹の「ワイルドタイガー」としてのキャリアを買うことにしぶしぶ承諾したに過ぎないのだ。
要するに虎徹は上層部の用意した、相棒という名の僕の踏み台にすぎない。
旧ヒーローという時代の遺物を踏み越えて、僕は立派に一人のニューヒーローとして独り立ちするつもりだったのだ。
だがしかし、形ばかりだったはずのその相棒には今や顔を合わせれば「メシ食ったか」なぞと食事の心配までされ、わずらわしく思いつつも人に心配されるのは案外心地悪くないものだと、驚くようなことをふと考えていたりする自分のこのていたらくはどうだ。
僕はこんなに爪の甘い男だったか、と折にふれて愕然とするばかりだ。
いつのまにか名ばかりの相棒は実質ともにコンビとして世間に認知され、彼を使い捨てるつもりだったはずの上層部も、そんなことはどこ吹く風だ。
いつまでもうざったいだの古臭いだの言っているのは、もしかしたら僕だけなのかもしれない。それはそのとおりなので、後悔するわけでも改めるわけでもないけれど。
「・・・こんなはずじゃなかったのに」
「あ?独り言は孤独の証拠だぞ、バニーちゃん」
「いい加減しつこいですよ、おじさん。僕はバニーじゃないし、孤独なんかなりたいくらいですよ!離れて!暑苦しい!」
「俺だって、おまえにおじさんなんて言われる年じゃねえよ」
「いまさら呼び方を変えられません」
「じゃ、俺だって変えねえー」
そう言って、何が嬉しいのかへへんと笑う。
その顔がなぜだか昨夜の夢の中の彼と奇妙にかぶって見えた。
泣いている顔なんか一度だって見たことがないのに。
たとえば思いがけぬことが起きても、彼はいつも呆然としてる頭の裏側で、何か方法はないか何か誰かを助けられないか何か自分ができることはないかと必死に模索している。
普段は失敗ばかりのこの頭の足りない男が、長年ヒーローを続けてこれたのはひとえにそのあきらめの悪さのおかげだろう。
虎徹はあきらめない。
だから、あんな夢のような出来事が起こるわけはない。
そして僕は当然悲しく思う必要なんかない。
そもそも僕はこの男が嫌いなのだから、心配することなんかかけらもない。
自分にそう言い聞かせると、僕は変なひげを生やして時代錯誤なマスクを着用しただけで変装したつもりでるらしい、おめでたいおつむをしたヒーローにおもむろに向き直った。
「おじさん、僕空腹なんですけど」
「はあ?なんで俺にそれを言うわけ?」
「おじさんが僕にメシ食ったかなんて言うからおなかすいたんです。責任とってください」
えええええ、と間延びした声で不平をもらした虎徹だったが、あきれたことにぶつぶついいながらポケットから財布を引っ張り出して中身を確かめ始めた。
このうざったい、キャリアだけは豊富などんくさくて頭が悪くて崖っぷちの、それでも懲りずに自分にかかわってこようとする面倒くさいヒーローのおかげで、僕は孤独になんかなりたくてもなれっこないし、胸がはりさけそうな悲しい思いもできっこないと思うのだ。
世の中に確かなものなど何ひとつないと信じているくせに。
そして99セントバーガーにダメ出しされた、財布の中身すら崖っぷちのベテランヒーローは、「もう二度とメシの心配なんかしないからな!」と明日には忘れているはずの言葉を、涙目でバーナビーに告げたのだった。