第12章:怒れるエルフの神の鉄槌、そして終わらない珍道中
俺の【バックエンド・アイ】による構造解析を頼りに、『嘆きの地下遺跡』の壁に隠されていた秘密の通路を抜け、俺たちは無事に地上へと生還を果たした。
日の光を浴びたのはわずか数時間ぶりのはずなのに、何日も地下に潜っていたような凄まじい疲労感があった。主に精神的な意味で。
俺の背中では、二度目の魔力大暴走(アヘ顔ダブルピース付き)を引き起こして衣服も魔力も尊厳も失い、全身で気を失っているエルフ――フィーナが、スースーと気の抜けた寝息を立てている。俺のマントでぐるぐる巻きにしているので、外から見ればただの大きな荷物にしか見えないのが救いだった。
「にゃっはー! お日様にゃ! 外の空気にゃー!」
「無事に帰ってこられてよかったです……。本当に、色々と生きた心地がしませんでした」
飛び跳ねて喜ぶクロエの横で、セリアが心底安堵したように胸をなでおろしている。彼女のビキニアーマーには、ピンク色のスライムの残骸がまだこびりついていたが、今はそれを気にする気力もないらしかった。
「……さて。クロエ、とりあえず急いでスラムに戻るぞ。立ち退きの期限が今日なら、一刻の猶予もない」
「わかってるにゃ! タイチのおにい、こっちにゃ!」
クロエの先導で、俺たちは迷路のような路地裏を駆け抜け、スラム街の中心である広場へと急いだ。
* * *
スラムの広場に近づくと、異様な怒声と悲鳴が聞こえてきた。
「約束の時間だ! さあ、立ち退き料の金貨5千枚、用意できたのだろうな! 用意できないなら、今すぐこの小汚いネズミの巣から出て行け!」
広場の中央には、教会の豪奢な法衣に身を包んだ、カエルをそのまま押し潰したような醜悪な顔つきの中年男がふんぞり返っていた。
その後ろには、武装した無骨で凶悪そうなゴロツキの男たちが数人、下卑た笑いを浮かべてスラムの住人たちを取り囲み、武器をちらつかせて威嚇している。
「そ、そんな大金、あるわけないだろ!」
「ここは俺たちの家だ! 聖域化なんてデタラメを理由に追い出されてたまるか!」
痩せこけた住民たちが抵抗の声を上げるが、ゴロツキの一人が「うるせぇ!」と怒鳴りながら、手近にあった屋台を蹴り飛ばして破壊した。
「にゃーっ!! 何するにゃ! スラムのみんなをいじめるな!」
広場に飛び込んだクロエが、全身の毛を逆立てて激怒の声を上げた。
「クロエ!」
「無事だったのか……!」
住民たちが安堵の声を上げる中、カエル顔の神父がクロエを見て醜悪に鼻を鳴らした。
「ふん。薄汚い泥棒猫が戻ってきたか。どうせ金など用意できなかったのだろう。おい、こいつらを力ずくで追い出せ! この一帯は今から我々教会のものだ!」
「待ちな、カエルおやじ」
俺はクロエを庇うように前に進み出た。背中の黒焦げ全裸エルフがズシリと重いが、ハッタリをかますには十分だ。
「なんだ貴様は。よそ者はすっこんでいろ」
「俺はこいつの保護者だよ。立ち退き料だったな? これで足りるだろ」
俺が顎でしゃくると、クロエが小さなカバンから、淡い青色の光を放つ『王の宝玉』を取り出し、両手で掲げて見せた。
その瞬間、広場の空気が凍りついた。
神父の落ちくぼんだ両目が、ありえないほど見開き、釘付けになる。
「そ、それは……! まさか、ただの噂だと思っていた遺物の……! 信じられん、これほどの魔力を秘めた純結晶を、貴様らのような泥棒ネズミが見つけたというのか……!」
「どうだ、これなら金貨5千枚どころか、この土地丸ごと買える価値があるだろう。文句はないはずだ。さっさと手を引け」
俺の言葉に、神父はブルブルと震え始めた。
改心したからではない。宝玉の放つ莫大な魔力と圧倒的な価値を前にして、彼の強欲さが『限界』を突破したのだ。
「……ふは、ははははっ! 交渉だと? ふざけるな!」
カエル神父は狂ったように笑い出し、持っていた細杖で俺たちを指差した。
「お前たちのような神に愛されぬ薄汚いドブネズミどもが、そんな神聖な遺物を持つことなど許されん! それは元々、神の僕である我々教会がお預かりすべき聖遺物なのだ!」
「……はぁ?」
俺は思わず呆れ声を漏らした。
「言いがかりも大概にしろよ。スラムの住民から家を奪う上に、その宝玉までタダで持ち逃げしようってか?」
「なんとでも言え! この街では私の言葉こそが神の意志だ! おいお前たち! その泥棒猫から宝玉を取り上げろ! 逆らう者は殺しても構わん! スラムのガラクタ共も、全部ぶち壊してしまえ!」
「ゲヘヘ、承知しましたぜ神父様よ!」
ゴロツキたちが下卑た笑い声を上げながら、一斉に武器を抜いて俺たちににじり寄ってきた。
「タイチさん!」
「セリア、下がってろ。こいつら、俺が全員ぶっ飛ばす……!」
俺は本気で激怒していた。
なんの罪もないスラムの住民たちを脅かし、クロエをあんな危険な遺跡に向かわせた挙句、最後は宝まで強奪しようとする外道。
こいつの私欲のせいで――俺たちは理不尽で恥辱に満ちた数々のエロトラップに巻き込まれる羽目になったのだ。まあ犠牲者はフィーナだけなんだが。
「てめえ……! てめえが、この一件の『諸悪の根源』だったのか!!」
俺の怒りの叫びが、広場に響き渡った。
――その『キラーワード』が、致命的なトリガーになるとも知らずに。
* * *
『……諸悪の根源……?』
ピクリ、と。
俺の背中に縛り付けていたマントの包みが。
今まで完全にピクリとも動かず絶頂死(仮)していたはずの黒焦げエルフが。
怨念に満ちた、地の底這うような低い声音で反応した。
「えっ……? フ、フィーナ……?」
『私の……高貴なるエルフの……尊厳を……スライムでドロドロにして……壁尻で……若いオス牛に……挙句の果てには……おならじゃないのに……おなら疑惑までかけて……』
ブツブツと、呪詛のようにつぶやきながら。
次の瞬間、俺の背中から「ガバァッ!!」と、フィーナがいきなり跳ね起きたのだ。
「うおっ!?」
突然の復活劇に驚き、俺は思わず彼女を支えていた手を離してしまった。
その拍子に、フィーナの体を包んでいた唯一の布(俺のボロマント)が、バサァッ! と勢いよく宙へと舞い上がってしまった。
「あ」
昼下がりの、太陽がさんさんと降り注ぐスラムの広場に。
一糸纏わぬ完全な全裸で両手を広げて仁王立ちする、白磁のように美しい肌を持ったハイエルフの姿が、惜しげもなくお披露目された。
ゴツい男たちも、神父も、スラムの住人たちも、セリアも、クロエも。全員がポカンと口を開け、信じられないものを見るような目でその「神秘の肢体」を見つめていた。
だが、今のフィーナから発せられるオーラは、羞恥心や滑稽さなどという次元をとうに超越していた。
彼女の目は怒りに燃える蒼い炎のように輝き、全身からはバチバチッ! と青白い魔力のスパークが激しく弾け飛んでいる。その圧倒的なマナの奔流は、全裸という事実すらも神々しいヴェールのように錯覚させるほどの、純粋な『力』の具現だった。
「こいつらのせいねっ!?」
フィーナは、圧倒的なプレッシャーの前に身動き一つとれなくなった神父とゴロツキたちを、絶対者のごとき冷徹な視線で見下ろし、ビシッと指差した。
「こいつらがクロエを追い詰めたせいで! 私の貞操も! 乙女の尊厳も! ミノタウロスとスライムと見えない吸盤みたいなやつらに理不尽に散らされたのねぇぇぇっ!!」
「なっ、ひぃっ!? な、なんだこの女から溢れる異常な魔力は……っ!」
「許さない……絶対に許さないわよ! 万物灰燼! 神の鉄槌を食らいなさいっ!!」
『ライトニング・ジャッジメント』!!
フィーナが全裸のまま天高く右手を突き上げた瞬間。
大気が激しく鳴動し、雷鳴も何もない快晴の空が、一瞬にしてドス黒い雷雲に覆われた。
空気が焦げるような匂いと共に、天の怒りそのもののような、ごんぶとの凄まじい稲妻が一直線に落下してきた。
「ぎゃあああああああああっ!?」
直撃。
武装したゴロツキたちは、避ける間も防御する間もなく、極大の電撃魔法に焼かれて一瞬で全員が炭化し、白目を剥いてバタバタと倒れ伏した。
それはまさに、神話に語られるがごとき『ハイエルフの裁き』そのもの。今までただのスケベピンク脳の不憫枠だと思っていたフィーナが、どれほど規格外の大魔法使いであるかを、俺たちはまざまざと見せつけられたのだ。
「ひぃぃっ!? あ、あば、あばばばっ……!」
ただ一人、雷撃からわずかに外れていたカエル神父だけが無事だったが、彼は目の前の圧倒的な破壊力と、魔法を放ちながら「フフフ……アハハハハハッ!!」と復讐の女神のごとく高笑いする狂気の全裸エルフを前に、完全に腰を抜かして失禁していた。
「ひぃっ、く、来るなぁっ! 化け物めっ!」
神父は這いずるようにして逃げようと、クロエから奪った『王の宝玉』を盾にするように俺たちに向けた。
だが、それが彼自身の寿命を縮めることになった。
王の宝玉は、ただの綺麗な宝石ではない。
悪意を持つ者が、強欲のためにそれを手に取った時――遺跡の最深部で永い眠りについていた『呪い』が作動する仕組みになっていたのだ。
「な、なんだ!?」
神父が手にした宝玉から、真っ黒なタールのような瘴気がドス黒く溢れ出した。
瘴気は地面に落ちると、広場の土をまるで底なし沼のようにドロドロに変質させていく。
「ひぎゃあっ!? あ、足が……! 助けてくれっ!」
泥沼に足を取られた神父の悲鳴。
その直後、泥の中から、腐り果てた無数のアンデッドの腕が『ズゾォォォォッ』と姿を現し、神父の足首、腰、首にガッチリと絡みついた。かつて王都の宝物庫を守っていた近衛兵たちの怨念だ。彼らは死してなお、悪しき心を持つ者から王の宝玉を守っているのだ。
「やめろぉっ! 離せ! 私は神の僕――ぎゃああああああああっ!!」
バキバキと骨の折れる音。神父の姿は、幾重にも重なる冷たい死者の群れに絡め取られ、情けない断末魔の叫びと共に、底なしの泥沼の中へとあっという間に引きずり込まれていった。
数秒後、何事もなかったかのように泥沼は元の乾いた土に戻り、宝玉だけがコロン、と転がって残された。神父は文字通り、強欲の果てに社会の――いや、世界の『底』に沈んでいったのだ。
圧倒的な地獄絵図にして、完璧な自業自得の因果応報であった。
* * *
広場の中央で。
太陽の光を全身に浴びて、全裸のまま勝ち誇ったように胸を張るエルフの魔法使いを、スラムの住人たちは言葉を失って口を開け、呆然と見守っていた。
だが、数秒の静寂の後。
「うおおおおおおおおっ!!」
「やったぞ! 悪徳神父をやっつけた!」
「エルフのねーちゃん、すげぇ魔法だ! ありがとう! あんたは俺たちの英雄だ!」
地上げ屋の脅威が去った歓喜が広場を包み込み、全裸エルフに向けた万雷の拍手と喝采が巻き起こった。
誰も、彼女が一糸纏わぬ全裸状態であることなど気にしていない。スラムの人々にとって、彼女は自分たちの生活と命を守ってくれた、(いろんな意味で)光り輝く救世主なのだ。
「ふふっ……当然よ。私を誰だと思っているの……私こそ……高貴なる……エルフの大魔法使い……フィ……」
鼻高々に笑いながら、フィーナはそのままスローモーションでお辞儀をするように、パタリと顔から地面に倒れて再び気絶した。
魔力欠乏の限界だったのだろう。
「あぁもう、バカエルフ! だから無理するなと!」
「フィーナさん! 駄目ですよ、人前であんな恥ずかしい格好……!」
俺とセリアは慌てて駆け寄り、地面に倒れたフィーナにマントを被せて隠した。
悪は去った。
後日談になるが、スラムの地上げ問題は元凶である神父が行方不明になったことで白紙に戻り、クロエが持ち帰った宝玉も、住人たちによってスラムの中で大切に保管されることになった。住人たちはスラムを救った『王の宝玉』を観光資源にすることで、観光客が集まり、スラムは徐々にその姿を変え、生まれ変わっていくのだが、それはまた先の話。
結果的に――本当に結果的にだが、大魔法使いとしてのフィーナの凄まじい活躍によって、スラムに平和が戻ったのだ。
そういいえば、フィーナって大魔法使いだったんだなあと、俺が心の中で静かに謝罪と感嘆を述べたことはナイショだ。
* * *
その日の夜。
スラムの広場では、教会の脅威が去ったことを祝し、俺たち三人を英雄として歓待する盛大な大宴会が一晩中開かれた。
クロエが『王の宝玉』とは別に、ちゃっかりと遺跡から金貨や宝石の類をいくつか持ち帰っており、それを資金に街から大量の料理や酒樽を買い込んできたのだ。
普段はその日暮らしの貧しいスラムの住人たちも、今日ばかりはと全員が腹がはち切れるまで飲み食いし、歓喜のどんちゃん騒ぎとなった。俺も気絶したままのフィーナを(マントでぐるぐる巻きにして)横に寝かせながら、次々と運ばれてくる豪華な肉料理や酒を、満腹になるまでたっぷりと堪能させてもらった。
* * *
そして、翌日の早朝。
「……よし。忘れ物はないな」
「はい。フィーナさんも、なんとか歩けるみたいですし」
俺たちはこっそりとスラムを抜け出し、まだ薄暗い王都の裏路地を歩いていた。
成り行きとはいえ、教会の権力者を葬ってしまったこと。その原因を作った俺たちがこの場所に留まる事は、罪の無いスラムの住人たちの迷惑になるかもしれない。そう判断した俺たちは、手紙だけを残して早朝に立ち去ることにしたのだ。
挨拶も無く出ていくとクロエは悲しむだろうが、これが俺たちの行動として「最適解」だと考えている。
王都を出る城門が見えてきた。
ああ、やっと普通の冒険者として地道にクエストをこなしながら、のんびりとギルドの女の子とかとイチャイチャする日常が始まるんだな――。
「どこ行くにゃ?」
そう思った矢先。
城門の前の柱の陰に、自分の背丈ほどもある大きなリュックサックを背負った、猫耳の少女が立っていた。
「クロエ……」
「水臭いにゃ。挨拶もなしに消えるなんて、お仕置きにゃ」
クロエはプクッと頬を膨らませてから、ニシシと悪戯っぽく笑った。
「タイチのおにい、セリアねーちゃん。昨日は、本当にありがとうにゃ」
「あぁ。もう大丈夫なのか?」
「にゃ。スラムの大人たちが、宝玉は安全な場所に隠すから、クロエは自分の好きなように生きろって言ってくれたにゃ。……だから、クロエも連れていくにゃ!」
クロエは元気よく駆け寄ってくると、当然のように俺の腰にしがみつき、ズボンの上から股間に顔を擦り付けてペロペロと舐め始めた。
「おいバカ! 朝から何やってんだ!」
「離れなさいこの泥棒猫! タイチさんの純潔は私のものです!」
セリアとクロエが俺の腰を巡ってドタバタと取っ組み合いを始める。
その騒がしい光景の横で――マントをしっかりと羽織り、自分の足で歩いていたフィーナが、ふうっと小さくため息をついた。
「ちょっと、朝からうるさいわね泥棒猫。タイチに気安く触らないでくれる?」
その声には、昨日の遺跡でのパニックや虚無感は微塵もなかった。凛とした響き。エルフとしての誇りを取り戻したような、堂々たる視線。
フィーナはセリアとクロエを牽制するようにスッと俺の隣に並び立つと、上目遣いで、どこか熱を帯びた瞳で俺を見つめてきた。
「……タイチ。あんたには、私をあんな理不尽でスケベな目に遭わせた『責任』があるんだからね。一生かけて、私の専属マナタンクとしてこき使ってあげるわ。……覚悟しなさいよね」
そう言って、フィーナは頬をほんのりと赤く染め、ツンとそっぽを向いた。
だが、俺のローブの裾を掴む彼女の指先は、決して離れようとはしなかった。
騒々しい朝焼けの中。
その賑やかな光景を見下ろしながら、俺は呆れたように、大きく息を吐き出した。
「お前がパーティに参加することに、一ミリも同意してないんだけどなあ……」
「にゃっはー! もう遅いにゃ! 逃がさないにゃー!」
この先、こいつらと旅を続けていけば、間違いなく今回以上のとんでもないトラブルが待っているだろう。
だが、なぜだろうか。
……こいつらとなら、なんとかなりそうだな。
俺は少し呆れたように笑い、朝日が昇る王都の街道へ向けて、騒がしくて愛おしい三人のヒロインと共に歩き出したのだった。