第10章:隔絶の罠、そして遅れて訪れる快楽のフィードバック

  「よしよし、フィーナさん。もう終わりましたから。野良犬ならぬ野良牛に噛まれたと思って忘れましょう。それに、あなたがまだお嫁に行く気でいたなんて、それもあきらめるいい機会ですわね」

  「うぅっ……! セリアぁぁっ……!」

  「しかもタイチさんの前で『あんな声』を出すなんて……さすが淫乱エルフの肩書は伊達じゃありませんでしたわね。軽蔑します」

  聖母のように優しく微笑みながら、致死量の猛毒をノーモーションで吐き続けるセリアの胸の中で、フィーナは涙目でブルブルと震えている。

  溶けたローブの残骸から露わになった白い太ももには、先ほどまで彼女の肌に絡みついていたスライムの残骸が変化した『白濁した粘液』が、無情にもツツーーッと垂れ落ちていた。

  「もう……いやぁっ……。私、もうエルフの森に帰りたいぃぃっ……!」

  「とりあえず、クロエ。そこにある宝箱のお宝、全部回収したら今日は引き返すぞ。フィーナの精神(メンタル)が終わってる」

  「わかったにゃ! クロエに任せるにゃ!」

  クロエは尻尾をピンと立てて大喜びで宝箱の山に駆け寄り、金貨や宝石を掬い上げては自分の小さなカバンに詰め込んだ。

  「これだけあれば……、タイチおにいと美味しいお肉がいっぱい食べられるにゃー! えへへっ!」

  屈託のない笑顔を見せるクロエだが、先ほど彼女が言いかけた「スラムの……」という言葉が、俺の心の片隅に小さな引っ掛かりとして残っていた。

  だが、今はそんな疑念を掘り下げている場合ではない。目の前でスライムのようにドロドロに溶けきった不憫なエルフを、一刻も早く地上へ連れ帰るのが先決だ。

  「よし、回収終わりにゃ! 帰ろっか、タイチおにい!」

  「セリア、フィーナに肩を貸してやれるか?」

  「はい! 任せてください、タイチさん!」

  セリアに支えられ、ガクガクと小鹿のように震える足を引きずりながら、フィーナもなんとか歩き始める。

  俺たちは踵を返し、来た道を戻ろうとした。

  ――ズゴゴゴゴゴォォォォォンッ!!!

  その時だった。

  遺跡全体を揺るがすような轟音と共に、俺たちが通ってきた入り口へ続く通路の天井から、分厚い巨大な『石の隔壁』が凄まじい勢いで落下してきたのだ。

  「!!?」

  もうもうと立ち込める粉塵。俺は咄嗟に腕で顔を覆い、前を見た。

  「なっ……退路が塞がれた!?」

  壁には隙間一つなく、俺の【バックエンド・アイ】による構造解析でも、物理・魔法の両面で『突破不能』の鉄壁であることが一瞬で判明した。

  「にゃあっ!? 帰れないにゃ! お宝持って帰れない!」

  「こんなことって……っ! また罠ですか!」

  「だから言ったじゃないのよぉぉっ! この遺跡おかしいのよ! 早く出してえぇぇっ!」

  パニックになりかける3人。だが、絶望的な状況はそれだけで終わらなかった。

  グルルルルッ……。

  塞がれた通路とは反対側――すなわち、遺跡のさらに『奥』へ続く通路の暗がりから、複数の低い唸り声が響いてきた。

  「魔物にゃ……! 数が多いにゃ!」

  クロエがダガーを構えながら鋭く叫ぶ。

  暗がりから姿を現したのは、群れを成した『コボルド』たちだった。二足歩行の犬のような姿をした凶暴な亜人種だ。

  その数はざっと十数匹。粗末だが槍や曲刀で武装しており、ギラギラと飢えた目をこちらに向けている。

  「う、うわぁぁっ!? 来ないでよ! 私もう腰が立たないのよ!」

  フィーナが半ばやけくそ気味に、残ったわずかな魔力を振り絞って杖を構える。

  「私がやりますっ! タイチさん、下がって――」

  セリアが剣を抜き放ち、前に出ようとした。

  だが、俺はその戦闘の気配に、不気味なほどの違和感を覚えていた。

  「待て。おかしいぞ」

  「えっ?」

  俺は油断なくコボルドの群れの動きを観察した。

  奴らは唸り声を上げ、武器を構えてはいるものの、こちらめがけて『直接飛びかかってくる』気配はない。

  それよりも、半円状にゆるやかな陣形を組み、威嚇するように武器を振り回しながら、少しずつ、少しずつ俺たちへ歩み寄ってくる。

  まるで、牧羊犬が羊の群れを特定の方向へ『追い立てる』ように。

  (こいつら、俺たちを攻撃するのが目的じゃない。明らかにどこかへ誘導しようとしている……?)

  「気をつけろ! 奴らの目的は――」

  俺が警告を発しようとした、まさにその時だった。

  「ちょこまかとウザいのよ! 全員まとめて炭にしてあげるわ! 【炎の槍(ファイア・ランス)】――」

  先のショックと、度重なる尊厳破壊のストレスで完全に判断力を失っていたフィーナが、ブチギレた様子で単騎で前に飛び出してしまったのだ。

  「バカ! 止まれフィーナ!」

  俺の叫びは、わずかに遅かった。

  カチッ。

  フィーナが勢いよく踏み出した先の床のタイルが、乾いた音を立てて沈み込んだ。

  「えっ?」

  フィーナが足元を見た瞬間。

  バコンッ! という音と共に床が観音開きになり、フィーナの体は腰から下だけが真っ暗な穴にスッポリと吸い込まれ、無様に穴にハマった状態になってしまった。

  「きゃあああああああああああっ!? な、なにこれ、下半身が抜けないわっ!?」

  そして――フィーナが穴に埋まったのを見届けた瞬間。

  あれほど執拗に威嚇していたコボルドの群れは、ピタッと動きを止めた。

  そして、持っていた武器をダラリと下げると、

  『ふぅー終わった終わった。あ、お疲れ様でーす』

  『おーっし、今日のノルマ達成だな。これで長命種の良質なマナがたっぷり搾れるだろ。おい、一杯引っ掛けて帰ろうぜ』

  言葉こそ正確には分からないが、俺の耳には彼らのそんな会話が確かに聞こえた気がした。

  コボルドたちは完全にオンとオフを切り替え、こちらに見向きもせずに暗闇の奥へと一斉に『退勤』していってしまったのだ。

  「タイチさん! フィーナさんが!」

  セリアとクロエが慌てて落とし穴の縁に駆け寄る。俺もすぐに後を追う。

  見事に下半身だけが穴に埋まったフィーナは、ジタバタともがいている。彼女の腰から下は石の床に綺麗に埋まっており、ビクともしない。

  「フィーナ! 無事か!」

  俺が呼びかけると、上半身だけ出ているフィーナがパニックになりながら金切り声を上げた。

  「やだぁぁぁっ! なによこの穴! 下半身の感覚が無い! 足がどうなってるのかもわからないのよ! いやぁぁっ!」

  俺の【バックエンド・アイ】が、結界の性質を一瞬で解析する。

  【解析結果:絶対感覚遮断の穴(トラップ)】

  ・状態:対象者の内包感覚(視覚・聴覚・触覚など)を100%遮断・保留する時空間結界に捕捉されています。

  ・詳細:穴の内部では、対象者はすべての物理的感覚を失います。ただし、対象から搾り取られたマナの喪失感や、表面の肌から与えられた過剰な刺激は、結界内で『保留(スタック)』され、結界の外に出た瞬間に【一括(フルバースト)】して対象の脳にフィードバックされる仕様です。

  ・内部配置エネミー:マナ喰いスライム、魔力吸引触手(多数)。特に先端が吸盤状になった太い触手が、対象の秘部に密着し、猛烈な勢いでマナを吸い出します。あなたが前世でよく読んでいたR15のファンタジーコミックによくあった展開ですね。(え? なんでそれ知ってんの?)今回の対象者であるフィーナは、これにより体内でのマナの防衛生成が強制的に暴走し、排出量以上のマナが生成・蓄積され続ける『魔力酔い』の過負荷を引き起こします。いわゆる、「エロハプニング」の幕開けですね。

  「……最悪だ」

  俺の顔色が一気に青ざめる。

  感覚遮断。要するに、今のフィーナは下半身に「自分が何をされているか全く分からない」のだ。

  だが、見えないだけで、その穴の底には間違いなく無数のスライムや触手がはびこっている。一度『限界』を超えて敏感になっている体に、スタックされている『快感』が一気に襲い掛かる……穴から引き上げた瞬間に、通信障害で溜まりに溜まってたパケットが、一気に開通してフィーナの脳を焼き切るんだ。

  「はやくっ! 早く助けてタイチぃぃっ! 怖い、下半身無いみたいで怖いよぉぉっ!」

  腕をバタバタを振り回し、下半身が消えたような感覚に恐怖し、泣き叫ぶフィーナ。

  その裏で、暗黒の穴の中では魔物たちが、彼女からマナを搾り取るために、大腿部や彼女の大切なところをこれでもかとばかりに触手の吸盤で吸い上げ、弄り倒している。

  「……セリア、クロエ! フィーナの腕を掴め! 無理やり引っこ抜くぞ!」

  「は、はいっ!」

  いくらなんでもこれは不憫すぎる。俺とセリア、クロエの3人は、床でもがくフィーナの両腕をガッシと掴んだ。

  「フィーナ! 歯を食いしばれ! 今引っ張り上げてやるからな!」

  「はやく! はやく助けてえぇぇっ!」

  フィーナの悲痛な叫びと共に、俺たちは力いっぱい彼女の上半身を引っ張った。

  「せーのっ!!」

  スポポーンッ!

  結界を突き破る小気味いい音と共に、下半身がローションとスライムの粘液でドロドロになったフィーナの体が、大根のように勢いよく穴から引っこ抜かれた。

  「ふうぅぅっ……! た、助かっ……」

  穴の縁に転がり、安堵の表情を浮かべかけたフィーナ。

  だが、その瞬間だった。

  『……おほぉっ❤!?』

  「!!!?」

  俺たちは一斉に耳を疑った。

  穴から引き出され、感覚遮断の結界が解除された直後。

  穴の底で無数のスライムと触手から与えられ続け、スタックされていた『極上の快楽』と、強制的なマナ吸引によって限界突破した『魔力酔い』が、一切の減衰なしでフィーナの脳神経を直撃したのだ。

  「ひぎぃぃっ!? あ、あひぃぃっ!? の゛、脳みぞがっ、溶けぢゆぅぅぅっ❤❤!!」

  フィーナの体が、床の上でビチビチと、まるで陸に打ち上げられた魚のように激しく跳ね回る。

  「フ、フィーナさん!? どうしたんですか!?」

  「にゃあっ!? フィーナねーちゃんが壊れちゃったにゃ! 泡吹いてるにゃ!」

  「あ、あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ……!! しゅごい❤、一気にきたぁぁっ❤! 魔力がっ、魔力酔いがぁぁっ! 下からっ、下からおっきい吸盤にちゅーーーって吸われててぇっ! あふれゆぅぅぅっぅっ❤❤❤❤!!!!」

  過剰なマナの喪失と暴走する『魔力酔い』によって、フィーナは遺跡の床に倒れたまま両手で自分の頭を抱きかかえ、両足をM字に開いたまま、腰をカクカクカクカクと尋常ではない速度で前後に振り始めた。

  目は空の彼方を向き、口の端からはだらしなく涎が垂れている。

  「だめだ! なんとか耐えろフィーナ! そこを持ちこたえないと、また大爆発が――」

  「ム゛、ム゛リィィィィィィッ!! イ゛キ゛ゅぅぅぅあああああああっ❤❤❤❤❤❤❤❤!!!!!!!!!!」

  遺跡に響き渡る、超特大の「おほぉっ!」という絶頂の声。

  それは、スタックされた過剰刺激と極限の『魔力酔い』による、彼女の精神と魔力の、完全な『決壊』を意味していた。

  グルンっと回り、完全にイってしまった双眸、だらしなく開き、舌を伸ばした口の端から垂れ続ける涎。そしてなぜか、彼女の両手は頭の横で高らかにピースサインを作っている。

  ……見事な『アヘ顔ダブルピース』を完成させた、その瞬間――。

  ピカァァァァァァァァァァァッ!!!

  「ヤバいっ! みんな伏せろぉっ!!」

  本日二度目となる、フィーナの体から溢れ出した膨大な『魔力暴走』の閃光。

  俺とセリアとクロエは咄嗟に床に伏せた。直後、特大の質量を持った大爆発が遺跡の空間を包み込み、俺たちの周囲の岩壁を粉々に吹き飛ばしていったのだった。

  * * *

  爆発の煙が晴れた後。

  瓦礫の山の中央には、衣服さえも完全に弾け飛び、生まれたままの姿で大の字に横たわる、全身透き通るように真っ白な美しいエルフの姿があった。

  彼女の指先はピクピクと痙攣し、口からは一筋の煙が上がり、目は完全に焦点が合っていない。

  「フィーナさん……もう、私たちでお葬式の準備をしてあげた方がいいかもしれませんね……」

  「黒焦げのエルフだにゃー。お肉の焼ける匂いがするにゃ。……くんくん、なんか変な匂いがして不味そうにゃ……」

  容赦ないセリアの葬送宣告と、クロエの容赦ないリアクション。

  俺は床の上で絶頂死(いや、死んでないが)しているフィーナの体に、そっと自分のマントをかけてやった。

  退路を塞ぐ分厚い石壁は、先ほどの爆発でも傷一つついていなかった。やはり、この遺跡の奥へ進むしか道はないらしい。

  ……フィーナ、お前、もういろいろと諦めろ。

  俺は心の中でそっと手を合わせ、完全に気絶したエルフを背負うと、未だ底知れぬ遺跡のさらに奥へと歩みを進めるのだった。