第8章:念願のハーレムパーティ結成! しかし遺跡の罠は容赦(と情け)がなかった

  俺、九条太一は、現代日本でブラック企業の社畜エンジニアとして一生を終え、この剣と魔法のファンタジー世界「ルミナリア」に転生した。

  「絶対に働かない! そして今度こそ、可愛い女の子といちゃいちゃする!」という固い決意(と煩悩)を胸に旅を続けてきた俺だが、紆余曲折を経て、ついに念願の『4人パーティ』を結成することに成功したのである。

  メンバーは俺を含めて以下の4人だ。

  一人は、家出中の貴族令嬢で、どういうわけか露出度の高いビキニアーマーを「冒険者の正式装備」だと信じ込んで着ている天然剣士のセリア。

  もう一人は、強力な魔法の使い手だが、高飛車でプライドが高く、しかもツンデレという面倒くさい性格。おまけに定期的に魔力を放電しないと体が異常に敏感になって発熱してしまう「魔力酔い」という持病を抱えた不憫なエルフ、フィーナ。

  そして三人目が、昨日新たに加わった新メンバー。スラム街の孤児たちを養うために義賊を続けていた、愛らしい獣人のシーフ、クロエだ。

  文字通り、よりどりみどりの美少女ハーレムである。前世の俺が見たら血の涙を流して嫉妬に狂い憤死するだろう。

  だが、異世界の現実は、俺が妄想していた「キャッキャウフフなイチャイチャ生活」より少しばかり厳しかった。

  「か、痒いです……! ああっ、背中が……! 貴族の令嬢たる私が、こんな不潔な虫にたかられるなんて……!」

  「文句が多いわよセリア! 私だってね、エルフの森では毎日清らかな泉で身を清めていたのよ? それがこんな……ああもおっ、お尻の下の方が痒くてしょうがないっ! 掻きたいけど、外じゃはしたなくて掻けないわっ!」

  翌朝。

  路地裏のシラミだらけの安い木賃宿(昨日は素寒貧だったのでここしか泊まれなかった)から出てきた俺たちは、道の真ん中で揃って身をよじっていた。

  セリアもフィーナも、もちろん俺も、体中が痒くて仕方がない。なんという色気のないハーレムパーティの朝だろうか。

  「んっしょ。タイチさん、背中掻いてください」

  「おいおい、街中でそういうのは……って、お前、ビキニアーマーの隙間から手を入れると危ないって」

  「いいからっ! 痒いんですぅ!」

  「タイチ、ず、ずるいわよ! 私も……わ、私だって限界なんだから! ほ、ほら、ローブの下に手を入れていい許可を与えてあげるわ!」

  「お前らなぁ……えぇい、仕方ない!」

  俺が二人の背中に手を突っ込んでボリボリとシラミを退治しているところへ、宿の前の広場から元気のいい声が響いてきた。

  「にゃっはー! タイチおにい、遅いにゃ! 猫は朝が早いにゃ!」

  旅装束に身を包み、腰にダガーを帯びたクロエが、ピンと尻尾を立てて走り寄ってきた。

  彼女はそのまま勢いを落とすことなく、俺の胸にドンッと飛び込んでくる。

  「むぎゅぅぅっ! タイチおにいの匂い、マナの波長が落ち着くにゃ……はぁ〜、すーはーすーはー……」

  「ちょ、おま、胸元に顔をうずめて深呼吸するな! こそばゆい!」

  「クロエちゃん! なんでタイチさんの胸元に顔を押し付けるんですか! 不潔です! 離れなさい!」

  「そうよ! 会ったばかりの泥棒猫が、馴れ馴れしくタイチに触らないでよね! タイチは私に魔力供給する専属の人間なんだから!」

  「にゃー? 二人とも嫉妬にゃ? タイチおにいはクロエに金貨をくれたんだから、クロエの旦那様にゃ!」

  ギャーギャーと朝から騒がしい。

  これが俺のハーレムパーティー初日の現実だった。

  無自覚天然エロ剣士のセリア。毎回不遇な目に遭う、パーティーのお色気担当と化しているフィーナ。そして野生の本能のままにド直球でスキンシップを迫ってくるクロエ。

  賑やかなのは良いが、前世の社畜メンタルを引きずっている俺としては、もうすこし穏やかでラブラブなイチャイチャが欲しかった気もする。

  「……まぁ、いい。とりあえず問題は、今日の飯代すらないってことだ」

  俺は溜息をついて空になった財布を広げて見せた。

  昨日、俺の隠し金貨をクロエの孤児院のために寄付してしまったため、現在のパーティの所持金はリアルに「ゼロ」である。

  「うぅ……お腹空きました……」

  「このままじゃ野垂れ死にね……どこかで食べられる野草でも摘んでくる?」

  「タイチおにい! クロエがいい儲け話知ってるにゃ!」

  クロエがピンと耳を立てて、一枚の古ぼけた羊皮紙を広げた。

  「街の郊外にある『嘆きの地下遺跡』の探索話にゃ! 全容が解明されてなくて、奥にはお宝がザクザク眠ってるって噂にゃ。クロエが罠を見破って案内するから、絶対にひと山当てられるにゃ!」

  「遺跡か……」

  俺は転生特典のチートスキル【バックエンド・アイ】を発動し、クロエの持つ羊皮紙(マップ)の構造を解析してみた。

  【解析結果:嘆きの地下遺跡】

  ・難易度設定:[Error: 規定値を超過しています]

  ・罠属性カテゴリー:[R-15指定(特殊性癖領域)相当]

  ・警告:このダンジョンは、探索者の精神と尊厳に深刻なダメージを与える『ハイリスク・ハイリターン』なロジックで構築されています。

  ……なんだこの、嫌な予感しかしないエラー文は。

  「やめといた方がよくないか? 俺の勘だと、あの遺跡はやばい」

  「タイチさん、弱気は禁物です! 私の剣があればどんな魔物も一刀両断ですよ!」

  「そうよ、私の魔法があればトラップごと吹き飛ばせるわ! それに、私たち今の状態じゃ今日の宿代もないのよ?」

  「絶対安全にゃ! クロエを信じるにゃ!」

  三方向から詰め寄られ、前世から続く「押しに弱い」性格が災いし、俺は渋々頷いてしまった。

  ……今思えば、この時、俺はもっと強く反対しておくべきだった。――そう、フィーナの尊厳を守るためにも。

  * * *

  街から歩いて数時間。俺たちは鬱蒼とした森の中にある『嘆きの地下遺跡』の入り口に到着した。

  カビ臭く、冷たい空気が地下への階段から吹き出してくる。

  「罠の解除と索敵はクロエに任せるにゃ!」

  宣言通り、クロエは長年のスラムでの経験と野生の勘を活かし、見事な手際で道中の罠を解除していった。

  「にゃっ! ここに落とし穴があるにゃ! こっちは毒矢のスイッチにゃ!」

  「すごいな、クロエ。おかげで助かるよ」

  「えへへー、もっと撫でていいにゃ! 首の裏ゴロゴロしてほしいにゃっ!」

  クロエは俺の手にすりより、喉をゴロゴロと鳴らす。

  「ちょっと猫女! 調子に乗ってタイチにベタベタしないでよね!」

  「にゃー? エルフのねーちゃん、悔しかったら罠を見つけてみるにゃ!」

  「なっ、バカにしないでよね! 私の魔力探知の方が猫の鼻より優秀なんだから! 見てなさい!」

  ムキになったフィーナが、クロエを突き飛ばして先頭に出た。

  「おいフィーナ、勝手に行くと危ないぞ!」

  「大丈夫よ! 私を誰だと思ってるの? 天才魔法使いのフィーナ……きゃっ!?」

  カチッ。

  嫌な音が遺跡の通路に響いた。

  見事に、フィーナの足が石畳の沈み込みスイッチを踏み抜いていた。

  「バカ! 下がれ!」

  俺が叫ぶと同時、天井のから「プシューッ!」とけたたましい音を立てて、ピンク色の怪しげなガスが噴射された。

  「ゲホッ、ゲホッ! な、なによこれ……!」

  「フィーナさん! 大丈夫ですか!」

  煙が晴れた後、そこに立っていたフィーナの姿を見て、俺たちは言葉を失った。

  「ん……? なんか、スースーするわね……ひっ!?」

  遺跡のトラップが発した謎のガスは、あろうことか『服の繊維だけを溶かす』という、ありがちだが冒険者の足を止めるには効果抜群の、極悪非道な代物だった。

  フィーナが着ていた誇り高きエルフのローブは、胸の谷間の部分と、太ももからお尻にかけての部分だけが綺麗に溶け落ちており、見事なまでにきわどい「痴女スタイル」が完成していたのである。

  「きゃあああっ!? な、なんで私だけこんな目に! 隠す布がないわっ!」

  「フ、フィーナさん、破廉恥です! 前を隠してください!」

  「わざとやってるわけじゃないわよ! 見ないで、タイチ見ないでよぉっ!」

  顔を真っ赤にして胸と下腹部を隠すフィーナ。だが、遺跡の容赦のなさ(そして彼女の不憫さ)は、まだ本番を迎えてすらいなかったのだ。

  * * *

  遺跡の更に奥深く。

  ボロボロになったローブを手で押さえながら、フィーナは涙目で俺の背中に隠れるようにして歩いていた。

  「この先、魔力の強い流れを感じるにゃ。タイチおにい、気をつけるにゃ」

  クロエの言葉に、俺は油断なく周囲を警戒した。

  その時だった。

  通路の横の、一見ただの石壁だった場所が、突如としてゴムのようにグニャリと歪んだかと思うと、巨大な口を開けた。

  「なっ!?」

  「きゃああっ!?」

  ズォォォォォォォォッ!!

  すさまじい吸引力が壁の口から発生し、運悪く壁の真横を歩いていたフィーナが引きずり込まれる。

  「フィーナ!」

  俺は咄嗟にダイブし、吸い込まれていくフィーナの両腕をガッシと掴んだ。

  「タイチさん! 私たちも!」

  セリアとクロエも俺の体にすがりつき、綱引きの要領で渾身の力を込めて引っ張る。

  「いやぁぁっ! 引っ張って、タイチっ! 飲まれるわっ! 助けてっ!」

  だが、壁の吸引力は尋常ではなかった。

  ズル、ズルズルッ、とフィーナの体が壁の「向こう側」へと飲まれていく。

  「くそっ、離すもんか……ッ!」

  しかし次の瞬間、壁の歪みが『スゥッ』と嘘のように消え去り、元の硬い石壁に戻ってしまった。

  「あ……」

  「い、痛たた……! え!? な、なによこれ! 抜けっ、抜けないわ!」

  今の状況を客観的に説明しよう。

  フィーナは、腰から下の「下半身」だけを完全に壁の向こう側に飲み込まれてしまった。

  俺たちのいる通路側には、フィーナのおへそから上の「上半身」だけが出ている状態。

  そして、フィーナの「下半身」は、見えない壁の向こう。

  世に言う、完全な「壁尻」というやつである。

  「フィーナ! 大丈夫か!?」

  「大丈夫じゃないわよ! 腰がっちり固められてて、一歩も動けないわ! ちょっと、早くこの壁壊してよ!」

  俺は【バックエンド・アイ】で壁の構造を解析した。

  【解析結果:絶対拘束の壁(トラップ)】

  ・状態:完全固定

  ・解除条件:外部からの物理破壊不可。力技での脱出は不可能。

  ・備考:壁の向こう側には、階層の護衛獣が待機中です。

  ……嫌な予感が、限界を突破してアラートを鳴らしている。

  「物理攻撃じゃ壊せないみたいだ! セリアの剣じゃ無理だ!」

  「そんなっ! ジャ、じゃあフィーナさんは一生このまま壁に埋まったまま残りの人生を!?」

  「それは困るわ! タイチ、なんとかしてよ! なんでもするからぁ!」

  フィーナが半狂乱になって身をよじるが、壁はびくともしない。

  ――その時だった。

  壁の向こう側。すなわち、見えないフィーナの下半身側から、巨大で荒々しい鼻息のような音が聞こえてきた。

  『……フシュゥゥゥゥゥゥ……』

  「え?」

  フィーナが目を丸くした。

  「な、なに? 今、私の後ろの足元で、何かが息を吐くような音が……っ!?」

  俺は【バックエンド・アイ】の透視機能で、壁の向こう側のシステムログを確認した。

  そこには、筋骨隆々の巨大な牛頭の魔物——ミノタウロスが立っていた。

  奴は、突如として壁から生えてきた「見知らぬ女の下半身(しかもお尻丸出し)」を見て、頭の上に『?』マークを浮かべながら、不思議そうに首を傾げている。

  「フィーナ、落ち着け。お前の後ろにミノタウロスがいる。だが、今はまだ攻撃の意思は——」

  「ミノタウロス!? 牛の化け物!? 嘘でしょ、そんなの、後ろから襲われたら……っ!」

  フィーナの悲鳴が、最悪のトリガーを引いた。

  100年以上の時を生きて来たエルフは、その多方面に豊富な知識量ゆえに、「身動きが取れない状態で、後ろに巨大な獣人の男がいる」というシチュエーションから、あらぬ被害妄想を猛烈な勢いで膨らませてしまったのだ。

  『……スンスン。モォ?』

  ミノタウロスは単に「なんだこの壁から生えてる肉は?」と不思議に思い、顔を近づけて匂いを嗅いでいるだけなのだが。

  「あぁっ! ダメ、嗅がないでぇっ! そんなとこ、や、やめなさい! へ、変なところ嗅がないで……っ!」

  「フィーナ、違う! あいつはただ匂いを確認してるだけで……」

  「ふ、フィーナさん!? 大丈夫ですか!? 後ろから何かされてるんですか!?」

  「い、いやぁっ! 大きい、なんか凄く大きくてゴツゴツした太いのでお尻をツンツンしてきてるぅぅっ! や、やめてぇっ、ひやぁぁっ!」

  俺の目にはハッキリと見えている。

  ミノタウロスは、その太い人差し指で「ツンツン」とフィーナのお尻をつついているだけだ。まるで未知のキノコでも見つけたかのような、純粋な好奇心で。

  だが、極度のパニックと、持病の「魔力酔い」による知覚過敏が合わさり、フィーナの脳内ではそれが「恐るべき陵辱の始まり」に変換されていた。

  「あっ、あっ、あ゛っ!! だ、だめぇっ! そんな太いの、むりぃ! 入らないからぁ!」

  (おいおい、絶対入ってないって。ただ突っつかれてるだけだろ……)

  俺がツッコミを入れる間もなく、フィーナはビクンビクンと激しく腰を跳ねさせ、目は完全にトロンとして焦点を失いかけている。滝のような汗をかき、顔は茹でダコのように真っ赤だ。

  「タイチさん! フィーナさんがもう限界ですよ!! やっぱり早く引き抜きましょう! せーのっ!」

  「お願い抜いて! あふぅっ! だ、ダメ! ぬ、抜かないでえ、あ、ち、ちがうの! 早く抜いてぇ! おかしくなっちゃうぅっ!!」

  激しい羞恥と、見えない恐怖と完全な勘違いによる刺激が限界に達しようとしていた。

  「タ、タイチぃ、助けてぇ、こんなみっともないところ見ないでぇ! あ゛あ゛あ゛っ! 来る! 来る! 私の、エルフとしての純潔がああああっ!」

  『……モオォォォォ?』

  ――その時だった。壁の向こう側から、ひどく野性的で、それでいてリズミカルな「音」が通路に響き渡った。

  『パンッ! パンッ! パンッ! パンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンパンッ!!』

  乾いた、しかし重みのある肉と肉がぶつかり合うような衝撃音。

  「ああああああああっ!? つ、ついに! ついにはじめちゃったのねええぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

  「なっ……!? まさか、ほ、【本番環境】に移行しやがったのか……!?」

  俺の脳裏に、最悪のシステムエラー(凌辱展開)がよぎる。俺は慌てて【バックエンド・アイ】の透視機能を最大出力で稼働させ、壁の向こう側のログを覗き見た。

  (……あ、なんだ。よかった)

  そこには、筋骨隆々のミノタウロスが、壁からぷりぷりと生え出たエルフの尻を「なんだこの弾力は?」と不思議がり、大きな手のひらでおもちゃのようにパンパン叩いて、ぷるぷると震える様子を楽しそうに眺めているだけの光景があった。

  どうやらあのミノタウロス、他の種族のメスには性的な興味が全く無いタイプらしい。

  「フィーナ、落ち着け! あいつ、ただお前のケツを叩いて遊んでるだけだ。実害はないぞ!」

  「嘘よぉぉぉっ! 嘘つかないでタイチ! 今、私のお尻に……っ、あんなに激しく肉がぶつかってる音がしてるじゃない! 入ってるの! 入ってるのよぉぉっ!!」

  (いや、入ってないから)

  「ふ、ふ、太いのが……っ、太いのが奥まで入って来ちゃってるぅぅっ! あ゛っ、あ゛ぁぁっ! や、やめて、ケダモノなんかに、こんなっ……あうぅっ!!」

  (いや、だから一ミリも入ってないから……)

  パニックと、「経験」があるがゆえの誤ったセッション解釈。

  フィーナの脳内では、ミノタウロスの素朴なお尻叩きが、人生最大級のハードな種付け凌辱プレイにリアルタイムで変換されていた。

  「だめぇっ! 壊れちゃう! エルフの聖域が、牛のミルクでいっぱいにされちゃうぅぅっ!! あ゛っ、あ゛ぁぁぁぁぁっ!!」

  「フィーナさん!? 大丈夫ですか、そんなに中まで何されてるんですか!? ねえ? 何されてるんですかフィーナさん!」

  「ちがっ、セリア、やめて……っ! 今、ミノタウロスの……っ、すっごく大きいのが、根元までっ……!!」

  羞恥と、見えない恐怖と、勝手に盛り上がる妄執。

  それらが臨界点を超えた瞬間、フィーナの持病「魔力酔い」が最悪のオーバーフローを引き起こした。

  「い、いやぁぁぁぁぁっ!! もうダメぇっ!! 出るぅ! 私の全部が出ちゃうぅぅっ!!」

  フィーナは限界突破した羞恥によって特大の絶頂、いや魔力暴走を迎えた。

  ガクガクと痙攣し、彼女の体内で制御を失った膨大なエルフの魔力が、決壊したダムのように大暴走を起こす。

  ドゴォォォォォォォォォォォン!!!

  「うおっ!?」

  強烈な魔力バーストが発生し、絶対に壊れないはずの拘束壁が、内側の圧力によって跡形もなく粉砕された。

  もうもうと立ち込める粉塵。俺とセリア、クロエは思わず腕で顔を覆った。

  やがて、煙がゆっくりと晴れていく。

  そこには、床に崩れ落ち、ぴくぴくと痙攣しながら放心状態になっているフィーナの姿があった。

  そして――壁の崩れた向こう側に『立っていたモノ』の姿を見て、俺たちは息を呑んだ。

  筋骨隆々の、巨大な「ミノタウロス」だった。

  牛の頭部に屈強な肉体。その目は血走っており、今の魔力バーストの直撃を受けて毛並みが少し焦げている。どうやら、好奇心でつついた獲物が突然爆発したことに激怒しているようだ。

  「グルルルルルル……モオォォォォォォッ!!」

  空気を震わせる咆哮と共に、ミノタウロスが巨大な戦斧を構えて前へと踏み出してきた。

  「なっ、ボス戦かよ! セリア、頼む!」

  「はいっ! はぁぁぁっ!」

  セリアが勇敢に飛び出し、愛剣でミノタウロスの脚に斬りつける。しかし――。

  ガァンッ!!

  「きゃあっ! 硬いっ、刃が通りません!」

  ミノタウロスの皮膚は鋼のように硬く、セリアの攻撃は火花を散らすだけで弾かれてしまった。おまけに巨体から繰り出される豪腕の振る舞いだけで、セリアは吹き飛ばされそうになる。

  「クソッ、魔法は……フィーナ! っダメだ、完全に意識飛んでる!」

  フィーナは極限の勘違いプレイで完全に燃え尽きており、床で「あふ……けだもの……」とうわ言をこぼしながら白目を剥いている。完全に戦力外だ。

  「タイチおにい! クロエが時間稼ぎするにゃ! その間に策を練るにゃ!」

  声を上げたのはクロエだった。

  彼女は身を屈めると、弾丸のような速度で前方に飛び出した。

  「おいクロエ! あいつは硬いぞ!」

  「正面からは戦わないにゃ! にゃはっ!」

  クロエはミノタウロスの大振りの斧を紙一重でかわし、壁を蹴り、天井の出っ張りに爪を立てて立体的に移動し始めた。

  その人間離れした俊敏さに、ミノタウロスは完全に翻弄される。右へ左へと視線を揺さぶられ、苛立ち任せに斧を振り回すが、クロエの残像を切り裂くばかりだ。

  だが、回避だけでは倒せない。こちらに決定打がない事実に変わりはなかった。

  (【バックエンド・アイ】で奴のステータスを見たが、関節の隙間とアキレス腱のあたりの装甲が薄い。だが、あの速度で動く的に一撃を入れるなんて至難の業だ……!)

  俺が焦燥感を募らせた時、天井からひらりとクロエが飛び降り、俺の正面に回り込んできた。

  「タイチおにい!」

  ドンッ、と柔らかくも確かな重みが俺の胸にぶつかる。

  クロエが無邪気な笑顔で、俺の首元に腕を回して正面から抱きついてきたのだ。

  「ちょ、クロエ!? 戦闘中だぞ!?」

  「クロエのダガーじゃあの牛の皮は貫けないにゃ! だから……」

  クロエは顔を俺の耳元に寄せ、甘い、吐息のような囁きをこぼした。

  「タイチおにいのマナ……クロエにたっぷり流し込んでほしいにゃ」

  ゾクッと、俺の背筋に電流のような甘い痺れが走る。

  さらに密着したことによって、俺はある事実に気づいてしまった。天真爛漫で子どもっぽいクロエだが、今俺の胸に押し付けられている彼女の双丘は、セリアに迫る勢いの立派なふくらみ……おそらく「巨乳の入り口」、Dカップ相当なのだ。

  小柄な体にアンバランスなまでに豊かな膨らみが、息をするたびにムニュッ、ムニュッと俺の体に密着する。

  「っ……!」

  俺の心臓が早鐘のように鳴り始める。

  (いかん、こんな状況でドギマギしてる場合じゃない! マナ・テザリングを発動させるんだ!)

  「わかった、いくぞクロエ! 【マナ・テザリング】、接続(コネクト)!」

  「んんっ……にゃああん……ふにゃあ……タイチおにいの熱いマナ、クロエの中にぃ、いっぱいいっぱい入ってくるにゃあ……!」

  俺とクロエの波長が完璧に同調する。もともとクロエは俺のマナの匂いが大好きだったらしく、親密度の高さからか魔力の通りが非常にスムーズだった。

  膨大な魔力がクロエの体に供給され、彼女を守るように淡い光のオーラが立ち上る。

  「にゃははっ、力がみなぎってくるにゃ! これなら!」

  クロエは俺から離れると、先ほどとは比べ物にならない――まさに超音速の速さで地を蹴った。

  ドゴォッ! と地面が爆ぜる。

  ミノタウロスが気づいた時には、クロエはすでに奴の足元、完全に死角となる位置に滑り込んでいた。

  「もらったにゃ!」

  魔力で強化されたクロエの刃が、銀閃となって閃く。

  狙いは正確無比。ミノタウロスのアキレス腱、そして膝裏の関節の隙間だ。

  ズシャァァァッ!!

  「モオォォォォォォォォォォォッ!?」

  硬い皮膚に守られていない腱を完全に断ち切られ、ミノタウロスは支えを失い、巨大な両膝からガクンと崩れ落ちた。

  「今だ、セリア!」

  「はいっ! 悪しき魔物よ、私の剣で平伏しなさい! 【ホーリー・スラッシュ】!!」

  セリアの剣が輝きを増し、がら空きになったミノタウロスの首筋に容赦なく振り下ろされようとした――その瞬間だった。

  『ブモォォォォォォォォォォォッ!!』

  洞窟のさらに奥深くから、空気を震わせるような別の雄叫びが響き渡った。

  「くそっ、仲間の増援か!?」

  俺とクロエは咄嗟に身構えた。暗闇の奥から、ドッドッドッドッ!と地鳴りを立てて、新たな巨体が猛スピードで駆けつけてくる。

  暗闇の中から現れたのは、倒れたミノタウロスよりもさらに一回り大きく、そして――エプロンのような布掛けの隙間から、豊かな「複数の巨乳(巨複乳?)」をボインボインと激しく揺らした、メスのミノタウロスだった。

  「なっ、なんだあいつは!」

  新たな強敵の出現に俺たちが息を呑んだ次の瞬間。

  ズサーーーーーーーッ!!!

  なんとその女ミノタウロスは、勢いそのままに地面を滑り、セリアの振り下ろそうとした剣の真下へと、見事なまでの『スライディング土下座』を決めたのだ。

  「……はい?」

  「にゃ?」

  『ンモォォォ! モモォォ、モォォォォッ!(意訳:うちの馬鹿息子が本当に申し訳ありませんっ!)』

  言葉こそ通じないが、その平身低頭なジェスチャーと必死の形相から、言いたいことは痛いほど伝わってきた。

  メスのミノタウロス――どうやらこの若いオスの『母親』らしい――は、倒れ込んでいる息子の後頭部を「バコォッ!」と容赦なく殴りつけ、自分の隣に強引に引きずり寄せて、一緒に頭を地面に擦り付けさせた。

  『モォ……(ごめんなさい……)』

  『モオォォンッ!!(ほら、もっとちゃんと謝りなさい!!)』

  母親に何度も頭を殴られ、図体ばかりデカいのに涙目でぺこぺこと頭を下げる息子ミノタウロス。

  俺の【バックエンド・アイ】でも、アクティブだったオスのミノタウロスの敵意が、完全に消失していることが確認できた。

  「……えーっと。タイチさん。これ、斬っていいんでしょうか?」

  完全に戦意を喪失し、剣をピタッと止めたセリアが困惑した顔でこちらを振り返る。

  「いや……やめとこう、これだけ必死に謝ってるオカンごと叩き斬るなんて、寝覚めが悪すぎる」

  冷静になって考えてみれば、そもそもこの若いオスは、壁から生えていた謎の肉(エルフの尻)を不思議に思って、ただの好奇心で指でツンツンし、手でパンパン叩いて遊んでいただけなのだ。

  それに、勝手に妄想し勝手に興奮し勝手に発情し勝手に大爆発を起こして遺跡を破壊したのは……完全にこちらの『スケベピンク脳のエルフ』の一人相撲である。

  むしろ、いきなり爆発に巻き込まれた息子ミノタウロスの方が被害者と言えなくもない。

  「……もういい。悪気はなかったみたいだし、今回は見逃してやる。行け」

  俺が手でシッシッと払うと、母親ミノタウロスはパァァッと顔を輝かせた。

  そして、お詫びのしるしなのか、洞窟の隅に置かれていた真新しい『宝箱』をずいっとこちらに押し出し、再び深々と頭を下げる。

  『ンモォォ(本当にすみませんでした)』

  母親ミノタウロスは、息子の耳を力いっぱい引っ張りながら、何度も何度もぺこぺこと頭を下げつつ、洞窟の暗闇の奥へとそそくさと消えていった。

  「……なんか、嵐のような母ちゃんだったにゃ」

  「そうですね……。魔物にも家族愛があるのだと知ると、少し胸が痛みます」

  俺とクロエとセリアは、複雑な笑顔で二匹の背中を見送った。

  そんな、どこか和やかな平和的解決の余韻の横で。

  「うっ……うわぁぁぁん……っ!」

  ズタボロのローブをかき集め、床に崩れ落ちたまま、フィーナが大粒の涙を流して号泣していた。

  「よ、汚されたわ……! 100年以上守ってきた貞操が、あんな……あんな牛の化け物に、あんなに激しくパンパンされてぇ……っ! もうお嫁にいけない!」

  「いや、あいつお前のことパンパン叩いてただけの好奇心旺盛な若いオスだからな? 未知の物体を叩いてぷるぷるさせて喜んでただけだから」

  「嘘よ! あのパンパンっていう音は、どう考えてもそ、そういう時の音だったじゃない! 私、中まであんなに熱くされたのにぃ! タイチのバカぁぁぁっ!」

  真実を知ってしまった俺から見ると、完全に『一人で発情して一人で絶頂した変態エルフ』という身も蓋もない構図なのだが。

  俺の冷静なツッコミも虚しく、フィーナは完全に悲劇のヒロインモードに入って泣きじゃくっていた。

  セリアはやれやれと肩をすくめ、クロエは不思議そうに首を傾げている。

  こうして、念願の4人パーティでの遺跡探索は、身勝手な妄執で自分に最悪の勘違いトラウマを刻み付けた不憫(?)なエルフと、図らずもお宝(お詫びの品)をゲットしたケモ耳シーフの明暗を分ける形で、無事に(?)危機を脱したのであった。