代理母施設『箱舟』~院内姦染調査~

  「揺りかごから独り立ちまで」をモットーに掲げた代理母施設『箱舟』は、特集記事のお陰で利用者数が増加し、新たな支部や施設が増えるにまで至ったという。しかし、胎児の成長速度が予定よりも早まったり、胎児の数が増えている事例が相次いでいるそうだ。そこで、取材を担当した豊満舎(とよみつしゃ)の重茂 信夫(しげも のぶお)に白羽の矢が立つのであった。

  受付を済ませると、以前、取材を引き受けてくれた若松夫妻が出迎えてくれた。

  「今回も取材を引き受けてくださってありがとうございます。お二人とも元気そうで何よりです」

  「信夫さんこそ、取材とお手伝いをしていただけて助かったわ」

  「お子さんはその後、どうです?」

  「最近では元気に走り回ってますよ」

  妻の菜々緒(ななお)さんが長い鼻でお茶の水面を吹くと、鼻でお茶を吸い込んで口元に運んだ。

  「元気に走り回っている」という言葉に、信夫はどこか引っかかるのを感じた。

  「取材をさせていただいた時に生まれたお子さんって、今おいくつだったでしょうか・・・・・・?」

  菜々緒と、その夫の勇那(いさな)は顔を見合わせると、深刻そうな顔で打ち明け始めた。

  「実は私達、未知のウイルスに感染したようなんです」

  菜々緒の口から発せられた「未知の感染症」という言葉に信夫の背筋が凍った。念のためつけていたマスクの中で動揺を浮かべていた。それを悟ったように、勇那が説明を始めた。

  「安心してほしい。症状が確認されているのは我々のような妊娠や出産に関わるスタッフだけみたいでね。それ以外のスタッフに見られないという事は、空気や皮膚接触では感染しないみたいだ」

  「そうなると・・・・・・血液とか粘膜を介しての感染ということでしょうか?」

  「そう。どうやらこれは粘膜を介して感染するようでね。症状としては『胎児の成長速度や妊娠数の増加』や『性欲の増進』といったものが確認されているが、どれも母胎や胎児の命に関わるような重篤な症状は確認されていない」

  説明を終えると、勇那はお茶を飲んで一息ついた。

  「そこで、取材を始める前に君の血液や精液を検査させてもらいたい」

  「わかりました。これも取材の一環として受けさせていただきます」

  信夫は菜々緒と勇那に案内されるように検査室へと向かった。採血を済ませると、隣のシャワー室に案内された。身体と髪を洗った信夫は、全裸のまま簡素なベッドのある部屋に通された。

  「それでは精液を採取させていただきますので、そのベッドに横になってください」

  スタッフに促されるまま、信夫はベッドに横たわった。スタッフは手足の位置を確認すると、信夫の身体にジェルのようなものを塗り、手足首に胸、そして睾丸に電極を貼り付けていった。そして信夫の頭にヘッドホンとバイザーが組み合わさったものを取り付け、陰茎と陰嚢を包むように袋状の機械をはめ込んだ。何が起きるのかそわそわしていると、ヘッドホンからスタッフの声が流れ込んできた。

  「これから精液の採取を行います。よりリラックスした状態で採取をしてもらうために、貴方の脳波から最適な映像や刺激を流していきますね。何かあったら、手元の赤いボタンを押してください。それでは、始めていきますね」

  スタッフが言い終えると、バイザーで真っ暗だった視界に変化が起きた。うすぼんやりしていた診察室がどこかのホテルの一室のような場所に変化したのだ。視界の先には──────

  「あら、そんなに緊張しなくても大丈夫よ」

  菜々緒さんだった。シャワーを浴びた後のように全身がうっすらと濡れ、ずっしりとした乳房とお腹をその身に抱えた姿が、バスローブ越しでもその輪郭を浮き彫りにしていた。

  「これは夢。何も気にしなくて良いのよ」

  彼女は徐にバスローブを解くと、ベッドに寝そべる信夫の陰茎を優しく撫で始めた。すると、現実の信夫の陰茎に嵌められていた袋がバイザーの彼女の動きに連動するように収縮を始めた。彼女の愛撫に彼の陰茎は硬さを増し、天井を突くかのように切っ先からカウパーがとくとくと溢れ出した。映像の菜々緒はベッドの上で膝立ちになると、大きなお腹を持ち上げながら狙いを定めると、一気に信夫の陰茎を呑み込んだ。彼女が腰を上下させる度に乳房と腹が波打つように揺れ、彼の下半身にも重みと快感が波のように押し寄せた。仮想とはいえ、愛する夫がいる彼女と体を重ねている背徳感以上の快感で、彼の頭は塗り潰されていた。腰を打ちつけられる度に彼女の身体から汗と母乳が雫のように滴り落ちてゆく。息遣いは徐々に荒くなって、長い鼻が自分の身体をまさぐってゆく。

  「もう、出そうなのね・・・・・・?いいわよ、私の中に思いっきり『お迎え棒』、お願いね?」

  「えっ、あぁ・・・・・・・・・・・・ッ!」

  びゅっ!ぶびゅっ!びゅぶるるるぅぅぅぅ~~~~~~・・・・・・ッ!!

  快感が信夫の全身を突き抜け、身体を仰け反らせながら精液を吐き出した。映像の中の彼女も、繋がり合ったまま快感にその身をよじらせていた。肉壺を模した袋が何度も収縮を繰り返しながら、彼の精液を搾り出していった。

  「ふぅ・・・・・・お疲れ様。こんなに熱いのを種付けされたら、貴方の子も妊娠してしまいそうね。でも安心して。この事は誰にも内緒よ」

  映像の中の彼女が徐々に薄れ、自分の意識も徐々に微睡むように暗転を始めると、スタッフの声がヘッドホンから流れてきた。

  「お疲れ様です。自分のペースで起き上がって大丈夫ですからね」

  信夫はゆっくりと上半身を起こすと、スタッフが中に入ってきて電極や装置を外していった。最後に陰茎と陰嚢を包んでいた装置が外されると、ジェルで塗れた身体を拭き始めた。

  「ご協力感謝します。館内はこの服装でお過ごしください」

  信夫は下着を履き直すと、スタッフから渡された衣服に着替え、持ってきた鞄やスーツを手に客室に案内されるのだった。案内され部屋はホテルのように整えられていて、広々とし過ぎず、かと言って圧迫感の無い空間となっていた。取材の準備を整えていると、備え付けの電話が鳴りだした。発信元は先ほどの検査室からだった。

  「信夫さん、検査の結果と入館手続きが完了しましたので、検査室まで取りに来てください」

  検査室に戻ると、スタッフからカードの入ったネームホルダーと携帯端末が渡された。

  「携帯端末は館内の施設や移動に必要なマップや連絡ができるようになっています。連絡は基本的にコレでやり取りをしますので、帰るときには返却をお願いしますね。検査の結果なんですが、感染の兆候はありませんでした」

  「ありがとうございます」

  信夫はタッフの付け方を真似てネームホルダーを首に提げ、名札部分を胸元に取り付けた。すると、端末から一件の通知が飛び込んできた。通知主は若松夫婦からだった。指定された場所に到着すると、そこは「処置室」と書かれた部屋だった。中に入ると、二人がベッドの上で苦しそうに喘いでいた。

  「あら、早速来てくれたのね」

  菜々緒が呟く。

  「大丈夫ですか・・・・・・!?」

  「体調は悪くないが、『これ』でね・・・・・・」

  二人は椅子のようなベッドに横たわり、大きく膨らんだ腹部や胸部に電極パッドが貼られていた。股座から丸太のような陰茎が天井を向いて屹立し、脈打つ度に亀頭からカウパーを溢れさせていた。

  「器具の使い方を教えるついでに来てもらったんだ。サポートスタッフもいるから安心してほしい」

  勇那と菜々緒はスタッフに指示を出しながら、性欲の処理が始まった。戸棚には様々な形と大きさの生殖器の模型、いわゆる「ディルド」や「オナホール」と呼ばれるものが納められていた。信夫はスタッフたちの手解きを受けながら、ロボットアームの先端に取り付けていった。そしてアームを所定の位置に移動させ、「開始」のボタンを押した。すると、二人の身体がベッドに固定され、アームに取り付けられたオナホールが彼らの陰茎を包み込み、ディルドが飲み込まれていった。アームに備え付けられたカメラやセンサーによって定着が確認されると、アームがゆっくりと抽挿を始めた。

  「あっ、ああぁっ・・・・・・!」

  「んっ、ぐうっ・・・・・・!」

  二人は敏感になっていた刺激と、逃げ場のない快感に身をよじらせていた。身重の身体を気遣うように抽挿の動きを緩めたり、飽きないように角度や速度を変えて性欲を発散させていった。暫くすると、スタッフが二人の乳房にカップを取り付けると、鈍い機械音と共に乳首から白濁とした液体が迸った。液体はカップに繋がれたホースへ吸い込まれていき、タンクを満たしていった。

  処置の合間に信夫は2人から事情を聞く事ができた。ある日を境に今までにない性欲に苛まれるようになったという。元々同じ年齢層の中では盛んではあったものの、毎日のように処置を受けなければならない程に昂っているという。加えて、代理出産で身籠っている胎児は双子から三つ子といつもより少ないものの、たった数ヶ月で臨月相当にまで成長しているという。いつもなら妊娠中であれば感じづらい性欲も、まるで発情期のように熱く昂っている状況に、夫妻は恥じらいと申し訳なさを感じていた。そんな彼らの話とは裏腹に、睾丸からはドロドロに滾る精液がせり上がってくるのを止められず、ロボットアームのもたらす快感に身を捩り、ベッドに尾を打ちつけていた。

  「くっ、あぁあっ・・・・・・・・・・・・!!」

  「ぐっ、んうぅぅう”・・・・・・!!」

  ぼびゅっ!ぶびゅっ!、ビュルルルルルルルルゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッ!!

  殆ど同時に、粘っこい音を立てた射精が始まった。二人は快感の高波に飲み込まれないように、ベッドの端を強く掴んでいた。射精の度にアームのオナホールがしゃくりあげるように吸引を始め、母乳とは別の容器に吸い込まれていった。押し寄せる快感の波に、ベッドに固定された身体を打ち付けるように全身を仰け反らせた。

  やがて射精が収まり始めると、オナホを取り付けたアームが彼らの陰茎から離れ始めた。そしてオナホの中からすっかり萎びた陰茎が彼らの腹部にべちゃりと当たって、股座の下で垂れ下がっていた。陰茎の切っ先からはとろとろとその名残が滴っていた。暫くしてディルドが引き抜かれると、内側から押し出されるように陰茎から透明な蜜が吐き出された。

  「お、お疲れ様です・・・・・・」

  一部始終を見守っていた信夫は、下腹部に熱いものを覚えながら、屹立する陰茎に前かがみになっていたが、やっとの思いでタオルと飲み物を二人に差し出した。二人は深く息を整えると、タオルと飲み物を受け取って一息ついた。

  「ありがとう。あんなに乱れたのは、久方振りかも、しれないわね・・・・・・」

  「あんなに出し切ったのに、まだ出し足りなく感じる・・・・・・」

  「すみません、処置の一環の筈なのに・・・・・・」

  前のめりになっている信夫に、勇那は身体を拭きながら言った。

  「気にする事は無いよ。ここではよくある事だから、恥ずかしがることはないよ」

  『処置完了、ゆっくりと立ち上がって──────異常発生』

  二人がモニターを確かめると、自分たちの身体に「陣痛開始」と赤く表示されていた。

  「えっ──────」ぱしゃっ。

  「もう・・・・・・?」ばしゃっ。

  困惑の表情を浮かべる間もなく、股座からバケツをひっくり返したかのような水音が溢れ出した。そしてベッドが椅子から分娩台へと形を変えると、二人の身体を再び固定した。モニターには胎内の様子だけでなく、子宮の開き具合や収縮間隔をリアルタイムに表示していた。

  「いつつ・・・・・・早速で悪いけれど、今度は出産を手伝ってもらえるかしら?」

  菜々緒は痛みを呼吸で逃しながら尋ねた。

  「分かりました!」

  信夫はまっすぐに二人を見据えて答えた。信夫は携帯端末のマップを見ながら必要な道具を集めていった。大小問わない清潔なタオルに消毒用のアルコール、そして大きなたらいをカートに積み、専門医と共に戻ってくるのだった。

  「お待たせしました!」

  信夫はスタッフの指示を仰ぎながら、タオルや産湯の準備を進めていった。菜々緒と勇那も、モニターに映し出された自分たちの下半身の様子を確かめながら、呼吸を合わせて胎児を外へと送り出してゆく。

  「頭が見え始めてきましたよ」

  「ふうぅッ、んぅっ──────!」

  「はっ、あああぁ──────ッ!」

  胎児の排臨で前後する胎児によって何度も前立腺は押し潰され、陣痛に快感が混ざってゆく。押し出された精液は陰茎に被せられた袋の中に溜まってゆく。快感で更に子宮と産道が収縮を強め、あっという間に発露の段階に進んだ。胎児の身体は産道に戻ることなく、少しずつ身体が外界に生まれ落ちてゆく。

  「もうすぐですよ。息を合わせて力んでくださいね」

  「くっ・・・・・・んんぅぅぅぅぅ・・・・・・ッ!!」

  「ふぅ、んううぅぅぅぅ──────ッ!!」

  モニター越しに胎児の様子を確かめながら、下腹部に力を込めてゆく。胎児は誰に教わるでもなく身体を回転させながら滑るように助産師に受け止められた。羊水と血にまみれた体を柔らかなタオルで拭き上げられ、小さなポンプで鼻や口に詰まった粘液を吸い上げられると、菜々緒から産み落とされた熊獣人の赤子と、勇那から産み落とされたイルカ獣人の赤子が産声をあげた。へその緒の処置を済ませ、菜々緒と勇那の胸に抱かれると、揃って初乳を美味しそうに飲み始めた。

  それからの出産は、一人目によって拡がった産道を滑るように二人目、三人目と産み落とされ、程なくして彼らを育んでいた胎盤がぬるりと排出された。出血の有無を確認すると、二人の秘部にはディルドのような栓が差し込まれ、陰茎にはオナホのような覆いが嵌めこまれた。

  「これは?」

  「試験運用中の回復装置でね。栓の方は子宮や産道に直接薬液を浸透させて回復を促すと共に、感染を予防するものなんだ。陰茎にかけた覆いも感染予防の一環だね。尿と精液を自動でより分けて採取と廃棄ができるようになっているんだ」

  専門医からの説明を聞きながら、二人は産み落とした赤ん坊達に乳を飲ませていた。乳首から迸る糧が注がれる高揚感か、吸い付かれる刺激なのか、疲れていた筈の陰茎に血流が集まり、とろとろと切っ先からカウパーが溢れ始めた。

  「あらあら・・・・・・」

  「まだ出し足りないのか・・・・・・」

  2人は袋の中で膨らみだした陰茎に困った表情を浮かべた。

  お腹いっぱいになって眠った赤ん坊たちはスタッフの手で機械に載せられ、体重や性別、血液型を記録されていった。

  「どの子も健康そのものですが、平均よりも『大きい』ですね。一般的な妊娠期間であれば早産、未熟児や流産でもおかしくない短期間で産まれてくるなんて・・・・・・」

  スタッフは信じがたい事実に困惑していた。

  「大きく元気なら良いと言ってくれる人も多いけれど、やっぱり警戒する人も多いわね・・・・・・」

  菜々緒の憂いに、勇那が言葉を続けた。

  「勿論、経過観察は親御さんに引き渡した後も続けているが、対処に追われて大忙しなんだ」

  モニターの画面が更新され、出産から数時間が経った2人の子宮は妊娠前の大きさにまで縮み、「妊娠可能」と表示されていた。

  「もう妊娠できるんですか・・・・・・?」

  信夫は驚いた様子で2人に尋ねた。

  「そうなの。こうも頻度が高いと心配だわ」

  菜々緒はため息をつきながら、信夫から差し出された水を飲んだ。

  「そうだね・・・・・・でも、僕らを頼みに来ている人達を待たせる訳にもいかないし・・・・・・」

  勇那も水を一口飲んでため息をついた。祝福と労わりの雰囲気で包まれるはずの病室は、どこか重苦しさを孕んでいた。

  「ごめんなさいね、辛気臭い空気になっちゃって」

  「いえいえ、そんな・・・・・・」

  信夫は付き添いとしてその場に同席していたが、菜々緒の言葉に対してもどんな言葉をかけるべきか迷っていた。そんな時、携帯端末から出産に関わるヘルプが通知された。

  「すみません、呼び出しがかかったみたいなので、何か手伝えることがあったら呼んでください」

  「分かったわ。気を付けて行ってらっしゃい」

  信夫は二人に一礼すると、大急ぎで指定された場所へと向かうのだった。

  それから信夫は施設の清掃や物資の運搬、生まれた子供達のミルクやおしめの交換と、サポートに奔走した。まるであの時にかける言葉を探すように。

  業務がひと段落した信夫は、ふらふらと自室に帰ると、シャワーを浴びる気力もなくベッドに倒れ込んだ。しかし、頭の中で渦を巻く怒涛の出来事に中々眠れなかった。ウイルスによる異常な成長速度に性欲、子宮の分裂に妊娠期間の短縮。感染経路は粘膜で母子感染の可能性もある。加えて出産ラッシュで人手不足・・・・・・外部で内情を理解しているのは知っている限りで自分しかいない・・・・・・。

  「それなら、自分も・・・・・・」

  考えが絞られ始めた頃に、ようやく睡魔が意識を底深くに誘うのだった。

  次の日は幸いにも休診日で、信夫は施設の食堂で朝食を済ませ、若松夫妻のいる病室に訪れた。二人はスタッフによって下半身に取り付けられていた器具の交換が行われている所だった。袋には幾度となく射精したと思しき白濁液で満たされているのが伺えた。

  「おはようございます。お元気そうで何よりです」

  交換された袋の中では二人の陰茎が半勃ちになっているのが見えた。

  「あら信夫さん、おはよう。昨日はよく眠れたかしら?」

  「えぇ、何とか」

  「今日は休診日だからね。ゆっくり休むのも仕事の内だぞ」

  勇那は戸棚から急須と湯飲みを取り出すと、茶葉を入れた急須にポットでお湯を注いだ。お湯に触れた茶葉から芳しい香りが立ち昇り、緊張が解けるようだった。

  「美味しいです」

  「お口に合ったようで何よりだ」

  それから三人で久方ぶりの会話を楽しみ、それから信夫は湯飲みに残ったお茶を一気に飲み干すと、菜々緒と勇那に呼びかけた。

  「あ、あの・・・・・・自分にも、代理出産のお手伝いは・・・・・・出来ますか?」

  予想外の話題に、二人は目をぱちくりさせて顔を見合わせた。

  「急な提案でビックリしちゃったわ。でも、どうして急に?」

  菜々緒の問いかけに、信夫が答えた。

  「昨日、お二人のお手伝いをした後、何て言葉をかけたらいいか分からなくて・・・・・・それに、最初に受けた検査では何の異常も無かったみたいですし、体力もあります。取材の一環とはいえ、何もお手伝いできないのは申し訳なくて・・・・・・」

  「そうだったの・・・・・・打ち明けてくれてありがとう」

  「実はこの前の検査では感染リスクを検査していたが、追加で検査してもらった所、遺伝性疾患のリスクも無い上に質と量も上々でね。君さえよければ精子提供者だけでなく、出産処置の被験者になってくれるならこの上なくありがたい」

  信夫はまさかの提案に面食らってしまったが、少し考えた後できっぱりと答えた。

  「これも取材の一環として、是非ともお手伝いさせていただきます」

  信夫は二人からの紹介で検査室に向かうと、いくつかの同意書と資料が配られた。ノートに要約をとりながら一枚ずつ同意書に署名し、最終確認を兼ねた疑似体験も行われた。「命を預かる」という事の重みを、身をもって体験しても尚、その決心が揺らぐ事は無かった。

  特別処置室に案内されると、衣服を脱いで椅子のようなベッドに座るよう指示された。

  「それでは、人工子宮の挿入と定着を行います」

  「よろしくお願いします」

  専門医は指で信夫の肛門を確かめるように指を一本ずつ挿入していった。

  「あっ・・・・・・ぁ」

  「声は出しても大丈夫ですからね。呼吸は止めないでくださいね」

  「わ、わかりました」

  信夫は内側を少しずつ押し広げられる感覚に背筋をゾクゾクさせながらも、呼吸に集中していった。やがて専門医は指を引き抜くと、トレーに載せられたパックから大人の拳ほどはある塊を取り出し、緩んだ信夫の尻孔に当てがった。

  「ぐっ、あっぁ──────」

  内側から押し潰されるような感覚に、一瞬息を忘れそうになったが、鈍い痛みを逃すように呼吸を始めた。塊が全て体内に収まったような感覚と同時に、強烈に力みたい反応に襲われた。

  「力むと出てしまうので、ゆっくり呼吸にだけ集中してくださいね」

  信夫はこくりと頷いて、専門医の声と呼吸にだけ集中した。専門医は長く滑らかな金属棒に潤滑剤を塗ると、小刻みに震える彼の尻孔に少しずつ金属棒を差し込んだ。

  「ぐぅ──────ッ!」

  金属棒に押し上げられるように塊が奥深くへと突き進んでゆく。ある地点にまで突き進むと、専門医が膝を叩いて呼びかけた。

  「今から定着作業を始めます。少しビリっとなるけど心配しないでね」

  「それってどういう──────」バチッ!

  身体の奥深くで鋭い刺激が脊髄から脳転に走った。それと殆ど同じタイミングで、陰茎が自分の意思に反して屹立し始めていた。

  「微弱な電気刺激で人工子宮を起こしてるんです。前立腺の近くに定着させるので勃起や射精を伴う事もあります。確認も兼ねて何度か刺激しますね」

  それから専門医の言葉通り、断続的に鋭い刺激が体内で走る度、自身の陰茎から意図しないタイミングで射精が起きた。それから金属棒が引き抜かれると、今度は別のプラグのようなものが尻孔に差し込まれた。拡張と刺激を受けたばかりだからか、痛みや圧迫感は不思議と感じられなかった。

  「定着するまでの固定具です。一定時間ごとに薬が注入するようになっていて、これが取れるまで排泄は不要になります。処方される薬を飲み終えるまでは激しい運動は避けてください」

  説明の最中に薬の投与が始まったのか、中でじんわりと何かが染み出すのを感じた。中で瘤のようなものが膨らんでいるのか、いつも通りに力を緩めても抜け落ちたり、漏れ出たりする気配は無かった。

  定着が完了するまでの一週間、信夫は若松夫妻を中心に代理出産業務のお手伝いや取材を行った。「記者」という外部の人間では分からなかった体験は得難いもので、以前よりも深い部分にまで取材を行うことができた。勿論、利用者やスタッフのプライバシーなどには配慮を行った上で記事を積み重ねていった。

  尻孔に栓をしたままの生活にも慣れ、処方薬が半分を切る頃には入っている事すら気にならない程になっていった。処方された薬の影響か、平均的だった成人男性の体型は、胸元と胴体を中心にふくよかな女性を思わせる肉付きになっていった。

  「一週間お疲れ様でした。処方された薬も飲み切って、身体つきからも定着は順調に進んでいるのが分かるよ。早速、栓を抜いて中の様子を確認しますね」

  専門医がスイッチを入れると、中で膨らんでいた瘤がしぼんでいくのを感じた。そして棒の重みに従ってゆっくりと引き抜かれていった。すっかり圧迫感の無くなった孔から、すぅすぅと空気が流れ込んで、尻孔がヒクヒクと切なくなって、心許なさを覚えた。

  「こっちの薬液も全部消費されたみたいだね。これでいつでも代理出産に臨めるよ」

  専門医が信夫から引き抜いた栓を見ながら指を指した。定規ほどの長さの筒を咥え込んでいた事を思い出すと、腹の奥で根付いたばかりの子宮がきゅうきゅうと疼いた。

  「では早速、代理出産のマッチングから進めていきましょうか」

  専門医から別のスタッフに案内が変わり、談話室のような場所で説明を受けた。独自の情報網で希望者の周辺情報を網羅しているという。「揺りかごから独り立ちまで」をモットーに支援環境は充実しているものの、育児の主体は家族である。収入だけでなく、病歴や希望理由によっては断る場合もあるそうだ。画面には近日中に来る予定の希望者が並んでいて、スタッフが条件を少しずつ絞っていった。

  「初産なら種族と体型が近しいもので、相手が初産可能で絞ると・・・・・・この夫妻になるかな」

  マッチングしたのは三十代の会社員夫婦だった。妻側の病気が原因で子供を授かるのが難しいとの事で、この施設を利用したのだという。面談は穏やかそのものに進み、「よろしくお願いします」と夫妻から一本の金属容器が手渡された。

  「マッチングが済んだら、こうして精子や卵子を提供してもらうんです」

  命を預かる重みに、信夫の背筋がぐっと正されるのを感じた。

  

  「着床室」と書かれた部屋に案内され、スタッフの指示で衣服の下を脱いだ身体で椅子に座ると、手足を固定され、両脚を開いた体勢で身体が傾き始めた。下半身の涼しさにそわそわしていると、滑らかな金億の筒がついたロボットアームが天井から伸びてきた。

  「それでは受精作業を始めますね」

  「え、もうですか・・・・・・?」

  「薬剤と電気刺激でいつでも排卵ができるようになっているんです。最初は違和感があるかもしれませんが、痛みを感じたら手元のスイッチを押してくださいね」

  スタッフがそう言って信夫の腕を消毒すると、注射針を差し込んで点滴が始まった。点滴が繋がれた腕からひんやりとした感覚が流れ込んで全身に行き渡る。これから自分がお母さんになるんだと意識し始めると、下腹部がじりじりと熱を帯びてくるのを感じた。

  「それでは挿入を始めますので、息を止めないでリラックスしてくださいね」

  潤滑剤の塗られた金属棒が取り付けられたロボットアームが信夫の孔に突きつけられ、ぬるりと入り込んでいった。金属特有の冷たさと圧迫感で呼吸を忘れそうになる。圧迫感と快感を逃すように、浅く呼吸を繰り返す。奥まで入り込んだのを確認されると、夫婦から手渡された金属容器がセットされた。

  「それでは始めますね」

  スタッフが端末を操作すると、身体の中で何度か「バチッ」と小さな電流が走った。最初に受けた刺激に比べて小さなものだったが、自分の陰茎がぐぐっと屹立してしまっていた。

  「前立腺の近くに子宮があるので、射精しても大丈夫ですからね」

  赤面していた信夫に対して、スタッフは慣れている様子だった。信夫の体内を映しているモニターに、小さな球体が浮かんでいるのが見えた。

  「排卵できたようですね。子宮の内膜も着床に向けて十分に厚くなってますね。それでは精液を注入していきますね」

  緊張で鼓動が速まり、唇と口の中が乾く。カチッという音と共に生温かい液体が腹の奥で満たされていく。注入は一分とかからずに終わり、モニターには白濁した自分の胎内が映し出されていた。更に拡大された映像には、自分の卵子に無数の精子が群がっているのが見えた。暫くすると、その中の一匹が、膜を突き抜けて核に入り込む瞬間も──────。

  「産道の確保も兼ねて、出産まで挿入したままになりますが、その間の排泄は不要になります」

  信夫はスタッフに水着のような固定具を履かされ、その上から下着とズボンを履いた。

  「まだ受精卵ではありますが、少しでも違和感があれば言ってくださいね」

  「分かりました。これからよろしくお願いします」

  それから信夫は意欲的に代理出産業に勤しんだ。感染の影響で精子提供者も少なくなっているようで、信夫が選ばれる場面も多くなっていた。器具を使って受精させる事もあれば、直接交わって行う場合もあってと、刺激と発展に満ちた日々となった。

  ある日、若松夫妻の性欲処理を手伝っていた時に異変は起きた。

  「初めての代理出産で緊張しているだろうに、無理しなくてもいいのよ?」

  菜々緒はベッドに横たわりながら精液を採取され、産んだばかりの赤ん坊に母乳を飲ませていた。

  「お気遣いありがとうございます。でも何かしてないと落ち着かなくて──────ッ!?」

  信夫は腹の底からこみあげてくる不快感の塊を抑えきれずに吐き出してしまった。

  「大丈夫!?」

  スタッフが慌てて数人がかりで素早く後処理を始めた。信夫はスタッフから支給された衣服に着替えさせられると、処置室から検査室に案内された。

  「処置室で菜々緒さんの精液採取中に嘔吐。それも前々から匂いに慣れていた筈なのに、か・・・・・・ちょっとこの検査キットを咥えてごらん」

  信夫は口をゆすいだ後、医師に差し出された棒を咥えた。すると白かった部分が薄赤く変色しているのが見えた。

  「陽性反応のようだね。嘔吐したのは悪阻の影響で嗅覚が変わったからでしょう」

  医師の説明によると、妊娠の影響によるホルモンバランスの変化で、体調不良だけでなく、味覚や嗅覚に変化が起きることがあるという。

  「妊娠初期とはいえ初産だ。体調管理には気を付けるようにね」

  医師からそう言われ、信夫は背筋が正される思いで今後の説明を受けた。食事に運動は臨月までバランスよく行い、時期に合わせた行動の制限や注意事項、体調管理のモニタリングなどを説明された。説明が終わると、スタッフから小さな液晶の付いた腕時計のようなものが支給された。血圧や心拍数、挿入されているプラグを介して胎児の状態などをリアルタイムで記録できるようになっているそうだ。

  「これから生まれるまでの10か月間、一緒に頑張っていきましょう」

  信夫は若松夫妻のいる部屋に報告に向かおうとすると、ちょうど携帯端末から呼び出しがかかっていた。内容としては体調の心配と、精液を貯めていた容器が満杯になりそうだから、入浴と併せて交換してほしい旨が記されていた。信夫はマップを開いて必要な道具がある場所へ立ち寄ってから夫妻の部屋に向かうのだった。

  「お待たせしました」

  戻ってきた信夫に、菜々緒と勇那は心配そうな表情を浮かべていた。

  「あら、おかえりなさい。具合はどう?」

  「急に具合を悪くしたものだから驚いたよ」

  赤ん坊達は既に眠っているようだった。

  「お騒がせしてすみませんでした・・・・・・今は大丈夫です。どうやら悪阻の影響だったみたいで」

  「あら、まぁ・・・・・・!」

  「そういう事か・・・・・・いやはや、おめでとう」

  二人からの祝福に、信夫は思わずお腹をさすりながらはにかんだ。

  「それじゃあ早速、交換とお風呂にしましょうか」

  「あら、悪阻は大丈夫なの?」

  「身体を洗っている時なら大丈夫かと思います」

  「それなら、お言葉に甘えて」

  信夫は二人の指示を仰ぎながら搾精装置を操作していった。満タンになりかけた容器との接続を解除し、容器を密封した。そして浴室で搾精機を取り外し、全身を清潔に洗った。機械の中で搾精されていたにもかかわらず、その陰茎はまだまだ硬さと脈動をはっきりと感じられた。湯気と汗の匂いで匂いはそれほど気にならず、三人で身体を洗い合った。

  「こうしてゆっくり三人で、それも代理出産従事者で浸かれるなんてねぇ・・・・・・」

  菜々緒は自身の鼻で信夫の頭を撫でた。

  「まさか自分も、こんな経験をさせてもらえたなんて信じられませんよ」

  「確かにそうだな。粘膜感染とはいえ、一緒に長く入浴するのは危ないかもしれない。私は先に失礼させてもらうよ」

  勇那は徐に立ち上がると、身体を入念に拭いていった。身体だが揺れ、陰茎の先からつぅ、と粘り気のある雫が床に落ちたのが見えたが、勇那はタオルで足元を拭いていった。そして陰茎に新しい搾精機を取り付けて浴室を後にした。

  「私もそろそろ上がろうかしらね。信夫さんもゆっくりでいいから──────っとっと!」

  菜々緒も立ち上がろうとした瞬間、足元がふらついて湯船を波立たせた。

  「わっぷ!?」

  大型種族の起こした高波で、湯船の水がいくらか口に入ってしまった。

  「ごめんなさい!大丈夫!?」

  「ゲホッゲホッ・・・・・・だ、大丈夫です。菜々緒さんも大丈夫ですか?」

  信夫は何度か咳込んでから菜々緒に答えた。

  「少しのぼせちゃったみたいね。手を貸してもらえるかしら」

  「分かりました。自分もそろそろ出ようと思ってましたので」

  信夫も湯船から上がり、身体を拭いていった。菜々緒も体を拭き、陰茎は特に入念に拭き上げると、新しい搾精機を取り付けて浴室を出ていった。

  搾精機とタンクを新しいホースに繋げ、電源を入れると、鈍い動作音のしばらく後で、タンクに流れ込むのが見えた。

  「どこも漏れていないようね。手伝ってくれてありがとうね」

  「助かったよ。でも、無理はしないようにね」

  「お二人とも、ありがとうございます。自分はコレを処置室に運んだ足で自室に帰ります」

  信夫は借りてきた荷台に二人の精液で満たされたタンクを載せ、部屋を後にした。

  彼は知らなかった。湯船を漂っていた二人のウイルスが波しぶきを飲んだ時に偶然入り込んでいた事を──────。

  それから数週間はスタッフとしての研修を受けつつ、若松夫妻の性処理や業務の手伝いに勤しんだ。最初の一週間は悪阻で苦しむ場面もあったが、翌週には軽いものになっていった。

  その日の業務を終え、シャワーを浴びてベッドに横たわった。

  「ふぅ・・・・・・どっと疲れるけど、こういう生活も悪くないかな」

  信夫は自分の携帯端末で取材内容をまとめたメールを会社に送信して、一回り大きくなったお腹をさすった。

  「でも一か月でこんなに重くなるなんて・・・・・・」

  腕に巻いた端末には「妊娠0週目」と表示されていた。そして胎内には薄膜に包まれた小さな塊が浮かんでいた。へその緒を介して命を繋いでいる状態に、信夫の鼓動が高鳴るのを感じた。

  「明日は定期検診だから、早めに眠ろう」

  信夫は部屋の灯りを落として眠りに就いた。

  持ち主が深い眠りに落ちても、彼の腕に巻いた端末は挿入されたプラグを介して胎児の成長を記録し続けていた。信夫が寝がえりをうった時、端末に表示されていた「妊娠0週目」は「妊娠1か月相当に変更、双子の可能性あり」と変化していた。

  翌朝、信夫は腹にかかる妙な重みで目が覚めた。昨日まで膨らみすら感じられなかった腹が、一回り大きく重く垂れ下がっていた。腕に巻かれた端末には異常を検知したという通知がなされていた。慌てて通信端末を開き、検査室に連絡を入れた。

  「落ち着いてください。昨日、何か変わった事はありますか?」

  「昨日は若松夫妻の性処理を手伝った時に悪阻で吐いてしまって、その後、夫妻のタンク交換と入浴を手伝いました。交換の時に一緒にお風呂に入って・・・・・・あっ」

  信夫は一か所、思い当たる節があることに気が付いた。

  「どうされましたか?」

  「勇那さんが出た後で、菜々緒さんが立ち上がった時の波で溺れかけました」

  「溺れかけた?」

  「その時の水を、いくらか飲んでしまったかもしれません」

  「分かりました。では、すぐに検査室に来てください」

  信夫は重くなったお腹を抱えながら、いそいそと検査室へと向かった。

  いつもなら気にも留めなかった階段を、一段一段と登ってゆく。自分や胎児の命にかかわらない感染症でも、初めての代理出産で緊張は高まる一方だった。

  やっとの思いで検査室に辿り着くと、スタッフの指示でベッドに寝かされ、検査が始まった。超音波の反射によって映された胎内では、小さな命がすくすくと育っているのが見えた。

  「順調に育ってはいますが……」

  スタッフは信夫の膨らんだ腹を様々な角度から確かめてゆく。つい最近まで辛うじて見えていた大きさの命は鮮明な輪郭にまで育っている。

  「やはり『増えて』ますね……もしかしたら1人目の影に隠れていただけかもしれませんが、念のため、検査をしますね」

  今度はスプーンのようなもので信夫の口や舌をこそげ、尻穴に挿入していたプラグを引き抜き、張り付いていた粘膜を別の金属棒でこそげ取った。冷たい空気がぽっかり空いた孔に入り込むのを感じたが、すぐに別のプラグが挿入された。

  ベッドに寝かされ、再び塞がれた圧迫感が収まり始めた時、スタッフに連れられてやってきた医師から結果を告げられた。

  「やはり感染していました。しかし、他の感染経路とは異なるせいか、影響は他に比べて小さいようです」

  「お風呂で弱められた……って事でしょうか?」

  「まだ推測の段階ではありますが、若松夫妻の罹ったウイルスがそれぞれ形の異なる物で、それが混ざり合ったであろう湯船の水を飲んだ影響でこうなっている……とも考えられます。もしかしたら、このウイルスに対する特効薬のヒントになるかもしれない。協力してくれるかな?」

  信夫は情報の波におされかけたが、記者としての経験ですぐさま整理を始めた。協力を受ければ、若松夫妻を始めとした感染者の役に立てるかもしれない。

  「分かりました。ぜひ協力させてください!」

  信夫は少し間を置いてから、医師の手を取って了承するのであった。

  医師たちは感染者の精液や粘膜から培養したウイルスから効力が弱まる組み合わせを見つける所から始めていった。しかし、温度や水分といった条件を変えても芳しい成果は得られず、感染が確認されたにも関わらず、影響が少なかった信夫の体液を投与した所、効力が弱まったのが確認された。医師たちは早速、彼の唾液や精液から雑菌などを取り除いたものを試作品に、効果の検証に影響が最も強い若松夫妻が選ばれるのであった。

  「まさか信夫さんが特効薬だったなんてねぇ……これも何かの巡り合わせかしらね」

  「自分から代理出産業をやりたいと言ってくれたのも、何かの縁だったんだろうね」

  「まさかこんな風に事が進むだなんて驚いてます。でも、こうして役に立てて嬉しいです」

  若松夫妻はベッドに横たわり、秘部に挿入されていたプラグから試作品が流し込まれた。

  数週間をかけて効果の検証が行われ、若松夫妻の精液量はみるみる減少していき、発情期特有の血圧や心拍数が平常値に戻っていくのが確かめられたことが分かると、他の感染者への投与が続々と行われていった。偶然かつ急造の産物故に経過観察が必要ではあったが、多くの感染者を現場に復帰させる事に繋がったのだった。

  信夫の妊娠も順調に進み、スタッフたちと入れ替わるように産休に入った。

  「いつ生まれてもおかしくないそうだけれど、心の準備はどうかしら?」

  菜々緒の鼻が信夫の腹を優しく撫でた。

  「凄く楽しみ半分、緊張が半分・・・・・・ですかね」

  信夫はふた回りも大きく重みを増した腹に視線を落とした。本当は初めての事ばかりで緊張の方が競り勝ってしまいそうだった。それを悟ったかのように、菜々緒がそっと上半身を抱き寄せた。

  「あなたは十分頑張ってるわ。それに、私たちがサポートするから、安心して産んでらっしゃい」

  「ありがとうございます。頑張ります」

  それから程なくして、信夫の身体は出産に向けて準備を始めていった。内側から胎児を押し出すように、波打つように収縮を繰り返していく。今までに感じたことのない痛みに、呼吸を忘れそうになる。

  「大丈夫よ。呼吸だけは止めないで」

  「分娩室は押さえたから、そこまで頑張ろう」

  信夫は若松夫妻に励まされながら、分娩室へと運ばれていった。分娩台に乗せられ、胎児の状態がモニタリングされた。全身がバラバラになりそうな痛みが徐々に間隔を狭めて襲い掛かってくる。

  「ここからが踏ん張りどころですからね」

  産道確保のために挿入されたプラグが引き抜かれる。ぼっかりと開いた尻孔から冷たい空気が染み込むのを感じる暇もなく、陣痛の波が襲い掛かる。

  「い”っ、たひぃ・・・・・・う”ぅ・・・・・・・・・・・・っ!」

  「子宮口は全開のようですが、胎児が降りてきてないですね。菜々緒さん、お願いできますか?」

  スタッフの言葉に、菜々緒が前に出た。

  「任せて。滅菌済みゴムサックを用意して頂戴」

  菜々緒はズボンとパンツを一気に脱いで下腹部に力を込めると、ぶら下がっていた陰茎に一気に血流が漲っていった。スタッフから手渡されたゴムサックの封を切り、慣れた手つきで陰茎を包んでいった。

  「さぁ信夫さん、お母さんになる準備は良い?」

  「お願ひ、します・・・・・・!」

  菜々緒は彼の同意を確かめると、ヒクヒクと脈打つ信夫の尻孔に陰茎を突き立て、ゆっくりと腰を沈めた。プラグよりも大きく太い陰茎で産道が押し広げられ、前立腺を押し潰していく。

  「────ぁッ」

  「呼吸だけは止めないでね。そろそろこの辺り・・・・・・ね!」

  象特有の伸縮自在な陰茎が子宮口を捉えると、菜々緒は腰を更に深く信夫に沈み込ませた。

  「あ″っ────!」

  腹の奥で張り詰めたものが弾けるのを感じた。

  「お迎え棒は済んだわ。頑張るのよ」

  菜々緒は萎えかけた陰茎を信夫の産道から引き抜き、ゴムサックを外してズボンとパンツを上げ直した。

  彼女の圧迫感がなくなった直後、腹の奥からまた別の圧迫感が押し寄せてきた。押し広げられた子宮口が更に広がってくる。絶え間なく押し寄せる収縮は、誰に教わるでもなく命を外へと押し出してゆく。

  「さぁ、頭が出てきたわよ」

  菜々緒の優しい声が聞こえた。大きな命の塊が産道が収縮する度に外に出入りしている。

  「今はまだ排臨だからもう少しかかるわ。頑張ってちょうだい」

  排臨で何度も前立腺は押し潰され、その度に信夫の陰茎からは噴水のように精やカウパーが吐き出された。暫くすると、モニターに映し出された胎児はぐるりと身体を旋回させて頭を外に晒しはじめた。

  「発露の段階ね。収縮のタイミングに合わせてうんと力むのよ」

  信夫はこくこくと頷いて「その時」を待った。

  「さぁ、うんと力んで!」

  「んゔぃぃぃッ・・・・・・・・・・・・!!」

  信夫は菜々緒の手に縋るように掴みながら、唸り声をあげて腹の底に力を込めた。菜々緒や医師の合図で何度も。何度も。

  「さぁ、もう一踏ん張りよ。頑張って!」

  部屋の外では依頼者の夫婦が固唾を飲んで見守っていた。

  「んい″い″ぃぃぃぃ──────ッ!!」

  喉を潰さんばかりの唸り声の後に、腹に抱えた重みと熱がぬるりと外へと滑り出るのを感じた。そして、一瞬の間を置いて産声が響き渡った。

  「おめでとう、無事に産まれたわよ」

  菜々緒の手で抱き上げられた赤ん坊が、信夫の胸に手渡される。自分の産道に向かって伸びていたへその緒がパチンと切られ、名残としてぶら下がる。

  「初乳を飲ませてあげて」

  菜々緒に促されるように、赤ん坊の口元に乳首を当てがってやると、誰に教わるでもなく吸いはじめた。その刺激を受けた身体は、赤ん坊に初めての食事を与え始めるのだった。

  「まだもう1人いるわね……少し休憩したら始めるわよ」

  1人目が押し広げた産道を2人目が滑り降りてくるのを感じると、全身の倦怠感はどこかに消え、信夫の身体は2人目を産む体勢を始めた。身体が覚えた呼吸とタイミングに合わせて、程なくして産声が響き渡った。身体を綺麗に拭かれ、へその緒が断ち切られて胸元に手渡される。さっきまでお腹の中で繋がっていた者たちが、今はこうして両腕に抱かれている事実に、信夫はたまらず笑みと涙が溢れるのだった。

  「初仕事」と『箱舟』の感染騒動がひと段落を見せた信夫は、ビデオ通話で近況報告を行なった。

  「まさかここまで大手柄を立てるなんて思わなかったよ!上手くいけば来月号の記事になるかな」

  「ありがとうございます。それでなんですけど・・・・・・」

  「ボーナスの話なら少し話を急ぎすぎだぞ」

  信夫は少し間を置いて、きっぱりと答えた。

  「俺、ここの専属記者になろうと思います」

  「確かに代理母胎の処置を受けて、実際に産んだと報告が上がったが、なんでまた急に」

  「1人でも多くの方にこの施設の良さを広めたいと思ったんです。お世話になった若松夫妻からも『是非とも』と言われてます」

  「成程な・・・・・・つまり転職がしたいと」

  「そうなりますね。長い間、お世話になりました。荷物はまた日を改めて挨拶に来た時に──」

  「そう焦るんじゃない。何も辞める必要は無いんじゃないか?ただ、拠点がそっちにも増えるだけで。いわば我が社常駐の記者ってやつだ」

  信夫ははっとした表情を浮かべた。

  「給与体系は後々詰めてく必要はあるだろうが、今よりもっと忙しくなるのは覚悟しろよ」

  「はい。ありがとうございます!」

  後日、『豊満舎』と『箱舟』の間で常駐記者に関する取り決めが結ばれた。それは定期的に発行している情報誌の編集や配布を行う部署として設けられ、数人のスタッフと共に業務に携わる事になった。記念すべき第1号は『箱舟で発生した謎のウイルスとその特効薬』についてとなった。

  ウイルス騒動からおよそ1年後、信夫は若松夫妻に連れ添って廊下を歩いていた。そのお腹は大きく膨らみ、ずっしりとした重さを孕んでいた。

  「毎回のようにやっていた事だけれど、やっぱり緊張するわねぇ……」

  「自分もです。まさか3人揃っての代理出産実演だなんて思いませんでしたよ」

  「ここまで来ると、信夫君とは長い付き合いになりそうだね。さ、着いたよ」

  部屋の周りにはこの施設で子供を授かりたいと考えてる人だけでなく、自ら産む事を望んだ人達が期待と緊張の眼差しで満ちていた。3人はそれぞれ衣服を脱いで分娩台へと腰を落とした。定位置に着いたのが確認されると、司会がピンマイクで説明を始めた。

  そして、3人の孔に挿入されたプラグから陣痛を促す電流が走り、スタッフの手によってプラグが引き抜かた。ぼっかりと空いた孔からとめどなく羊水が溢れ、陣痛が始まった。

  「やっぱり、凄く、痛いですね・・・・・・!」

  「こればっかりは慣れることは無いわね」

  「慣れる必要は無いさ。僕らは命と未来を預かってるんだからね」

  司会と観衆たちの声を遠くに、スタッフや医師の指示に耳を傾ける。リズムと呼吸を合わせて、少しずつ、また少しずつと命を外へと送り出してゆく。

  やがて3人分の産声と共に、割れんばかりの拍手が分娩室に響き渡るのだった。