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ユウのたからもの

  「メリークリスマス!」

  「ああ、メリークリスマス」

  オレは高らかにそう宣言しながら、手にしていたワイングラスを掲げて見せる。そこにもう一つのワイングラスが、控えめに重ねられた。チン、と小さな音と共に中の液体にゆっくりと波紋が広がる。いつもより少し薄暗い室内の灯りをうけて、液体は琥珀色の影を手元に落としていた。うっすらと窓の向こうから聞こえてくるクリスマスソングと、机の上に揺らぐ蝋燭の灯り。蝋燭に照らされて伸びる大きな影も相まって、部屋の中はさながら異世界のようだ。普段と違うその雰囲気に俺は思わず笑みをこぼしながら、ワイングラスを口元へと運ぶ。ふわりと漂うブドウとアルコールの香り。口をつける前に軽くゆすってさらに香りを立たせる。先ほどよりもスパイシーな香りがする、気がした。ニオイの違いは、犬獣人である俺にはよくわかる。だがその良し悪しとなると話は少し変わってくるのだ。

  「うーん、酒のニオイ」

  オレの言葉に正面に座るヒューマンの男が笑う。

  「そういわれると身も蓋もないな」

  確かにその通りなのだが、オレはそもそも酒にそこまで強くないのだ。ワインに触れる機会もなければ、知識もない。このニオイの違いを何と表現すれば、彼には伝わるのだろう。

  「なんかこう……にゅっとした感じの後にぴり、ってくるよね?」

  「わからん」

  なんとか表現しようとするオレの言葉に彼は声をあげて笑った。すっかりムードはなくなってしまったが、それでもかまわない。目の前の彼が笑ってくれる、その笑顔を一番近くで見れる。これ以上の幸せはオレにはないのだ。

  「じゃあリョージは説明できるの?」

  少しすねたような顔で言ってみせる。とはいえ口の端が少し笑顔になるのをこらえることはできない。

  「俺が酒に詳しいわけないだろう」

  そう言って彼――鈴城良治(すずしろりょうじ)はワイングラスに口をつけた。ゆっくりとグラスを傾け、その中に入っている液体を少しだけ口に入れる。

  「そうかな……ペンションの事件の時にワイン見てなかったっけ」

  「一般教養レベルだよ」

  オレ――箱辺柳(はこべゆう)とリョージは、少し前に偶然迷い込んだペンションで事件に巻き込まれている。その時にワイン蔵に入る機会があったのだ。はっきり覚えているわけではないが、リョージはワインを見ながら珍しいモノだとか呟いていた気がする。それを一般教養と言われてしまうと、それも知らないオレはどうなるんだ、という気もするけれど。リョージはそういう博識なところもカッコいいので、オレに不満はなかった。

  「そういえばレンのプレゼントは?」

  リョージがワイングラスをテーブルに置いて辺りを見渡す。場所は慣れ親しんだ我が家のリビング。そこに、一メートルくらいの家庭用のクリスマスツリーが飾られていた。非日常の存在であるそのツリーは、青と白を基調にしたオーナメントと、巻き付いたLEDライトが放つ優し気な光で存在感をいや増している。だがその根元にプレゼントが置かれている様子はない。

  「あ、オレの部屋に置いてあるよ。レンが寝付いたら枕元に置こうと思って」

  オレとレンの兄弟がリョージに引き取られたのはおおよそ十年前。その頃のレンはまだ小学校に上がりたてで、クリスマスにはサンタがくるからと早くベッドに入っていたのを今でも覚えている。当時からの習慣で、クリスマスプレゼントは今でも枕元に置くのが常だった。

  「ホントは早く使いたかっただろうけどなぁ」

  リョージは苦笑しながらワインを手に取ると、もう一度口をつける。今年のレンのクリスマスプレゼントはノートパソコンだ。本人が欲しいと言っていた機種で、スペックもいいモノを選んでいるから、プレゼントとして外してはないだろう。特に今年はクリスマス直前に大口の仕事が二件入ったこともあり、急遽プレゼントの選定・購入に至った経緯がある。レンにとってもいいサプライズになるのではないだろうか。

  「まあこれから沢山使ってもらえばいいよ」

  「それで、今日はレンは友達の家だったか」

  オレは目の前のテーブルに並んでいるサラダボウルに手を伸ばす。トングを使いその中身を皿に取るとリョージへと手渡した。好みの問題があるのでドレッシングは瓶のまま別に添えておく。

  「ああ、うん。ほら、ソウガくんとこらしいよ」

  自分の分のサラダを取りながら、オレは今朝レンと話した内容を思い返す。前々から友達とクリスマスパーティーをする、という話は聞いていた。その相手が、直近の依頼の関係者である禰寝蒼牙(ねじめそうが)くんらしい、というのは今朝になって知ったことだ。

  「ああ……そういえばソウガくんは一人暮らしだったな」

  ソウガくんはレンのクラスメイトのワニ獣人である。まだ高校生でありながら、しっかりと収入を得て自立した生活をしているとのことだ。確かにそこなら男子高校生が集まってクリスマスパーティーをするのに向いているといえるだろう。

  「でもソウガくん、噂ではだいぶ儲けてるんでしょ? 今頃ごちそう食べてるのかなあ……」

  思わずオレはそうつぶやいた。今テーブルの上に並んでいるのはほとんどが俺の手作りで、チキンだけは出来合いを温めたものである。とてもごちそうとは言いづらい。

  「……美味いよ、お前の料理は」

  リョージがフォークでミニトマトを突き刺しながらそう言ってくれた。その視線がこちらに向かないのは照れているからだろうか。

  「サラダはレタスやトマトだけじゃない、スプラウトや豆類を入れて見栄えや食感、栄養も考えてくれてるし、こっちのタンシチューだって長く煮込んでくれてるんだろう。ニンジンも星型にして飾り切りまでしてある。ミートローフもクリスマス仕様だ」

  リョージは指先で、ミートローフに刺してあるサンタの飾りをつついた。星を抱えたサンタの飾りは、蝋燭の光を反射して穏やかに微笑んでいる。

  「どれもこれもちゃんと俺のことを考えて、手間と時間をかけてくれてるんだろ。これ以上のごちそうはないよ」

  そっと目を伏せ、リョージは微笑んだ。たぶん、リョージは今とても恥ずかしいのだろう。照れた顔をしているし、薄暗い中でも耳まで真っ赤である。それにさっきから絶対に目を合わせてくれない。それでも、その言葉がオレは何よりも嬉しかった。リョージが少しでも喜んでくれたらと、リョージが少しでも日ごろの疲れを落としてくれたらと、考えて色々仕込んだことにすべて気が付いてくれていたのだ。

  「……うん」

  だけど俺も気恥ずかしくて、そう返すのがやっとだった。リョージの心遣いが嬉しいのに、ちゃんとありがとうって言いたいのに。ただ、尻尾だけは押さえようもないほどにブンブンと振ってしまっていた。

  「あ、そ、そうだ。クリスマスプレゼント!」

  本当はもっとこの話を続けたいけれど、たくさんリョージに褒めてほしいけれど。その思いとは裏腹に、オレの口からは話題を変える言葉が出た。そして口にしてしまった以上もう後には引けない。オレは上着のポケットに入れっぱなしにしていた小さな箱を取り出して、そっとテーブルの上に置いた。そのままそっとリョージの方へと押しやる。

  「開けていいのか?」

  リョージはそれを受け取り自身の方へと引き寄せる。何かを確かめるように、箱を持ち上げてためつすがめつ確認していた。

  「もちろん!」

  いつもはリョージが気に入りそうな日用品を選んで送っていたクリスマスプレゼント。今年はちょっとだけ気合を入れた。少しだけ、関係が変わることを期待して。

  「なんだかえらく豪華じゃないか?」

  リョージが丁寧に包み紙をはがし、中から紙箱を取り出す。その中にはベロア加工された小さなケース。それを手にしてリョージは少しだけ不安そうな顔をこちらに向けた。確かにこのケースを見て真っ先に思いつくのは指輪だろう。だがリョージがそういったものを身に着けないのは知っている。だから今回は別のモノ。

  「お、タイピンか」

  リョージが箱を開けて中を覗き込んだ。小さなターコイズが付いたシロモノである。普段スーツを着ることが多いリョージなら、ずっと身に着けていても不自然ではないものを選んだつもりだった。

  「……お前の目の色と同じだな」

  リョージがタイピンを眺めながら微笑んだ。何も考えず「魔除けになる」と聞いたので選んだ石だったが、確かに言われてみればそうだった。

  「お守りだな。ありがとう」

  今まさに締めているネクタイを、リョージはそっとそのタイピンで挟み込んだ。渋いグリーンのネクタイに青い石がよく映えている。

  「しかしいつの間に買ってきたんだ?」

  不思議そうに尋ねるリョージに、オレは思わず視線を逸らした。確かにここ数日はレンのクリスマスプレゼントを準備していたり、年末に向けて事務所の掃除をしていたりと別行動をする機会は多くなかった。あっても近所のスーパーに出向くくらいで、アクセサリーを買う余裕はなかったといっていいだろう。

  「あー……こないだの『ねじれめ工房』の依頼のちょっと前に」

  本当はもっと早く渡しても良かったのだけれど、結局クリスマスに合わせる形をとったのだ。

  「そうか、ありがとう」

  リョージの言葉にオレは嬉しくてまた尻尾を振ってしまう。

  「お前は、本当にあれでいいのか?」

  「うん、もちろん」

  リョージの困り顔に、オレは満面の笑みで返す。「あれ」とはこの間二人で買いに行った入浴グッズ――入浴剤や毛皮手入れ用のオイルにブラシなどのセット――である。あの事件からこっち、リョージはオレに背中を洗わせてくれることが増えた。おかげで最近は充実した入浴ライフを送っている。

  「新しいドライヤーとかでもよかったんだぞ?」

  メインディッシュのチキンの照り焼きを手に取ると、おもむろにそれにかぶりつく。じゅわり、と肉の脂が口の中に広がった。口元の毛皮が少し汚れるがこればかりは仕方ないだろう。このうま味の洪水には抗えない。リョージもそれを見て、同様にチキンを自分の手元に引き寄せた。

  「うーん、まだ今のが使えるしねえ。レンが古いのじゃ困るって言い出したら新調しようよ」

  もぐもぐと肉を咀嚼しながらオレはそう答えた。少し行儀が悪いのは許してほしい。

  この家はもともとリョージが一人で暮らしていた家である。そこに俺たちハスキーとユキヒョウの兄弟が転がり込んだものだから、一番困ったのはドライヤーだった。風呂上り、全身用のドライヤーを使うのが獣人にとっては一般的である。だがヒューマンであるリョージの家に全身用のドライヤーはなかったのだ。慌てて工事が要らないタイプを導入したものの、当時から見ても型落ち品だった。そのドライヤーをいまだに使っているせいで、どうしても全身の乾燥には時間がかかる。だがその大きさの都合上どうしても値が張るし気軽に買い換えられるものでもない。それを今、買い換えてもいいとリョージは言ってくれているのだ。

  「オレ、お風呂好きだからさ。ちょっと時間かかるくらい良いよ」

  別に下心はない。リョージと一緒に入れるから好きだと言っているわけではないのだ。一人風呂の良さを、オレはよく知っている。

  「それよりさ、今日もこの後一緒に入っていい?」

  ――もっとも、一緒に入る方が好きに決まっているけれど。

  [newpage]

  そうやって穏やかに食事時間を過ごしたのが、おおよそ四時間ほど前。今俺は、葛藤の渦の中にいた。

  「ん……」

  オレの腕を枕にして、リョージが小さくうめく。目が覚めたのかと思って顔を覗き込むが、いまだ穏やかな顔で寝息を立てていた。

  ここはオレの部屋、オレのベッド。珍しくワインを飲んで酔ったリョージが、オレの腕を枕にオレの胸の中で寝ている。無防備にも、白いTシャツと、伸びて生地が薄くなったボクサーパンツのみの姿で。

  (生殺し……!)

  声に出すこともできず、だが胸の内に留めておくこともできず、オレは声なき声で叫びをあげた。

  発端は風呂上がりのこと。例に漏れず一緒に入って背中を流しあい、ドライヤーで全身を乾かしていた時のことだ。

  「それじゃあ、先に寝るぞ」

  といってふらふらとした足取りで階下の事務所へと向かおうとしていたリョージ。俺はそれを引き留めた。思えば俺も酔っていたのかもしれない。思わず言ってしまったのだ。

  「たまには、一緒に寝ない?」

  と。

  リョージは普段から事務所で寝泊まりしている。応接用のソファを、夜はベッド代わりにしているのだ。もう十年もそういった生活だから本人は何も思っていないようだが、オレとしてはたまにはベッドで寝てほしい。だからそう声をかけたのだ。誓ってもいい。最初はベッドをリョージに譲る気だった。俺が床でも、なんならレンの部屋を借りてもいいと思っていた。だけどリョージが。

  「そうだな、久しぶりに一緒に寝るか」

  酔ったリョージがそう言ったのだ。そんな甘言に飛びつくなと言われても無理な相談である。オレは慌ててドライヤーのスイッチを切った。尻尾の先に少しの湿り気を感じるが気にしている余裕はない。慌てて自分の部屋に飛び込み不都合なものをベッドの下に押し込んで、リョージが部屋に入れるように片づける。

  「んじゃ、お休みな」

  だがリョージは部屋に入るなりベッドに飛び込んでそういった。甘いピロートークを期待していたわけではないが、一抹の寂しさを覚えずにはいられない。せめて、とその首の下にオレは自分の腕を差し込んで、彼の枕とした。その存在に気づいたのか、リョージは目を閉じたままオレの方に手を伸ばし胸をやさしくポンポンと叩いて。そしてそのまま意識を手放したのだ。

  そこから一時間弱。オレはずっと本能と理性のはざまにいた。肌寒いのか、オレの毛皮に身を寄せるようにリョージはオレの腹や足に手足を絡みつかせている。オレは寝るときは下着一枚しか身につけないから、手触りがいいのだろう。だがそれは俺からすれば興奮材料以外の何物でもない。このまま襲ってしまおうか、と何度も考えた。

  かつて一度、リョージの寝込みを襲ったことが――襲ってしまったことがある。どうしても抑えきれず、寝ているリョージのイチモツにむしゃぶりついたことがあるのだ。その時はリョージに、オレの口で気持ちよくなってもらった。ずっと彼は寝ていたようだったけれど、あれは寝たふりだったのではないかと思っている。おそらくオレに気を使ってくれたのだ。でも、だからこそ。またそれを繰り返すような真似は避けなければと思っている。

  オレはリョージが好きだ。世界で一番好きだし、他の男なんか目に入らない。もちろんカッコいいヒトは世の中にたくさんいるけれど、リョージはそういうのとはまた違う。他のヒトたちは同じ目線に立っているのに対し、リョージはオレにとっての太陽なのだ。売り言葉に買い言葉でケンカをしたり、思わず拗ねてしまうことだってある。正直子供っぽいなと自分で呆れることだってしょっちゅうだ。それでもやめられない。リョージに対する想いは募る一方だ。

  キスをしたい。抱かれたい。手をつなぎたい。頭を撫でてほしい。顔を見ていてほしい。名前を呼んでほしい。ずっとずっとそばにいて、辛いことも苦しいことも分け合いたい。人生を、存在を分かち合いたい。――一つになりたい。

  「名前、読んでほしい」

  思わずポツリとつぶやいた。

  「……ユウ」

  リョージがそれに応えてくれる。顔を覗き込むが、起きた様子はない。オレが寝たふりを見抜けていないのか、あるいはただ寝ぼけて無意識で反応しているのか。オレはリョージの首元に腕を絡め、そっと彼を抱き寄せた。その体温がじんわりと毛皮越しに感じ取れる。リョージも心地よいのか先ほどより身体を寄せてきている。リョージのニオイが、石鹸やシャンプーの甘い香りに交じってオレの鼻腔をくすぐる。

  「……ッ」

  オレは思わず自身の股間を握りしめた。リョージのニオイに反応して、硬くなった肉の塊。それを彼にこすりつけるわけにはいかない。オレは身体をひねり、リョージを片手で抱きしめながら自身の身体を天井へと向ける。これでオレの股間がリョージにぶつかることはなくなった。もっとも、その間の刺激だけでそれはすでに臨戦態勢になっている。唯一身につけているビキニを突き上げ、先端はすでにじんわりと濡れ始めていた。そっと頭を持ち上げて視線をやれば、持ち上げられた下着の隙間から自身の怒張に絡みつく血管が見えている。

  (……起きないでね)

  オレは小さく呟くと、そのままの姿勢で空いた手をベッドの下に差し込んだ。先ほど慌てて押し込んだ「不都合なもの」を引っ張り出してくる。それは、一枚のケツワレだった。

  以前リョージが”捜査のために”発展場に潜入した後のこと。洗濯ものをまとめていると、このケツワレがポケットにねじ込まれていたことに気が付いたのだ。悪いとは思いつつも、ニオイを嗅いで持ち主を確認した。これは間違いなく、リョージが穿いていたものだ。そう気づいてから、オレはそれを洗濯に回すことなく自分の部屋に持ち帰ってしまった。私物としては持っていなかったはずだから、おそらく発展場内で購入したかなにかだろう。それはわかっていても、その時オレは興奮するのを止められなかった。

  ケツワレから漂うのはリョージの香り。汗や体臭にまじって、誰のモノともつかない精液のニオイもかすかにしていた。これはすぐに薄れたから、おそらく直接かけられたようなものではない。つまりリョージが中でセックスをしたわけではないということだ。それでもリョージが身につけていた下着だと思うだけでオレはどうしようもないほどに興奮し。気づけば自分の手は白濁で汚れていた。

  その後それを返す勇気もなく、なんなら手放すこともできず。宝物としてずっと隠し持っていたのだ。それを今、改めて引っ張り出した。すぐ隣にリョージ本人がいるけれど、下着だけあってそのニオイの濃さは格別である。これを使って、リョージが気づく前に素早く自身を処理してしまおうと思ったのだ。

  一応断っておくけれど、オレは別にニオイフェチではない。ただニオイに敏感だから、ニオイでリョージの存在を身近に感じやすいというだけだ。ニオイそのものに興奮しているわけではない。違うったら。

  「はっ……」

  オレの右腕はリョージの首の下で枕になり、そのまま肩を抱いているから使うことはできない。左手は今ケツワレを掴んでいるが、この後はオレの欲望を握る役目がある。だからこのケツワレは――鼻先にのせるしかない。オレはそれを鼻先にかぶせるように乗せると、意識して大きく鼻から息を吸い込んだ。

  「ううううぅぅぅ……」

  そのニオイに思わずくらくらとする。好きな男の体臭がオレの脳を揺さぶってくれる。リョージは元来体臭が強いほうではない。なんなら汗をかいた後でもそのニオイはほとんど感じないくらいだ。通常の犬獣人よりも嗅覚が強いオレだからこそリョージのニオイを感じ取れるが、おそらくユキヒョウのレンでも普段のリョージのニオイをかぎ分けることは困難だろう。

  それでもこのケツワレのニオイは特別だった。うっすらと漂う新しい布のニオイの奥に、リョージのニオイが隠れている。それはオレにしてみれば、花よりもかぐわしい甘美なもの。ああ、本人がこうしてオレの顔の上に股間を乗せてくれたら。そうしたらオレは手を触れることなく絶頂に達するだろう。

  「あ、ああ……」

  だが現実はそうはいかない。オレは布のニオイを嗅ぎながら、ようやく解放された左手で再び自らの股間を握りしめた。焼けた鉄のように硬く熱い。自分でもここまで興奮している状態を確認するのは久しぶりである。指先が亀頭の先端をとらえ、布越しにあふれる先走りをゆっくりとすくい上げた。口元に持ってこようと思ったが、今オレの鼻先はリョージのニオイに包まれている。ここに自分のニオイを混ぜたくはなかった。持ち上げた手を再び自分の股間に持っていくと、ビキニの隙間からそっと手を隙間に差し込んでいく。ガチガチになった根元からなぞるように先端へと手を滑らせて。

  「あぁ……」

  その刺激に思わず声が漏れる。声を出しちゃダメだと分かっていても、隣にリョージの熱を感じ、鼻先でリョージのニオイを嗅いで、熱く滾った欲望を撫で上げているこの状況。興奮するなと言われても無理な相談だ。

  オレは意を決してビキニの端を掴むと、そのままぐいと引きずりおろした。怒張した竿と、その下にぶらさがる玉がごろんとまろび出るのを感じる。冷たい空気の中に、熱を発する肉の柱。こんな状況、リョージに見つかるわけにはいかない。

  そっと隣に視線を向けるが、リョージは穏やかな表情のまま変わらない。とても静かに眠るこの男が愛おしくてたまらなかった。触れたくなるその思いをぐっとこらえ、その分自らに沿わせた左手を動かす。どろりと垂れてきた先走りを指に絡めるとそのまま先端に塗り広げる。裏筋を通り、カリをなぞりながらぐるりと手を一周させ亀頭全体を包み込む。くちゅ、と小さく濡れた音が響く。大きな音を立てないようにゆっくりと、握るようにして自分の先端を刺激する。

  強く息を吸い込めばリョージのニオイが。腕に力を籠めればリョージの熱がオレに伝わる。リョージを全身で感じながら、オレは左手に力をこめる。強い快感が腰から拡散するように広がり、思わずオレの脚がピンと伸ばされた。

  「はっ……あ……」

  どれだけ声を我慢しても、息遣いはどうしようもない。荒くなってくる息を、それでもなんとか小さくしようとオレは必死で小刻みに呼吸する。だが早すぎてもそれはやはり不自然で。だったらさっさと終わらせてしまおうと、オレは左手を前後に動かし始めた。亀頭全体を包んだまま、先走りの滑りを使って前後にこする。気持ちよすぎて、尻尾がはじけそうなほどに硬直している。このまま続ければ一分と持たずオレは絶頂に達するだろう。左手と腹周りがベトベトになってしまうかもしれないが、それは後で洗いに行けばいい。一晩あればきっとそのチャンスはあるだろうから。

  「んぅ……」

  だが突然、オレの手に何かがぶつかってきた。リョージの肩を抱いている右手ではない。オレの欲望を受け止めようとしていた左手だ。亀頭を握る左手。その甲にそっと何かが乗せられている。緊張と興奮で今にも心臓がはじけるのではないかと思うほど胸が高鳴っている。なんなら痛みすら感じるほどのそこを必死に収めながら、オレは小さく頭を上げた。股間を覗き込むと、そこには二本の手が伸びている。一本は言うまでもなくオレのもの。先ほどまで快感を与えてくれていた左手。そしてそこに重ねられているのは、リョージの右手だった。

  「りょ……」

  思わず名前を呼びそうになって、その続きを飲み込む。耳元からはまだ寝息が聞こえてくる。リョージは寝ている。気づかれてないのであれば、このままそっと手をどかせば再び俺は快楽に溺れられる。いや、それよりも。

  「……ッ」

  俺はゆっくりと手を動かし、リョージの右手の下から慎重に自分の左手を引き抜いていく。軽く左手を傾け、リョージの右手が少しずつ滑り落ちるように。速度と、位置をうまく調整して。

  「はぁっ……」

  リョージの手が音もなく下にずり落ちる。それはつまりオレのチンポの上に、ということだ。リョージのゴツゴツとした大きな手が、俺のチンポの上にある。そう思うだけで勝手にオレの息子はビクビクとリョージの手の中で跳ねまわる。これではまるで二本目の尻尾だ。

  ぬちゃり、と湿った音がリョージの手の中から聞こえる。それと共にオレを襲う強い快感。一人でするのとは違う、他人に触れられる快感。そう、オレは自分のモノを他人に触られるのが初めてなのだ。しかもそれがリョージなのである。これほどの喜びは他にはない。

  「ああ……リョージ……」

  俺は嬉しくて思わず名前を呼ぶ。その声は明らかに震えていたし、何なら涙すら流してしまっている。自分で自分の感情がコントロールできない。あふれる思いが涙となって、嗚咽となって漏れ出してしまう。

  「リョージ……ッ」

  ぐ、と俺のチンポの上にある手に力が込められた。起こしてしまっただろうか。それとも――

  「あっ……」

  ぐり、と手が動く。これは間違いなく、意思をもった動きだ。慌てなきゃいけないのに、誤魔化さなきゃいけないのに。俺はリョージの手によって与えられる刺激で、全身が強ばっている。指一本動かすこともできず、ただ耐えるので精いっぱいだ。

  「……ギンギンだな」

  横目でちらりと見るが、リョージの目はまだ閉じられている。だが先ほどまでの寝息はもう聞こえていない。間違いなく起きて、そして俺のチンポを握っている。

  「ご、ごめん」

  とっさに謝った。何に対してかはわからないが。

  「若いってことだろ。ほら、だしちまえ」

  言いながらリョージは先ほどよりも激しく手を動かす。

  「あっ、はっ、んっ!」

  もう声を殺す必要もない。俺はリョージの肩に回している右手に力を込めて愛する男を引き寄せる。素早く左手を顔に伸ばし、かけっぱなしにしていたケツワレを取り去った。気づかれなかっただろうか。

  「……それ、俺が穿いてたヤツだろ。ケツワレ、だったか」

  いや、しっかりバレていた。

  「まあもう穿く気はないから別にいいが……。下着のニオイを嗅ぐのは変態みたいだしどうかと思うぞ」

  リョージは手の動きを止めずに呆れた口調でそういった。だがその言葉に、俺は思わず興奮を覚えてしまう。リョージの手の中で硬く、強く跳ね上がり、さらに体液を吐き出していく。

  「なんだ、変態って言われたら硬くなったな?」

  リョージの目がうっすらと開く。その瞳にはいたずらっぽい光が宿っていた。

  「おれ、そんなんじゃ……」

  「そうか? 俺が隣で寝てるのに、オナニーなんて始めて。バレるかもって思って興奮したんだろ。変態め」

  ニヤニヤとした笑いを浮かべながらリョージが俺の顔を覗き込んでくる。違うと言いたいが、リョージに変態と言われるたびにオレのモノはびくびくと震えてしまう。

  「あっ、んんっ!」

  リョージの言葉を耳元で聞きながら、オレは一気に絶頂へと向かい――

  「おっと」

  リョージの手がすっと離れた。硬くそそり立ったオレの肉棒が、大きく跳ね上がり俺の腹筋を叩く。

  「あ……」

  イかせてもらえると思っていたのに、不意に刺激がなくなりオレの快感は宙ぶらりんになる。思わずすがるような視線をリョージに向けた。

  「変態にはお仕置きがいるだろ?」

  いたずらっぽく笑いながらリョージが俺の耳を軽く食む。予想外の行動に、オレは体をこわばらせ、小さく声を上げた。我慢できなくて、オレは左手を自分の股間に伸ばす。

  「ユウ、ダメだ。左手はこっちだ」

  リョージは体を起こし、オレの右腕の上に身体を預ける。そのまま左手をオレの頭の後ろに通し、小さく手招きした。オレの左手を求めているのだろうと、そっとその手を掴みに行く。リョージがガシッとオレの手を掴んだ。思わずそれを掴み返す。手をつないでいるだけで、こんなに幸せなのに。リョージの手は、再び俺の股間に伸びてくる。

  「リョージッ……」

  再び与えられる――いや、先ほど以上の快感。先端だけを丁寧にぐりぐりと弄ばれる。

  「すごっ、リョージっ、きもちいっ……!」

  亀頭だけを重点的にこねるように刺激され、オレは必死に首を振って耐える。その手を抑えに行きたいが、左手はつながれているし右手はリョージの身体の下だ。これでは甘んじて受け入れるしかない。

  「ああ、一緒に暮らしてるオスがこんな変態だったなんてなあ」

  リョージは耳元で意地悪に囁く。オレは嬉しくて、自由に動く尻尾をぶんぶんと振り回した。

  「ああ、ごめんなさい。おれ、変態でごめんなさい……」

  そう言いながらオレはリョージの首筋に鼻先をうずめる。鼻から息を吸い込んでリョージのニオイを堪能する。

  「嫌いになっちまいそうだなあ」

  「やだ、嫌いになっちゃ、やだぁ」

  オレはかろうじて動く右手でリョージの肩を抱き寄せ、強く抱きしめる。リョージもまたそれにこたえるように、オレの首に回した左手で抱き返してくれた。

  「リョージ……嫌いにならないで」

  オレの言葉にリョージが笑う声が聞こえる。

  「そうだな……なんでも素直に話してくれるヤツが好きだぞ」

  少し考えて、リョージはそう言う。そして同時に、オレの亀頭に触れた手が再び動き出す。

  「気持ちいいのか?」

  「気持ちい……リョージの手、気持ちいい……」

  恥ずかしいが、リョージに続けてほしくて、嫌われたくなくて、オレは必死で声を絞り出す。両手をしっかりと抑え込まれ、動くのは下半身だけだ。もっと気持ちよくしてくれと言わんばかりに、オレは自分から腰を突き上げる。

  「お、腰が動き出したな。誰かに振ったことあるのか?」

  リョージの言葉にオレは首を振って否定する。そもそも誰かに触られるのも初めてなのだ。誰かを抱いたことなどあるわけがない。

  「じゃあ童貞卒業は俺の手か」

  「うんっ、嬉しい、リョージの手で卒業できるの、嬉しい!」

  オレは顔を離し、リョージの目を覗き込む。リョージもまた優しい瞳で見つめ返してくれた。オレはリョージの顔を見ながら腰を振り、リョージの手に向かって何度も自身をこすりつける。

  「俺のこと好きなのか?」

  「好き、愛してる! 童貞も、処女もリョージにもらってほしい!」

  快感と興奮でわけがわからなくなり、オレは思ったことをすべて口から垂れ流す。

  「そっか、俺も愛してるぞ」

  リョージはそっと顔を近づけて、俺の鼻先にキスをしてくれる。

  「あっ、あっ、あっ!」

  どうしようもない興奮で、見る間に俺の股間に力が入る。ぐっとチンポが太くなり尿道が開き――

  「我慢出来たら、ケツもしてやるぞ」

  リョージがオレにキスを落としながらそう囁いた。

  「やだ、むり、でちゃう、出ちゃう、イクッ!!」

  びたっ! と大きな音がして俺の精液が俺の顔にたたきつけられた。さらに第二射は頭を超えてヘッドボードへ。

  「ああ、あああ……」

  どうしようもない快感にオレは涎を垂らしながら脳髄まで溺れていた。

  「我慢できなかったか、じゃあケツは次回だな」

  リョージが舌を突き出し俺の口の中にねじ込んでくる。オレはそれに舌を絡め返すこともできず――

  そこでオレの意識は途絶えた。

  [newpage]

  「ん……」

  気が付けば朝になっていた。体を起こそうとして、腕の重さに気づく。右を見れば、リョージの寝顔がそこにあった。

  「あっ!?」

  昨夜のことを思い出し、オレは身を硬くする。

  そうして一人で騒いでいたからか、リョージの目もうっすらと開いた。もともとパッチリとした目ではないが、寝起きはさらにぼんやりとした目になっている。

  「りょ、リョージ、おは、おはよ……」

  「ああ、おはよう」

  リョージが目をこすり、再び目を閉じた。まるで自然体だ。昨日の夜あんなことがあったのに――あったのか?

  オレは思わず自分の顔を触る。記憶が正しければオレは自分の顔に射精したはずだ。だがその形跡はそこにはなく。かわりに、鼻先にケツワレが引っかかっていた。

  「えっ!?」

  慌ててそれを外し、後ろ手に隠す。

  「隠すのはそれだけでいいのか」

  リョージが目を閉じたままつぶやいた。オレは恐る恐る自分の股間に手を伸ばす。朝だからか、それとも昨夜何も吐き出さなかったのか。俺の肉棒は下着から飛び出し、しっかりと天を衝いていた。

  「あっ……」

  「若いっていいよなあ」

  慌てて下着の中に詰め込むが、俺が愛用しているのはビキニ型の下着である。勃起したままではほとんど隠れていないようなものだ。

  「あ、あの、昨日の夜……」

  オレの記憶では、確かにリョージに責められた。彼の厚い手が俺の竿をいじり、亀頭を責め、射精に導いてくれた。言葉で責めて、キスをして、尻の約束までしてくれた。だがそれは――

  「ワイン飲んで二人で寝たんだろ。さっきの、あー……ケツワレ、だったか。あれひょっとして……」

  リョージがようやくうっすらと目を開く。眠気が覚めてきたのか、俺が色々隠すのを待ってくれたのか。おそらく両方だとは思う。

  「あ、な、なんでもないよ! あれはオレの――」

  クリスマスの朝。どうやらオレは最高の夢を見ていたらしい。

  「オレの宝物だよ!」

  そう言って、オレは誤魔化すようにリョージに抱き着いた。リョージは露骨にため息をついて、オレの背中に手を回してくれる。愛情表現、というよりまだ寒いのかもしれない。オレはリョージを包むように抱きしめて、その上から布団を羽織る。

  こん、と小さな音が後ろから――オレの後頭部のあたりから聞こえた。リョージの手が枕元の何かに触れたらしい。

  だがその正体を探るのは、もう少しこの体温を味わってからにしよう。

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