「ふぅ……やはり適度な『休息』は必要だね。脳のシナプスがかつてないほどスムーズに繋がっていく」
ドクターキマイラは、満足げな表情でモニターを見つめていた。足元では、役目を終えたラビリス(ウサギ×リス)が、心地よい疲れの中で丸くなって眠っている。
ドクターの視線は、地上の人間社会の様子を映し出すモニターに向けられていた。そこには、とあるアイドルグループのライブ会場で、色とりどりのペンライトを振り回し、絶叫し、涙を流して熱狂する何万というファンたちの姿があった。
「見てみたまえ。この凄まじいエネルギーの奔流を。
時間も、金も、精神も、全てを対象(推し)に捧げるこの献身的な姿勢……。これこそが、我々エヴォリュートが求める『忠誠心』の究極形ではないか?」
ドクターは白衣のポケットから、一枚のプロフィール写真を雑に取り出した。
「だが、彼らの愛を向ける先が間違っている。その熱狂は、偉大なる大首領にこそ捧げられるべきだ。
……そうだろう? 売れない地下アイドルの、夢夢(ゆめ)アカリ君」
写真の中の少女は、必死な笑顔を浮かべていたが、その瞳は将来への不安で濁っていた。
2. 素材(アイドル)のスカウト
場所:寂れた雑居ビルの地下・ライブハウスの楽屋
「お疲れ様でしたー……」
客が5人しかいないライブを終えた地下アイドル、夢夢アカリは、カビ臭い楽屋でため息をついていた。25歳。同期は次々と引退し、借金だけが増えていく。
「私の歌、誰にも届いてないのかな……」
「そんなことはないよ。君には素晴らしい才能がある」
突如、楽屋の鏡に、不気味な白衣の男――ドクターキマイラが映り込んだ。
「キャッ!? だ、誰!?」
「私は君のファン第一号さ。君の心の奥底にある『誰かに見てほしい』『愛されたい』という強烈な渇望……。そのハングリー精神は、最高の素材だ」
ドクターはアカリの肩に手を置き、耳元で囁いた。
「エヴォリュート芸能事務所へようこそ。君を、世界中の人間がひれ伏す、絶対的な『歌姫』に作り変えてあげよう」
「え……ぜ、絶対的な……歌姫……?」
アカリの瞳から、理性の光が消え、暗い欲望の炎が宿った。彼女は自ら、ドクターの手を取った。
「君には、エヴォリュートの広告塔、いや、世界を魅了する至高のアイドルになってもらう」
手術台の夢夢アカリに、鮮やかな黄色の薬液が注入される。
「――ッ!? こ、声が……出ない……!?」
彼女の体が変化を始める。
柔らかな黄色い羽毛が全身を覆い始め、腕は翼のような形状へと変化していく。しかしドクターの調整により、顔だけは人間の可愛らしい面影を強く残し、体型も小柄で愛らしい「カナリア獣人」の姿へと整えられた。
「仕上げだ。君の最大の武器である『声帯』を、私の最高傑作に置き換えよう」
ドクターはメスを手に取り、アカリの喉を切り開いた。
そこにあった人間の声帯は摘出され、代わりに複雑な電子回路と生体組織が融合した**「超音波発声デバイス」**が埋め込まれた。
「これで君の歌声は、人間の脳のリミッターを外し、思考能力を奪い、ただ君(とエヴォリュート)を崇拝するだけの信号を送る『洗脳音波』となるのだ!」
脳には「歌うことへの渇望」と「ドクターへの絶対服従」がインプットされる。
手術が終わり、彼女の瞳からは不安な色は消え失せ、虚ろだが人形のように完璧な、愛らしい光が宿った。
3. 完成体:洗脳アイドル「カナリー」
「誕生おめでとう。君の名は**『カナリー』**だ」
ドクターが用意した、黄色と白のフリルがふんだんに使われた特注のアイドル衣装を着せられたカナリーは、その場でクルリと一回転した。
「はい、プロデューサーさん(ドクター)……♪」
その声は、聞く者の脳がとろけるように甘く、透き通るように美しい。しかし、喉元には手術の痕と、埋め込まれたデバイスが微かに青く発光しているのが見て取れた。
「完璧だ! その姿、その声! 誰も君が『怪物』だとは思うまい。さあ、愚かな大衆どもを君の虜にしてこい!」
4. 熱狂のデビューライブ「カナリー・ファーストコンサート」
場所:都心・大型イベントホール
突如として現れた新人アイドル「カナリー」の無料ライブ。
SNSでの拡散(これもエヴォリュートの情報操作)により、会場は満員となっていた。
「みんな〜! はじめまして! カナリーだよ〜! ピピッ♪」
ステージに、黄色い衣装に身を包んだ、小柄で愛らしい獣人の少女が現れた。
そのあまりの可愛さに、観客席から「可愛いー!」「天使かよ!」といった声が上がる。誰も彼女を危険な怪人だとは思っていない。
「それじゃあ、聴いてください。私のデビュー曲……『籠の中の恋心(ブレイン・ウォッシュ)』♪」
カナリーがマイクを握り、歌い始めた。
『ラァァァ〜♪ ルララァ〜〜♪ ピピィ〜〜♪』
会場に、この世のものとは思えないほど美しく、透き通った歌声が響き渡る。
それは聴覚だけでなく、脳髄を直接震わせるような感覚だった。
観客たちの表情が、一瞬で変わった。
笑顔が消え、瞳孔が開き、全員が虚ろな目でステージのカナリーを凝視し始めた。
脳内では、彼女の歌声に乗せられた特殊な信号が、理性を司る部位を麻痺させ、「カナリーへの狂信的な愛情」と「エヴォリュートへの帰依」を書き込んでいく。
「ウッ……ウゥ……カナリー……ちゃん……」
「推す……一生……推す……」
誰かがつぶやいたのを皮切りに、会場は異様な熱気に包まれた。
「オオオオオオオオッ!! カナリー! カナリー!!」
「エヴォリュート万歳!! 我らが姫に全てを捧げよ!!」
数千人の観客が、ペンライトを振り回しながら、一糸乱れぬ動きでコールを始めた。それはもはやライブの盛り上がりではなく、邪教の儀式そのものだった。
ステージ袖で、ドクターキマイラは満足げに頷いた。
「素晴らしい……。暴力による支配よりも、愛による支配の方が強固で、美しい。
彼女の歌声が届く範囲全てが、我々の『信者』となるのだ!」
カナリーは、熱狂する信者たちを見下ろしながら、マイク越しに可愛らしく、しかし残酷に囁いた。
「みんな、私のこと、好き?
だったら……この会場の外にいる、私の歌を聴いていない『可哀想な人たち』も、みんなこっち側(エヴォリュート)に連れてきてくれるよね? ピピッ♪」
「「「オオオオオオッ!! 御意のままにィィィィッ!!」」」
ライブが終了すると同時に、洗脳された数千人の「推し活戦士」たちが、新たな信者を獲得すべく、街へと雪崩れ込んでいった。
可愛らしいアイドルの歌声が、世界を狂気の色に染め上げていく。
ライブは終わったが、熱狂は収まるどころか、どす黒い渦となって街を覆い尽くしていた。
会場から吐き出された数千人の観客たちは、皆一様に目が血走り、口々に「カナリーちゃん!」「エヴォリュート万歳!」と叫びながら、布教活動(という名の暴動)を始めていた。
その中に、佐藤ケンジ(26歳・フリーター)の姿があった。
彼はこれまで何かに熱中したことなどなかったが、今日のライブでカナリーの歌声を浴びた瞬間、世界が変わった。脳内に埋め込まれた「カナリーへの絶対愛」が、彼の全てを支配していた。
「ハァ、ハァ……カナリーちゃん……尊い……。俺の命なんて、君の前では塵芥(ちりあくた)に過ぎない……!」
ケンジはグッズ売り場で買った、カナリーの顔がプリントされたTシャツを握りしめ、涙を流しながら天を仰いだ。
そんな彼の背後に、フードを目深にかぶった数人の男たち――エヴォリュートの「信者」が音もなく忍び寄った。
「素晴らしい信仰心だ、兄弟」
信者の一人が、ケンジの肩に手を置いた。
「え?」
「君のカナリー様への愛は、他の有象無象とは違う。純粋で、強大なエネルギーに満ちている」
本来なら不審者極まりないが、洗脳されているケンジにとって、彼らは「同志」にしか見えなかった。
「わ、わかりますか!? そうなんです、俺、カナリーちゃんのためなら死ねるんです!」
「ああ、わかるとも。だからこそ、君は選ばれたのだ」
信者は、ニヤリと笑った(ように見えた)。
「カナリー様にもっとお近づきになりたいとは思わないか? 彼女の真の力となるための、特別な場所へ招待しよう」
「えっ……!? い、いいんですか!? 俺なんかが!?」
「もちろんだ。さあ、こちらへ」
ケンジは疑うことなど微塵もせず、喜び勇んで信者たちの後についていった。彼の視界は、憧れのアイドルに近づけるという希望(洗脳による幻覚)で輝いていた。
場所:移動要塞アーク・ノア・搬入口
目隠しをされ、長い時間車に揺られた後、ケンジが連れてこられたのは、巨大な金属の塊の中だった。
冷たい空気と、重苦しい機械音が響き渡る。
目隠しを外されたケンジの目に飛び込んできたのは、ライフルを持った無機質な「機動兵」たちと、壁一面に張り巡らされた配管、そしてエヴォリュートの巨大な紋章だった。
「こ、ここは……? ライブ会場の裏側ですか?」
まだ状況が理解できていないケンジは、キョロキョロと周囲を見回す。
彼の他にも、同じように熱狂的なファンと思われる男たちが数十人、不安そうに、しかし期待に満ちた目で集められていた。
「ようこそ、選ばれし『推し活戦士』諸君」
頭上のスピーカーから、楽し気な男の声が響いた。
昇降機が下りてきて、白衣を着た男――ドクターキマイラが姿を現した。
「私はドクターキマイラ。カナリーのプロデューサーであり、君たちの新たな創造主だ」
「プロデューサーさん!? すごい! 本物だ!」
ケンジたちは歓声を上げた。ドクターは満足げに頷き、ケンジの前で足を止めた。
「特に君、佐藤ケンジ君。君の脳波データは素晴らしい。カナリーへの執着心、依存心、自己犠牲精神……どれもがズバ抜けて高い数値を示している」
ドクターはケンジの顔を覗き込み、恍惚とした表情を浮かべた。
「その莫大な『推しへの愛(エネルギー)』を、ただペンライトを振るだけに使うのは勿体ないと思わないかね?」
「は、はい! 俺、カナリーちゃんのためなら何だってします! 臓器だって売ります!」
「ハハハ! 臓器などいらんよ。私が欲しいのは、君の『肉体』そのものだ」
ドクターが指を鳴らすと、機動兵たちがケンジを取り囲み、その腕を拘束した。
「え? あ、あれ? プロデューサーさん?」
「君のその強烈な思い込みの力を、物理的な破壊力へと変換する。
カナリーの歌声を守るための、最強の『親衛隊怪人』になってもらうのだよ」
ドクターの背後にあるモニターに、次なる怪人の設計図が映し出された。それは、巨大なスピーカーと装甲を纏った、異形の怪物の姿だった。
「さあ、連れて行け。早速、改造手術の準備だ!」
「えっ、ちょっ……改造!? やだ、離して! カナリーちゃんに会わせてよぉぉぉ!!」
ケンジはようやく事態の異常さに気づき、暴れ始めた。だが、強化服を着た機動兵の力には敵わない。ズルズルと奥の暗い通路へと引きずられていく。
「安心したまえ! 改造されれば、君は24時間365日、カナリーの側で彼女を守ることができるのだ! これ以上の幸せはないだろう!?」
ドクターの高笑いが響く。
通路の奥から、カナリーの美しい歌声が聞こえてきた。
『ルララァ〜♪ わたしのこと、まもってね? ピピッ♪』
その声を聴いた瞬間、ケンジの抵抗が止まった。彼の瞳から恐怖が消え、再び虚ろな狂信者の目に戻る。
「……はい……カナリーちゃん……。俺が……俺が最強の怪人になって、君を守るよ……!」
ケンジは自ら立ち上がり、ふらつく足取りで、自ら手術室へと向かう暗い廊下へと歩き出した。
彼の背中を、ドクターキマイラは満足げに見送っていた。
カナリーには地下営業の時もある
数万人のファンを狂気へ陥れたライブの後、熱狂の裏側で行われるドクターキマイラとカナリーの「秘密の儀式」。
表向きは清純派アイドルですが、創造主の前ではただの一羽の愛玩動物となり、その自慢の翼を使ってドクターを癒やす、背徳的な「裏営業」のシーンを描写します。
幕間劇:黄金の羽毛に包まれて
場所:エヴォリュート移動要塞・ドクターキマイラ私室
「ふぅ……今日のライブも大盛況だったな。信者の獲得数は予想以上だ」
ドクターキマイラは、革張りのソファに深く沈み込み、ワイングラスを傾けていた。
モニターには、洗脳されたファンたちが暴徒化し、警察隊と衝突しているニュース映像が流れている。心地よい破壊のBGMだ。
「だが、少し疲れた。大衆の喚声は耳障りだ……。
癒やしておくれ、私の歌姫」
ドクターが指を鳴らすと、部屋の奥から、ライブ衣装のままのカナリーが現れた。
ステージ上での弾けるような笑顔とは違い、その瞳はドクターへの湿度のある情愛に満ちていた。
「はい……プロデューサーさん……♡
お疲れ様でした。私の『翼』で、全部忘れさせてあげます……ピピッ♪」
カナリーはドクターの足元に跪くと、背中の翼を大きく広げた。
それは鳥類の中でも最も柔らかいとされるカナリアの綿毛(ダウン)を、遺伝子操作で極限までふわふわに改良した、黄金色の翼だ。
「失礼します……♡」
バサァッ……
カナリーはドクターの体を、その大きな両翼で包み込んだ。
視界が黄金色に遮断され、世界から切り離される。
「おお……これだ。この感触だ……」
ドクターが漏らす。
高級な羽毛布団など比較にならない。生きた体温と、鼓動を持った極上の羽毛が、ドクターの全身を優しく、しかし隙間なく圧迫する。
「ここ、凝ってますね……♡」
カナリーは翼を器用に動かし、羽毛の一本一本をブラシのように逆立てて、ドクターの肌を撫で上げた。
羽先が神経をくすぐる微かな刺激と、全体を包む圧倒的な安心感。
「んっ……くぅ……。そこだ、いいぞ……」
「ピピッ♪ プロデューサーさんの匂い……大好き……」
カナリーはドクターの膝に顔を乗せ、小鳥のように喉を鳴らしながら、頬ずりをした。
翼の内側では、彼女の柔らかな肢体がドクターに密着している。
「あのね、ステージの上でみんなにチヤホヤされても、全然嬉しくないの」
彼女は上目遣いで、ドクターを見つめた。
「だって、私はプロデューサーさんの『カナリア』だもん。
私のこの羽も、声も、体も……全部、あなたを癒やすためだけに作られたんだから……♡」
そう囁くと、彼女は翼をさらに強く引き締め、ドクターを自身の胸へと抱き寄せた。
羽毛の摩擦熱と、彼女の高い体温が混ざり合い、ドクターの脳をトロトロに溶かしていく。
「数万の愚民どもには指一本触れさせない、至高の翼か……。
ハハハ、最高の優越感じゃないか」
ドクターは羽毛の中に手を差し入れ、カナリーの背中を愛撫した。
彼女は「ピピィッ……♡」と甘い鳴き声を上げ、喜びのあまり翼を震わせ、さらに細かな振動(バイブレーション)をドクターに与え続けた。
外では世界が混乱に陥る中、密室では狂気の科学者と籠の鳥が、誰にも邪魔されない黄金の檻の中で、歪んだ愛を確かめ合っていた。
黄金の羽毛に包まれた至福の時間は、やがて静寂な熱気へと変わっていった。
ドクターキマイラの指が、カナリーの背中の羽毛をかき分け、その下にある滑らかな素肌をなぞる。
「……ピピッ……♡」
カナリーの喉から、甘く掠れた鳴き声が漏れる。
彼女は敏感な察知能力で、主(あるじ)の呼吸が変化したことを感じ取っていた。それは単なる「癒やし」を求める安らぎの呼吸から、創造主としての「支配」と「所有」を求める、荒い呼吸への変化だった。
「カナリーよ。私の可愛い小鳥」
「はい……プロデューサーさん……」
ドクターの手が、彼女の華奢な顎を持ち上げ、その瞳を覗き込む。
ステージ上では数万の観衆を狂わせた魔性の瞳が、今はただ一人の男の色を映して潤んでいる。
「羽毛の温もりだけでは、私の渇きは癒やせなくなったようだ。
……意味は、分かるね?」
カナリーは頬を染め、しかし歓喜に震えるように頷いた。
「もちろんです……。
私はあなたのモノ……。声も、翼も、この身体の奥の奥まで……全部、あなたに愛でられるためにあるんですから」
彼女はゆっくりと立ち上がると、纏っていたきらびやかなアイドル衣装のファスナーに手を掛けた。
衣擦れの音が、静まり返った部屋に大きく響く。
黄色と白の布切れが床に落ち、黄金の翼と、白い肌だけが露わになる。
「さあ、籠の鍵は開いている。……おいで」
ドクターが腕を広げる。
カナリーは翼を畳み、恥じらうように、しかし躊躇うことなく、その腕の中へと身を投じた。
「あぁ……プロデューサーさん……♡」
二人の影が重なり合い、一つになる。
ドクターはサイドテーブルのランプに手を伸ばし、明かりを絞った。
部屋は深い闇に包まれ、ただ黄金色の翼が淡く発光するのみとなる。
「ピピィ……ッ……♡」
闇の中から、小鳥のさえずりのような、あるいは懇願するような甘い吐息だけが漏れ聞こえる。
外の世界の喧騒から隔絶されたこの部屋で、籠の中の鳥は、主によってその身の全てを「開発」されていく。
夜は長く、黄金の檻の扉は、朝が来るまで固く閉ざされたままであった。