hydro_dynamic.

  ――光、だ。

  視界が反転する。

  海の底の色が、俺の中へ流れ込んできた。

  足元から青白い光が立ち上がり、脚がほどけるように形を失い、しなやかな触腕へと変わっていく。

  硬質の殻が脈動しながら胸元まで覆い、呼吸が潮の香りを孕む。

  視界は四方に広がり、感覚が拡張する。

  『——やっと、会えた』

  光の奥から、澄んだ声が直接心に触れる。

  その響きは、激流のただ中で差し出された手のように、俺を強く引き寄せた——。

  ――――

  夢を見ている。

  ——青。

  視界いっぱいの、深く澄んだ青。

  浮遊感の中で、細い糸のような光がこちらに伸びてくる。

  それは水流でも、海藻でもない。生きている。俺を呼んでいる。

  『……こっちへ』

  女の声だった。低く、柔らかく、けれど抗えない強さを帯びて胸の奥に直接触れてくる。

  その声を知っている——はずなのに、思い出せない。

  光はやがて触腕となり、頬に触れ——

  「……っ!」

  ――――

  

  ……目覚ましより早く目が覚めた。

  また、あの夢か……。

  重たいまぶたを開けると、天井の人工灯が目に刺さる。

  喉は乾き、心臓がやけに早い。

  ここはシェアハウスの自室。夢の中では、ない。

  けれど、頬に残る感触だけが現実のように生々しかった。

  

  海底都市アトラントの朝は、窓の向こうに広がる群青色から始まる。

  水越しの光が室内に差し込み、壁や天井を揺らめかせている。

  冷たい床に素足を下ろし、壁越しに微かに潮の匂いが鼻をくすぐる。陸で暮らしていた頃には絶対に味わえなかった、息を吸うだけで胸の奥まで満たされるような、この感覚が好きだった。

  キッチンへ向かい、湯を沸かす音と、酸素循環装置の低い唸りが混じり合う空気を味わう。

  カップに注いだコーヒーを片手に、デスクへ。

  研究端末の画面には、海底神殿周辺の地形図。

  昨日まとめた調査データに、まだ埋まらない空白がある。本来なら、今日もそれを埋めに行くつもりだった。

  コーヒーを片手に、端末の画面をスクロールする。

  海底神殿に関する古代アトラントの資料。

  そこには「生体エネルギーの転換」という曖昧な語が繰り返し出てくる。

  ——生体エネルギー変換装置で生けるもののエネルギーを抽出し、再構成する。再構成されたエネルギーを加工し、人工的にアニマや人間をより強く進化させる。副産物として変換の過程で刻印が刻まれることがある。

  資料には、そんなことが書かれていた。

  幾つかの図版には、アニマらしき輪郭も描かれている。

  「伝説、か……」

  俺は小さく吐息を漏らし、タブを閉じた。

  どれだけ面白くても、現実で再現された例はない。

  引っかかる部分はあっても、ただの過去の物語だと思っていた。

  海底都市アトラントの安全地帯にあるこのシェアハウスは、調査員や錬金術師のために作られた共同宿舎だが、俺みたいな“肩書きなし”でも、ツテがあれば住める。ありがたいことに、俺にはそのツテがあった。

  「おーい、また朝メシ抜く気か?」

  廊下から声が飛んでくる。友人のレオンだ。

  俺は共用のダイニングキッチンに顔を出した。レオンの片手にはパン、もう片方の肩には、ふわふわした流体のような水色のアニマ――アクアリアが乗っている。

  アクアリアは水滴みたいにぷるんと震え、「あさごはんだよー」と高い声を出す。

  

  「んー、レオンもアクアリアもおはよう。ふたりとも朝から元気だな……」

  アクアリアを見て、さっき見たアニマの進化の話を思い出す。

  「そういえばアクアリアはまだ進化させないのか?」

  「こいつの進化に必要なアニマ錬成の手配にちょっと時間がかかっててな。まあ、進化させないまま一緒に過ごすのも楽しいから、せっかくの機会だし一旦このままだ」

  

  レオンは新しいパンを焼きながら続けた。

  「で、それを聞くってことはやっぱりアニマに興味ないわけじゃないんだろ?また錬金術師に戻ってアニマと一緒に暮らす気はないのか」

  きっと俺は苦い顔をしたと思う。

  「研究に必要ないからな。すぐ辞めたからあんまり良い思い出もないし、きっと俺の人生には必要ない」

  俺は淡々と返したつもりだったがレオンは気にも留めず話を続けている。

  「今はもうお前がやってたときから、判明してることもやれることも増えている。アニマを錬成する以外にも刻印ってやつでアビリティを後付けできるようになったんだよ、知ってるか?」

  などと話していた気もするが、俺は構わずその場を後にしようとしていた。

  

  「おい待て、朝メシから逃げるな」

  「腹は減ってるけど、まだ研究メモが片付いてない」

  「メモは逃げない。おまえの体は逃げるぞ」

  レオンは俺の目の前にある机にパンを置き、アクアリアが器用にバターを塗る。アクアリアは「いただきまーす」と表面を焼いたビスケットを美味しそうに食べていた。

  ……さすがに俺も朝ごはんを食べることにした。

  パンに齧り付きながら窓越しに外を覗くと、巨大な海藻がゆらゆらと揺れている。そこを抜けた先に、行くべき場所がある――まだ誰にも言っていない、俺だけの目的地が。

  「そういえば、頼まれてた資料の件だ」

  レオンが分厚い巻物を差し出す。

  封を切ると、そこには海底神殿の古い地図と、なにか印のような紋章のようなものの断片が描かれていた。

  どれも、現代の資料では見たことのない意匠だ。

  「海底神殿にはあんまり近づくなよ? 一部は崩れてるし、魔獣もうようよしてる。てか、そもそも装備なしじゃ息できないとこだろ?調査はいいが、外縁部だけにしとけ」

  「……ああ、分かってる」

  そう答えながら、俺の耳には別の声が響いていた。

  『来て』

  低く、澄んだ声。夢で何度も聞いた声だ。

  視線を地図の奥深くに向ける。そこが、声の主のいる場所だと分かっていた。

  「……ちょっと出る」

  「また調査の手伝い? それとも泳ぎか、お宝探しか?」

  「まあ、そんなとこ」

  アクアリアの「おたからおたからー!いってらっしゃいー!」という声を聴きながら、曖昧に答えて部屋を出た。

  

  「あんまり変なとこ行くんじゃねえぞ」

  レオンの視線が、背中に残っている気がした。

  

  

  俺は調査用のパワードスーツを着込み、海底神殿へ向かうことを決めた。

  表向きは古代構造物の調査。

  だが本当は――夢の続きを、現実で見るために。

  ――――

  海底都市アトラントは調査員たちが長く安全に滞在できるようある程度環境の整った安全地帯と、未だ調査の進んでいない危険地帯と呼ばれるエリアに分かれている。

  安全地帯は訪れた人間やアニマが陸地と変わらないような生活ができるレベルで、当然のように呼吸もできるよう整備されている。だが危険区画は文字通り、パワードスーツの酸素がなければ呼吸すらままならない。

  でも俺は、パワードスーツを着て泳ぐことも、潜ることも、何よりも海が好きだった。それが、錬金術師を続けられなくても、アトラントの調査活動に参加している理由だ。

  

  海を眺めながら、パワードスーツのHUDに表示された調査ルートをわざと外れる。少し散歩をするくらいなら。

  パワードスーツの補助呼吸音が、ゆっくりと耳に溶けていく。

  緩やかな海流に身を預け、砂地の上に膝を折る。

  水越しの光が揺れ、海藻がゆらゆらと踊っている。数値を読むことも、データを記録することも忘れて、ただその美しさに見惚れていた。

  目を閉じると、まぶたの裏に水越しの光が広がる。

  酸素の泡が頬をくすぐり、力が抜けていく。

  ——この静けさが、この感覚が、何より好きだった。

  こういう瞬間のために、海の都市で働いているのかもしれない。

  何も考えず、ただ漂う。

  潜っているのに、どこまでも自由でいられる。

  全身でこの海を感じようとする。

  そのときだった。

  『……こっち』

  水の音に紛れて、声がした。

  ああ、向こうから、来たか……

  鼓膜からではなく、頭の奥底で直接響くような、奇妙な感覚。

  目を開けると、遠くの暗がりに青白い光が漂っていた。

  神殿の壁面のような影。その向こうから、また声が。

  『——やっと、見つけた』

  

  光は、海底の裂け目へと続いていた。

  地図にも記録されていない場所。俺はパワードスーツの推進を弱め、慎重に近づく。

  裂け目の奥、岩壁に覆われたアーチをくぐると、そこは異様な静けさに包まれていた。

  外の海流も、遠くの生き物の気配も消え失せ、ただ自分の呼吸音だけがやけに大きく響く。

  壁面には古代アトラントのものと思しき絵や印のようなものが描かれている。研究室で資料としてしか見たことのない文字列が、青白く光っている。

  中央の祭壇のような台座から、未知のエネルギー反応が脈打っていた。

  その上には、形のはっきりしない複数の青い触腕のような影が漂っている。――アニマ錬成か?朝のレオンとの話を思い出す。

  俺は、これを知っている……?

  『……来て』

  また声がした。今度はもっと、夢よりはっきりと。

  ——その瞬間、背後の海水が弾けた。

  神殿の壁を突き破り、巨大な顎が俺の肩に食らいつく。スーツ越しでも骨まで響く衝撃。反射的に推進装置を噴かすが、もう一匹が横から突っ込み、壁に叩きつけられた。

  酸素残量、残りわずか。

  パワードスーツの警告灯が赤く瞬き、耳障りな電子音が耳の奥で反響する。

  スーツの左脇腹、さっきの魔獣の顎が作った亀裂から、海水がじわじわと染み込んでくる。冷たさが皮膚に食い込み、熱が奪われるたびに指先の感覚が消えていく。

  ——このままじゃ、沈むだけだ。

  『こっちへ』

  台座の影が伸び、裂けた装甲から侵入してくる。

  耳ではなく、直接胸の奥に響く女の声。

  はっきりとした輪郭を持つのに、水の底のように柔らかく包み込んでくる。

  周囲の床の紋様が、淡く青く輝き出す。

  それは光の波となって俺の足元に集まり、全身を包み込もうとしていた。

  呼吸が苦しい。酸素は……もう……。

  

  身体に柔らかな感触。

  青白い光が視界を覆い、鼓膜を震わせた。

  『——生きたいなら、ワタシと』

  

  ——光だ。

  海底神殿の紋様が一斉に輝き、足元から青白い光が噴き上がった。冷たさと熱さが同時に押し寄せ、皮膚も骨も分子ごと削られるような感覚が走る。

  (っ——……うああああああああ……!!)

  叫びは水中に溶け、声にならない。代わりに、頭の奥で響き、反響し、何度も返ってくる。自分の声なのに、遠くの誰かが叫んでいるようだ。

  視界は青く、遠く、そして脆い。何も掴めない。指も、足も、すでに無かった。俺はただ、海底神殿の闇に漂う、不完全な青い光の塊になっていた。――この状態が、もしかすると、生体エネルギーなのか。

  冷たい。

  このまま溶けて、海に散ってしまう。

  そんな予感が、恐怖というよりも「当たり前」のように胸を占めた。

  (俺……生きてるのか? 死んでるのか……?)

  (どうなってしまうんだ……俺は——)

  視界は青と白の閃光に満たされ、時間感覚が引き延ばされていく。時間が粘性を帯び、ひと呼吸が永遠に伸びたように感じられる。輪郭がほどけ、形を失いながら、意識だけが宙吊りにされる。

  

  ——視界の奥で、別の映像が広がった。

  祭壇に集う人影、透明な光の殻に包まれたアニマたち。

  古代アトラントの錬金術師たちが、青白い光とアニマ錬成を生命の核に注ぎ込み、原初のアニマの姿を破らせて新たな姿に変えていく。

  それは転生の儀式か、あるいは、進化の瞬間か。

  さらに映像は切り替わり、暗い海底の中で、ひとつの存在が静かに横たわっているイメージを見ていた。

  硬質な殻と、細い触腕。

  『ワタシは……ここで、待っていた』

  声が映像に重なり、音が心臓を直接叩くみたいに響く。

  『どれほど長い間かはもうわからない。けれど、また会えると、信じていた』

  胸の奥で脈打つものが、その記憶と俺を重ね合わせる。

  今、自分の身体がそのエネルギーに変換され、俺の中に入り込む触腕の形をしたアニマ錬成と一つになっていく。

  『やっと、会えた』

  光の奥から、澄んだ声が直接心に触れる。

  彼女の声は懐かしさとも、悲しさともつかない温度を帯びていて、自分だけの幻聴ではないと直感した。

  その響きは、激流のただ中で差し出された手のように、俺を強く引き寄せた。頬に、柔らかな感触。光で編まれた触腕が、まるで頬を撫でるようにそこにあった。

  触れられた瞬間、胸の奥がざわつく。

  忘れていた記憶——いや、忘れたふりをしていたものが、浮かび上がる。

  (……お前は)

  『ワタシは、ノクツァール。あなたに放り出されたアニマ。あなたに捨てられて、魔獣になって、討たれて……ここに縛られていた』

  視界がぶれた。海底の光景に、昔のアトラントでの記憶が重なる。育てられることなく、見捨てられた最初の一体——その顔を、俺は忘れていなかった。

  (……すまなかった)

  胸の奥が、冷たい水に侵されるよりも、苦しかった。記憶の奥底で、長く封じていた痛みが軋んだ。

  『もういいの』

  その声は、拒絶ではなく受容だった。心の奥に入り込み、冷え切った胸をじんわりと温めていく。

  『あなたとの出会いの続きを。今度は離さないで』

  光はなおも深く、俺の全身を侵食していく。

  水の冷たさも、恐怖も、何もかもが遠のいていくのに。

  その奥から、柔らかい声が響いている。

  『……あなたを、失わせない』

  その声が、あまりに近くて。

  (ノクツァール……こんな俺を……助けてくれるのか?)

  『当たり前でしょう。やっと会えたのに』

  息が詰まりそうな状況なのに、肺は不思議と渇かない。息苦しさがなくなっていることに気がついた。代わりに、海そのものを肺に満たしているような感覚が広がる。

  光と共に触腕が俺を抱き寄せ、ノクツァールの青白い光は容赦なく身体へ染み込む。身体を持たなかった俺は、ゆっくりと形を得ていく。もう、抗う理由を持たなかった。

  感覚は全て剥き出しになり、研ぎ澄まされていく。鼓動は波と同じリズムで打った。それは痛みでもなく、ただ焼けるような熱でもなく、世界そのものが俺に溶け込んでくる感覚だった。

  光に溢れていた視界が裂けていく。前方だけじゃない、横も、背後も、足元の岩肌まで——ぜんぶが一度に見える。時間は伸びている。泡がひとつ、目の前で止まったみたいにゆっくりと浮かび上がる。

  腰から下だった場所は、青い光に満たされて膨らんでいく。皮膚がほどけ、筋肉がほどけ、一本の脚が8つの流れに分かれていく。骨は消え、しなやかな芯に置き換わる。

  流れの2つは軟甲の付いた触腕に、6本は脚になっていく。脚?腕……いややっぱり、脚、か。

  (……っ、なんだこれ……身体が……!)

  触腕が伸び、脚がねじれ、編まれていく。吸盤が1つ1つ形を成す。背骨なんてないのに、背骨を這い上がるような感覚。最初は不安定に揺れていた八本の感覚が、次第に「自分のもの」だと理解できてくる。

  水の抵抗、海底の砂をかく触感、岩をつかむ吸盤の感覚――その全部が、腰から直接伝わる。吸盤が海水を掴み、放すたびに、互いの意識の境界が揺らいだ。その感触が全身を駆け抜け、思わず息を飲む。

  (……ああ……悪くない……)

  そう思ってしまった自分に、さらに戸惑い、困惑する。

  『ワタシも……同じだよ。あなたが変わるたび、その全部が伝わってくる』

  熱と痺れのような感覚が、俺と彼女の両方に重なって届いている。その感覚は上半身にも伝わり、腕と手はかろうじて人のような形を成していた。

  (っ……あぁ……!)

  超常としか思えない事象の流れの中、俺は両手で思わず自分の肩を鷲掴みにしてしまう。腰と、胸に伝わる熱を、硬質な外殻が包み込みはじめた。その装甲は冷たくもあり、内側からは脈動するような温かさが押し寄せてくる。触れているのに、もうこれは俺の皮膚ではない――そう理解した瞬間、肩と腰の周りに、レースのような美しい鰭が形成された。

  『――もう少し。ワタシと……!』

  頭の奥で、確かに声がした。熱は首筋を駆け上がり、顔を覆っていく。頬の輪郭も包まれ、顎から頭頂へと滑らかな曲線を描きながら硬化していく。

  髪の感触は触覚のような細い器官へと変わり、頭部に螺旋を描く殻が形成された。殻の中で耳が別の構造に組み替えられ、深海の微細な音を拾い上げる。

  

  最後に瞼の裏が熱く脈打ち、目をはっきりと認識して開けた瞬間、変わりゆく自己しか見えていなかった世界が青と銀の光で満たされていた――人間では決して見られない色彩で。

  2人分の視界が重なり合い、世界が鮮明になっていく。

  (怖くない……のか?)

  『今はもう、ひとりじゃない』

  ノクツァールの意識と俺の意識が重なり、同じ呼吸をする。身体の中に水が流れる感触も、皮膚からの水の圧力も心地よく伝わる。触腕が水を掴み、外殻が波を弾く手応えを確かに感じた。

  『さあ、生きよう。今度は、一緒に』

  最後の光が消える時、俺はもう、俺だけではなかった。

  

  群青の視界に、無数の銀色の閃きが躍った。

  海底神殿の外、切り立った岩棚と暗い海溝の狭間。

  深海を根城とする魔獣たちが、背びれを光らせ、渦を巻くように迫ってくる。

  『——来る』

  ノクツァールの声が胸の奥で響いた瞬間、8本の触腕と脚が一斉に海水を蹴る。

  俺の意志は、まだそこに追いついていない。

  俺の判断より速く、体が加速していた。

  『右から!』

  声と同時に、身体が勝手に動く。右後方の触腕が敵の足を絡め取る。

  何だこの感覚……触れてるのは俺じゃないのに、感触が脳に直接流れ込んでくる。硬い殻、滑る皮膚、水流の抵抗……全部わかる。でも、気持ちよりも視線が先に動いて、どうしても振り回されている感覚が強くて、困惑する。

  左前方の触腕が海底の岩を掴む。

  瞬間、俺の視界はぐるりと反転し、敵の死角に回り込んでいた。

  (待て、俺は何も——)

  『考えなくていい。感じて』

  (何も……できない……)

  ノクツァールの意志が俺を突き動かし、俺はただ、その速さと力を「感じる」しかない。

  視界の中で、三本の触腕が一斉に振り下ろされる。

  吸盤が甲殻を締め付ける音が、水の振動と一緒に耳へ届く。巻き付き、締め上げ、さらに残った脚が押し潰す。

  鋭い尾が迫る——が、俺の目では見えない角度から。

  それでも吸盤が水の振動を拾い、ノクツァールが即座に回避させる。硬い甲殻に触腕が巻き付き、締め上げる音が骨まで響く。

  ……だが、魔獣は暴れ、触腕の一本を引き剥がした。

  その瞬間、俺の胸の奥から、俺自身の衝動が溢れた。

  (——今だ! 左下!)

  叫んだわけでもない、ただ、意志を放った……!

  『……任せた!』

  俺が意識を向けた瞬間、残った触腕が一気に左下から絡みつき、吸盤が深く食い込む。体がひねられ、俺の考えと同じ軌道で、最後の一本が敵の頭部を叩き潰した。

  『……今の、良かったかも、ありがとう』

  ノクツァールの声が響いた。

  

  間近にいた敵は倒したものの、少し先に紫の目を光らせた魔獣の群れが見えている。

  『でも、まだまだ……!もっと!』

  (ああ、行くぞ!)

  脚を水流の流れに乗せ触腕が水を裂き、まるで空を飛ぶように加速する感覚が神経を駆け抜ける。

  こちらに気づいた群れもまた一斉に突っ込んできたが、もはや今は俺たちのターンだ。触腕が、脚が、敵を締め上げる。敵の抵抗のたびに、圧力と熱が互いの中を巡り、拍動はさらに速くなる。俺と彼女は同時に力を溜める。触腕の先から中心へ、全ての熱と圧力を集め――

  (終わらせる!)

  光の奔流が爆ぜた。

  衝撃が海底を震わせ、群れは霧のようにほどけ、無数の光粒となって漂った。

  

  (すごい……こんな動き、俺1人じゃ……)

  『そう、ワタシたちじゃなきゃ、できない』

  そのやり取りの間にも、別方向から群れが押し寄せる。

  触腕が水を打ち、瞬時に上昇。天井の岩を掴んで急停止、そのまま真下へと飛び込む。

  水圧と速度が混じり、全身がきしむような感覚——だが、今は、それすら心地よいと感じられる。

  青白い光とともに触腕が周囲の海水を震わせた。

  それは一撃の波となり、魔獣は俺の、俺たちの視界から消えた。

  

  (——終わったな)

  『やっぱり、あなたとなら一緒に戦える』

  

  海底の光の粒が肌に触れるたび、小さな痺れが走る。

  それが彼女にも伝わり、胸の奥で満足そうな鼓動が響いた。触腕を海底に下ろし、二人分の呼吸が静かに重なったような気がした。

  ――――

  

  アトラントの安全地帯が近づく。

  融合したままの俺は、海底を触腕で滑るように進んでいた。水の抵抗はほとんどない。脚のうちの何本かで、人間だった俺の身辺のものを持ち帰る余裕すらある。水中用の防護をしていたスマートデバイスも無事だったので、俺はレオンにこれから帰ると連絡していた。幸いにもノクツァールの指はしっかりタッチパネル入力ができた。

  『あなたのお家が楽しみ』

  ノクツァールはあくまで呑気に語りかけてくる。

  錬金術師のアニマでもなく、錬金術師の団体のものでもないアニマなら今の俺はうっかり討伐されてしまう可能性もある。レオンに行方不明を騒がれて不特定多数を巻き込むことになっても面倒だ。なら、とりあえず家に帰ってこちらから事情を説明するのが早いと思った。

  

  アトラントの居住区。海の色は暗く、もう夜だ。

  海流に沿った透明なチューブを抜け、俺たちは酸素に充ちた安全地帯のデポへ戻ってきた。ここまでは幸いにも、一般通行人、いや通行アニマのふりができていた……と思う。

  「ただいま」

  あくまでも俺は正々堂々と平静を装い、シェアハウスのドアを開けた。俺が思っていたよりも俺の声だった。

  「お、お、お前誰ぇぇぇ!?」

  レオンが椅子ごとひっくり返った。

  「俺だ」

  「お前だって!? いやいやいや触腕生えてるし外殻あるし顔半分アンモナイトだぞ!?……ん!どっかで見たことあるぞ!アニマか?ノクツァールか?」

  レオンの横に浮かんでいたアクアリアは、驚きすぎて目を丸くしたまま空中で微動だにできていない。

  『ワタシの種族を知ってるんだ!素敵なお友達さんみたいで嬉しいな』

  ノクツァール、その絡みは多分今じゃないと思う。

  レオンはその言葉が聞こえたのか慌てて起き上がると、俺の顔を見て、触腕を見て、脚を見て、いったん2度見して、顔を近づけた。

  「言われてみれば顔の面影がなんとなくアイツっぽいような……似てるような気が。でも違う声も聞こえた気がするしなんなんだ……?」

  「似てるんじゃない、俺だ、お前の友人だ」

  レオンは未だ混乱している。ややこしくなってきた。もう分かってもらうにはこれしかないなと俺は思い、防水ケースごと端末を取り出し、スマホを取り出して電話をかけた。

  「え!なんでこんな時に電話が!え!あれ?え!」

  軽快な着信音が鳴り響き、レオンもスマホを取り出した。発信者には、俺の名前があるはずだ。

  「出てくれ」

  混乱し言われるがまま、レオンは受信を選択した。

  レオンをまっすぐ視界に入れて、俺は発話してみせる。

  

  「落ち着け、レオン。俺はお前の友人だ。」

  レオンは盛大に吹き出した。

  「……お前なあ!いや、その姿でお前……スマホ使ってるし!」

  「顔認証は当然だめだがパス入力できるからな」

  「完全もうノクツァールのくせに、そういうとこだよ!」

  レオンの顔から緊張がほどけた。

  「まあ、一応、一応な、念の為聞くぞ?んーと……今朝の朝メシ覚えてるか?」

  「レオンが焼いてくれたパン。ついでにアクアリアは焼いたビスケットを食べてた」

  微動だにしていなかったアクアリアはようやく動き出し、恐る恐る脚に触れ、笑いながらぷるんと跳ねた。俺でない意思は脚で器用にアクアリアと握手を交わす。

  

  「あーーもうわかった、お前は、お前だってことにしておく。んで、だ!」

  

  レオンは俺の触腕を掴み、ずるずると作業スペースに引っ張った。

  「うお! もうちょっと優しく——」

  「優しくとか言ってる場合じゃねぇ!お前、海底神殿で絶対なんかやらかしてるだろ!?話せ、全部な!」

  「これから説明しようとしてたんだよ」

  「お前たちを調べながら聞いてやる」

  そう言いながらレオンは慣れた手つきで計測器のようなものを俺の脚に腕輪のように付けた。……やっぱりこれ腕か?

  レオンはパソコンをセッティングしながらアクアリアに一声かけていた。アクアリアは声をかけられると、「はーい」と元気よく返事をして部屋を出ていった。

  『あんまりうちの人に乱暴しないであげてほしいな』

  触腕を引きずられたり計測器を付けられたりしているのが見えていたのか、ノクツァールが言った。

  うちの人って。

  「申し訳ないがオレの方が付き合いは長い!それにこれはノクツァールとお前に必要な分析になるはずだ」

  レオンは計測器に繋いだパソコンのキーボードを叩きながら言った。

  『確かに、ワタシもワタシのことが全部わかってるわけじゃないし、あなたをずっと私で拘束してるわけにもいかないから……』

  帰り道に聞いた話だが、実はノクツァールは俺と分離する方法を知らないらしい。そういう意味でも、長らく錬金術師としてアニマを連れているレオンに頼るしかないかもしれないという結論に至ったのだった。

  

  俺は経緯を無理矢理まとめてレオンに話す。

  「海底神殿の奥でアニマ錬成を見つけたら魔獣に襲われて、神殿の装置が作動してノクツァールと融合して魔獣をやっつけた。そういや錬金術師やってたとき、引退する少し前にこんな子を錬成してた気がして。こんな説明で大丈夫か?」

  「おお、情報量が多いな」

  「すまない、やっぱり無理矢理なまとめだった」

  「いや、話してくれてありがとう、だいたいわかっ……た!」

  語尾と同時にEnterキーが押されると、俺が昔――錬金術師のときに見たことがあるようなアプリケーションの、見た事のないステータス表示が展開されていた。

  刻印:『𐌗𐌄𐌋𐌖𐌙』 と、書かれている。

  「なんだこれは」

  「オレのセリフだ」

  「刻印ってなんだ、俺が錬金術やってたときはこんなの無かった」

  「朝話した気もするが、アビリティ後付けシステムみたいなもんよ」

  後付けされたアビリティって、もしかして。

  「融合のためのアビリティが後付けされた?」

  「この状況に都合よく考えれば、そうなるな」

  『なるほど、ワタシ知らなかった……』

  ノクツァールも驚愕の声を上げた。

  

  「そんでもって実はこれな」

  と言いながらレオンが”𐌗𐌄𐌋𐌖𐌙”をクリックすると、”𐌗𐌄𐌋𐌖𐌙 の発動を 無効 にしますか? あとで有効にすることもできます” と表示された。

  「はい、を押すとどうなる?」

  「分離できるかもしれない。仮説だけどな。やる……か?」

  レオンが俺たちを見つめた。

  融合状態の俺は、彼の視線を受け止めつつも何も言えない。胸の奥で、触腕の動きがわずかに揺れた。

  『あなたは、戻りたくないの?』

  否定しようとしたのに、口は開かなかった。

  俺も――正直、この温度と光を手放すのが惜しい。でも、

  「試してみるしかない」

  俺は彼女の意思を聞こうとした。

  ノクツァールはほんの一瞬答えを遅らせた。

  『……うん、やろう』

  レオンはEnterキーに指を乗せた。

  「不確かなことをさせてごめんな、上手くいってくれ」

  レオンの人差し指が、キーボードを押した――

  ……瞬間、青白い光が俺の全身から剥がれ落ちるように拡散した。

  (——また、この感覚……)

  硬質だった外殻がひとひらずつほどけ、海底の泡みたいに弾けて消える。胸の奥を満たしていた重たい鼓動が、軽く、浅く、そして不安定に戻っていく。

  触腕が、吸盤のついた脚が、人間の脚へと戻る感覚——腰から下が溶けて1つになり、2つに分かれた。重力が、足の裏に直に伝わる。

  頭の先まで粘土のように捏ねられ、人の形に戻されているんだと感じる。視界が急速に人間の高さに収束し、広すぎた聴覚と触覚もひゅっと縮む。

  「……っ」

  膝が折れ、床に手をついた。

  俺の知覚は、現実に戻りつつある。

  息が乱れている。いや、息をしていることすら、さっきまで忘れていた気がする。

  『また、すぐにね』

  ノクツァールの気配が遠ざかる。

  でも、まだ……すぐそこにいるのはわかる。

  あの深海の圧と光が、皮膚の奥に残っている。

  レオンはタブレット端末越しに光の揺らぎを眺め、画面を叩いていた。

  「……友人の変身を目撃する実績、達成しちまったな」

  ――ああ、俺が人間に戻るのを見ながら変なことを言うんじゃない。

  青白い光が弾け、床に膝をつく俺を見下ろしながら、レオンは肩をすくめた。

  「いや、こういうのって滅多に見られないからさ」

  「……そういう問題じゃ、ない」

  吐き捨てながらも、内心では少しだけ笑ってしまう。

  こんなふうに現実感を引き戻してくれるのは、こいつくらいだ。

  「ところでここにオレしかいなくて良かったな、外で戻ったら大騒ぎだ」

  レオンの声が、さらに現実を引き戻した。

  俺は息を整えながら、ぼそっと答えた。

  「……ああ、そうだな、そっちは、さすがに問題だ」

  彼は小さくため息をつき、無言でタオルを放ってよこす。

  それがやけに温かく感じられた。

  「貸しだからな。とりあえずしばらく朝メシ当番お前な」

  「……おう」

  

  返事をしながらタオルを腰に巻き、濡れた髪を軽く払って部屋の隅に目をやる。

  そこには、青く揺らめくアニマ錬成——ノクツァールが静かに鎮座していた。

  『……おかえり』

  低く、波間に溶けるような声が胸に届く。

  その響きは空気を伝わるものではなく、直接、意識に触れてくるような。

  「……ああ、ノクツァールも、おかえり」

  一言だけ返す。それだけで、胸の奥がふっと軽くなるのが分かった。

  さっきまで身体も意識も、溶けて消えてしまってもおかしくないような、そんな感覚だった。

  でも今、俺は確かにここで呼吸をしている。

  そして彼女はこの姿でも、まだ生きている——そう思えた瞬間、張り詰めていた全身の力が抜けた。

  ノクツァールの青が、柔らかく脈を打つ。

  まるで俺の安堵に呼応しているかのように。

  

  

  ーーーー

  とある朝、共用キッチンの床に青白い光が揺れていた。

  俺の脚と、吸盤のついた脚と、触腕だ。

  数日前の朝食を作るとき、人間の状態のままでも触腕や脚を何本か生やせることに気がついた。あの時は食材を盛大に床にこぼしそうになり、腕があと何本かあればとうっかり願ったら本当に腰から生えてきてしまいそれはもう驚いた。

  日常の中で使う分にはデメリットを感じないため、今では普通に使っている。

  「おい、また脚でやってるな」

  背後から寝起きのレオンの声。

  俺は返事をせず、長い触腕で鍋の取っ手をくるりと巻き取り、反対側の触腕で冷蔵庫を開ける。

  腕で皿を洗いながら、脚で味噌を溶き、もう一本でコンロの火加減を調整する。コンロのもう片方、フライパンの上ではベーコンとアスパラガスが小さく音を立てている。菜箸を持った手で――さすがに箸はまだ利き手でしか持てない――焼いたベーコンとアスパラガスを取り出した。

  『効率的でしょ?』

  アニマ錬成のノクツァールがカウンターから答える。

  彼女の得意気な顔が見えてくるようだった。

  「いやいや、器用すぎて怖ぇわ……」

  「日常が便利になるのはいいことだろ」

  言いながら俺は、2本の脚を使って空いたフライパンに卵を一気に2つずつ割り入れていた。綺麗に割れて笑みがこぼれていたと思う。

  肩の上のアクアリアが興味津々で触腕をつつき、すぐにぷるんと跳ねて避ける。

  「えっと、アクアリアはなにかお手伝いできるかなあ……」

  「いつもありがとう、もう少しだけレオンと待っててね」

  アクアリアは、はーいと元気よく返事をし、レオンの肩に乗った。

  食器を洗い終える頃には、脚の触腕が自然にテーブルを拭き、椅子を引いて座る準備まで終わっていた。

  「……もう人間やめてもいいんじゃね?」

  「やめねぇよ」

  そう言って、触腕で器用に湯呑を持ち上げる。温かさが殻越しに伝わってきた。錬成の姿をしたノクツァールの前にも置く。この姿じゃ飲めないのはわかっているけれど、それでも、こうして一緒に囲むのが大事だ。錬成の触腕が嬉しそうに揺れる。

  テーブルを囲って、いただきますと挨拶する。

  今日はノクツァールと、アクアリアも一緒だ。

  「にしてもお前……完全に慣れてんじゃねーか」

  「慣れた方が早いしな。研究も続けられる」

  俺は触腕の先で端末を操作し、昨日取得した神殿データを開く。アクアリアが興味津々で画面を覗き込み、レオンは肩を竦めた。

  「まあ……楽しそうで何よりだ」

  そんな言葉に、俺は小さく笑って鍋の蓋を開けた。

  湯気の向こうで、窓から射す青い光が、海底都市の朝を告げていた。

  

  

  ーーーー

  端末の解析画面に、刻印の構造が立体表示されている。

  青白い光の回路が、俺とノクツァールの間で脈動していた。

  古代アトラントの記録にあった通りだ。

  生体エネルギーを集め、器を変え、存在を進化させる力。高みを目指し変わりゆく儀式は、確かにここにあった。

  「伝説じゃ……なかったな」

  『ふふ、今はもう別のことに使ってるけど』

  「ああ。生きるために。そして、一緒にいるために」

  俺は端末を閉じ、窓の向こうの海を見やった。

  その深みに、俺たちの新しい日常が広がっている。

  

  昼下がり。研究端末の処理が終わるまで、少し時間ができた。俺は窓の外の海を見やり、そっと端末のアビリティ画面を呼び出す。刻印『𐌗𐌄𐌋𐌖𐌙』 ――調べてみたらアトラントの古代文字で、”2つを1つにする”とかそんな感じのニュアンスがあった――その力を、迷いなくオンにする。

  「行くぞ、ノクツァール!」

  最低限の荷物とアニマ錬成を抱えて、俺はシェアハウスのドアから建物の裏手に出る。レオンとアクアリアが、「行ってらっしゃーい」とふたりで手を振っていた。

  

  

  足元から青い光が立ち上がり、全身を包む。

  もう数え切れないほど繰り返した変身——それでも、光の感触は心地よかった。今ではもう痛みも衝撃もなく、ただ温かく包まれる感覚だけがあった。

  ――やっぱり……これだ……

  『今日も行くの?』

  彼女の声の響きが全身に染み渡る。

  (ああ、まだ撮れていない写真もあるし、埋まっていない研究メモもある。)

  今ではもう安心感の中で、俺は答えられる。

  輪郭がほどけ、腰の曲線がなめらかに括れる。

  胸元がふわりと膨らみ、その形を外殻がやさしく包み込んでいく。

  水面から漏れる光が、宝石のような艶を浮かべた。

  『……この形、やっぱり好き』

  (うん、俺も。潜水用パワードスーツも悪くはないけど)

  頭部から髪のような触覚が流れ、根元には螺旋殻が組み上がる。脚はしなやかな触腕へと変わり、脚の吸盤は水中のエリアでなくとも、微かな抵抗を返した。

  ――ふたりでしか辿り着けない、感覚の極致。

  それを、何度でも確かめたくなる。

  

  俺たちは一つになり、安全地帯のバリア外へ――水中へ、飛び込んだ。これでしか辿り着けない感覚を知ってしまった今、もう手放す理由はなかった。

  ――海底。

  触腕で砂地を軽く蹴ると、流れるように前へ進む。

  一人きりで味わっていた静けさが、今はふたり分の呼吸と脈動で満たされている。

  『……きれい』

  「だろう。これが、俺の好きな海だ」

  この感情を刻みつけたくて、はっきりと言葉にした。

  視界の端で、小魚の群れがきらめく。

  水越しの光が揺れ、海藻がゆらゆらと踊る。

  そのすべてが、ふたりの感覚に同時に流れ込んでくる。

  2倍の喜びと感動を得たような気持ちを覚えた。

  孤独だった海底は、今や俺たちの居場所になった。

  ゆらゆらと漂いながら、俺はただ、その穏やかな瞬間を、確かな現実を、手放さずにいた。