リザードンに病的にべた惚れしたドラパルトのお話~薔薇の蕾は春を待つ~

  [chapter:薔薇の蕾は春を待つ]

  僕が彼に初めて恋愛感情が生まれたのは、もう十年も前のことだった。街のはずれで僕は一匹、フラフラと浮遊していた。何が理由でそんな所を彷徨っていたのか覚えてはいない、ただ僕は孤独だったと言う事実がそこにあった。もう何日も何も食べれていなくて、もうダメだと思ったその時。

  「おい、おい! だいじょうぶか、お前?」

  声が聞こえる。その声の発生源は一匹の鳥ポケモンと共に勢いよく駆け寄ってきた。僕はビックリして物陰に隠れたが、それでも彼らはこっちを見ている。なんで僕のことをこんなに見てるの……? 見知らぬ誰かにじっと見られていることが怖くて、早くどこかに行ってと思っていると。ぐぅ、と腹の音を鳴らしてしまった。

  「おなか、すいてるの? じゃあこれ、食べるか?」

  そう言って手渡されたのはポフィン。カラフルなチョコスプレーで視覚へ、きのみのまろやかな香りで嗅覚へ旨味が伝えられる。恐怖を覚えている相手に渡されたご飯でも、空っぽのお腹ではよだれを止めることができない。もしかしたら食べちゃいけないものかもしれない、そう頭の中で警鐘が鳴るが、そんなことは関係なしに彼らは唐突に喧嘩をし始めた。

  「おい、それおいらの分だろ!」

  「いーだろ、おれが買ったんだからさ! てかさっきまでいらないって言ってたじゃん!」

  「でももらえるのともらえないのはちがうでしょ!」

  「あーもーうるさいな! 今日はお前の分なしな!」

  「はー!? ケチケチケチ!!」

  その喧嘩は聴こえてはいたのだが、僕はもうこの手渡されてしまったポフィンから目を離せなくなっていた。すごく美味しそうで美味しそうで、食べたいと言う気持ちが頭を支配する。ついに空腹を堪えられなくなり、僕はとうとう一口齧る。口内に入ったポフィンの切れ端は口内に甘みを伝播させ、久方ぶりの食事の喜びを伝える。気づいたら二口目、三口目とかぶりついていて、あっという間にそのポフィンは全てお腹の中に入っていた。

  「おー、すっげー食うじゃん! どう、おいしかった?」

  僕はブンブンと頷く。それまでに僕は一度もこんなに美味しいものを食べたことがない。こんなに美味しいものも、こんなに嬉しい気持ちになるのも、初めてで。なんだか訳が分からず、僕の目からポロポロと雫が落ちる。それを彼は手で優しく拭き取り、そしてもう片方の手を差し出した。

  「おれ、ヒトカゲ! よろしくな!」

  そのヒトカゲの朗らかな笑み。眩しいほどに爽やかな笑顔が、僕の脳を焼き焦がした。そう、これが。僕が彼に恋をした瞬間だったのだ。

  [newpage]

  「どうした、考え事か?」

  そう声をかけられ、僕はハッと顔を上げる。声の発生源は今日バトルの練習相手になってくれているルチャブル。突然固まった様子に心配をかけてしまったのか、覗き込むようにこちらを見る。

  「い、いや。大丈夫だよ、ふひひ」

  しまった、気持ち悪い笑い声が漏れてしまった。大好きな、彼と初めて出会った思い出。ふとした時に思い出してしまい、いつもこんな風な気味の悪い笑いが抑えられなくなってしまう。そうか、と言ってあっさりと引き下がってくれたため、僕はホッとする。そして、この休憩時間にしていた作業に戻ろうとしていた。

  「にいちゃーん、なにしてるのそれー?」

  フワフワと僕の周りを飛び回りながらそう聞いてくるドラメシヤ。にいちゃんと呼ばれているが、孤児だった僕に血の繋がりのあるドラメシヤはいない。彼はただバトルの時に手伝いとして来てくれているだけなのだ。そんな彼がにいちゃんと慕ってくれるのは少し嬉しいことだと思いながら、僕は今している作業について話す。

  「これ? これはね、あの忌まわしき鳥の恥ずかしい写真だよ。これを封筒に入れてアイツのチームメイトに晒すんだ」

  「あー、ピジョおにいちゃんの写真だー! このまえねー、ピジョットおにいちゃんにも乗せてもらって、びゅーんってとんでくれたんだよーっ!」

  僕はそれを聞いてビクッと尻尾を実体化させてしまう。なんで、よりによってソイツに。上機嫌に笑うドラメシヤの話に、僕は怒りで頭が沸騰しそうになる。

  「だっ、ダメだぞっ! あのクソ鳥は生意気で自分勝手だから、着いていったら何されるか分かったもんじゃないぞ!」

  「えー、でもにいちゃんよりはやくてたのしかったもん」

  「お、お兄ちゃんだってあんな奴なんかより速く飛べるし! 振り落としちゃったら怖いから、全力出さないだけだし……」

  「でも僕らもっと早く飛びたいよー!」

  「だ、ダメなものはダメっ!」

  ぼくはムキになりながらそう答える、そう、飛ばないだけ。アイツなんかより僕が遅いわけがない。そんなわけがないんだ、とブツブツ呟いていると、僕は背後から聞き馴染みのある声が聞こえてきた。

  「おっ、パルトじゃん! バトル場以外では久しぶりだなー!」

  「えっ!? あっ、アッ」

  僕の心はふわっと綿毛のように舞い上がる。昔と変わらず快活な印象で、かつハリのあるハキハキした声。この声は、間違いない。

  「り、り、り、リザくんっ!」

  「おう、リザだぜ!」

  僕がそう呼ぶと、彼は爽やかにそう名乗る。あゝ、いい匂い。運動した後なのか、ちょっと酸味がある汗まじりのリザくんの香りが鼻腔を充満させる。それに、なんてカッコいい顔なんだ。特筆すべきはその蒼く凛々しい瞳。その瞳に射抜かれてしまっては骨抜きになってしまうだろう。もはやポケモン国宝と言っても過言ではない、宝石のような瞳だ。いや、寧ろポケモン国宝に指定されていないことがおかしいのではないか。そのような考えがオートマチックに巡っていた僕は、話したいことが思いつかない。

  「ききき、今日も良い天気だ、ね」

  「うん? まぁ、そこそこあったかくて過ごしやすいな!」

  「だ、だねっ、うん、とっても、あったかい」

  あまりにも当たり障りがない話題で、それ以上話が広がらない。マズい、何か話さなきゃ、何か話さなきゃ。だけども、何も会話の内容が浮かばなくて、またそれであたふたして。何も話が続かず、途方に暮れてしまった。

  「じゃ、俺この後試合だから! また会おうぜー、パルトー!」

  いつもひっきりなしにバトルに勤しむリザくんはそう言って、僕が別れの言葉を言う前に飛び去ってしまう。あぁ、今日のボーナスタイムが終了してしまった。またあんまり話せなかったな、と、自己嫌悪する。いつも僕はこうだ、彼に好かれたくて色々頑張っているのに、いざ彼を目の前にすると何も考えられなくなる。一重に、彼の魅力に見惚れ過ぎていることが原因の一端だろうが、それを予防できるのであればこのようなベタ惚れには至っていない。はぁ、と僕はため息を吐いた。

  「にいちゃん、リザおにいちゃんにすきっていわないのー?」

  「ばばばば、ばかっ! こういうのは、段取りがあってさ、もう少し、仲良くなったらっていうかさ、うん」

  その様子を頭の上で見ていたドラメシヤにそう指摘されてしまい、僕は慌ててそう言う。それは僕の中では真っ当なロジックのはずなのだが、ドラメシヤは不思議そうに再度こう聞いてきた。

  「でもさ、リザおにいちゃんよりもピジョおにいちゃんとのほうがよくいるよね? リザおにいちゃんがすきで、ピジョおにいちゃんがきらいなんじゃないの?」

  「そ、そうだよっ! でも、あのクソ鳥が僕に茶々入れるから、一緒にいる時間が長くなるだけだもん!」

  「だーれがクソ鳥だよ、ウジパルト」

  「っ! そ、その声は……!」

  僕が罵倒すると同時に、奴は現れる。リザくんの幼馴染で、僕にとっては忌まわしき恋敵。クソ鳥、もといピジョットだ。

  「何またデマ写真作ってんの……ってうわ、これマジのやつじゃん! お前なんだこんなとこまで着いてきて撮ってんのかよ」

  「だ、だって、リザくん独占しながらキャバ通いなんて、最低じゃん、こんなの皆に晒して早くリザくんから遠ざけないと」

  「いや別にいいだろキャバぐらい。オレはリザと付き合ってるわけじゃねぇし。つーかオレノーマルだし。ただ幼馴染ってだけだぞアイツとは」

  「だとしてもお前みたいなカス野郎とリザくんが一緒にいるの許せないもん! 絶対社会的に抹殺してリザくんの近くに居られないようにしてやる……」

  「はいはい出た出たいつものやつ」

  僕がそう言うと奴は毎度呆れたようにそう答える。僕の本気の気持ちをバカにして、やっぱりコイツは鼻につく。絶対に僕とリザくんの間からコイツを消し去ってやる……! そんな企みを知ってか知らずか、コイツは羽を手入れしながらこう言ってきた。

  「つか、そんなに好きなら早く告白しろよ」

  「……っ!」

  「あのバカだっていつかは誰かと番うだろ。そん時なって僕の方が先に好きだったのにー、とか言って泣きを見るのはお前だぞお前。玉砕するにしてもなんにしても早い方がいいんだぞこういうのは」

  それはと、ムカつくモノマネをする彼に僕は何も言葉を続けることができない。まさかこのデリカシーが欠片もないコイツに、論破されるなんて。返す言葉が思いつかず黙っていると、ニタリとコイツは笑った。

  「って、そんなの出来たらもう告ってるよなー、ウジパルトくん」

  「うるさい、うるさい、うるさあああい! カス鳥、クズ鳥、バカ鳥! もう帰れっ、帰れーっ!」

  「はいはい帰りますよ、帰ります」

  僕の感情を逆撫でするだけ逆撫でして、あの最悪な鳥は笑って去っていく。全く、本当に気分が悪い。告白する準備ができているならもうしている。告白はきっとしっかりと準備することが大事なのだ。あの鳥は、何もわかっていない。でも確かに、僕がこんなに惚れ込む彼が、他の誰かが狙わないなんてあり得ないだろう。じゃあ、僕のものにするには。その答えは、自明ではあった。

  [newpage]

  日が変わり、徐々に日差しが暖かくなる頃合いのバトルスタジアム近くの広場。僕はそこで右往左往しながら、とある場所を見ている。それは、リザくんが時計を見ながら待っている場所。あぁ、佇む姿もカッコいい。空を見上げたりして、何かを待ち侘びる様子が大人っぽい渋さを感じてとても良い。いやそうじゃなかった。今日は、勇気を出して告白しようと思ったんだった。だって、リザくんが他のポケモンに取られるなんて、考えたくない。何としても、僕が彼のパートナーになるんだもん。そのために今日はリザくんがいつも練習してる場所までやって来たのだから。でもでも、かっこいいな……。写真に残していいかな。いや、盗撮だな。じゃあ目に焼き付けよう。姿消しながら近づいたらもっと良く見えるだろうか。なんて、考えながらふわりと姿を消そうとすると。

  「……何してるんですか、ドラパルトくん」

  「ヨ、ヨノワールさん!? どうしてここに……」

  「いや、今日はリザードンくんと試合に出るから来ただけですが……」

  呆れた様子でそう言ったヨノワール。彼は同じゴーストタイプだからか、僕が姿を消しても見えてしまうらしい。だからおそらく、僕がリザくんに隠れて近づこうとしていた所を見られたようだ。だが、そんな苦い顔をしたいのは僕の方だ。聞き捨てならない言葉が聞こえた僕は彼を睨む。

  「《のろい》は勘弁してくださいよ、私は試合の度に身体張ってるんですからね」

  「問答無用、僕のリザくんに手を出すなら絶対に許さないんだから……!」

  「いや手を出しかねない輩は貴方だけですよ全く……」

  そんなことを言うけど、リザくんの魅力にかかればそんなことは言えないんじゃないか。リザくんはとっても魅力的で、事実いつもポケモン達が集っている。リザくんのそばに居続けたら、きっと彼の魅力に焼かれて、ガチ恋してしまうに違いない。そんな彼なのだから、僕以外近づいてはいけないのだ。僕はなおも不機嫌そうな態度を貫くと、ヨノワールはさらに呆れた様子でこう言った。

  「と言うか、そんな一緒に居たいなら直接誘えばいいじゃないですか」

  「でっ、でもさ、リザくんはみんなから人気だから組みたいって言ってるポケモン多いし、僕みたいな日陰者とは組みたくないだろうし、僕もリザくんと同じアタッカーだから相性は別に良くないし、誘っといて僕一匹で試合終わらせちゃったら気まずいし……」

  「自信があるのかないのかどっちなんですかね全く」

  はぁ、とため息をつくヨノワール。やっぱり彼は僕に理解を示してくれない。僕ともよく組んで試合してくれているが、一度も僕の肩を持ってくれたことはない。きっと僕とはいわゆるビジネスの関係なのだろう。……いいもん。僕にとっても、リザくんに集中できて都合が良いし。友達なんて、いなくてもいいし……。そう思っていると、ぽん、と手を叩く音が聞こえた。

  「……そうです、いい考えがあります」

  ヨノワールの言葉に僕は首を傾げると、こういうのはどうでしょう、とヨノワールはその考えを説明する。それに僕は、目を見開いて驚いた。

  リザくんが時計をチラと見て、ふわ、と一つ欠伸するところに、ヨノワールはリザくんのもとに駆け寄り、慌てた様子でお辞儀をする。

  「リザードンくん、お待たせして申し訳ございません」

  「おー、ヨノワール! 全然、てか約束よりちゃんと三分早いから大丈夫だぜ!」

  「いえいえ、とは言えスケジュールに遅延が生じかけたのはこちらの失態ですので……」

  「ははは、いつもお前は真面目だなー、そんくらい気にしないのに」

  いつも遅れてくるピジョットを少しは見習っても良いぞ、と笑うリザくん。アイツ、リザくんをそんなに待たせているのか、と一瞬頭に怒りが湧いたが、そんなことを考えている場合ではない。どうしよう、どうしよう。僕は惑う感情を隠せずにいた。

  「ところで、試合に行く前に相談があるのですが……」

  「おう、相談か。大丈夫だ、何でも話してみろ」

  「大変申し訳ないのですが、試合の後にパートナーとの記念日を祝う予定でして、その祝い品の準備ができていないのですよ。試合が終わってからだと準備が間に合わないので、今日は代役に任せてもよろしいでしょうか?」

  「なんだ、そんなの大丈夫に決まってんだろ! 大事な日なんだろ、しっかり祝ってきな! ところで、その代役は誰なんだ?」

  「それはですね……ちょっと待ってくださいね」

  あぁ、どうしたらいいだろう。何を言ったらリザくんが僕のこと好きになってくれるだろう。僕と付き合ってください?いや、バトルするんだから違くて、僕が君に勝利の美酒を浴びせてあげる?なんか、やりすぎかな、と思っていると、僕のところにヨノワールが戻ってきた。

  「何透明になって隠れてるんですか」

  「いや、待って、まだ心の準備ができてなくて」

  「私だって色んなポケモンが新しい戦闘スタイルを試している中で試合経験を積みたかったのに、わざわざ御膳立てしたんですよ、早く行きなさい」

  「やだ、やだ! まだリザくんにどんな声かけるか決まってないから!」

  「仕方ない方ですね……。ドラメシヤくん達、少し離れてくれるかい?」

  「はーい!」「わかったーっ!」

  まだその時じゃない、と僕は必死に弁明していたが、ふわーっ、と頭に乗っていたドラメシヤたちが飛び退くと即座にヨノワールに尻尾を掴まれ、ぐわんと体が宙を浮く。かと思いきや、急に下方向に推力が働き、地面に叩きつけられる。これは、背負い投げされたようだ。

  「グエッ!?」

  「うおおっ!? パ、パルト!? どっから出てきた!?」

  投げられた痛みで透明化していたのを解いてしまい、リザくんを驚かせてしまう。あぁ、そんなつもりは。そう言いたかったが、投げられた衝撃で言葉が出せていなかった。そんな僕の代わりに、ヨノワールが説明をし始める。

  「……驚かせてしまい申し訳ございません、この方が今日私の代役になってくれる方です。ねぇ、ドラパルトくん?」

  「は、はひ……」

  目を回しながら、僕はその説明に頷く。ヨノワールがそう説明するから、代わりに入れてもらえと言ってくれたのだ。それ自体は有難いことだ。痛みで、それどころじゃないけど。

  「だ、大丈夫か、パルト……? 別に、お前も難しいなら今日は試合やめといても……」

  僕の四肢が飛び跳ねる。それだけはダメだ! 折角リザくんが一緒に戦ってくれるって言ってるのに、このタイミングを逃すなんてありえない! 今日は、絶対に、リザくんと一緒に戦いたい! 僕は反射的に立ち上がり、リザくんを見据えた。

  「や、やるっ!」

  「えっ?」

  「ぼっ、僕なら、大丈夫! ほら、全然、元気だよ!」

  「本当か? 無理してないか?」

  「ほ、ほんとほんと! これから、なんだったら百試合だって、やれそうだよ!」

  「……おーけー、なら試合行くか!」

  そう合意した時に、ホッと一息ついた様子で、ヨノワールは深々とお辞儀をした。

  「ご迷惑をおかけして申し訳ございませんが、よろしくお願いします、お二方」

  「おう!」

  「う、うん……」

  そのまま、ヨノワールは姿を消して、僕とリザくんの二匹っきりになる。本当に、リザくんと一緒に戦えるんだ……! とても、喜ばしいことだ。

  「り、リザくん……っ!」

  「お、なんだ?」

  「え、あ、その……!」

  僕はリザくんの名前を呼ぶも、また話したいことが吹っ飛ぶ。こっちから声をかけたのに無言なんていけない、でも何話したら……そう思うとまた、頭が真っ白になった。

  「今日も、いい天気だね……」

  「あぁ、そうだな! 今日は絶好のバトル日和だぜ!」

  「う、うんっ、すっごく、バトル日和……!」

  思考回路がショートしてしまった僕はやはりその言葉しか言えず、また言いたい言葉を飛ばしてしまった僕にリザくんは元気に返事する。それだけでも嬉しくて、さらに舞い上がってしまう僕。そんなどうかした空気感の中、バトルの始まりが刻一刻と近づいてきていた。

  [newpage]

  リザくんと初めて挑む試合。その相手はサーナイト達のチーム。サーナイトがサポートしつつ、フワンテが技の準備をしていたが、彼女らは戸惑った顔つきをしていた。

  「おっ、おい、どうした!? ガッチガチだけど、大丈夫か!?」

  「あば、あばばばば」

  それもそのはず、試合が始まってから、僕は緊張でガッチガチになり、バトルフィールドの真ん中で身体を震わせていた。スマホロトムのバイブレーションみたいだな、と相手チームのマシマシラがケラケラと笑っている。そんな屈辱的な言葉を受けながらも、僕の身体は全く動けない。

  「……っ! あぶねぇっ!」

  ふと前を見ると、フワンテが技を撃とうとする寸前だった。あっ、と感嘆する間もなく、目の前で念力で作られた爆弾が爆発し、凄まじい風圧がそこで生じた。これはタダじゃ済んでないな、と思ったが身体に痛みはない。どうしてだろう、と疑問をめぐらす前に、頭の上から声が聞こえた。

  「ふぅ、まだ戦えそうか?」

  「あっ……」

  待って。もしかしてこれって。背中には暖かい感触、身体は何の力を入れなくても浮いている状態。そしてカッコいいリザくんの顔を下から見上げている状態。コレって、コレってもしかして、お姫様抱っこ……? えっ、リザくんに、抱っこ、されている……!? そう理解した瞬間、思考回路が焼き切れた。

  「きゅう。」

  「えっ、なんで!? ちょっ、ドクターっ!!」

  あぁ、なんて幸せなんだろうか。リザくんの暖かさを感じながら、僕は目を瞑る。もう、ここで死んでも良いかもしれない。うん、ここに墓を立ててくれ。意識がブラックアウトしていく中、リザくんの一際大きな声が聞こえた気がした。

  「うっ、うう……。ここ、は……?」

  ぼーっとする頭を振るって、寝ぼけた脳を叩き起こす。

  「おっ、起きたか?」

  ビクッ、とその声の発生源を見てみると、ドラメシヤたちと遊びながらこちらを見守るリザくんがそこにいた。あっ、こら。ドラメシヤたち、抜け駆けはいけないんだぞ。そうは思うも、流石に子供である彼らに怒りはしない。でも顎を優しく撫でられてるのはずるい。僕も撫でられたい。……いやいや、そうじゃなくて。今先ほど、僕はとてつもない迷惑をかけてしまったことを思い出した。

  「全く、体調悪いなら先言えよな。そんぐらいじゃ俺怒んねーし」

  「う、うん。ごめん、ね……」

  力なく、僕は謝る。どうしていつもこうなんだろう。いつもリザくんを前にすると、動きが鈍くなっちゃう。心臓がバクバクして、息ができなくなりそうになって。それでいつもリザくんを困らせちゃう。そんな風にうじうじしていると。

  「何つーかさ、パルト」

  頭を乱雑に掻きながら、言葉を探している様子のリザくん。それに首を傾げると、漸く言うことが思いついたのか、こう問いかけられた。

  「俺、お前になんかしたか?」

  「えっ!? そっ、そんなわけ……」

  「いや、勘違いならいいんだけどさ。ここ数年あんまりお前と話せてないなーって思って、今日組めるの嬉しかったんだけどさ。お前、体調崩しただろ? 俺と組むの、無理したのかなって」

  「そっ、そんなわけないっ!」

  慌てて僕は否定する。そんな、そんな勘違いさせちゃうなんて。それは心外だと、全力で僕は言葉を紡ぐ。

  「僕はっ、リザくんとずっと組みたくて、だけど、きんちょ、しちゃって……。こんな自分なんかリザくんの隣にいちゃダメだなって思うけど、それでも組みたくて……」

  だめだ、何もうまく言えてないのに、眼から涙が零れちゃう。こんなわがまま言ってるだけなのに、泣いちゃうなんて情けない。だけど、リザくんは吹き出しながら、優しく僕を撫でた。

  「……バカだなぁ、パルトは。誰がダメだって言うんだ。仮にもしそんなこと言う奴がいたら俺がぶっ飛ばしてやるよ」

  そう力強く言うリザくん。それは僕を肯定する言葉。まさか、リザくんからそう言ってもらえるなんて、本当に起こりうることなのだろうか? 僕は恐る恐る、リザくんに聞き返す。

  「い、いいの、リザくん。こんな、こんな僕と組んでもらっても、いいの……?」

  「組んでいいっていうか、俺はお前と組んでみたかったんだよ。パワー自慢の俺と、器用なパルト。アタッカー同士だけど、意外と相性がいいと思うんだ、俺は。だから俺は、お前と組める日が来てスッゲー嬉しいんだよ」

  ……いいのかな。本当に、リザくんはそう思ってくれているのかな。とてつもない不安感が心の中から湧き上がってくるが、リザくんの笑顔を見るとそんな気持ちは掻き消されていく。それどころか、僕は嬉しい気持ちでいっぱいになってしまうのだ。

  「嬉しい……! 死んじゃうほど嬉しいよ、リザくん……!」

  「大袈裟だなぁ、パルト。じゃあさ、この後も少しバトルしていくか? 俺まだ物足りねぇんだよ」

  「うんっ、うんっ!! 何試合だって、一緒に、やろ!!」

  単純な僕はその言葉だけで心が凄く踊り、羽のように軽い気持ちになる。嬉しい、嬉しいっ! 本当に、このままだと何十戦だってできそう! そんな風に思いながら、僕はスタジアムに戻るリザくんについていく。

  [newpage]

  三試合ほど終わった後。僕とリザくんはバトルフィールド脇のベンチで地面に図を描きながら話している。

  「さっきの試合、相手の勝ち筋潰すためにパルトに突っ張ってもらったけど、微妙だったか?」

  「え、えぇと。僕は頼ってもらえて嬉しかったけど、あのターンはリザくんが攻撃した方が負けないと思う。僕はダメージもらっちゃってたから……」

  「そうだよな。相性良いわけじゃなかったけど、俺が戦った方が分が良さそうだったよな。次同じ戦局だったら交代してみよう」

  そう言ってリザくんが戦略の良し悪しを相談してくれる。それが僕には嬉しくてたまらない。だって、リザくんに、頼られてるんだよ!? きっとこんな風に頼ってくれるなんて僕のことを信頼してくれているに違いない! だけど、そんな気持ちを遮るように、耳障りな風音が聞こえてきた。

  「はいはい、ピジョットただいま到着しましたよ……って、なんでパルトがここにいんの?」

  「おー、ピジョット! ヨノワールが忙しいから代わりに来てくれたんだよ!」

  「あのクソ真面目なヨノワールが忙しいからってドタキャン……? あーあー、なるほど、そういうことね」

  一瞬逡巡した様子だったが、納得したように頷くクソ鳥……もとい、ピジョット。また、コイツはいいところで邪魔をして……! 僕は頭を沸騰させながら、ピジョットを睨みつけた。

  「お前っ、僕とリザくんの逢瀬を邪魔しに来たんだろこのクソバード!!」

  「あーもううるさいな……元々この時間からリザの練習試合に合流する予定だったんだから別にいいだろ」

  「合流予定時間からは二時間遅れだけどな!」

  「そんなのは誤差だろ、誤差。どうせお前何時間でもバトルしてんだからさ」

  「誤差って言ってリザくんを二時間も待たせたの? ほんっとありえない……」

  「いや、ホントめんどくさい奴だなお前……」

  呆れながらそう言うピジョット。呆れたいのはこっちなんだけどと思っても、きっとこのクソ鳥は聞く耳を持たないだろう。

  「つーか、お前あいつにアプローチできたのか? ヨノワールが気を利かせてやってるのに、成果なしはありえないよなぁ?」

  「せ、成果はあるもん……!」

  「まぁこの様子見てるとそうだよな。でも、大事なことは言えてないんじゃないのか?」

  そう言われると、何も言い返せない。僕は今日こそリザくんに伝えるはずだった言葉は、何も言えてない。閉口しながらクソ鳥を睨みつけると、無駄に察しのいいコイツはケタケタと笑いだした。

  「やっぱり、まーたウジウジしてたんだなウジパルト」

  「そ、その呼び方やめて」

  「お前がクソ鳥呼びやめたら考えてやるよ」

  嘲笑するような笑みを浮かべながら、ピジョットはそう言う。その不快感を煽る囀りをやめさせたいところだが、どうやってしてもやめないだろうし、ここでリザくんに変に思われるのも嫌だから、黙らざるをえなかった。

  「じゃあオレも次の試合から参加すっから。仲良くしてくれよな」

  「むぅ、リザくんの目の前だから仲良くしてやるだけだからね。調子に乗らないでよね……」

  飄々とした態度でそう言ってくるピジョットにムカつきながらも、渋々協力することを約束してやる。リザくんに勝たせるためだからしょうがない、そう言い聞かせて。そして次の試合の時間になったため、僕はまた急いでバトルフィールドに戻る。

  「ま、オレもちょいとだけ手助けしてやりますか」

  ピジョットは軽く羽ばたいて身体をほぐした後に、遅れてフィールドにやってくる。それから僕たちは黙々と試合に打ち込んだ。

  「このコンビネーション、悪くなかったんじゃないか?」

  「確かに、リザくんとく……ピジョットとの連携技が上手く決まってたし、僕とフォーメーションチェンジするのも上手く出来てたかも……。もう一回この動き試してみたいな」

  他の試合同様、僕とリザくんは反省会をしながら戦略のブラッシュアップをする。こうやって反省会を重ねるうちに、リザくんのやりたい試合展開が分かってよりいい試合運びに仕上げられている気がする。試合に勝てるだけでなく、リザくんとやる試合がこんなにうまくできることに喜んでいると、ピジョットが近くのベンチをバンバンと叩きながら抗議の意を示してきた。

  「おい、そろそろ終わっていいだろ。オレはもうギブ寸前なんだが」

  「あ、もうこの時間か」

  「そ、そうだね。流石に僕も帰らないとだ……」

  辺りはすっかり日が暮れ、いつの間にかナイター照明もつけられている。ピジョットの言う通り、もう練習する時間ではなくなっている。……誰よりも後に来たクソ鳥が言っていることには目を瞑るとして。僕は帰り支度を始めようとすると、そういえば、とクソ鳥がなんだかわざとらしい大き目の声で言い出した。

  「パルトの家こっから少し遠くなかったっけ?」

  「は? 遠くないけど?」

  「何もかも反射的に否定するのやめろよお前は……」

  「確かに、パルトの家遠かったよな。確かここから街の端まで行くんだったよな?」

  「お、覚えてくれてるの……?」

  「この対応の差、差別に値するんじゃないかなー」

  目を細めながら何かがそう言ってくる気がするが、今はリザくんが心配してくれていることが嬉しい。こんな風に僕のことを見て、大丈夫なのか、みたいな顔をして。本当に、リザくんは優しくて、それが心に染みる。そんな風に考えていると、ポン、と何か名案が思い浮かんだ様子でピジョットは翼を叩く。

  「じゃあ、リザの家泊まればいいじゃん。すぐ近くだろ?」

  「あー確かにそうだな。俺んちはこっから歩いて数分で着くし、用事ないなら明日にゆっくり帰ったほうが良いかもな」

  「え……?」

  突然そう言ってくる二匹に戸惑っていると、小声でピジョットが耳打ちしてきた。

  「ほら。せっかくお膳立てしてやってんだから、距離縮めて来いよ」

  そう言われたことで、僕は漸くハッとする。確かにそれは願ってもないアシスト。まさか今日リザくんの家に泊まれるなんて考えもしなかったし、もし泊まれるならこんなに嬉しいことはない。珍しく気の利いたピジョットに、目をそらしながら僕は頭を下げる。

  「き、今日は礼を言ってあげる……」

  「おー、これは貴重」

  揶揄わないでよ、と言っても聞く耳を持たず、ニッと笑いながら振り返り、バサリとその翼を広げる。

  「じゃ、オレはコレから夜遊びに出かけるから。お前らも長〜い夜の時間、楽しめよ?」

  態々それをねっとりと言うクソ鳥にはどうしても苛立ちを覚えてしまうが、すぐさま飛び去ってしまったので文句のぶつけ先が無くなってしまう。全くあのクソ鳥は、と考えているとふとさっき言っていたことを思い出す。夜の時間。そうだ、夜の時間だ。夜の時間ってことは、リザくんとあんなことやそんなことをしてもいいってことじゃないか? もしかしたら、リザくんもアプローチしてくれるかもしれない。俺、パルトのこと見るとバーニングしちゃうんだとか言ってくれたりとかして。そしたらそしたらまさか、僕の初めて、リザくんに奪われちゃうかもしれないんだ……! いいよ、リザくんになら僕の初めて、喜んで捧げるからね。頭の上のドラメシヤ達が夜遊びって楽しいことなのかな、とウキウキした様子で話し合ってる中、僕はそんな邪なことを考えていた。

  「よし、じゃあ行こうぜパルト。俺んちに」

  「ふ、不束者ですがよろしくお願いします……?」

  「うん? おう、よろしくな!」

  一段飛ばしで迎えちゃいそうなその時に、僕は胸の高鳴りが止められなかったのだ、その時は。

  [newpage]

  約一時間後。リザくんの家に着いた後に、僕はベッドで寝かされる。ドラメシヤ達も隣ですぐに眠りについており、このベッドの柔らかさが心地いいのかとても幸せそうな表情をして眠っている。対して僕は天井を見上げながら、ポツリと呟いた。

  「何も無い……」

  ここへ連れてきてくれた家主のリザくんは、狭い床の中で適当に寝転がって眠っている。客である自分をベッドで寝かせるなんて、本当に優しすぎて涙が出ちゃう、と言いたいところだが今は違う原因で泣いてしまいそうだ。そういえばと、クソ鳥……ピジョットが前に僕に言ってきたことを思い出した。

  『アイツさ、バトルバカなんだよな。口を開けばバトルの話、寝ても起きてもすぐバトル。顔がいい分メスポケモンに告白されてきたことはあるけど、みーんなマジで何も無くて泣かされてたからな。一週間で別れるのもザラだったぜ。お前も気をつけろよ』

  その言葉を聞いたときはピンと来なかったが、たった今その真意を理解する。何もかも、リザくんには他意がないのだ。ただバトルで組んでみたいと思ってただけで、その他の意図は全くない。ましてや僕みたいにふしだらな目的なんて、微塵もありもしなかったのだ。

  「何もっ!! 無いっ!!」

  僕の悲痛な叫び声は静かな夜の空へと投げ出される。一切の欠けがない明るい月の下で、リザくんは尚もぐぅぐぅと寝息を立てて健やかに眠っている。今日の夜は、いつもよりも遥かに短い気がした。