僕と猫の奇妙な生活

  1

  「暑い・・・」

  小学校では2学期が始まっていた。6年生の優太は黄色い旗を振り回しながら学校からの帰り道についていた。

  彼の後ろには自分よりも低学年の児童がゾロゾロと歩いている。皆、一様に暑さですっかり参っている様だ。

  日陰に入ると明らかに温度が違う。ある家の軒先に段ボールの大きな箱が置かれてある。その横を通りすぎようとして異様な匂いがする事に気づく。思わず中を覗き込んで思わず顔をしかめてしまう。足を止めてしまった。

  (優太君、どうしたの?)

  列の最後尾にいた同じ6年生の女子が声をかけてくる。同じ町内に住んでいるが特に会話もした事もない子だ。

  (ミュー・・・ミュー・・・)

  中にいたのは一匹の子猫。箱の中には水と餌が置いてあったのだろうか。水滴がついた皿と餌のカスがついた皿が置いてある。新聞紙が敷かれており、その中には黄色い染みと排せつ物が散らばっていた。

  (親切な方、どうかこの子を世話してあげて下さい。家では、もう飼えなくなりました。本当にごめんなさい)

  そう貼り紙が書いてある。額がハチワレの模様になった黒と白の長くてフワフワな毛で覆われた子猫。と言っても生まれたばかりではなく、ある程度、大きくなった子猫が大人しくじっと座ったまま自分を見つめている。

  (酷いよ、誰がこんな事を!)

  女子が箱の中を見つけて子猫を持ち上げて抱きしめる。抵抗する様子もなく大人しく、かぼそい声で鳴く子猫。

  (でもね、ゴメンなさい。私の所じゃ、もう飼えないの?)

  そう言って猫を箱に戻そうとする女子。慌てて優太は彼女から猫を取り上げると思わず両手で抱きしめていた。

  (私ね、猫が家の中に3匹いるの。犬も2匹いるし。流石に、これ以上は無理だと思うの。ゴメンなさいね。)

  下級生達を家の近くまで送り届けて今、優太と女子は近くの動物病院に向かって歩みを進めていた。拾った猫をあやしながら彼女と一緒に動物病院の中に入って行く。そして事情を職員の人に話して猫も一緒に引き渡した。

  「僕の所は、母さんがなあ・・・」

  猫の様子を診て貰っている間に2人で話し込む。優太の家では猫は一度も飼った事がない。母親がとにかく猫嫌いなのである。それ以外の動物は大丈夫なのに猫科の動物。動物園でもライオンや虎の檻には近づきもしない。

  「でも、君が駄目なら、この子はどうなるんだ?」

  優太の問いに彼女も無言になって何も答えようとしない。そうこうしている間に2人は診察室に呼ばれていた。

  2

  (この子は女の子だね。珍しい事に尻尾が先っぽで2つに分かれようとしている。ひょっとして猫又か?)

  「猫又?」

  獣医の先生に診て貰った所、お腹が減って痩せて暑さで弱っているが特に病気とかは持っていないらしい。

  (猫又って言うのはね。とても長生きした猫がなるらしい。人の言葉を喋る事が出来るという妖怪さ。)

  (でも、先生、この子は、まだ子猫ですよ。その話っておかしくありません?)

  女子が子猫を撫でながら先生に問いかける。涼しい部屋に置かれた子猫は餌も水のお椀も空にしていた。

  (猫又って言うのはね、年老いると人前から姿を消すんだ。そして子猫の姿になってまた人前に現れる)

  満足した子猫が優太の足元にすり寄って体を擦り付けている。その様子を見て先生と女子が微笑んでいた。

  (その子は君を飼い主として認めたらしい。一度、家に連れて帰ってみてはどうかな?)

  先生に促されて2人は動物病院を後にした。

  (私の名前は友里【ゆり】って言うの。今まで、ずっと一緒に学校に行っているけど言ってなかったわね)

  そして彼女の家の前までやってきた。確かに近づくと犬の鳴き声が幾つも家の中から聞こえてきて煩い。

  (じゃあ、優太君。この子を御願いね)

  優太に抱かれた子猫を撫でて友里は自分の家の中に消える。その背中に向かって子猫は鳴き続けていた。

  「私が猫は駄目って知っているでしょ。可哀想だけど元の所に戻しなさい。きっと誰か拾ってくれるわ。」

  家に帰った優太を待っていた母親の言葉。予想はしていたけど、いざ言葉にして言われるとカチンと来る。

  「お母さんは、この子が可愛くないの!お願い、僕が一人で全部世話をするから。この通り!」

  そう言って頭を下げる優太。しかし、母親は聞き入れず、やむなく優太は子猫を元の場所に戻す事にした。

  「ゴメンな、本当にゴメンな。お前が僕の言う事を全部分かってくれるんだったらいいけど無理だよな。」

  ボロボロと涙を零しながら子猫を元の場所に戻す。せめて段ボールを新しくして餌と水を置いてあげる。それぐらいしか出来ない。子猫は小さな鳴き声を挙げながら自分の手に顔を擦りつけてくる。

  「じゃあな、お前可愛いから、きっといい人が見つかるよ。」

  そう言い残し優太は、その場から走り去る。家に帰って自分の部屋に戻り布団に突っ伏し涙するのだった。

  3

  顔がくすぐったい。何かザラザラとした、それでいてヌメッとした感覚を優太は感じて目を擦りながら布団から起き上がる。カーテンから薄明かりが差し込んでくるが部屋にかけてある時計を見ると、まだ朝の5時。

  家の中はシンとして静まり返っている。ボウっとする頭で周りを見回すと見覚えのある物が鎮座じていた。

  「お前!」

  その優太の声にニャーと反応する、その物体。忘れもしない昨日、泣く泣く置いてきた、あの子猫である。

  その足元には一枚の紙が置かれてある。自分の字でも母親の字でもない下手糞な文字で何か書いてある。

  「何々?・・・あれ、ひょっとして、これ、お前が書いたのか!凄いな、お前!・・・声が大きいかな?」

  自分の声の大きさに思わず驚いて声を潜める。そこに書いてあったのは目の前の猫の自己紹介の文だった。

  要約すると、ここでお世話になりたい。日中は一人で気ままに過ごしたいから夜は泊めて欲しい様だ。

  「生まれ変わったばかりなので、まだ名前がないのか・・・よし、秋に見つけたからお前の名前は秋だ!」

  その言葉に、またニャーと鳴いて反応する秋。どうやら自分の言っている事を理解しているらしい。

  「成程、必ず僕の部屋の窓を鍵を掛けずにおいておけばいいのか。それで押入れの布団の中で寝る訳か!

  ふーん、トイレも水も餌も自分で何とかするの?本当に大丈夫?僕は楽でいいけど困ったら言ってよ?」

  その言葉にもニャーと返事をして体を擦り付けてくる。喉をゴロゴロと鳴らし任せとけと言っている様だ。

  「これで良し!秋、分かっていると思うけど母さんには見つかるなよ。賢いお前なら大丈夫だろうけど。」

  押入れの中に大きな段ボールを置き、その中にバスタオルを一枚敷く。どこまで大きくなるか分からないが当分の間は大丈夫だろう。秋を中に入れると興味深そうに自分の匂いが染みついたタオルを嗅いでいる。

  家の中から人の動く気配がする。恐らく母親が起きたのだろう。窓を開けると、その隙間から秋がぴょんと

  外に飛び出て行く。二、三度、こちらの方を振り返ったと思ったら何処かに向けて走り出し見えなくなる。

  (きっと帰ってくるよな?)

  これからの秋と一緒の生活を考えると心がウキウキしてくる。

  「おかわり!」

  朝から機嫌がいい息子の様子をみて母親は戸惑いながらも笑顔で茶碗に新しいご飯を盛り付けるのだった。

  4

  (へー!この子、凄いんだ。秋ちゃんていうのね!)

  秋との生活が始まって間もなく。今日は休みという事もあり近くの公園に優太は秋と一緒に来ていた。

  特に予定もなく家を出た優太の前に秋が現れて自分についてこいと言わんばかりに先を歩いていく。

  そのまま友里の家まで歩いていき扉の前でニャーニャー鳴き出したのを聞きつけた友里が出て来て

  (じゃあ、一緒に公園でもいかない?)

  という流れになってこうなったのだ。ベンチで座る優太と友里。足元では秋が腹を出して転がっている。

  (私達の事を信頼しきっているみたい。猫ってね。本当に心を許した人じゃないと、こんな事しないのよ)

  「そういう物なんだな。僕も調べてみたけど、こいつ僕と友里ちゃん以外には、こういう事しないから。」

  年頃の男の子と女の子。何を話していいか分からない優太だが秋がいるおかけで彼女とも上手く話せる。

  (夜、暗くなると帰ってくるんだよね?でも、外飼いってあまり良くないよね。病気や寄生虫も怖いから)

  「お母さんさえ、許してくれるんだったら家の中で飼えるのになあ。何かいい方法でもあればいいけど。」水が入ったお椀をピチャピチャと舐めている秋。2人で、その様子を眺めていると急に誰かが近づいてきた。

  制服を着た自分の父親と同じくらいの男性と学校の先生位の若い女性の2人組。どうやら警察官らしい。

  (君達は小学生か中学生かな?実は最近この付近で不審者の目撃情報が沢山あってね。気を付けて欲しい)

  (事案っていってね。こういった事があったという情報があるの。この紙を家族の人に見せてあげてね?)

  警察官が立ち去った後に2人で貰った紙をベンチに座って見ている。秋も友里に抱かれて一緒に見ている。

  「困ったなあ。でも目撃情報だと夕方とか夜ばっかりだね。僕の所も母さん帰ってくるの夜だからなあ。」

  (私も習い事の帰りが夜になっちゃうからなあ。怖いなあ。早く捕まってくれるといいんだけど)

  2人がボヤいているのを見て秋が友里の腕の中から抜け出て優太と友里の体に自分の体を擦り付けてくる。

  「お前、町の中を散歩しているんだろ?怪しい人がいたら僕か友里ちゃんに教えてくれよ?」

  (そうね、あ、でも秋ちゃんも危ない真似はしたら駄目よ。猫の力では大人には敵わないんだからね)

  再び友里を家まで送って行き、そこで別れる。そして秋を道路に置くと、その姿は町の中に消えていった。

  5

  季節は秋も深まってきた。木々の葉は色づきはじめ優太と友里の学校でも秋の運動会が無事に行われた。

  秋、といっても猫の秋も成長しているのだろう。子猫の可愛らしさから威厳のある顔つきに変わってきた。

  朝、優太の起床を見届けると窓の外に消えて日が沈むと窓の隙間から帰って押し入れで寝る毎日だ。

  そしてある日の晩、優太が寝ようと布団に潜ってウトウトとし始めた頃、普段は押入れの自分の寝床で大人しくしている筈の秋が布団に潜りこんできた。子猫の時よりも更に毛が伸びてフワフワでモフモフな体。

  布団の中から顔だけ出して優太の顔を見つめている。すると、どこからか若い女の子らしき声が聞こえる。

  「優太君、聞こえます?今、貴方の心に直接、呼びかけています。私です。貴方に助けて貰った秋です。」

  「えっ?えーっ!」

  「声に出さなくても大丈夫。・・・そう、心の中で思うだけでいいのです。私の力で話しかけています。」

  秋が話してくれた話の内容。それは衝撃的な事だった。成長した事で力を取り戻したという事。そう、獣医の先生が言っていたように、その正体は猫又だったのである。と言っても凄い力があると言う訳ではない。

  人の言葉が分かる事、こうやって意思のやり取りが出来る事、そしてもう一つ切り札の能力があるらしい。

  「えーと?秋と一緒になって猫の体で動けると言う訳なの?」

  「そうです。人間の大きさの猫と考えて貰えればいいです。こんな事を許すのは貴方だけなんですから。」

  「本当、凄いや!僕、猫になってみたい!猫の体で外を思いっきり走り回りたい!どうすればいいの?」

  興味津々の優太に秋が告げた言葉、それを聞いて初心な優太は真っ赤になって黙り込んでしまった。

  「うー、なんで裸なんだよお・・・」

  「猫に服は不要です。昔、服を着たままで一緒になった事があるんですが動きにくくて困るんですよ。」

  裸になった優太は布団の上に座り込んでいる。そして大きくなって重くなった秋の体を持ち上げていた。

  「そのまま、鼻同士をくっつけるんです。そうすれば私と一緒になる事が出来ます。」

  「じゃあ、いくよ。1,2,3!」

  思わず声に出してしまった。恐る恐る自分の鼻と秋の鼻をくっつける。その瞬間、目が回り始めた。

  持っていた筈の秋の体が消えて無くなった様な気がする。そして、そのまま優太は意識を失ってしまった。

  6

  月明かりだろうか?目に光が差し込んでくる。うっすらと目をあけるが、まだ頭がボウっとしている様だ。立ち上がろうとしてバランスを崩して尻もちをついてしまう。その瞬間お尻に走る鈍い痛みで目が覚める。

  「フギャッ!?」

  そう叫んだ声、自分の知っている声ではない。部屋の中の鏡に何か、異様な姿をした人の形が立っていた。

  手足と腹は白くて長い毛、そして背中と胸は黒くて長い毛で覆われている。手足も一応、人の形をしているがピンク色の肉球がついている。自分の意思で鋭い爪を出したり引っ込めたりする事も出来る様だ。そして顔はまさに猫の顔。ハチワレの模様になっていて目の周りと額は黒、それ以外は白い毛で覆われている。

  耳も猫耳になっていて自分の意思で動く様になっている。鼻もピンク色になっていた。口を開けてみると大きく鋭い牙が生えていた。そして口の周りには大きな髭が何本も外側を向いて生えていた。

  「こ、これが僕にょ顔?僕は本当に猫ににゃったんだ!」

  思わず呟く、その言葉も声変わりが始まって低くなりつつあった声ではない。高くて澄んだ女の子の声だ。

  (どうです?素敵な姿でしょ。まあ、私の姿が基本ですから雌猫、女の子の姿になってしまうのですが。)

  頭の中で秋の声が聞こえる。その言葉にハッとして自分の大事な所を思わず触ってしまう。2つの胸はやんわりと膨らんでいる。そして男としての大事な部分。綺麗さっぱり無くなっているのがハッキリ分かった。

  「そ、そんにゃ・・・女の子ににゃっちゃうなんて」

  毛で覆われているから裸が露わになっている訳ではない。と言っても鏡に映る自分の姿。可愛らしい人型の猫の姿。猫娘と言っていいだろう。お尻も大きく尻尾も太く自分の意思で、うねる様に動いている。

  (まあ、それは置いておいて・・・思い切って夜の街に出かけましょう。この姿なら凄く楽しいですよ!)

  秋の言葉に促されて夜空を見上げる。月が煌々と輝いていて町は色とりどりの光で満ち溢れている。それを眺めているだけで身体が高ぶってくる。

  (大丈夫ですよ。私が一緒です。行きましょう!)

  その言葉と共に窓から飛び出して隣の家の屋根に飛び移る。音もなく走って人の姿なら間違いなく怪我する高さから飛び降り道路を走ると今度は、そこから一気に跳躍してブロック塀に降り立つ。時々、人とすれ違った様な気がしたが、そんな事は気にしない。猫娘になった最初の夜。優太は新しい体に酔いしれていた。

  7

  (優太、ちょっと新聞見てごらん、面白い記事が載っているわよ)

  季節は既に冬に入っていた。朝食のコーンスープを飲みながら母親が渡してくれた新聞に目を通す。そこに

  (正体不明の猫娘!?夜の街を駆け巡る姿が監視カメラで確認。町は猟友会に依頼して捕獲を目指す模様)

  と書いてある記事。そして自分の猫娘姿がバッチリ映っていた。

  「す、凄いなあ、こんなのが町にいるんだ。でも可愛くない?本当にいるなら一度、会ってみたいなあ?」

  内心で焦りながらも適当に返事して新聞を母親に返す。しかし母親はテレビで流れるニュースを見ていた。

  (痴漢や空き巣の被害が報告されています。犯人は見つからず警察は同一犯の犯行と見て捜査してます)

  (最近、物騒よね。優太も今日から冬休みでしょ。友里ちゃんの所に遊びに行く時は周りに注意するのよ)

  「母さんだって夜、帰る時は一人でしょ?僕、心配だなあ。あの猫娘が正義の味方なら助けてくれるのに」

  (大丈夫よ、こんな叔母さんを狙う物好きなんていないから。猫娘の方が私は、よっぽど怖くて嫌だわ)

  2学期の終業式を終えて家に帰る。まだ昼前という事もあり秋の姿は家にはいない。猫娘になれた時は嬉しく毎晩のように夜の街を駆け巡っていたが最近は寒くなった事もあり猫娘の姿にはなっていない。

  (私、こんなに毛が生えていますけど寒い時は寒いんですよ。出来れば寝床の毛布を一枚増やして下さい)

  秋の頼みを聞き入れて段ボールの中身もタオルから毛布に変わり最近はペット用の電気マットも用意した。

  家で宿題をやりながら母親の帰りを待つ。しかし、何時もなら帰ってくる時間なのにまだ帰ってこない。

  (どうしたんだろ?遅くなるなら連絡があるはずだけど)

  秋も、どこからともなく帰って来て押入れの段ボールの中に入って行った。そうこうしている間に急に辺りが騒がしくなる。パトカーのサイレンの音が鳴り出したと思ったら警官の声がアナウンスで聞こえてきた。

  (現在、この辺りに痴漢の犯人が潜伏しています。危険ですので家から出ない様にお願いします。)

  その放送を聞くと急に不安になる。押入れから秋を引っ張り出して慌てて自分の服を脱いで裸になる。

  「秋、母さんが心配だ。頼む。寒いかもしれないけど協力してくれ!」

  大きく欠伸する秋の鼻と自分の鼻をくっつける。猫娘の姿になった優太は夜の街に飛び出していった。

  8

  屋根から屋根へと飛び移り道路に降り立ち町の中を走り回る。既に辺りは真っ暗で街灯の明かりが道を照らしている。それでも優太の視界には、はっきりと町の様子が映っていた。何回も最寄りの駅まで迎えに行った事があるので、そのルートを辿る様に家の塀の上などを走りながら必死になって母の姿を探し続ける。

  (キャー!誰か助けて!)

  耳に届いた微かな悲鳴。聞き覚えのある女性の声。

  (家の近くだ!)

  そう思い、方向を変えて全速力で、その方向に向かって走っていく。四つん這いになって屋根に駆け上る。

  全身黒ずくめの大きな体が小さな体に後ろから覆い被さっている。足元には女性用のスーツが無残な姿になって落ちていた。それを見るなり頭に血が上った優太は一気に屋根の上から黒ずくめの体に体当たりする。

  (グワッ!?)

  黒ずくめの体が小さな体から弾き飛ばされて地面に転がる。しかし、直ぐに立ち上がってきた。

  自分よりも遥に大きくガッチリした体。間違いなく男性だろう。流石に優太の出現に驚いている様だ。

  (キャー!化け物!)

  女性・・といっても母親だが自分の姿をみて、また悲鳴を上げている。猫嫌いの母親にとっては化け物扱いされても仕方がないかもしれない。少し寂しい気もするが今は、そんな事を気にしている場合ではない。

  「さあ、かかってこい!僕が相手だ・・・!?」

  この自分の姿を見ても相手はひるむ様子がない。ポケットから刃物を取り出して襲い掛かってきたのだ。

  相手の動きは分かるが刃物を持っている。優太も、こんな事態は初めてなので次第に追い詰められていく。

  (この女よりも、お前の方が良さそうだな!)

  相手が刃物を突き出してくる。それは避ける事が出来たが相手が、もう片方の手で胸を触ってきた。

  乱暴に揉まれた膨らみから痛みが全身に走る。が、それよりも恥ずかしさと怒りで頭が真っ白になった。

  「にゃにおする!」

  思わず相手の顔を思いっきり引っ掻く。覆面をして目出し帽を被った相手の顔に4本の大きな線が走る。

  (ギャアアアア!)

  顔を抑えて地面を転がる相手。すると視界にパトカーの姿が目に入る。徐々にこちらに近づいて来る様だ。

  「じゃあ、僕はこれで!」

  母親に声を掛けて、そのまま家の方に向かって走り去っていく。後ろから何か呼び止める様な声が聞こえたが振り返らずに、その場を去る事しか出来なかった。

  9

  「ふうっ、疲れた。」

  家に戻って変身を解除し元の姿に戻る。慣れない動き、そして危ない場面を体験した事で身体も疲れている。母親の危機を救う事が出来たが化け物呼ばわりされた事が辛い。部屋の床に仰向けになって転がる。

  (ただいまー!)

  玄関から母親の声が聞こえてきた。あの襲われた時から随分、時間が経っている。恐らく警察で話でも聞かれたのだろう。普段の帰る時間よりも、かなり遅い。足音が近づいて来ると思ったら部屋の扉が開かれる。

  「お帰り、遅かったね?早く夕ご飯にしようよ。僕、お腹ペコペコだよ・・・どうしたの母さん?ああ!」

  声を掛けたが、そのまま母親は押入れに手を掛ける。扉を開けると中に入った段ボールを出していた。

  中に入っていた秋も突然の事で反応できない。疲れていたのか箱から飛び出さずに、こちらを見ている。

  (私が知らないとでも思っていたの?押し入れに変な段ボールがあるとは思っていたけど。優太!)

  ああ、これから叱られるんだと思った、その瞬間。秋が飛び出して来て優太の顔にぶつかってきた。鼻と鼻がぶつかる。母親の見ている前で優太と秋は一つになり猫娘の姿に変わってしまった。

  (私を助けてくれたのは優太だったのね)

  再び元の姿に戻った優太と秋。今までの事を説明する優太。人の言葉を書く事が出来る事は話さなかったが物分かりのいい猫だという事を必死に説明する。その説明を黙って聞いている母親。話が終わると優太を抱きしめてきた。

  (ごめんね、化け物なんて言っちゃって。)

  そう言って自分の猫嫌いの理由を話してくれた。母親が子供の時に猫を飼っていた時に引っかかれたのが原因らしい。その話をしている最中に秋が母親の体にすり寄って擦り付けている。そしてその顔を見上げてニャーニャー鳴いている。

  (秋ちゃんね。貴女も私の恩人、いや恩猫だね)

  そう言って抱き上げる。喉をグルグル鳴らしながら目を細めている。暫く抱きしめて部屋の床の上に置くと

  腹を見せて転がって体をクネクネと動かしている。そのお腹を母親が撫でながら優太に微笑んで言った。

  (この子、家で飼ってもいいわよ。日中、外にいるんでしょ?駄目よ。ちゃんと家の中で飼いなさい!)

  「ほ、本当!?やったあああ!良かったな、秋。」

  喜びを爆発させる優太に秋はニャーニャー嬉しそうに鳴きながら、その体を擦り付けていた。

  10

  (優太!友里ちゃんが来ているわよ。早く学校に行きなさい!)

  階段の下から母親の声がする。

  「分かった、今行くから!」

  慌てて中学校の制服に着替えて部屋を飛び出して階段を下りていく。その後を秋も一緒についてくる。

  (おはよう、優太。秋ちゃん、また大きくなったわね。もうすっかり大人の猫になっちゃったね)

  同じく中学の女子の制服に身を包んだ友里が秋を抱きあげる。この前、体重を計ったら5kgあった。顔も可愛いと言うよりは、ふてぶてしい物になっていた。目つきも鋭く見る人によっては怖いかもしれない。

  (でも、叔母さんは嬉しいわ。秋のお陰で友里ちゃんと優太が知り合いになって仲良くなったんだもの)

  「母さん、友里は、そんな間柄じゃないって!こいつは同じ町内の猫が好きな知り合いなだけで・・・。」

  (わ、私は秋ちゃんを毎日見に来ているだけで!ついでに優太と一緒に学校に行き帰りするだけですよ!)

  思わず声が小さくなってしまう2人。そんな若者の様子をみて優しく微笑んでいる年長者が2人を促す。

  (ハイハイ、仲の良い事で。じゃあ2人共早く行きなさい。ほら、もう、こんな時間だから急いでね。)

  「行って来ます!友里、走るぞ。そうしないと間に合わない!」

  そう言って家を飛び出していく優太。その後を文句を言いながら友里も走って追いかけていくのが見えた。

  (ふうっ、騒がしいのがいなくなったわ)

  2人を見送って家の中に戻っていく母親。その後を秋がゆっくり歩いていく。季節は移り変わり春になっていた。優太も中学生となり家にいる時間も小学生の時よりも短い。家にいる間は秋の世話は母親がやる様になっていた。

  (じゃあ、ご飯にしましょうか?)

  そう言って猫缶を開けて秋専用のお椀に中身を出す。その前から体を擦り付けて餌の催促をする秋。

  食べ終わると自分専用のトイレで用を足す。そして、その後始末をやる母親。当たり前になった光景だ。

  (じゃあ、秋、行って来るわね。留守番宜しくね)

  母親も仕事の為に家を出て行く。それを見送る秋。そして家の中には秋が一匹残された。一人で優太の部屋に戻っていく。爪とぎ用の段ボールで爪を研いだ後に自分の寝床。段ボールではなく猫専用のベッドに入って目を閉じる。そして暫くの時間が過ぎて行った。

  ガチャガチャと玄関を開ける音がする。そして

  「ただいまー!」

  と元気な男の子の声が聞こえる。その声を聞くや否や秋は寝床で伸びをすると階段を下りていく。自分の大事なご主人様。もう何人目になるか分からないが変わらぬ愛情を示してくれる大事な人を出迎える為に。