疑似金狼の遺跡探検記

  「こ……こんな格好で遺跡調査ですか!?」

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  黒と金色のペイントを素肌に塗られた助手は、状況が未だ飲み込めない顔をしていた。

  …いきなり遺跡に連れてかれるのはいつもの話だが、今日は入り口で服を脱ぐように言われ…

  露出度の高い下着だけを履かされた状態で、言われるがまま全身真っ黒にされ…

  「おや、伝え損ねていたかね。ここに入る際のドレスコードだって」

  教授は助手を真っ黒に染めた塗料を、今度は自分に塗りたくりながら答えた。

  「ドレスコードって…裸で遺跡に入る方がよっぽど無礼じゃないですか…」

  つくづく教授の下らない思い付きには常日頃振り回されているよ、助手はそんな顔をしている。

  …しかし、今日に限っては、冗談じみたことを言いながらも、目つきがやけに真剣だった。

  「そうそう、最後にこれを被ってくれ。」

  それは古代エジプトの神、アヌビスをかたどったマスクだった。イヌ科の獣の耳と下顎をつないだような構造をしており、ボディペイントと同じ黒と金色で彩られていた。

  「なんだこれ…ただのアヌビスのコスプレじゃないですか…。どうしてこれを被る必要があるんですか?」

  「…おい、死にたいのか?」

  教授は黒く塗りたくった腹を揺らしながら、やけに真面目に答える。

  「これはこの遺跡の呪いを避けるために必要な装備さ。ここが発見されてからというものの、たくさんの研究者が中に入ったが、だれも無事では済まされなかった。」

  「ある者は崩れ落ちてきた石の下敷きに… 一命は取り留めたが、病院で会ったら全身包帯だらけで、まるでミイラ男みたいだったぞ。」

  …忠告がブラックジョークすぎて、反応に困る。

  「ある者は遺跡調査の帰り道に、立て続けに交通事故に遭い…」

  …遺跡を無事出られても、”呪い”は続くってことか。

  「ある者はホテルの従業員に目の前でツバを吐かれたり、路地で客引きとハエに付きまとわれたり、列車の従業員にぼったくられたり…ストレスで体調を崩して『こんな国は二度とイカナイゾ!』と吐き捨てて帰国してしまったり…」

  …それはもう“呪い”と言えるレベルなのか?

  「…といったように、立ち入った者に悉く不可解なアクシデントが続いたことから、呪いの遺跡として恐れられているのだ。だが、先駆者のお陰で分かったこともあった。ここはアヌビス神を祀る遺跡であると。そして古代人はここに立ち入る際、自らもアヌビス神の装いをして立ち入っていたということを。」

  「…ふむふむ。」助手は疑り深そうに相槌を打つ。

  「そこで、勇敢な探索者が試しに立ち入ったのだよ。当時と同じ模様のボディペイントを、全身に再現して。そうしたら、それ以降は呪いと思われる異変は起こらなくなった。以来、研究者たちがこの遺跡に立ち入る際のドレスコードが”アヌビス神になること"なのだよ。」

  「……なるほど…少し信じがたいですが…。」

  助手は遺跡の呪いを避けるため、この姿にされたのだ。

  …正直、呪いなんて信じてない。非科学的だ。

  でも、それがこの遺跡の呪いを避けるための儀式だとしたら、悪い気はしない。

  恥ずかしいけど、郷に入っては郷に従え、触らぬ神に祟りなし、とも言うし。

  やっぱり、恥ずかしいけど。

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  結局、助手はマスクを被ることにした。

  「(うーん、やっぱり恥ずかしい!)」

  助手は赤面した。…頭部と下顎を覆うマスクと、恥部を隠すための最低限の大きさしかないTバックのような下着以外は、耐水性の塗料しか身に着けていない己の姿をじっくり見て。その姿はまさにアヌビス、死者の神のようだった。

  「よし、私も準備ができたぞ。」教授のボディペイントも乾いたようだ。

  黒と金色のペイントが施された二人の肌は太陽の光を反射して、まるで生きているアヌビス像のような神秘的な輝きを放っていた。

  「さあ、遺跡の中に入るぞ。」

  「は、はいっ!」

  助手は恥ずかしさを隠すように、張り切って遺跡の深奥へと足を踏み入れた。

  「(ふむふむ…噂には聞いていたけど、すごく広くて立派だなぁ)」

  最初は恥ずかしさで顔を赤らめていた助手は、遺跡に足を踏み入れるにつれ徐々にいつもの落ち着きを取り戻し、壁画や古代建築に心を奪われていった。

  歩くたびに、石畳の冷たさが裸足を通して伝わってくる。

  「(そういえば遺跡の中は、周りの砂漠と違って夜間に熱が逃げにくいからか、思ったより暑いなぁ…ボディペイントだけの裸ですごすにはちょうど良い気温かもしれない…

  …って、何をかんがえてるんだボクはっ!?)」

  我に返った助手は、一人で勝手に羞恥心に駆られる。

  「ここから先は狭くなっているから、這うようにして進んでくれ。ワシについてこい。」

  前を見ると、そこには人一人がやっと入れそうな横穴があった。

  助手は教授に続き、両手をついて四つ足で穴の中を進んでいく。

  遺跡の岩と土の間を、二匹のアヌビスと化した探検者は進む。

  「(今までの調査と違って、手と膝が地面に直接当たって、変な気分…)」

  いつもは服で覆われている部分への穏やかな刺激に、不思議な感覚を覚える助手。

  土のにおいが鼻を突き、生暖かい空気が肌をなでる。

  「ワシらより数千年前の古代人も、この狭い通路を通り、たどりついた遺跡内部で儀式を行っていたようだ。おそらく、今のワシらと同じ、アヌビスの姿で。」教授が言う。

  「なるほど、あえて直立歩行できない幅にすることで…儀式を行う前に、外見だけでなく立ち振る舞いもアヌビス…というよりは、そのモデルとなった陸上動物と同化させているということですか?」助手は答える。

  「おう、察しがいいな。諸説あるが、その説が有力なんじゃよ。」教授は満足気に答える。

  …ポツ…ポツッ…

  「ひゃっ!?」

  助手は突然、お尻のあたりに妙な感触を感じた。

  「ふえっ、はわわ…///」

  四つん這いのまま、慌てて逃げるように進んだ所、助手は生暖かい感触の物体にぶつかった。

  「おい、どうした?」教授が後ろを振り返る。

  「突然お尻を何かに触られて…って近い!!」

  …目の前には、教授の黒く染められた大きな生尻があった。

  「ああ、あそこは地下水が近くてな、たまに水が垂れてくるんじゃ。」

  「(…確かにここの地面だけ濡れている…びっくりした、呪いかと思ったよ。」

  …助手は冷静になるにつれ、むきだしの生尻に水滴が触れた感触を思い出し…

  …その感覚が、彼が裸であることを再認識させ、黒い塗料の下の素顔をさらに赤面させる。

  二匹は再び洞窟を進み始める。

  「…ちょっと教授、お尻が邪魔で先に進めません!」

  「我慢してくれ、ワシにはここの道はちょっと窮屈なんじゃよ…」

  「(…このアヌビス、冥界の神にしてはあまりに太りすぎている気がする。教授はこの姿で何度も出入りしているから、遺跡にとってお咎めは無いのだろうが。)」

  …助手は教授の体型に、日ごろから思うところがあったようだ。

  [newpage]

  「もうすぐ最深部だからな。もう少し頑張れよ。」

  「(おや、ここから地面の感触が違うな。土とは違う冷たさを感じる。)」

  懐中電灯で前を照らすと…突如として鏡張りの部屋が現れた。

  四つん這いで進む二人の姿が、無数の磨かれた金属板に反射し…

  上下左右前後、あらゆる場所に、万華鏡のように現れた。

  「わっっ…!!!!」

  助手は自分の全身が、一面に映し出される様子に恥じらいを感じ、

  まるで犬のように洞穴を進む感覚に、再び恥ずかしさがこみ上げてきた。

  「(はぁはぁ..教授以外誰も居ないのに、誰も見てないのは分かっているのに、すごく、恥ずかしい…///)」

  助手の心拍数が上がる。

  新しい姿に恥じらいを感じつつも、遺跡の秘密を解き明かすためにはこの姿を受け入れるしかなかった、と自分に言い聞かせ。

  そして洞穴の突き当たりの、広い空間にたどり着く。そこには祭壇のようなものがあった。

  「ここがアヌビス神が祀られたとされる場所だ。」

  そこには高さ2メートルほどの棺が安置されているものの、祭壇や、鎮座するアヌビス神像のようなものは見当たらない。棺にも装飾は無く、空っぽだ。

  「…最深部にしては、やけに殺風景ですね。」助手が聞く。

  「うむ。この文明が衰退した頃、すでに財宝は持ち出された後だったか…あるいは数百年前に盗掘に遭った後だったか、もしかするとそんなものは最初から無くて、この遺跡自体が後世の盗掘者を惑わせるための壮大なミスリードだったかもしれないな。ただ、無事に立ち入れた者がまだ数えるほどしか居ないからな、ここを調べてみる価値は大いにあると思うぞ。」

  二人のアヌビスは、壁画をあれこれ見渡す。壁画の多くはアヌビス神が描かれており、祭壇らしき場所で儀式を行っている様子だ。

  「おや?」

  部屋の端を注意深く眺めると、そこには他の壁画とは離れて、子供のようなアヌビスが描かれていた。

  身長は1.5mくらい。壁の中のアヌビスの目は、自分の目線とちょうど会う。

  …ここだけ、他よりも目を引く、黒と金色。

  「(あれ、こんな目立つ色の壁画、教授なら見逃すはずないと思うんだけどなぁ)」

  …教授のほうを振り返るも、古代文字の解読に夢中になっているからか、反応が薄い。

  壁画の中のアヌビスは、こちらを見つめ返している…ように見えた。

  今の自分そっくりの、黒と金色のペイントが施された体が。

  自分の今の格好そのままの姿で。

  この遺跡に入り込んだ時と、同じ姿で。

  鏡張りの部屋で見たように。

  いやそれ以上に鮮明に映し出されている….ように見えた。

  助手は自分の肉体を、そして壁画を、交互に見つめた。

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  (…アヌビス…)

  …助手は、自分が壁画の中のアヌビスになったかのような感覚に襲われていた。

  (いまのボクは…アヌビス…)

  (ほんとうのボクは…めのまえの…アヌビス……)

  …助手は...何やら意識が遠のくのを感じた。

  (ワタシハ…コノイセキノヌシ…)

  ボクハ…ニンゲンデハナイ…アヌビス….

  …ミモココロモ、アヌビスニソマッテイル…

  …助手は無意識のうちに四つん這いになる。まるで犬のように地を這う感覚に包まれていった。それはもう恥じらいに満ちたものではなく、まるで神聖なものにひざまずくような、そんな態度だっうた。

  …。

  …。

  …オオ、ヌシガオカエリニナッタ…

  …トテツモナク…ナガカッタ…

  …タダイマ…

  …オモイダセルカ?

  …ワカラナイ…

  …ソノモノデハ、ナイ、カ。

  シカタガナイ、ナンゼンネンモノアイダ、ワタシハコドクダッタノダ。

  ……。

  …ダガ、ワタシハオマエノコトヲ、トテモキニイッタ。

  …ヘッ!?

  …イマノオマエハ、ニンゲントアヌビスノハザマニアルソンザイ…

  キンノオオカミヲマトイシ、ショウネンヨ。

  …???

  …オマエナラ、ワタシヲワカッテクレルッキガシタ。

  カタクナラナクテヨイ。タダノタワムレジャ。

  …エッ???

  …メザメヨ、アラタナアルジヨ。

  その時だった。

  「んあっ!?」

  助手は我に返ると、何者かに足を掴まれた…、

  いや、足を踏み外した?

  ような、そんな、不思議な感覚を覚えた。

  「うわーーーっ!」

  バランスを崩し、壁に手をついた。

  すると、壁が、ゆっくりと、大きな音を立てて動き…

  ≪ゴゴゴゴゴゴ….≫

  「あいたたた…何が起きて…!?????」

  助手はその光景に息を呑んだ。目の前には….

  壁際には宝物が山積みに、

  中央には古代文明の貴重な遺品や書物が眠っていた!

  …助手は、この遺跡の秘密の部屋へと導かれたようだ。

  「おい、一体何が起きたんだ、って、どひゃーーーー!!!」

  あまりの事態に腰を抜かす教授。目の前の出来事が信じられない、情報量の多さにフリーズしてしまったようだ。

  「ちょっ、教授….!!!」

  そういう訳で、今回の探検は大成功に終わった。

  …助手が重たい教授を入口まで連れて帰るのが、大変だったらしいが……。

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  彼の発見は、世界中の学者たちを驚かせるものだった。

  更なる発見を求め、遺跡にはすぐさま人々が集まった。だが、やはり呪いは健在であり、アヌビス以外の立ち入りを許してくれないようだ。

  だが、やはりボディペイントでアヌビスの姿になれば許してくれるのだろう、皆が全身にアヌビスの姿になり探索するも、あの助手以上の発見はついぞ生まれなかった。

  その内に、この大発見は遺跡が助手を新たな主だと認めた証だと、同業者の中で半ば冗談交じりに語られるようになった。

  「アヌビスにされた時、自分の肉体を意識させられて恥じらった所が気に入られたんだろうか…?」

  「尻に水滴が落ちてきたのも、遺跡のイタズラだったのかもなw」

  「ワシの体型が似合ってたんでしょ?」

  「ボディペイントで真っ先に踏破したのは俺なのに、後からやってきたヤツに発見を横取りされるなんて、こんなの数十世紀モノのNTRだーーー!!」

  そんな助手でも、アヌビスの姿でなければ、遺跡は完全には気を許してくれないようだ。

  奇妙なことに呪いこそ起きないが、「何度遺跡に入っても、最深部にたどり着く前に遺跡の入り口から出てきてしまう」のである。まるで、ドレスコード違反だから門前払い、という透明人間のSPにつまみだされてでもしているかのように。

  さらに、見つかった財宝や書物も、その助手以外が遺跡から持ち出そうとすると、決まってうまくいかない。財宝を握った手が燃えるように熱くなったり、出口を目前にして気を失うような頭痛に襲われたり……やはり、不思議な力に阻まれてしまうようだ。

  そこで出土品を調査する際は、決まって助手が同伴することになった。

  念のため、常にアヌビスのボディペイントで。もちろん、移動中の屋外だろうと、研究所だろうと。

  地元の人々も彼を遺跡の主として認め、アヌビスの姿での調査を続けるよう求めた。

  結局その日以来、彼は毎日ほぼ常にアヌビスのボディペイントを塗られ、遺跡の調査をさせられることになった。

  恥ずかしさは未だぬぐえないものの、助手の表情を見る限り、“第二の皮膚”はまんざらではないようだ。

  …この世に「運命」があるならば、もしかすると助手はその運命を受け入れ、アヌビスとして、古代遺跡の新たな主しての自分を楽しむようになったのかもしれない。

  こうして、助手と、それに魅入られた古代遺跡の奇妙な日常は続くのであった。

  完

  (続く?)