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「いンやァ〜、この隅田川の流れ。
葉ッパの青い桜ァ…綺麗ですなァ〜」
「ああ」
「毎朝毎晩この景色が見られるなンザ、贅沢でたまンねえでさァ〜」
「ははは」
部下に"1杯どうだ"と言われ、歩かされてはいるが…
あのとき見てしまった、こいつの神妙なイヌ面が忘れられず、未だに頭の中を駆け巡っている。
斜陽になりかけている澄んだ青空をいくら見上げても、
いくらべか船やポンポン船の行き交う夏の隅田川を望んでも、
どうにもあの顔が抜けない。
「車長ォ?? どうしちャッたって言うンです〜?
なンだかさっきからウワの空でっせ??」
「ああ…いや、なんでもない」
「ハア?」
一瞬、顔を見合わせる。
だが逸してしまう。
…あぁ、なぜこいつのアホ面を頭に焼き付けなければいけないんだ。気味が悪い。
「…それより、私よりお前もだ。どうしたんだ、急に改まって?」
「へっ?」
とにかく落ち着きたくて、閑話休題を図ろうと試みる。
蝉がけたたましく鳴く中、桜田の気の抜けた返事から先、
そのしばらくの静寂が妙に…寂しく感じた。
「…いンやァ…い、言ッたじャねーですか。
お、俺が…車長に…あーした理由をですネ…」
「そっちだって妙に歯切れが悪いじゃないか。いつもの口八丁はどうした?」
「う…んぅ…!!」
川沿いを歩いていき、河川敷に足を運ぶ。
もちろんのことこの辺り、飲み屋なんかひと件もない。
「ふん…(シュッボッ…)」
しかし締まらん。なんなんだ、全く。
…徐ろにタバコを取り出し、火をつけた。
「あっ俺にもくだせェヨ」
「ああ、いいぞ」
箱をまさぐり、1本取って渡した。
「火は?」
「あぁ、いいンですヨ」
「そうか」
戦地にいたときはただのひとつさえ珍しく、吸うことを惜しむような高級品とさえ思っていたこのタバコも、
今では少し歩けばどこでも買える。
「…はあ…」
安っぽい香りだが、気を紛らわせるにはいい立役者になってくれる。
「へェ、"朝日"かァ…。
あいにくもうじき夕焼けッてンだけどネェ~」
「はははっ、こりゃ"1本とられた"ってわけか」
そうだ。この小気味よい話し口。
いつも通りの桜田と締まりのいい会話を交わし、私も少し解けたような気がした。
だが当のあいつは、なぜかそれほどいい顔をしていなかった。
「…あン時は同じタバコを、皆でゆっくり
ちょっとずつ吸いやしたヨねェ…」
「ああ、懐かしいな」
歩いているうちに、だんだんとヒト通りが少なくなっていくのを感じる。
蝉の声ももう薄っすらとしか聞こえない。
「あン時みたいに、吸ってみてェもンですなァ…」
「はぁ、あのときみたいに…?」
しんみりと思い出すように、
1本のタバコをありがたそうに見ながら、言った。
「ヨッとォ」
すると、さっき渡したタバコを胸ポケットに仕舞い、
私の噛んでいる方を引き抜いた。
「なっ、おい!」
「へっへーんだ! (スウ…)
ぶはァ~っ…いやァこの味でサァ、この味!」
せっかく新品を渡してやったのに…
私が吸いかけたタバコのどこがいいんだ…?
いつもの得意気な顔に戻ると、ぐいっとイヌ面を近づけて言った。
「車長の吸ったタバコは、どんなタバコよりも美味エ…」
「気色悪いな。なにを言って…」
「車長ォ、俺はですネ…(ガシッ)」
両腕を私に預け、タバコなんか気にならなくなるくらい、顔を近づけてくる。
いつの間にか周囲にはヒト通りなど皆無の、稲や蒲が高々と生えるような
川っぺりにまで足を進めていた。
今日初めてちゃんと向き合った桜田の顔は、
うっとりとした表情だったのが、だんだん堅くなっていくのがわかる。
「お、おいおい…気味が悪いぞ。1杯やるんじゃなかったのか?」
「俺は…俺ァ…!!」
そしてついに、うつむいてしまった。
口元は巾着袋の紐が通ったようにぐちゃぐちゃに閉じられている。
さっきから忙しいやつだ。
いきなり抱擁したり手を引いて連れたりタバコの回し吸いはするし、
挙げ句ヒト目のつかないところで、野郎2人でコソコソと…
一体どうしたというのだ? 活力剤でも過剰に摂ったのか?
川の流れる音がする。近くでは子供らが和気藹々としていて、
チャンバラごっこなんかをやっているようだ。
そんないつもと変わらぬ風景を背に、目の前の男は頬を赤らめ、
私になにかを言わんとしている。
「俺はッ、菜崎ッ!! お前のことを…す、すゥッ…!!」
そしてついに、ようやくなにかを言いかけたときだった。
足元に白いボールが…これは…
野球ボール?
「あんれ? 車長と桜田先輩じゃないですかぁ〜」
「すっシェーーーーーーッッッ!?」
「うお」
後ろを見やると、イエネコの男の子が…と思いきや、こいつはカナキチじゃないか。
蒲藪の広く空いているところから歩いてきたようだが…
こんなところで一体なにを?
…私たち2人も言えたことではないか。うむ。
ふと目をやると、桜田は面食らった表情をするどころか、とんでもない体勢をして…
「あっ…あーッ…み、見せモンじャねーんだぞォ!!
あッち行けッッッ!!!」
「なぁんですかぁ、先輩ぃ〜?
見られてまずいことでもあるんですー?」
素朴な声色できょとんと訊くカナキチだが、その調子はいまの桜田とは明らかに釣り合っていない。
「ッてかなんでチョードよくこんなところに…
お前ァ家は墨田の方だろォーッ!?」
「やぁ、支度が思いの外早ぁく終わっちゃいましてね〜。
暇だったので河川敷で、穏牧先輩とボール遊びでもとぉ…」
そうか、ということは…もうすでに全員が準備を済ませているのだな。
やはり私とそう違わない環境に皆いるらしい。
「そりゃいいけどヨ、なにがよくてこんなトコロまで来てヨ、
わざわざボール遊びなんかをしに来るッてんだァ?」
「なんとなくですよぉ〜。
そもそもここ、そんなに家から離れてないような〜…」
「はァ〜??」
…はあ、と言いたいのはこちらの方だ。
私もその"なんとなく"で連れられ、結局のところこいつは本意にすら達せられずに、
ただただ連れられて終わったところのようだからな。
一体なんのために連れて来られたんだか…
「お酒は飲めませんし、お腹もそんなに空いてませんでしたし〜」
「だからってボール遊びッてよォ〜…」
これ以上面倒にしたくなかったので、
すかさず私は話をぶつりと切って…
「まあまあ落ち着くんだ桜田。カナキチ、これだろう?」
と、足元にあったボールを拾って渡してやった。
「車長ぉ、ありがとうございますー!」
「んあ゛ー終わったらさっさとどッか行ッてくンねーかなァ!!」
「なぁんですか桜田先輩ぃ、今日は本当に当たりが強いんですねぇ…」
げんなりとしているのが絵に描かれたようにわかる。
普段は後輩には手柔らかな桜田が、
今日という日にはやたらと切羽詰まっているように見えてならない。
いつもならカナキチ相手にこんなことは言わない。
「カナキチ、後で私たちもそこに行くから、待っていてくれないか?」
「ええ、構いませんけど…」
「どッかいけェーッッッ!!」
「んみ…了解しましたぁ…」
上目遣いで1礼すると、小走りで戻って行った。
なんてかわいそうなことだろう。
さり際のその顔は、少し泣きそうな陰りがあった。
桜田のやつ、本当にどうしてしまったのだ…?
「桜田、どうした。本当におかしいぞ」
「おかしい…?」
問うてみると、本人は一応は落ち着きを取り戻したらしいが…
「なにかあるのか? あったら言ってみろ」
「言おうとしてたんじャねーですか…」
「???」
「…いんや、俺ァカナキチを叱りたかったわけじャねェでさァ。
ただ"邪魔"されたもンでネェ…」
「邪魔…?」
やはり私とこいつとで2人きりになることに、なにか重要なことが隠れているらしい。
ばったり会った後輩に話しかけられて、ここまできな臭い雰囲気になることも初めてだ。
「はァ〜興が醒めちまッた…。
車長ォ、今度こそホントに飲みに行きますヨ」
「あ、ああ…"今度こそ本当に"…?」
ーーーーー
後輩2人を連れ歩いて、またもや小1時間。
日ノ出町を通り越して川を越え、北千住駅のそばまでやってきた。
西口の辺りを南へ進むと、バラックのような建物が未だにわんさかと建っており、
飲み屋が群を成している。
カナキチが珍しく真顔になっている前で、穏牧たちと言を交わしていた。
「すっかり日も暮れてしまいましたね」
「ああ…あっという間だ」
「ふふん、だがヨ。これから行くところァ夜でも綺羅びやかなトコだぜェ〜」
「飲み屋街なんてどこでもそうでしょうが…」
「なァにをォッ!? あっこは都の中でも指折りの…」
「落ち着け、桜田。皆この辺りのヒトじゃないんだ」
カナキチは墨田、穏牧は日暮里。私や桜田よりももっと離れたところに住むならば、わかるはずがない。
斯く言う桜田も深川の住まいだが…
しかし、私とふたりきりで話をしたかったところを邪魔されたのが未だに癪なのか、
辛気臭い態度だ。
「この辺りはまだ復興が半端で、建物も都心と比べると粗雑なところが多い。
住んでいるニンゲンたちもまた、少し半端な者も…」
「えぇぇ、大丈夫なんですかぁ〜?」
「ヒト聞きのわりィこと言わねェでくだせェヨ〜。
こんなんでも美味しい店ァうんとあるッてんだ」
…いかん。紹介にしては凄まじい字面になってしまったか…?
「んみい、それに僕…お酒はダメって言いましたよねぇ〜」
さっきより強く顔をしかませるカナキチ。
尻尾も嫌そうに上下に激しく揺れている。
「安心しろィ。お茶や甘いもんなんかもあるサ」
「んぅ…だといいんですけどぉ…」
あまり気にかけたことがなかったので、振り返ることも稀だが、
酒豪も黙るほど飲みまくる桜田とは対照に、カナキチは酒に滅法弱いのだ。
大戦の中でも酒はおろかタバコにすら手をつけたことがなく、
我々年長の間では"密かに女遊びを愉しんでいる性分なのではないか?"という疑惑すらたったことがある。
萎れるカナキチを見兼ねた穏牧は、
ここぞとばかりにいい顔をしながら、懇親の金言を放った。
「行ってみればわかるさ。
逆に言えばそれまでは怯えてたって仕方ないんだし!」
「おぉッ!! イイこと言う〜穏牧よォ〜!」
"やればわかる"、"まずはやってみる"。
我々小隊の間ではもはや標語のようなものだった。
それを用いて納得させようとは、さすがは我が隊の頭脳だ。
「へへへ、大丈夫さカナキチ。私が付いてるからねっ!」
としっかりと肩を持った。
「穏牧先輩がそう言うならぁ…」
うむ、ひとまずことなきを得たか。
カナキチの扱いに長ける者は、恐らく穏牧以外にはいない。
私でさえ彼の気持ちを拾いきれないところがある。
これは立場の問題もあるから、難しいのだが…
これだけじゃないが、とにかく穏牧にはとても助けられているものだ。
歩くたびに道幅が狭まり、裏路地のような街風景へと変わっていく。
いつしかヒト足が増え、くたびれたサラリーマン風の男や、遊女のような女、
客引きやヤの字のようなニンゲンも現れてきた。
夕方の千住ならではの光景だ。この近くは都電の1大ターミナルとなっていて、少し離れた三輪橋や南千住などにおいて、4系統が名を連ねる。
そして住居や帰り客を狙う飲み屋をここに構えるニンゲンも多い。人々はここから出立し、やがてここへ帰ってくる。
つまりこの時間になれば必然的に、千住は祭りのように盛り上がるというわけだ。
ヒト波を掻き分けるようにして、少し混雑の空いたところで止まった。
「お、此処ここ。ここも美味しいんでサ
今日はここにしよーッとォ」
「わざわざ千住の方まで戻ってきたのは、こういう店のためか…」
着いた店先には、"ゆあさ"と記された暖簾が提がっていた。
和食の料亭…いや、ただの飲み屋か。
「じゃァ、行くぞぉイ」
(ガラガラガラガラ)
「いらっしゃい!! お、桜田の旦那ァ〜!!」
「よォ親っさん、来たぜェ」
中に入ると、タバコと濃い味のなにかが混じった空気が、
鼻腔にふわっと漂ってくる。
喧騒の中で忙しなくなにかを作る牛獣人の大将と、その前に広がるのはカウンター席、決して広くはない畳の座敷。
ものを焼いているからか春先だからか、熱気を感じる。
「………」
「ぁっ…」
「……〜!」
「…♪」
「んぅ…」
客も入って刹那に鋭い眼光をこちらへ向けたが、
気づいたらすぐに会話へと戻った。
私の行き知る飲み屋とは少し違い、活気のある明るい雰囲気がした。
ひとり酒をする者が少ないからだろうか…?
「飲み屋に来るのは初めてだったか?」
「え、ええ…まあ〜…」
「そう固くなるな。ここにいるニンゲンは、皆お前と同じだ」
「うぅ…」
「誰でも最初は怖いだろう。だが慣れればきっと楽しいぞ。
安心しろ、今回は我々がついている」
「は、はい…」
目線を喰らいおどおどしていたカナキチに、
私からも安心できるようにと、ひと声かけた。
しかしそうだろう、怖いだろう。
誰でもいきなり知らぬ存在から目を向けられたら、最初はそう思うものだ。
「親父ぃ、熱燗あるかイ?」
「おう、人数分だな?」
「アーちっこいヤツは飲めなくてナ、3つでいいヤ」
「あいよっ!」
唯一空いていた座敷の席に座り、早速桜田は酒を頼んでいる。
慣れているニンゲンは他人の目など気にせず動けるが、
果たしていい印象を残せるだろうか…?
「やっぱり、ちょっとぉ…」
「どうしたカナキチ、辛いか?」
「ぼ、僕も飲みます」
「えっ?」
「ん…?」
席につくなり俯いていたカナキチが放った言葉は、
嘆きではなく挑戦だった。
「無理しなくていいんだぞ? 飲めないなら飲めないで、そういうヒトのための飲み物だってある」
「いいえ先輩、やってみたいんです。
"やってみなくちゃわかんない"んですよね…?」
「カナキチ…」
…確かにいい心意気だが、大丈夫なのか…?
戦時中はひと口で呂律に異常が起き、3口で倒れてしまうのだ、と自ら口にしていたほどだったのに。
無理をしすぎると命に関わると言うし、止めるべきか…
「カナキチ、やめ…」
「おーうッ!! お前も飲む気になったかァ〜ッ!
ホレ親っさん、熱燗1コ追加でァ!」
「あーいよっ!」
桜田…!?
「ま、待て桜田!! さすがにいけないだろう!!」
「いいじゃねェですか。こいつァ自分で"飲む"って言ったンですヨ??」
「それでも桜田さん…!」
「飲みますっ…」
っ…
本人が言っている以上、私には止めることはできない。
部下の選択は信じてみるのみなのだ。個人の決意ならなおさら。
桜田もヤケでそう言い放ったわけではなさそうだ。
「止せ!! あぁは言ったけど、君に無理を強いることなんて…私には心外だ!!」
「…あれから5年です。5年が経ったんです。
さすがに3口くらい、飲めますよ…!」
どうなるのだ? 一体どうなる…??
「遅れてすまんね〜。
はい熱燗4つお待ちどぉ(ゴトッゴトッ)」
穏牧の慟哭を横目に、4つの徳利と猪口が勢いよく置かれる。
「………」
「おっとっとっとっとォ…(トクトクトク…)」
そして煥発入れずに桜田が注ぐ。
…"もう後には引き返せない"、と…
そういう決意のある眼差しをしていた。
「…ほ、本当にいくのか…?」
また穏牧から声が漏れるが、もう誰にも止められない。
「男カナキチ、いきます…っ!!」
「あぁっ!!」
(グビッ)
悲鳴と同時に、澄んだ彼の天敵が喉に入っていく音が聞こえた。
首が勢いよく上を向き、喉仏が前後し、しばらくしてゆっくり…
…前へと向き直った。
「カナ…キチ…?」
「…っ!?」
一瞬だけ全身の毛が逆立ち、肩が竦み上がった。
居ても立っても居られない様子の穏牧が、隣からずっと顔色を伺っている。
その後少し黙すると、第1声を発した。
「…あ、れ…?」
さっきまでぺしぺしと角の立つ態度を示していた尻尾が、ゆらゆらと上向きに変わっていく。
この仕草は…?
「…えへへ。がつんって来ましたけど、悪くないもんですねぇ〜」
「おオォ〜、なンだか気分よさそうじャねーか」
「カナキチ、大丈夫かい?」
「うんにゃ…ほわほわします〜」
様子を見る限り、激しい酔い方はしていない。
これも成長か…?
それともまだまだ序の口で、これからなにかが…??
「まだまだ1杯目じャねーかァ~。
オラもっと飲むぞォ!! カナキチの成長を祝って!! 乾杯ィ!!」
「か、乾杯」
「かんぱぁ〜い」
うむむむ…成長と思ったが、桜田が調子に乗り出したところを見ると…
やはりなんだか嫌な予感がする。
桜田が図に乗り出すといつも決まって、よからぬ不祥事が起きる。
私が止めてやらねば…
ーーーーー
…と思ったのも束の間、店に来てから1時間近くが経過した。
皆すっかり顔を赤らめさせ、談話の場も沸き立っていた。
「そういえばカナキチ、酒を飲まないのは知ってたけど…
どうして苦手なんだい?」
そんなとき、穏牧が和気藹々の懇談の中で、ふと質問したときだった。
「うにゅ? 苦手なのは苦手なんれすよぉ〜」
「それはそうだけど、例えば…
酒の匂いや味が苦手だとか、身体によくないからだとか…」
「あぁ〜、なるほろぉ〜…」
「そうそう、細かく知りたいなって思っ…」
「(ずいっ)」
「!?」
恐らくあれから2杯は口にしたであろうカナキチは、以前より酒に強くなったと言えど、
もう大層なへべれけになっていた。
横にいた穏牧に寄りかかり、
「知りたぁい…れすかぁ…?♡」
と言うほどだ。
酒が入ることでふにゃふにゃになるやつだったのか…
うーむ、今まで酒を飲むところも酔うところも見たことがないからな。
新鮮d…
「えっ…えへぇっ!?(タラーッ)」
「穏牧?? お、おい! 鼻血がっ!」
酔いどれ猫は厚い胸板に小さい手を擦り寄らせ、きょとんとしていた馬顔を
優しい手つきで自分の方へと回した。
すると穏牧の鼻孔から赤い血が…
「ねーぇ、穏牧せーんぱいっ♡」
「あっ…た…は…ぁ…へへへ…///」
「どぉっちなんれすかぁ〜?」
「い、いやぁ、質問したと、通りだし〜…」
「にゃぁ、んっふふ…♡」
「ぁ…ぁああっ…///」
片方の手が…あぐらをかく穏牧の股の隙間に、さり気なく滑り込んでいった。
するといきなり桜田が…嬉しそうに声をあげた。
「ダーッハッハッハッハッ!! お前ェカナキチよォ、
オメェも"そういうヤツ"だったのかァ〜!!」
「おめえもってぇ…なんれすぅ??」
「ハハハハハ。ただヨ、ここァいろんなニンゲンがいるからサ。
あとでゆぅ〜ッくりやればいいんだャ」
なにをだ…?
「えへへぇ、桜田せんぱいの言うとおり…れすねぇ〜」
「あっ…あぁ…あは…」
むう、まるで意味がわからん。
年も種族も違うあいつらの間で、しかも"そういうやつ"だなんて肯定的に言えないような言葉を、どういうわけか嬉しそうに共有するとは…
一体どういうことなのだろう。
ひとまず鼻血が止まらない様子の穏牧のため、首も据わらぬカナキチを引き退げさせた。
「大丈夫なのか」
「にゃぁ、へーきれすよぉ〜?」
「とにかく…寄り過ぎだ。
それに先輩になんたる態度だカナキチ。鼻血を出しているのを放っておくつもりか?」
「あぁ、いえ、そのぉ~…すみません…」
「謝る暇があったら拭いてやれ。ほら」
「うう、はいー…」
ぎこちない手つきで私の差し出したハンケチを取った後、
上の空?? 呆然?? とする穏牧にもう1度面と向かい、すぐ拭き始める。
「わ、私は大丈夫だよ、カナキチ。
ちょっとこう、なんていうか…その…」
「いいんれす〜。にゃ、僕の責任れすからぁ…」
「うむう…車長」
鼻を拭かれている間、私に話しかけてくる穏牧。
「うん?」
「見たところこいつ、4杯は飲んでたみたいなんですけど…。
これって"成長した"ってことでいいんでしょうかね?」
あのとき言っていた"3口で気を失う"という旨を思い返すと、まあ確かに成長とは言えそうだ。
ただ、無理させて飲ますものでもない。本人の意志とはいえ、
次からさせるならば、もっと慎重に行くべきだろう。
「…まあそうだろうな」
「へへへ。大人の階段ってヤツかねェ〜」
「登っちゃいましたねぇ〜…♡」
「ぎゃはあぁぁぁぁ^〜〜〜(ブシャーッ)」
「うわっ!?」
「カナキチ、早く拭けェィッ!!」
「は、はいぃ〜っ!!」
こうして初めての飲み屋を経験したカナキチだったが、
どうやら1番まずいのは、その上戸をまともに食らったときの穏牧らしい。
あいつは普段からも優しいが、いつもはもっと毅然としていて、
たまに本当に冗談すら通じないときもある。
桜田やカナキチと比べると口数は少なめだが、いいところはめいっぱい褒める。そしてダメなところはダメだと、身分を超えた指摘をしてくれる。
いつも傍観者として、いい役目を果たしてくれていると思う。
しばらくした後、水を飲んだり食い物を食べたりなどして…
「さて、酔いも覚めたことですし」
「帰るか」
「おっし、じャあお勘定ォ〜」
と落ち着いたことを見計らって、会計をして店を出ようとしたときだった。
「金ねぇのか!? おめえタダ飯喰らいに来たってのかよ!!」
「………」
「聞こえねえよ!! 金出せ金ぇ!!」
ひと目見てわかる。揉めている。
言わずもがな、勘定をしてもらえる雰囲気ではない。
どうしたものか…
「…菜崎、今回こそダメだったが…
必ずやいつか、俺がオトしてみせるゾ…♡(小声)」
「うにゅ…?」
続く。
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