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ーーーーー
(ぶろろろろろ…っぐ)
車が止まった。
どうやら所定の場所に着いたらしい。
「車長ォー、付きましたぜェーっ」
「菜崎くーん」
「んぅ…こや…??」
あまりの乗り心地のよさに、私は寝息を立ててしまっていたようだ。
桜田と恩田に揺すられ、ようやっと目を覚ました。
目の前にあった桜田の顔が少しほうけているように見えたのは、気のせいだろうか…?
(…ァン…)
「…っ!?(ガタッ)」
「うおぉ車長、大丈夫ですかィ??」
…そして直後に耳を掠めた、謎の衝撃波のようなものの音で、さらに目が覚めた。
なんだ今の音は…? 射撃音…??
「おら車長ォ、出てみなセェ!」
「おっきぃ〜!! これが宿舎ですかぁ〜?」
「マンション?? ビルヂング…??」
「??」
怪訝になりながらも、桜田が言う通り外に出てきた。
彼が言うには、ここは"宿舎"ということだったが…
「これは…団地??」
車を降りたすぐ。目の前に白いコンクリートが、真っ直ぐ真4角に建ち並んでいる。
規則正しく窓と柵があり、縦に横にと並べられていた。
正門には"宿舎 A棟"と書かれていた。
「そう、そう見えるかもね。
ここは千葉県の習志野…。どうだい? 知っているかい?」
「ならしの…??」
「千葉なんて来たコトぁねーヤ。はエ〜…」
気づいて見やった辺りはビルなどが全くなく、山と森のみだった。
遠くには民家があるものの、これぞまさに田舎と呼ぶべきものだろう、
主通りの沿い以外は全くなにもない。
これが地方、これが田舎か…
そう思っていると、カナキチが大声をあげた。
「皆さん、ご存知ないんですかぁ〜っ!?!?」
「なんだカナキチ、この場所に思い入れでもあるのかい?」
「穏牧先輩もそんなっ!! 先輩も東北の出でしたよねぇっ!?」
「そ、それがどうかしたのか…?」
そういえば、カナキチは千葉の漁師町の出身だったのを思い出した。
"東京の外れのところ"という形容が1番近いが、あまりそう説明されることが好きではないらしい。
普段は愛らしいカナキチだが、田舎都会という話になると…
「誇りはないんですか誇りはぁ〜っ!!
僕たちの地元は田舎なんてところじゃないんですよぉ~っ!!」
「って言ってもなぁ〜。うちは農家だったし、辺りもこんな感じで田んぼや畑だらけで、なんにも…」
「んむうぅぅにいぃぃぃ…!!」
頬を膨らませて怒るカナキチ。
こいつがここまで怒った顔を見るのは、いつ以来だったか…
穏牧も穏牧で、生まれ故郷が東北というだけで、
田んぼだらけの地元よりも、東京の方が過ごした時間が長い。
カナキチの言うことに共感が効かないのは、そのせいだろう。
…だが、ひとつだけ、
田舎ではありえないことに気がついた。
鳥の声がしない。
「やけに静かだな」
「そうですかイ?」
そうだ。鳥の声ひとつすらない。
すぐ横には松や椚なんかの林があるというのに…
すると次に、"嗅ぎ慣れたなにか"が空気の上を漂ってきた。
「(スンスン…)」
「車長?」
「火薬だ」
「火薬…ですかイ?」
火薬の匂い。無煙火薬の匂いだ。それもかなり近い。
「それに、さっきも聞こえたが…」
「??」
「耳を澄ませてみろ」
(…ァァン…)
(…パァン…)
「…エエ? 餡パン…?」
「やめろ桜田これは射撃音だ」
そう、射撃音。今しがたわかった。
きっと…
「宿舎の周りに射撃演習場でもあるンですかネェ?」
すぐ横で私を見ていた桜田が、代弁するかのようにこぼした。
「そうだよ。演習場と一体になっているんだ。
もちろん、君たちの得意分野でもある"戦車"の操縦演習だってできるようになってる」
…そうか、なるほど!
発砲煙や音などは野生動物たちにとっては恐ろしくかしましかろう。だから啼かないのか。
「そりャホントですかいィ!?」
「僕、もう1度操縦させてもらえるんですか〜っ!?」
カナキチの怒りに歪んだ眉間が、恩田の嬉しそうに語られる言葉を聞いて、
まるでアイロンがけをされたかのように真っ直ぐになった。
今までどれだけ操縦したいという気持ちを抑えてきたのだろうか。
あいつは海軍時代、操縦手を務めていた。
前任の男がいなくなって以来、我々とずっと戦地を共にしてきた…
若いながらなかなかに肝の据わった奴だ。
最初は入りたてだということもあって、"避けろ"、"進め"、"退がれ"、"止まれ"と、
ひっきりなしに続く私の指示に応えられるような余裕はなく、
戦闘中あたふたしている様を見ては、内心よく仏に向かって祈りを捧げていたものだった。
「カミ車ですか!? ハ号ですかっ!?
それともチハ車ですかぁ〜っ!?!?(キラキラ)」
「おおう、よく知ってるね菫望くん」
「カミ車とハ号は任せてもらってましたからね~。
でもチハ車だけはまだなんですよ~…」
「そうだったのかぁ~、ははは」
予想を超えた経験の深さにか、少し愛想笑いになる恩田。
ふふ、薬剤のことが中心だった彼の方が、こういうことには疎いだろうしな。
「まあ諸君、始まるとすれば訓練は次の月からだからね。
まだ宿舎の中を見てないじゃないか」
「そういえば…そうでしたね〜」
「じャ、行くかェ〜」
「行きましょうか」
「…ああ」
こうして車を降り、宿舎の中へと足を踏み入れた。
ーーーーー
「…うむ」
「広いですね〜」
…正面玄関だ。すぐ横には管理人室があり、窓口と郵便受けがある。
至って特別なにかがあるわけではない。
床はリノリウム、壁は白い漆喰、いやコンクリートか…?
カナキチもああは言ったが、庁舎のときよりもひときわ調子の低い声だった。
うーむ…まあ軍人に与えられる屋舎だと思えば、贅沢なものだろう。
屋根があって雨風が凌げ、快適に寝泊まりができるのならばな。
「やっべえぇぇーーッ!! 寝坊したァ〜っ!!」
とそこに、猫科の獣人が早足で正面玄関に現れた。
「あっ 、恩田大佐っ! ご苦労さまですッ!(ビシッ)」
「やあ下野くん、調子はどうだい?」
「お陰さまでっ! この間の怪我ももう心配ご無用です!」
「そうかそうか。完治したら精進したまえよ!」
「はいっ! ありがとうございますっ!
では失礼しますっ!」
出会い頭に敬礼、少しやりとりをし、
そしてすぐに去っていった。
まるで天気雨みたいなやつだったな…
「彼は"下野 アオイ"くん。最近入った砲手の訓練生だよ」
なるほど、若造か…
そうだろう。我々の出る幕はもう終わり、彼ら若人の時代が来たことを…すっかり忘れていた。
この宿舎や演習場の話を聞いたとき、完全に有頂天になっていたが…
「俺たちの時代は終わりですね」
さっきの訓練生が去り際に立てた薄ら風が消えかけた頃、
私はそう呟いていた。
「なにを言うんだい? 君たちには彼らの"先生"として頑張ってもらわないと。
そのために呼んだんだから」
「せっ…」
先生…!?
「て…ってことはつまり…」
「教官をやらせてもらえるんですかぁ〜?」
教官。教官…
ああ、あの砲術高のときが懐かしい。今でも鮮明に脳裏に浮かぶ。
在学の上級生や下士官に上がったやつらからも、相当扱かれたなぁ…
そんな教官役に、我らがさせてもらえる日が来るとは…
「うん、技量次第ではね」
「技量ですか…」
「まあそのためにちょっとした小手調べってことで、演習をしてもらおうと思ってね。
"ウォーミング・アップ"ってやつさ」
「なるほど…」
相槌を打つ穏牧も、なんだか不安げな様子だった。
いや、彼だけでなく桜田やカナキチまでもが、少し浮かない様子だ。
…だが桜田ひとりだけ、ちょっと持ち直してこう言った。
「へっ。ま俺ァぼッ立ちで弾込めさえヤッてりャいいんですけどネ」
そうだ。こいつは我々がカミ車に搭乗していた頃、ずっと横にいた。
もちろん装填する弾を砲手も兼任していた私が吟味しなくてもよくなる他、偵察中に様々な任を与えられることは、
確かに利便性の高い立ち位置だったとは思うが…
いかんせん、楽だな。
そう思っていると、またもやそれを覆さんと、恩田が自信あり気に口を開いた。
「ほう? そりゃあいい身分じゃないかい?
でもね、君はなにかひとつ忘れちゃいないかな」
「なんですかイ?」
「君たちの乗る戦車は、前まで乗っていたものとは異なるってことをさ」
「なっ…!?」
新しい…戦車…!?
「これからどんどんアメリカさんの兵器を使わせてもらう機会が増えるだろうと思ってるんだ。
だからね、いろんな戦車に慣れるようになってもらわないと…」
「例えば…シャーマンとかですか?」
アメリカ戦車!? そんな、まさか…!!
私の知らぬ戦車を…ここに来て、初めて…!?
だめだ。止まらない。
私の好奇心は止められない。
口が勝手に開いてしまう。
「あぁ、あるだろうね」
「スチュアートも??」
「あるかもしれないね」
「揚陸戦車や火炎放射器搭載の車両なんかも!?」
「あ、あー…それはわからないかな…」
「あはは、全くもう車長ったら」
「新しい兵器の話になるといっつもこうなんですからね〜」
「それがかわいいトコロなんじャないか…♡」
結局そのときは、私が恩田を困らせるのみになってしまった。
なぜ止めようとしないんだ周りは。
…いや、止められても反抗するのは常か。うむ。納得だ。
ーーーーー
処は変わって日ノ出町。忘れたヒトのために言っておくが、私の実家のある場所だ。
「………」
恩田や隊の皆と別れ、実家に帰ってきた。
そう。あの宿舎に入るための準備期間を与えられたのだ。
荷造りを進めねば…
「…しかし、なにを持って行こうか…」
このボロ屋にはなにも残っていない。
必要最低限の服がある程度で、家宝も財産もあったものではない。
あとは軍服や官服などといったものが支給されるだろうから…
「こんなものか」
シャツを3着、ズボンを3本、ネクタイを4つ。
そしてタバコやハンカチやポマードなんかを鞄に詰め込んだ。
…あぁ、支度が済んでしまった。
あとはもうすることがない。困った…
「ごめンくださーイヨッとォ。
あーりゃま、戸がァ…。直さないとだねェ…」
そこへ、聞き慣れた声がやってきた。
「あぁ、桜田じゃないか」
「こんにちわ〜。いんヤァ、俺ァパパッと終わっちまったモンでさ」
「そうか」
見やれば、青々と済んだ空があった。
隙間の多い我が家だからこそ望める青空。
夏場には珍しく、雲ひとつない空だった。
それを背に桜田が近づいてくる。
やはり持って行くものと言えど、皆それくらいなものなのだろう。
まあ、暇を持て余すのは変わらなかったか…
「そっちも終わッたんですかイ?」
「ああ、今しがたな」
「はえ。そうですかィ」
ニヤニヤとほうけた顔をこちらに向かせながら…
…うおっ!?
「(ぎゅっ)…んふふふ♡」
「なっ…なんだ!?」
「なーァ車長ォ…俺ら、いま2人きりですヨねェ…?」
いきなりなにをしてきたかと思えば、抱きついてきた。
普段よりなにを仕出かすかわからないこいつだが、またもやわからぬことを…
「だ、だからなんだ…?」
「久しぶりにサァ…やりましョーよォ…♡」
桜田の回した腕が、さらに強く締め付けてくる。
腕に掴みかかり抵抗するも、やはり砲弾を常日頃取り扱っていたその腕は太くたくましい。
なにくそ勝てん…!!
…あぁ、気持ちが悪いぞ…
がっちりと姿勢を固められた瞬間、こいつの素早い鼓動が全身に伝わってきた。
そして腰の辺りには…なにか硬いものが…!?
ああぁ気味悪い。なんなのだ…!!
「やめろっ…離せッ…!!」
「ヤなこッたねェ。どうして俺がワザワザこんなコトしてるのか、考えてごらンなせェよ」
「けっ…」
海軍に入りたての頃、こいつは普通の野郎だった。
話しやすく、指示もよく通り、なすことも全て機転の効くものばかり。
優秀な部下だったと言えよう。
だが、復員する直前に当たる頃のこと。
寝込むところだった私は、こいつに突然接吻されたのだ。
その後特になにも言われなかったが、
その代わりに今のような態度が定着していったのだった。
一体このとき、なにがあったのか…わからん。
"久しぶりにやりましょう"というのは…まさか…
せっ…p…!?
「…んもゥ~、仕様がネーなァ~…。
車長、一杯付き合ッてくださいヨ」
渋々ようやく私を離した桜田は、普段のにやついた顔と打って変わって、
真顔でそう言った。
「…?!」
「どうしたァ、嫌ッて言うンですかイ?」
「い、いや…」
「お金なら心配せずトモ、奢りますヨ」
刹那に絶句してしまった。
面食らっていたのか、私は…?
だが、普段がおかめのようなやつが真顔を見せたというなら、
きっと本当に真面目な話をしたがっているに違いないはずだ。
「…行こうか」
「そー来なくッちャね〜、ふふふ♡」
「あと案ずるな、金は私g」
「行きましョ行きましョ!! さァさァ!!」
言われるがまま引かれるがまま、監獄のようなボロ屋を後に、
青空の広がるあぜ道へと繰り出した。
続く。
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