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「やー、こんな暑い中ご苦労だったね。
さあ掛けたまえ、遠慮するな」
ここは…執務室だろうか。
壁際には本と書類が並び、奥の開いた窓からは小さく赤坂の御用地が望める。
艶やく机上には黒い受話器に、たくさんの紙資料、机上灯…
広いわけではないとはいえ、その前には立派な応接セットが拵えてあった。
言われるままに我々は、革でできた立派な腰掛けに掛けた。
「…(ギシッ)」
なんという座り心地なんだ…
戦車の内部はおろかそれ以前の暮らしにさえ、このようなふかふかな椅子に座った経験はない。
ひとりこの腰掛けに感心していると、そのイヌ科の男が続けた。
「やー君たちの活躍は聞いているよ。
私は"恩田 カネヒサ"。君たちのこれから属する部隊の、大隊長を担う者だ」
ということは…かつての"師団長"とは少し異なる役職になるようだ。
「先の大戦では、海軍で大佐を務めていたんだが…。
いやはや、私としてもまた求められる日が来ようとは…思いもしなかったよ」
「し、失敬しましたッ!!」
「…は、はっ!!」
「ほえ!?」
「こらァカナキチっ!! 下げろィ!!」
「ぎにゃっ!?!?」
なっ、大佐だと…!?
階級がわかるや否や、慌てて穏牧が立礼をする。
しばし呆気にとられていた我々と続き、桜田がカナキチの頭を下げさせる。
「あぁあぁそうかしこまらないでくれ!
見ての通り、まだ私は年端も行かない半端者だ。
大佐になったのも戦争の終わりもいいところだったし、最後の役職自体も"薬剤大佐"なものだから…」
この男"恩田"の身なりはというと…
毛並みは茶と白の2つ織り、見た目でいう年齢は…だいたい30代というところか。確かに上官にしてはとても若く見える。
これから彼に従うことになるならば、しかと記憶しておかねば…
「この任に就いたのもつい最近の話でね、まさか薬剤を司るところから、こんな大立場を任されることになろうとは…。いやぁ上官は辛いもんだよ〜」
「痛み入ります…」
と穏牧。
「はは、優しいね君は。気にしなくていいんだよ。
正面切って戦ってくれる君たちが、この集団では1番大切なんだからね」
彼の話しぶりを見た我々は、次第に気持ちが落ち着いてきているように思えた。
いろいろな経験談や冗談なんかを交えるうちに、室内に入ったときにあったような緊張も和らいでいく…
少し経った頃、閑話休題とばかりに大隊長が切り出した。
「さて、本題に入ろう。
知っての通り、我々の国とそう遠くないところで戦争行為が起きつつあるが…。
その戦争においてアメリカは、ここ日本が戦略的に重要と位置づけ、
我々は新たに国防ができる程度の武装を許されることになったんだ」
国防…ふむ…?
戦争に参加し、攻撃するという名目ではないのか。
なんだか、少し妙だ。
「話の腰を折ってすみません、質問なのですが…。
具体的に私どもは、一体これからなにをすると言うんです…?」
穏牧が臆せず口を開くと、大隊長は言った。
「端的に言うならば…まあ予測はしているだろうが、
北朝鮮やソ連などの脅威に耐えられるような戦力を持つべく、再武装をしてもらうことになる」
なるほど…
「つまり我々に"侵略戦争は許されない"、ということですか」
「ああ、その通りだよ小隊長」
気づけば、私も口を開いていた。
前の師団長、中隊長の前では、一切口を開かなかった。
…いや、開けなかったと言った方がいいか。
こう見えて私は、ヒト見知りなところがあることを自負している。
そのせいか普段からも周囲に"口数が少ない"と言われ続け、
なにやらそれを神秘とみて、戦績を併せて英雄視する者たちもいたようだ。
我々はただ生き残っただけにすぎないのだが…
…あぁすまない、脱線してしまった。
「まあしかし、やってもらうこと自体は帝国海軍時代のものと全く相違がない、と思ってもらって構わない。
"来たるべき侵略に備えること"だ」
「ふむ…」
この大隊長、そこまで気の置くところがない。
なんというか…あくまで感覚の話だが、信頼できる。
芝居がかっていない、そして簡潔な物言いという第1印象が、それを裏付けている。
「さてさて、まあざっくりと行動に関しての指示をし終えたところで…」
恩田はすっくと立ち上がり、窓の外の景色を一瞥した。
なにか遠くを見ているようだったが、我々に背を向けた形だったこともあって、
なにを望んでいたのかはよくわからなかった。
開いた窓から漏れていた車の喧騒が、信号待ちのせいか一瞬収まりかけた。
外を望んでいた大隊長は、満足したのかこっちに向き直ると…
「…さ、行こうか!」
とひとこと。
ここまでそこそこの移動範囲だったが、またここから移動するというのか…
「どこへです??」
すかさず穏牧が訊く。
「君たちも知っての通り、宿舎だよ。
今まで訓練してるときは、寮暮らしだっただろう?
そこへさっそく案内しようと思ってね」
そうか、寮か。
我々にはよく馴染んだものだったが、あれから5年経った今となっては、忘却の彼方だったな…
…って、"今から"だと!?
「…今からね」
「に、荷造りをしていない!!
あぁまだやることがたくさんあるというのに…」
「車長…?」
そういうことは早く言ってくれなければ困る…
なにも手持ち無沙汰では…
と言っても持っていくものもないが…
「車長ォ、"案内"ですぜ?
なにも今から引っ越せってこッたァないですヨ」
「えっ?」
「そーですよ! どんな感じか見てから判断もできますって!」
「まあそう物件紹介のような気軽さではなく、見せた後はもう実際に住む準備を進めてもらうつもりなんだがね?」
「えっそーなんですかぁ〜!?!?」
な、なんだなんだ、安心した…
やはり気持ちが逸っているのだろうか。
うーむ収まらん。なんだか落ち着かん。
「菜崎くん落ち着いて。宿舎は逃げないからね」
「そうですよ車長。嬉しいのはわかりましたから!」
「きゅぅ、面目ない…」
「へへっ…(かわいいなァオイ…♡)」
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騒がしさもさながら、我々はまた居所を変えることに。
市ヶ谷の庁舎を後にし、あの軽快に動くジープ…
ではなく、黒塗りの海外製と思しき立派な車に乗り込んだ。
街中の主道。都電が真ん中を走り、道にはトラックとバス、それから比べて少ない乗用車が入り乱れて列を成している。
「ジープではないのですか?」
私は車の不動の様に辟易したのか、
またもや口が開いていた。
「あぁ、お望みだったかな?
あいにく私にあれは配給されていなくてね」
「そうなんですか…」
乗り心地、気になっていたのだが…
仕方なし。
「それに…大の大人5人をアレごときで輸送はできないさ。
どのみちこの、豪勢な黒塗りに乗ることになっていただろうね」
そこにすかさず背格好の小さいカナキチを指して、桜田が言った。
「カナキチが詰めりャいいんじゃねーですかネ?」
「んにい、ちょっと扱い酷いですよぅ先輩」
頬をフグのように膨らませて怒るカナキチ。
改めて見ると、これでも20代の半ばだというが…やはり子供のように見える。
毎度のことこうしていじられて…気の毒なことだ。
その陰で穏牧が得も知れぬ笑みを浮かべていたのを見逃さなかった。
「しっかし惜しいなァ。大隊長サン、コイツぁネ、大の兵器好きでしてねェ〜。
なんでもかんでも兵器が目に入ると…すーぐがっつくんでサ」
「ほほう、そうなんだ〜菜崎くん」
「っ…」
なっ、桜田…余計なことを…!!
「車長ぉ、怖い顔しないでくださいよぉ〜。
かわいいですからっ! ねっ?」
「かわっ!? ふん、上官に向かってよくも…」
「まあまあ車長!!」
「菜崎くん!!」
「ふん…」
穏牧と続いて恩田まで、私を諌めにきた。
お前ら揃って、私をなんだと思っているのだ…?
…いや大隊長にされるお気遣いはありがたいものだが…
「へへへへ…♡」
こいつはなにがよくてかわからないが、いつもいつも私の揚げ足を取ってはヘラヘラと笑い、"かわいい"だの"お狐"だのと笑い者にする。
会ったときからずっとそうだ。
なにが楽しいのだ全く…
「お狐サンが怒ってても迫がねーナぁ…ふへへ♡」
ほれ見ろ。…ああくそ、腹が立ってきた。
「っちい、このッワン公めッ(じたばた)」
危うく手が出そうになるが、穏牧とカナキチに制止される。
「桜田さんっ!! もうっ!!」
「車長ぉ落ち着いてぇ〜っ!!」
っだぁぁぁぁぁぁーーーーーッッッッ!!!
「ふんッ!!」
(後部座席に向けて拳を放つ)
「だーっはっはっはっは!! うおぉ危ねエ何するんだい!?」
「もういっぺん言ってみろ桜田ァッ!! 今度こそ当ててやるぞ…!!」
「ハハハハッ!! かーわいーいお狐サンっ!
ホレホレ〜、当ててみやがれェ〜♡」
「桜田先輩っ! 煽っちゃだめですよおーっ!!」
「車長!! 乗ってはいけませんよ!!」
「うるさいッ!! 知ったことかァーッ!!」
私をかわいいだのなんだのと呼ばわりおって…!!
積年の恨みここで晴らさでかッ!!
今日という今日はお前らを許さん…
特に桜田だけは許さんぞ…ッ!!
掛かったシートベルトもいざ知らず、後ろのヘラヘラした犬面めがけて拳を叩き込む。
2名に抑えられながら振りかざす鉄拳は、私の対角線上にいた桜田に、なかなか届かない。
(ブロロロッ…)
すると、止まっていた車が少し動くのを感じた。
「くぬぬぬぬぬ…おっ?」
そして止まる。
「はぁ…あはは、車の渋滞がよく起こる道にいてよかったよ。
動きっぱなしならどうなってたか…」
「あっ…」
その次に聞こえた恩田の鶴のひと声で、ようやくハッと我に帰された。
そう、なにを隠そうこの車は、恩田の手で運転されているのだから。
彼の運転操作を邪魔すれば、彼の命が危うい。
たった今、それを思い出した。
まずい。私としたことが、取り乱してしまった。
「っ申し訳ありません、大隊長ッ!!」
「おぉっ!?」
声を張って詫びた。
後部にいた部下3人も、神妙な顔をしている。
彼にせっかく拾って頂いた身分なのに、その恩を仇で返すような真似はしたくはないからな。
皆そこは共通している故、こうなっているのだろう。
だが当の大隊長から出た声は、調子が狂うほど穏やかなものだった。
「び、びっくりしたよ。まさかこんなハキハキと謝られるなんて思わなんだからさ。
…でもなんだか、安心した」
「あ、安心…?」
「うん。君たちは本当に仲がいいんだなってさ。
そりゃまあ騒がしいのは大変だけども、
いつも君たちと居れば…寂しくないなと思ってね」
「はあ…?」
海軍にいたとき、こうした内輪揉めのようなことは珍しくなかった。
その分上からは"規律正しくしろ""真面目にやれ"などと、よく怒鳴られ拳も食らったものだ。
だからこの返事は、ことさらおかしいと思った。
優しい。とても優しい。
なによりも、その言葉を発したときの横顔が…
とても優しかった。
そして軽い笑みを浮かべながら、こう言った。
「んふふ、言っただろう?
今の時代、大事なのは軍部ではなくて…君たちなのさ!」
続く。
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