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ビーナスベルト

  ホントどうしてこうなっちゃったんだよ。僕は質問に対して傷つけないような答えを返して面倒事から逃れようとしていただけなのに。

  「そうそう、まずは無駄な筋肉が削げてしなやかな黒い肢体を磨かせてくれ。ドーベル抜かりの無い様に」

  「承りました坊ちゃま」

  美術室は誰かに邪魔されるのが嫌だって言ったけれど当事者の意思は尊重されるべきじゃないのかな。

  ***

  教室に籠もっていると視線が気になるから頻繁に席を立つのは仕方ないよね。廊下を走るなと言われても歩きスマホは咎められないだろうし人目を気にしながらの日課となったタイムライン監視。トゥイターを開きエゴサする昨日上げたイラストに付いたコメントを溢れでた感情をギリギリ言語として読み取れる程度に抑え加工した拙い言葉で返信する。もちろん怪しまれないように表情は抑え込んで。

  そういえば今日の放課後は美術室でデッサンモデルをお願いされているんだった、頼まれごとは求められた役目を全うするのはクリエイターとして当たり前のことだし予め何に気をつけなければならないか調べておこう。とブラウザから解説ページを開き調べる。

  「マーヴェラス!!」

  廊下の雑踏が醸す騒音を貫通する特有のうるささ、違いない彼だ。この前嫌がっている僕を美術室に連れ込み抵抗できないまま裸にして写し取られた……でも絵に対する情熱は本物だし僕だけ特別に声を掛けていたんだったらまあ、手伝ってあげてもいいけど。

  「放課後、美術室で」

  親しげに笑いかけた先は清黒君だったか黒豹の彼。今まで関係を持っていなかったはずなのになぜ、僕一人じゃ飽き足らずとっかえひっかえ果ては複数人で!

  音を立て落ちたスマホ(欲望を映し出せし蒲鉾板)、いやに真面目な内容を衆目環境に晒した!きっと画面の端から亀裂が走り元に戻ることは無いだろう。僕も衝撃で今までの関係に戻ることは出来なくなっているのだから。

  今日の放課後は僕だけを特別に呼んでいたはずなのに古荻くんを信じる僕がバカだったんだ、そうだ今日は帰ろう。暗い自室へ優しい闇に籠っていれば、高望みしなくても僕の信じるものしかない落ち着く穴倉に。

  そして誰かと作業通話して……オーシャンタイガーさんは当分忙しいらしいから他の方に。

  固まって拾えていなかったスマホを震える手で拾い上げるとは幸い割れていなかったけれどデッサンモデルの解説なんてもう要らない。シークレットモードで開いていたページを閉じて押し込めた。

  黒ければ黒い方がいいんだろうな……目の前で黒豹の彼を引き込もうとしているわけだし。僕なんてお払い箱さ、誰彼構わず体目当てにとっかえひっかえ脱がしているんだろ。きっとそうだ僕のこと振り回すだけ振り回して放置するようなワケだし__

  「やあ」

  「ふぇ!」

  「君ほどのワンダフルダークカラードボディを僕がみすみす見逃すわけなんて無いだろう。今週の日曜日にでも僕の家に遊びに来ないか」

  「いや、その日は予定が__」

  「何なら来週の日曜日でも再来週の日曜日でもいいよ」

  そうだ、古荻くんってメンタル強いんだった。きっとはぐらかしても前みたいに聞いても居なくたってメッセージ連投してくるのだから……仕方ない未来の僕のために。

  「入って無いんだった、偶然だね」

  「そうかい!じゃ先ずは今日の放課後美術室で。楽しみに待っているよ君の黒曜石と見紛う体を存分に描かせてくれ!」

  肩を軽く叩いて念押しされた。ああ、僕は無力だ一方的に約束を取り付けられ面倒事に巻き込まれたと分かっているのに、いつか言っていたように古荻くんの家に呼ばれ服を剥かれて一緒にお風呂なんて。服を脱ぐだけでも抵抗あったのにあまつさえガチムチ従者さんに僕の貧弱な裸体を晒しマッサージと称したあんなことやこんなことをされるなんてそんな。

  古荻くんに触れられた肩から上と下へ熱が伝播する、開放的な古荻くんの事だから突拍子もなく服を脱いで……今までに至近距離で見てきた古荻くんの裸体がさっき見た素敵絵を上書きして脳内キャンバスがたわわに実った麦の穂に埋め尽くされた。

  「ダックス君、急にうずくまってどうしたんだい。もう休み時間終わるけど立てるかい」

  もう立ってるんだよな、別の場所が。

  「何なら僕がおんぶしてあげようか」

  もっと駄目なんだよな。

  「アッ、僕の事は大丈夫だから先に教室帰っていて……」

  寝かしつけるためには気分が落ち込むものの投与。絵を描き始めてすぐの絵と調子づいて自画自賛していたあの頃の記憶を思い出して。あぁもうこの思春期特有の体質はどうにかならないのか数時間後と数日後に待ち受けている試練をどう乗り越えたらいいんだ。重い足に着くと同時にチャイムが鳴り憂鬱な時間は続く。

  ***

  「ささ、上がってくれたまえ歓迎するよ」

  白い石畳にスニーカー履きの足を降ろし、運転手さんに一礼する。あの放課後を乗り越え土曜日は連作の製作を徹夜で進行させていたからお昼まで眠るつもりだったのに、黒塗りの車が家の前に留まって呼び出しているって揺さぶり起こされ半ば連行されたんだった。

  「ここが家?」

  あくび交じりに私服姿の、いかにも高価そうなジャケット姿の古荻くんに尋ねる。門から車で十分は走ったところ。噴水にきっとレプリカだろうけれど僕でも知っているような彫刻、庭木は刈り揃えられて至る所に薔薇の花が咲き乱れていた。

  「立ち話もなんだし、まずはドーベルの紅茶でも飲もうじゃないか」

  小さく頷き古荻くんの後を追う。本当に坊ちゃんだったんだな、殊更に僕とは不釣り合いに思える。わざわざ頼まなくてもプロのモデルに依頼すればいいしそもそも同じ高校に通っている理由が庶民の僕には分からない。

  「ささ、座って」

  ガゼボとか言うらしいけど石造りの東屋。中世ヨーロッパをベースにしたファンタジーものでしか見た事のない光景の連続に、取り急ぎメッセンジャーバッグに入れていたタブレットを取り出して資料を写して回る。

  コトッと音立て目の前に現れるティーカップとソーサーにいつものガチムチ従者さん。

  この前のこともあって態度が軟化して居るような、ただ睨まれている事には変わりない。金に縁取られたティーカップに指を通し目の前の古荻くんに倣って香りを楽しもうとカップを鼻先に近づけた瞬間。

  「脱いでくれたまえ!」

  いやぁ、なんとなく予測は出来ていたけれど紅茶を勧めておいてそれは。

  「坊ちゃま既にお風呂の準備は出来ております。共々お運びしますね」

  本当に従者として優秀ですね、主人あっての従者というか。

  そう小脇に運ばれながら思っていた。

  ***

  「そうそう、まずは無駄な筋肉が削げてしなやかな黒い肢体を磨かせてくれ。ドーベル抜かりの無い様に」

  「承りました坊ちゃま」

  いわゆる『中世ヨーロッパの貴族が住む邸宅のお風呂』として漫画でよく見た風景のもとすっぽんぽんに衣服を脱ぎ捨てた古荻くん、もう見馴れてしまった光景だけれどもえらく開放的な古荻くんの古荻くんは当時の美観からすると『美しい』サイズで……何を考えているんだろう僕は。

  「自分で脱げるから、構わないで」

  朝の出来事に取り急ぎ着たパーカーとスウェットをもぞもぞと引き抜いてシャツを脱ぎ、最後の一枚モノクロチェックのボクサーブリーフを脱ぎかけ躊躇っていると。

  「なゆたん、体を強く求められるのも悪くないぞ」

  「ヒェッ!」

  肩に手を置かれ飛び跳ねる。振り返って見るに縞模様の__学校の廊下で見たことのあるような。そもそも僕のPNを?

  「やぁ、オーターくん。今日も良いデッサン日和だね!」

  『オーター』?そういえば股間がスースーする。

  「これは貰っていく」

  疑問符を浮かべている間に『オーター』さんの手中に収められた僕のパンツ。

  「ダックスくんは初めましてだね、トゥイターで知り合った僕の親友『オーシャンタイガー』ことオーターくんだよ!」

  「さ、皆様早くお風呂に。坊ちゃまの時間が無駄にならないように」

  いつの間にか先の執事服を脱ぎ西洋彫刻を思わせる肢体のガチムチ従者さんが立派なものをブラブラと引っ提げ迫る。これはトゥイターでよく見たエロ漫画みたいに組み敷かれてむりやり手込……教え込まれるんだ。

  「よきにはからえ」

  「まだ心の準備がぁ!」

  さっきと同じ構図、小脇に抱えられる僕とオーシャンタイガーさんと。ただ異なる点があるとするならば前を歩く古荻くんの食パンのようなふっかふかのお尻が__いけない想像以上の情報量に鼻血が。

  ドサリと薔薇の浮く浴槽に落とされて、諦めの境地に湯を掬って顔を洗う。

  「いやぁ、ダックスくんとオーターくんが並ぶと絵になるね!WDCBと黄昏色の被毛。墨が流れてダックス君のWDCBもより深みを増すというものだね」

  いつの間にか湯が注がれるライオンの彫刻に腰掛けて、耐水ペーパーとボールペンを持ちこちらを眺めてデッサンしている古荻くんをぼぅと見__『墨が流れて』?みるみるうちに浴槽が黒く染まり隣を見ると虎獣人だったはずのオーシャンタイガーさんの縞模様が消えて。

  「あぁ、実は獅子獣人なんだ。毎日縞模様は墨で描いてる」

  その光景を最後に、墨に染められた薔薇風呂に意識が沈んだ。

  ***

  __いい匂いがする、凝り固まって痛みを伴っていた肩や腰が温くて。このぬくもりに包まれて居たい。

  「ダックスくん。目が覚めたかい!」

  あ、古荻くんだ。なぜベッドに古荻くんが居るんだろう、ここは僕の聖域(サンクチュアリ)なのに。おかしいな出会ってすぐの晩にネタにしたら夢に出てきたことがあるからそれの続きかなぁ。

  「ドーベルのマッサージは最高だろう」

  ドーベル。口を一文字に閉じた従者さんが僕の体に直接触れて居る事実に気付き、でもこれはこれで気持ちいいからもう。

  「僕もダックスくんの体を沢山描けたから満足さ、一緒にもう少し寝よう」

  ふんわり柔らかな古荻くんに頭を撫でられて、次に目が覚めた頃には自室のベッド。通知音が止まらないスマホを開き表示限界を超えた古荻くんからのメッセージと今日描いたであろう僕とオーシャンタイガーさんのデッサン。

  『今日は楽しかった、また明日学校で!』

  そんなすべてが規格外の古荻くんにまた振り回されてしまうのだろうと、少し楽しみな僕は被毛から仄かに香る薔薇へ想いを託して枕に顔を埋めた。

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