初めまして、俺の名前は秋沢征十郎です。雄の獅子獣人で、今年で高校二年生、誕生日は八月六日、血液型は…………ってそんなことどうでもいいか。
俺は今、駅前でクラスメイトの高田くんを待っています。約束の時間は午後一時だったけど、既に二時になろうとしてる。金の豪華な装飾がされた悪趣味な腕時計を見るのも、もう百回目を越えるかもしれない。
「…………………………………………はぁ」
…………ため息も、百回目かも。
今日は高田くんに遊びに誘われて、珍しく外に出ることになった。普段休日は習い事が無ければ本を読んでいるか自習をするようにしているんだけど、高田くんに誘いを受けて、高校生活で初めてクラスメイトと休日に出かけることになった。
昨夜は服選びから会話の練習まで、慌ただしく就寝したけれど、今朝はのんびりとモーニングコーヒーを楽しんでから待ち合わせ場所に三十分前に到着した。それからしばらくは高田くんが来るのをドキドキで待っていたんだけど、一時半くらいになった頃には流石に諦めて、近くのベンチで本を読み始めている。それでもたまにはチラチラ周りを確認しているけど、高田くんが来る様子はなかった。
寝坊か、電車が遅れているのか、途中で事故に遭ったのか。どの可能性を考えても不安になるけど、俺は高田くんの連絡先を知らない。だからここで家の門限の午後六時まで、ひたすら待ち続けるしかない。
幸い天気は晴れで、日差しもそんなに強くない。終春の暖かさが陽光というベールで街を包み込む…………なんて、ちょっと読んでいる本に影響されたかな。
ふと顔を上げると、目の前を小学生の団体が走り抜けていった。その後ろを着いていく、母親の団体。
これが本来あるべき休日の形なんだろう、こんなところで一人で読者をしているんじゃなくて。
駅前の喧騒は、静けさが好きな俺には少し耳障りに感じてしまう。ガタンゴトンとけたたましく鳴る電車より、人々の声の方が断然不愉快だ。あんまり長居したくないというのに、居続けなければならない時間。俺は果たしていつまで待つことになるんだろうか。
ちょうど本のページを捲ったときに、目に飛び込んできた大きな空白。とうとう最後まで読みきってしまったようだった。
なかなか面白い内容だったけど、最後の方はあまり集中できなかった。やはり読書は静かな自室でするに限る。少なくとも暇潰しの一貫で読むなら、もっと内容の軽いものにするべきだったかな。
帰ったら始めから読み返そう、と思いつつ、文庫本を鞄にしまった。本も読みきってしまい、時計は二時を過ぎてしまった。俺は一人でぼーっとしているだけ。どう考えも時間の無駄に感じる。あまりこういう時間を貴重に変えられるほど、感受性の豊かなタイプじゃないし。
また前を見る。今度は大学生らしい団体が大きな声で騒ぎながら通過していった。どうしてあんな大声じゃないと喋れないんだろうか。全員耳が悪いのかな。
その団体の先頭には、リーダーらしき人物………獅子獣人が道を先導して取り仕切っていて、俺は何気なく目を逸らした。
とはいえ他に見るべきものなんてない。夜杉駅はほとんど来たことがないけれど、別にこれといって特徴的なものはない。ごく一般的な駅前の建物に囲まれて、ごく一般的な人々が過ごしているだけ。その中にいる俺は一般人とは程遠い存在ではあること自覚している。でも一般人に紛れ込んでいる間はなにかと気が楽だ。誰にも見られない、空気のような存在でいられる。
…………いつもそうやっていられたらいいのに。空気のようにじっとして、流されるまま生きていく。でもその一方で人との関わりが欲しいとも思ってるのは…………俺ってわがままなんだろうか。
ダメだ。読書をしていないとすぐどうでもいいことを考え込んでしまう。自分の頭の中の物差しで絵を描くのは悪い癖だ。やめよう。
そして次に頭に過ったのは、高田くんはもう来ないんじゃないかという疑念。よく忘れ物をする彼のことだから、約束をすっぽかしても何らおかしくはないような気がする。今頃家でのんびりと昼寝でもしてるんだろうか。連絡先を聞いとけば良かったって思うけど、わざわざ聞く勇気俺にはない。だからここで待つだけ。
本当に待つだけでいいんだろうか。一時間待ったなら仮にここで帰ったとしても、俺に非はないように思う。そもそも強引に取り付けられた約束だったし……責められる謂れはない。
でも心のどこかで、高田くんが来たらいいのに、と思っている自分もいる。だから可能性を捨てないように、ここで待ち続けたい自分もいる。
いや、でも高田くんみたいな適当な人は約束だって平気でほっぽりだすだろう。それでニコニコ笑いながらゴメンゴメン、って謝るんだ。なんてズルい人種だろう。
なんだろう、これじゃ片思いみたいじゃないか。来ない人を待ち続けるみたいな……最近恋愛小説で読んだ。高田くんの方から強引に誘ってきたのに、俺が片思いしてるみたいな構図はおかしい。やっぱり帰るべきだ、今すぐに。
初めての、友達ができるかなって思ったのに。
………………昨日からドキドキしてた自分が、バカみたいじゃないか。
鞄をぎゅっと握りしめた。
そのとき、
「悪い秋沢ぁー!!!寝坊したっ!!!」
「…………っ…………………………遅かったね」
彼はいつも通りのニコニコ笑顔で、飛びつかんばかりの勢いで近づいてきた。
そのとき思ったのは、やっぱり寝坊か、とかどれだけ待たせるんだ、とか叱らなきゃ、とかじゃなくて。
「………………私服そんな感じなんだ」
「え?なんか言ったか!?」
「…………ううん、なんでもない」
「いやなんか言ってただろ!!怒ってるか?」
「なんでもないよ…………怒ってないし」
…………彼の趣味が知れて嬉しいな、って。バカみたいかな。
「まぁいいや。早く遊び行こうぜー!!」
「…………………………………………うん」
結局片思いだったのかもしれない。少なくとも、今は。