晩夏

  盆を過ぎた夏空は、手を伸ばせば届きそうなところにあった。

  まだ清々しさの残る朝の光が、畑に茂る草を青々と照らしている。昨夜に通り雨を受けたのか、その葉には滴が浮かび、水を吸った足元は黒褐色のぬかるみになっていた。彩度の高い緑の光。それは街の暮らしにないもので、慣れていないせいか目に眩しい。

  早い時間のせいか蝉の鳴き声は耳に届かない。代わりに、跳ねるような鳥の鳴き声と、そよ風に揺れる枝葉のざわめきが空間を漂っている。夏らしい暑さは感じるものの、被毛を通り抜けていく空気はどこかさらりとしていた。澄んだ空気という言葉は、こういうものを指すのだろうと僕は思った。

  「おぉい[[rb:和穂 > かずほ]]、今日はぬかるんでるから、足元に気ぃ付けるんだぞ」

  背後から声をかけられる。それと同時に、軽トラのドアを閉める軽い音が空に抜けていく。

  「うん、わかってるよ。じいちゃんも気を付けてね」

  振り向いた先では、老齢の狼──祖父の[[rb:耕吉 > こうきち]]じいちゃんが草刈機を抱えていた。安全のためか、夏だというのにベージュ色をした厚手の作業着に身を包んでいる。足元はいつも通りの黒い長靴で、麦わら帽子と首に巻いている白いタオルが、農家らしく見せていた。

  「何十年とやってんだ。和穂よりは大丈夫だよ」

  畑に足を踏み入れた耕吉じいちゃんは、しわがれた声で笑いながら言う。それから、草刈機から伸びる紐を引いた。原動機から威勢のいい音が響き、先端に付けられている円状の刃が回り始める。高く生い茂る雑草がそこに触れると、青々とした葉の破片が飛び散るのが見えた。

  慣れた手付きで草刈機を扱う祖父は、[[rb:畝 > うね]]の間を覆っている草葉をあっという間に刈り取っていく。ぶんぶん鳴る音と、流れるように薙ぎ倒されていく雑草を見ていると、ストレス解消になりそうだなと思う。もちろん、危険を伴う道具であり、慣れていない者が扱えば怪我をしかねないことは理解している。

  そんな祖父の仕事姿を眺めてから、視線を自分の手元に下ろす。軍手に包まれるそこには片手サイズの鎌が握られている。原動機付きの草刈機に比べると可愛らしい装備で、草刈機では刈りきれなかった細かいところや、隅に残った雑草をざくざくと刈り取っていった。刃物を扱うとはいえたかが知れているので、僕はTシャツに作業用のズボンという軽装だ。足には祖父から借りた長靴を履いている。軽装とはいえ足元が悪い中の作業は想像以上に運動量が多く、すぐに汗だくになってしまった。

  アクシデントが起きたのは、草刈りを始めてから二十分ほど経った頃だった。畑の[[rb:縁 > へり]]の辺りに茂っている草をしゃがみ込んで刈り取ったあと、立ち上がろうとして踏み込んだ僕は、ぬかるみに足を持っていかれてしまった。背中から盛大に転んだ僕は、まるで後転に失敗した子供のような見た目になっていた。

  泥の柔らかさと温かさが背中に染み込んでくる。視界を埋める眩い青に、反射的に目を細める。すでに朝の爽やかな日差しではなくなりつつあった。降り注ぐ夏の陽光が身を焼く時間が、徐々に近付いていることを感じる。深く息を吸うと、草の青い匂いと肥料の混じった土の匂いが鼻を包んだ。そうしていると、原動機の音が止み、祖父がこちらに駆け寄ってくる足音が地面を伝ってどたどた聞こえた。

  「おぉい、大丈夫か? どっか切ったりしてないか?」

  僕の顔に影が差して日差しが和らぐ。心配の色を浮かべた表情で、祖父は僕の顔を覗き込んでいた。口吻の下で伸びる銀灰色の毛が、風にそよいでいるのが見えた。

  「うん、怪我はないよ。バランス崩して転んじゃっただけ」

  「ならよかった。隅っこは水が溜まってるから、気ぃ付けんとな」

  目尻に皺を寄せて、安心した風に祖父はそう言った。

  地面に手を付けて体重をかけると、ずぶりと沈んでいく感触が伝わってきた。周囲と比べて土が柔らかくなっているようだ。地熱と陽の光で程よく温まっている地面は、汚れることさえ気になければどこか心地よいものだった。

  「わっはっは、泥んこになったなぁ。こりゃあよく洗わんと落ちんぞ」

  立ち上がった僕の背面を見て、祖父は大きく口を開けて笑った。自分の目で見ることは叶わないが、ひどいことになっていることは容易に想像が付いた。布地を通り越して背中が濡れている感触がそれを伝えてくる。ズボンから垂れる尻尾をちらりと見ると、祖父と同じ銀灰色の毛が真っ黒に染まっていた。後頭部にもべっとりと泥が付いているようだ。ここまで盛大に汚れてしまうと、開き直って楽しさが生まれてくる。僕もつられるように口元が緩んだ。

  「服はもう諦めるよ……。こういう時のために、汚れてもいいやつだから」

  「着替えに戻るか? そのままじゃ気持ち悪いだろう?」

  「ううん。また転ぶかもしれないし、今日はこのままでいいや」

  僕は首を横に振った。祖父は「確かにそうだな」と楽しげに笑った。

  

  * * *

  

  ──祖父の家を訪れて、気が付けば一週間の時が経っていた。

  標高の高い山間のとある田舎町。立ち並ぶ木々の中にぽつりと浮かぶようなそこは、限界集落という言葉がイメージにぴたりと合っている。若者はおらず、ここに来てから出会った住民はいずれも高齢──もっとも若くて中年か──だった。父方の祖父である耕吉じいちゃんは、そんな土地で生活を営んでいる。

  始まりは、七月の頭に届いた一通のメッセージだった。久しぶりに顔が見たいという祖父からの誘い。この春から大学生になって時間の余裕ができた僕は、それを快諾した。僕が返信した直後に通話がかかってきたので、よほど嬉しかったのだろう。

  最後に祖父と直接会ったのは、僕がランドセルを背負い始めた頃だっただろうか。実家、つまりは両親と暮らしていた家はここから遠く離れていて、子供が気軽に遊びに来るというのは難しかった。両親はともに盆や正月も関係なく忙しい仕事をしていたし、僕も部活動や受験勉強で日々の予定が詰まっていた。祖父も、畑を持っている都合で長い期間を不在にすることが難しかった。

  だが、僕たちの関係が希薄かと問われるとそうではない。祖父はよく家に電話をかけてくれたし、季節の折には簡単な手紙──最初は達筆で読めず、両親に解読をお願いしていた──を送ってくれた。僕が自分の携帯電話を手にしてからは、その交流はより日常的なものへと変化していった。僕が持つならと、祖父も置物同然になっていた携帯電話を新調し、不慣れな機械と格闘して徐々に使いこなせるようになった。今では、週に数回は他愛もないメッセージをやり取りするし、通話で声を聞いたりもする。だから、平均的な祖父と孫の関係よりも僕たちの仲は深いように思う。

  話が少し逸れてしまったが、そういう経緯で僕は今、祖父の家にお世話になっている。せっかく長旅を経て訪れるのだからと、滞在はたっぷり二週間ほどを予定していた。さすがにその時間を無為に過ごすのは偲びなく──祖父は好きに過ごせばいいと言ってくれたが──僕は祖父の手伝いをして夏を過ごすことに決めた。午前中は畑仕事を手伝って、午後は祖父とどこかへ出かけるか家でのんびりと時間を過ごす。

  そういう流れが、僕たちの間に自然と出来つつあった。

  * * *

  畑仕事は昼前に終わり、祖父の運転する軽トラに揺られて家に戻る。朝の涼やかだった空気はすっかり夏のものに変わっていて、僕の全身は汗と泥でぐっしょりと湿っていた。座席を汚さないようにブルーシートを敷いて、車窓に流れていく田舎道を眺める。荷台に乗せられていたシートは陽光で暖まっており、岩盤浴のように身体を温めてさらに汗をかかせた。

  畑から祖父の家までは車に乗ればものの数分だった。一息つく間もなく家に戻ってきた僕たちは、荷台に乗せていた農具を納屋に片付ける。一週間も経てばだいたいの物の定位置は把握できるようになっていた。僕と祖父は、示し合わせることもなく分担して片付けを進めた。一通りの作業を終えて納屋を後にしようとすると、祖父は僕を引き留めた。

  「待った待った、汚したやつはここで脱いでけ」

  慌てた声をかけられて振り向くと、祖父は納屋の床に置かれた水色の大きなタライを指していた。確かに、泥だらけのままで家に入るわけにはいかない。僕は祖父に頷き、Tシャツに手をかけて脱いだ。脱いだ後のシャツを広げると、黒い生地の背中一面に泥が浮かんでいた。

  「こういうのはな、乾かしてから土を落とすんだ」

  汚れを眺めている僕にそう教えてくれた祖父は、口元を緩ませて続ける。

  「そういや……和穂がまだちっちゃい頃、同じように泥んこになってたな」

  「ええ? 全然覚えてないや」

  「畑に連れてったら土遊びに夢中になってなぁ。そうだ、このタライで水浴びもしてたぞ」

  懐かしんで目を細める祖父に反して、僕はその光景を思い出すことができなかった。まだ幼かった頃の話だから仕方ないのかもしれない。実家にあるアルバムには写真が残っていたりするだろうか。そんなことを思いながら、脱いだTシャツをタライの中に放り込んだ。

  「よし、じゃあ風呂だな。背中はじいちゃんが流してやるか」

  「い、一緒に入るの?」

  「背中も尻尾もだいぶひどいからな、自分じゃ洗いにくいだろ?」

  「そうだけど……そんなに汚れてる?」

  苦笑いを浮かべてそう訊くと、祖父は僕の背中を押すようにぽんと叩いた。その手を見せてもらうと、しっかり土が付いていた。

  ズボンの方も泥汚れが目立っていたので、ついでに脱いでおくことにした。脚が外気に晒されると、どこか落ち着かない気持ちになった。誰も見ていないとはいえ、家の外で下着一枚になる恥ずかしさから、小走りで浴室へ向かった。

  古い造りの祖父の家だが、水回りは少し前に改装済みだった。浴室もその例に漏れず、綺麗なユニットバスは実家のものよりも随分と上等なものに見えた。すりガラスの大きな窓がたっぷりと光を取り込んでいて、昼間だとまるでカタログの写真のようだ。壁にかけられているシャワーヘッドは蓮の葉のように大きい。春の雨のように柔らかく降り注ぐお湯を身体で受けると、土で茶色く濁った水が足元を流れていった。

  湯気が浴室を埋め尽くさないうちに、祖父が浴室に入ってきた。振り向くと──当たり前ではあるが──何も身に付けていない祖父がそこに立っていた。並んで立つと祖父は僕よりも少し背が低い。銀灰と白の入り混じった毛は僕と同じ色だが、それに包まれた身体は全体的に肉付きがいい。お腹はぽっこりと出ているものの、農作業のおかげか四肢はがっしりとして見えた。

  「じいちゃんが先に流す?」

  「いや、先に泥を落としたほうがいいな。ほれ、そっち向きな」

  お湯を止めて訊くと、祖父は首を横に振ってそう言った。差し出された手にシャワーを渡して再び水栓をひねる。言われるがままに背を向けると首筋からお湯をかけられた。祖父の手が被毛の下に潜り込んできて、毛を解すように動かされた。お湯と祖父の手は徐々に下がっていく。尻尾の付け根は特に敏感で、くすぐったさを我慢しながら、足下を流れるお湯が透明になっていくのを眺める。

  水流で汚れをあらかた落とした後は、泡立てた石鹸で洗われていく。染み付いた汚れや汗を落とすように、祖父は指先でわしゃわしゃと地肌を擦ってくる。こんな風にされるのは子供のとき以来だ。洗われている間は意外と手持ち無沙汰だなとぼんやり思う。

  曇りの引いた鏡には、僕の背後に立つ祖父の姿がくっきりと映っていた。ぽっこりとしている腹の下にある祖父のものは、腕の動きに合わせてぶらりと左右に揺れている。その光景に自然と視線が吸い込まれる。そうしていると下腹部に少しずつ血が溜まってきたのを感じて、僕は慌てて意識を引き上げた。

  「細っこいなぁ、ちゃんと食ってるか?」

  祖父は僕の背中から脇腹の辺りを撫でた。その刺激とやましさから身体がびくりと跳ねた。

  「たっ、食べてるから大丈夫。……じいちゃんこそ、ちょっと痩せたら?」

  「いいんだよ、ちょっと太ってる方が長生きするらしいぞ」

  「へぇ……本当かなぁ……」

  どこか上の空な僕の言葉は、足下へ吸い込まれていく。視線の先にある僕のものは頭を持ち上げていて、はっきりと[[rb:そ > ﹅]][[rb:う > ﹅]][[rb:い > ﹅]][[rb:う > ﹅]]状態になっていることが見てわかった。祖父に怪しまれないように手で抑え込む。鎮まれと内心で願うほどに、昂りは増していくようだった。

  背中を洗い終えた祖父の手は、僕の尻尾へと移動した。両手で挟んで、揉み洗いをするように優しく擦られる。その刺激が付け根を伝い、腰の辺りを通り抜けて下腹部を温めた。僕の手のひらには、完全に硬くなってしまった僕自身が窮屈に収められていた。持ち主の意思などまるで無視するかのように膨らみを増していき、ついには脈打ち始める。

  「よぉし、だいたい綺麗になったな。流すからお湯を出してくれ」

  祖父の手が離れ、泡だらけの尻尾はだらりと垂れた。頼まれた通りにシャワーを手に取って水栓をひねろうと思った。だが、そこで気が付いて、動かしかけた腕を途中で止める。手を離せば屹立している僕のものがあらわになってしまう。心地の悪い汗がどっと噴き出してくるのを感じた。

  「……和穂?」

  「あっ、うん……お湯ね、わかった」

  時間が止まったように動かない僕に、祖父は怪訝そうな声色で名前を呼んだ。詰まりながらも辛うじて相槌を返す。視線を宙にさまよわせながら、僕は諦めてそこから手を離した。可能な限り前屈みになり、鏡に近付けるだけ近付いてお湯を出す。背中を流すだけなら前は見えないし、きっと湯気で鏡も曇ってくれるだろう。

  祖父に背を向けたまま、シャワーヘッドを肩越しに手渡す。それを不自然に思われることもなく、祖父は僕の背中を流し始めた。泡の乗った湯が脚を伝って排水口へ流れていく。白い湯気が浴室を漂い始めて、視界にもやがかかった。願った通り、鏡はすぐに表面を曇らせた。被毛の下に石鹸が残らないように、祖父は身体を揉むようにして丁寧に洗い流してくれた。

  水滴が床を叩く音に意識を向けていると、僕自身からゆっくりと熱が引いていくのがわかった。手のひらに存在を主張していた先端は徐々に下を向き始め、硬さは失われていく。足元を流れていく湯に泡が混ざらなくなった頃には、僕のものはすっかり普段の形に戻っていた。

  祖父に背中を流してもらった僕は、前を洗うのもそこそこに、頭から湯を被って浴室を後にした。脳裏に浮かぶ祖父の裸体を振り払うように、がしがしと頭をタオルで拭う。ドアの向こうからは、何も知らない祖父の呑気な鼻歌が、水音に混ざって聞こえてきた。

  身体を拭いて着替えた僕は台所へ向かった。コップを二つ用意して麦茶を注ぎ、居間へ持っていく。座布団に腰を下ろしてテレビの電源を入れると、球児たちが白球を追いかけている光景が映った。テロップに書かれている学校の名前はどちらも聞いたことがない。スタンドから響く声援やブラスバンドの演奏を聞きながら、僕は麦茶で口を湿らせた。

  涼しいと言えるほどではないが、網戸から微かに入ってくる風はさらりとしていて、徐々に汗が引いていく。窓の外に目をやると、彩度の高い青空と、色濃く茂る草木が眩しかった。目を細めると、農作業の疲労感が滲み出てきたように感じた。響きあうような蝉の鳴き声と野球中継をラジオ代わりに聞き流しながら、僕は祖父が戻ってくるのを待った。

  「──昼飯はどうする? 食いたいもんがあるなら車出すぞ」

  眠るわけではないが、ぼうっとして頭が揺れていたところに声をかけられる。はっとして顔を上げると、首からタオルをかけた祖父がこちらへ歩いてくるところだった。白いランニングシャツは丈が短いのか、裾からふっくらとしたお腹がこぼれ落ちている。その下は深緑色をしたチェックのトランクスで、僕はまた目のやり場に困ってしまった。内容が全く頭に入ってこない試合に視線を固定して、僕は祖父に返事をする。

  「ううん、今日は家でゆっくりしようかな」

  「じゃあ[[rb:素麺 > そうめん]]でも茹でるか。貰いもんが余っててなぁ」

  そう言った祖父は、背を向けて台所の方へ歩き出した。

  「あ──僕も手伝うよ」

  僕は慌てて立ち上がり、その後を追いかけた。

  祖父は慣れた手付きで鍋を取り出して素麺を茹で始める。その背中を眺めながら、僕は棚から食器を取り出す。台所は使用感がありながら綺麗に片付けられていた。調理器具や食器はあるべき場所に収められており、きちんと手入れされている様子が窺えた。

  祖母は僕がまだ物心つく前に亡くなっていた。祖父はこの一軒家に長らく独り暮らしをしている。祖父だけで暮らすには持て余しそうなものだが、台所に限らず家はその秩序を保っており、僕は少なからず安心した。

  冷蔵庫の中には作り置きの惣菜がいくつか入っていた。素麺だけでは物足りなさそうだったので、適当に見繕って皿に移す。それから、市販のつゆと氷水を透明な小鉢に注ぐ。ほどなくして素麺も茹で上がり、食卓の準備を完了する。それが僕たちの昼食になった。

  食事を済ませて片付けを終えた後、祖父は座布団を枕にして横になった。一瞬のうちに小さないびきが聞こえてくる。下着の裾から畳にこぼれ落ちている腹は、呼吸に合わせて動いていた。身体を冷やしてしまわないように、僕はタオルケットを祖父にかけた。

  テレビの電源を消すと部屋を包む静けさに耳が鳴った。風に揺れる梢のざわめきや、遠くに聞こえる鳥のさえずりが、心地いい音楽のように漂っている。じわじわと鳴く蝉の声は、心なしか、僕がここに来た頃よりも控えめになっているような気がした。僕は荷物に詰めていた本を開き、晩夏の昼下がりを穏やかに過ごした。

  夕方の手前ごろに祖父は目を覚まし、再び畑へ出かけていった。その帰りを待ちながら、家を軽く掃除したり、夕食の準備を進めた。青々とした山肌が徐々に橙色へと染まっていき、やがて夜の[[rb:帳 > とばり]]が下り始める。緩やかな日々が流れていくこの地で、日暮れの時間だけが駆け足のように早まっていた。

  * * *

  夕食と入浴を済ませた後、縁側に腰を下ろして夜風に当たる。

  街とは違い、重く垂れこめる蒸し暑い空気はここにはない。昼間は家を包むように鳴いていた蝉も今は静かだった。代わりに、茂っている草下から鈴虫の賑やかな声が聞こえてきた。自然が奏でる音は時間帯によって幕を切り替え、その雰囲気を大きく変えていた。淡い秋の匂いが鼻先をくすぐったように感じた。

  「──すいか切ったけど食うか?」

  背後から声をかけられて振り向く。祖父は甚平を羽織り、大きな平皿を抱えて立っていた。

  「ありがとう、もしかして買ってきたの?」

  「いや、近所からの貰いもんだ」

  僕から少し間を空けて腰を下ろした祖父は、その空間にお皿を置く。白く平べったい皿の上には、鮮やかな赤色をした弧形のすいかが大量に並んでいた。一切れ一切れが大きくやけに分厚い。切り分けたものを見ただけで、随分と立派なものだと想像が付いた。

  「なんか……多くない?」

  「孫が来てるっつったら、でかいのを押し付けられてなぁ。半分でいいって言ったんだが」

  苦笑いを浮かべながら祖父はそう言い、まだ半分以上残っているのだと続けた。

  肉厚な果肉を手に取ってかぶりつくと、さくりという音が口の中で響いた。さっぱりとした甘さの中に混ざる特有の青臭さに、どこか懐かしさを感じる。瑞々しい果肉からほとばしった汁が口の端から垂れそうになって、僕は慌てて舌で拭った。

  「ん、おいしいね。すいかなんて久しぶりに食べたよ」

  「食べ過ぎておねしょしても知らんぞ?」

  あっという間に一切れを食べておかわりに手を伸ばす僕に、祖父は笑いながらそう言った。

  「あはは、もうそんな歳じゃないよ」

  「そうだなぁ、しばらく見ない間にすっかりでっかくなって」

  「駅に迎えに来てくれた時、びっくりしてたもんね」

  「おお、最初は誰かわからんかったぞ」

  「それは流石に言い過ぎじゃない?」

  緩んだ口元から空気が漏れるように僕は笑った。

  縁側に吹き込んできた夜風が、祖父から借りた甚平の胸元を通り抜けていった。乾いて透き通った空気だった。濃紺に塗り潰された空を見上げると、雲は薄く、白く光る星々がよく見えた。視界の端に見えた白黄色の月は、半月が少し膨らんだ形をしている。祖父の家に来た日は確か満月で、その満ち欠けが時間の経過を僕に伝えてきた。

  「和穂が遊びに来て、もう一週間か」

  隣から呟く声が聞こえた。祖父の顔を見ると、その視線は空に向けられていた。まるで、同じものを見て同じことを考えているようだった。口吻の下で揺れている銀灰色の被毛を見ながら僕は頷く。

  「あっという間だね。今さらだけど迷惑じゃなかった?」

  「とんでもない。畑も手伝ってくれるし、大助かりだ」

  「そうかな? ならいいんだけど」

  「ああ、和穂がもう少しで帰ると思うと寂しいな」

  祖父の口から漏れたその声は、ふわりと宙を漂う。

  「……なぁ、今日はじいちゃんの部屋で寝ないか?」

  視線を下ろし、僕の顔に向けてから祖父は口を開いた。目尻を垂らして耳を倒し、少し困ったような笑みが浮かんでいる。もちろん、その頼みを僕が断るはずもない。すぐに頷くと、祖父は嬉しそうに目を細めた。

  

  * * *

  

  「ちっちゃい頃は、じいちゃんと一緒に寝てたよなぁ」

  祖父は懐かしむようにそう言った。肘枕で寝て、仰向けに寝る僕の腹に手を乗せている。

  「もう一緒の布団じゃ無理だけどね」

  祖父の部屋で寝るとは言っても、流石に同じ布団というわけではない。僕が使っていた客用布団を祖父の部屋に運び、横並びで敷いて寝ることにした。初めは普通に──各々の布団の真ん中に寝ていたのだが、気が付けば並んでいる布団の中央に身体が寄っていた。

  畳敷きのこぢんまりとした部屋には物が少なかった。僕が子供の頃からあった木製の大きなたんすと、普段着がかけられているパイプハンガーが、わずかな生活感を漂わせていた。この家が丸ごと祖父の部屋のようなものと考えれば、わざわざここに物を置く必要もないのかもしれない。

  鼻をくすぐる枯れ草のような匂いは、横に寝る祖父からか、部屋に漂うものだろうか。どこか懐かしさと安心感を覚える匂いで、嫌な気持ちにはならなかった。

  薄手のカーテンは月明かりで仄かに光り、灯りを消した部屋を柔らかく照らしていた。窓を開けて網戸にしているからか、穏やかな夜風に揺れて、涼やかな衣擦れの音が響く。絶え間なく鳴いている虫の声に挟まって、茂みが揺れるざわざわとした音が聞こえた。

  幼子を寝かし付けるように、祖父は僕の腹を指先で優しく叩いた。とんとんと、雨後の雫が木の葉から落ちるように。無意識の行動なのか、それとも本当に寝かし付けようとしているかはわからない。瞼を下ろしてゆったりとしたリズムに意識を向ける。そうしていると、眠気が顔を覗かせてきた。

  だが、すぐに別のところへ僕の意識は持って行かれた。腕に触れている、祖父の柔らかな腹の感触だった。甚平の布地越しに伝わってくる祖父の体温は、身体を巡る血となって下腹部に集まってきた。

  眠気の混ざっている思考は判然とせず、硬さを帯び始めた僕のものを御することは叶わなかった。甚平の下衣、その股の部分が自身の形を浮かび上がらせていることがわかる。そこを隠すように、脚をもぞもぞと動かして、下半身を覆っているタオルケットをかけ直した。

  僕の[[rb:そ > ﹅]][[rb:う > ﹅]][[rb:い > ﹅]][[rb:う > ﹅]][[rb:興 > ﹅]][[rb:味 > ﹅]]の向き先が、同性──それもかなり歳上であると気付いたのは、いつ頃だっただろうか。明確なきっかけはなかったように思う。あらかじめ道筋が定められていたかのように、生まれた時から苗が植えられていたように、それは成長に従って芽を出した。耕吉じいちゃんのことは、もちろん祖父として大好きだ。そういう風に意識することなんて今まではなかった。だが、久しぶりに会ったせいだろうか。ここに遊びに来てからというもの、祖父の姿を目で追ってしまう自分がいることに気が付いた。今も、触れ合っている箇所が熱い。

  昂りが鎮まる気配は一向に見えず、僕のものは微かに脈打ち始めた。落ち着かずに目を開くと薄闇の天井が視界に映る。僕の腹を叩く祖父の手は止まらず、寝息やいびきも聞こえてこない。顔を横に向けると祖父と視線が交差した。僕の顔を見ていたのだろうか。鼻先が触れてしまいそうな近さに、鼓動が早く騒がしくなるのがわかった。

  「……眠れんか?」

  「ううん、眠くなってきたから大丈夫。じいちゃんこそ、眠れないの?」

  「しっかり昼寝しちまったからなぁ」

  目を細めて苦笑いを浮かべながら、祖父はそう言った。それから、腹の上に乗っていた手を動かして、僕の目元を覆うようにぽんぽんと撫でた。口元が綻び、耳が垂れるのが抑えられない。僕は目を閉じて、少しかさかさした手で額を撫でられる感触に身を委ねる。

  しばらくそうしていると、祖父の手が止まった。眠くなってきたのだろうかと思って薄目を開けると、伏し目がちにこちらを見ている祖父の顔が目に入った。今まで見たこともない、何かを憂いたようなその表情に僕はひゅっと息を吸い込んだ。

  「……ど、どうかした?」

  「ああ、いやぁ……昼間、一緒に風呂に入った時なんだが……」

  落ち着かずに視線を動かしながら、祖父は歯切れの悪い言葉を口にした。喉元まで出かかった言葉を押し留め、それでも堪え切れずに出たような声だった。風呂という単語に僕の身体は凍り付いて強張る。

  「……その、大きくしてただろ? ありゃあ、じいちゃんのせいか?」

  続いて紡がれた言葉に全身から熱が去っていく。きぃんと耳鳴りがして、薄闇の部屋からは音が消えてしまった。触れているはずの祖父の存在が急に離れて、遥か彼方、手の届かない場所へ遠ざかってしまったように感じる。

  気付かれていないと思っていたが、見られてしまったのだろうか。いや、怪しい動きをしていたからだろうか。だとしても、祖父のせいだと思われるのはどうしてだろうか。もしかしたら、普段からそういう視線が向けられていることを、祖父は知っていたのだろうか。祖父に、嫌われたくない、この関係を壊したくない。

  着地点の見えない思考は堂々巡りを繰り返し、次第に黒い霧に包まれていく。何か言おうと思っても、口が固まってしまったかのように動かない。悲しいことに、沈黙は何物にも勝る返答になっていた。

  「……ごめん」

  掠れた声がカーテンの衣擦れに紛れた。その一言を絞り出すのがやっとで、それ以上は口を開くことができなかった。目頭が熱くなり、ぎゅっと目を瞑る。鼻をすする音が静かな部屋に響いた。

  顔を見られたくなくて祖父に背を向けた。頭に乗せられていた手が離れて、感じていた温もりが次第に失われていく。繋がりが断ち切れてしまったような息苦しさと寂しさに身体を丸めて、僕は胸の前で拳を握った。

  「和穂、こっちを向いてくれんか」

  しわがれた声が優しい音になり、僕の耳を震わせた。だが、どんな顔をして祖父に向き合えばいいのだろう。握る拳に力を込めると、爪が手のひらに食い込んで痛む。遠ざかっていく感覚の中で痛みだけが確かにそこにあった。

  言葉に応じないまま身体を震わせる僕を、祖父は背中から片腕で抱きしめてくれた。不意の接触に身体が強張ったが、それを気にしないように祖父の腕には力が込められた。頭の後ろに祖父の額が押し付けられ、じんわりとした温もりが伝わってくる。

  「……すまん、言わん方がよかったな」

  頭の中に直接響くように、耳のすぐ近くで祖父の声がした。

  「和穂が我慢して、苦しい思いをしてほしくなかったんだ」

  「ううん……じいちゃんは何も悪くないよ。ごめん……嫌いにならないで」

  「はは、謝ってばっかりだな。なぁ和穂、顔を見せてくれんか」

  祖父は腕を動かして、僕の身体を自分の方へ向けようと促してきた。それに抗わず寝返りを打つと、困ったように目を細めている祖父の顔が眼前にあった。節くれ立った手が僕の頬に触れ、太い指が湿っている目尻を拭う。

  「……心残りはしたくないからなぁ」

  祖父は手を櫛のようにして、毛並みを整えるように僕の顔を撫でる。その言葉が意味するところを掴めずに首を傾げると、祖父は続けた。

  「もうこんな歳だ、いつお別れが来るかもしれん」

  「そ……そんなこと、言わないでよ」

  祖父の言葉に[[rb:そ > ﹅]][[rb:の > ﹅]][[rb:時 > ﹅]]を想像してしまい、胸の底から湧き出る悲しさに呼吸が重くなる。喉が締まってそれ以上は何も言えなくなった。祖父はそんな僕を引き寄せて、自分の布団に招き入れた。初めは躊躇したが、力のこもったその手付きに半ば無理やり僕の身体は動いた。

  一つの布団は大の男が並んで横になるといっぱいで、僕は祖父の胸元に顔を埋めた。鼻先をくすぐるのは量の多い白色の被毛で、石鹸と枯れ草の匂いが混ざっている。甘えるように顔を押し付けると、祖父は僕の後頭部をその手で包んでくれた。

  「じいちゃんはいつだって、和穂の味方だぞ」

  先ほどよりも、力強くがしがしと頭を撫でられる。

  「まぁ、孫にそう見られるとは流石に思ってなかったがなぁ」

  「う……ごめん」

  言葉に詰まって謝ると、頭上から笑うような鼻息が聞こえた。

  それから、頭を包んでいた祖父の手が離れる。それは僕の背中を伝い、尻尾の付け根まで下ろされた。とんとんと叩くように撫でられると、ちりちり痺れるような刺激が腰の辺りに広がる。僕のものに芯が入るのを感じる。灰の奥に残る種火に空気を吹き込んだかのように、昂りは一瞬にして燃え上がった。

  存在を主張している僕のものに気が付いたのか、祖父は膨らみが触れている脚を微かに動かした。ボクサーバンツの生地に先端が擦れて、中身が小さく跳ねる。嫌な気持ちにさせたくなくて、僕は慌てて腰を引く。だが、祖父は背中にあった腕を前に回して僕の下腹部をぎゅっと握ってきた。

  「じ、じいちゃんっ? 何して──」

  「明日も早いからな、すっきりすりゃあ、すぐ寝られるだろう?」

  そう言うと、祖父は当たり前のように甚平の下衣に手を差し入れてきた。突然のことで反応できず、僕はその侵入を許してしまう。祖父の手の熱が下着の布越しに僕のものを包み、切なさにも似た刺激が身体の奥から湧き出た。

  「ちょ、ちょっと待って……じいちゃんっ」

  「嫌だったか?」

  そう訊きながらも祖父は手を離さなかった。

  「嫌じゃ……ないけどっ、大丈夫だから……っ」

  「心配すんな。長く生きてりゃ、こういう経験の一つや二つくらいあるもんだ」

  その返答について詳しく訊きたい気持ちはあったが、僕の意識は目の前の状況に押し流されてしまう。祖父の手は、僕の下着の膨らみをほぐすように揉んでいる。優しく、だがしっかりと与えられる刺激に、僕のものは大きく脈打った。

  その反応を受けてか、祖父の手はボクサーパンツのゴムを捲り、中へと入ってきた。自身の熱で充たされていた箇所に自分以外の熱が混ざる。祖父は滾っている僕のものを握ると、窮屈な空間の中でその手を上下させた。

  衣擦れの音に、大きくなってきた僕の吐息が絡み合った。扱くと言えるほど激しい動きではなかったが、感情はこの状況に高揚していた。祖父の手の中で僕自身は石のように硬くなっていて、付け根の辺りがむず痒い。次第に、下腹部から湿り気のある音が響いてきた。

  「ん、汚しちまうから脱ごうな」

  喉奥で笑うように祖父はそう言った。顔を上げると、薄闇の中で目を細めて、口元を綻ばせている祖父の顔が映った。僕の先端から滲み出たもので湿った祖父の手が、下着から引き抜かれる。恥ずかしさに顔が火照るのを感じた。

  祖父の手は僕の尻に伸び、下衣の尻尾穴を留める紐を解いた。それから、その下にあったボクサーパンツのホックを外す。腰回りの締め付けが失われた後、下半身にまとっていた衣類はまとめて下ろされた。ボクサーパンツのゴムに引っかかった僕のものは、勢いを付けたように大きく跳ねた。

  「おお、見ないうちに随分とでっかくなったなぁ」

  「やめてよ……恥ずかしいから……」

  「わはは、悪い悪い」

  冗談めかした風に謝りながら、祖父は僕の下衣とパンツを完全に脱がせた。それから、甚平を留めている紐の結び目に手をかけて解く。前合わせがはだけると、かろうじて腕が袖に通っているだけで、ほとんど何も身に付けていないような状態だった。夜更けの空気に身体が晒されて、僕の興奮は一層増した。だが、それと同時に羞恥の気持ちが湧いてきて、じんわりと汗ばむのを感じた。

  自分だけ無防備な格好でいるのが恥ずかしくて、祖父の甚平の紐の結び目に手をかける。その行為に対して特に拒む素振りは見えなかった。結び目から伸びる紐を引っ張ると、包まれていた腹の肉が布団にぽってりと溢れた。そのまま、祖父は上衣の袖から腕を抜いた。

  躊躇する様子もなく、祖父は下半身を覆うものに手をかけて下ろした。吹き込んだ夜風にカーテンが大きく揺れ、白いシーツに反射した夜光が互いの身体を静かに浮かび上がらせる。僕たちは、狭い布団の上で、一糸も纏わぬ姿で向かい合って横になっていた。

  胸から腹にかけての白い被毛。そして背中から脇腹にかけて繋がっている銀灰色の被毛は、下腹部から脚へと続いている。薄闇の中でそれらは仄かに輝いているように見えた。背丈や肉付きこそ異なるものの、僕と祖父はよく似た色合いの身体をしていた。

  恐る恐る手を伸ばして、白色の被毛が茂っている祖父の胸にそっと触れる。柔らかさの奥にしっかりとある胸板を指先で感じた。日々の畑仕事が自然に作ったのか、祖父の身体は全体的に厚みがある。胸や四肢は僕の身体よりも筋肉が目立っていた。

  「じっくりまさぐられんのは、恥ずかしいなぁ」

  照れ臭そうに笑いながら祖父がそう言ったので、僕は触れていた手を慌てて引っ込める。

  「ご、ごめんなさい……」

  「いや、和穂の好きにしていいさ」

  首を横に振り、祖父は引っ込めた僕の手を握って腹に持って行った。全体的にがっしりした身体の中で、そこは柔らかな肉が詰まっていた。手を押し付けると、綿の詰まった枕のようにゆっくりと沈んでいく。胸に比べて被毛は薄く、巡る血の温かさを一層強く感じた。

  祖父の言葉に甘えて、僕は腹を触っている手を更に下へと動かしていく。薄くなっていた被毛が再び濃くなり茂みになった。その中にある祖父のものに指先が触れて、鼓動が早足で駆け出すのを感じた。

  吸い込まれるように視線が下がり、祖父のものが薄闇に慣れた目に映る。それは茂みの中で横たわるように垂れていた。ほとんど剥けていて、僅かに余っている箇所には立派な先端の輪郭が浮かんで見えた。光の少ない部屋でも色が濃いことがわかる。先端のところどころに見える染みのような点が、過ごしてきた年月と経験を僕に感じさせた。

  その奥にある袋は毛に覆われていて、伸び切ったようにだらりと垂れていた。特別大きいというわけではないが、包まれているものの形が二つ浮かび上がっている。重さを感じさせるその様子は、まだ雄としての役割を果たせそうに見えた。

  茂みに横たわるものをそっと握ると、祖父は少し驚いたように身体を動かした。手の中にある祖父のものは柔らかく、全てを委ねるかのように力が抜けていた。ゆっくりと手を前後させたり、先端の輪郭を指先で擦ってみたが、何の反応も返してはくれなかった。

  「もう枯れちまったからなぁ、流石に和穂みたいにはならんよ」

  苦笑いを交えた声で祖父はそう言った。それから腕を僕の下半身に伸ばして握った。祖父のものに触れているうちに、僕のものはこれ以上ないほど熱が滾っていた。

  「さて、そろそろこっちを治めんと」

  「……本当にいいの? じいちゃんは、嫌じゃないの?」

  「はは、ここまでしておいて今更だなぁ」

  僕の不安をかき消すように、祖父は朗らかに笑った。

  祖父は腕枕を敷いて僕を仰向けに寝かせると、半身で覆い被さってきた。空いている方の手で、屹立している僕のものが握られる。熱で滲む視界で祖父の顔を見つめると、僕自身を握る手がゆるやかに動き始めた。深く掘った穴から水が染み出してくるように、じんわりと快感が巡り始める。縋るように祖父の頭を抱くと、慈しむように頬を擦り合わせてくれた。

  「甘えん坊なところは変わらんなぁ」

  どこか嬉しそうに祖父は言い、手の動きを早くしてくる。僕の先端から溢れ出た液体が手のひらで泡立っているのか、扱かれるたびに湿り気のある音が響いた。先端が擦れるたびに、ちりちりと痺れるような快感が背筋を這い上がってくる。

  「んぅ……じいちゃん……っ」

  下腹部の切なさに腰を浮かせると、無意識に甘い声が漏れた。祖父はそんな僕の顔を覗き込んで微笑む。顎の下に伸びる毛が、僕の鼻先をくすぐった。

  荒くなる呼吸を抑えられず、全身で息をしていた。開いた口では、甘えるように祖父を呼び続ける。下腹部の付け根から湧き出るどろどろとした熱が腰の辺りに溜まるのがわかり、落ち着かない気持ちで両脚をもぞもぞと動かした。

  僕のものはこれ以上ないほどに硬く張り詰めていて、その役割を果たす瞬間を待ち侘びていた。いつもより堪えが効かないような気がした。祖父の家に来てから一度も処理していなかったせいだろうか。そう思った瞬間、奥から込み上げてくるものを感じて、僕は祖父の手に自分の手を重ねた。

  「すまん、強くしすぎたか?」

  祖父は僕のものから手を離し、そう訊いてくる。

  「ううん、その、出そうだったから……」

  「はは、溜まってたんだろう?」

  祖父はそう言うと、指先で僕自身の裏側をなぞった。祖父の手から離れた僕のものは、まっすぐ天井を仰いでいて、小刻みに脈動していた。先端からは透明な粘液がとめどなく染み出していて、滴が自身を伝って垂れ落ちている。周囲の被毛は濡れており、部屋の空気でひんやりとしていた。

  そんな僕のものを祖父はそっと握り、まるで赤子を撫でるように優しく手を上下させた。緩やかな刺激は、僕の中に溜まっているものを出口へ導くようだった。達するほどではない快感が、逆に僕から我慢の選択肢を失わせる。ゆっくりとした足取りで高まってくる興奮は、気が付けば後戻りができないところまで来ていた。

  下半身はぬるい湯に浸かったように温かい。僕の身体は布団に仰向けに寝ているはずだが、浮遊感に包まれていた。何かに掴まりたい気持ちが湧いてきて、祖父の背中に腕を回して強く抱きしめる。互いに汗ばんでいるのか湿り気を帯びた熱を感じた。

  「我慢せんで、じいちゃんの手に出していいからな」

  縋るように腕を回した僕に、祖父はしわがれた声で囁く。衣擦れと水音に混ざった低い音が耳から腰へと伝わって、僕のものが大きく跳ねた。

  「じ、じいちゃん……もう……っ」

  視線を交わした祖父は、目を細めて小さく頷いた。僕のものを握る手に力が込められて、その動きも早くなる。湿った音が一層大きくなり、薄闇の空間を充たしていく。寸前のところまで押し寄せていた下腹部の熱は、出したいという欲求が顔を見せただけであっけなく決壊を迎えた。

  「ん……じいちゃんっ──で、出る……っ!」

  目をぎゅっと瞑り、全身を包む快楽に心を委ねる。祖父は僕自身の先端を覆うように手を被せた。噴き出すように放たれた白濁が、祖父の手のひらを叩く音が聞こえた。僕のものは何度も跳ねて、その度に訪れる快感で腰が浮く。溜まっていたせいだろうか、脈動とともに放たれる精は勢いが衰えることなく、祖父の手を濡らしていく。受け止めきれなかった分の白濁が垂れて、僕の下腹部に滴として浮かんだ。

  僕のものは役割を果たした後もなお、硬さを保っていた。だが、乱れていた呼吸は次第に整い、熱に浮かされていた意識も醒めていく。天井を仰いで屹立している箇所だけが場違いのようで、恥ずかしさに腕で顔を覆った。

  祖父は何も言わずに、僕自身から出たものをティッシュで拭ってくれた。果てた直後のものは敏感で、先端を擦られるたびに腰が動いてしまった。よほど量が多かったのか、何枚も箱から引き抜く音がした。

  「よし、こんなもんか。あとは風呂で流してきな」

  「あ……う、うん……」

  普段と変わらない声色の祖父に対して、僕は言葉に詰まってしまう。顔を覆っていた腕を上げると、祖父は僕の横であぐらをかいて手を拭っていた。僕の方に気が付いたのか、その顔がこちらを向く。視線が交差すると、顔が火照ってかっと熱くなった。

  「なっ、流してくるっ」

  僕はそそくさと立ち上がり、甚平と下着を抱えて、逃げるように部屋を後にした。

  * * *

  祖父の部屋に繋がる襖に手をかけて立ち止まる。俯くと、窓から差し込む薄明かりが板張りの床に僕の影を伸ばしているのが見えた。

  汚れた身体を風呂で流している間ずっと、後悔の念が胸を刺していた。祖父の問いに、そんなわけがないと笑って返せばよかった。僕の下衣に差し入れられた祖父の腕を掴み、そんなことはしなくていいと引き抜けばよかった。踏み留まることはいくらでもできたはずだった。

  だが結局、僕は祖父の優しさに甘えてしまった。今さら、先の出来事をなかったことにはできないし、深く刻まれた記憶を忘れることもできないだろう。服に染み込んだ泥汚れが完全に落ちないように、一線を越えた事実はこの先ずっと僕に付き纏ってくる。

  僕はどんな顔をして祖父の隣で眠ればいいのだろうか。

  「……和穂?」

  背後から声をかけられて顔を上げる。はっとして振り向くと、甚平を着直した祖父が眼前に立っていた。廊下の奥から水の流れる音が聞こえてくる。てっきり部屋で寝ているものだと思ったが、用を足しに行っていたようだ。

  「そんなとこで突っ立ってどうした? ほら、さっさと寝よう」

  「あ、うん……」

  祖父は何事もなかったようにそう言い、僕の背中を優しく押した。心の整理が付いていないまま襖を開き、祖父の部屋に入る。二組の布団はくっついて敷かれていて、その片方のシーツには皺が目立つ。先ほどの行為の痕跡が生々しく残っていて、僕は後悔に目を伏せた。

  布団の上に仰向けになると、肘枕で横に寝る祖父は僕の腹に手を乗せた。まるで、身体にその動きが染み付いているようだった。こんな風にしてもらう資格が僕にはあるのだろうか。そんな思いで胸が締め付けられる。だが、祖父の手を払いのけることもできなかった。ただ罪悪感に苛まれながら、僕は天井を見つめていた。

  「和穂」

  名前を呼ばれて顔を横に向ける。視線の先には、どこか悪戯っぽい笑みを浮かべる祖父の顔があった。

  「さっきのは、じいちゃんと和穂だけの秘密だからな」

  「それは……当たり前でしょ」

  「墓まで持っていく秘密だぞ? まぁ、じいちゃんはすぐそこだが」

  「……もう、笑えないよ」

  自分の冗談で歯を見せて笑う祖父に、呆れた声を返す。だが、それも僕を気遣ってくれているものであろうことは何となくわかった。僕の味方だという祖父の言葉を思い出す。胸に重くのしかかるこの罪悪感を、少しだけ預けてもいいのだろうか。

  腹に乗せられている祖父の手に、自分の手を重ねて指を絡める。力を込めて握ると、祖父は応えるようにそれを返してくれた。心が少しだけ軽くなる。目を伏せて、それから視線を上げて、祖父の顔を見て僕は口を開く。

  「僕とじいちゃんの秘密だったらさ、一緒に抱えてよ──できるだけ、長く」

  「……ああ、そうだな」

  僕の言葉に祖父は目を細めてゆっくりと頷いた。

  それから、僕の頭をくしゃくしゃと、力強く撫でてくれた。

  

  <了>