この快楽の向こう側

  残暑が去り、秋雨も落ち着いてきた頃だった。

  金曜日だったこともあり、同僚との飲み会は随分と盛り上がった。世間でもそれは同様のようで、帰路の電車は足元のおぼつかない乗客が目に付いた。もっとも――素面の乗客からすれば――僕もその酒臭い集団を形成する一員には違いないのだが。

  終電ではなかったものの、最寄り駅へ到着する頃にはとっくに日付が変わっていた。降りる客もまばらで、数少ない駅前の飲食店も暖簾が下ろされている。駅前の街路樹は葉を落とし始めていて、アスファルトに散る葉を踏むと乾いた音が響いた。

  アパートまでの道のりを黙々と歩く。街灯の光が、地面に兎の影を伸ばした。立ち上がる二つの長い耳が、歩みに合わせて微かに揺れた。こつこつという一人分の足音が、寝静まった住宅街に響く。秋風が頬を撫で、酔いで火照った身体が冷えるのを感じた。日中は太陽の日差しで暖かいが、夜更けになると温もりが恋しい季節になってきたようだ。そろそろコートを出す時期かな、と僕は思う。

  その時、不意に尿意を覚えた。一度湧き上がってしまったそれは次第に大きくなり、僕の歩みを早める。恐らく、肌寒さとアルコールの相乗効果なのだろう。あっという間に、自宅まで我慢できるか際どい、という状態を迎えてしまった。

  ――そういえば道中に公園があったはずだ、と僕は思い出す。

  立ち寄ったことはないが、トイレらしき小さな建屋も見かけた記憶がある。もしかしたら管理小屋のようなものかもしれないが、どちらにせよ、他にあてはないのだ。僕はそこを目指して駆け出した。

  目的地には、決壊も間近というところで辿り着いた。記憶にあった建屋は予想通りトイレで、お馴染みのマークが目に入った。安堵する間もなく、僕は全速力でその中へ足を踏み入れた。

  屋内はタイル張りで、青白い蛍光灯が照らしていた。その中の一つは切れかかっているのか、不規則に明滅を繰り返していた。特段汚いというわけではないのだが、お店などの設備と比べるとどうしても古さが目立つ。その雰囲気も相まって、特有の臭いが鼻をつく。僕は入り口に一番近い小便器の前に立ち、足踏みをしながらスラックスのファスナーを下ろした。ボクサーパンツの前穴からものを出し、栓を緩めるように下半身から力を抜く。放出されるものが便器を叩く音が、静かな空間に響いた。

  「ふぅ、間に合った……」

  便器から立ち昇る湯気が顔に届き、僕は反射的に息を止める。その時、大きな足音と共に誰かがトイレへ入ってきた。

  用を足しながら、視線を入口の方へ向ける。どたどたと響く足音の主は、灰色のスーツを着た虎だった。恰幅の良いその様相は、中年と呼んで差し支えない年齢に見える。僕と同じような状況に陥っていたのか、腹とネクタイを揺らしながら小走りで僕の背後を通り過ぎていった。

  虎は僕から一つ開けた便器の前に立った。足音が止まり、ベルトのバックルを緩める金属音が聞こえる。それから、衣擦れの音が耳に届いた後、用を足す音が聞こえてきた。随分と大きな音を立てるものだから、僕は思わずそちらへ顔を向けてしまった。

  虎の立つ位置は、便器からいささか離れすぎていた。黄色の液体が放物線を描く様子を、僕の目はばっちりと捉えてしまった。僕とは違い、虎は下に纏う衣類を下ろして用を足している。スラックスとトランクスが下ろされ、黄黒の縞模様が彩るがっちりとした太ももが露わになっていた。

  白いシャツと赤いネクタイは、突き出た腹に沿って曲線のシルエットを浮かび上がらせていた。僕の視線は導かれるように下がり、役割を果たしている最中の虎のもので止まる。虎はずんぐりとした指で皮を剥き、あらぬ方向へ飛ばないように固定している。意外にも――というのが適切かは分からないが――先端は薄い赤色をしていた。

  欲望が内からむくれ上がってきた、と自覚できた時には遅かった。既に用を足し終えている僕のものは、支える手の中で硬さを持ち始めていた。便器の縁に隠れてはいるが、僕のものは見て分かるほどに大きくなり、上を向き始めていた。

  その時、虎の視線がこちらへ向いたような気がした。身体がきゅっと強張り、僕は慌てて顔を正面に戻した。もう用は済んでいるのだから、早く下着の中へ収めてこの場を去らなければ。そう思うも、焦るほどに手元はおぼつかなくなる。

  「なあウサギの兄ちゃん、おっちゃんの小便見ておもろいか?」

  虎の低い声がタイルに反響する。金縛りにあったように僕は硬直した。

  「……す、すみません。そんな、別に見るつもりはなくて」

  「ふぅん? ま、減るもんやないし、気にせんけど」

  僕のしどろもどろな返答にもさして感心がなさそうに、虎はそう言った。視線を正面に戻し、何事もなかったかのように用足しを続ける。どれだけ我慢していたのだろうか、相変わらず勢いを弱めることなく、その音は止まない。

  ちらりと横目で窺うと、虎は目を伏せていた。今のうちだと僕は考える。背中を丸めて腰を引き、いきり立つものをねじ込む。しかし、元からあまり余裕を持たせていない作りをしているせいか、あと少しが収納できない。細身のスーツを購入したことを、今ほど後悔したことはなかった。

  「――なんや、おっきくしよってからに」

  ひ、と隙間風のような声が漏れた。虎の視線はこちらへ――最悪のタイミングで――向けられていた。恐らく、いや確実に大きくなってしまった僕のものを見られてしまっただろう。にたにたと下卑た笑みを浮かべて虎は続ける。

  「ふうん。可愛い顔しとるのに、とんだ変態さんやないか」

  「違っ、これはその――」

  「何が違うんや? そんなガチガチになったモン見せながら言われてもなぁ」

  虎はわざとらしいほどに口角を上げ、鋭い牙をちらちらと覗かせた。顎をこちらに突き出し、僕の股を指し示す。反論のしようがなく、僕はただ口ごもることしかできない。

  それを指摘してどうしようと言うのだろうか。不審者として通報される、脅迫され金銭を要求される。様々な可能性が脳裏をよぎり、全身の血が冷えていく感覚を覚える。しかし、目を伏せる僕にかけられた言葉は、脅迫でも追及でもなかった。

  「見たいんやろ?」

  ねっとりと、耳にこびり付くような声色だった。虎はそう言いながら、片手でつまんでいるそれを見せつけるように揺らす。ぶらぶらという動きに合わせ、中へ残っていた液体が滴となって飛び出す。僕は、そこから視線を逸らすことができなかった。

  用を足し終えた虎はスラックスを上げ、ベルトを緩く締めた。そして、静かな足音とともにこちらへ近付いてきて、僕の隣で歩みを止めた。肩に大きな手が乗せられ、びくりと身体が震える。ぴんと立った耳元に虎の口が近付き、生温い吐息を感じる。

  「個室ん中で続き、しよか?」

  「……はい」

  ――鼓膜を震わせた悪い誘いに、僕は抗えなかった。

  かちゃり、と個室の鍵がかかる音が響く。狭い空間に大の男が二人、みっちりと詰まる。たっぷりと肉の付いた虎の腹が、僕の上半身を圧迫していた。窮屈に思って離れようにも、立っていられる空間は限られている。一歩後ずさると個室の壁に背が付き、仕方ないかと思いながら僕はもたれかかった。

  にやついた笑みを浮かべる虎は、右手を下に伸ばして、僕のスラックスのファスナーを下ろした。じぃ、という音がやけにうるさく感じる。テントを張っているボクサーパンツの膨らみには、先走りが作る大きな染みが広がっていた。ごつごつとした中指がその膨らみをなぞり、爪で擦るように刺激を加えてくる。背筋がぞくぞくとするような快感が伝わり、呼吸が荒くなる。

  焦らされるようにその動きが繰り返され、腰の辺りがじんわりと熱を帯びる。身体の芯がしびれていくような快感に力が抜けていき、僕は虎の肩に顎を乗せた。少しくたびれた虎のジャケットからは、煙草の香りがした。

  「窮屈やろ? ズボン下ろしぃや」

  虎の言葉に操られるように、僕はベルトを緩め、下着ごと膝まで下ろす。弾かれたように飛び出た僕のものがぶるんと揺れ、水平よりも急な角度で落ち着いた。微かに脈打つそこが冷やりとした外気に触れ、太ももの被毛が粟立つのを覚える。

  「わぁ、立派やねぇ」

  虎は僕のものを握ると、大きさや重さを確かめるように力を抜き入れした。力が込められる度に、僕のものは虎の手の中で跳ねる。それが面白いのか、加減を変えながら何度もその動きを繰り返された。

  「あの、あなたも……」

  自身が晒されじっくりと見られている状況に羞恥を覚えた僕は、虎の股へ手を伸ばしてそう言った。

  「んー、あんまり自信ないねんけどなぁ」

  虎はそう呟きながらスラックスを下ろした。シャツの裾から、色褪せた紺色のトランクスが顔を見せる。それを下ろすと、皮余りの控え目なものがぷるんと揺れながら現れた。少し濃く茂っている被毛――そこは白黒の縞模様――と、腹の肉に埋もれてしまうからなのか、先ほどよりも小さく見えた。それと比較すると、下に垂れる袋はずっしりとしていて、見るだけで重さを感じさせた。

  僕はまだ萎えているそこに手を伸ばし、握る──というよりは指でつまむ。

  「おっちゃんのちんぽ、好きなんやねぇ」

  僕は声を出さずに頷く。その卑猥な問いに肯定したという事実が、僕の興奮を加速させる。虎の手中に握られる僕自身が、むくりと太くなるのを感じた。

  可愛らしいとも言える虎のものを、指先で弄る。皮に覆われた中身は湿り気を帯びていて、触れたところが貼り付くような感触を伝えてきた。そうしているうちに虎のものは手の中で存在感を増していく。

  「わ、太いですね……」

  「ふふん、勃つと結構デカなるんよ」

  思わず漏れた僕の言葉に、虎は得意気に鼻を鳴らした。太く猛々しくいきり立つ虎のものは、びくびくと脈打ち、そこが別の生き物であるかのように熱を持っている。握り応えのあるそれは、せり出した股の肉に埋もれ気味でもなお、僕のものと同じくらいの長さだった。柔らかな股座に手を埋めていくと本来の根元が現れ、その大きさに息を呑んだ。僕は緩やかに手を動かし、虎のものを扱く。厚い皮が剥けては被り、薄赤の先端が張り詰めていく様子が見えた。

  「あぁ……気持ちええわぁ……」

  目を細め、口を半開きにして虎は呟いた。口の端から舌先がはみ出ているのが見える。快楽を享受するその表情はひどくいやらしく、つられて呼吸が荒くなるのを感じた。

  虎も僕のものを握り、滑らかな動きで扱き始める。先走りで湿った鈴口がくっ付いては離れ、ぴちゃりぴちゃりと卑猥な水音を立てる。

  「兄ちゃんのここ、やらしい音立ててるなぁ」

  「うっ……恥ずかしいっ、です……」

  虎の低い声が、耳を通して腹に響く。その音の波は僕の思考を蕩けさせ、甘い声が口から漏れ出る。膝が笑い、立っているのが辛くなってきたので、僕は壁に背をもたれかけた。すると、虎はこちらに一歩進み、僕の背後の壁に片手を付けた。逃げ場のない状況で、僕の上半身は――今まで以上に――虎の突き出した腹肉に押される。

  吐息を感じるほどに、互いの顔が近付く。金色の瞳に僕の視線は吸い込まれる。虎は口付けを求めるように頭を傾けた。僕は目を閉じて、それを受け入れた。にゅる、と僕の口内に虎の舌が侵入する。酒臭い──それは僕も同じだが──唾液とともに、互いの舌が絡み合う。

  荒くなる互いの呼吸と、それに比例するように早くなる手の動き。虎は貪るように僕の舌を吸い、唾液を流し込んでくる。溺れそうになりながら、必死にそれを飲み込んだ。互いの熱が溶け合っていき、境界線が曖昧になってくるような感覚を覚える。

  ──その時、かつり、と僕たち以外の足音が聞こえた。

  僕は心臓を掴まれたように息を凝らす。互いの動きがぴたりと止まり、ゆっくりとした動きで口を離す。虎の口端からどちらのものかわからない唾液が垂れそうになるも、虎は舌でそれをすくい取って飲み込んだ。液体の下る喉元が、ごくりと音を立てた。音に合わせて動く喉仏が、どうしてかいやらしく見える。

  「……おっきい声出したらバレてまうからな」

  ほとんど空気が漏れる音でそう言われ、僕は呼吸を整えながら頷いた。

  夜更けのトイレを訪れた誰かの足音は止まり、用を足す音が壁越しに聞こえた。扉を隔てた向こう側からは、個室の中に劣情を催している雄二頭がいるなど、つゆほども思ってはいないだろう。

  息を殺して気配を潜めていると、予期せぬ刺激が僕を襲った。ぞわりと背中の被毛が粟立つ。虎はぴんと立つ僕の耳に、舌を這わせていた。思わず声が漏れてしまいそうになるのをすんでのところで押しとどめる。生温くて湿ったものが敏感な部位で蠢き、そのくすぐったさに僕は身体を捩らせる。ざらつく舌が耳を犯す音、それは頭の中に響き、僕の思考を奪っていく。声が漏れてしまわないように、空いている方の手で口を塞ぐ。

  「っ、ん……うぁ……」

  「……ふぅん、可愛い声で鳴くやんか」

  指の隙間から漏れた吐息に混じった嬌声を、虎は聞き漏らしてはくれなかった。

  「ひっ――!?」

  さらに奥へ、虎は自らの舌を尖らせて侵入してくる。耳から押し込まれる音は体内を掻き回すように大きくなり、僕はぎゅっと目を瞑った。暗闇の中で、得体の知れないものが僕の頭に蠢いているような、そんな感覚に襲われる。

  虎は僕の耳を舐めながら、下半身の弄り方を変えてきた。屹立するものから袋までを、指の腹でそっと撫でられる。羽毛でくすぐられるような感触に、股を閉じてしまいそうになる。触れるか触れないかといった刺激を与えられる僕のものは、物欲しげに脈打った。目を瞑った――さらに虎のでっぷりとした腹に隠れて見えない――状態ではわからないが、透明な滴が糸を引いて垂れているだろう。

  公共の空間でという背徳感。見付かってしまうかもしれないという緊迫感。その二つは僕を興奮させ、明らかに全身の感度を高めていた。自分がそういった性向を持っているのだと、今この瞬間に気付かされる。

  僕が右手に握る虎のものも、火傷しそうなほどに熱く、がちがちに張り詰めていた。僕が声を漏らす度にびくりと脈打つのを感じ、欲情していることが伝わってくる。僕たちは、互いが互いの痴態にどうしようもなく興奮していた。

  耳を蠢いていたものが抜かれ、思考を犯す水音が止んだ。引き抜かれる際の音は一層大きく、直後は世界から音がなくなっていた。聴覚が徐々に戻ってくると、個室の外に静寂が戻っていることに気が付いた。夜更けの訪問者は用を足し終えたようだ。強張っていた身体から力が抜け、長い間溜めていた息をゆっくりと外に吐き出す。瞑っていた瞼をゆっくり上げると、ぎらつく表情の虎と目が合った。

  「アカンなぁ、兄ちゃんのエロい顔見てたらムラムラしてきたわ」

  舌なめずりをしながら虎は言い、続ける。

  「ちょいと座ってや」

  虎は後ろに下がると、便器を指してそう言った。言われるがままに僕は腰を下ろす。上を向く僕のものの先端は濡れていて、蛍光灯の灯りを艶かしく反射しているのが見えた。

  全体的に重量感のある虎の身体が、僕の視界を埋める。虎は僕の正面に足を広げて立つと、シャツの前ボタンを開け、インナーの裾をまくり上げた。腹の被毛は白く、加齢のせいかところどころ薄くなっていた。シャツに抑えられていた豊満な腹肉は、重力に従ってぶるんと柔らかく揺れた。

  「ほんでな、お口あーんして」

  幼い子どもに対するような口調で虎は言い、僕は言われるがままに口を開ける。その口調とは裏腹に、これから何をされるのかはおおよその想像が付いた。そして、それを期待して下腹部を疼かせている自分がいることにも。

  屹立した虎のものが僕の鼻先に近付くと、つんとした匂いが鼻をついた。恐らく昨晩――よくて今朝――から洗われていないであろうその箇所は、熟成された雄の香りを放っていた。決して良い香りではない――そのはずなのだが、僕はそれを吸い込まずにいられない。

  虎は腰を突き出すように動かし、いきり立つ自身を僕の口に挿入してくる。舌の上に熱が伝わり、次いで若干の塩辛さを感じた。大きく開けていた口を狭め、みちみちと張っている虎の先端を舐め回す。咥えてみるとその太さは想像以上で、口内はその存在感に圧倒された。頬張っているとすぐに顎が限界を迎えそうだ、と僕は思った。

  「ああ……ええ具合や」

  頭上からくぐもった声が聞こえてきて、大きな手でわしわしと頭を撫でられる。奉仕を褒められたことに嬉しくなり、胸がときめくのを感じた。もっと気持ちよくなってもらうためにはどうするべきだろうか、と僕は考える。しかし、その余裕は一瞬で吹き飛ばされた。

  「──奥まで突っ込むでぇ」

  「っ!? んぐっ──」

  僕の頭を撫でていた手は、後頭部をぐいと鷲掴みにした。そのまま前に押し出され、僕の口元は虎の股座に押し付けられる。陰部に生い茂る被毛は湿り気を帯びていて、雄の匂いがむせ返るほどに色濃くなった。思わず深く息を吸い込んでしまい、その刺激的な香りが思考を奪っていく。

  いきり立つ虎のものが喉奥に触れたせいか、嘔吐感がせり上がってくる。しかし、口内を埋め尽くす虎自身で声は出せず、喉がきゅっと締まるだけだった。虎はその感触が気に入ったのか、何度も何度も僕の奥深くに滾るものを突き立てた。

  「気持ちええ……もう辛抱ならんわ」

  腰の動きが一層激しくなり、卑猥な水音が個室に響く。前後する腰に合わせて揺れるネクタイの剣先が、僕の眉間をくすぐる。自分の唾液と虎のものから迸る粘液が混ざり合い、泡になって口の隙間から垂れるのを感じた。

  僕は抵抗することもできず、道具のように口を使われる。口で息をすることができず、鼻から必死で空気を取り込む。その度に、虎の凝縮された体臭が鼻腔を流れ、僕の下腹部が切なく疼く。

  「うー……そろそろイクわ、兄ちゃんのお口で受け止めてくれや」

  その言葉の意味を理解した直後、呻くような声が聞こえてきて、喉奥に熱が叩き付けられた。

  「がふっ!? ぐぅっ――」

  注ぎ込まれる粘液を、咳き込みたくても咳き込めない。虎のものは僕の口内で何度も脈打ち、その度に熱いものを放った。白濁の放つ青臭さが鼻から抜けていく。虎の太ももを掴んで逃れようとしても、頭をがっちりと抑えつけられて口を離すことができない。自身が役目を終え、次第に硬さを失うまで、虎は僕の頭を掴んでいた。

  「……ふぅ、スッキリしたわぁ」

  「げほっ! ごほっ、うぇっ……!」

  柔らかくなった虎のものが、僕の口から引き抜かれる。唾液と混ざった白濁が、開いた口から溢れそうになる。溢してしまう、と咄嗟に思った僕は、何を思ったのか飲み込んでしまった。喉元を通り過ぎていく白濁の味に、嘔吐感に襲われた。咳き込むと、涙が溢れて視界が滲んだ。

  「別に飲まなくてよかったんやけど――ん?」

  虎は腰を屈め、トイレットペーパーを取ろうと手を伸ばした。今さら言われても遅いと思った言葉の最後に、疑問符が付く。

  「兄ちゃんのここ、さっきよりガチガチになっとらん?」

  半笑いの声色で虎はそう言った。ここ、というのはもちろん僕のもので、それは虎に言われずとも気が付いていた。半ば暴力的な扱いを受けていたはずなのに、僕の心は昂ぶり、その反応は下半身に現れていた。先走りがとぷとぷと溢れて、袋まで濡れている。

  「強引にされて感じるなんて、やっぱり変態さんやな」

  「ぅあ、ちが、変態じゃない……です……」

  口元を拭いながら、僕は弱々しく返す。

  「先っぽをぐちょぐちょに濡らしながら言われても説得力がなぁ」

  虎は僕の股に手を伸ばし、先走りの泡立つ先端を手のひらでぎゅっと握った。鋭い快感が全身を駆け抜け、思わず飛び上がりそうになる。

  「ひっ!?」

  滑稽な喘ぎ声を上げる僕を気にせず、虎は僕の先端をこねくり回すようにその手を動かした。伝わる刺激は快感と苦痛の中間にあるようで、僕は反射的に腰を引こうとする。しかし、便器に座っているせいで逃げ場はなく、その願いは叶わなかった。せめてもの抵抗として背中を丸めたものの、かえって巡る血を股に集めてしまう結果となり、余計に感度を高めてしまった。

  声を抑える余裕もなく、僕はもがく。やがて、達するというよりも、精の漏れる感覚が僕に訪れた。

  「や、やめっ、うぅ、あぁ――」

  情けない声と共に、僕は虎の手の中で果てた。とぷ、とぷと何度も脈打ち、熱を持った白濁が噴き出す。どろりと粘つくものが自身を伝い、便器へぽたぽたと垂れていく。達している間も、虎は手を動かすのを止めてはくれない。

  「あっ、やぅ、止めっ、止めてっ……!」

  懇願するように僕は言い、虎の太い腕にしがみ付く。外に聞こえてしまうなどと気をかける余裕もなく、半ば叫ぶように僕は頼む。それでも虎は止まらない。既に射精は終えていて、これ以上は何も出てくれないはずなのに。全身が痺れるような感覚に襲われ、僕は震える。快楽の限界を迎え、戻れないところに足を踏み入れてしまうのではないかと、若干の恐怖を覚えた。

  「おっ、お願いっ、お願いだからっ──」

  「……これ以上はアカンかぁ」

  未知の感覚が身体を巡り切ってしまう寸前で、虎は手の動きを止めてくれた。離れる手の内から垂れる白濁が、僕のものとの間で糸を引いた。止めてくれたことに安堵した僕は、全身から伸びる糸が断ち切られたような脱力感に襲われた。

  「おうおう、ぎょうさん出したなぁ」

  べっとりと汚れた手のひらをトイレットペーパーで拭いながら、虎は言った。青臭い精の香りがぷんと漂ってくる。頭の芯が痺れたようになっている僕は、何も応えることができない。白濁が乾く前に僕も拭わなければ、とぼんやり考えるも、行動に移す気力は残されていなかった。

  「でも残念やなぁ。あそこで止めなきゃもっと気持ちよくなれたんやで?」

  使用した紙を手のひらでころころと丸めながら、世間話でもするかのような雰囲気で虎は言った。

  「……もっと……? あれよりも……?」

  先ほどまでの刺激ですら、僕にはあまりにも強すぎた快感だというのに。あの先にも快楽が待ち受けているのだとしたら、それを経験する自分はどうなってしまうのだろうか。止めてくれと懇願していたことなど忘れてしまったかのように、卑猥な妄想がむくむくと膨れ上がっていく。

  虎は、そんな僕の目に宿った興味の光を見逃さなかった。すっと目を細め、僕にねっとりとした低い声で耳打ちする。

  「……兄ちゃん気に入ったわぁ、またおっちゃんとエロいことしよな」

  鼓膜を震わせる低音が、身体の内側から僕を侵してくる。虎の声に操られるように、僕は頷く。それを見た虎は、にたりと口角を上げた。僕はもう、この声に抗うことはできないのだなとぼんやり思う。

  それから、虎は上着の内側から小さな手帳を取り出すと、何かを書き留めてそのページを破り取った。ぐい、と眼前にそのページを突き出される。薄い罫線が印刷されている紙片の上には、殴り書いたような文字で英数字の羅列が記されていた。未だ落ち着かない思考の中で、それが連絡先だと気が付く。

  「ムラムラしたら連絡したってや」

  虎はその紙片を半分に折ると、僕の上着の胸ポケットに差し込んだ。くしゃり、と紙の折れる音が耳に届いた。

  おおきに、と言い残して虎は個室から出ていった。開きっぱなしになった扉を、僕は慌てて閉める。個室の外からは、虎が洗面台で手を洗っているであろう水音が聞こえてきた。それが止み、今度こそ静寂が空間を満たす。

  貼り付いて残るトイレットペーパーに悪戦苦闘しながら、僕は白濁にまみれた股を拭った。乾いてこびりついてしまった部分もあり、完全に綺麗にはできなかったが、帰ってすぐにシャワーを浴びればいいかとそのままにする。乱れた衣類を元に戻し、個室の外へ出る。誰の姿もそこにはなく、僕の足音だけが反響していた。洗面台の蛇口から出る水は冷たく、手がかじかむようだった。

  トイレの建屋を出て、家路へ戻る。僕と虎の痴態は夜の静寂へ溶けていき、それを知るものは誰もいない。

  歩みを進めながら、胸ポケットに差し込まれた紙片を取り出す。微かに届く月明りが、紙上に残るインクを浮かび上がらせた。きっと、そこに記されている文字列は、次の快楽への扉を開く鍵なのだろう。淫靡な期待に胸を躍らせ、僕の口許は綻んだ。

  【この快楽の向こう側 おわり】