勇者、二度目の高校生活を謳歌する。

  【勇者、二度目の高校生活を謳歌する。】

  ★プロローグ

  現代日本、大阪万博が行われる年の夏。

  この俺、村田優希17歳は学校帰りにトラックに轢かれて異世界へというテンプレートな方法で異世界転移した。

  それからのこともテンプレ通り。

  ヨーロッパ風の城の中にある豪華な大広間に描かれた魔法陣の上に気が付いたら立っており、目の前には国王らしきお爺さんとお姫様らしき女、魔法使いのコスプレにしか見えないお爺さんがそこにいて、魔王を倒し世界を救って欲しいと言われ。

  石に刺さった聖剣エクスカリバーとやらを抜かさせられ。

  王国騎士団の騎士団長に半年戦闘技術を仕込まれた後に魔王討伐の旅に出て、魔法使いのエルフと重戦士のドワーフと弓兵の獣人を仲間にして、魔王幹部を倒しながら世直しをし。

  なんやかんやあって旅立ってから数年後、魔王を討伐。

  異世界転移してからの人生はよくあるRPGのような使い古されたストーリーが展開された。

  あとはエンディングを迎えるだけ。

  国王と約束した魔王討伐の報酬である金銀財宝と爵位と姫様を貰って万々歳の日々を夢見て床に付いたのだが・・・。

  「いやどんだけ寝てんねんワレェェェエエエーーーーーーーー!!!!」

  魔王討伐した日の夜。

  馬車で仮眠を取り、眠気が収まって目を覚ましたら十万年経っていた。

  お寝坊さんなんてレベルではもうない。

  寝坊どころか永眠レベルである。

  「どうされましたか村田様!?」

  「あー、なんでもないです。突然叫んですいませんでした。」

  今、マンションの一室で俺とハンバーグを食べているのは十万年続く世界的な宗教のニンホア教の法皇であるジングさん。

  ニンホア教の法皇とは地球で言うローマ法王くらい偉い。

  そして、ニンホア教のニンホアとは、日本のことである。

  神が勇者となったメシア、またの名をユウキを楽園ニンホアから地上を救いにやってきた。

  そうニンホア教の経典に書いてあるらしい。

  つまり、魔王討伐から十万年経った今。

  日本は異世界で神の世界であると崇められ、この俺は現人神として扱われているのだ。

  目が覚めてからの話をしよう。

  魔王討伐後に一眠りして十万年。

  目を覚ますとそこは真っ暗な空間、石の棺の中にいて、知らない天井どころか知っている場所なんてひとつもない世界の中で棺の蓋を開けると丁度教皇のジングさんが自分のいる棺に向けてお祈りをしていた。

  元いた世界で例えるのなら釈迦やキリストが突然復活したようなものだ。

  自分が聖職者だったらショック死しかねないだろう。

  「そうです、か。まぁ何事もないのであればそれで良いのですが。ところで村田様。明日から高校ですが何か不足はございましたでしょうか?」

  「特にないですね。強いて言うなら勉強について行けるか不安なことくらいです。2度目の高校生だから大丈夫だと思いますけど。」

  「それは良うございました。改めてもう一度忠告させて頂きますが、決して貴方様が転生者だとか10万年前の世界を救ったメシア様ご本人であるだとかは悟られてはいけません。もしバレてしまっては世界が大混乱となってしまいます。宜しいですね?」

  なんやかんやあり目覚めてから約1年が経った末に、明日から俺は2度目の高校生となることになった。

  戸籍管理の上で高校生となった実績は重要らしく、この今の世界で生きていくのに必要らしい。

  高校の入学、そもそも戸籍などについてはジングさんの養子として登録してもらった。

  幼少期、宗教的に穢れていると言われている魔の森に捨てられていた子供をジングさんがたまたま発見。

  標高の高い山の奥にある教会にて修行をし、穢れを浄化。

  教皇自ら俗世の知識を学ばせた後、高校入学へと至った。

  なんて胡散臭いカバーストーリーが俺の表向きの人生となっている。

  戸籍を管理する市役所らしき組織からは疑いの目を向けられたが、そこは教皇の権力でゴリ押ししたそうだ。

  教皇恐ろしやである。

  高校生を名乗るために1番重要な見た目については問題ない。

  何故かはわからないが10万年の眠りの末に俺の体は若返っており、ちょうど15歳ぐらいになっていたからだ。

  そして戸籍上でも15歳になっている。

  ちなみに高校の勉強内容についてはどうやらこの世界にもピタゴラスやニュートンはいたらしく勉強の内容自体は元の世界の高校と参考書を見る限りそう変わらなかった。

  国語、社会、理科、数学がベースであり、そのベースに魔法やモンスター、ダンジョンに関する知識が乗っかっている。

  「わかってますよ。ジングさんの言い付けはしっかり守ります。自分の正体は悟らせない、魔法補助具無しに魔法は使わない、彼女が出来たらジングさんにすぐ紹介する、ですよね?」

  魔法補助具とはその名の通り魔法を使うのを補助する物だ。

  今の人類はエルフなどの地球にいない人種も含め補助具を使わないと魔法を使えないほど魔法に対しては不器用らしく、補助具なしに魔法を使うのは神の所業らしい。

  故に魔法補助具、略して魔法具なしに魔法を使ってはいけないのだ。

  彼女が出来たら紹介しろというのは、勇者の血が訳の分からない女に結びついたら困るとのことだ。

  勇者の子供となればかなりの才能を持ち得ることになるそうで、反社会勢力に繋がっている女に勇者の血が渡ればえらい事になるだとか。

  要は身元の調査をさせて欲しいらしい。

  ちなみに子供を作ることに関しては大賛成で、その気があるのであれば信者から選んで宛てがうとのことらしい。流石に知らない女との子供を作ることには恐怖を覚えるため、躊躇っている。

  「理解しているなら結構。では私はもう帰りますのでくれぐれも寝坊することのないように。おやすみなさい、貴方様に祝福があらんことを。」

  そう言って俺の家を出て、黒塗りの防弾加工された高級車にジングさんは乗り込む。

  明日からは夢にまで見た2度目の高校生。

  トラックに轢かれて異世界転移したせいで中途半端に終わってしまった高校生活をやり直す、強くてニューゲーム(物理)が始まったのだった。

  ・◆・◆・◆・

  世界を救って10万年。

  この世界の文明は転生前の日本と同程度にまで成長していた。

  街には車が走り、ビル群が地面から生えている。

  誰しもが片手にスマホを持ち、ペットボトルに入ったジュースを飲む。

  馬車に揺られながら鉄の水筒を飲んでいた時とは大違いだ。

  この世界の技術的進歩についてだが、元いた世界に比べるとかなり遅い。

  おそらく魔物の影響だろう。

  地震や雷などと同じノリでモンスターが大量発生するとなれば科学どころではなく、空を飛ぶにも地を走るにもモンスターの驚異が迫る。

  文明の進化においてモンスターの存在はあまりにも邪魔なのだ

  まぁ、遅すぎる気もするが今はそんなことより青春を謳歌するほうが重要だろう。

  歯磨きをし、パジャマから制服に着替え、教会住みの習慣として行っている朝の祈りを済ませ、朝食のパンを食べてから家を出る。

  この世界の神は実質俺なので一体何に祈っているのかわからないが、祈るのは大事だ。

  きっと八百万のどこかしらの神が見てくれるに違いない。

  いつか地球の神に祈りが届くかもしれないのでとりあえず、祈るのだ。

  それに今更ジングさんと暮らした一年で染み付いた習慣をやめられはしない。

  祈りのない朝はなんだかむず痒いのだ。

  ダラダラとイヤホンで音楽を聞きながら今日から通う高校に向かう。

  通学路はアスファルトの道をバスが走り、コンビニなどの店舗が建ち並ぶ日本の風景に近いものだ。

  本当に10万年が経ったんだと、染み染みと感じさせられる。

  果たして、俺が眠っている間に仲間たちは何をしていたのだろうか。

  もう二度と会えないであろう仲間を思うと少し寂しい。

  そう足を進めながら感傷に浸っていると、胸を騒がせる緊迫したアラート音と共に音声が街を騒がせた。

  『緊急魔獣速報。緊急魔獣速報。川岡市大田町帝都国際高校の付近にダンジョンホールが現れました。屋外に出ている方はお近くの建物内へ。屋内の方は決して外には出ないでください。繰り返します……。』

  ここ百年で常にモンスターのいる洞窟の形をしたダンジョンと呼ばれる魔境の他に、ブラックホールのような形をした攻略すると消える突発的ダンジョン、通称ダンジョンホールが頻繁に発生するようになった。

  ダンジョンホールなんてものは魔王がいた時代にはなかったものだ。

  世界に異常が起きていると言っていいだろう。

  是非近くから見てみたいと思いダンジョンホールの場所を検索しようとしたが、その必要はなかったようだ。

  何故ならまさに目の前にダンジョンホールがあるのだから。

  色は暗い緑と青、形はよくゲームで見るワープホールに近く、真ん中に虚空を覗かせる黒い穴が空いている。

  「そこの帝都生!ここは危険です。今すぐ逃げなさい。はい、こちら二条です。現場にたまたま居合わせていたので。はい、はい、ゴブリンが5匹です。承知いたしました。これより行動を開始します。」

  黒を基調とした赤いリボンの日本でよく見る制服を着た高校生らしき女が魔石の付いている少しメカニックな日本刀を片手に俺へ忠告をする。

  話を聞いている限り彼女はダンジョンホールを対処する組織か何かの一員らしく、今日は非番らしい。

  彼女に言われた通り逃げる、フリをして壁の後ろから彼女の様子を覗き見ることにした。

  帝都生とは帝都国際高校の生徒の略で、俺がこれから三年間通うであろう学校の生徒のことだ。

  そしておそらく彼女も同じ帝都生。

  襟付近のバッジを見るに学年はふたつ上。

  学生なのにダンジョンホールを任されるとは実力があるのだろう。

  ただ……。

  「こりゃ負けるな。」

  ダンジョンホールから現れたのはよくライトノベルで見る緑色の耳が尖った小鬼、鉈のような小刀を持ったゴブリンが5匹。

  俺が魔王討伐の旅に出かけていた時にもよく見た雑魚モンスターである。

  モンスターを狩ることを専門とする冒険者であれば容易に倒せる初心者用のモンスターだ。

  ただし、普通のゴブリンであったならの話。

  ゴブリン5匹の中の最奥にいる2匹、黒みがかったゴブリンがいる。

  この黒いゴブリンは魔王討伐の旅の終盤に現れたモンスターで、かなり強い。

  黒いだけでデカイ鬼の姿をしたオーガと呼ばれるモンスターと同じくらい強く、賢い。

  地面を片足で彼女は蹴り、緑のゴブリンの首に刀を添わせて断つ。

  勢いに任せて2匹目も斬り、3匹目も胴体を真っ二つにする。

  彼女の強さは冒険者のランクで表すとB級は固いだろう。

  だが、その強さでは黒いゴブリンに勝てない。

  手前の黒いゴブリン(黒ゴブリンA)が彼女の背後に周り小刀を振るが、それを間一髪回避。

  カウンターとして後ろに回った黒いゴブリンを斬ろうとするが小刀で防がれ、その隙を最奥にいた黒いゴブリン(黒ゴブリンB)が迫り、襲う。

  黒ゴブリンBの振り下ろした小刀に対し身を転がして避け、刀を構え直す。

  見事な回避だが、黒いゴブリン達の立ち回りを見るに彼女の方が状況は劣勢。

  通常のゴブリンではしない巧みな連携が彼女を追い詰め続ける。

  今は間一髪の連続で回避を続けながら何とか攻撃できているが、いずれスタミナが切れ、間違いなく死ぬだろう。

  この場においての彼女の取れる唯一の解決策は応援が来るまで粘ることだけだ。

  彼女もそれを狙っているのだろうが来る気配は無い。

  例え来たとしても先程通話していた相手の認識はただのゴブリン。

  ただのゴブリンに対する応援なんてものはたかが知れている。

  ようやく来た味方は所詮自らの足枷にしかならない。

  ただのゴブリンではないことを報告すれば良いだけの話ではあるが、報告する暇をゴブリンは与えてくれない。

  報告しようとスマホに気を取られている間に死ぬのは目に見えている。

  よって、この打開策は期待できない。

  このまま彼女は力尽きて死ぬだろう。

  俺が加勢しなければの話だが。

  魔王討伐の旅終盤。

  魔王直属領には沢山の黒いゴブリンがいた。

  魔王城まで行くためには当然黒いゴブリンを倒す必要がある。

  俺から言わせてもらえば黒いゴブリンなんかは雑魚にすぎない。

  黒いオーガや黒いドラゴンに比べれば、所詮はゴブリン。

  何匹いようと関係はなく、瞬殺出来るほどの実力がなければ魔王討伐なんぞ話にならない。

  じゃあお前が黒いゴブリン倒せばいいじゃーん、って話ではあるのだが、そうはいかない。

  何故なら俺が倒してしまうと今後生きていくうえで動き辛くなるから。

  手を出せば間違いなくダンジョンホールを対処する組織に目を付けられる。

  そうでなくても自らの正体を晒す1歩になりかねない。

  所詮俺は人の命より自分の人生なのだ。

  だから、動かない。

  ただ見ているだけ。

  面倒事にはなるべく関わらない。

  絶対に、関わらない。

  ……あのゴブリン、素材を売ったらいくらだろうか。

  討伐したらいくら貰えるだろうか。

  よく考えたら俺は今金欠だ。

  ジングさんから毎月貰えるお金に生活費を引いたら残るのは5千円程度。

  高校生にしては少し少ないかなーくらいのお小遣いとしての金額だが、欲を言えばもっとお金は欲しい。

  でも、バイトをして稼ぐのはめんどくさい。

  勇者をやっていた俺がファミレスで今更働けるとは思えない。

  お金を稼ぐためにモンスターの素材を取りに行って、モンスターを倒したまま何も拾わずに帰るような男が注文を忘れずにお客様へご飯を届けられるとは到底思えない。

  だから、この黒いゴブリンを倒した恩で彼女に仕事を紹介して貰おう。

  モンスターを倒すのは得意だ。

  それしか取り柄がないまである。

  まぁ少し力を使うくらいならバレないだろう。

  右手を腰に添えてエクスカリバー、を召喚して使う訳にもいかないので、全力から半分くらいのスピードで走り死んだゴブリンの小刀を取る。

  「援護する!そのまま横に移れ!」

  丁度ピンチそうな彼女に指示をし、彼女が横に移ったことで空いた隙間に入り込み、黒ゴブリンAの首を跳ねる。

  首を跳ねるために重心を移動したことにより浮いた自分の体を気にしつつ、勢いを遠心力として活かすために体を捻って半回転した後、手に持っていた小刀を黒ゴブリンBに向けて投げる。

  首は避けられたが、小刀を持っている方の腕を切り落とすことには成功。

  アイコンタクトをし、彼女が刀で黒ゴブリンの首を切り落とした。

  モンスターを吐き出し終わったのかダンジョンホールが閉じ、何も無いただの空間に早変わりした。

  どうやらモンスターホールとはモンスターが出てくるだけのもので、ダンジョンホールの中には入れないらしい。

  ダンジョンの中にある罠の1種であるモンスタートラップに近いと思われる。

  「……助太刀感謝します。ただ、助けてもらったのに苦情を言うのは失礼な話なのだけど、何故最初から戦わなかったのかしら?そもそも貴方、一般人では無いでしょう。しかも歳は私とそう変わらない。貴方は一体何者なの?未成年の一般人はモンスターとの戦闘行為を授業以外では禁止されてる筈よ。」

  「えっとー。ただの一般人、帝都高の後輩ですよ。ほら1年生のバッジ。戦闘経験はあまりありませんが、父に多少のことは教えてもらいました。なのでちゃんと戦えたってわけです。」

  襟元に付いたバッジを見せる。

  ギリシャ数字でⅠと書かれたバッジ。

  これが学年を示す物だ。

  反対側の襟元には自分の配属された教室であるBの文字が書かれたバッジが付いてある。

  ちなみに、帝都高にはAからDの英文字のうちのひとつが付与された普通科に分類される4つの教室と、入試の成績が優秀だった者が配属されるSの文字がトレードマークの特進組の教室がある。

  つまり俺はB組、またはBクラスの1年生な訳だ。

  そして彼女はSクラスの3年生らしい。

  「そう。怪しいとはいえ命の恩人なのだから今回は特に詮索するのはやめておきましょう。」

  「いや、全然詮索してくださって大丈夫ですよ。俺の名前は村田優希。生まれはわからなくて、聖職者をしている父に養子として育てられました。それ以上の身の上話はありません。」

  「随分ペラペラと話してくれるのね。次は私の番かしら?私は二条結衣。名前の通り二条流剣術の二条家に生まれ、旧都で育った後に帝都国際高校に入学。今は生徒会に所属しているわ。貴方のふたつ上の先輩ね。この場で出会ったのはきっと何かの縁。何か分からない事、困ったことがあれば何でも聞いて頂戴。」

  何でも聞いて良いのならバストサイズを聞いても良いのだろうか。

  いや、良くない。

  間違いなく二度とセクハラの出来ない身体にされてしまうだろう。

  彼女の容姿を改めてじっくり見る。

  顔は絵に書いたような和風美人。

  目元は鋭いが可愛げがあり、鼻筋が立っている。

  濡れ羽色の髪は腰ほどまで流しており、ワンポイントで和風の髪留めをしている。

  赤い瞳はまるで沈みかけた夕焼けのようだ。

  身長は俺の肩くらいだろうか。

  スラッとした体付きは折れてしまいそうで、脚は長くて細い。

  そして、何とは言わないがかなり良い物をお持ちだ。

  こんなモデル体型の女の子が戦っていた事実に転移前の俺なら驚きを隠せなかっただろう。

  異世界人の女というのは筋繊維の作りが違うせいか見た目以上の腕力を持ち、容姿が大変良い。

  個人差はあるが、顔面偏差値が基本的に高く、また筋肉ムキムキな女性はあまり存在しない。

  脇腹に脂肪分が多い女性はちゃんと存在する。

  「急に黙ってどうかしたかしら?先程の戦闘の影響で体調が悪いとか?私が代わりに先生に言って早退させて貰う?」

  「考え事をしてただけですのでお気になさらず。そうそう、このゴブリンなのですが、俺への報酬って銀行口座に振り込まれる感じです?」

  「残念なことにゴブリンの報酬は私に振り込まれるでしょうね。貴方はただの一般人で私はガーディアンだもの。貴方の扱いはガーディアンの仕事を手伝っただけの一般人になるはずよ。でも安心して?私が貴方の報酬を払ってあげるから。黒いゴブリンの報酬を7割貴方に渡す。それで良い?」

  街に現れたダンジョンホールを対処するのは人をガーディアンと言うらしい。

  そして、肝心の報酬はちゃんと払ってくれるみたいだ。

  キレイな年上の先輩から手渡しでお金をもらう。

  イケナイ気分になれそう良い。

  「7割も貰えるなら十分です。」

  「納得してくれたようでよかったわ。それでは早速連絡先交換しましょう?イソスタで良いかしら。このQRで登録して頂戴。」

  イソスタとは日本にあるあらゆるSNSアプリをひとつにまとめたようなもので、通話からチャット、タイムラインへの投稿はもちろんのこと、細かく設定出来るプロフィール画面まである。

  この世界の物は何故か地球にある物と名前が似ている。

  きっと人間の発想力には終着点があり、最善の解としてこちらの世界ではイソスタが選ばれたのだろう。

  「出来ました。この何も設定されていないアイコンのであってます?」

  「えぇ、その二条結衣と書かれたものであっているわ。改めてよろしくね?村田くん。」

  「よろしくお願いします、二条先輩。」

  味気ないアイコンが映るスマホを片手に微笑む二条さんを見られただけで助けた甲斐があったと思ったのは俺がちょろいからではないだろう。

  「私これから事情聴取があるの。だから先に登校してね。本来は帰宅して自宅療養か現場待機なのでしょうけど、入学初日にそれはまずいでしょう?だから、ここは私に任せて行きなさい。」

  俺も一緒に残ってサボりたいですなんて言える雰囲気ではなかったため、素直に登校するのであった。

  ・◆・◆・◆・

  学校に着き、自分の教室に向かうと今日あった緊急魔獣警報の話で持ち切りだった。

  とりあえず自分の席に座り、前と後ろの席に座っている男と仲良くなっておく。

  スタートダッシュは順調だ。

  学校の始業時間を知らせるチャイムが鳴り、しばらく経つと先生らしき人物が体育館へ集まるよう指示する。

  ダラダラと前後に座っていた友人候補の2人と一緒に体育館へ向かい、校長等の話を聞き、教室に戻る。

  国際高校を名乗るだけあってエルフやドワーフ、獣人から魔族まで様々な種族が体育館に並んでいた。

  その姿は圧巻であり、10万年前では有り得ない光景だ。

  特に魔族は他種族と仲が悪く戦争を繰り返していた種族であったのだが、今ではその影も見えない。

  魔王の討伐により必然的に敗戦国となった魔族であるが、この時代では差別されることはあまりなく、笑顔で日常を過ごしている。

  長い始業式が終わり、教室に戻ってしばらくしてから担任と名乗るエルフの先生が軽く自己紹介をし、生徒も簡単な自己紹介をするレクリエーションをする。

  今日の課業が終わりに差しかかり、黒いゴブリンの報酬金はどのくらいだろうかと心がときめくことを考えていた、その時である。

  突然、勢いよく教室の扉が開く。

  「おはよう諸君!!我は最後にして最強の魔王、ジェヘラザード・G・ユグドラシルである!よろしく頼むぞ皆の衆。お!ソナタは勇者か!久しゅうな勇者よ!お互い殺し合った10万年前ぶりか?よろしく頼むぞ勇者よ!」

  その扉の音は、高校生活を終わりへと導く地獄へのファンファーレであった。

  

  [newpage]

  ★第一章 雑種と純血

  「では自己紹介としましょうか。私は二条結衣、生徒会長をしているわ。出身は旧都で、趣味は特にないわね。ガーディアンの活動で迷惑をかけるかもしれないのだけど、生徒会長として尽力するつもりよ。よろしくね。次は、勇者くんよ。」

  ダンジョンホールと呼ばれているモンスターが出てくる異常現象に遭遇し、生徒会長の二条結衣を黒い特殊なゴブリンから助け、魔王を名乗る電波女に絡まれ、その女から勇者と呼ばれたせいであだ名が勇者となった特殊イベントごちゃまぜな入学式から一週間が経った。

  一週間経った今も勇者呼ばわれは健在。

  つまり自称魔王ことジェヘラザード・G・ユグドラシルさんのせいで有名人の仲間入りし、俺の高校デビュー無事終了したのである。

  入学式してからの出来事と言ったら、二条先輩から生徒会に入らないかと声をかけられ、部活に入るより活動が楽で大学入試のアピールポイントになるなんて俗な理由で入る決意をし、生徒会の一員になったことが一番大きな出来事だろう。

  あとは自称魔王と一緒に頭ファンタジー兄妹と陰口を言われるようになったことぐらい。

  ぐらいで終わって良い話ではないのだが……。

  「えー、勇者ではなく村田優希です。この度は生徒会の末席に加わせて頂きありがとうございます。一所懸命頑張りますんでよろしくお願いします。」

  可もなく不可もなくな普通を体現した影の薄い自己紹介。

  実際そこまで頑張る気は無いが、とりあえず頑張りますと言うのがセオリーだ。

  自己紹介は自分をアピールする絶好のチャンス。

  名前を覚えてもらうのに影の薄い自己紹介で良いのかって?

  どうせ次の奴がどんな発言よりも濃い自己紹介をしてくれるのだから、もはや何を言っても関係がないのだ。

  「我が名はジェヘラザード・G・ユグドラシル、魔王……の、直系の一族の長女である。生まれも育ちも魔族国家の首都ユグドラシル。趣味は強者との緊張滾る殺し合い。偉大にして崇高たる我であるが気軽に話しかけても良いぞ。よろしく頼む。」

  ほら見ろ。

  もうこの場にいる全員が俺の自己紹介なんか忘れてしまうほどのインパクトだ。

  この衝撃は俺の極大魔法であるジャイアントエクスプロージョンメガインパクトも霞むほとだろう。

  ジェヘラザードは入学当初と違い今回の自己紹介では魔王の直系の一族の長女と名乗った。

  十万年前の人物を名乗ることに比べたら魔王と血縁関係がある女と名乗った方が理解はされるだろう。

  実際、魔族国家の公式ホームページにも彼女の名前はあった。

  だが、俺はそれを真実とは思えない。

  何故なら俺の目は、魔王と命を削りあった際に覚えた感覚は、異世界転移して新たに得た魔力を感じることの出来る体内の魔力センサーは彼女を魔王として見ているからだ。

  子供のような身長に銀色の長い髪。

  アメジスト色の瞳と主張の激しい角。

  少し力を入れたら折れてしまいそうな身体つき。

  そして、抑えているであろうが勇者たる俺にはしっかり見えている禍々しい魔力のオーラ。

  見た目、魔力、喋り方。そのどれもが当時見た魔王のまま。

  残虐で残忍な魔族の女王のままなのだ。

  彼女を初めて見た時何度聖剣を抜こうと思ったことか。

  先制攻撃をするべきか、敵意がないからと様子見に転じるか、俺の思考は今の時代に起きて初めてと言っていいくらい回転していた。

  そして、その答えが今している様子見である。

  「最後はアタシかな?アタシは北西アリサ。生まれも育ちもここら近所で、エルフと魔族と人間族の混血だよ。趣味はゲームとファッション。一応会計とか色々してるから何かあったら気軽に相談してね。よろしくー。」

  紫のグラデーションメッシュをしたⅡとSのバッジの付いたボブカットの女、北西先輩。黄色い瞳は宝石のようで、肌はきめ細かい。

  エルフと魔族の良いところ取りをしたような女だ。

  この世界の種族の見分け方は案外難しい。

  例えば、耳の形。

  エルフと言えば長くて鋭い耳が特徴的だが、それは魔族にも当てはまる。角に関しても角を持つ魔族とヤギの獣人がややこしかったりする。

  「後のふたりは所用でいないの。だから今日はこの4人で進めるわよ。」

  二条先輩がパソコンを打ち、スクリーンに移す。

  剣道部、魔術式野球部、パソコン部などと各部活の名目が書かれ、その横には予算、練習場所、部長の氏名といった項目に分かれたデータが表としてスクリーンに出されている。

  「今回の議題は我が校の部活動の新規詳細についてよ。予算が正しいか、練習場所に変更はないかの確認を各部活の部長と一緒に話し合って欲しいの。前年度がこれで、それを元にした新規詳細書の下書きが今見せているやつ。この2つのデータを元にちゃんとした新規詳細書を作成して、部長と話し合って頂戴。もちろん、貴方達新人ふたりに仕事を押し付けたりはしないし、一人で行かせたりはしない。2人1組のチームで取り掛かるわ。明日までにどの部活を担当して欲しいかをSNSで送るから、忘れないでおいて。何か質問は?」

  「はいはいはーい!その担当とやらとトラブルになったら実力行使をしても良いのですかな?我ステゴロなら学内で1であるよ。是非我に暴れさせて欲しい。」

  そう豪語するが、別に私は無敵だなんて言う根拠のない虚言や虚勢なんかではないだろう。

  彼女の正体が魔王かどうかは置いておくとして、実際入学試験の点数で実技学力共に満点だったらしいのだ。

  もしかしたら上の学年の者であろうとも負けないのではと思ってしまう。

  そんな彼女が何故俺と同じBクラスなのか。

  推測にはなってしまうのだが、面接の点数で相当マイナスされたのだろう。

  入学試験の順位自体は実技と学力で付けられる。

  だがクラス分けの参考材料となる入学試験の点数は二次試験、即ち最終試験である面接の点数も関わる。

  実技学力共に満点なジェヘラザードがBクラスな理由は面接の点数が悪いこと以外には考えられない。

  帝都国際高校の生徒会役員は生徒会長からの抜粋で決まる。

  生徒会長がこの生徒を入れたいと言えばそれが通るのだ。

  とはいえ、入学試験の成績が1番上の者を生徒会役員にする流れはある。

  故に、ジェヘラザードは生徒会役員なのだろう。

  もしかしたら入学試験をⅠ位で突破した者には既に声をかけていて断られたのかもしれない。

  何故俺が入学試験の秘密を知っているかと言うと、噂で聞いたからだ。

  実技と学力で満点を取ったくせに面接でゼロ点を取った奴がいるらしい、と。

  「いや、駄目に決まっているだろ。」

  「良いわ。私が許可する。」

  至極当然な流れみたいに回答する二条先輩に対し、いいのぉ!?本当にいいのぉ!?と独り言1歩手前みたいな顔をしてしまう。

  「ただし、正当防衛のみという条件を付けさせて貰うわ。こちらの提案を飲み込ませるために実力行使をするのが手っ取り早いとなったのなら、それは合理的判断よ。他に質問、ある?特に、一年の村田くん。」

  もし二条先輩が眼鏡をしていたら、眼鏡クイッくらいはしただろう。

  そのくらいの清々しい回答だった。

  「はい。では、俺のパートナーは誰なんです?」

  「そうね、貴方のパートナーはアリサにお願いしようかしら。」

  手持ち無沙汰なのかパソコンを弄りながら髪を弄んでいた北西先輩が俺に目をやる。

  そして俺と目が合うと微笑んだ。

  「りょーかい。改めてよろしくね?村田くん。」

  ・◆・◆・◆・

  魔王ジェヘラザード。

  魔族の王家ユグドラシルに生まれた長女で、本来はユグドラシル家の長男が次ぐ予定であった魔王の玉座を圧倒的なまでの実力で奪った女。

  生涯孤独な身で子供はいない。

  交友関係はなく恋人もいないが、部下からは絶大な信頼を置かれている。

  プライドの高い傾向にある王種のドラゴンを何十体も使役していることからカリスマ性が極めて高いことが予想される。

  魔術の腕はもちろんの事、体術や剣術まで至高の領域にいることから倒すことは極めて困難、不可能とされていた。

  彼女の目標は世界征服と邪神の復活。

  今までの魔王であればそれは単なる夢物語で済む話であるが、今の魔王であれば実行の可能性が極めて高い。

  現に邪神復活に向けてかいくつもの国を滅ぼしている。

  故に、魔王ジェヘラザードは脅威。

  世界の敵であった。

  その世界の敵である彼女が今、インターフォン越しにいる。

  私服姿で玄関の前を立っている。

  「そこに居るのはわかっておるぞ勇者よ。はよ出てこい。さも無いとこの場で、お兄ちゃーん、早くお馬さんごっこしよーと叫ぶぞ。」

  自分の武器をよくわかってらっしゃる。

  流石魔王だ。

  中学生か発育の良い小学生に見える彼女にそんなことをされてはマンション中で噂となり引越しを余儀なくされるだろう。

  仕方なく、玄関を開ける。

  「やはりいたではないか。はよ玄関を開けんか馬鹿者が。そもそも勇者と認めろ。どんなに誤魔化しても我は騙されんぞ。」

  そう、俺はまだ自分が勇者だとジェヘラザードに話していない。

  入学式後の自己紹介の時間にジェヘラザードが登校し俺を勇者だと呼ばれた勇者即バレ事件については、ジングさんにもう相談している。

  ジングさんの話によると何故勇者だと顔を合わせた瞬間わかられたかは不明。

  経歴も戸籍情報もDNA情報ですら勇者だと判明されないよう工夫したにも関わらずバレたのだから調査の上ではない。

  自ら話さない限りは正体の掴みようがない。

  となれば候補はふたつ。

  当てずっぽうか、本当に魔王か。

  当てずっぽうなら余程の運が良いで終わるのだが、本当に魔王であるのならまた謎が深まるばかり。

  俺自身が聖剣でズタズタにしたのに何故生きているのか。

  生きていたのなら何故十万年も動きがなかったのか。

  そして、どうして世間に出たタイミングが俺と同じなのか。

  ジングさんには彼女の正体について調べて貰っているが未だ解明にはいたらず。

  俺の情報と同様にジェヘラザードの情報と魔王の証拠が繋がらない。

  魔族国のホームページには魔族一族の長女としか書かれていないのだ。

  自分の正体がジェヘラザードにバレている件に対する回答と彼女に対する対処について昨日まで回答待ちであった。

  そして今日、悩みに悩み抜いたであろう回答を言われた。

  魔王ジェヘラザードについては監視を継続。

  正体は言ってしまっても構わない。

  誤魔化しようがないほどに彼女は俺を勇者だと確信しているのだから隠す意味はもうないだろうという判断だ。

  もし言いふらすことがあっても10万年前の人物が目の前にいるなど信じはしないとの事だ。

  そうなら入学前夜のお約束は何だったのかと思うところではあるが、そこは今起きてることがイレギュラーすぎるのでいいだろう。

  という訳で、見苦しい言い訳みたいな誤魔化し方をするのは今日でおしまいだ。

  「とりあえず中に入れよ。お前といるのを見られたくない。」

  今日の私服だと女児にしか見えない。

  恐らくお馬さん攻撃を見越して狙ったのだろうが。

  「酷い言い様じゃなぁ。まぁ良い。素直に従ってやるから茶を出せ。」

  さすが魔王、他人の家なのにふてぶてしい態度である。

  冷蔵庫から冷やした緑茶を出し、来客用のコップに注ぐ。

  俺が起きてからの世界は転移前にいた世界にあった物の大半があるから有難い。

  「やはり茶は緑茶よなー。十万年前にはなかった物故に最初は泥水かと疑っておったが、今ではこれがなきゃ1日が始まらんわ。」

  「お前ってやっぱあの時死んでたのか。」

  「そうじゃよ?最近復活したばかりじゃ。ふっ、ついに自らを勇者と認めるのだな?」

  ニヤリと笑いながらジェヘラザードはお茶を飲む。

  「あぁ認めるよ。確かに俺はお前をズタズタにしたあの勇者だ。そもそもよく俺が勇者だとわかったな。」

  「そりゃあ分かるわ。気配、魔力、そしてあの殺気は間違いなく勇者に決まっておろう。逆にソナタも初見で即魔王だとわかっておったな?あの時はこの場で襲ってくるのかとヒヤヒヤしたぞ。殺気向けすぎじゃ。」

  「そりゃあ魔王が目の前に現れたら殺気くらい向けるだろ。殺したはずの敵が突然目の前にいたら臨戦態勢にもなる。」

  まるで同窓会のような展開だが会話の内容はファンタジーでクレイジーでアウトレイジだ。

  1LDKのマンションで話していい内容ではない。

  「んでだが、魔王。お前の目的は何だ?何故このタイミングで世間に出てきた。何故俺の通っている高校に同じタイミングで入れた?お前の世界征服と邪神復活の夢はどうするんだ?」

  「質問が多い。1度にそう何度も聞くな。まず、そもそもじゃが我はもう人類の敵ではない。十万年前の我と今の我は同一時でありながら別物じゃ。」

  十万年経ったからもうチャラだよねぇーなんて理由で言っているのなら聖剣をもう一度構える必要があるだろう。

  だが、そうでは無さそうだ。

  「遡ること十万年と、お前が勇者として名を挙げる10年前。我は当時、邪神の復活の兆しを感じていた。闇の魔力がこの世の何処かにある邪神の核が封印されている水晶体に集まるのを感じ、あと10年程度で核から身体が生成され復活すると、推測していた。じゃから我は何とか水晶体を見つけ、核を破壊したのじゃ。」

  「ちょっと待ってくれよ。つまり、お前は邪神を復活させたくなかったのか?」

  「そりゃそうじゃよ。邪神が復活したらこの星は滅ぶ。なのに復活させるのは魔族の王たる我にとって不合理極まりないわ。」

  話を続けるぞ?と出した菓子を頬張りながら口を開く。

  「核を破壊し無事邪神復活を阻止した我。じゃが、核を破壊したことにより我の魂が邪神によって干渉されてしもうてなぁ。我は邪神の使徒となってしもうたんじゃ。」

  「邪神の使徒ってのはつまり邪神の部下って事か?ならジェヘラザードは洗脳されていたことになるな。」

  「そうじゃな。その後の事は知っての通り。自ら壊した邪神の核を治すために核の破片を探し始め、邪神を復活させるために人類の魂を集めた。じゃが邪神復活を勇者に阻止され死亡。何とか復活し、今に至ると。」

  「ん?となると今のお前は邪神の使徒なのか?復活したわけだし。」

  「そんな訳なかろう。もしそうであるならこんな話はせんわ。復活する際に邪神から干渉された魂を直したんじゃ。直すのに随分と時間がかかったがな。故に、我は自我を取り戻した正真正銘の我であるぞ。」

  暖かいコーヒーが飲みたい、とリクエストしソファの背もたれに寄りかかる。

  まるで我が城、玉座の間であるかのような振る舞いだ。

  「あぁ、そうそう。我のことはジェヘラで良いぞ。ジェヘラザードだと長いからな。その代わり、勇者の事は優希と呼んで良いか?元敵同士ではあるが仲良くしましょうの第1歩としてな。」

  「正直お前が邪神に洗脳されていた悲劇の英雄だったとしても、はいそうですかでは仲直り、と素直に切り替えられはしないが。でもまぁ、よろしくな?ジェヘラ。」

  「よろしゅうなぁ、優希よ。」

  彼女の話が真実だという保証は無い。だが、辻褄は合う。

  俺が眠っていた間に調査された邪神に関する資料によると、邪神は原初の時代と言われている創世記に善き神によって倒され、水晶体の中に核を閉じ込めたとされている。

  その水晶体は人間族の探検家によって発見され、どうやら誰かによって破壊された痕跡があったそうだ。

  「さっきの話をまとめると、ジェヘラは数年前に復活。邪神の復活はもう目指してなく、邪神からの洗脳もなし。そうなると気になるのは何故ここにわざわざ来たのかだな。」

  「それは我の今の目的と関係がある。ところでソナタはこの土地、川岡市に違和感を感じるか?何か、良からぬ気配を感じないか?」

  「感じないな。一応今の俺はまだ勇者だから闇魔法とかの邪気は感じれるはずなんだが、何も感じないぞ。」

  「そうか、やはり我が元使徒であるからだろうな。」

  電気ポットのお湯が湧いたのでマグカップに注ぎ、インスタントコーヒーを入れる。

  コーヒーに合うのは冷蔵庫のレパートリーだとシュークリームだろうなぁ、と冷蔵庫からシュークリームを取り、わざわざ袋を開けてお皿に乗せる。律儀に菓子まで出してしまうのは高貴な生まれでない故の性だろう。

  庶民である俺はつい来客に対して奉仕してしまう。

  目の前の茶を啜る偉そうな 女に垢でも飲ませてやりたい。

  「この川岡市には邪神の気配がある。きっとここらに新たな邪神の核か何かがあるのであろう。川岡市に来たのはそれが理由じゃ。帝都高に入学したのは川岡市に在住する核か何かを探すための表向きの理由と暇つぶし。ソナタと同じタイミングで入学したのはたまたまじゃ。ソナタと一緒の学年になれたのは運が良かったわ。」

  美味い!インスタントのコーヒーは最高じゃ!と失礼な褒め方をし、コーヒーを啜る。

  コーヒーのお供としてシュークリームを頬張る姿はナッツを口に貯めているリスのようで魔王と思えないほどの姿をしている。

  悔しいが、少し可愛い。

  「もしかしてお前がヤケに俺と接点を持ちたがるのは邪神の痕跡探しを手伝って欲しいからか?俺もそれ手伝うぞ。これでも一応勇者だからな。世界を救ったのにまた滅びかねないとなるのは見て見ぬふり出来ない。」

  「それは助かる。我ひとりでは流石に限界があるからのぅ。快く引き受けて貰えて助かったわぃ。」

  俺はどこまでいっても勇者だった。

  結局使命感だとか抜きにしても、色んなものを助けてしまう。

  それが勇者としての、いや助け合いを美徳とする日本人としてのDNAなのかもしれない。

  または、ただの好奇心だろう。

  ・◆・◆・◆・

  北西アリサ。

  紫色のグラデーションメッシュをボブカットに整えた髪が特徴的なエルフと魔族と人間族の混血の女。

  通常、ハーフならともかく混血でここまで種族的な特徴が出るのは珍しい。

  黄金色の瞳はエルフ由来のものだが、髪の色は魔族。

  耳は魔族とエルフの影響か若干尖っているが人間族と同じ長さを持つ。

  魔族特有の角や悪魔のイメージを思わせる翼と尻尾は持たない。

  何かしらのハーフと混じり気のない血を持つ者の間の子は通常、混じり気のない者の種族になることがほとんどだ。

  彼女を例とすると、エルフと魔族のハーフと人間族の者が子供を授かった場合、子供は人間族となるのがセオリーである。

  もちろん若干エルフの容姿などに寄ったりはするが、基本は人間族の容姿。

  エルフの特徴が混ざった人間族の容姿はあれど、エルフと魔族、人間族の容姿が親から子へ受け継がれることはない。

  つまり、北西先輩の容姿は異様である。

  混血だと知らなければカラコンを付けて髪を染めたギャルに見えただろう。

  いや、生まれ持った容姿を抜きにしても耳に付けたピアスを見るとギャルにしか見えないのだけど。

  「そのピアス、ウチの校則的に良いんでしたっけ?確か品位を守れみたいな規則があったはずですが。」

  「これ?良いの良いの。これ魔法具だから。右耳と左耳の耳たぶにさげてるこれが、魔族具だよ。」

  それ以外にもガチャガチャと付けているように見えるがそれも魔法具なのだろうか。

  多分、いや間違いなく違うのだろう。

  「今から行くのは魔術研究部の部室だよ。魔術研究部と聞くと実験室でビーカーとにらめっこしながら研究するイメージを持つだろうけど、今回行くのあそこは結構武闘派。しかも偏った思想の持ち主が多いの。特に、今年の部長さんはね。」

  参ったものだよー、と露骨に嫌な顔をする。

  偏った思想とは、恐らく人間族至上主義の事だろう。

  この学校の一部のエリート思想を持つ人間族の生徒は人間族以外に対する差別主義の空気を醸し出している。

  俺が一年間お世話になるクラスであるB組の雰囲気を見て差別がないと思っていたが、どうやらそうではなく、複雑な種族関係を現代の世界では構成しているらしい。

  事前知識としては知っていたが、実際に見るとでは感じ方が違う。

  魔王が倒されて以降、世界の情勢は大きく変わった。

  差別階級であった人間族は勇者の開発した戦い方と教育方法により劇的な進化を遂げ、種族としての底上げに成功。

  人間族は非力で全体的に魔術適正の弱い種族から、全ての魔術に適性があり尚且つ得意分野を持つ個体も存在する魔術特化型の種族に変貌した。

  つまり、この今の差別を作り出したのは間接的には俺なのだ。

  差別階級だったのにいざ有利になると差別をし始める。

  人類とは随分と皮肉な生き物だ。

  邪神が世界を滅ぼしたくなるのが分からなくもない。

  「そう言えば北西先輩は2年生から生徒会でしたよね?確か生徒会と部活動は両立できないと聞きましたが、前は何に入っていたんです?」

  「前は剣道部をやってたよ。これでもアタシ新人戦は全国で2位だったんだから。」

  この世界の剣道は面や防具を付けずに道着のみで戦うらしい。

  防具の代わりは防御魔法を付与する魔道具の腕輪で、それを付けていれば怪我することはまずないとか。

  あの防具特有の強烈な匂いがしないのは有難い話だ。

  道着を着て竹刀を振るう北西先輩はあまり想像出来ないが、案外似合うのかもしれない。

  「生徒会入るには部活やめなきゃいけないとなると、やっぱ生徒会って忙しいんですか?」

  「イベント事の時以外は全然忙しくないよ。普段は週に1回あるかないかの定例報告会と風紀委員の手伝いだけって感じ。風紀委員の手伝いと言ってもただ喧嘩を見かけたら仲裁してねってだけだから、基本は暇だよ。部活辞めなきゃなのは単に感情論で特定の部活を優遇させないため。ぶっちゃけ、君って内申点の為だけに生徒会入ったでしょ?」

  「そりゃあ、まぁ。そういう北西先輩はどうなんです?」

  「アタシ?アタシは結衣さんに誘われたからだよ。生徒会の空きにアリサを入れたいから入ってくれってね。いやぁー人気者で困っちゃうよー。」

  生徒会は他の委員会と違って生徒会長による指名制だ。

  理由は学校の顔である生徒会長が仕事のしやすいようにするため。

  立候補性ではなく指名制にして生徒会長と馬の合うメンバーを揃える目的と生徒会の質を高めるためだ。

  要は生徒会長のえり好みでメンバーを決められるわけだが、通年の流れとして入学試験や学内順位で決める流れはある。

  「北西先輩って二条先輩と前から面識があったんですね。ちなみに生徒会に誘われたのは単純に強いから生徒会にオファーされたとかですか?」

  「もちろん全国準優勝出来るくらい強いからってのもあるし学内順位が高いってのもあるんだけど、一番は理解のある知り合いだからだろうね。アタシも結衣先輩と同じガーディアンだからさ。」

  ほらっ、これガーディアンの身分証明証、と免許証のような個人情報と顔が書かれたカードを見せてくれる。

  ガーディアン。

  正式名称は日本魔獣災害対策防衛隊。

  街中に現れたダンジョンホールや国が管理しているダンジョンと呼ばれている魔物が発生する洞窟の管理を主任務とする国営組織。

  海外にもガーディアンは存在しているため、国際的にはジャパンガーディアンと呼ばれている。

  ちなみにジャパンとは帝都高のある俺が今いる島国、大和国の国際名だ。

  俺が長い長い眠りから目覚めた後のこの世界は元いた世界の名称を持つ物がやたら多い。

  過去にジングにそのことについて聞いた事はあるが、返答として言われたのは不明の2文字だった。

  考察としては人類全体のネーミングセンスはどの世界であろうと変化はなく思考は収束するとの答えだが、やはり納得しきれないので今度ジェヘラにでも聞いてみようと思う。

  「これがガーディアンの身分証明証ですか。なんか真顔の北西先輩って姉御感すごいっすね。金せびられたら俺断れそうにないです。」

  「ひっどー。そんな酷いこと言う村田くんには二度と身分証見せてあげないからね?」

  「そんな他人の身分証見る機会なんて中々ないんじゃないですかね。」

  容姿をいじるのは種族のしがらみ故に複雑な過去を持っていそうな北西先輩にとってまずいかなと思ったが、どうやら気にしていないみたいだ。

  「ガーディアンに入ったのは二条先輩が先で、北西先輩は後なんですか?」

  「そうそう、ガーディアンでも結衣さんはアタシの先輩。アタシは一年前に入って、結衣さんは4年前。13歳からやってるんだって。流石貴族だよね。」

  大和国は貴族制度を採用していない。

  しかしほんの200年前までは華族という名の貴族が存在していた。

  時の流れと共に身分を保証されなくなった旧華族は勢いを失い庶民へとなったのだが、いくつかは今も勢い衰えず権力を振るっている。

  その力ある旧華族のなかで絶大な力を持つ一族のひとつが二条家。

  大和国の軍隊の基本剣技として採用されている二条流剣術の源流であり、多大な経済力を使い魔道具業界を牛耳っている大財閥一族だ。

  二条家を含めた今も尚権力を持つ一族を貴族と自他ともに呼んでいる。

  「貴族は英才教育として中学生になったら現場出るんですよね?すごいですよね。」

  「そうだねぇー。庶民からしたら虐待もいいとこだけどね。でもその貴族様に守って貰ってるお陰でアタシ達の生活があるんだから何も言えないよ。」

  「皮肉なものですね。」

  「そうだねぇー。」

  遠い目をする北西先輩はきっとガーディアンの活動の中でそのような子どもを沢山見てきたのだろう。

  成熟していない、それも思春期入りたての子どもが生き物を殺生する。

  その辛さはよく分かる。

  俺の殺生デビューは17歳と貴族の子たちに比べたら遅かったが、それでも生き物を殺した生々しい嫌悪感と緊迫感は相当なものだった。

  初めて殺したのはウェアウルフという狼男のようなモンスターだった。

  自分を召喚した国の騎士に連れられて来たダンジョンで出たモンスター。

  猛特訓を受けた自分にとってはそこまで強くはない敵ではあった。

  だが、生き物との殺生はそれを始めて経験する者にとっては強さ以前の問題だ。

  自分の手で生きた生物を殺す。

  そのことに足が竦むのだ。

  殺したら相手は死ぬ。

  でも殺さなかったら自分が死ぬ。護衛の騎士がいるなんてもはや関係ない。

  その極限の緊張感の中で剣を振るい相手の生命を奪った罪悪感は今も忘れない。

  それを13歳の子どもに押し付けるのだからこの世界は魔王が討伐された今も変わらず酷いままだ。

  「ここが魔術研究部の部室だよ。緊張するだろうけど今回はアタシがついてるから大丈夫。君は後ろにいるだけでいいからね。じゃあ、行こうか。」

  俺を安心させるために微笑み、魔術研究部と書かれた室名札のある扉をノックする。

  するとダルそうな低い男の声でどうぞと返事が来た。

  扉を開けるとそこにいたのは何人かの部員と、その部員の代表らしき金髪の男。この男が魔術研究部の部長、太秦龍我だろう。

  金髪はエルフのイメージが強いが人間族にも当てはまる髪色だ。

  校則にある品位を守るみたいな規則から髪を染めているわけではないだろうが、第二ボタンまで開けているワイシャツと目つきや態度からヤンキーにしか見えない。

  それもガラの悪くて教育のなっていなそうな田舎のヤンキーにそっくりだ。

  その他の部員も類は友を呼ぶの通り品の悪いメンバーが揃っており、とても研究をしてそうな雰囲気ではない。

  「失礼します。私、生徒会の者です。魔術研究部の新規詳細書の確認をして頂きに参りました。少しお時間よろしいでしょうか?」

  失礼な話だが、ONの時はちゃんと一人称私なんだと思った。

  「あぁ。……書類出せよ。」

  私は今だるいですと書かれていそうな不機嫌顔でソファに座り、書類に目を通す。

  そして一瞬だけ片方の口角上げ、真顔になる。

  そして、ため息を付き。

  「少ねぇな。250万じゃ足りねぇよ。300は貰わねぇと。」

  「そうは仰られましても、これ以上は部活動全体の予算からは出せないのですが。」

  「は?そんなこと知ったこっちゃねぇよ。足りねぇなら他のところから引っ張って来いよ、将棋部とかで。美術部なんかは成果出してないんだから予算いらねぇだろ。」

  「結果を出すほうに予算を回すのは仰るとおりなのですが、如何せんそちらも本校の大事な部活ですので……。」

  「雑種風情がうっせーな!こっちは50万足すだけでいいって譲渡してやってんのによぉ!50万出せねぇってんならこっちも考えがあんぜ?」

  雑種とは北西先輩の種族である混血からだろう。

  彼女の種族については学校では有名な話らしい。

  彼女自体が大会での準優勝や整った容姿などにより有名人となっているのだから種族について知れ渡るのは至極当然な話である。

  ポケットに隠し持っていたボイスレコーダーを密かに付けた。

  「足りない50万、お前が出せよ。」

  「なぁ!?いや何を言って。」

  「いやだから!足りない50万を身体売ったりでもして出せって言ってんの。それともあれか?俺がお前の代わりに出してやろうか?もちろん金以外で俺に返してもらうけどな。」

  後ろで見ている部員は薄ら笑いを浮かべている。

  北西先輩の体を舐めるようにみてニヤニヤする部員もおり、この部屋の空気は酷く下品で汚い何かに包まれていた。

  これが北西先輩の言っていた偏った思想だと言うのなら、偏ってるどころか随分と腐っている。

  まるでゴブリンか盗賊だ。

  「お前自分のこと俺達人間族と同じ人類だと思ってる?勘違いしてるみてぇだから言ってやると、お前は半分人間族の血が混じったゴブリンなんだよ。モンスターに孕まされて生まれた子どもと変わらねぇんだわ。それがたまたま棒遊びの才能があっただけ。わかる?自分の血の汚さ。」

  「そんなことはない、です。」

  「いいか?今いるこの部屋には俺の部員が沢山いる。それに比べてお前らはふたり。鍵は閉めてあるし、ここは結界魔法で防音だ。無駄な抵抗なんかしても痛い目見るだけだぜ?だからさっさと股開いて……。」

  「お話し中失礼します。」

  魔術研究部の部長である太秦先輩が俺を睨むが、話を続ける。

  圧や恐怖で訴えてくる相手には下手に出ないのが場を掴むコツだ。

  「この新規詳細書に記載されている予算は去年と同様のものです。太秦先輩の申し上げていた予算増額につきましては去年の大会成績を考えると増額は見込まれないでしょう。部活の代表者名については変更済みです。何か不備等がありましたら今週末までに生徒会までご連絡お願いします。」

  「おっ、おい待てよ。」

  「もし大会成績を抜きにして予算の増額をお望みでしたら去年の予算の使用用途の詳細を購入した物や施設利用等の領収書付きでご提示ください。何か疚しいことがないのであれば使用用途の詳細を頂いても問題ありませんよね?例えば部室倉庫右棚にある電子機器、ですとか。」

  部室倉庫右棚にある電子機器とは即ちゲーム機。

  恐らく部費を着服して買ったのだろう。それも一台ではなく何台も。

  評判の悪い組織を尋ねるときに弱みを探ってから顔を合わせる。

  勇者時代のクセだ。

  魔王と繋がりがないかの確認はもちろんのこと、資金援助を頂くときにもこの身辺調査は役に立つ。

  魔王討伐の旅には大変金が掛かる。

  疚しいことのあるご貴族様からの有り難いご寄付が必須だ。

  「もう帰りましょう。次の部活もありますから。」

  北西先輩の手を引くとそのまま浮いた風船みたいに付いてくる。

  顔は見えないが明るい顔をしていないのは明らかだ。

  「おい待てよ。」

  眼の前にあった椅子を蹴り上げ、腰を掛けていたソファから立ち上がり近づく。

  そして北西先輩の腕を引き、太秦先輩の身体に寄せさせようと手を伸ばす。

  「なんです?太秦先輩。」

  その太秦先輩の腕を俺が握り、北西先輩を引き寄せさせないようにする。

  「だから待って、言ってんだろうがよ!」

  北西先輩を掴むのをやめて拳を振り上げ殴ろうとするが、その拳が俺に当たることはなく、北西先輩に当たらないよう注意しながら避ける。

  避けられると思っていなかったのか太秦先輩の身体はバランスを崩し、転びそうになった。

  「クッソ!身体強化、ボディロック。」

  太秦先輩の腕輪から電子回路のような光が放たれる。

  すると俺の体がまるで何人かに抑えられてるような固定されているような感覚がする。

  ボディロック。

  相手の動きを一時的に拘束させる無属性高等魔術。

  相手の身体に魔力の膜を貼る事で包装に包まれたフィギュアみたいに固定し、相手の3次元情報に干渉する魔術だ。

  基本的に魔術は自分に対する魔術が1番簡単で、動く物に対する魔術が1番難しい。

  特に早く動くものは難易度が高く、戦闘中の相手となるとかなりの集中力を必要とする。

  ボディロックと身体強化を連続して使用している太秦先輩はきっと魔術研究部の部長なだけあって優秀なのだろう。

  もしかしたら学内でトップ10に君臨する強さなのかもしれない。

  だが、相手が悪い。

  奴の相手は戦乱の世で魔王を倒した勇者、俺なのだから。

  ボディロックを受けながらも身体を動かし、拳をかわして腹に平手打ちをする。

  1番良いのは合気道で取り押さえることだろうが、残念ながら俺は履修していない。

  平手打ちにより内臓が揺らされ、痛みで太秦先輩が唾液を吐いた。

  「まじかよコイツ。」

  取り押さえる前に殺すが基本の勇者にとって体術による拘束は専門外だ。

  だが殺すわけにもいかないので、加減しつつ平手打ちをしたというわけだ。

  「北西先輩、戦闘態勢!」

  頭が真っ白になっているであろう北西先輩に喝を入れ、ポケットにあるイヤホンマイクを出して片耳に付ける。

  戦闘しながら通話ができるイヤホンマイクは大変便利だ。

  しかもボイスレコーダーの機能もついており、ボイスレコーダー単体で機能もする。

  先程ポケットの中でいじっていたボイスレコーダーとはこれの事である。

  「こちら村田。魔術研究部の部室にて魔術不正事案発生。直ちに救援求めたい。繰り返す。魔術研究部の部室にて魔術不正事案発生。直ちに救援求めたい。」

  イヤホンマイクは生徒会のメンバーと風紀委員のメンバーと繋がるように出来ている。

  風紀委員だけの回線でも良いが、状況把握の観点も兼ねて生徒会にも音源が入る事になっているそうだ。

  そうは言っても生徒会が対象に当たる場合も多々ある為、実質生徒会役員は風紀委員と兼任である。

  「話した通り、これより風紀委員が部室を制圧しに来る。力ずくで拘束されたくなければ大人しく指示に従うように。」

  「……取り、抑えろ。魔道具の履歴を消せば間に合う。」

  腹への平手打ちが相当効いたのか、倒れて腹を庇いながら部員に指示を出していた。

  魔道具には魔術の使用履歴と、本人が受けた魔術の履歴が記録される。

  つまり、俺を抑えて魔道具を奪えば証拠隠滅が可能となる訳だ。

  証拠のないものは検挙のしようがない。

  証拠隠滅は予算の削減どころか部活の活動停止すら有り得る状況で唯一の打開策となる。

  俺の背後から2人の部員が魔術を放つ。

  1人目は土属性の拘束魔術のバインド、2人目は衝撃を相手に与える無属性のインパクト。

  どちらも特に難易度が高い訳ではない魔法だが、威力は絶大。

  バインドは並の人間族どころか魔族でも力ずくで解除は難しく、インパクトは当たると衝撃だけで獣人でも目眩くらいはしそうだ。

  インパクトとバインドは同時に使うと負傷を与えさせないが相手に肉体的ダメージを与えさせる有効打になる。

  インパクトにより壁に向かって吹き飛ばされそうになるが、バインドでそれを抑制。

  それにより壁に当たったことによる打撲傷を与えることなく、衝撃だけが直にくる。

  狙ってかどうかはわからないが、この状況下では物理的な証拠を残さない上手い使い方と思える。

  自分の身体に魔力で膜をはり、そこにバインドを絡ませてから膜を解除してバインドを解く。

  バインドは1度解くと拘束としての機能を失う欠点を活かしたものだ。

  その点、永続的に拘束が出来る搦手の通じないボディロックは有効だ。

  そのままインパクトを避けるが、2手3手とインパクトを放たれる。

  策を破られてなりふり構わなくなったのだろう。

  しかし、それら全てをかわし、術者に近づく。

  そして術者のひとりの足元目掛けて蹴り転ばして、その勢いを抑えつつ地面に着いた足で地面を蹴り、バインドを使用していた術者の腹に平手打ちをする。

  「まだやるってなら相手をする。だが、次は容赦はしない。魔法を使って抵抗させてもらうぞ。どうする?……来るのか?来ないのか?」

  ドアの鍵を開け、相手に警告するが、部員達は俺と目を合わせず第三者を装うように明後日の方へ目線を向ける。

  もしかすると今襲ってきた2人は部活内の実力ナンバー2と3なのかもしれない。

  その2人が相手をして叶わないのなら、自分達も叶うはずがない。そう思ったのだろう。

  だが、そうは思っていない者がいた。

  「今すぐそのイヤホンマイクを切ってこっちに渡せ。魔道具もだ。さもないとこの女の顔を傷付けるぞ。女の顔は命より大事、だもんな?」

  「ごめん、村田くん。」

  手段を変えただけで反抗の意思はあったようだ。

  怯んで力の出ない北西先輩を人質として使う。

  ゲスなやり方だが悪くはない戦法に思える。

  「今喋った内容はもう外まで筒抜けだぞ?」

  「いいや、ジャミングを使ったから外まで電波は届いていねぇ。そんなんいいから早く渡せよ!ほら早く!」

  「……渡さないで。私は大丈夫だから。」

  安心させるための笑みを浮かべているが、明らかに大丈夫では無さそうだ。

  笑顔がぎこちない。

  もちろん俺が本気を出せば北西先輩を助けつつ人質作戦をしている部員を無力化させることは出来るが、それをやると高校生のうちに付けることの出来る実力の範疇を超えてしまう。

  「わかった。魔法具とイヤホンマイクを渡そう。俺がこのふたつを投げるから、投げた瞬間先輩をこっちに突き飛ばせ。」

  「あぁ、じゃあ3、2、1のカウントダウンでやるぞ。ほれ、3、2、1。」

  言われた通り腕から魔道具を外し、イヤホンマイクも掛けるのをやめ、カウントダウンの通りに投げる。

  しかし、相手は北西先輩を離すことはなくニヤリと笑った。

  「離すわけねぇだろ。馬鹿だなぁお前。次はどうして貰おうか。そうだそうだ。せっかくだし弱みでも握ろうか。いやでもその前に風紀委員止めさせるか。おい、今すぐイヤホンマイクで風紀委員止めろ。」

  魔道具を他の部員に渡し、履歴を消させている。

  「イヤホンマイク渡してまた返してで段取り悪くないか?なら風紀委員止めてからイヤホンマイク渡させろよ。」

  「うっせぇなぁー!とにかく止めろ。今すぐにだ。」

  「あー、そうしたいのは山々なんだが・・・。」

  ナイフで北西先輩を抑えている状況。

  魔道具を相手に渡してあり、イヤホンマイクもあちらにある。

  状況証拠は完璧。

  「もう来ちゃったみたいだ。」

  魔術研究部に入るためのドアが勢いよく開けられ、壁にぶつかり大きな音を立てた。

  「風紀委員会だ!君ら魔術研究部部員を魔術無断使用並びに暴行の容疑により現行犯逮捕する。抵抗はやめて今すぐ両手を頭の後ろに組め!後ろの奴らも同罪だ。まさか自分は第三者だとは言うまいな?」

  風紀委員会の男がドアを蹴り上げ魔道具を付けた腕を向ける。

  その女の後ろには複数人いて、同じく戦闘態勢だ。

  「おいおい待てよ風紀委員長。確かに女の方はナイフで突きつけられてっけどよ?先に手を出したのはアイツらの方だぜ?証拠にほら、魔道具に履歴が残ってねぇ。俺らは襲われてただけだ。生徒会ってのは随分野蛮なんだな。」

  痛みが収まったのか部長がヘラヘラと俺らの魔道具を見せてくる。

  「確かに魔道具の履歴は残っていませんが、イヤホンマイクに残っている収録音声と受けた魔術の履歴は証拠として成立するはずです。イヤホンマイクも学校支給の魔道具ですから魔術の履歴は取れてるはずです。それにそもそも、ナイフを突きつけておいて正当防衛は無理があるでしょう。」

  「なっ!聞いてないぞお前!」

  「そりゃあ、まぁ。言ってませんので。」

  もし俺が勇者らしいことをしていた時代ならこの心理戦は評価されただろう。

  戦乱の世は勝てば良かろうの精神。卑怯であろうと下衆であろうと勝てば良い。

  魔術研究部の部長達は実際のところ俺に負けたのだが、戦法は悪くなかったのかもしれない。

  でも残念ながら今の世界は戦後の平和な時代。

  敵らしき敵はモンスターしかおらず、この学校は風紀委員などにより秩序が保たれている。

  勝てば良かろうの時代ではもう決してない。

  「俺らは保健室で診断を受けた後に帰りますので、現場処理をお願いしても良いでしょうか?」

  「任せてくれたまえ。事情聴取は明日としよう。私は加害者の対処をするから、君は被害者女性のケアをお願いするよ。」

  俺も被害者なんだけどなぁ、なんて口には出さず承知しましたと礼をして北西先輩と部屋を去る。

  北西先輩は保健室までの道中何も喋ることもなく、ずっと暗い表情のままだった。

  ・◆・◆・◆・

  魔術研究部から魔術による暴力をされた為、保健室にて医師による診断を受けたのだが異常はなし。

  しかし、体調の急変を危惧して30分だけ保健室待機を命じられ、カーテンで仕切られたベッドに横になりながら暇な時間を過ごした後に解放された。

  生徒会の仕事はせずにそのまま直帰しろとの事だったので、生徒会室には寄らず帰ることにした。

  帝都校は上履きによる土足禁止のシステムではないが、校内玄関はちゃんとある為素直に玄関から帰る。

  玄関を1歩出た先には俺に対する待人らしき人がおり、壁に寄りかかって立っていた。

  「どうしたんです?ファンの出待ちは許可してないんですけど?」

  「いや君事務所所属のアイドルとかじゃないでしょ。」

  保健室の個室にさっきまでいたであろう彼女の目の周りは赤い。

  保健室で休んでいた30分の間に押し込んでいた気持ちが溢れ出したのかもしれない。

  あの時の彼女は少しおかしかった。

  魔術研究部部長が言葉にした雑種という言葉に対して過剰に反応して、怯えていたように思えた。

  「もしかして俺が言いつけ通り直帰しないか監視するために後をつけようとしてました?いやぁ困ったなー。帰りにゲーセン寄ろうと思ったのに。」

  「白々しいって。ほら帰ろ?日が暮れちゃう」

  あれ?一緒に帰る仲でしたっけ?なんて空気の読めないことは言わない。

  彼女のプライドを逆撫ですることをわざわざ言わなくても良い。

  「先輩って家どこなんです?確か歩いてすぐだって言ってましたよね。」

  「家は川岡駅の近くだよ。100円ショップとコンビニの間の道を真っ直ぐ歩いた場所にあるの。村田くんは?」

  「俺ん家はその少し先ですよ。先輩ん家からだと歩いて5分くらいですかね。」

  「多分そう。結構近いんだね。そこら辺は学生向けの物件が多いから当然か。」

  川岡駅はそこそこ栄えている地域密着型に近い駅だ。

  ファミレスやカラオケなどの若者が集まる場所は豊富で、服や少しお高めな惣菜が売っている百貨店のようなショッピング施設もある。

  生活していて困ることはないがデートをするには少し物足りない程度の駅と言った感じだ。

  「……村田くんは、何も言わないいんだね。」

  「と、言いますと?」

  「ほらその、大丈夫?とか。怖かったよね、とか。」

  「あー、そうですね。なんと言いますか、嫌かなぁって。わざわざさっきあった嫌なこと思い出させるより、気分転換として別の話したほうがいいかと思いまして。」

  「ふぅーん、なるほどね。なんか気を使わせちゃってごめん。村田くんってその、不器用なんだね。お陰様でちょっと楽になったよ。」

  安心したか、呆れたのか、複雑な感情を見せながら笑みを浮かべた。

  何が不器用なのかわからないが、今は黙っておく。

  「悪いけど少し話させてよ。昔の事とか、色々。」

  「実は気になってたので、是非話してください。」

  深呼吸するかのように一息置いて、口を開く。

  「アタシね?小学生の頃からこの見た目のせいでよく虐められてたの。ほらアタシって意味わからない見た目してるでしょ?だからずっとひとりぼっちで、気持ち悪いって異物扱いされてたんだけど。」

  ハリウッド映画の有名な話がある。

  異なる人種のキャストが3種類猿の特殊メイクを1人1メイクとして映画の撮影に望んだのだが、人種や出身地に関係なく同じ種類の猿の特殊メイクをされた人同士が仲良くなったそうだ。

  基本的に人は同じ見た目と群れたがる。

  故に人種差別などが起きる訳だが。

  その最たる例が彼女だ。

  きっと彼女の見た目、混ざりきっていない種族は周りにいなかったのだろう。

  「でもね?中学を上がってから一変したの。自分で言う話じゃないんだけど、アタシって容姿良いじゃない?だから変にモテちゃってさ。男の子には下品な目で見られて、女の子からは表面上では皆仲良くしてくれたけど、裏で陰口言われるくらいには嫌われちゃって。それが2年間」

  歳を重ねて損得勘定や性を覚えたことによりジメジメした感情を向けられたのだろう。

  それがどれ程の恐怖を感じさせられたモノなのかはわからない。

  しかし成熟した精神を持っていない中学生の女の子に向けられるのが如何に残酷なことなのかはわかる。

  2年に渡る差別に欲情、嫉妬による色眼鏡は酷く辛いものだったのだろう。

  「3年生の時の最初らへんでね?アタシ、レイプされそうになったの。」

  思わず彼女の顔を見たが、感情のない表情をしていた。

  まるで知らない誰かの昔話をするみたいに話を続ける。

  「その日は半分ブームみたいになってたアタシに対する告白チャレンジに付き合わされる為に放課後呼び出されて、いつもみたいに体育館倉庫で告白されて、特に関わりのない人だったから普通に振った。告白は別に起死回生の逆転技なんかじゃないのに、なんで面倒臭いことするのかな、なんて思いながら振ったんだけど。その時はいつもと違ったの。」

  「……。」

  「体育館倉庫の中にね。その人の仲間が隠れてたの。それでその人たちに抑えられて、上着脱がされて、ズボンも脱がされて、力で抵抗しても逃げられなくて、いざその時ってなったから魔術を使った。ウチの中学は魔道具は授業中以外使用禁止で取り上げられてたんだけど、アタシの体質は特殊で、魔道具無くても多少は魔術を使えたの。」

  北西先輩の話はまるでその場にいるかのような緊張感に近いものを感じさせた。

  1人のまだ幼い女の子が複数の男に取り押さえられる。

  男である自分には分かりかねない部分があるのかもしれないが、それでもとてつもない恐怖が襲ったことは想像できる。

  「魔術は確か風のやつかな。特に殺傷力のないただ吹き飛ばすだけの魔術。でも、インパクトみたいに相手を吹き飛ばして傷を追わせることは出来る。その人たち、その魔術のせいで入院したの。」

  物が沢山置かれている倉庫のなかで吹き飛ばす魔法を使えば、吹き飛ばされた身体が物に当たり、最低でも骨くらいは折れるだろう。

  それも相手が中学生だったなら尚のこと。

  「その人たちは結局転校。アタシは過剰防衛ではあったものの、状況を考慮して情量釈明の余地があるって事でお咎めなし。でも、その日からあだ名は雑種ビッチ。異種族婚しまくってる家系の子供だから淫乱なんだろう、ってさ。」

  「……。」

  「サッカー部エースの子達を体育館倉庫で誘惑した挙句に被害者ズラした雑種ビッチ。それがアタシの学校での評価。我ながら酷い扱いだよね。アタシが嫌いなのはわかるけど、そんな解釈されるほどの事してないよ。」

  被害者であろうが何だろうが関係ない。

  彼女の回りからしたら差別される側の彼女は全てにおいて悪なのだ。

  「それからアタシは不登校になって、地元から離れた高校に入学して、元々やってた剣道をより一層専念した。次は負けない。絶対アタシの身体を触らせない、って執念もあって今では剣道の全国大会第2位。ガーディアンにスカウトされるくらい強くなったけど、全て無駄だった。やっぱ駄目だったみたい。」

  「駄目だとか無駄だったとかは無いと思いますけどね。精神的な話は置いておくとして、技術としては学内ならほぼ敵なしでしょうし。」

  「ありがとう。でも、やっぱ駄目だったよ。どんなに鍛えてもあの時何も出来なかったもん。」

  魔術研究部の部長、太秦先輩にセクハラをされた時の北西先輩は確かに何も出来ずただ食べられるのを待つだけのウサギのようであった。

  無抵抗、今まで培ってきた剣道は全て無意味で、無価値。

  いくら武術を磨いても恐怖で動けないのであれば意味は無い。

  それは覆しようのない事実。

  「やっぱ仕方ないのかな?気弱なくせに意地はってる女だからいざって時動けないのは、しょうがない事なのかな?自分の後輩が危険な目にあっているのに動けないのは、結衣さんみたいな貴族の娘じゃないから、かな?だから、私……。」

  きっとそれは性的な攻撃に対してトラウマを抱えている彼女からしたら、仕方のないことなのかもしれない。

  でも……。

  「確かに中学生の頃のトラウマを抱えた先輩があの時に動けなかったのは仕方の無い話かもしれません。無茶苦茶な話を突っぱねる事もせず、ささやかな抵抗だけをした先輩は悪くないのかもしれません。英才教育さえてない先輩がいざって時に動けないのは、当たり前だとは思います。」

  「……。」

  「でもそれは戦わなくていい理由にはならない。」

  これはただの正論で、言葉の暴力だ。

  彼女からしたら耳が痛い話だろう。

  「先輩の過去だとか心情だとかを相手は決して考慮してくれません。むしろ、そこが弱点だとわかれば積極的に狙ってきます。」

  「……。」

  「トラウマが蘇ってきて、とてつもない恐怖を感じたことに対しては同情します。ですが、抵抗をやめてはいけません。決して相手に流れを任せてはいけないんです。」

  「ならあの時、アタシはどうすれば良かったの?」

  「考えるのを放棄しなければ良かったんでしょうね。ささやかな抵抗をして諦めてくれるのを待つ。選択肢を預けて無抵抗になる。そんな事をしても状況は決して良くはならないですし。」

  「でも、アタシはもう。」

  きっと彼女もいないほど理解している話なのだろう。

  それでも彼女は、動けない。最初の1歩が出ずに、後ろへ引いてしまう。

  「怖くて頭が真っ白になるのは構いません。つい相手に選択権を与えてしまうのも良いでしょう。ですが、次の一手では必ず自らの意思で動かなくては状況は好転しない。でないと大事なものを奪われてばかりです。」

  後ろへ引いてしまうからこそ、次の瞬間前に足を出さなくてはいけない。

  抵抗を辞めたなら、またエンジンをかけ直さなければならない。

  「説教をしてしまいごめんなさい。痛いほどそんな事わかってますよね。でもちょっと、言いたくて。」

  「……。」

  「……俺も昔、大切なものを沢山無くしました。もう、二度と取り返せないものです。今でも夢に出てくるほど後悔しています。何度泣いて挫けたかわかりません。」

  昔と言ってもずっとずっと昔、今から十万年前。

  でも俺からしたら体感10年ほど前の事だ。

  あれ、今の俺って学生服を着たおじさんに近いのでは?

  話を続けよう。

  「でも、そんなに何度も泣いて挫けて後悔しても、また失うんです。そしてもう1回何度も後悔する。それを幾つも繰り返す。何度も絶望して、全て終わらせようとした時もあります。でも、その度に思い出すんです。」

  そう、それはあの日の仲間。

  そして仲間だった大切な人達が教えてくれたこと。

  「まだ、全て失った訳ではない。俺はまだ生きている。」

  生きている限り終わりでは無い。

  俺が生きているならまた、一から作り直せばいい。

  失ったなら失ったものを大切に思いながら前に進めばいい。

  転んだら立ち上がる。

  倒れたら起き上がる。

  倒れたのは誰かのせいかもしれないけど、起き上がらなかったのは自分の選択だ。

  その選択を誰かが責任を取ってはくれないし、倒れたままでは好転しない。

  「先輩は少し頭良すぎなんですよ。もっと馬鹿にならないと。勝てないから順応しようって学習するんじゃなくて、もっと諦め悪くなった方がいいです。そしたらまぁ、勝てなくても時間稼ぎにはなるかもしれないんで。」

  そうやって、俺は魔王を倒してきたのだ。

  「要するに何が言いたいかといいますと、また次があったらその時頑張ればいいんじゃないですか?諦めない気持ちさえあれば、人間何とかなりますしね。……先輩?」

  「……話長いよ。しかも意味わかんない昔話し始めるし。話させてって言ったのアタシなんだけど?」

  「すいません、でも深イイ話だったでしょ?」

  「正論ぶつけて気持ちよくなってただけじゃん。」

  北西先輩はそう口をとがらせた後、クスリと笑う。

  「でも、少し楽になったよ。次は負けない気がする。セクハラしてきた奴は全員叩き切ってやるんだから!」

  「そりゃようございました。明日からまた部室まわり出来そうですか?」

  「もちろん出来るよ。まぁあの様子だとアタシが居なくてもひとりで難なく出来そうだけどね。てか魔術研究部の電子機器の件よく知ってたね?何処で知ったの?あと、さっき君がしてた過去回想みたいな話は何なの?」

  「それは企業秘密でお願いします。」

  彼女はきっと、これからもトラウマに苦しむだろう。

  過去の出来事は今回の事件でより鮮明に思い出され、さらに忘れられないアクシデントとなってしまった。

  きっと悪夢として再現される夜は少なくないはずだ。

  でも、それでも前に進まなくてはいけない。

  過去の傷は見ないフリをして、茨の道を進まなくてはならない。

  何故ならばそれが、生きるということなのだから。

  「あ、そうそう。単純に先輩下ネタ耐性ないでしょうから、自分から下ネタ言ってみたらどうです?下ネタウイルスのワクチン接種的な感じで。」

  「へぇー、それは良いアイデアだね。」

  「いや冗談ですよ?冗談。」

  ・◆・◆・◆・

  帝都高の昼休みは90分と長い。

  自主性と自由度を求める帝都高の理念から、長めに昼休みを取ることで自由な時間から学びを取らせようとする姿勢があるらしい。

  またその理念から生徒に委ねられた選択権も多く、生徒会が最たる例だ。

  部活動などの予算からイベント事の詳細。

  体育祭の人員決めどころか1生徒の進退でさえもある程度は生徒会が決められる。

  もはや教師は授業をして生徒のサポートをするだけの存在となっている。

  そのように自由度の高い学校だが、それが出来るのは偏差値の高い学校が故の生徒の質の高さだろう。

  だから、今回の魔術研究部の事件は極めて異例だ。

  暴力事件は魔術と言う武力を磨く場としての役割が大きい高校な為よくある事ではあるのだが、暴行事件は極めて稀。

  当たり前の話ではあるのだが、教職員含めた多くの学校に関わる者が今回の事件を重く見ている。

  魔術研究部に対する処分は部長含めた魔術を使用した者が退学処分。

  一部の者は謹慎処分を受け、部活自体は廃止。

  過去の大会成績を加味して一時停止処分も話に上がったが、生徒会長の意向で廃止となった。

  昼休み、昼食を取るために俺は友人二人と食堂へ向かった。

  ここの食堂のメニューは豊富で、沢山あるメニューを魔術とドワーフのコックにより提供を可能としている。

  「先週の暴行事件、お前が止めたんだってな?すげぇじゃねぇか。」

  俺よりも一回りほど身体が成長しているライオンみたいな獣人の男、東田辰が俺の背中を強く叩く。

  彼は普通にじゃれ合っているつもりではあるのだろうが、普通に痛い。

  「某、優希殿はてっきり魔王殿のお情け採用かと思っていたぞ。意外と強いのであるなぁ優希殿。」

  エセ侍みたいな話し方をするのはエルセレーノ・ルイビル。

  金髪で青い瞳をしているエルフである為、喋り方からして完全に日本好きの海外ニキにしか思えない。

  「まぁ多少は家で鍛えさせられてたからな。」

  「確か牧師の養子なんだっけか?めちゃくちゃ武闘派の。」

  「そうそう。騎士団長か何かやってた神父の養子だからそれなりにやれるって訳。」

  「であるなら某と同じであるな。某の家族は弓の名手故、小さき頃からビシバシされたぞ。」

  「百獣の王を受け継ぐ我が東田家は軟弱な男なんぞ要らん!と、うちでも良くボコられてたな。」

  特進クラスのSクラスで無くても幼少期から武術英才教育を受けてきた高校生が多い。

  その者たちが正当な評価をされない理由はこの学校の入試システムには魔術以外に武術に関する評価がされないからだ。

  この学校の入試システムは戦士を必要としない。

  必要としているのは戦士ではなく、魔術を放つ大砲だ。

  もちろんSクラスの者も優秀なのだろうが、本当に戦える者は何人かだろう。

  「なら実際、ふたりがコンビ組んで戦ったら1年の中なら負け無しだろうな。」

  「そうだな、と言いたいところではあるが。残念ながら何人かには負けるであろう。特に魔王だの言われている女。彼奴は化け物だ。俺の百獣の王たる直感が戦うなと言っている。」

  流石は獣人族だ

  。獣の勘とやらは受け継がれているらしい。

  俺も魔王討伐の旅仲間の獣人が持つ獣の勘に随分と助けられた思い出がある。

  「某にはただの童子にしか見えないのだがな。その百獣の王の直感とやらはどのくらいレーダーとして優秀なのか?」

  「そうだなぁ。校内であれば強い奴が来た時に殺気でわかるぞ。壁裏に何人いるとかも分かる。」

  「なら辰に奇襲は効かないな。ちなみに俺はどのくらい強そうなんだ?」

  辰は俺に視線を向け目を凝らした。そして熟考する素振りを見せる。

  「わからぬ。」

  「わからぬ、とは?」

  「なんと言うか、弱そうに見えて、強そうにも見える。圧倒的な強者のようなオーラはないが、雑魚とも言えない。だが普通とも何か違う。無、だな。」

  「なんかムズ痒い感想だな。」

  圧倒的強者である!貴様、勇者だろう?みたいに見破られても困るのでまだ良い感想ではあるが、どうせなら強いかも?くらいの感想は欲しかった、となるのは厨二心が抜けていないからだろうか。

  「ちなみにエルのオーラは多少強いに分類されるぞ。まぁ弓使いは腕力とかの単純な強さじゃないからだろうが。」

  エルセレーノのエルとエルフ族のエルで、愛称はエル。

  異世界人の海外風ネームは長いものが多いので名前を呼ぶ時は基本愛称だ。

  ちなみにエルセレーノは名前で、ルイビルは苗字。苗字が先か名前が先かは住んでいる国や種族によって違う。

  初めから異世界にいた訳ではない俺からしたらややこしい。

  「そうであろうよ。神話に出てくる大英雄ガロウラ程の弓兵であれば別なのであろうが、基本弓兵はひ弱である。」

  もちろん某は体術もいける口だがな、と腕の筋肉を強調させる。

  大英雄ガロウラ。

  十万年前に勇者と同行し魔王討伐に貢献したとされている獣人の弓使い。

  つまり俺の元仲間だ。

  ガロウラの矢はもはや戦艦の大砲ほどの威力を誇り、彼の使う弓の弦は鋼鉄のワイヤーのように硬い。

  5キロ先の的を待てる正確性と、魔術により可能とした機関銃のような連射速度は規格外。

  ミサイル兵器のない当時であれば遠距離最強であっただろう。

  もしかすると今でも負け無しなのかもしれない。

  「もうすぐ俺らの番じゃないか?俺は、やはりビーフステーキ丼の300グラムだな。」

  「某はー、ヴィーガンハンバーグにしようか。優希殿は?」

  「俺はそうだな、チーズ牛丼の温玉付きであるな。」

  この世界にはチーズ牛丼への偏見がない。

  チーズ牛丼好きな俺にとってはありがたい限りだ。

  「またチー牛でござるか?そんなに食べてはいつか身体がチー牛になってしまうぞ?」

  「チーズ牛丼をチー牛と略すな、殺すぞ。」

  「なんでぇ!?」

  話しているうちにすっかり俺らの番となった為、注文をして食事を受領する。

  空いているテーブル席を取り、腰を掛ける。

  「エルは弓道部に入るのだろうが、辰はどうするんだ?確か獣人族は魔術を使わない体育会系の部活に入れないんだったよな?」

  決めつけをされたエルがムッとした不機嫌顔をするがスルーだ。

  「そうだ。獣人族と魔族、あとドワーフは力が強すぎるからな。俺は魔術格闘部に入る予定だぜ?ちまちまパソコン弄ったり研究したりするのは性に合わねぇからな。」

  「エルフもそう言うのあるのであるぞ?エルフは身体が弱いから魔術と防具を使わない空手部とかは禁止である。……理由が少しダサく思えるのが悲しい。」

  「エルフはその分目と耳が良いんだからいいだろ。人間族は魔術の適性が全体的に少し高いだけだぞ。」

  「その少しが俺らからしたらデケェんだよ。それに人間族って天才が生まれやすいだろ?個体数も多いしよ。」

  異世界に来てまで少子化なんて言葉を考えさせられるとは思わなかった。

  どの世界でも辿る運命は同じなのか、今の時代において少子化は問題のひとつだ。

  特にエルフ族は元々子供が出来にくい体質からか、少子化による人口削減の危機となっている。

  「天才が多いのは出生ガチャの玉が多いってだけだろ。それに獣人族も出生自体は多い方なんだから天才も多いんじゃないか?」

  「獣人族はアスリートを産みやすい代わりに頭の方はどうも微妙でよ。アスリートも天才っちゃあ天才なんだが、教科書に載るタイプの天才ではないからちょっとな。」

  「それは単に辰殿が馬鹿だから全体がそう見えるだけではないか?獣人族の全体知能指数は悪くないはずであるぞ。」

  「なんだとエセ侍!」

  天才。

  類稀なる才能を持つ者の総称。

  スポーツ、武術、学業、遊戯、政治から芸術までありとあらゆる分野において天才はいる。

  辰の言っていた人間族に天才が多いなんて理論は個人的感想でしかないが、一理ある。

  これは俺の単なる予想でしかないのだが、人間族という偏りのなく得意不得意のない種族は外れ値が出やすいが為に天才が生まれやすいのだと思う。

  獣人族は力が強く、五感が優れている代わりに魔術があまり得意でない種族だ。

  故に近接戦闘が得意な者が多く、体を動かす才能を持つアスリートが生まれやすい。

  逆を言うならば、魔術に関する天才は生まれづらく、頭を使うタイプの才能を持つ者はそれを自覚することなく一生を終える。

  きっとその得意不得意が明確な事が人間族との差を産んだのだろう。

  「種族の話で少し思ったのであるが、優希殿は北西先輩と良い感じになれそうであるか?」

  「襲われそうになってた所を助けたんだろ?ならワンチャン相手惚れたんじゃねぇか?」

  「勘弁してくれよ。北西先輩はそこまでチョロインじゃないって。それに初めて話したのは1週間前でアクシデントは昨日だぞ?展開早すぎだろ。」

  展開の速さがギャルゲーのヒロインどころか同人誌のヒロインほどの超特急だ。

  車なら100キロオーバーで道路交通法にぶち当たっているだろう。

  無事免停だ。

  「恋に早いも遅いもないと聞きますぞ?恋と落雷は突然に、なんて言うとか言わないとか。」

  「多分言わないだろ。」

  この世界のことわざについては詳しくはないが、そんな上手い事言ってやったみたいなダサいことわざはあって欲しくない。

  「でもぶっちゃけ、好意を持たれたら満更でもないんじゃないか?俺なら大歓喜だぜ。」

  「なんせあの顔とスタイルであるからな。胸を腕に寄せられて攻められたら、男であるなら即堕ち2コマであろう。」

  「下品だぞエル。でもまぁ、実際北西先輩は美人だからな。嬉しくはある。」

  この学校では北西先輩の容姿、即ち種族に対して批判的な目で見ている者は少ない。大抵が美人だなぁ程度だ。一部過激な思想を持っている生徒が騒ぐ程度である。

  きっとそれは帝都国際高校と名乗るだけあって、通っている生徒の種族のバリエーションが多いからだろう。

  別種族同士の子供であるハーフも沢山通っているので、混血な彼女も受け入れられやすい。

  流石に3種族の特性を持つ混血は彼女しかいないのだが。

  「ノーブラキャミソールなんかで抱きつかれたらどうなってしまうであろうなぁ?」

  「何でもしたくなるだろうな。」

  「ふぅーん、キャミソール着たら優希くんは何でもしてくれるんだ。」

  「そりゃあもちろん何でも……。」

  聞き覚えのある、女の人の声。

  自然と振り返る、振り返ってしまう。

  「いや、違うんですよ北西先輩。俺はただ何でもしてしまうほど尊敬してるって話であって。」

  「美人な北西先輩にノーブラキャミソールで抱きつかれたらその苦しい言い訳もやめてくれたりするの?」

  「土下座しながら靴舐めるんで許してくれません?」

  「ふふっ、……さいってー。」

  ハートマークが見えるほどの柔らかい笑みが怖い。

  大きな声で話していた訳ではないに聞こえていたとはエルフの耳は健在なようだ。

  いや、魔族の耳か?今はそんなことどうでもいい。

  それに、油断していたとは言えこの俺が接近に気づけなかったとなると、気配を殺す技術は相当なものと思われる。

  魔族故の才覚だろうか。

  エルフと魔族と人間族の混血。

  思っていたより厄介なのかもしれない。

  「あと優希くんのお友達も、共有の場所では変なこと言わないように。私だから良かったものの、他の子なら平手打ちされても文句言えないんだからね?」

  「すいませぬ。以後気をつけまする。」

  「本当にすいませんでしたー!」

  「わかったならよし、あっ、そうそう優希くん。」

  北西先輩がニヤリと笑い、またいつものニコニコ顔に戻ると。

  「昨日の夜は慰めてくれてありがとう。でも、少し激しすぎなんじゃない?相手のこと考えないと。」

  「慰める!?一体何を慰めたのですかな優希殿!」

  「ナニは慰めてねぇよ。例の事件の話を通話して聴き相手になってただけだ。それと激しかったのはゲームな?勘違いさせること言うのやめてくださいよ先輩。」

  「えっ、私との関係はゲームだったの?ごめんね、勘違いして。でも、酷いよ……。」

  「現在進行形で俺の友人を勘違いさせるのはやめてください。先輩のお友達が待ってますよ。ほら行った行った。」

  そうあしらうと、えー、ひどぉーい。

  また生徒会室で、ね?なんて言いながら去っていく。

  食堂で猥談をしていた俺も悪いが、先輩も先輩だ。

  昨日セクハラされて半泣きしていた人と同一人物だとはとても思えない。

  「おい優希。詳しく話、聞かせてもらっても良いだろうな?」

  「某も詳しく、そう詳しく話を聞きたいであるな。もちろん答えてくれるのだろう?優希殿?」

  「午後に向けて授業の予習でもしようかな。いやぁ食った食った。ご馳走様でした。」

  

  [newpage]

  ★第二章 そうだ、ダンジョンに行こう

  10万年の眠りから目が覚めた後の世界は驚きの連続であった。

  まず、この世界の今の歴史だ。

  この世界の今の歴史は俺のいた世界から見たら歪で、技術や司法などによる時代の転換までの長さがとてつもなく長い。

  特に中世から抜け出すまでが長く、この時代の科学者は何をやっていたんだと叫びたくなる程であった。

  その歴史の長さと薄さ故に、高校の歴史の授業は日本で言う戦国時代付近からしかやらない。

  それもサラリと雑学程度の時間しか授業として取らないのだ。

  次に地名や会社などの名前や地理的な国の形、そして料理や道具、高校に保険制度などの生活に関わる物があまりにも元いた世界に似ている、または同じであることだ。

  10万年が経った今の世界にはアメリゴ連邦と呼ばれている国があり、YouMovieと名付けられた動画アプリがある。

  前いた世界で言う日本のようなものもちゃんとあり、大和国と呼ばれている。

  大和国はご丁寧に日本と同じ島国だ。

  首都は帝都と呼ばれている場所にあり、丁度東京と同じ位置。

  京都は旧都となっており、そちらも同じ位置にある。

  その他に北海道、四国、九州、さらには沖縄まであるのだ。

  さらに大和国には四季があり、侍文化もある。神社や日本の城も当然あり、着物もある。

  ジャパンカルチャーをそのまま持ってきたような国だ。

  また、帝都には山手線と呼ばれている電車の路線が存在し、渋谷や浅草も同じ名前で存在する。

  もはや気持ち悪いほど元いた世界と同じなのだ。

  さらに歴史まで似ており、この世界の歴史には江戸幕府が存在する。

  もしかすると定期的に地球生まれの人間が異世界転移してきたのではと思ったがそうではない。

  どうやら元いた世界に似た地名や出来事については、ジングさんから聞いた限りによると『聖女』と呼ばれているエルフが関係しているらしい。

  聖女は俺がこの世界に来るより前からいるエルフで、今もまだ存命なまさに生きた化石。

  200年程度しか生きることができないエルフがどうやって10万年近く生きているのかは不明、そのエルフが何処にいるかもわからない。

  本名すら不明だ。

  分かっているのは、聖女が圧倒的な魔力と権力を持つと言うこと。

  そして何か重要なモノが出回った時には神託が来たと言って無理やりそのモノの名前を変えさせると言うことだけ。

  世界的な宗教となっているニンホア教の法皇であるジングさんでさえ会ったことがないらしい。

  そもそも聖女自体が存在する人物であるかもわからないとのこと。

  その全てが謎に包まれた聖女なのだが、この世の全てを支配していると噂されているそうだ。

  俺のとりあえずの目標は3つ。

  まずは邪神の復活の阻止。

  せっかく邪神に洗脳された魔王を倒したのに、結局邪神が復活して世界が滅びましたでは話にならないからだ。

  次に聖女に会うこと。

  魔王討伐後の長すぎる世界の歴史などについて、そして物事の名称についての謎を根掘り葉掘り聞きたいと思う。

  そして最後のひとつは。

  「今日こそ話を付けに来た。私をお前の弟子にしてくれ。」

  俺の弟子になりたいとか言い出したこの女、マーガレット・K・ゴールディアに弟子入りを諦めてもらうことだ。

  彼女との出会いは食堂で北西先輩に弄られ友人に尋問された日の放課後。

  ゲームセンターにある体験型ゲームのソードヒッターズで遊んでいた時。

  そもそもソードヒッターズとは、四方八方から撃たれるボールの弾幕を避けながらボールを打ち返し、3分間のうちにボールに当たらずに何回打返せるかを挑むゲームだ。

  まるで剣術の訓練みたいなソードヒッターズだが、ゲームセンター内での人気はない。

  何故なら単純に初心者からしたら難易度が高いからだ。

  ゲームセンターにあるバッティングセンターが野球関連の人間か元気な男子学生しかやりたがらないのと同様に、ソードヒッターズは剣術が好きな者しかやりたがらない。

  人気のない割に敷地を食うソードヒッターズだが、俺はこのゲームが好きだ。

  1回やるだけで汗をかくことができ、単純にストレス発散になる。

  しかも戦闘経験から良い点数が取れるため、自己顕示欲が満たされる。

  その日はストレス発散としてソードヒッターズをやり、最高得点の999点を取ってスッキリしていた。

  当然、999点なんかはとても常人が取れる数字ではない。

  だから1度俺のその姿を見たら目を付けられてしまう訳で。

  たまたま剣術の練習として訪れていたゴールディアに見つかってしまった。

  「何度も言うけど俺はただソードヒッターズが上手いだけなんだって。」

  「もしそうならば私を差し置いてお前が生徒会にスカウトされる訳がないだろう。」

  「それは、事務能力!そう事務能力を買われたんだよ。いやぁ優秀だと頼られちゃって困っちゃうよなー。」

  「事務能力だけで生徒会役員になれるほど生徒会は甘く無い。生徒会は実力主義だ。校内の者はユグドラシルとの抱き合わせだとか媚びを売って入ったとか思っているだろうが。私はそう思えん。」

  「もしかしてゴールディアも生徒会に入りたかったのか?」

  「いや全く。稽古の妨げになるから入る気は無い。生徒会の者にもそう伝えてある。」

  マーガレット・K・ゴールディア。

  帝都高の有名人だとベスト8に入るであろう生徒で、特にゴールディア家については今の世界事情に疎い俺でも知っている。

  ゴールディア家とは今も残るイギリスのような国であるアングロ・ドミニオンの王室だ。黄金の犬歯を家紋とした一家で、獣人の中では珍しい狼の獣人の一族となっている。

  そのゴールディア家の娘として生まれたのがマーガレット・K・ゴールディア。ややつり上がった目をした金髪と犬耳が特徴的な美人寄りの女だ。

  「お前がそう固くなに否定するのならこちらにも考えがあるぞ?ほら、これを見てみろ。」

  「……なっ!いつの間にこんなの撮ってたのか。」

  「盗撮した映像を見せるのは奥の手だったのだが、仕方あるまい。さて、もしこれを校内に拡散させたとして、一体何人がソードヒッターズだけ上手い一般人だと思うだろうな?魔術研究部の部長を抑えただけならまだ普通の生徒と言ってもギリギリ成り立つが、これを見たら間違いなくお前の扱いが変わる。お前、それだけの実力を隠したい事情があるのだろう?良いのか?私がこれをばら蒔いても。」

  俺はどうやら脅されることが頻繁にある運命にあるらしい。

  魔王に脅され、上級者に脅され、次はSクラスの同級生に脅される。

  自分の前世はきっとヤクザのカモとかだったのかもしれない。

  「1ミリも良くないからやめて頂きたい所ではあるのだが……。その前に大体どうやって指導すればいいんだ?ゴールディアの剣術って英国流剣術だろ?なら俺の自己流とは真反対だ。」

  アングロ・ドミニオンもイギリスと同じように英国と呼ばれることがある。

  この世界の名前に関することは一々俺のいた世界に似ていて本当に不気味だ。

  「真反対ではない。むしろお前の剣と英国流剣術は近いと思う。お前の剣術は古式の英国流剣術に似ているからな。それと私はお前に指導までは求めていない。ただ傍に置き、たまにダンジョンに連れてってくれたらそれでいい。」

  まるで私は飼い主様の近くにいれるだけで幸せですよみたいな忠犬セリフを吐く。

  「あのな?そもそも俺に何のメリットがあるんだ?それに庶民でB組の俺がS組のお前を引き連れてたら悪目立ちするだろう。」

  「勇者なんて呼ばれているファンタジー兄妹の片割れをしているのだから悪目立ちは今更ではないか?」

  反論できない。ごもっともな正論だ。

  「それにメリットなら私が与えてやる。何が欲しい?なんでもやるぞ?金か?権力か?我が家に言えば金銀財宝もくれてやれるぞ。」

  ……何故、どうして勇者時代にゴールディア家がいてくれなかったんだ!もしいてくれたら靴でも何でも舐めて資金援助して貰えたに。

  羽振りの良い王族は当時いなかった。

  貴族や富豪でさえ勇者への援助に渋る。

  10万年前にもしゴールディア家がいてくれたなら、きっと俺の鎧はゴールディア家の家紋をデカデカと掘られていただろう。

  思わずイエスの三文字返事をしようとしたが、思い止まる。

  羽振りの良い貴族は怖いのだ。

  それも王族となればなおのこと怖い。

  魔王討伐の旅の道中、数々の依頼をこなす事があった。

  依頼の内容は主にモンスターの退治。

  ドラゴンからキングオーガ、どデカいゴブリンの巣まで何でも引き受けたのだが。

  羽振りの良い依頼の報酬金を出す所は大抵依頼の達成後に支払いを渋られる。

  何なら勇者なのだから善意のボランティアは当たり前だと逆ギレされる始末。

  故に、羽振りの良い王族は怖い。

  「いやそれはそれで羽振りが良すぎて怖いよ。もっとその、飯奢るとかでいいから。」

  「引き受けてくれるのか?」

  「いいや引き受けない。1回だけダンジョンに付き合ってやるだけだ。」

  「試行期間と言うやつだな。それでいつダンジョンに行くか?今日、いや今からでも良いぞ。」

  今日は用事がなく予定もない。

  明日は土曜日な為、遅く帰宅しても問題無し。

  ダンジョンに昼だとか夜だとかの概念はないが、夜の方が空いていることが多い。

  本来ダンジョンに入るためには前日までの予約が必要なのだが、どうせゴールディアが何とかしてくれるだろう。

  「気が早いって。悪いけど俺、ダンジョン用の殺傷力ある魔道具持ってないぞ。」

  「そこは私がなんとかするから心配ない。全て私が何とかするからお前はただダンジョンに付き合ってくれるだけで良いぞ。」

  「ゴールディアはダメ男を作る才能がありそうだな。じゃあ都合のいい日を教えてくれないか?」

  「私としては何時でも大丈夫だ。なんなら今でも良い。おっ、丁度近くのダンジョンが空いているみたいだな。予約して行くか?」

  そんな部活終わりにラーメン行かねぇかくらいの勢いでダンジョンに行って良いものなのか不明ではあるが、きっとこの気軽さは彼女の自信の表れなのだろう。

  「まぁー、暇だし行くか。」

  ・◆・◆・◆・

  川岡駅から電車で15分。

  乗り継ぎを1度し、秋葉原に着いた。

  秋葉原は前の世界と同じでアニメの聖地ではあるが、同時にダンジョンの聖地となっていた。

  アニメの専門店やメイド喫茶が立ち並ぶ中に、ダンジョンを潜るのに使う道具や武器屋も立ち並んでいるのはなんとも不思議な光景だ。

  大和国には50を超えるダンジョンがある。

  秋葉原のダンジョン以上に難易度が高いダンジョンから難易度の低いダンジョンまである中で、何故秋葉原が聖地なのか。

  それは転移門の数だ。

  転移門とはその名の通り、今いる場所からワープの出来る門。

  原理は未だ不明だが、ダンジョン内にある転移門を使えば即座に地上と行き来できる仕組みをしている。

  秋葉原ダンジョンは転移門の数がとにかく多く、総数50階層の中で5階層ずつ転移がある。

  地下に潜れば潜るほどモンスターが強くなるダンジョンのシステムを考えると、自分の目標とする難易度の階層へ即座に行ける秋葉原ダンジョンは大変便利。

  故にダンジョンの聖地なのだ。

  そのダンジョンの中、ふたり巨大な洞窟のような場所を歩いている。

  「お前やっぱ騙しただろ。44って壁に書いてあったぞ。そもそもモンスター強かったし。今日行くのは初心者に毛が生えた冒険者向けってゴールディア言ったよな?」

  冒険者とはダンジョンに潜る者を指す。

  ダンジョンに潜ることを専門とする者をプロ冒険者と呼ぶそうで、プロ冒険者と真反対のバイト感覚でダンジョンに入る者が多いらしい。

  もちろん勇者時代でも冒険者はいたが、もっと命懸けで危ない仕事のイメージがついていた。

  まだ体感年齢では若いのにジェネレーションギャップを感じる。

  「別に間違えていないだろう?プロ冒険者ではない私達は本業に比べたら、初心者に毛が生えた程度だ。」

  「ゴールディアの言ってる毛は大木くらい太いんだよ。40階層からはプロでなきゃ行かないことくらい想像出来るわ。」

  「どうせお前のことだから適当に弱いふりをして乗り切ろうとか思っていたのだろう?そうだと思って予め強いモンスターしか現れない階層にしといたのだ。」

  「弱い振りをしようにもゴールディアは1ミリも手助けしようしてくれないから実力を出さざる負えないわけだ。流石盗撮魔、やり方が汚い。王族としてのプライドはないのか。」

  実力を出してはいるが、出しているのは1割程度だ。

  聖剣を使って勇者としての実力を100パーセント出せばダンジョンの通常モンスター程度一瞬で片付くし、そもそも1時間あれば50階層全て回ってクリア出来るだろう。

  「我が家の家訓は勝てばよかろうだ。きっとお前にしたことを父上に話せばお喜びになるだろうな。」

  「性格の悪さは家系譲りなのか。おっと、モンスターだな。」

  足音が聞こえ、身構えると現れたのはキメラ。

  ライオンの頭と上半身に、ヤギの頭と下半身、蛇の胴体をしっぽに付けた化け物だ。

  前足の爪は大変鋭利で地面を引き裂き、下半身に付いた頭は魔術を唱えることが出来る。

  しっぽに付いた蛇の頭からは猛毒が出る。

  強さは無理やりRPG風なレベル指数で表すならレベル55程度。

  ゲームなら冒険始めたてで出会ったら死を意味し、冒険終盤であろうと油断したら死にかねない強さだ。

  つまり、初心者に毛が生えた程度ではまず勝てない。

  「ひとつ思ったんだが、ゴールディアはキメラを倒せるのか?さっきから一回も戦闘してないから実力がわからない。」

  「ギリギリ倒せる程度だ。」

  「なら俺を連れてくるなとは思ったがそこは一旦置いておくとして、中々強いんだな。」

  先程も言ったがキメラは中々に強い。

  とても魔術の勉強をしていただけの若者には勝てない強さを誇る。

  「私はこれでも入学試験の順位自体は1位だからな。ある程度は戦えるさ。2次の面接を含めない点数だとユグドラシルに負けてしまうがな。」

  俺は寝ていたからあまり覚えてないのだが、入学式の新入生代表スピーチを入学試験の成績が1位だった者が行ことになっている。

  きっとゴールディアもスピーチをしたのだろう。

  「つまり戦えはするわけだ。」

  「もうそろそろ実力を見ておきたいと?いいだろう。」

  腰に付けていた豪華な装飾をされた剣の柄を握りしめる。

  剣や刀タイプの魔道具は刀身に実体があるタイプと無いタイプの2種類あるが、ゴールディアの使う魔道具は刀身があるタイプだ。

  刀身のあるタイプはないタイプに比べて値段が高い。

  しかも刃こぼれをする為、メンテナンス費用もかかる。

  つまり金食い虫なのだが、それを凌駕するメリットが2つある。

  1つは魔力伝導率が良いこと。

  それにより刀身に魔力を吹き込むことが可能で、魔法の杖みたいに刃先から魔術を使うことも出来る。

  2つ目は柄などに魔石の埋め込みや魔術回路を書き込むことで使用者に影響を与えることが可能なことだ。

  例えば使用者がよく使う魔術属性の魔石を埋め込むことで魔術の威力を底上げしたりが出来る。

  刀身のあるタイプはその特異性と数の少なさから宗教などの関係もあり異名で呼ばれることが多く、聖剣や魔剣などと呼ばれている。

  俺が太古に使用していた聖剣も厳密には魔道具とは違うが、似たような力を持っている為に刀身のあるタイプの剣型魔道具と呼べるだろう。

  「我が一族は火炎魔法の名家。ゴールディア家の力を見せしめてみせよう。爆ぜろ、聖剣レッドローズ!」

  剣を鞘から抜き銀色の刀身を露わにすると、その数秒後には白かった刀身が赤く染まり燃え上がる。

  その輝きは名前の通り赤く、薔薇のように美しい。

  聖剣レッドローズがアングロ・ドミニオンの国宝に指定されているのも納得だ。

  「参る!」

  剣を持つ両腕を上に挙げ、まるで剣道の踏み込みを伸ばしたかのような挙動でキメラまで迫る。

  しかし近付くことを許さないのか、キメラのヤギの頭部が呪文らしき言語を口にし、数発の火球を放つ。

  「この私に火球で挑もうとはいい度胸だ。だが!」

  全ての火球を斬り、無力化する。

  火の玉を炎の刀身で切るのは水で水滴を弾くようなものだが、それを可能とするのは炎の刀身の温度が高いからだろう。

  「私に炎は通用しない。」

  ゴールディアに火球を斬られ学習したのか雷撃、水球、大岩、突風で作った斬撃と試すように魔術を使用するが、雷撃を避けて水球を炎で蒸発させ、大岩を剣で斬ってから風の刃を避ける。

  魔術による攻撃が効かないとキメラは判断し、蛇の頭が紫色の毒霧を吐く。

  それに対しゴールディアは刀身から炎を広げ、撒くように炎を放った。

  そしてその炎が毒霧を焼き焦がす。

  毒霧を焼き切りそのまま足を進め、キメラの刃渡り圏内までに入る。

  キメラが慌てて爪を振るが、彼女を傷つけるより早く剣を斜めに振り、腕を落とす。

  そのまま頭からかち割るように剣を振り切り、キメラを絶命させた。

  「……どうだろうか?お前が指導するに至る納得の実力か?」

  「正直びっくりした。ゴールディアは本当に強いな。」

  俺が見てきた過去の冒険者の中で見るならかなりの上位。

  冒険者ランクならAランクからSランクはあるだろう。

  「誰かの指導なんかいらないんじゃないか?」

  「……私には自分を強くしてくれる者が必要だ。今の私には、力が足りない。」

  もしかしてこれは身の上話をしてくるパターンだろうか。

  偉い親の娘だし脅してくるし身の上話してきそうだしで俺の1ヶ月を凝縮したかのような女だ。

  モンスターとの戦闘もしているのでそこも含めて完璧。

  身の上話をした後で泣いてくれたら言うことなしだろう。

  ……炎に関するエピソードだけない。

  とりあえず火の元には気を付けようと思う。

  「そうか、それは頑張ってくれ。」

  「そこはちゃんと聞いてくれ!今のは聞く流れだろうが!」

  「流れだとか言われてもなぁ。それで……、何故ソナタは力を求める。力が、欲しいか?」

  「あぁ!私は!私は力が!!ってそうじゃなくてだな。……何故お前は素直に話を聞こうとしないんだ?」

  「お前の身の上話を聞いたらつい同情しちゃって力を貸したくなるからだよ。なんせ俺は優しいからな。悲しい過去だとか努力しなくてはいけない理由なんかがある人にはつい助けたくなる。だから、聞きたくない!」

  と言うのはただの建前で、本音はただからかうと面白い反応をしてくれるからなのだが。

  「なら喜んで話してやろう。お前は私の腹違いの兄、アルダー・K・ゴールディアを知っているか?」

  「金色のアルダーだろ?どんな物も炎によって溶かすブリティッシュガーディアン。アングロ・ドミニオンでは3本指に入る実力者だ。」

  そう昨日調べたサイトに書いてあった。

  「そうだ。私の兄は実力者。魔術の腕はよく特異な炎も持っている。だが、アイツはゴミだ。性格が腐っている。ゴールディア家は実力主義。このままでは間違いなく次の当主は兄だ。兄が当主となればゴールディア家は、私の好きなあの家は地獄となるだろう。国家も終わりだ。ゴールディアの当主とは即ち国王なのだからな。」

  サイトの筆者曰く、アルダー・K・ゴールディアの素行が悪いのは有名な話らしい。

  屋敷の使用人には手を出し、自分の部下を蹴り飛ばして遊ぶ。

  ガーディアンとして出動したら必要以上の火力を出した魔術を使うことで建物を破壊する。

  ありとあらゆる犯罪に手を出しているが、お咎めなしなのはその圧倒的なまでの実力と権力故。

  そんな人間が国の指導者になればその国が腐敗していくのは目に見えている。

  「私は兄よりも強くなり、当主にならなくてはならない。その為には兄を超える圧倒的な力が必要だ。だから村田。お前の力を貸してくれないか?」

  そう頼み込む彼女の真っ直ぐな瞳を見て、思い出す。

  ゴールディアは俺が異世界に来た当初に初めて戦い方を教わった騎士団長に似ているのだ。

  太陽のような輝かしい瞳に黄金色の髪。

  自分より10歳も上なのに同じ目線で話してくれる。

  若くして騎士団長になったのにも関わらず傲ることなく勤勉。

  そして、人一倍愛国心のある騎士として理想的な男だった。

  決して魔族に腹を貫かれて死んでいい男ではなかった。

  ゴールディアの瞳は彼の瞳に似ている。

  理由はきっと彼が国を愛していたように、彼女もまた家と母国を愛しているからだろう。

  「お前を兄ちゃんほど強くしてやれるかはわかんないけど、たまにならダンジョン付き合ってやるよ。」

  「本当か!ありがとう村田!いや、師匠!私のことはこれからマギーと呼んでくれ。マーガレットの愛称でマギーだ。」

  「わかったよ、マギー。」

  「では早速先程の戦闘のご指導を聞かせてもらいたい。」

  「そうだなぁ。強いて言うならだが、動きが中途半端なところだろうな。火炎魔法でスタミナを温存しておきたいのか動きで魔力を温存しておきたいのかいまいちわからん。あと、剣の振りが大げさだな。最小限を意識しろ。他には……。」

  「メモ、メモを取るから待ってくれ。」

  ・◆・◆・◆・

  秋葉原ダンジョンの45階層まで難なく進む。

  道中キメラなどのモンスターに何度か遭遇したが、交代で倒したり共闘したりなどして進んで行った。

  45階層になると、先程の44階層とは違いモンスターが全く現れなくなった。

  これは別にダンジョン内の異常とかではなく、仕様だ。

  ダンジョンは通常、普通のモンスターが現れるモブ階層とダンジョンボスが現れるボス階層に分かれている。

  モブ階層のモンスターはモブ階層にしか出ず、ボス階層にはボスモンスターしか出ない。

  「ところで師匠。師匠は高校生にしては随分な実力を持っているが、師匠の師匠は誰なんだ?」

  「俺の育ての親だよ。」

  「育ての親か。お前の家庭も少し複雑なのだな。お前の剣の型から見るにお前の親はニンホア教の聖職者なのか?古式の英国流剣術はルーツが聖騎士だからな。聖職者の師匠を持つなら私の剣に似ているのも納得だ。」

  「よくわかったな。俺の親は神父だよ。」

  「なるほど、そうだったか。それなら納得だな。ニンホア教は武闘派だから武術を嗜んでいる神父が多い。お前の実力を見るにお前の父は相当の実力者だったのだろう。きっと信仰深い方に違いない。」

  ニンホア教についてはあまり詳しくないため、武闘派なことは初めて知った。

  何故教皇のジングさんが近くにいて詳しくはないのか。

  答えはシンプルに恥ずかしいからだ。

  想像して欲しい。

  自分を崇める宗教の教典を果たして読みたいだろうか。

  自分の趣味嗜好から恋愛を含めた人間関係の詳細まで神話として書かれた書物を熟読しようと思うだろう。

  俺は否だ。

  恥ずかしくて読んでられない。

  「お前は知っているか?主神ガイズが地上に降りられた生身の存在である勇者ユユキの好みとして有名なナシの実について、悪魔の実のモデルであるリンゴに似た食べ物を何故好んだのかは1000年間も議論されたらしいぞ。」

  何故梨が好きなだけで1000年も議論されなくてはならないんだ。

  普通に美味しいから好きではダメなのか。

  「お前の食卓にもよく梨は出たのか?もちろん私は出たぞ。なんせ我がゴールディア家は熱心なニンホア教徒だからな。私も熱心な教徒のひとりだ。よく昔は勇者ユユキの教典は読んでいた。ふふっ、当時は子供ながら勇者に憧れていたよ。……どうしたんだ、k.言うおl?そんな遠い目をして。」

  「何でもない、元からそんな目だ。」

  モンスターの出ないダンジョンを進んでいく。

  ダンジョンの構造や出てくるモンスターは勇者時代とそう変わらない。

  変わったのはダンジョンではなくダンジョンに挑む人間の道具とシステムだ。

  まず、ダンジョンは冒険者協会の出す地図アプリによって迷うことが無くなった。

  携帯食料はカロリーバータイプのものが発売され、異次元空間に収納出来る袋であるダンジョン内でしか機能しないアイテムボックスなるものは魔石を入れるだけのものであれば安価で買えるようになった。

  地域密着型であった冒険者が所属する事務所のようなものであるギルドは全国展開できるようになった事で大企業のような扱いをされるよう変化した。

  つまり、今の時代は冒険者にとって大変便利な時代となった訳だ。

  「ここがボス部屋、と言うやつなのか?それにしては随分と雰囲気が違うような。」

  喋りながら歩いていると着いたのは大きな鉄と石の扉。

  扉の左右には悪魔の形をした石像が並んでおり、扉の装飾はまるで上野にある地獄の扉のよう。

  明らかに強そうなボスモンスターがいそうな禍々しい見た目をしている。

  ダンジョンの内装は通常だと一貫性がある。

  例えば、 地獄の扉のようなボス部屋ならば地獄らしくマグマが流れていたり石像があったりする禍々しい洞窟で、一般モンスターは悪魔だ。

  なのにここの一般モンスターはただのキメラ。

  内装はただの洞窟だ。

  まだダンジョンボスが何かはわからないが、

  この様子だとキメラのボスであるキングキメラではない可能性がある。

  「どうする?引き返すか?」

  「引き返すのもありだが、引き返すには少し材料として弱い。ボス部屋の中を覗いてみよう。」

  ゴールディアのセリフは明らかに死亡フラグが立ったセリフだが、この俺がいるから大丈夫だろう。

  ……今のも死亡フラグだろうか?

  扉を押すと見た目とは違い簡単に開いた。

  中は光源石と呼ばれるダンジョン内を照らしてくれる石が付いてなく、ダンジョン協会が整備した後もない。

  つまり暗くて中がよく見えない訳だが、そこは光源となる光の玉を出す魔術、光源魔術で辺りを照らす。

  ボス部屋の床は黒いタイルで出来ており、壁は教会を黒く塗りつぶして悪趣味を混ぜたような装飾がされていた。

  そして道を作るように扉から両サイドに悪魔の石像が並び、真ん中には大きな四足歩行らしき生き物の像が並んでいる。

  光源魔術では当たりを照らすのに限界があり、真ん中の大きな像がよく見えない。

  しかし、勇者である俺の暗視効果のある目にはしっかりと見える。

  あれはキングキメラではない。

  キングキメラはキメラの外見に翼を生やしたモンスター。

  普通のキメラより一回り大きく、強い。

  旧時代で言うS級冒険者がようやく倒せるものだ。

  一方、この大きな像の方は翼がない。

  その代わりにキングキメラの手足よりもさらに太い手足を持ち、首には首輪と鎖が付いている。

  そして首と頭が3つ。

  正しくケルベロスだ。

  ケルベロス。

  それはただ3つ首をつけただけの大きな犬ではない。

  どんなに強い人間であろうと死を意味する凶暴なモンスターだ。

  ケルベロスの石像に歩みを進めると壁に付いてあった松明が燃え、ボス部屋全体の明かりが付いた。

  そして、ボス部屋の扉が閉まる。

  「どうする?引き返してみるか?多分扉は開かないだろうが。ちなみになのだが、45階層のボスはケルベロスだったりしないよな。」

  「45階層はケルベロスではなくキングキメラだ。しかも扉が閉まる引き返し不可なタイプでは無い。そもそもダンジョンでケルベロスが出たなんて聞いたことがないぞ。」

  「ケルベロスと言えば魔王城の門番として有名だよな。ありとあらゆる魔術が効かず、皮膚は剣を決して通さない。聖書に書かれている文言だと、ケルベロスに唯一勝てる武器は聖剣エクスカリバーだけであろう。だっけか?」

  「あぁ、大方合っている。やはり神父の養子なだけあって聖書に詳しいな。」

  そりゃあ聖書は俺の実体験が元だからな。

  魔王討伐の最終局面。

  世界の叡智と貴重な資材と巨大な魔石を奮発して作った転移門を使い魔王城まで転移してきた人間族を中心とした反魔王軍と、魔王率いる魔王軍との決戦にて魔王城の門番として戦ったのがケルベロス。

  一体の魔王軍幹部ですらないただのモンスターなのにも関わらず強さは3千の軍隊に引けを取らない。

  一線を超える強さを持つケルベロスには随分と苦労させられた記憶がある。

  「まだ石化されている状態だろうが、ほぼ間違いなくケルベロスがボスだろう。神話上のケルベロスと同じ性能を持つ前提の話だが、ケルベロスは魔術を無効化させる力を持つ。大きな遠吠えが魔術無効化の発動を意味するから口元には注意が必要だ。俺が前衛、マギーが後衛。サポートを頼みたい。いけるか?」

  「あぁ、任せてくれ。頼りにしてるぞ、師匠。」

  「おうよ、じゃあ進むぞ。」

  足をさらに進めると壁掛けの松明が青く燃え、地響きが始まりケルベロスの石像にヒビが生える。

  そして石像が動き始め。

  「ガァァアアアアァァァaaaAAA!!??」

  爆発音に近い轟音が部屋に響きわたり、耳に痛いほど炸裂する。その音により光源魔術は壊れ、身体強化魔術は効果を無くす。

  「身体強化魔術をかけ直せ!光源魔術はいらない!火炎魔術は目に集中。皮膚は耐火性能が高くて効かない。目も効きが弱いが、目くらましにはなる。魔力をあまり込めるな。いざって時に温存しておけ。攻撃を決して剣で受け止めようとするな。全力で避けろ!」

  足を踏み込ませ、間合いを詰める。

  狙うは右前脚の関節。

  勇者しか扱うことが出来ない聖剣エクスカリバーを使う訳には行かないため、マギーから借りた実刀身タイプの魔道具を使う。

  「武勲を司る勇士の女神よ。我が身に宿いし穢れを払い、無垢なる刀身に光の加護を与えたまえ。仮装・聖剣エクスカリバー!」

  攻撃を通すために劣化版聖剣エクスカリバーを魔道具に宿らせ、身体強化魔術を使用する。

  魔術を使用する際に喋った文章は詠唱と呼ばれ、今は廃れた技術だ。

  魔道具を使用し無詠唱で魔術を使用できる現代においては古い技術。

  だが、詠唱による魔術の使用は無詠唱とは格段に魔術としての精密さ、即ち威力が違う。

  詠唱ありと無しだと無しの方が難しい。

  そして、無しの方が戦闘の上だと利便性が高い。

  多少威力は落ちたとしても早く魔術を発動できる無詠唱の方が戦場では有効なわけだ。

  無詠唱は高等技術。

  しかし無詠唱でなければ戦場では遅れを取ってしまう。

  そこで活躍するのは魔道具。

  魔道具を使えば高い技術力抜きに無詠唱で魔術を使える。

  その利便性故に世界中で長年使われ、詠唱技術は廃れ、人間は魔道具でしか魔術を使用できなくなったのだろう。

  便利なツールは技能を低下させるのだ。

  右前脚を狙うのがわかっていたのか、左前脚を使いハエを叩くかのように振り下ろす。

  それを剣で流すように当ててかわす。

  やはり距離を近付けようとすると離されケルベロスに優位な間合いに誘導される。

  「行動自体は魔王城のと似てるが、敵がケルベロスしかいないからやりやすくはあるな。」

  問題は、本物でない聖剣で何処まで太刀打ちできるか。

  こればかりは刃を通してみないとわからない。

  マギーの火炎魔術がケルベロスを襲う。

  だが脅威になっていないのか、両サイドの顔で叩いて終わりだ。それでいい。

  一方俺はケルベロスの周りを囲むような軌道で走り、後ろから回って切りかかる。

  後ろに回った俺を後ろ足で蹴り飛ばそうとするが、前足と比べて制度が悪い。

  そのまま後ろ足に切り傷を入れる。

  ダメージを与えている感触があまりない。

  これではケルベロスの自己再生能力ですぐに傷が癒えてしまうだろう。

  だから、何度も同じ部位を狙う。

  後ろに回り、後ろ足を切り、体勢を変えて俺に向けて正面を向こうとするのに対し、また回り足に切り傷を入れる。

  ケルベロスは痛がっているのか軽く唸る。

  ケルベロスの反応から効き目はありそうだ。

  このままこの戦法を続ければ勝てる。

  そう思ったが残念ながら動きに順応したのか、また回り傷を入れようとするとケルベロスはバク転をし、尻尾で俺を壁に叩き付けて投げる。

  身体を吹っ飛ばされた俺は思いっきり壁にぶつかりそうになるが、マギーの魔術により壁と身体の間にクッションが作られ威力が抑えられる。

  「サンキューマギー。今のはやばかった。」

  「役に立てて良かった。それで、どうする?回って足を狙う戦法はもうあまり通用しなさそうだぞ。」

  「そうだな。確かにその戦法は通用しなさそうだ。だが後ろ足を狙うのが1番有効だ。または目だな。目は柔らかいから刃の通りが良さそうだな。マギーは目を引き続き狙ってくれ。俺は後ろ足を狙う。火炎魔術はダメージを与えるのではなく目くらましをイメージだ。」

  ケルベロスは戦法を変えたのか自ら俺に向かって走り、前足で襲う。

  それをいなしつつ、避けつつ機会を狙う。

  だが機会を狙う隙すら与えさせたくないのか、両サイドの頭の口元から火の粉が漏らし、そしてレーザーに似た火炎の束を俺に向けて放つ。

  俺は逃げるように避けるが、先回りするかのように火炎の束の反対から前足が迫る。

  絶対の危機。

  次の一手を一瞬で考えようとするが、幸い爆発音が聞こえ火炎の束が後ろから消える。

  慌てて身体を後ろに蹴りながらその最中に火炎の束を吐いていた顔を見ると煙らしき跡が見えた。

  きっとマギーが火炎魔術の応用で爆発を与え軌道を変えてくれたのだろう。

  はっきり言って今の俺らは劣勢だ。

  何時まで持つかわからない体力と魔力はほぼ無限の体力と魔力を持つケルベロスに対してジリ貧。

  今は良くても何分かしたら俺はともかく彼女の魔力は尽きてしまうだろう。

  勇者なのだから俺が本気を出せば良いという話だが、俺は十万年の眠りのせいで本調子ではない。

  大手術を終えてリハビリをしているスポーツ選手のようなものだ。

  目覚めてから1年も経った今でさえ全盛期に比べたら全力を惜しみなく出した時の実力の半分もないだろう。

  正直、今の俺は動きだけなら全力だ。

  だがそれにケルベロスはついていけている。

  魔術を使っても良いが、消耗が激しい。

  打開策を打ち出せてない今使うのは愚策だろう。

  こんなにも苦労するのなら全力を出したときの実力をもっと念入りに確認すべきだった。

  後悔しても仕方ない。

  打開策をねって、マギーに共有することにした。

  「なぁマギー。知っているか?自然の炎と魔術で再現した炎は厳密には同じではない。自然の炎は可燃物が空気中の酸素と高温により激しく反応し熱と光を放出する燃焼現象だが、魔術の炎は可燃現象を魔力で再現するものだ。つまり、自然の炎は魔術の炎とは別物だ。」

  「それがなんだと言うのだ。」

  「自然の炎と魔術の炎は別物。なら、ぶつかっても混ざり合わないとは思わないか?」

  「何が言いたいのかさっぱりわからんのだが。」

  「マギーは炎の扱いには自信があるんだろう?ならケルベロスが炎を吐き出した瞬間、口内に向けて火炎魔術を放て。あれはおそらく自然の炎だ。ケルベロスの口内には火炎放射機能があるんだと思う。」

  「なっ!何を言っている!仮にだ。仮にそれが出来たとして口内に火炎魔術を当てられた次の瞬間には私達灰になっているぞ。」

  「それは俺が何とかする。俺はマギーを信じる。だからマギーも俺を信じてくれ。いけるか?」

  「……あぁ、私もお前を信じよう。だから、頼んだぞ、師匠。」

  「おうよ,愛弟子。」

  久しぶりに魔術を全力で使う。

  腕輪型の魔道具を外し、実刀身タイプの魔道具を握り直す。

  補助輪はいらない。

  ケルベロスを倒すのに必要なのは剣と愛弟子だけだ。

  剣を持ちケルベロスへ駆けると同時に魔術を発動する。

  数にして20。

  魔法陣が俺の背後の空中に描き込まれ、雷撃と水球、岩石と火球が剣の形を成してケルベロスに襲いかかる。

  「ガァァアアァaaaAAA!!」

  それらが全て無効化され魔術を消されるが、その隙を利用して後ろ足まで跳び、仮装・聖剣エクスカリバーをただの実刀身型魔道具に貼り直し、切り傷で柔らかくなった皮膚に深く差し込む。

  そしてそのまま反対の足まで移動し、剣で乱撃して切り傷を刻む。

  俺にとって魔術の使用を補助する魔道具は足枷だ。

  魔術の使用のノイズにしかならない。

  詠唱による魔術は無詠唱に勝るが、無詠唱の魔術は魔道具を利用した魔術に勝る。

  先程は詠唱をしたが、マギーを完全に信頼することに決めた俺にはもう魔道具を使用しない無詠唱魔術を隠すなんてことはしない。

  もちろん彼女の信仰する宗教を考えて自分の正体をバラすことはしないが、実力までは隠さなくていいだろう。

  尻尾が迫ってきたのでそれを避け、背中に飛び乗る。

  そして尻尾を根元から切り落とした。

  すると切り落としたはずの尻尾が徐々に再生されてくる。

  それでいい。

  後脚のダメージよりも尻尾の再生に集中しているのだから好都合だ。

  「次は前脚を狙う!ダメージを少し与えるだけでいい!いけるか!」

  「もちろんだ!任せてくれ。」

  背中から降り、前脚へ切りかかる。

  それに合わせてマギーも切りかかると、ケルベロスが3つある頭の口を使い阻止してくる。

  口を避けつつ前脚に切り傷を入れていると、ケルベロスは狙いを変えたのかマギーに襲いかかった。

  弱い方を狙い、その後強い方を倒す。

  その意思を感じ、マギーを守り攻撃をいなすが限界が来る。

  マギーを狙った渾身の一撃を対して剣を当て避けた時に、爪により腹を少し裂かれてしまった。

  「師匠!」

  軽い切り傷だ。

  とりあえず軽く回復魔術を掛け、傷口を抑える。

  内臓へのダメージは無し。

  ならば無視して構わない。

  「大丈夫だ!俺のことは気にするな!自分を守ることに集中しろ。」

  とにかく早く重い攻撃。

  回復しつつあるケルベロスの尻尾。

  仕掛けるなら、この10秒だ。

  「三重複・身体強化魔術!」

  簡易詠唱。

  魔道具による魔術の使用でも利用されている魔術の精度を上げる方法。

  これにより無詠唱では出来ない身体強化魔術の三重の重複を可能とする。

  攻撃してくる前脚を剣で受け止め、押し返す。

  そして体勢を少し崩したその隙を見逃さず反対の前脚に切り傷を入れ、深く切り込む。

  するとそれを見たマギーが攻撃により空いた空間に入り込み、押し返されて浮いている前脚に火炎魔術を被せた聖剣レッドローズで切り込む。

  「四足の切り傷に火炎魔術!体勢を崩させろ!」

  一息付き、簡易詠唱する。

  「咲き爆ぜろ!ローズレッドバーン!」

  四足にまるで火炎の花が乱れるように炎が爆ぜ、爆発する。

  その爆発により切り傷が開き、大分痛みを感じたのか体勢を崩して座り込む。

  ケルベロスの3つある頭が目を見開き、痛みを感じていることを顔に出した。

  戦況は優勢。

  しかし、まだケルベロスには切り札がある。

  ケルベロスたる由縁の3つある頭部が残っている。

  ケルベロスの両サイドの口から火の粉が見え、炎の束を放つ準備をする。

  そして炎の束が放たれる。

  「聖なる盾よ、我らを守護せよ!聖盾イージス!!」

  神の武具として誇る盾の名を冠した光魔術による防御魔術が俺らを守る。

  が、しかし真ん中の口が雄叫びをあげる準備をした。

  次の瞬間、間違いなく聖盾イージスは崩れるだろう。

  だが、それよりも早く彼女の魔術が口内まで届くはずだ。

  「今だ!ぶち込め!」

  俺の背後から炎の槍が生成され。

  「貫け!ローズレッドランス!」

  ケルベロスの吐く炎を貫きながら、3つある口内まで届く。

  ケルベロスの雄叫びよりも早いその赤い槍は頭を貫き、それよりもワンテンポ遅く雄叫びの音が響き渡る。

  聖盾イージスが崩れ、ケルベロスの炎の束の残火が俺らを襲い、そして……。

  「▇▇▇▇▇▇▇▇▇。」

  ・◆・◆・◆・

  俺の朝は遅い。

  ホームルームが始まる8時半に間に合うよう7時45分に起き、歯磨きをして寝癖を直す。

  朝ごはんの菓子パンを鞄に積めて、制服に着替えた後に軽く体を伸ばす。8時少し過ぎに家を出て、15分かけて学校に歩いて行く。

  自宅から学校まで徒歩15分の距離がギリギリまで寝ていたいタイプの自分には有難い。

  今日もこのようなスケジュールで登校する予定だったのだが、若干早く家を出た。

  理由は明白。その答えは今、目の前にいる。

  「おはよう師匠。お前は随分と寝坊助なのだな?もう少し早めに家を出た方が良いのではないか?」

  そう、マギーが朝から出待ちしているのである。

  本当にやめて欲しい。

  ケルベロスを倒した後、死体から魔石を回収して部屋を散策した後に地上まで転移した。

  そしてその場にいた冒険者協会の者にケルベロスの死体があった事と自分が来た時には既に死んでいた事を伝え、若干の事情聴取をされた後に帰った。

  何故ケルベロスを倒していないと嘘をついたのかは、もし倒したと言えば実力を疑われるからだ。

  あのゴールディア家の娘とはいえまだ15でしかない女とその連れが新種のボスモンスターを倒した。

  それだけで大ニュースなのに、あの神話上のモンスターとしては5本指の強さを持つケルベロスを倒したとなれば身元調査は必須。

  勇者だとバレてしまうかもしれない。

  マギーには実力を伏せる理由について、悪目立ちしたくないとだけ伝えている。

  「まさか師匠があの教皇ジング様のご子息だったとは驚きだ。あの強さにも納得と言えよう。所で師匠。魔石と腕輪は勝手にもらって良かったのか?黙っているのは良くないことをしている気分なのだが。」

  「ダンジョンで見つけた物は全て見つけた人の物なんだろ?なら良いじゃねぇか。それにもし素直に言ったら預かられて勝手に換金されるだろ。流石にこれは金に変えられない。」

  新種のボスモンスター。

  しかも明らかな硬度と魔術耐性を持つ素材を欲しがるのは当たり前な話。

  予想通り死体の半分を勝手に買い上げられたが、半分は戻ってきたのは多少残っていた冒険者協会の善意だろう。

  まぁ、帰ってきた物の中に目玉などの希少部位は入っていなかったが。

  ケルベロスを倒した後に見つけた腕輪。

  これは落し物なんかではなくドロップアイテムだ。

  ドロップアイテムは倒したモンスターに関連された物が多く、ケルベロスの場合は炎に関係するものだった。

  効果は俺が持っている鑑定用水晶で見ることが出来る。

  ダンジョンから出て事情聴取受けた後、家に帰り二人で鑑定用水晶を使い腕輪を見てみた。

  どうやら腕輪には火炎魔術の威力を一時的に2倍にする効果があり、他にふたつ解放されていない効果があるらしい。

  解放の仕方は不明。

  だが過去に俺が持っていたドロップアイテムから、使えばいつか解放されるものだと思われる。

  そもそもこのドロップアイテムは腕輪ではなく、伸縮自在な鋼鉄の輪っか。

  腕にも足にも付けることが出来、剣の柄に通し固定させることも可能との事だ。

  物を通し無理やり縮ませることで輪っか内部の物を潰す効果は無い。

  「結局腕輪は剣に付けることにしたのか?まぁ、その使い方だと腕輪とは呼べないが。」

  「あぁ、そうだ。レッドローズの効果を2倍にさせた方が強そうだったからな。それに腕輪として使うには重すぎるし、学校ではそもそもアーティファクトは使えない。なら剣につけた方が有効活用出来そうだろ?」

  「そもそものそもそもなのだが、アーティファクトって何だ?」

  「アーティファクトすら知らないのか。アーティファクトと言うのは古代遺物の事だ。何千年も前に作られたとされる魔道具。またはダンジョンでたまに見つかる魔道具をアーティファクトと呼ぶ。私のレッドローズがまさにそうだ。そんなことすら知らないとは、お前はよく分からないやつだな。」

  「知識に偏りがあって悪かったな。」

  全てが終わり、帰宅して思い返すと分かったことがあった。

  まず、あのケルベロスは幼体またはかなり弱体化された個体であった。

  あの時は無我夢中でそんな流暢なことを考えてる暇はなかったが、思い返すとケルベロスにしては弱すぎる。

  動きは鈍感。

  しかもレーザーみたいな炎の束による攻撃しか使ってこないなんてことはありえない。

  厄介な魔術がケルベロスには沢山あるのに使ってこないとなると、使わないのではなく使えないが正しいのだろう。

  もし成体のケルベロスであったならと考えると、ゾッとする。

  「いや悪くはないが。ちなみに腕輪は私がもらって良かったのか?報酬金とか換金した金とかも半々なのは私が貰いすぎてはないか?」

  「昨日も言ったがそれはいいんだよ。俺が使った武器はマギーのものだったし、ケルベロスの素材はマギーが所有している倉庫に保管してくれるしでトントン。そもそも30億も貰えたんだから充分だ。」

  二人で割って30億。

  2人合わせて60億。

  討伐報酬20億円に素材で40億円だ。

  かなりの額を貰えたので半分にしようが痛くは無い。

  「なら、良い。所でだが、師弟関係の件はどうする?もう大金を持ったお前には私からの報酬なんか要らないだろう?解散、なのか?私は嫌だ。もっと師匠から沢山のことを学びたい。私が出来ることなら何でもしよう、だから。」

  「朝からそんな辛気臭い話すんなよ。解散したいなんて言ってないだろ?今回のダンジョン探索で新たにやりたい事が出来た。だから、その手伝いをしてもらう代わりに出来る範囲だが俺がマギーに教える。それでいいか?」

  「あぁ!それがいい!それで頼む。」

  あとから聞いた話だが、秋葉原ダンジョンの45階層は1時間後に普通のキングキメラが出るボス階層に戻ったそうだ。

  だが、またケルベロスが出る可能性があるため、大きな扉を見つけた場合は絶対引き返し報告するようにとの通告が義務化されたらしい。

  今回のケルベロスの一件。結果的には得たものが多かった。

  まず、自分の弱体化が深刻だったと気付きを得た。

  ケルベロスとの命の削り合いで自分が全盛期の1割の力しか出せてないことがわかった事は大きい。

  帝都高に入学する前の1年間で実力を今の再確認したつもりではあったが、きっと慢心があったのだろう。

  力試し程度の魔術を使用し、軽く剣を使って戦った程度で試運転した気になっていたが、実際の実力は1割弱。

  8割は少なからずあるだろうと勘違いしていた。

  もし、全力を出させられた相手が幼体のケルベロスではなく完全体のケルベロスであったのなら。

  または悪意に塗れた魔族であったのなら、邪神により洗脳された何かであったなら、または魔王ジェヘラザード・G・ユグドラシルであったのなら間違いなく自分は死んでいた。

  そもそも今回倒せた幼体のケルベロスも運が良かったから倒せただけ。

  ケルベロスが出す火の束の残火を打ち消した‘‘本物のエクスカリバー‘‘の効果のひとつである‘‘魔術を打ち消す効果を打ち消す‘‘が一瞬であるが上手く作動したから良かったものの、もし作動しなかったら消し炭であった。

  今の俺は弱い。

  それが幼体のケルベロスで判明したのは幸運だった。

  次に新たな疑問を得た。

  それは何故俺らの時にだけケルベロスの出る45階層になったのか。

  もちろんそれをただの不運で偶然だと片付けることは出来る。

  だが、偶然にしては出来すぎだ。

  自意識過剰だが何者かが仕組んだようにしか思えない。

  ダンジョンに仕込みを入れることが出来る人物はそう多くない。

  尚且つ俺の正体を知る者となると限られるだろう。

  俺を恨み、ダンジョンの創設主である邪神本人か。

  もしくはこの世界を俺の知る世界と近しくできる人物、聖女なのか。

  「改めて。よろしく頼むぞ、師匠。」

  「おうよ、こちらこそよろしくな、マギー。」

  「そこは愛弟子と呼んで欲しかったのだがな。」

  肩の力が抜けたような笑みを浮かべるマギー。

  極力目立たずに高校生活を終えようと思っていた矢先に黒いゴブリンと戦う生徒会長を助けてしまい、魔王を名乗る倒したハズの本物の魔王に勇者呼ばれてしまったせいで色物枠として学校ではいじられキャラとなり、今回は学年第1位の女の師匠を受け入れてしまった。

  全くもって普通では無い日々ではあったが、それはそれで退屈しないので悪くないのかもしれない。

  なんて、柄に合わず思いふけながら登校する公式設定15歳(実年齢10万27歳)であった。

  ……と、俺が俺の人生の物語の筆者なら終わらせて次の話を書く訳だが、そうはさせず感動的な空気を壊す奴が現れる。

  「朝から出くわすとは奇遇であるな優希よ!」

  俺の人生をめちゃくちゃにするのが大の得意な魔王ジェヘラである。

  俺的最強のセンチメンタルブレイカーが満面の笑みを浮かべながらこちらへ向かってくる。

  「おぉジェヘラ、おはよう。ジェヘラって確か家こっちじゃないよな?」

  「反対側の西地区であるぞ。今日はコンビニの一番くじをやりに駅前まで来たのじゃ。我が家の近くのコンビニは当たりを出し尽くしてしまったみたいでな。これ、戦利品じゃ。」

  ビニール袋の中にあるフィギュアを見せびらかす。最近流行っているアニメのフィギュアだ。

  ジェヘラは復活してからアニメオタクになってしまったみたいだ。

  「すげー引いたんだな。それコインロッカーにでも入れとけよ?学校に持って行ったら邪魔になるんだから。」

  「確かにそうであるな。ところで、隣の女は誰なのだ?」

  「私はマーガレット・K・ゴールディア。1年S組で、優希に弟子入りしている。お前は魔王だとか恥知らずな悪名で通っているあのジェヘラザードだな?」

  「如何にも。我はジェヘラザードじゃ。ソナタは確か……。あぁ、入試順位1位様であったなぁ。何故そう敵意剥き出しなのかはわからぬが、ソナタあれか?もしやニンホア教の信者か?」

  嘲笑うように、半笑いで語りかける。

  きっとこの半笑いには明らかなる敵意に対して、入学試験の面接のみで勝った事を出汁に煽り返しているのだろう。

  「そうだ。私は熱心なニンホア教徒だ。ニンホア教徒なのだから忌々しい魔王を名乗る頭のおかしい女を敵視するのは、当然だろう?」

  「ちゃんと魔王直系の娘だと訂正しているのだが、どうやらソナタまで伝わっていなかったみたいであるな。これは謝った方が良いか?忌々しい魔王の直系に生まれてきてしまったことについて謝罪した方が良いか?」

  「しなくて良い。そもそも私は魔王に対して嫌悪しただけであって魔王直系に対しては何も言っていない。人種差別にすり替えて被害者面するな。」

  「被害者面などしてないのだがなぁ?いやぁそう睨まれては怖くて仕方ない。我は先に違うルートから学校に向かう。邪魔して悪かったな、1位殿。」

  背を向けてから手の甲を向けて振る。

  元々小さい彼女のシルエットがさらに小さくなって、曲がり角を曲がり消えていった。

  「マギー。なんでジェヘラに対してあんな嫌な態度したんだ?別に何名乗ってようがいいだろ。」

  「良くは無い。魔王とは勇者を殺した悪しき存在だ。そんな奴を名乗る女に敵意を向けるなと言われても無理な話だ。」

  キリスト教で言うところのユダみたいなものだろうか。

  ジェヘラの事情などを知っている俺からしたら、多少の恨みはあるが表立って憎むほどではない程度。

  そもそも魔王の被害にすらあっていない、俺から見たら未来の人間であるニンホア教徒が憎しみを抱くのは違う気がする。

  だが、この価値観はこの世界からしたら異世界人である俺特有のモノなのだろう。

  故に、どちらが正しいなんて定義からして間違っている。

  そもそも、ニンホア教の経典で勇者は魔王に殺されたらしい。

  勝手に殺さないでほしい。

  「ちなみになんだが、俺が勇者だって呼ばれてる件についてはどうなんだ?」

  「神に対する不敬だな。」

  「理不尽じゃないか?俺名乗ってないぞ?」

  

  [newpage]

  ★第三章 ダウジング棒

  5月に入った。

  春の終わりを感じさせ、初夏が顔を出すこの時期のイベントと言える予定は中間試験くらいだろう。

  この時期は6月に行われる紅白祭と呼ばれる旧都魔術科高校との魔術による模擬戦の練習期間となっている。

  紅白戦は大和国内外から注目されている大イベントで、大学入試の推薦選別の参考にされるため3年生は特に力を入れている。

  魔術の力量を重視する帝都高の入学試験だが、入学後は戦闘センスが重要視されている。

  戦闘センスを測る指標として紅白戦は校内で注目されており、紅白戦での活躍で進路が大きく変わるのだ。

  もちろん魔術を専門とする帝都高であっても教育機関であることには変わりないため、魔術の戦闘とは別にペーパーテストも重要なわけで。

  「仕方ない、勉強するか。」

  放課後の生徒会室。

  今日の放課後は会議がないため生徒会役員限定のフリースペースとなった生徒会室で同じ生徒会役員のジェヘラと同じクラスのエルともう一人で勉強会を開くことになった

  「1年生の一学期中間試験だから、範囲は30ページぐらいまでだよね?」

  そしてひとつ上の学年である2年生のS組、生徒会役員の北西先輩だ。

  「では問題です。魔力侵食が起きやすい物は3つのうちどれでしょう。いち、塩化ナトリウム。にっ、ケイ酸カルシウム。さん、鉄。」

  「ケイ酸カルシウム。」

  魔力伝導率と魔力侵食は別物だ。

  金属で例えるなら魔力伝導率が熱の伝わりやすさで、魔力浸食は錆に近いだろう。

  「正解。さすが優希くんだね。」

  「即答だったではないか優希殿!優希殿は頭が良いのだな。意外であった。」

  「まさか我が優希に負けるとは。一生の恥。」

  「お前ら俺の事なんだと思ってたんだよ。」

  ジェヘラもエルもノリが良いのか寸劇が得意であり、喋り方が独特同士故にシンパシーを感じるのかウマが合う。

  「優希くんのお友達は面白いね。やっぱ類は友を呼ぶのかな?」

  「呼びませんよ。俺は至って普通です。」

  「普通の人間は生徒会に入れないのだぞ?」

  「いやまぁ確かにそうだが。」

  「諦めて某ら色物軍団の仲間入りをせぬか。」

  「それだけは御免だわ。」

  やれやれとジェヘラは呆れますアピールをし、エルが俺の肩を掴むのでその手を剥がし、否定。

  ただちょっとだけ強くて少し個性的なお友達が多いだけで俺は色物枠ではない。

  「ところで、某は生徒会室に入って良かったのであるか?生徒会室は関係者以外立ち入り禁止なはずであろう?」

  「そこは私たち生徒会役員がいるから大丈夫。気にしなくて良いよ。」

  「そうでありましたか。なんだか生徒会室にいると自分が特別になった気分になりますなぁ。少しソワソワするであるよ。きっと生徒会は特別な人間しか入れぬからであろうなぁ。……優希殿はどうやって生徒会に入ったのであるか?」

  「今のタイミングで聞くのはめちゃくちゃ失礼だろ。確かに俺は普通の一般人だけどな?」

  「一般人ではあるが普通ではなかろうよ優希殿。」

  「優希くんはユグちゃんのサポート枠で入ったの。ユグちゃんのお友達って言ったら1番は優希くんじゃん?だから優希くんをスカウトしたんだ。」

  嘘では無いが、それに付随して生徒会長の推薦という理由もある。

  黒いゴブリンを倒したその姿を見た二条先輩が丁度実力のある人間が欲しかったとの事で俺をスカウトしたそうだ。

  「つまり、優希殿はユグ殿のオマケである訳だな。納得納得。ユグ殿と違って入学試験ではあまり目立っていなかったが故に不思議に思っていたのだよ。」

  ちなみにユグちゃんやユグ殿とはジェヘラザード・G・ユグドラシルの愛称だ。

  俺以外の人間にはユグと呼んで欲しいと自ら言っている。

  「入試試験で目立ってないのはそりゃ推薦でここ入ったからな。その場に居ないのなら目立ちようがない。」

  「推薦!推薦と言ったか優希殿!?帝都高では推薦制度を採用していないのだぞ?今年はイレギュラーとして推薦で入った生徒がいるとそう噂で聞いてはいたのであるが、まさか優希殿だったとは。」

  「私も知らなかったなぁ。まさか帝都高始まって120周年で数人しかいない推薦入学をした生徒のうちの一人が、君だったなんて。」

  「推薦とやらはそんなに凄いのか?」

  「凄いに決まっているであろう!格式高い帝都高の入試制度にイレギュラーを作ったのだぞ。それはもう、某仰天である。」

  「ほんとびっくり。流石、私の王子さまだね。」

  王子様発言は無視する。

  ツッコむと北西先輩のペースに飲み込まれるからだ。c

  「こんな驚かれると思わなくてつい言ってしまったが、絶対他の人には言うなよ?」

  「もちろんである。これでも某、口は固い方であるからな。」

  心配だ。

  「この話は一旦置いといて、優希くんを生徒会に入れたのはほんと正解だったよね。まさかあんなに強いなんて、本当にびっくり。多分本気で戦っても私じゃ敵わないんだろうなぁ。」

  「おっ、例の事件についてですな?上級生をボコして北西先輩を助けた魔術研究部。某気になるでござる!」

  「我もぜひお聞かせ願いたい。あの魔王の如き邪悪な魔術研究部の部長を倒し囚われの姫である北西先輩を助けた勇者優希の武勇伝。ぜひ我も聞かせて頂きたい。」

  魔王はお前だろうとツッコミを入れられないのが悔しい。

  「聞きたい?聞きたい?いいよ話してあげる!」

  それはもう、太陽だとか向日葵だとかの比喩表現が出てきそうなほどにっこにこだ。

  「まずね?アタシが恐る恐る魔術研究室の部室に入ったの。中に入ったら、それはもうヤクザみたいな怖い部長さんと幹部みたいな人が勢揃いでさ?アタシ怖くてビクビクしてたんだけど、部長さん達がすっごい目付きで睨みながら難癖付けて部活の予算を10倍にしろとか言って来たの。」

  嘘である。

  部長はヤンキーみたいな身なりをしていたがヤクザほど怖くはなく幹部らしき人もいなく、難癖つけてはきたが10倍ほどではない。

  初対面ではあんなにクールだけど優しい憧れの先輩みたいな人だったのに、今ではコレ。

  あの頃の先輩を返して欲しい。

  「それで困ってたら優希くんがカッコよく私を下がらせてね?ここは任せろ、お前はただ俺の横で笑っていてくれればそれでいい。なんて言ってくれて、部長さん達を論破し始めたの。もう優希くんの頭の回転が早くて早くて。優希くんのハイスペ具合が悔しかったのか暴力で今度は抵抗してきてね?」

  いざ話を聞いてみたら思っていたより話が長かったからか2人の顔に苦笑が見える。

  だが、北西先輩のマシンガントークは止まらない。

  「それをササァーって避けて魔術も華麗に防御して。それはもう特殊部隊の隊長さんなのかなってくらい凄かったんだけど、実力では敵わないってわかったのか次は私を人質にしたの。だから優希くんが要求を受け入れたフリして時間稼ぎ。そしたらその時間稼ぎのお陰で風紀委員が何とか間に合って。かっこよかったなぁ。俺の女に二度と手ぇ出すんじゃねぇーってさ。それからね?」

  「もう、おなかいっぱいでござる。貴重なお話感謝しまする。」

  「優希よ。この話はどこまで本当なのだ?」

  「9割が嘘か過剰表現だ。」

  そこまで華麗に北西先輩を助けた訳では無いし聞いているだけで恥ずかしくなるセリフを吐いてもいない。

  ただ、その場を凌いだだけだ。

  「勉強、続きしようぜ。北西先輩、次の問題お願いします。」

  「えっ、まだ話続くんだけど……。」

  ・◆・◆・◆・

  「ダンジョン内でのイレギュラー。あの血気盛んな女との付き合いで秋葉原ダンジョンに潜ったらケルベロスのいる特殊なボス部屋に遭遇したと。ソナタはほんと面倒事が大好きなようじゃなぁ。」

  「せめて巻き込まれ体質と言って欲しい。」

  勉強会が終わり、帰宅しようとしていたところでジェヘラに捕まり、言われるがままジェヘラを待っていたリムジンに乗せられて彼女の家に招かれた。

  ジェヘラの住む西地区は富裕層住宅街だ。

  西地区にはゴミひとつ落ちていない道路に如何にも高そうな街路樹が並んでいる。

  スーパーどころかコンビニすらないので、一番くじなんかやってる店は西地区に存在しないのだろう。

  その富裕層住宅街である西地区で1番大きな家がジェヘラの住む屋敷。

  魔族の大貴族や王族が帝都高に通うだけのために建てられた仮住まいだ。

  魔族は魔王討伐後の歴史を敗北の2文字を飾ってはいるが世界に与える影響力は今もなお絶大で、特に魔族の多く住む魔王直系の王族が治めている魔族の国はGDPが3位となっている。

  ちなみに2位は大和国で1位がアメリゴ連邦となっている。

  「優希の関わっている事件を全て巻き込まれただけと言うのはちと強引ではないか?黒ゴブリンに魔術研究部、ダンジョンの件までソナタが行動を起こさなければ避けられた事象であろうよ。」

  「ぐぅの音も出ない正論。いやそもそもなんで黒いゴブリンの件知ってるんだよ。」

  「そりゃあ我は魔王であるからな。諜報活動が出来る使役モンスターくらいは手持ちにある。あの黒いゴブリン、ガーディアン協会と冒険者教会で話し合ってエクストラゴブリンと名付けたそうじゃが、知っておったか?」

  「知らなかったよ。お前ってほんとおっかねぇな。」

  エクストラゴブリンと名付けた。

  つまりはモンスターに関わる教会が黒いゴブリンをイレギュラーであると認めたに他ならない。

  「それで、ジェヘラはダンジョンでの遭遇についてどう思う?」

  「それの答えはソナタの中でもう付いているのではないか?」

  「質問の答えになってないが、まぁ付いてはいる。ダンジョンでのイレギュラー。あれは偶然ではなく故意だ。これは俺の妄想でしかないのだが、邪神にはもう既に意識があってダンジョンを操作する力を持っている。秋葉原ダンジョンの件は俺の今の実力を測りたくて試してきたに過ぎない。どうか?」

  「我がその場にいた訳ではない故にわからぬことはあるのじゃが、少なからずダンジョンを操作する力については正解である。ダンジョンとは邪神が人の魂を集める為の罠場。であるならばダンジョンの中を弄ることなんぞ造作もない。我も実際邪神の力を借りてダンジョンを基地にしておった事もあったしな。」

  紅茶を啜りながらジェヘラはクッキーを口にする。

  紅茶もクッキーもその辺で買えるような安物ではないのだろう。

  俺も同じく口にする。

  仄かな甘い味覚が口に広がり、上品な味わいだ。

  「それにしても邪神に意識が戻ったとなると、不味いことになったのぅ。」

  「と、言うと?」

  「邪神に意識がある。それはつまり邪神復活が近いことを意味するのだ。良く見積って70%、悪く見て90%と言った所であろう。」

  「かなり深刻じゃねぇか。どうするんだよ。」

  「せっかく集まったことじゃし、今から邪神の核の破片を探しに行く。付いてまいれ。」

  と、言うわけでダウジング棒を両手に持ってジェヘラと俺は帝都高の周辺を散策していた。

  どうやらジェヘラには邪神の元使徒だった事で邪神の核の破片を探せる力があるらしい。

  正確な場所どころか破片の方位すらわからないが、破片が自分から近いか遠いかは若干わかるらしい、のだが……。

  「破片のオーラが強すぎて逆にわからぬ。」

  「駄目じゃねぇか。ちなみにそのダウジング棒は何の意味があるんだ?」

  「何の意味もない。ただの雰囲気である。」

  「なら今すぐやめてくれ。不審者すぎる。」

  ファンタジー兄妹、ダウジング棒を持って高校の外周を徘徊か、なんてSNSで写真と一緒に回された日には俺のスクールライフはおしまいだ。

  まぁ、実のところ既に終わりかけてはいるのだが。

  「帝都高の周辺にあるのは事実なんだろ?ひとつひとつしらみ潰しに探すしかないな。」

  「で、あるな。」

  とりあえず校内周辺にある店や公園に入り、オーラの強弱とやらを測ることにした。

  強すぎるオーラ故に強弱がわからないが、間近にあればわかるらしい。

  魔王印のジェヘラレーダーは精度と信頼性に疑問が残るがそれしか方法がないのだから頼るしかない。

  それから1時間かけて店や公園の中、帝都高の外周を散策した。

  マンホールの中や林の中も見てみたが見つからず、それらしき反応もなし。

  「なぁジェヘラ。ダンジョンで出たケルベロスなんだが、魔王城にいたやつと比べたらすっごく弱かったんだよ。なんで弱いケルベロスが出たんだと思う?」

  「それはきっと生産コストであるな。ダンジョン内に出せるモンスターの数と強さはダンジョン事に違う。それはダンジョンごとに使えるポイントみたいなモノの量が違うが故。強ければ強いほどポイントを使うのであるが、ダンジョンのモンスターの種類を統一すればボーナスで強いモンスターが安くなる。」

  「なんか凄い俗っぽいな。」

  「今回のケルベロスの件。秋葉原ダンジョンのモンスターはゴブリンなどの雑魚かキメラが基本であろう?それはきっと秋葉原ダンジョンの使えるポイントが少ないから。その少ないポイントの中でケルベロスを出すとなると、完全体ではとてもポイントが払えない。故に、不完全な個体を出すしかなかったのであろう。」

  その話からすると、もし挑んだダンジョンが秋葉原ダンジョンみたいな難易度が高くないダンジョンだったから不完全なケルベロスで済んだが、もし高難易度なダンジョンであったのなら完全体ケルベロスが出ていた訳だ。

  「よくわかった。やっぱ元使徒な魔王なだけあって詳しいな。」

  「そうであろう?気になった事があれば何でも我に聞けば良い。」

  「じゃあそんな頼りになる魔王様に質問なんだが、核の破片は見つかりそうか?」

  「一向に見つからん。ここら辺にあるのは間違いないのであるが、何故か見つからん。オーラの強さも変わらないのだからお手上げよ。」

  「なんで見つからないんだろうな。高校の周辺にあるのは確かなんだろ?なのに、なんで……。ん?周辺?」

  高校の周辺を探しているが見つからず、オーラの強さは同じ。

  近付くほどオーラは強くなり、遠くなればオーラは弱くなる。

  なのに、移動してもオーラの強さは変わらない。

  何故ならオーラが強すぎるから、ではなく。

  「俺らって帝都高の周りをぐるぐる探していたよな?」

  「そうであるぞ?それがどうした?」

  「ジェヘラ。そもそもなんだが、帝都高の敷地内は探したのか?オーラの強さはどうだった?」

  「いや、探してはおらん。オーラも見てはおらんかった。」

  「オーラの強さが変わらないのってオーラが強すぎるんじゃなくて、単に距離が変わってないからでは?」

  「……。」

  ジェヘラが珍しく目を逸らす。

  「俺ら馬鹿じゃん。とんだ馬鹿野郎じゃん。」

  「校内に今すぐ行こう。夜の敷地内は結界で守られておるが、帝都高生な我らなら入れるであろう。」

  「そうだな。どうする?わざわざ正門から入るか?」

  「それは愚問であるぞ。フェンスからに決まっておろう。行くぞ!」

  身体強化魔術で地面を踏み蹴り、身体を高く飛ばしてから身体強化魔術を切って敷地内に侵入。

  落ちると同時に身体を反重力魔術で着地にかかる勢いを軽減させた。

  身体強化魔術を切って貼り直したのは結界に触れた際の身体強化魔術との接触が履歴として残るのを回避するため。

  身体強化魔術の切り貼りは高等技術ではあるが、俺らからしたら朝飯前だ。

  音を立てずに着地し、辺りを見渡す。警備員も誰もいなかった為、気絶させる必要はないみたいだ。

  隠蔽魔術を使い自らを透明化させた。

  「手馴れておるな。流石は勇者。我が部下の城をめちゃくちゃにしてくれただけある。」

  勇者パーティは少数精鋭な為、魔王討伐の旅で魔族の貴族が所有する城を攻める時は暗殺や工作活動が多かった。

  城に忍び込んで城主を襲って、を繰り返していくうちに慣れてしまったのだ。

  脳内に直接語り掛けることの出来る念話魔術を使い、ジェヘラに話しかける。

  「この先は念話での情報共有とする。いけるか?」

  「もちろんだとも。」

  「核のオーラはどうだ?」

  「強くなったのぅ。やはり校内で間違いないようだ。」

  「何故今まで校内のオーラを見ていなかったんだ……。」

  「灯台下暗しであったのだよ。優希よ、思っている事が念話に乗っておるぞ?」

  帝都高の敷地は広い。

  高校の範疇を超えもはや大学並み。

  流石は大和国で1位2位を争う魔術の進学校なだけはある。

  その帝都高の敷地内をしらみ潰しに探すのも良いが、今日はめぼしい場所にいくつもりだ。

  「ちょっと思ったんだが、核の破片が地中に埋まっているってことはないのか?」

  「それはない。ハッキリと言える。核の破片が地中に埋まっているのであればオーラを感じん。それに、核の破片は動くしのぅ。」

  「えっ、核って水晶体じゃないのか?生き物の中に埋め込まれているとか?」

  「そうではなく、核の破片は個々に動いて集まろうとするのだ。邪神に意識があり、破片を動かせるのだから何時までも地中に埋もれているとは到底思えん。それに使徒化ができるのだから人間を使うなりモンスターを使うなりで掘らせるであろう。」

  「あぁ、邪神の核には生き物を味方にする力があるもんな。破片にも同じ力があっても不思議じゃない訳だ。その邪神に操られた奴を使徒って言うんだっけか?」

  「うむ、それで正しい。まぁ使徒って呼び方は我がそう呼んでいるだけであるがな。」

  「核の破片にも同じく操る力があるなら校内は使徒まみれなんじゃないか?」

  「そこについてはわからんとしか言いようがない。この目で見てみんとわからんな。」

  のんびりと歩いて念話で話しながら破片を探す。

  潜入先が城や基地ではなく高校なため焦る必要がない。

  見つからなくても明日探せばいい。

  今日見つけられなくて大変なことになるのならとっくの昔に大変なことになっているはず。

  邪神の核の破片だなんてこの世を壊しかねない呪物なのに歩いて探しているだなんて我ながら呑気なものだ。

  「たぶんあれであるな。」

  「おっ、見つかったか?」

  「あぁ。恐らくあの建物の中だ。」

  「職員会館か。そこなら確かに隠せそうだよな。どうする?今日行ってみるか?」

  「もちろん行くとも。」

  職員会館とは教員や用務員のオフィス、使わない教材をしまう倉庫がある学校職員用の建物だ。

  学生証の再発行か課業外の教員に用事がある時以外に立ち寄る用事のない為、生徒からしたら思い出が薄い。

  教員会館は校内に何かを隠すのにはぴったりなのだ。

  職員会館の中を一階ずつ上がり、くまなく探す。

  「今更なんだが、隠蔽魔術って防犯カメラにも有効なのか?」

  「半分有効で、半分有効ではない。」

  「と、言うと?」

  「魔道具を使った隠蔽魔術は映るが、魔道具を使わん隠蔽魔術であるなら映らん。魔術としての精度次第なわけだ。」

  「流石魔王だな。現代の魔術事情にも詳しい。

  「ふっ、隠蔽魔術の性能ぐらい履修済みよ。」

  職員会館を散策する途中、教員や用務員とすれ違うが俺等に気付く気配がない。

  このまま職員会館を全て散策できそうな勢いで一部屋ずつジェヘラレーダーを使い邪神の核を探していく。

  一階、二階と散策し、そして最上階にある理事長室まで来た。

  「ここであるな、間違いない。」

  「ようやくって感じだな。よし、入るか。解錠魔術で開けるぞ?」

  「いや、待て。……どうやら結界が張られているようだ。」

  「結界?隠蔽魔術かかってんだからすり抜けられるだろ。」

  「そう出来んほどの結界じゃ。この結界を作った術者は相当な腕前らしい。ソナタも見てみよ。こりゃ我らの全盛期ですらおらん術者の結界であるぞ。」

  手のひらを理事長室に向け、魔術を探る。

  確かに結界がある。

  それも注意して探らないと見えない特殊な結界が貼られてあった。

  この結界が張られたこの理事長室は例えるなら金庫だ。

  12桁の暗証番号が必要で、3回間違えると警報がなる。

  もちろんゴリ押しで開けても警報が鳴り、一度触れて時間が経っても鳴る。

  俺のエクスカリバーなら結界の効果を打ち消して警報を鳴らすことなく破れるのだろうが、そんなことをしたら街の魔力探知システムの方が警報を鳴らすだろう。

  なんせ聖剣エクスカリバーが放つ魔力は戦術兵器並みなのだから。

  つまり、ツミなのだ。

  「一旦引き上げるか。帰って策を考えよう。どうせ核は逃げないんだからな。いや、逃げはするのか?まぁ、とりあえず帰ろう。」

  「で、あるな。」

  

  [newpage]

  ★第四章 ウィンドウショッピングwith焼肉

  雨が降り、若干の肌寒さを感じる土曜日の昼頃。

  俺は北西先輩とウィンドウショッピングをしに渋谷の複合総合施設、よくあるブランド店やおしゃれなカフェなどのあるビルまで来ていた。

  荷物持ちなんて理由で呼ばれた俺だが、どう考えてもこれはデートだろう。

  「このデニムジャケットとナイロンジャケット、どっちがいいかな?」

  二人が入ったお店はギャルが着てそうな服が揃うカジュアルブランド。

  カジュアルと聞けば安いイメージがあるが、このお店は相当高級路線。

  金持ったクラブのDJやアパレルブランドのインフルエンサー女社長が着てそうな、とてもカジュアルなくせに気軽に着れなそうな値段をしている。

  そんな店にすんなり気軽に入る北西先輩のお財布事情が気になるところではある。

  「そうですねぇー、デニムジャケットもナイロンジャケットも似合いそうな気はします。ちょっと合わせて貰えます?」

  「えっと、デニムのがこんな感じで、ナイロンのほうがこんな感じ。どうかな?」

  「うーん、正直どっちも似合ってる気がしますが、そもそもこれから暑くなるのにアウター買うのもなって感じですよね。迷いますね。」

  完璧だ。

  女の子のどっちが良いと思うと言うフェルマーもびっくりなアインシュタインでさえ匙を投げる超難問に対する、我ながらベストな解答を出せた気がする。

  答えを聞かれて答えを出すのは素人だ。

  プロはあえて答えを出さない。

  先輩冒険者に防具を何百回相談されたこの俺を舐めないでもらいたい。

  「じゃあ来年着る分ってことで、選んでもらおうかな?」

  天才軍師の如く一手。

  俺が組み上げた盤上を簡単にひっくり返してくれる。

  惨敗だ。

  「なら、今履いてるバギージーンズに合うナイロンじゃないですか?セットアップじゃないのに上下ジーンズは違和感ある気がしますね。」

  「確かに言われてみたらそうかも?じゃあナイロンジャケット買おうかな。あと、このキャミソールも。」

  ブランドのマークが書かれたキャミソールも買い物かごに入れる。

  正直キャミソールごときがしていい値段ではないが、一体プチプラと何が違うのだろうか?

  ブランドだからか、または生地が違うのか。

  「優希くんは何か買いたいのある?お姉さんが買ってあげるよ。」

  「え、いいんですか?金無かったんで助かります。あっ、でも流石にこのブランド買って貰うのは気が引けますね。」

  「あれ?結衣さんから270万貰ったんじゃないの?」

  黒いゴブリンの報酬としての270万。

  そしてケルベロスの30億はとある事に使ってしまい一緒で消えた。

  俺の残り残高は生活費含めないと8万くらい。

  高校生にしては持っている方ではあるが、お金持ちのご子息が集まる帝都高では貧民の分類だ。

  「色々あって使っちゃいまして。」

  「金使い荒いなぁ君は。これからは私がちゃんと管理してあげなきゃだね。」

  「北西先輩と結婚したらお小遣い制かー。」

  「アタシはもう買いたいのないかな。レジ行こうと思うのだけど、買いたいのある?」

  「特に無いですね。」

  レジに行き、10万と少しを払った後に店を出る。

  高級な服を買ったことのない自分がもし10万も服を買ったのならソワソワして仕方ないだろうが、そんな様子もない。

  これが年上の余裕だろうか。

  ……俺のほうが年上じゃないか?気にしないでおこう。

  「北西先輩のお財布事情ってどうなってるんです?」

  「アタシの財布事情は、ガーディアンの仕事で貰ったお金がメインだよ。あと仕送りかな。」

  「ガーディアンってそんなに儲かるんですね。俺もやってみようかな。そもそもガーディアンって求人とかあるんです?」

  「基本はないよ。ガーディアンは推薦制だから一般募集はしてないの。ガーディアンに本気でなりたいならガーディアンの知り合いを作るか、ダンジョン潜るかだよね。または、スポーツ選手になって競技に出るってのも手だね。」

  「へー、じゃあガーディアンって結構人数少なそうですね。」

  「実際少ないね。大人数必要な仕事は自衛軍がやっちゃうし、対人の仕事なら警察の担当。ガーディアンに回ってくるのは細かいモンスター退治か余程凶暴な犯罪者の逮捕。または雑用かだよ。」

  「ガーディアンって対人もやるんですね。」

  「うん、やるよ。海外マフィアの制圧とか凶悪な強い魔術師の対処だとか色々あるんだ。まぁアタシはやった事ないけどね。対人の仕事は貴族様の仕事だから。」

  「ちなみに対人の仕事ってのは、何処までやるんですか?」

  「アタシは詳しく知らないのだけど、殺しまでやるらしいよ。だから私みたいな庶民出身は不参加。担当になるのは貴族出身だけ。例えば、結衣さんとかね。対人のそういう教育受けて育ってない庶民出身じゃ対人戦は厳しいみたい。心折れちゃうんだって。」

  殺しの教育。

  それは俺がこの世界に来るよりもずっと前の時代から受け継がれている貴族や騎士の名家による英才教育だ。

  どんなに凶悪な犯罪者でも、敵国の兵士であろうとも、殺す際には心にストッパーが掛る。

  そもそも人間は人間を殺せるように出来ていない。

  地球にはこのようなデータがある。

  アメリカの南北戦争、マスケット銃による射殺を目的とした射撃が出来た者は全体の1割。

  第一次世界大戦では2割程度。

  第二次世界大戦では無意識のうちに標的を外す脳の仕組みが働き、1人を殺すのに平均500発を必要とした、なんてデータがある。

  つまり人は人を殺せない。

  なら、どうするか。

  答えは単純。

  そのストッパーを緩くしてしまえばいい。

  幼少期の善悪の定まりが薄い段階から人を殺す体験をさせる。

  思春期で戦場を体感させ、人を殺すのに躊躇いがない兵士を作るのだ。

  それが殺しの教育。

  教育と言えば聞こえはいいが、言ってしまえばただの子供を殺戮兵器に仕立て上げる洗脳だ。

  きっと二条先輩も殺しの教育を受けてきたのだろう。

  「貴族って大変なんですね。やっぱ生まれるなら俺みたいな庶民で凡人ですよ。」

  「優希くんみたいな凡人は存在しないと思うけどね。と言うか、アタシとデートしてるのに他の女の名前出すの失礼じゃない?」

  「いや二条先輩の名前出したの北西先輩ですからね?これ理不尽じゃありません?」

  カジュアルブランドの店を出て、しばらく歩いた先に北西先輩が行きたかったと言っていたお店があった。

  女性用下着用品店である。

  「俺ここで待ってるんで、ゆっくり買い物してきてください。」

  「何言ってるの?君も行くんだよ?」

  「いや行きませんよ?男が下着売場なんかに行ったら他の人が嫌がりますって。」

  「そう思うじゃん?でも実際カップルで入るのはあるあるなんだよ。だから、ほら早く。」

  「俺等はカップルじゃないんですけどね。」

  手を引かれて下着の専門店に入ると、そこは別世界だった。

  ありとあらゆる色のレース柄が並ぶ天国。

  眩しいほどの照明が当たりを照らし、天使まで見えそうだ。

  正直場違い過ぎているだけで少し恥ずかしい。

  「目のやり場に困る。」

  「堂々としてればいいの。あっ、もしかして優希くんってチェリー?」

  「いや違うっちゃあ違うと言うか、もう期限切れになったと言いますか。」

  童貞卒業の称号は10万年先まで有効なのだろうか。

  少なからず俺のジョニーはカビてない為、使えはする。ホコリは被ってそうだが。

  「ふーん、変なの。ちなみにアタシは、……ふふっ、秘密。」

  「秘密かー、知りたいなー。気になるなー。」

  「興味持ってよもう!」

  北西先輩が頬を膨らませて怒ってますアピールをした後、下着を取り見比べている。

  正直デザインだけパッと見て決めれば良いし、そもそも誰かに見せるような物じゃないのだからこだわらなくてもとは思う。

  そう冷めた自分がいる一方、もしこの下着を北西先輩が着たらとソワソワしてしまう自分もいる。

  「この黒いレースのと、紫のラメのやつ。どっちが良いと思う?」

  「強そうな方で。」

  「何その頭悪い回答。ちゃんと見て答えてよね?ほら、どっちがいいー?」

  胸に下着を当ててニヤニヤしながら聞いてくる北西先輩は小悪魔だ。

  歳下の男の子をからかうのが好きな悪い女だと思う。

  悪い女と思い浮かべたせいで黒い下着を着た北西先輩を思い浮かべてしまった。

  「髪色と同じ紫が似合うんじゃないですかね。」

  「へぇ、じゃあ黒にしよっかな?」

  「先輩話聞いてました?」

  「うん、聞いてはいたよ?でも、君の目線は黒って言ってたから黒にする。」

  「この小悪魔め。」

  目線で思考を読むなんて前世は尋問官なのだろうか。

  それはもう優秀な尋問官だったに違いない。

  地動説を唱える異端者の弱みを探すのが得意そうだ。

  「君が好きな黒買うことにするね。月曜日はこれ付けて行こうかな。あっ、それとも今着た方がいい?」

  「ご自由にしてください。」

  「なんでそんなに冷たいのさー。」

  「恥ずかしいからですよ。」

  俺の肩を持ち、実を寄せつける北西先輩の胸が当たる。

  腕越しな為あまり感触としてわからないが、柔らかい。

  良いものをお持ちだ。

  別に童貞ではないのに何故こうもドキドキしているのかわからないが、恐らくジングさんとの女と話さない1年間で女体耐性が落ちたのだろう。

  「本当にシャイなんだね。良い事を知ったよ。」

  攻められるのに慣れていない俺と攻めるのが得意な北西先輩。

  何かが始まりそうではあるが結局何も始まらず、下着を購入した。

  その後は軽く店を周りながらエスカレーターで上にあがり、雑貨屋を見て意外と高いんですねーなんて言いながら、またエスカレーターで下がり、を繰り返して飲食店が並ぶ階層を目指す。

  そして飲食店エリアに着いた。

  「何食べたい?お姉さんが奢ってあげよう。」

  「それは有難いですが、俺も男なんで奢らせてください。この階ってファミレスあります?」

  「凄いダサいって優希くん。今日はアタシが奢るから次お願いね。」

  今の凄く惨めな男を見てあの勇者だとは誰も思うまい。

  もし俺を地球から召喚した国からちゃんと魔王討伐の報酬を貰っていればいくらでも奢れたのにと思ったが、そもそも10万年前の貨幣が現代で使えるわけない。

  明日からやっぱバイトでも始めようと、強く決心しつつ店を選ぶ。

  北西先輩とのランチで焼肉を選んだ。

  女の子とのデートで焼肉を選ぶのは煙の匂いが服に付くため愚策なのだが、店舗チョイスは北西先輩なのでそこは問題なし。

  レザーを使った衣服を着ていないので匂い移りは心配ないのだろう。

  店舗に入り、店員に案内されて席に付く。

  店内は少し豪華だが豪華すぎない作り。

  緊張感なく食べれそうである。

  とはいえ

  「いや肉高けぇー。」

  「声に出てるよ優希くん。」

  お肉ごときに出して良い値段じゃない。

  ランチセットだけを見るなら大学生の奮発したデートでのランチくらいだが、肉単体で頼むと高い。

  プチプラのジャケット一着は買えそうだ。

  「さっきも言ったけど、ここは私が払うから心配しないでね。メニューの横に書いてある数字は気にしないで食べて。」

  よく人に奢ってもらう焼肉が一番うまいと言うが、それは嘘だ。

  何故なら奢ってもらう申し訳無さで味を楽しめないから。

  気軽に食べられる自費の飯が一番うまい。

  奢る奢られるは一旦置いといて、今は焼肉を楽しむことにする。

  メニュー表を見ると松、竹、梅と書かれたランチセットメニューと単品メニューがあった。

  当たり前だがセットだと松が一番高くて梅が一番安い。

  「何にするか決めた?」

  「梅のランチセットで、お冷貰います。」

  [松のセットに牛タン、コーラね。タッチパネルで注文しとくよ。]

  「話、聞いてました?」

  「もちろん聞いてはいたよ。でも、松のセットと牛タン食べたそうだったから。あと君、コーラ好きでしょ?」

  「俺、北西先輩が怖いよ。」

  キャバに行こうが浮気しようが間違いなくバレるだろう。

  「優希くんって考えてることすぐわかるってよく言われない?例えば、元カノとか。」

  「言われますね。そんなに顔に出ます?」

  「結構出るね。……やっぱ元カノいたんだ。聞かせてよ、元カノの話。」

  目線で好みを読まれ、表情で考えていることを読まれ、誘導尋問に引っかかる。

  北西先輩の手のひらで転がされているみたいで少し悔しい。

  「元カノの話と言ってもそんな大した話はありませんよ?父の部下と付き合って、その人が転勤したから別れたってだけです。」

  本当の話をするわけにはいかないので誤魔化す。

  本当は長期滞在した街の冒険者ギルドの受付嬢と仲良くなって恋仲になっただけだ。

  幸いなことにその受付嬢とは体の関係にならずに未練や一悶着なく終わった。

  もし自分が勇者ではなくただの冒険者だったらとは思ったことはあったが、そもそも勇者じゃなかったら好きになってもらえてなかったかもしれないので、勇者とか関係なく彼女とは縁がなかったのかもしれない。

  ちなみに、童貞卒業の相手はサキュバスだ。

  旅の途中で普通に襲われて、あっけなく卒業をした。

  童貞を卒業したからって特に人生観が変わることはなく、モテはしなかった。

  「他には付き合った人はいないの?」

  「いませんでしたね。なんせずっと教会暮らしでしたから。しかも女性禁制の。」

  「そもそも女の子とあまり交流がなかったんだね。でもそれにしては女の子慣れしてない?」

  「乙女心の通信講座受けてたんで。」

  「それは凄い。是非その成果を知りたいものだね。おっ、来たみたい。」

  如何にも高いですよみたいな焼肉定食が来た。

  3種類のお肉とナムル。

  漬物と白米とわかめスープが付いており、瓶のコーラが添えられている。

  お肉には網目状のサシが入っていて、食べ放題では絶対出て来なそうだ。

  「いただきます。まず、脂身の少ないタンから食べようか。次に上ロースで、最後にホルモン。癖の少ないお肉から食べるのが良いんだよ。」

  食べる順番なんか考えたことのない自分は、へーとしか言えない。

  「焼く場所は端っこ。コツは焼きすぎないこと。食べていいかわからなかったらアタシに聞いてね。」

  「なんでそんな焼肉に詳しいんです?」

  「料理作るのが大好きだからだよ。見る?最近アタシが作ったの。」

  スマホを弄り、指でスライドさせながら最近作った料理を俺に見せる。

  パエリアやグラタン、タルトからチキンの丸焼きまで沢山の料理の写真があり、盛り付けはまるでプロが作った逸品のようだ。

  「すっごいですね。」

  「でしょでしょ?今度食べさせてあげるね。」

  「楽しみにしてます。」

  自分で自分のお肉を焼くのではなく、北西先輩に完全に任せてしまっている。

  北西先輩が焼いて、その肉を俺が食べるその姿はまるで親鳥と雛鳥だ。

  「お肉めちゃくちゃ美味いですね。流石お高いことで有名なお店なだけあります。」

  「お肉こだわってるんだろうね。こだわっていると言えば、君って普段何の魔道具使ってるの?」

  「魔道具は剣型ですね。一応ですが他のも使えますよ。使えるってだけで一線級ではありませんが。」

  「へぇー、それは凄いね。ちなみにじゃあスナイパーなんかも出来るんだ。どのくらい遠くまで当てられるの?」

  「弓ならって条件ですが、500メートル先まではいけますね。」

  「弓使えるなんて珍しいね。君ってどんな英才教育受けてきたのさ。」

  本当は2キロ先まで当てられるが、そこまで言うと実力が学生の範疇を超えるため低めに言っておく。

  2キロ先まで当てられるなら弓兵としてやっていけそうではあるが、俺にとって第一線とは対魔王軍であり、魔王討伐の旅の仲間であった獣人の弓使いであるガロウラは15キロ先の人間に当てられたので、2キロ如きでは話にならない。

  ちなみに、15キロの当て方は魔術によるスコープと弓を引く腕力、そして山さえ穴を開けるほどの貫通力だ。

  壁を破壊しながら進む戦車の弾丸をイメージして貰いたい。

  「うちの親の方針は器用貧乏なんですよ。」

  「器用貧乏で片付けて良い範疇じゃないと思うけどなぁ。優希くんって逆に何が苦手なの?」

  「苦手なのは魔術ですね。学生レベルの魔術なら出来ますが、辺り1面を凍らすとか炎の龍を作るみたいなのは出来ません。」

  「じゃあゴールディアさんの赤薔薇シリーズみたいのは出来ないわけだ。」

  「赤薔薇シリーズ?あー、マギーの魔術ってローズなんちゃらって付きますもんね。」

  「そうそう。火の魔術から赤、ローズは薔薇だから赤薔薇シリーズって呼ばれてるの。ちなみになんだけど、ゴールディアさんをマギーって呼ぶほど仲良いんだね。なんで?」

  冷房が効きすぎているからか、少し寒い。

  焼肉店は客が火を使うため、若干冷房を強めている店舗が多い。

  だから、きっと少し寒く感じるのだろう。

  鳥肌が立ってきた。

  きっと冷房のせいだ。

  「マギーに戦い方を教えてるんですよ。ちょっと色々あって顔見知りになりましてね。北西先輩がマギーを知っていたのは学年一位だからですか?」

  「もちろんそれもあるけど、ゴールディア家の人間だからかな。同じ学校にいる王家の娘を知らないなんて人間はいないんじゃないかな?」

  「まぁ確かに王族の生徒ってなれば嫌でも記憶に残るでしょうからね。」

  「そうそう。さらに学年一位となれば流石に注目するよ。そんなことより、ゴールディアさんはマギーって呼んでるんでしょ?ならアタシもアリサって呼んで欲しいな。」

  「同級生ならまだしも上級生を名前呼びとなれば勘違いされちゃうんじゃないですか?そう言う仲だって。」

  「私は勘違いされても良いよ?優希くんは駄目なの?勘違いされちゃ。」

  「駄目なんじゃ、ないですか?悪目立ちすると言いますか。」

  「優希くんが悪目立ちとかに気にしても今更だと思うけどな。そうでしょ?勇者くん?」

  「確かに、そうなんですけどね。」

  さっきから北西先輩に圧を感じるのは気のせいだろうか。

  ついでに、店の冷房がさらに下がった気がするのも気のせいなのだろうか。

  「リピートアフターミー、アリサ。」

  「アリサ先輩。」

  「アリサ。」

  「流石に呼び捨ては出来ませんよ。アリサ先輩で我慢してください。」

  「仕方ない、今回はそれで引いとこうかな。」

  上ロースを口にし、頬を上げて喜ぶ。

  この店の品は全てが美味しく、特に白米は白米をおかずにご飯を食べれそうである。

  「北西先輩は。」

  「アリサ。」

  「アリサ先輩は魔術だと何が得意なんです?」

  「アタシは闇と光が得意だよ。特に闇なら負け無しかな。」

  体質的な話をするなら、エルフが得意なのは水魔術と風魔術、そして光魔術。

  魔族は光以外の全てが得意かつ闇の適性が極めて高いので、そのふたつと不得意な魔術がない人間と合わさって闇と光が得意な体質になったのだろう。

  「闇と光って他の属性と混ぜられないからちょっと残念な感じあるよね。」

  「えっ、混ぜられますよ?ちょっと難易度高いですが。」

  「いやいや混ぜられないよ。小学校で習わなかった?火とか水とかの自然的属性は混ぜられるけど、光と闇は概念的属性だから混ぜられませんって。」

  日本の小学校では魔術なんてファンタジー習いませんでしたなんて話は置いておくとして、光と闇が他の属性と混ざらないなんて話は嘘だ。

  確かに、自然的属性と概念的属性は混ざりにくい。

  だが、光または闇を何かの属性を混ぜるのは高等技術だとはいえ出来ないわけではない。

  例えば魔族は闇属性と他の属性を混ぜることで魔術の威力を上げていた。

  とりあえず、ここは話を合わせておこう。

  「そうでしたね、ド忘れしてました。」

  「優希くんってちょくちょく常識知らずな所あるよね。知識の偏りも結構あるし。ほんと不思議。」

  アリサ先輩がホルモンを口に入れたので、つられて自分もホルモンを頬張る。

  いつ何時でもお肉は美味い。

  ちょっとボロを出してしまった時でさえお肉は美味しいのだ。

  ちなみに、この昼飯代はちゃんと俺が奢った。

  とても、懐が寂しい。痛い出費だった。

  

  [newpage]

  ★第五章 聖剣エクスカリバー

  ケルベロスの素材で得たお金30億。

  この途方もない額のお金は自分を鍛錬するための環境作りに使った。

  10万年前とは違い、今いる大和国には魔術を試し打ち出来る場所がない。

  核ミサイル級の魔術を使う訳では無いのでそんなに広い場所が必要ではないのだが、野外で使用すると街の魔力探知機に引っかかる為、現代では魔力の漏れない練習場所が必要なのだ。

  魔術関係の習い事の施設などの強い魔術を使用する理由がある所では国が魔術使用許可証を出してくれるが、一個人の為に発行はしてくれない。

  貴族であれば権力でどうにか出来るが、俺は戸籍上一般人。

  教皇であるジングさんを頼るのも手だが、魔術許可証から俺の正体について勘ぐられても面倒だ。

  よって、国には無許可で練習場所を作ることにした。

  場所は倉庫の地下。

  倉庫はニンホア教の所有倉庫で、地下室を新たに作る理由は単なる拡張。

  魔力遮断剤は闇で仕入れて全体に敷いてもらった。

  場所の確保と業者のつてはジングさんに頼った。

  結局ジングさん頼りである。

  練習場所の大きさは大体高校の体育館くらい。

  対人戦や普通サイズのモンスターを想定した模擬戦をやるには十分な広さだろう。

  「我が聖剣に宿いし再生と慈愛の天使よ、現世に降り導きたまえ、召喚、大天使アリエル。」

  巨大な召喚陣が現れ、中央に刺さっている聖剣エクスカリバーが人らしき光のシルエットに変わり、虹のベールのような何かがそこらを漂う。

  そして光が収まり、天使と女神のハーフみたいな女性が現れた。

  金色と薄い赤毛の混ざったピンクゴールドの髪色を腰まで伸ばしてあり、軽いウェーブがかかっている。

  顔立ちは幼さを残しつつも女性らしい整った顔をしており、天使らしい翼がなければ女神に見えただろう。

  包容力のありそうな体つきをしているので、より女神に見える。

  「久しぶりですね。どうやら10万年も眠っている間に随分と若作りしたようで。」

  「お久しぶりですモモ先生。若作りではなく若返ったんですよ。若返ったおかげで現在高校生活満喫中です。」

  何故大天使アリエルをモモ先生と呼ぶのかというと、本人がそう呼んで欲しいと要求したからだ。

  初めて彼女を召喚した時に、アリエルという名を本人は気に入っていないから違う名前を考えて呼んでくれと言われ、日本神話の邪霊を払う実と彼女の髪の色から着想を得てモモと呼ぶことにしたのだ。

  「前に何回か呼んだのですけど、召喚出来なくてですね。何でかわかったりします?」

  「召喚のパスが錆びていたので通信が届きにくかったのでしょう。詰まっている水道管みたいなものです。」

  「よくわかりませんが、とりあえず納得はしました。ちなみになのですが、俺が寝ていた間に起こったことってなにか知ってたりしますかね?」

  「何も知りませんよ。私が俗世と関われるのは貴方に召喚された時だけですから。覗くことすら出来ませんでした。それに、もし知っていたとしても言えない決まりとなっています。」

  どうやらモモ先生の住む天界と地上界はほとんど繋がってないらしい。

  モモ先生は天使だ。

  天界と呼ばれる精霊の進化系である天使が暮らす別次元の場所に住んでおり、そこで管理職をしている。

  とにかく偉いのだとか。

  そのお偉いさんであるモモ先生が何故俺の聖剣エクスカリバーがモモ先生に変わったのかは、聖剣がモモ先生を召喚する上での触媒だから。

  聖剣エクスカリバーはモモ先生が人間だった頃に使用していた物らしく。聖剣とモモが縁により繋がった為に召喚出来るそうだ。

  何故人間が天使になれたのかは教えてくれなかった。

  「このような無機質な部屋で召喚されたということは、昔みたいに特訓をして欲しいのですね?良いでしょう。私がビシバシ鍛えて差し上げます。」

  空中にパンチをしてビシバシ鍛えるアピールをするが可愛いだけだ。

  天然なんて言葉がよく似合う。

  彼女の声色や行動から優しく教えてくれる家庭教師みたいな鍛え方だと思ってしまうが、実際は逆。

  彼女は鬼である。

  「では、始めましょうか。剣を作って構えてください。」

  土属性で剣を作る。

  錬金術のような力も土属性ならお手の物だ。

  残念ながら時間が経てば鉄から魔力に戻ってしまうのだが。

  つまり土魔術でお金稼ぎは出来ないのだ。

  もちろん、魔術の使用をサポートする腕輪型の魔道具は使用しない。

  補助輪は邪魔でしかない。

  「お手柔らかにお願いします。」

  「私が一度でもお手柔らかにしたことがありますか?」

  「ありませんねぇ。」

  「では、いきます。」

  モモ先生の姿が消え、後ろに現れる。

  モモの瞬間移動魔術はモーションがない。

  まばたきをした次の瞬間には目の前にいないのだ。

  「いきなりそれ使うのはずるいんじゃないですかモモ先生。」

  「初撃必殺は戦闘の基本だと教えましたよ?」

  「様子見しろとも教わりましたがねぇ!」

  モモ先生の剣戟を必死に剣を当てて逃がす。

  避けるなんて隙がないため剣で受けるしかない。

  はっきり言ってジリ貧だ。

  彼女の一撃が重いため受けるだけでスタミナを削られる。

  「随分と弱りましたね。全盛期の三割りほどでしょうか。そんなでは邪神が復活しても戦えませんよ。」

  「モモ先生も邪神の気配とかわかったりします?」

  「わかりますよ。これでも私天使ですから。……随分と余裕そうですね。喋る余裕があるのでしたらもう少し火力を上げましょうか?」

  「勘弁してください。」

  モモ先生の重い剣戟を剣に当てて避け、受け止める。

  何十回と彼女の攻撃を受け止めてはいるが、慣れるなんてことは決してない。

  常にギリギリ、間一髪で剣から逃れている。

  「私を召喚出来る時間はあと何分ほどですか?」

  「40分あれば良いほうかなと。」

  「そうですか。では、これで最後とします。」

  モモ先生の剣が青い光りをまとい、空気と魔力が摩擦のような作用をさせて剣を鳴かせる。

  彼女が使用しようとしている魔術は得意魔術のひとつである、多次元仮想斬撃だ。

  多次元仮想斬撃とはあったかもしれない未来で起こるであろう剣の軌道を再現する魔術。

  つまり、1度剣を振るだけで複数本の剣が別方向から振った事になる。

  1度振ると3つ切り傷が右左真ん中にできるイメージだ。

  モモ先生の姿が消え、右に現れる。

  剣を使い迫るであろう右と真ん中からの斬撃を抑え、左から右へと魔術を使い身体を飛ばす。

  目線をモモ先生に向けると、剣を横に大きく振っているのが見えた。

  飛ぶ斬撃だ。

  飛ぶ斬撃とは魔力を刃に乗せて剣を振ることにより斬撃を飛ばすことの出来る、魔術ではなく魔力による剣術。

  魔力に属性を加えることにより、その属性を持つ斬撃を飛ばすことが出来る。

  モモ先生が放った斬撃が俺に迫ってくる。

  剣の振りは横であったが、迫っている斬撃は縦だ。

  数本の縦の斬撃が迫ろうとしている。

  魔術を使い斬撃を消す手は通用しない。

  何故なら彼女の多次元仮想斬撃の濃度が濃いから。

  俺の今使える魔術のどれを使おうにもモモ先生の多次元仮想斬撃を込めた斬撃の魔力には敵わない。

  もし仮に複数の縦の斬撃から逃れられたとしても次は横の斬撃が迫って来て体が真っ二つになるだろう。

  なのでここは相殺が最適解。

  剣の刃に魔力を込めて、力いっぱい振って放つ。

  そして斬撃同士がぶつかり金切り声をあげた。

  そして横の斬撃に俺の斬撃を飛ばして当てようと魔力を込める。

  「常に敵を把握しとくよう教えたはずですが?」

  いつの間にか後ろに現れたモモ先生に驚き、慌てて後ろに剣を振る。

  するとモモ先生が消えた。

  どこかに消えたモモ先生を目で探すために後ろへ振り返ると。

  「目で探そうとするのは悪い癖ですよ。」

  後ろから、声が聞こえた。

  つまり同じ場所に瞬間移動したのだ。

  モモ先生の剣が迫る。

  後ろからは飛ぶ斬撃が近付いてくる。

  そして、俺の身体は2つに切断されるのであった。

  ・◆・◆・◆・

  ケルベロスの素材で得たお金30億。

  この途方もない額のお金は自分を鍛錬するための環境作りに使った。

  10万年前とは違い、今いる大和国には魔術を試し打ち出来る場所がない。

  核ミサイル級の魔術を使う訳では無いのでそんなに広い場所が必要ではないのだが、野外で使用すると街の魔力探知機に引っかかる為、現代では魔力の漏れない練習場所が必要なのだ。

  魔術関係の習い事の施設などの強い魔術を使用する理由がある所では国が魔術使用許可証を出してくれるが、一個人の為に発行はしてくれない。

  貴族であれば権力でどうにか出来るが、俺は戸籍上一般人。

  教皇であるジングさんを頼るのも手だが、魔術許可証から俺の正体について勘ぐられても面倒だ。

  よって、国には無許可で練習場所を作ることにした。

  場所は倉庫の地下。倉庫はニンホア教の所有倉庫で、地下室を新たに作る理由は単なる拡張。

  魔力遮断剤は闇で仕入れて全体に敷いてもらった。

  場所の確保と業者のつてはジングさんに頼った。

  結局ジングさん頼りである。

  練習場所の大きさは大体高校の体育館くらい。

  対人戦や普通サイズのモンスターを想定した模擬戦をやるには十分な広さだろう。

  「我が聖剣に宿いし再生と慈愛の天使よ、現世に降り導きたまえ、召喚、大天使アリエル。」

  巨大な召喚陣が現れ、中央に刺さっている聖剣エクスカリバーが人らしき光のシルエットに変わり、虹のベールのような何かがそこらを漂う。

  そして光が収まり、天使と女神のハーフみたいな女性が現れた。

  金色と薄い赤毛の混ざったピンクゴールドの髪色を腰まで伸ばしてあり、軽いウェーブがかかっている。

  顔立ちは幼さを残しつつも女性らしい整った顔をしており、天使らしい翼がなければ女神に見えただろう。

  包容力のありそうな体つきをしているので、より女神に見える。

  「久しぶりですね。どうやら10万年も眠っている間に随分と若作りしたようで。」

  「お久しぶりですモモ先生。若作りではなく若返ったんですよ。若返ったおかげで現在高校生活満喫中です。」

  何故大天使アリエルをモモ先生と呼ぶのかというと、本人がそう呼んで欲しいと要求したからだ。

  初めて彼女を召喚した時に、アリエルという名を本人は気に入っていないから違う名前を考えて呼んでくれと言われ、日本神話の邪霊を払う実と彼女の髪の色から着想を得てモモと呼ぶことにしたのだ。

  「前に何回か呼んだのですけど、召喚出来なくてですね。何でかわかったりします?」

  「召喚のパスが錆びていたので通信が届きにくかったのでしょう。詰まっている水道管みたいなものです。」

  「よくわかりませんが、とりあえず納得はしました。ちなみになのですが、俺が寝ていた間に起こったことってなにか知ってたりしますかね?」

  「何も知りませんよ。私が俗世と関われるのは貴方に召喚された時だけですから。覗くことすら出来ませんでした。それに、もし知っていたとしても言えない決まりとなっています。」

  どうやらモモ先生の住む天界と地上界はほとんど繋がってないらしい。

  モモ先生は天使だ。

  天界と呼ばれる精霊の進化系である天使が暮らす別次元の場所に住んでおり、そこで管理職をしている。

  とにかく偉いのだとか。

  そのお偉いさんであるモモ先生が何故俺の聖剣エクスカリバーがモモ先生に変わったのかは、聖剣がモモ先生を召喚する上での触媒だから。

  聖剣エクスカリバーはモモ先生が人間だった頃に使用していた物らしく。

  聖剣とモモが縁により繋がった為に召喚出来るそうだ。

  何故人間が天使になれたのかは教えてくれなかった。

  「このような無機質な部屋で召喚されたということは、昔みたいに特訓をして欲しいのですね?良いでしょう。私がビシバシ鍛えて差し上げます。」

  空中にパンチをしてビシバシ鍛えるアピールをするが可愛いだけだ。

  天然なんて言葉がよく似合う。

  彼女の声色や行動から優しく教えてくれる家庭教師みたいな鍛え方だと思ってしまうが、実際は逆。

  彼女は鬼である。

  「では、始めましょうか。剣を作って構えてください。」

  土属性で剣を作る。

  錬金術のような力も土属性ならお手の物だ。

  残念ながら時間が経てば鉄から魔力に戻ってしまうのだが。

  つまり土魔術でお金稼ぎは出来ないのだ。

  もちろん、魔術の使用をサポートする腕輪型の魔道具は使用しない。

  補助輪は邪魔でしかない。

  「お手柔らかにお願いします。」

  「私が一度でもお手柔らかにしたことがありますか?」

  「ありませんねぇ。」

  「では、いきます。」

  モモ先生の姿が消え、後ろに現れる。

  モモの瞬間移動魔術はモーションがない。

  まばたきをした次の瞬間には目の前にいないのだ。

  「いきなりそれ使うのはずるいんじゃないですかモモ先生。」

  「初撃必殺は戦闘の基本だと教えましたよ?」

  「様子見しろとも教わりましたがねぇ!」

  モモ先生の剣戟を必死に剣を当てて逃がす。

  避けるなんて隙がないため剣で受けるしかない。

  はっきり言ってジリ貧だ。

  彼女の一撃が重いため受けるだけでスタミナを削られる。

  「随分と弱りましたね。全盛期の三割りほどでしょうか。そんなでは邪神が復活しても戦えませんよ。」

  「モモ先生も邪神の気配とかわかったりします?」

  「わかりますよ。これでも私天使ですから。……随分と余裕そうですね。喋る余裕があるのでしたらもう少し火力を上げましょうか?」

  「勘弁してください。」

  モモ先生の重い剣戟を剣に当てて避け、受け止める。

  何十回と彼女の攻撃を受け止めてはいるが、慣れるなんてことは決してない。

  常にギリギリ、間一髪で剣から逃れている。

  「私を召喚出来る時間はあと何分ほどですか?」

  「40分あれば良いほうかなと。」

  「そうですか。では、これで最後とします。」

  モモ先生の剣が青い光りをまとい、空気と魔力が摩擦のような作用をさせて剣を鳴かせる。

  彼女が使用しようとしている魔術は得意魔術のひとつである、多次元仮想斬撃だ。

  多次元仮想斬撃とはあったかもしれない未来で起こるであろう剣の軌道を再現する魔術。

  つまり、1度剣を振るだけで複数本の剣が別方向から振った事になる。

  1度振ると3つ切り傷が右左真ん中にできるイメージだ。

  モモ先生の姿が消え、右に現れる。

  剣を使い迫るであろう右と真ん中からの斬撃を抑え、左から右へと魔術を使い身体を飛ばす。

  目線をモモ先生に向けると、剣を横に大きく振っているのが見えた。

  飛ぶ斬撃だ。

  飛ぶ斬撃とは魔力を刃に乗せて剣を振ることにより斬撃を飛ばすことの出来る、魔術ではなく魔力による剣術。

  魔力に属性を加えることにより、その属性を持つ斬撃を飛ばすことが出来る。

  モモ先生が放った斬撃が俺に迫ってくる。

  剣の振りは横であったが、迫っている斬撃は縦だ。

  数本の縦の斬撃が迫ろうとしている。

  魔術を使い斬撃を消す手は通用しない。

  何故なら彼女の多次元仮想斬撃の濃度が濃いから。

  俺の今使える魔術のどれを使おうにもモモ先生の多次元仮想斬撃を込めた斬撃の魔力には敵わない。

  もし仮に複数の縦の斬撃から逃れられたとしても次は横の斬撃が迫って来て体が真っ二つになるだろう。

  なのでここは相殺が最適解。

  剣の刃に魔力を込めて、力いっぱい振って放つ。

  そして斬撃同士がぶつかり金切り声をあげた。

  そして横の斬撃に俺の斬撃を飛ばして当てようと魔力を込める。

  「常に敵を把握しとくよう教えたはずですが?」

  いつの間にか後ろに現れたモモ先生に驚き、慌てて後ろに剣を振る。

  するとモモ先生が消えた。

  どこかに消えたモモ先生を目で探すために後ろへ振り返ると。

  「目で探そうとするのは悪い癖ですよ。」

  後ろから、声が聞こえた。

  つまり同じ場所に瞬間移動したのだ。

  モモ先生の剣が迫る。

  後ろからは飛ぶ斬撃が近付いてくる。

  そして、俺の身体は2つに切断されるのであった。

  ・◆・◆・◆・

  俺の身体は真っ二つになった。

  しかし、今こうして生きている。

  理由は簡単。

  モモ先生の回復魔術だ。

  現代魔術において回復魔術とは傷を塞ぐ力。

  しかし10万年前の魔術、言うなれば古代魔術としては回復魔術とは欠損部位を生やす力だ。

  回復魔術を使えば腕を生やすなんぞ容易。

  身体の半分である下半身を生やすことも可能で、頭さえあれば首から下まで生えてくる。

  そんなまるでトカゲの尻尾みたいな回復魔術。

  殺意の高い魔術や剣術を使うクセして再生と慈愛の天使であるモモ先生にとって真っ二つになった身体をくっつける事なんか造作もないのだ。

  どうせ直せるのだからと体を真っ二つにするモモ先生は鬼だ。

  「やはり、弱まりましたね。」

  「すいません。先生の修行無駄にして。」

  「いえいえ。魔王を倒すための修行でしたので、目的を果たせた今となっては例え赤子ほどの力になっても良いのですよ。」

  天使の笑みを浮かべる大天使モモ。

  その笑みは後光のように眩しく暖かい。

  きっと宗教画の笑みを浮かべる女神のモデルを実際の目で見たら、同じ感想を浮かべるかもしれない。

  「それに、貴方が弱ければ弱いほどボロ雑巾のように鍛え直す楽しみが生まれますしね。」

  やっぱモモ先生は悪魔だ。

  心に鬼の角が生えているに違いない。

  「お茶を頂けますか?貴方が昔言っていた緑茶とやらを是非飲んでみたいです。」

  俺って確か召喚主だよな?なんで使用人みたいな事をと少し思うが、こちら戦闘技術を教えていただく身。

  茶を出すことくらい普通であると納得しておく。

  給湯室から茶葉を出し、急須に入れてから電気ポットでお湯を注ぐ。

  あまり焦らずゆっくりお湯を注ぐのがポイントだ。

  そして冷蔵庫から和菓子を出して、お皿に乗せた。

  何故用意周到に茶菓子まであるかと言えば、習慣とかしか言い様が無い。

  10万年前の世界、つまりは旧時代において娯楽は少ない。

  当時の人間の楽しみと言えば酒か女かギャンブルか。

  本も一応娯楽に含むが、印刷技術が乏しかった為に冊数が少なく貴重であった。

  本が貴重なので読書を趣味とすることが出来ないとなれば、残るはやはり酒か女かギャンブル。

  だがそれら全て俺と相性が悪い。

  まずはお酒。

  俺はもの凄く酒癖が悪いらしく、だる絡みが酷いらしい。

  特に女の子へのだる絡みは見てられないほど酷く、仲間から今後絶対に飲むなと言われたほどだ。

  そうは言っても、戦勝パーティーなどのどうしても飲まなくてはならない場面があるので、その時はお酒に解毒魔術を使いアルコールを抜いている。

  またどうしても酔いたくなる日については、旅の仲間全員から魔力を使用不可にする魔術と力を弱くする魔術の2種類のデバフ魔術を使って貰ってから飲みに行く事にしている。

  次に女。当時の俺は極めて女の子に甘く、騙されやすかった。

  金を貸すのは日常茶飯事で、ハニートラップも面白いくらい引っかかった。

  魔王軍のスパイである魔族からのハニートラップは流石の俺も引っかからなかったが、魔族以外からはよく引っ掛かった。

  悪い意味で場数を踏んできた今の俺はもうハニートラップに引っ掛かりなんかはしない。

  そう、自分を信じたい。

  最後のギャンブルについてだが、俺はギャンブルが極めて弱く、有り金全て使ってしまう。

  有り金とは財布の中身のお金ではなく、銀行口座を含めた全てのお金だ。

  ついでに旅で使う共有資金まで使ってしまった。

  使っちゃいけないお金を賭けてからがギャンブルとは言うが、それは冗談であって本当にやってはいけない。

  共有資金を使ってしまったせいで無事俺はお小遣い制だ。

  そしてそれ以降、金銭管理を一切任されなくなった。

  勇者としての尊厳を俺は失ったのだ。

  お酒も女遊びもギャンブルも駄目。

  読書は気軽にできない。

  そこで見つけた趣味がお茶だ。

  「こちら、静岡産の緑茶と茶菓子の饅頭です。」

  「これが緑茶ですか。うん、流石は優希。良い茶器を使っていますね。」

  「すいませんそれ百均です。」

  「よく見たら柄が不揃いで安っぽく見えますね。」

  すまし顔で茶を啜るモモ先生。

  格付けチェックで移す価値なしにされそうな間違いをした女とは思えない振る舞いだ。

  「それで、どうです?10万年の眠りから覚めてからは。」

  「世界が全然違くてびっくりです。なんか俺が御神体になってる宗教あるし、世界中がまるで前いた世界みたいになってるし。知り合い全員死んでるし。」

  「それは凄い。ではこの今の世界、気に入っていますか?」

  「気に入ってると言うか、楽ではありますよね。」

  「そうですか。」

  どこか寂しそうな顔をしながら微笑む。

  それはまるで母親のようで、慈愛の天使らしい表情であった。

  勝手に何かを察したのだろう。

  彼女の悪い癖だ。

  自分のことは隠すくせに相手のことを知りたがる。

  そして勝手に察して納得するのだ。

  自分の世界に当てはまるよう相手の感情を読み取る。

  まるで自分の心を読みられているようで少し不快だ。

  「ところで、貴方は私が飼っていた柴犬に似ていますね。」

  「……急ですね。」

  「実は最近、その犬が亡くなりましてね。頭貸して貰えますか?」

  「頭、ですか?」

  「はい、とりあえず隣に座ってください。」

  言われたままモモ先生の座るソファに移動する。

  すると頭が横に引き寄せられ、膝に優しく押し付けられた。

  膝枕だ。

  「寂しくはなかったですか?」

  「はい?えっと、何の話ですか?」

  「さぁ、何の話でしょうかね。」

  優しく微笑みながら彼女は頭を撫でる。

  まるで自分の子供を撫でるかのように。

  「一緒に旅してきた仲間も、立ち寄った街で知り合った友人も、知り合い全員いない世界で一人ぼっち。街中に知っている場所なんてなくて、まるで自分が異物のよう。心細かったでしょう。寂しかったでしょう。……よく、頑張りましたね。」

  何も知らないのに、何でも知っているかのような言い方をする。

  彼女のその慰めでしかない言葉が胸に刺さった。

  温かい水が体内に染み渡るように、心に響く。

  モモ先生が頭を撫でる。

  モモ先生の話が終わり、少しの間を設けた後、俺は口を開いた。

  「俺、頑張ったんですよ。運動したことないのに戦闘の訓練をさせられて、戦ったことがないのにモンスターと戦わされて、知り合いが死んで、仲間に裏切られて、人を救ったのに石投げられて。でも。俺は勇者だから。俺は勇者だから頑張って、頑張って、頑張って頑張って頑張って。耐えてきたのに。ようやく魔王倒したのに。なのに一眠りしたら誰も俺の頑張りを知らない。勇者の伝説は誰もが知っているのに、俺の努力は誰も知らない!俺を誰も知らないんですよ。誰一人、俺って人間を知らないんです。一人ぼっちです。ずっと、ずっと、寂しかった。」

  彼女の顔は見えない。

  どんな表情をしているのかも、わからない。

  「でも、最近は悪くないんですよ。友達が出来ましたんです。よく、友達とか先輩が頼ってくれるんですよ。おかしいですよね。世界の英雄だった頃はあんなに尊敬されていたのに、今はその大多数の尊敬よりひとりのお願いの方が嬉しい。きっと、寂しかったんでしょうね。すいません、自分語りして。」

  「何の話ですか?私撫でるのに夢中になりすぎて聞いていませんでした。」

  嫌になるくらい気遣いのできる女だ。

  もし人間だったなら良い母親になっていたに違いない。

  「少し寝られてはいかがです?眠くなってきたでしょう?」

  「眠くなっては来ていませんね。」

  「いいえ、眠くなってきたはずです。」

  言われた通り眠くなってきた。

  きっとモモ先生がスリープの魔術を使ったのだろう。

  視界がぼやけ、意識が遠のき、まぶたが重くなる。

  そして、眠りに付くのだった。

  

  [newpage]

  ★第六章 補助輪

  目を覚ますと眼の前にモモ先生の顔が、なんてことはなく頭は枕の上に置いてあったため普通に眼の前は天井であった。

  モモ先生はもう天界に帰ってしまったらしく、何時でも呼んでくださいねと書かれた手紙が置いてあった。

  何故俺を魔術で強制的に寝かせたのかはわからないが、多分らしく無いことをした自分が恥ずかしかったからだろう。

  モモ先生にも可愛いところがあるのだ。

  モモ先生との特訓の次の日、俺は学校終わりに魔術の練習に使えるレンタルスペースに来ていた。

  来た理由はマギーの稽古。

  弟子にしてやると言ったのだからちゃんと稽古をしてやらなくてはならないのだ。

  昨日使った倉庫下の地下室を稽古場に利用しなかったのはあの場所が非合法だから。

  マギーならバラさないとは思うが、身分が高い人間を非合法なことに関わらせるわけにはいかない。

  学校にも魔術の練習場所はある。

  学校の施設なら合法なのだが、そこを使うと目立ってしまう。

  今回の稽古で教える内容はハッキリ言って現代魔術の常識を覆す内容。

  つまりバレると困る内容。

  ファンタジー兄妹の片割れである勇者(笑)な俺とゴールディア家の娘が一緒に訓練をしていたらどうぞ好きにみてやってくださいと言っているようなものだ。

  周囲に見られたくないため学校の施設ではなくレンタルスペースでの稽古となった。

  「始めようか。まずは、そうだな。今日やることなんだが、今日は魔道具無しで魔力を使う練習をしようと思う。」

  「何を言っているんだ?魔道具なしに魔力を扱えるわけないだろう。」

  実は俺は勇者で10万年前の世界では魔道具なんか使わなくても魔術使えたんだよねぇー、ちな魔道具作ったの俺。

  と言ってしまえば楽なのだが、そう言うわけにはいかないので誤魔化しつつ答える。

  「それがそうじゃないんだよ。例えばほら、魔道具無しで魔術が使える体質の人間っているだろ?それを特異体質みたいに言ってるけど実は魔道具無しで使えるのが普通なんだ。ただみんなしようとしないだけ。」

  「正直現代魔術の基礎を根本から変えてしまうくらい現実的ではない話故に信じきれないのだが、師匠がそういうのであればそうなのだろう。もし仮に師匠の話が本当だとして、それができるのは人間族とか魔族とか、エルフとかの魔術が得意な種族の専売特許だろう?獣人である私にできるとは思えんな。」

  「確かにマギーの言ったように俺等人間族は魔術が得意で獣人は魔術が不得意な傾向が強い。だが、それとマギーが魔道具無しで魔力を扱えないって話は別に繋がない。とりあえずやってみようか。」

  「やってみようかと言われても、どうやればいいか……。」

  「あぁそうか。じゃあまず、これをみてくれ。ファイア。」

  ファイアと言うと本当に火が拳を纏う。

  熱くはない。

  ただ手から火が出てるなぁ程度だ。

  もちろん初めて魔術を使ったときには感動をしたが、今では虚無。

  街を破壊できる魔術を使っても大して動揺しないだろう。

  「本当に。本当に魔道具を使っていないのか?」

  「本当に使ってない。信じられないなら裸になってやってみようか?」

  「そこまでしなくてもいい、信じよう。」

  反応が楽しすぎてついセクハラをしてしまった。

  「この魔術で作った火。これはどうやって発生したと思う?」

  「体に備わっている魔道具と同じ作用を持つ何かを中継機として外に漂っている魔力と体の中の魔力が反応して火が出た。違うか?」

  「半分正解だ。体の外と中の魔力が作用するのは正しい。だが、中継機については間違いだ。俺等の体の中に中継機の働きをするものなんか存在しない。イメージとしての話として中継機ってワードを出したのだろうがその考えも駄目だ。その考えだとひとつ魔術で中継機使ってる間は他の魔術は使えないなんて考えになってしまう。」

  魔道具を使わずに魔術を使うという課題に対してだけであるならこの中継機イメージは悪くなかっただろう。

  だが、マギーの目的は魔道具なしに魔術を使うことではなく、強くなること。

  今は良くても将来的に苦労する。

  とはいえ、中継機という固定概念が既にあるうちにそれをさせると大分牛歩だ。

  「魔術とは外の魔力に中の魔術を使って変換する術。手足の神経を使って動かすように、体の中の魔力を使って外の魔力を動かす。と、そう言っても最初から新たな概念で初めてやることをやらせるのは酷だろうから、今回は中継機があるイメージで良い。後に矯正する。」

  「難しい話で全貌は理解できていないかもしれないが、私なりには理解した。それで私は、どうしたらいいんだ?」

  「まず、魔道具なしのイメージ作りからかな。今日はこれを使ってやろうと思う。」

  「なんだそのゴツい腕輪みたいな魔道具は。」

  「これは魔道具としての機能があまり優れていない腕輪型魔道具だ。イメージは補助輪だな。自転車の補助輪って右と左の両方に付けるだろ?その片方だけ外したのがこの魔道具と思ってくれたら良い。とりあえず付けてみてくれ。」

  太くて大きくて重い腕輪を付けて、試しに魔術を使ってみようとするが上手く発動しない。

  その苦戦する姿は召喚されてすぐの魔術覚えたてな自分と重なるところがあった。

  「重いな。これを付けて戦うのは想像できそうにない。」

  「そりゃあ現代人のマギーからしたらそうだろうな。この魔道具は今の軽い腕輪型の魔道具が開発されるずっと前のものだから重くて質が悪い。魔道具を使わない魔術の練習にはぴったりだ。」

  嘘だ。

  実はこの魔道具は俺が土魔術で作った腕輪で、魔道具としての効果がない重い腕輪だ。

  だが、あるとないとでは違う。

  プラシーボ効果と一緒だ。

  きっとこれを付けてるせいで彼女は中継機をイメージして魔術を使用してしまうのだろうが、今はそれでいい。

  ネタばらしするときに中継機なんてないとわかればそれでいい。

  「よくそんな骨董品持ってるな。さすが聖職者の息子って訳か?もしかして師匠が魔道具無しで魔術を使用できるのは、太古の歴史書かなにかを読んでたからなのか?」

  「そんなところだ。よし、始めよう。」

  マギーが重い腕輪型の魔道具を模しただけの腕輪を胸の前まで上げ、構える。

  深呼吸をし、体内の魔力を感じれるよう集中する。

  このままでは発動するのに半年は掛かりそうなので、少しいたずらをしてやることにした。

  「お!光ったぞ!見てくれ師匠!光った、光ったぞ!」

  「おお見た見た、すごいじゃないか。」

  実は俺が極小のファイアをマギーに使っただけなのだが、マギーを騙すことで希望を与えておく。

  希望は大事だ。

  特に不可能なことに挑む時は特に大事で、あるとないとでは大違いなのだ。

  子供が補助輪を両サイド外したまま初めて乗る時、親が後ろから支えてるといいつつ、実際は支えてなく、子供は親の嘘を信じたまま走り、成功する。

  それの逆バージョンだ。

  「もう一度いけそうか?」

  「頑張る。」

  目をつぶり、さっきの感覚を思い出そうとしているのだろう。

  思い出そうとしても俺が魔術を発動してマギーに勘違いさせたのだから無駄ではあるがそれは言わないでおく。

  「落ち着いて、深呼吸して。詠唱するんだ。炎を纏え、ファイア。」

  「炎を纏え、ファイア。お!出た!出たぞ!やったぞ!」

  「おめでとう。これが魔道具を使わない魔術の感覚だからな。ちなみに最初のは俺がマギーの手を光らせただけだからそれは違うからな。」

  「わかった、最初のは師匠が光らせただけだから忘れておく。……ん?なんだって?」

  「次はファイアの大きさを大きくしてみようか。」

  「ちょっと待ってくれ、もしかして初めて魔術を使えたあれはお前が騙しただけだったのか?じゃあ二回目のが実は初めてだったのか?答えてくれよ師匠。」

  「ついでに言うとその今つけてる腕輪はただの石と鉄の塊。だからもう外していいぞ。」

  「えっ、ちょっと待ってくれ。こいつは教会から取ってきた古い魔道具じゃないのか?じゃあこいつをなんで付けさせたんだ?私は師匠に騙されていたのか?答えてくれよ師匠!師匠!?師匠!?」

  ・◆・◆・◆・

  「確かに師匠の修行のお陰で私は魔道具なしに魔術を使えるようになった。それに関しては感謝している。だがその、教え方が少し酷くないか?弟子を騙して教えるやり方は亀裂を生むと思うぞ?」

  「確かにマギーの言う通り褒められたやり方ではないが、でもできるようになっただろ?なら良いじゃないか。ほら、ゴールディア家の家訓の勝てばよかろうと同じだよ。結果的にできるようになったんだから良いじゃないか。」

  「良くない!極めて良くない!すごく不快だ。それに勝てばよかろうとは卑怯でも情けなくても、泥臭くても勝てるのなら実行すべきだと言う獣人騎士としての勝利に対する誇りを示した有り難いお言葉でなぁ。」

  マギーが何か言っているが、話が長くなりそうなので話半分で聞くことにする。

  レンタルスペースでの1時間半でマギーは魔道具を使うのと同程度の威力を持つファイアを発動出来るようになった。

  正直ここまで行くのにあと10時間は必要だと思っていたので、きっと彼女は魔術の才能がかなりあるのだろう。

  もしくは単に要領が良いのかもしれない。羨ましい限りだ。

  ちなみに俺は魔術を初めて使えるようになるまで2週間かかった。

  まともに普通の威力で魔術を使えるようになるのには一ヶ月。

  中級魔術は半年。

  魔術の教師いわく人間族にしては凄く習得スピードが遅いらしい。

  要は才能が無かったのだ。

  「マギーんちの家訓を馬鹿にして悪かったよ。次から気をつける。」

  「別に馬鹿にはしてなかったと思うのだが、わかったなら良し。この後の話なのだけど、私としては家で自主練をしたいのだが何をすればいい?次のステップを教えてくれ。」

  「次は火と風以外の魔術も使えるようになることだな。」

  「獣人は火と風以外の属性は使えないと記憶しているのだが、それも魔道具の話と同様に違うのか?」

  「違うというか、正しくないな。獣人は火と風以外の魔術は使えないのが今の常識。だが実際は使えないのではなく、苦手なだけ。苦手であろうと使えはするんだ。魔道具を使わない前提ならな。」

  「その言い方だと魔術具のせいで適正の薄い属性が魔道具のせいで更に適正が薄くなって使えなくなっている事になるが、その認識で間違いないか?」

  「間違いない。その認識が正解だ。」

  「だとしたら、魔道具とは一体何なんだ?何故足枷でしかない魔道具が世界の常識になっている?」

  「少し苦手属性の話から脱線した疑問だが、良い質問だ。その答えを一言で言うなら、偽物の腕輪型魔道具のとき話したように魔道具とは補助輪だからだ。」

  魔道具の存在理由については誰よりも俺が詳しいはず。

  何故なら、魔道具の開発者は俺だから。

  「本来魔道具とは魔術を上手く使えない、または魔術に関する教育を受けていない者に魔術を使わせるための補助輪。魔術師の数合わせを作る為の物だったんだ。」

  「魔道具の起源は魔王軍との最終決戦前だと聞いていたが、もしかして魔術を使える兵を増やすために開発されたのか?」

  「鋭いな。その通りだ。魔道具とは魔術師の数合わせとなる人間を作る為の道具だった。つまり、その場しのぎだ。決して魔術の教育を受けている者に使わせる者ではない。」

  遡ること10万年前。

  魔王軍との最終決戦に備えて一般兵の兵力を底上げする者を開発しようとしていた。

  魔王軍の主戦力である魔族の兵は必ずと言っていいほど魔術に精通している。

  しかし、こちら人間族の群体には魔術に精通している者が少ない。

  戦況を大きく変えることの出来る大魔術を扱える者はいたが、その大魔術はバカスカ打てるような者ではないので、それだけでは不十分。

  一般兵も魔術を使えるようにしておきたかった。

  しかし短時間で魔術を使えない一般兵を使えるように教育するのは不可能だ。

  そこで生み出されたのが魔道具。

  魔石の魔術をサポートする性質から生み出された発明で、コストが低く作るのに容易。

  まさに画期的な兵器だった。

  だが、それだけ便利な道具なら魔王軍も使わない手はない。コストが低く作りやすいと言うのは魔王軍からしても同様だった。

  しかし、いざ戦場に立ってみると魔王軍は魔道具を使ってこなかった。

  何故なのか。

  答えは、魔道具の特製にあった。

  魔道具は魔術初心者を経験者に上げてくれる大変便利なもの。

  だが、それは人間族にのみ。

  さらに言うなら人間族の初心者にのみ便利なものであった。

  魔道具は魔術を簡単に使用できるようにしてくれる。

  だが、自分の魔力を魔道具という補助輪に通す性質上、魔力消費が激しい。

  それは使用する魔力が多ければ多いほど消費が激しく、上級魔術となれば通常の2倍以上は消費される。

  さらに、魔道具は混じり気のある魔力を濾過してしまう。

  魔族とは光属性の魔術が使えない代わりに闇属性が混じった己の魔力により他の属性の魔術が闇属性と混ざり、より強力な魔術となる種族。

  例えばファイアだと闇属性が混ざり、より火力の強いファイアとなる。

  その魔族の持つ特異性のある魔力が濾過されてしまう。

  しかも、濾過される過程で魔力が消費されてしまうのだ。

  つまり魔道具は魔族からしたら足枷でしかない。

  そして魔道具は苦手な属性の魔術をさらに苦手にしてしまう特製もある。

  苦手な属性とは体内魔力と外に漂っている魔力との干渉の速さが遅かったり干渉し辛かったりする属性のこと。

  獣人だと火と風以外がそうだ。

  魔道具は無属性の魔石に自分の魔力を通すことで魔術の使用を手助けする道具。

  その魔力を通す過程で、苦手な属性を使うと魔力に魔力を通し切る頃には魔力が残っておらず、外の魔力に干渉しないのだ。

  つまり、魔道具はあまりにも人間族の初心者に都合が良く、他の者には都合が悪い。

  その知識が時代の流れで消えて変わってしまったのだろう。

  「師匠が私に魔道具なしで魔術を使わせたい理由がよくわかった。では話を戻すとして、どうしたら苦手な属性の魔術が使えるようになる?悪いが今回は騙されてなんてやれないぞ?」

  ちょっと頬を膨らませて軽く睨んで話す。

  少し可愛い仕草だが、残念ながら騙しはしない。

  何故ならこれはテクニックとかではないから。

  思い込みで習得できる術でもない。

  「いや、これに関しては頑張るしか方法がない。出来ないって概念は捨てて、ひたすら捻り出すんだ。さっきは魔道具なしで魔術を使うなんて現代の常識では考えられないことが出来たんだ。頑張ってくれ。」

  「投げやりではないか?もっとほら、その、指導を頂きたいと言うか。」

  「悪いがこれに関しては何も無い。頑張ってくれ。」

  土魔術で作った無駄にでかい腕輪型魔道具の模型を分解し、魔力に戻す。

  そして部屋に置いてあるペットボトルだとかを片付け始める。

  「本当に、もう終わりなのか?もう帰るのか?」

  「あぁ、もう帰る。自主練頑張れよ。まぁ、出来なくてもこれは仕方ないから気軽にやれよな。」

  マギーのことだからすぐ習得してしまうだろう。

  苦手な属性の発動方法のコツを聞きたいとさっきは言っていたが、そんなものは本当にない。

  まだ二足歩行で歩けない赤ちゃんに二足歩行のコツを教えるようなものだ。

  二足歩行にコツなんかない。

  苦労していくうちに身につくもの。

  それは苦手な属性でも同じ。

  勝手にコツを掴んで慣れるしかないのだ。

  ちなみに、レンタルスペースの料金はマギーに払ってもらった。

  何か金策を得なければならない。

  いち早くにだ。そう、強く思うのであった。

  

  [newpage]

  ★過去①

  夢を見た。

  時間軸で見たら今から10万年も前、体感にして10年ほど前の18歳。甘さだとか躊躇いだとかの日本人らしい感情がまだ残っていた少年の、勇者だと世間に認知される前の村田優希の夢だ。

  トラックに轢かれたことがトリガーになって異世界に召喚されてから1年が経ち、モンスターと呼ばれる凶暴な生き物を殺生することに慣れ始めたある日のこと。俺はいつも通り召喚された国の騎士団長をしているケイロンさんと稽古に勤しんでいた。

  「今日はここまでにしようか。ヒール掛けられるほどの魔力は残っているかい?」

  ケイロンさんは俺の師匠だ。年齢は恐らく20代中盤らへん。金髪に青い瞳と正統派金髪イケメンで、まさに白馬の王子様。しかも性格が良いと、完璧な男だ。もし自分が女なら間違いなく惚れている。

  「まだ残ってますんで大丈夫です。」

  「強がりなのは君の美徳だけど、無理は良くない。魔力欠乏症は明日に響くよ。ハイ・ヒール。」

  ハイ・ヒールとは傷と疲労度を回復させる回復魔術だ。踏まれると痛いSM御用達シューズのことではない。

  「君が召喚されて1年が経った訳だけど、この世界には慣れたかな?」

  「慣れてませんよ。この世界のパン硬すぎますって。」

  「そうかそうか。文句の第一声がパンの硬さなら心配は無さそうだね。」

  俺にハイ・ヒールを掛けながらニコリと笑う。

  今の俺の毎日は朝起きて魔術の勉強をして稽古をした後に寝る毎日。ご飯はあまり美味しくないけど、メイドさんは可愛いし皆なんだかんだ優しい。悪くない日常だ。ずっと魔王討伐なんか行かずにこのままだったら良いのにと思ってしまう。

  そんな充実した毎日のワンページ。ケイロンさんとの稽古終わりに談笑をし、夕日を見ながら硬いパンとスープと鶏肉を食べていた日のこと。俺のぬるま湯な生活を終わらせる音が耳を貫いた。

  その音の正体は国中の警報音。

  魔王軍の襲来である。

  即座に高価である魔力回復のポーションを飲み、鎧を着て城に向かい、指示に従って隊列に合流した。国王軍の指揮官はケイロンさん。王国軍の兵士は合計で12万。カタパルトなどの兵器が並び、まさに総力戦だ。

  まさに国の存亡をかけた総力戦なのだが、魔王軍が強すぎて段々と戦力が消耗されていく。士気が下がり、兵士が疲弊していく。明らかに勝てそうにない。逆転の策はなく、秘密兵器なんかもない。絶望的だ。

  後ろから声が聞こえた。

  「報告します!後ろから敵兵、数にして1万、七大軍将アスモデウスの軍勢です!」

  七大軍将アマデウスとは魔王を支えている七人いる幹部のうちのひとり。残虐にして残酷にして非情。破壊と拷問と強姦を趣味とする魔族で、とてつもなく強い。

  アマデウスの軍勢は国王軍の兵士をゴミみたいに薙ぎ払いながら国王軍の本陣に迫り、そして俺らの眼の前まで来た。ケイロンさんは自身に身体強化魔術などのあらゆる魔術を掛けて、身構えた。

  「オラの名はアマデウス。単刀直入に言う。降伏せよ。そうすれば命だけは、助けてやらんこともない。いややっぱ土下座である。土下座してオラの靴を舐めて裸踊りすりゃ、命は助けてやる。いや、いやいややっぱ戦場にいる女全部差し出せ。そうすれば指揮官連中は許してやろう。他は皆殺しである。」

  「提案感謝する。だが、生憎その提案には乗れないな。アマデウス。お前の首を頂こうか。」

  その風景は魔王に立ち向かう勇者のようで、俺なんかよりずっと勇者にふさわしかった。ただ見ているだけの俺と比べたら、ずっとふさわしかった。

  ケイロンさんが黄色い髪を揺らして駆け、剣を振る。それを巨体であるアマデウスが剣で受け止める。初撃を防がれたが、何度も斬りかかる。だがそれら全てを受け止め、アマデウスは余裕の笑みを浮かべる。

  実力差は歴然。だが、それでもなお彼には闘志があった。

  剣に魔術が掛かり、光り始める。それは光剣と呼ばれている光魔術で作った剣を実物の剣に被せたもの。実物の剣に光剣を被せることで切れ味を増させ、ゲームやアニメの主人公みたいな必殺技を放つことが可能になる。

  「ほぉう、それが王国の生きる宝剣とやらだな?となれば貴様は騎士団長ケイロンであるか。こりゃあ生首コレクションが栄えそうである。」

  ケイロンさんが何度も攻撃をするが、アマデウスに届きはしない。

  「ところで、この国で勇者の召喚に成功をしたと聞いたのであるが、勇者とやらはどいつか?まさか、お前の隣りにいた若い雑魚ではあるまいな。勇者とは人類の切り札。魔王様と対になる者があんな雑魚とは思えんよ。」

  「勇者なら今頃魔王城の前なんじゃないかな?なんせ勇者様は魔王討伐の旅の道中。もし潜伏していたとしても、こんな辺鄙な国に滞在しているとは到底思えないね。」

  剣を交えながらの探り合い。きっとこの戦に負けた時、即ちケイロンさんが負けた時の保険だろう。

  「ほぉう。この国に勇者はいないって訳であるか。なら仕方ない。諦めて皆殺し、……いや、違うなぁ。普通の将なるであろうが、残念ながらオラは七大軍将アスモデウス。貴様の嘘は完璧であるが、貴様の剣は嘘が付けんよ。若干の剣のブレ。この国にはやはり勇者がいるのだなぁ?」

  アマデウスは気持ち悪いニヤケ面を浮かべ、ぎゃろぎょろとあたりを見回す。

  「なるほどなるほど、わかったぞぉー。貴様の隣にいた雑魚が勇者だな?いやぁ良かった。育つ前に芽を摘めたのは大変幸運。しかも芽を摘むのはこのオラ!なんて運がいいんーーーーーだっ。こりゃあオラの日頃の行いが良いから。神に感謝しなくてはなぁ。」

  「お前が神を語るな、下衆が。」

  「下衆?オラが下衆ぅぅうううう?何を言うのだ貴様は。オラはただ真っ当に、本能のままに、欲望のままに弱肉強食をしているだけであるよ。それを下衆だなんて。貴様はオラの生きる喜びを否定するのかぁ?信仰深きこのオラを。」

  話をするだけ無駄で、ただ情報をこちらが出してしまうだけだと判断しケイロンさんは剣を構え直す。次、アマデウスと剣を交えたら最後。決着が決まるだろう。この戦の勝敗が次の1戦で決まり、この国の未来が変わる。

  ケイロンさんが地面を蹴り剣を掘りながら突っ込む。光剣を纏った剣が軌道を描きながらアマデウスを襲う。しかしそれをアマデウスが避け、にやりと笑い剣を振るうが、ケイロンさんが加速魔術と衝撃魔術を使い体を立て直して攻撃を剣で受ける。

  なんとか攻撃を防いだが、次々と襲ってくるアマデウスの剣戟にケイロンさんの体力が消耗されていく。長時間の戦闘は不利。それをケイロンさん自身も重々承知している。ケイロンさんは勝負に出た。

  光剣を纏った剣に、さらに衝撃魔術を一瞬で掛ける。無詠唱、一瞬の発動時間、すでに光剣を被せてある剣に魔術を付与、さらにそれを相手に気付かれないようにする。無茶に無茶を重ねた衝撃魔術の付与は相当の魔力コストだろう。つまり、この策が通用しないのであれば、次はない。もし防がれたらその時は負けだ。

  ケイロンさんの剣がまた、アマデウスの脇腹に迫る。当然のようにアマデウスの剣に防がれるが、今回はただの光剣を纏われただけの剣ではない。ケイロンさんの剣に掛けた衝撃魔術が効果を発動し、アマデウスの剣が弾かれて手から離れる。アマデウスの剣が宙を舞った。

  絶好のチャンス。この機を逃すまいとケイロンさんが剣の柄を握る手を一層強める。そして、剣に纏わせていた光剣の光が一層綺羅びやかになり、剣から放たれる魔力が強まる。

  そして、剣を縦に構え、振り下ろす。

  「ホーリー・インフェルノ!」

  光剣のエネルギーが前に全放出され、それと同時に剣が持つ火の魔石が作用したケイロンさんのオリジナル魔術。そのあまりにも大きく迫力のある魔術は激しい光を発し、俺は眩しさに耐えられず目を瞑る。

  光が収まり目を開くと。思わず自分の目を疑った。

  ケイロンさんの魔術により抉れた地面。

  光剣が放たれたことで光を失った剣。

  そして、腹を太く長い腕で貫かれたケイロンさんの姿。

  残酷な現実が俺の瞳を移したのだった。

  

  [newpage]

  ★第七章 乗り越えること

  5月中盤。

  藤の花が顔を見せ、鬼狩りの長男を想い浮かべる季節の昼休み。

  俺は友人と教室で弁当を食べていた。

  何故学食を使わないのか。

  理由は単に金が無いからだ。

  「3年生が羨ましい。今頃きっと合宿であろう?一週間も合宿とは羨ましいでござる。」

  「紅白戦の猛特訓をするための合宿なんだろ?軍隊並のことやらされるらしいぞ。というか何時エルはござるキャラになったんだよ。」

  「俺はそれでも参加したいぜ。戦って戦って戦いまくれるんだろ?倒れるまで戦えるなら大歓迎だな。」

  戦うと言ってもただの模擬戦なのでスポーツに近いと思うのだが、それはわざわざ言わなくてもいいだろう。

  「倒れるまで、であるか。辰殿は経験あるのか?」

  「あるぞ。2時間くらい一対多数の稽古をした時は死にそうになったな。」

  俺は4時間くらい一人で多数のゴブリンと戦って、1万匹くらい倒したことがあるけどな、とはわざわざ言わない。

  水は刺さない。

  「某はないな。強いて言うならコミケ帰りの車内であろう。満員電車は強敵であった。」

  俺は戦争帰りの馬車でフラフラになりながら周りを警戒し、襲ってきたオーガを討伐したことがあるけどな、とはわざわざ言わない。

  水は刺さない。

  「優希殿はどうである?」

  「俺?俺はまぁ、ないな。流石辰だよ。」

  「武闘派な牧師の息子ならあると思ってたんだがなぁ。」

  「牧師は宗教活動がメインだからそんなに戦闘はしないよ。」

  今の牧師は、と心の中で付け加えつつカバンの中から弁当を取り出す。

  茶色くて楕円の形がしてあるシンプルな弁当箱。

  つまり手作りだ。

  「お前って最近ずっと教室で食うよな。前まで学食派じゃなかったっけ?」

  そう言いながら山のようにパンや弁当を取り出す。

  辰の胃袋と食欲は無限大らしく、俺と食堂で食べていた時は事前に沢山パンを食べていた。

  獣人は腹が空きやすいのだろう。

  「最近金欠なんだよ。だから手作り弁当。」

  「そうであったか。この頃パンひとつで昼飯を済ませる故心配であったのだよ。そうならそうと言ってくれたら某のおかずをあげたのに。」

  最近は食堂ではなく教室で食べている。

  それに合わせて辰とエルも教室で食べてくれる。

  本当に良い奴だ。

  ゴムバンドを外し、弁当の蓋を開ける。

  「……ほぅ、これは間違いなく手作りであるな。誰が作った手作り弁当なのか聞かせて貰おうではないか。」

  「こりゃ、すげーな。」

  開けるとそこにはファンシーな世界が広がっていた。

  カニとタコの形をしたウィンナーに、斜め半分に切ってハート型にした卵焼き。

  唐揚げとほうれん草のバター炒めにうさぎ型のリンゴ。

  そしてデカデカと桜でんぶで作られたハートが白米の上に飾られていた。

  丁寧に海苔でダーリンと書かれてある。

  まるで新婚の愛妻弁当だ。

  「違うんだ、聞いてくれ。」

  「某はまだ何も言っていないぞ?誰が作った手作りかを聞いただけでござる。」

  「間違いなくアリサ先輩だろう。何時から付き合ってたんだ?」

  「付き合ってはいない。」

  桜でんぶが撒かれている白米の上部分をいち早く食べる。

  なるべく周りに見られないようにする為の判断だ。

  甘い味が口の中に広がったのはきっと桜でんぶの甘さと愛情の甘さだろう。

  隠し味でよく使われる愛情と呼ばれる調味料はどうやら甘いらしい。

  「付き合っていない。となれば、告白されて振ったのであるか?なんともったいない。」

  「告白されてはいないよ。」

  「なら何故告白しない?あれは明らかな好意だろう。人種を気にしてる訳でもあるまいに何故。容姿よし評判よしの女がアタックしてくるのだから攻めねば男の恥だ。」

  「脈アリなのは俺でもわかってるんだが、如何せん彼氏彼女とかは苦手でな。ちょっと、昔色々あって。」

  俺は女運が悪く、女に騙されやすく、すぐ好きになってしまう。

  勇者という身分はモテる。

  だから自然と女が寄ってくるわけだが、その寄ってくる女は光に集まる蛾みたいな女だ。

  俺を利用する気満々の女。

  つまり勇者に好意を出しているだけで俺には興味が無いのだ。

  その集まってきた、数々の女に騙されまくったせいで今ではちょっとした女性不信。

  女性と友達にはなれるが恋人には踏み込めないチキンくんの完成だ。

  「つまり恋人作るのはダルいからセフレが良いと。優希殿はとんだヤリチンであるなぁ。」

  「最低だな俺!エルの中の俺はどうなってるんだよ。」

  エルの中の俺はクズでバカなとんだゴミ野郎らしい。

  きっと将来の夢は大女優のヒモなのだろう。

  エルの脳内の俺は絶賛ダメ人間選手権のジュニアチャンピオンロードを爆走中だ。

  何故俺がアリサ先輩から弁当を作ってもらったか。

  昨日の生徒会室での事務作業がきっかけだ。

  紅白戦に関する書類の作成で昼休みに昼飯を食べながらパソコンをいじっていたのだが、そのパン一個で昼飯を済ませる俺を見てアリサ先輩はひもじそうに思い、作ってくれたのだ。

  つまり、ひとつ上の女の子に同情されて弁当を作って貰い、今食べているのである。なんて情けないんだ。

  その情けない俺が食べているこの弁当なのだが、凄く美味しい。

  久しぶりにマトモな普通のご飯を食べているからもあるが、シンプルに料理として美味しい。

  優しい味付けなのに、ちゃんと味がある。

  塩味だとかコンソメ味だとかではない、複雑だがわかりやすい味をしている。

  要するに、美味い。

  アリサ先輩の親は料理人なのかもしれない。

  「そういや紅白戦ってお前出るのか?」

  「俺は出ないよ。声掛けられてないからな。」

  「魔術研究部の一件から実力を認められて紅白戦出場ってルートで優希殿も出るかと思っておったのだが、それは残念であるな。」

  紅白戦は3年生がメインのイベントだが、1年生と2年生にも参加枠がある。

  1年生と2年生の中から選抜し、一部の競技に参加するのだ。

  俺の知り合いだとアリサ先輩とマギーが選ばれている。

  ジェヘラは声をかけられてはないらしい。

  チームワークが取れないと判断されたのだろう。

  正しい選択だ。

  「枠が少ないから仕方ないな。当日は選手じゃなくてスタッフとして参加予定だよ。」

  「じゃあ俺らとは試合見れない訳だ。」

  「いや普通に見れる。シフト組んで担当の時間になったら抜ける形だ。ずっといれなくて、悪いな。」

  「俺はお前の彼女か、気色悪い。」

  辰がわかりやすく嫌そうな顔をする。

  紅白戦での生徒会の役割は割り当てと雑用だ。

  生徒会長が選手を選抜し、生徒会役員がそれをサポートする形。

  サポートと言っても内容は雑用である。

  観戦するだけの一般生徒と違い、生徒会役員はある意味参加していると言えるだろう。

  「確か次の授業って数学だよな?なら自習か。」

  「エルディア先生は合宿の教官であるからな。今週は自習祭りで最高でござるよ。」

  入学してから今までの1ヶ月半で2人についてはだいぶわかってきた。

  まずはエル。

  誕生日は2月22日で身長は177センチ。

  好きな食べ物はかぼちゃで嫌いな食べ物は酢豚のパイナップル。

  時代劇や三国志みたいな歴史物が好きだ。

  記憶力がとても良い。

  得意な魔術は風で、時代遅れな弓矢を武器とする。

  目がとてもよくマサイ族くらいの視力を持つ。

  実力としては一般生徒を基準として上の中くらい。

  体力はあまりない。

  性格はオタク気質で童貞臭いが良い奴だ。

  悪口は多少言うが内容は湿っぽくない。

  俺に対する僻みをたまに言う程度だ。

  次に辰。

  誕生日は4月4日。

  身長は185センチで大柄。

  好きな食べ物は肉で嫌いな食べ物はピーマン。

  動くこと、特に戦いに関することがとても好きだ。

  放課後付き合わされたりする。

  得意魔術は風だが、無属性をよく使う。

  大剣やハンマー、ナックルなどの腕力がものをいう武器を得意とする一撃が重い重量級タイプの戦闘スタイルだが、重量級タイプのテンプレあるあるのスピードが遅いわけでもない。

  自慢の脚力で一気に間合いを詰めて戦うスタイルをよく使う。

  性格は単純。

  喜怒哀楽がわかりやすく、カラッとした性格をしている。

  正義感が強く真面目ではあるが、ちゃんと気を抜いたり怠けたりもする。

  ふたりとも癖が強く個性的だが、良い奴だ。

  「今年はないだろうが、来年はエルと辰が参加しそうだな。2人とも強いし。」

  「俺が出たら負け無しだ、任せてくれ。と、言いたいところだが来年はユグだろうな。俺にはわかる。アイツは化け物だ。」

  「ゴールディア殿もいるから某も厳しいでござるよ。」

  「まぁ、マギーは頑張ってるしジェヘラは別枠だからな。」

  「……ふたりとも名前呼び。優希殿は随分と女の子と仲良いのであるな。」

  気のせいだ、きっと。

  「俺がなんかしらのチームリーダーだったら辰は欲しいな。強者を見つけられるレーダーみたいなことが出来るんだろ?」

  「そこまで正確では無いがな。」

  「ちなみにだが、今の校内なら何人くらい強者レーダーはヒットしそうなんだ?」

  「そうだなぁ。とりあえずこの建物内に何人か。外には2人だな。」

  「へー、誰だとかもわかったりするのか?」

  「建物内であればアリサ先輩にゴールディア、ユグだな。あとは俺の知らない奴だ。外だと、なんか知っているオーラだな。誰だか思い出せん。確か、うーん。多分うちの生徒であろう。」

  なんだそのムズ痒い返答は。

  そう思った矢先、爆発音が聞こえた。

  爆竹みたいな小さい音ではなく、建物が破壊されてそうな程の爆発音だ。

  「外にいる強いオーラの人間が何処にいるか教えてくれないか?」

  「俺から見て右の、遠くだな。資料館がある方であろう。爆破とは別方向だ。」

  爆発は体内の魔力反応を考えるに職員会館。

  狙いは防御装置だろう。

  防御装置は爆発や魔力を感じると職員会館の全ての窓にシャッターが降り、建物全体に強化魔法が掛かる仕組み。

  邪神の核の破片を狙う者との籠城戦を想定して理事長が付けたのだろうが、それを利用されたのだ。

  今は生徒も教員も昼休み。

  職員会館は教員を閉じ込める檻となってしまった。

  「ジェヘラ、聞こえるか!生徒全員を守ってくれ。」

  念話魔術でジェヘラに会話を試みる。

  「随分と無茶を言う。だが可能であるぞ。召喚獣を全生徒の影に付ける。それで良いか?」

  「あぁ、頼む。」

  次にスマホで110番を掛ける。

  しかし繋がらず。

  きっと校内を守る結界が作用し電波を遮断しているのだろう。

  この学校の防衛装置全てが悪い方に働いている。

  アリサ先輩に電話をかけると、すぐに繋がった。

  どうやら校内なら連絡が取れるらしい。

  「アリサ先輩、聞こえますか?」

  「聞こえるよ優希くん。それで、アタシはどうすればいいかな?」

  「それを決めるのは教員か生徒会長代理のアリサ先輩です。まぁそうは言っても状況が状況ですので今回は俺がサポートします。まず状況説明から。」

  辰から貰った犯人の位置情報と自分の考察を脳内で照らし合わせる。

  「今から1分半前に爆破を確認。場所は音の方角と辰の第六感から職員会館と断定。つまり教員は職員会館に閉じ込められています。犯人は資料館に移動中。どうしますか?」

  「一部生徒の護衛につかせて生徒会と風紀委員で向かおっか。生徒はこのまま待機で、近くにいる教員にも声を掛けて参戦して貰えないか打診って所かな?資料館には危険物が沢山ある。それを取られちゃ黙って待機しているよりずっと危険度が上がると私は思うの。だからこちらから攻める。優希くんは何か案ある?」

  「アリサ先輩と同じプランで考えていました。ここには風紀委員の一部とジェヘラを残すのはどうですか?」

  「それで行こっか。戦えそうな1年集めて玄関まで来てくれる?私も集めていくから。」

  「了解。」

  電話を切り、次にマギーへ電話を掛ける。

  「聞こえるか?優希だ。」

  「あぁ師匠。さっき爆発音が聞こえたが、どうなっている?」

  「現在侵入者からの攻撃を受けている。細部は不明だ。Sクラスの中で戦える奴を知らないか?魔術の授業が得意って意味ではなくて、実践で使えそうな奴だ。」

  「いないな。全員対人経験どころかダンジョンすら潜った事がなさそうだ。もしかしたら隠れた実力者がいるのかもしれないが。どうする?周りに聞いてみるか?」

  「それはやめておこう。プライドだけ高い奴が来てもただの足手まといだ。玄関に来てくれないか?ついでに教員を見つけたら声を掛けておいてくれ。何か言われたら生徒会の名を出して良い。」

  「了解した。」

  電話を切り、一呼吸する。

  表向きの敵の目的はきっと資料館にあるアーティファクトだろう。

  実際の目的はわからないが、今は表向きの目的に付き合うしか無い。

  それに、もしかしたら単にアーティファクトが欲しかっただけかもしれない。

  アーティファクトは太古の遺物。

  一個一千万円はくだらない物なのだから学校を襲う理由には十分だろう。

  「エル、辰。来てくれ。協力してほしい。」

  「もちろんである!」

  「おうよ!」

  俺等三人で教室を出て玄関に向かう。

  途中念話魔術でジェヘラに集合場所を伝え、敵がいないか散策した。

  校舎内には潜伏している敵はいなかったので、ほとんどの戦力を資料館に割いたのだろう。

  それか別の策があるかだ。

  「おまたせしました。」

  「私達も今ついたところ。とりあえず、現状を教えてくれる?」

  「はい。現在犯人は複数名で資料館に潜入中。目的は恐らくアーティファクト。辰曰く二人ほど実力者がいるとのことです。その情報源が彼です。」

  「一年D組、東田辰です。強者の一人は不明ですが、もう一人は帝都高の生徒。名前はわからんです。」

  「うん、了解。何故それがわかるのかは聞かないでおくとして。割当を説明します。まず資料館に行くのは私と優希くん、マギーちゃんとルイビルくん。待機して生徒を護衛して貰うのはユグちゃんと東田くん、風紀委員の皆さん。何か質問や意見はありますか?」

  風紀委員もいるから敬語で聞いているが、目線は俺に向いている。

  つまり、俺に了承を得ようとしている。

  「いや、アリサさんは待機でお願いします。ジェヘラには一人で動いて貰いたいことがあります。」

  「えっと、なんで私が待機か聞いていいかな?」

  まるで捨て犬みたいな目をする。

  きっと彼女は不安なのだろう。

  魔術研究会の一件から彼女は俺に依存しているところがある。

  あの日以来、不安になったり、決断したりしなくてはならない時は必ず俺にアドバイスを求めてくるようになった。

  普段一緒に御飯を食べている時や、遊びに出かけている時はなにもない。

  だが生徒会の仕事や今みたいな緊張感走る時は俺に縋るように頼るようになってしまった。

  「もし俺に何かあった時の保険と指揮官役です。お願いできますか?」

  本当は俺が決めて良いことではないが、状況が状況なだけに仕方ない。

  「わかった。生徒は任せて。」

  作り笑いを浮かべて強がる。

  申し訳ないが今のアリサ先輩を戦場には連れて行けない。

  ・◆・◆・◆・

  俺はマギーとエルを連れて資料館の見える位置まで来た。

  正直、二人を連れて行くより俺一人で言ったほうが効率は良い。

  だが、相手がどんな人間なのかわからないため人手はあったほういい。

  それに一人で行くと言ったらジェヘラ以外誰も許可してくれなそうだ。

  今後のために戦闘経験を積ませたいのもある。

  「マギーは前衛、エルは後方援護で俺は柔軟に対応する。それでいいか?」

  「あぁ、それでいい。」

  「任せるでござる。」

  「わかった。……これから聞く質問に対して正直に答えてほしいのだが、エルとマギーは人を殺したことがあるか?」

  息を呑んでしまう話だ。

  人を人が殺す。

  同族を殺害するというのは本来人間に備わってない機能。

  それなのにも関わらず心を殺して人を殺めてしまうと、人は狂ってしまう。

  自分が殺してしまった事による罪悪感で潰れてしまったり、逆に快楽を覚えてしまったりする。

  だから、なるべく罪悪感の沸かない生き物で人殺しの練習をするのだ。

  最初は犬のモンスター。

  次はワーウルフで、その次はゴブリン、オーク、盗賊、罪人、捕虜、そして戦場の敵兵士。

  そうやって慣らして人を殺せるように育てるのだ。

  だが、そんな時間はない。

  だから事前に聞いて覚悟させておく。

  「俺はある。男も女もあるし、子供もある。俺は人を殺した経験がある。だから絶対に引かない。ふたりはどうだ?人を殺したことがあるか?」

  まずは自己開示。

  自分に人殺しの経験があることを開示することにより、言いやすくするのだ。

  自己開示の内容が想定されていたものだからか、あまり驚いている様子はない。

  「私は……、私もある。母国の死刑囚を数回な。戦場ではない。死刑囚とやりあったことはあるが、軍人とかテロリストとかとやりあった経験はない。」

  「某はない。時代劇で人を殺すシーンを見たぐらいである。」

  「わかった。答えてくれてありがとう。ここまで来て聞く話じゃないんだが、これから俺等は人を殺しに行く。なるべく殺さずにいくが、不殺は不可能だろう。それでも来るか?」

  少しばかりの沈黙が走る。

  それもそのはず。

  人を殺しに行きますなんて言葉に普通は笑顔で二文字返事は出来ない。

  ましては高校生だ。

  ようやく社会の一般常識を理解し始めてきたぐらいの年の子供が人殺しなんて、荷が重いのだ。

  「正直気が引ける。怖いとも。だが、今から行く道は師匠も進んできた道なのだろう?なら、私も行くさ。例えその先が地獄であろうともな。」

  そう強がっているマギーの目は覚悟が決まっていた。

  彼女からの尊敬は少しこそばゆい感じがするが、悪くない気分だ。

  決して、彼女の瞳を曇らせてはいけない。

  そう強く思った。

  「今更引き返すにいかんであろう。それに友人の優希殿が戦うのだから、某が行かぬ道理はない。足手まといにならぬよう、努力する。」

  後ろ向きな発言ではあるが、俺を思って上での発言だ。

  嘘をついていることへの申し訳なさを感じる。

  自分が勇者であり、十万年前の人間であることを友人に隠すことに罪悪感を覚える。

  いつか打ち明けたいと思った。

  そのいつかが来るのかはわからないが。

  「俺に付き合ってくれてありがとう。よし!じゃあ行くか。テロリストに痛い目見せてやろうぜ!」

  二人を鼓舞し、資料館に向かうのであった。

  ・◆・◆・◆・

  警戒しながら走り、作戦を話したりなんかしながら資料館の入口近くの塀まで来た。

  塀に隠れて敵からの狙撃に警戒しつつ、息を整える。

  風紀委員が持ってきた無線機を耳につけて、送受信の確認をした。

  「突っ込む前に情報を整理しようか。テロリストの人数は不明。辰曰く実力者がふたり。そいつがどんな魔術を使ってくるかも不明だ。資料館にあるアーティファクトで特に注意すべきなのは3つ。魔術の使用効率を上げてくれる腕輪と、誘導弾を撃てる銃。そして動物を操る闇魔術が使えるようになるペンダントだ。ペンダントについては闇魔術の耐性を上げる防御魔術を皆に掛けてあるから大丈夫だ。もしかしたら情報にないアーティファクトを持ってるかもしれない。事前情報は事前情報でしかないと覚えておけ。」

  「操られている人間が歯向かってきたらどうすればいい?」

  「他の敵と同様に対処してくれ。自分の身が第一だ。」

  「職員とか生徒が中にいたらどうすればよいであるか?」

  「魔術で拘束だな。今ここにいる三人以外は信用するな。」

  相手はあらゆる卑怯な手を使ってくるだろう。

  学校職員の制服を着て近寄るくらいは普通にしてくるはずだ。

  「初めての殺しを想定した対人戦だ。体調悪くなったらいつでも言ってくれ。……準備は良いか?」

  ふたりが頷く。

  覚悟が決まったみたいだ。

  「動きを合わせて、3、2、1で行くぞ。・・・・・・3、2、1、GO! 」

  資料館の入口に向かって駆け、火炎魔術のファイアーボールを放つ。

  ただのファイアーボールではなく、爆発性のあるファイアーボール。

  なので当たると爆発する。

  ファイアーボールが資料館の扉に当たり、戸が吹き飛んだ。

  「エル!」

  「了解した!」

  エルが黒い棒を弓に変形させて弓形魔道具を起動させる。

  そして魔力を矢の形にして放つ。

  放った矢は資料館の入口から見える壁に刺さり、煙を吹き上げた。

  要は煙幕だ。

  煙幕により視界が不鮮明になったので中に侵入し、敵の居場所を見つける探知魔術のサーチを使ってから受付カウンターに隠れる。

  「右奥の柱に二人。左壁に三人だ。マギーとエルは右のふたり。俺は左をやる。いけるか。」

  「いけるとも。だが、師匠はひとりで三人を相手に出来るのか?」

  「あぁ、いける。心配するな。じゃ、俺が飛び出したら続けて出てくれ。3、2、1、GO。」

  カウンターを跨いで出る。

  すると柱にいた二人が実弾銃を俺に連射させてきた。

  この世界でも実弾銃は強い。

  魔術を使わずに生き物を殺せる武器と言うのは魔術のあるこの世界においても重宝される。

  なら何故魔術が今もなお戦術に組み込まれているのか。

  何故モンスターを狩るのに実弾銃を使わないのか。

  答えは単純。

  ある程度を超えた強者に対して銃は有効でないから。

  実弾に対して防御魔術で作った防壁を盾のようにして防ぎ、そのまま左壁に身体を向ける。

  俺は迷った。

  ここで眼の前にいる三人のテロリストを殺すのは簡単だ。

  だが、殺してしまったことにより二人の心情がどうなるかは予想できない。

  特にエルに関しては人が死んだ恐怖でもう二度と戦えない精神性になってしまうかもしれない。

  やはり、柱の二人を相手させるのは不味かったか?と不安になる。

  とりあえずナイフと短機関銃を構えた三人にスリープを掛けて眠らせておく。

  そして振り返ると、眉間が貫かれた人間と装備が焼かれて剣で真二つされた人間が倒れていた。

  「……殺しては、不味かったか?」

  「いや、問題ない。それよりエル、深呼吸をしろ。吸って、吐いて、吸って、吐いて。メンタルキツイだろ。マギーも深呼吸しろ。息が荒いぞ。」

  エルの手が震えていたため深呼吸をさせて落ち着かせると同時に考えさせないようにする。

  無理もない。

  はじめは皆そうなる。

  それが普通だ。

  マギーは平然を装っているが、動揺していた。

  無理をしているのだろう。

  「精神的な負荷がキツイだろ。最初は誰しもそうなる。俺も通った道だ。それに、俺らは共犯者だ。絶対のお互いを責めない。だから気にするな。あっ、悪い。俺もやるべきだな。」

  スリープで寝かせている敵の三人に光魔術の光弾を順番に撃ち、腹を貫いた。

  これで皆、人を殺している。

  目の前で俺が平然と人を殺したことに対しマギーは息を呑み、エルは鈴虫の一鳴き程度の声を上げた。

  「知っているだろうが、法律的にこれは何も問題はない。無抵抗なテロリストを魔術で殺害すること自体は違法だが、そんなのはどうとでもなる。まぁ最悪なんかあった時は、マギーの王族パワーでなんとかして貰うしかないな。」

  「……一気に不安になったぞ。」

  「格好が、悪いで、ござる。」

  俺の空気を和らげるための冗談に対し、二人は無理やりノリを合わせようと冗談に付き合ってくれた。

  マギーの表情は無理やり笑顔を作ろうとして失敗したかのような表情と鳴っており、エルは返事をするのに精一杯な少し青白い表情だ。

  マギーは死刑囚を何度か殺しているからか問題は無さそうだが、一方エルは心配だ。

  リタイアを視野に入れる必要があるだろう。

  「この部屋の奥に二人、二階に6人いる。なるべく早く上にいるテロリストに圧を掛けたい。奥の二人を頼みたいのだが、いけるか?」

  「任せてくれ。一つ聞きたいのだが、師匠は何故敵の居場所がわかる?東田の第六感みたいなものか?」

  「いや、これについては魔術だ。辰みたいに敵の強さはわからないが、敵の数とおおよその場所はわかる。レーダーに近いな。」

  「軍で使う魔力探知魔道具みたいなものか。」

  「そんな感じだな。話はここまでにして、ふたりともいけるか?」

  「あぁ、準備は出来ている。」

  「エル?無理してないか?」

  「大丈夫でござる。」

  一瞬、これ以上無理をさせないためにエルをスリープで寝かせてみようかと思ったがやめた。

  エルの覚悟を無下にする行為だからだ。

  「よし、じゃあ行こうか。ここから先は悪いが無理してもらうぞ。さっきと同じでカウントダウンして突撃する。……3、2、1、GO!」

  廊下出て走り、ドアを火炎魔術で吹き飛ばしてから先程と同じようにエルが煙幕を貼る。

  ドアはやはり吹き飛ばすに限る。

  一々開けていてはそれだけでリスクだ。

  「任せた!」

  マギーとエルに任せて階段を登る。

  サーチでわかってはいたがやはり二階の敵は全員一箇所に纏まっている。

  だが、流石に下のごたついた音で侵入を察知しただろう。

  何故最初の戦闘で駆けつけなかったかはわからないが、きっと自分たちが学生なんかに負けるとは思っていなかったのだろう。

  今この二階には味方がいない。

  つまり自分だけを守ればいい。

  自分に身体強化魔術や硬化魔術などバフをマトリョシカみたいに複数掛けし、備える。

  身体強化魔術などの自分の身体に関与させる魔術は身体に負担がかかるため複数がけは危険なのだが、俺は熟練の鍛えられた勇者だ。

  そのくらい何の支障がない。

  俺が魔術を使い終わるのを待っていたかのようにふたり廊下に出てきた。

  「タイミングがいいな。」

  「止まれ!何者だ!」

  「ここの生徒に決まってるだろう?それとも、帝都高の生徒が本校の資料館に来るのはそんなに不自然か?」

  「うるさい!この場は我々解放軍が占拠した!今すぐこの場を去らねばお前を殺すぞ。」

  「脅しなら無駄だ。優に脅しが通用する段階を俺等は超えている。」

  光剣を発動させ、手で握る。テロリストのうちの一人が防御魔術で盾を作り、もう一方が尖った石の塊を作って放つがその岩石を全て切り落としてそのまま盾ごとテロリストを斬る。

  「化物が!」

  そしてそのまま腕の向きを変えて岩石を撃ってきた方のテロリストも斬る。

  簡単な作業だ。

  人を斬るのは味噌汁を作るよりずっと簡単に出来る。

  本当はマギーやエルのように殺人に対して葛藤した方が良いのだろう。

  だが、もう出来ない。

  何万もの命を殺めてきた自分には、もうそんな感性なんぞ残っていないのだ。

  テロリストの言う通り、俺はもう化物なのかもしれない。

  「いや、防御魔術の盾をそのまま斬るのは確かに化物か。」

  廊下を進み、今斬った二人を除いた残りの4人がいるであろう部屋の前まで来る。

  魔術を使い、また扉を吹き飛ばして資料館2階の最奥にある部屋に入った。

  資料館2階の最奥にある部屋は様々な絵画が飾られており、ショーケースには綺羅びやかな魔道具が置かれてあった。

  そして部屋の右の壁には金庫室に繋がる丸い金庫扉があり、既に開いてしまっている。

  中にいた四人のうち一人はソファに座っており、もうひとりは金庫室の中。

  あとの二人の片方はこちらに腕輪型魔道具を付けた腕を向けて魔術はすぐに発動できるよう構えており、もうひとりは剣型の魔道具を握っていた。

  「魔道具を捨てろ。」

  ソファに座っている獣人で大柄の男がこちらを睨みながら言う。

  灰色を基準とした迷彩の作業服のズボンに黒い半袖。

  腕にはドクロの入れ墨がされており、とても一般人には見えない。

  腰ベルトにナイフや拳銃を付けており、腕には金色の腕輪型魔道具を付けている。

  尻尾と獣耳は黒と黄色だ。

  何も答えずにいると大柄の男は舌打ちをする。

  「やれ。」

  腕輪型魔道具を付けた腕を構えていたほうの人間が光弾を無詠唱で3つ後ろに作り、放つ。

  それを全て避けると次は剣が自分を襲ってきた。

  剣を全て光剣で受け流し、片手を離して光弾を放つが防御魔術で防がれる。

  派手な魔術を使って資料館自体をぶっ壊すわけにはいかないため、外壁や美品の損傷が少ない戦法で勝負するしかない。

  「我が刀身よ、弾き切れ。インパクトブレード。」

  インパクトブレードは相手の剣が自分の剣に触れた瞬間に衝撃を与え、相手の剣を吹き飛ばす魔術。主に犯人の無力化を目的に軍や警察が使う魔術だ。

  インパクトブレードを纏った剣が俺に向けて振り降ろされ、避ける。

  振り下ろした剣が振り上げられる

  また避け、光剣を構え直す。

  「バインド!押し潰せ、グラビティ!」

  俺の身体をバインドで固定し、重力を強くして動きを制限させる。

  剣が振り下ろされ、俺に迫ろうとするので光剣を当てた。

  「なっ!」

  しかし光剣が宙を舞うことなく。

  「光属性の攻撃魔術である光剣は物理現象ではない。地獄で勉強し直せ。」

  バインドとグラビティを身体に纏わせた魔力で解除し、足で床を蹴って剣を持っていた方の人間の喉を切り、頭部と身体を離す。

  そのまま魔術を使用し、仲間が死んだことにより思考が停止しているであろう腕輪型魔道具の方の人間を囲むように光弾を作り、蜂の巣にした。

  そしてそのまま金庫室にいる人間が見えたため、腕を向けて狙いを定めて光弾を撃ち、頭を貫く。

  「あんたナニモンだよ。こんな動ける高校生、おらぁ知らねぇ。」

  「世界は広い。俺みたいな高校生はいくらでもいるだろ。」

  「そうだな。だが、こうも殺生に躊躇いのねぇ奴はそうそういねぇ。ウチのだって多少は躊躇いがある。お前本当に高校生か?」

  「さぁな。本当はお前より年上かもしれないぞ。」

  「はっはっ、大和国はついに不老の薬を開発したのか。そりゃすげぇや。」

  「俺も一つ聞きたい。解放軍って何だ?」

  「俺は雇われの傭兵だから知らんが、どうやら人間族からの解放を目指す組織らしい。」

  「人間族からの解放とアーティファクトに何の関係性があるんだ?ただの大義名分にしか思えないが。」

  「ふっ、さぁ?雇われの俺には関係ない話だな。」

  「そうか。雇われならここから退散してほしいのだが。」

  「それは出来ねぇ相談だ。」

  「そうか、それは残念だ。」

  土魔術で剣を作り、光剣を被せる。

  そうすることにより光剣より強度が増し、重さを得ることが出来る。

  重さは威力に直結する。

  「名前を聞いていいか?」

  「ジェイドだ。」

  「ジェイドか。俺は優希だ。」

  「優希か。親がニンホア教だな?良い名だ。」

  「ありがとう、大切な名だ。」

  俺が日本から来たことを証明出来る、唯一の宝物だからな。

  「やっぱ敵と話すもんじゃないな。躊躇いが出る。でもまぁ仕方ない。やるか。」

  「おらぁ何時でも準備良いぞ?優希。」

  「俺もだ。何時でも始めてくれ。ジェイド。」

  光剣を乗せた剣を構える。

  仮装・聖剣エクスカリバーは使わない。

  何故なら現代魔術にない魔術だから。

  誰が見ているかわからない学校の敷地内で誰も知らない魔術を使うのはリスクだ。

  今は良くても今後に響く。

  ジェイドも腰ベルトに付けたホルダーから片手斧を取り出し、右手に握る。

  片手斧には装飾がされており、刃がデカイ。

  きっとアーティファクトだろう。

  左腕に通した腕輪も見るからにアーティファクト。

  きっと事前情報にあったものだろう。

  右手にも腕輪が見えたが、それもきっとアーティファクトだ。

  現代に作られた魔道具にしては派手な装飾がされており、剥き出しの魔石が見えたからそう判断した。

  ジェイドが身体強化魔術で強くした脚力を使い、一気に間合いを詰めて斧を振る。

  それを避けると次は左手に風魔術を纏わせて掌で殴り掛かる。

  掌に当たると吹き飛ぶタイプの風魔術。

  インパクトとは違い威力自体は弱いが、吹き飛ばす力は強い。

  相手の体勢を崩すことを目的とした魔術だ。

  斧を振り、また避ける。

  剣を当てて避けるよりも避けた方が負担が少ないのだが、その分体力を使う。

  斧を避けたことにより出来た隙に、糸を通すように剣を差し込む。

  すると土魔術で作られた壁が床から出現し防がれた。

  アーティファクトは現代に作られた魔道具と違い、魔力を濾過する機能も中継器としての機能もない。

  アーティファクトは単純な魔力の増幅器としての機能や、アーティファクトに備わっている魔術を発動する機能を持つメリットしかない物だ。

  つまり、魔道具だと火と風しか使えないとされている獣人でも、土魔術が使えるのだ。

  それを知っているジェイドが何者なのか気になるところではあるが、今はそれどころでは無い。

  土魔術で作った壁に剣が刺さった為引き抜くと、一瞬遅れて壁からトゲが生えて襲ってくる。

  魔術で作った土の壁を再利用するのは高等技術だ。

  それを獣人が使ってくるとは、ジェイドは相当腕が立つと言えよう。

  襲ってくるトゲを切り落とし、距離を取る。

  「これを避けるとはな。獣人が土魔術を使うなんて驚きだろう?」

  「あぁ驚いた。その技術は誰から習ったんだ?」

  「詳しいことは言えねぇが、解放軍の上層部とだけ言っておこう。」

  「その情報だけで十分だ。」

  斧を構えて上に振り、避けると次は上に振り上げた斧を両手で叩きつけるように振り下げた。

  振り下げた斧をまた避けると、斧は振り下げたまま床に刺さる。

  明らかな好機だ。攻めない手はない。

  そう思わされるが、俺の度重なる戦闘経験が足を竦ませる。

  これは罠だと警告を鳴らしている。

  その躊躇った一瞬の隙にジェイドは斧を手放し、斧を離した手を横に振り、それに合わせて引き寄せられるように斧が手元まで浮いて移動する。

  そして斧を再度握り、横に振る。

  横に振って俺の首元目掛けて向かってくる斧に対して剣を使って軌道を上に曲げる。

  そのまま振り下ろしてくる斧を自分の身体にインパクトを当てて後ろに下がることで避け、距離を取った。

  距離を取ったことで斧の間合いからは離れたがそれでも猛攻撃は止まらず、斧を投げながらファイアーボールを撃ってくる。

  投げた斧は壁に刺さる前に止まり、投げた手元に戻ってくる。

  斧を投げて、俺が避けての繰り返しだ。

  「地獄の猟犬よ、煉獄の業火で焼き尽くせ。インフェルノウルフ。」

  マグマが犬の形となって魂を吹き込まれたかのようなものが2匹現れる。

  そしてその2匹が俺に襲いかかろうと走る。

  2匹のうち1匹がジェイドが投げた斧に当たるが、構わず俺に向かってくる。

  インフェルノウルフは土魔術と火魔術と闇魔術の3つが混ざったかなり技量が必要な魔術。

  獣人は闇と土の属性が苦手なのではないとかとついジェイドに尋ねたくなってくる。

  インフェルノウルフが俺に噛み付こうとするのを、氷の壁を作って防ぐ。

  だがそれを斧で壊され、インフェルノウルフに溶かされる。

  インフェルノウルフは基本的に何でも溶かす。

  氷はもちろんの事、岩や鉄、剣も溶かし、魔力さえも灰にする。

  唯一の対処方法は魔術を切ることの出来るオリハルコンだけ。

  しかしオリハルコンは土魔術で作ることが出来ず、アーティファクトのような特殊な魔道具にしか使われていない。

  俺の聖剣エクスカリバーはオリハルコンで作られているが、ここで使うには仮装・聖剣エクスカリバー以上に危険だ。

  ならどうするか。

  この場にある唯一のオリハルコンで作られた魔道具を使うのみ。

  俺は氷の壁と土の壁を魔術で作る。

  当然その壁を斧が壊しに来る。

  その斧を掴んで、壁を溶かして襲ってきたインフェルノウルフに振るって2匹とも斬る。

  すると、インフェルノウルフを構成していた魔術が魔力となって消えた。

  手に持っていた斧をジェイドに向けて投げ、床を蹴ってジェイドに迫る。

  ジェイドは土魔術で壁を作り、斧を避ける隙を作る。

  斧が壁を壊す。

  その事により正面の視界が開けたが、そこには優希がいなかった。

  「……瞬間移動魔術か。」

  ジェイドに壁を作らせ、瞬間移動魔術で背後を取り、貫く。

  この予想の1歩先を行く戦法はモモ先生から習ったものであり、勇者時代に培った経験を元にした技術だ。

  ポイントは出し惜しみをすること。

  相手に瞬間移動魔術が使えると思わせないことだ。

  魔王討伐の旅終盤では俺の瞬間移動が有名になってしまっていたのだが、この時代の人間は誰も勇者の俺を知らない。

  今だから使える戦法である。

  瞬間移動魔術は現代でもある魔術。

  しかし使い手が少なく、難易度が高い。

  属性は光で、難易度は上級魔術を超えた最上級魔術。

  魔力を大量に使うくせに移動魔術なんて火力に繋がらない魔術であり、移動は視界の範囲のみというコスパの悪さから実用性はないとされている。

  「聞かせてくれ。ジェイドらの本当の目的はなんだ?」

  「さぁな。何も聞かされてない身としてひとつ教えられんのは、俺が陽動役ってこっだけだ。解放軍の奴らは俺にアーティファクトの回収を頼んだが、どうも怪しい。元学生の奴らに生徒を襲わせて不信感を煽る政治的な作戦にしては全てが雑だ。」

  「ちょっと待ってくれ。学生の奴らって何だ?」

  「ふっ、知らねぇのか。確か学校から処罰されたんだっけか?今頃校舎で暴れてるだろうよ。」

  「何故、校舎組から連絡が来ない……?」

  「そりゃあ、俺が妨害電波出してっからだろうな。なぁ、もう死んでいいか?息が辛ぇんだよ。」

  「あぁ、安らかに死んでくれ。重要なことを話してくれてありがとな。」

  「いんや良いんだ。俺もコイツの時間稼ぎになったからな。」

  そう言って脇腹を見せる。

  そこには赤い魔石のついた機械が脇腹に巻かれてあった。

  爆弾だ。

  「クソが!」

  爆弾が強烈な光を放ち、そして轟音を響かせて機械が爆発した。

  視界が爆発の光により白くなる。

  考えている暇はない。

  防御魔術を自分とマギー、エルに使うことで爆破を凌いだ。

  魔道具による爆破くらいなら遠隔で近くにいる人間を守ることが出来る。

  自分たちの身は防いだが、建物は全壊してしまい俺ら瓦礫の下だ。

  こうなるなら最初から火力を上げて戦えば良かった。

  絵画に少し気を使って戦っていたので損をした気分だ。

  「エル、マギー、大丈夫か?」

  浮遊魔術を使って瓦礫をどかして立ち上がる。

  マギーとエルの瓦礫を浮遊魔術でどかしてやると、2人が出てきた。

  特に出血箇所が見られなかった為、とりあえず一安心だ。

  「大丈夫だ。むしろピンピンしてる。」

  「ゴールディア殿は凄いでござる。バーサーカーであるよ。」

  戦闘によるアドレナリンの高揚感か最初の戦闘よりも明るい。

  だが、心身的ショックから守るためにあえてテンションを上げさせる効果が人間の脳にはある為、安直に軽視はできない。

  「大丈夫なら良かった。周りに敵は居なそうだから警戒を解いて良いぞ。無線機が繋がるか確認する。」

  耳に付けた無線機のボタンを押す。

  「テストー、こちら資料館前。繰り返す。テスト、こちら資料館前。応答願いたい。」

  「やっと繋がった!俺だ、辰だ。」

  「辰、そっちはどうだ?負傷者は?」

  「負傷者はなしだ。だが、魔術研究部の一件で退学になった奴らが来てる。それと、モンスターが校内をうろちょろしてるぞ。何処からか湧いてるみたいだ。脇場所はまだわかってねえ。おいそこ!右から来てるぞ!」

  「部長とその取り巻きか。誰が対応してる?」

  「北西先輩だ。」

  アリサ先輩は元魔術研究部部長の太秦龍我と相性がすこぶる悪い。

  魔術の腕などの戦闘力という面では良い勝負をするであろうが、精神的な面では太秦が有利。

  予算調整などをしに魔術研究授業へ訪れた時の事件から見て、また同じように下衆な脅迫をされたら戦う意思を失ってしまう可能性が高い。

  「まずいな。応援にいけないか?」

  「無理だ。こっちはモンスターの対処で精一杯だ。」

  「様子はわかるか?」

  「ちょっと待ってろ。北西先輩と金髪の男が話してるな。他のやつはいねぇ。」

  「そうか、わかった。すぐに。」

  すぐに行く、と言おうとしたが言葉が詰まる。ジェヘラからの念話だ。

  「優希よ!やはりそなたの考えていた通りであった。やはり資料館は陽動。ここまで来るのは億劫であろうから、そなたを召喚するぞ。」

  「その前に、こちらの状況を伝えておくとだな。アリサ先輩が魔術研究部の部長だった太秦と戦闘中だ。周りの人間の応援は不可能。とてもアリサ先輩1人に任せておける相手じゃない。」

  「助けに行きたい気持ちは分かる。であるが、こっちは世界の命運を分けるのであるぞ。妾ひとりでも問題はないが、今後を考えると一緒の方が良い。」

  「俺もそれは理解してる。だから、ひとつ聞きたい。アリサ先輩は俺の事どう思ってると思う?本人の心情を無視して赤裸々に話して欲しい。」

  「何故今それを聞くのか理解出来んのだが。正直に話すと北西先輩は、ソナタに惚れておるであろうな。なんだ?こんな時にモテる自慢であるか?」

  「違う、そうじゃない。少し待ってくれ。すぐに終わらせる。」

  念話での会話を終わらせ、再び無線機を付ける。

  「辰!俺だ、優希だ。アリサ先輩と連絡が取れないんだが、そっちは取れるか?」

  「こっちも取れん。魔術研究部部長が無線機を遮断させる機械を持っているのであろうな。物理部の話によると北西先輩の方角からノイズのような電波が流れているらしい。つまり、送信はできるが受信は出来ん。」

  「そうか。アリサ先輩が音声を受信出来てるかはわからないよな。」

  アリサ先輩が音声を受信出来ているのかわからない。

  そもそも激しい戦闘で無線機が壊れているかもしれない。

  今からすることはアリサ先輩と太秦の勝敗を左右するだろう。

  だから、確実性が欲しい。

  「辰。無線機ってスピーカー機能あったよな?辰の無線機をアリサ先輩が聞こえる範囲に投げてくれ。なるべく落ちた衝撃で壊れない場所が良い。」

  「俺も無線機は使うのだが。」

  「頼む。やってくれ。」

  「……わかった、任せてくれ。衝撃については無重力魔術を使うから心配するな。」

  「ありがとう、助かる。」

  「おうよ。そんじゃ、投げるぞ。」

  ・◆・◆・◆・

  アタシの人生は散々だった。

  人間族のパパと、魔族とエルフのハーフのママとの間に生まれ、全ての外見的特徴を持った子どもとして生まれたアタシ。

  人間族の外見以外も受け継いだ子供は医学的に特別な事例らしい。

  生物学的に見ると人間族の遺伝子が多く含まれているため人間族として見るそうなのだが、正確に見ると魔族とエルフの遺伝子もちゃんと反映されていることから種族不明となるそうだ。

  つまり、犬で言うところのミックス。即ち雑種だ。

  この雑種という表現はアタシの16年と少しの人生の蔑称となっている。

  幼稚園から小学生の中盤の当時のアタシはよく意味がわからなかった。

  賢い両親の家庭の女の子が言い始めたあだ名。

  きっとその子の両親が家の中で言っていたのを真似したのだろう。

  初めて自分のことを雑種と言われた時は、可愛くないあだ名だなぁ程度にしか思っていなかった。

  雑種が蔑称だと知ったのは小学校の高学年の頃。

  野良犬が引き取られて飼われる感動系番組を見たときだ。

  その野良犬が雑種と言う犬種がごちゃ混ぜな犬で、それが世間的に良く思われていないとご丁寧に番組内で説明されていた。

  そこで私は自分が馬鹿にさせていた事を知った。

  この世界には人間族の他にエルフ族やドワーフ族、獣人に魔族と言った様々な種族がいる。

  昔は種族間で戦争をしていたが、今は殆ど無い。

  種族間は仲が良く、種族によるパワーバランスゆえの優遇などはあれど、基本的に差別がないのだ。

  その基本的に、の例外がアタシだ。

  混血の、しかも三種族特徴を持つアタシは差別の対象になっている。

  純血と呼ばれる一つの種族のみの特徴をと遺伝子を持つ人間が一番良いとさせているこの世界でのアタシは世間的にはあまり良く思われていない。

  もちろん差別は良くないなんて綺麗な主張が社会の常識は存在しているが、内心皆憐れんだり差別しているのだ。

  小学六年生くらいからだろうか。

  明らかにアタシに対する周りの見る目が変わった。

  男の子からは性欲の混ざったニヤニヤした目で。

  女の子からは妬みや嫉妬の目で見られ始めた。

  エルフは美形が多く、魔族は性的魅力の高い者が多い。

  そのふたつの遺伝子が混ざったことでアタシの容姿はとても良く生まれた。

  アタシはかわいい。そう、学んだ。

  その事実に天狗となった時もあった。

  だけれど、その鼻は孤独感で簡単に折れる。

  有頂天になるたびにいじめや性的欲求の押し付けによって気分が落ち込む。

  体育館倉庫でのレイプ未遂では完全に心が折れた。

  そして、アタシは思った。

  アタシは可愛い。

  だから何だというのだ。

  こんなにも不自由で、不幸ではないかと。

  高校生に上がった今では特に表で差別されることはなかった。

  根暗だった自分を変え、明るく前向きな理想の女の子と見えるよう努力した。

  お陰で沢山友達が出来た。

  全ては順調。

  ようやくアタシに追い風が吹いてきた。

  そう、思っていた。

  魔術研究部の部室に部費予算などの打ち合わせをしにいった時の脅迫事件。

  アタシにイジメやレイプ未遂事件を思い出させた。

  顔は青ざめ、思考は凍り、その時のアタシは何も出来なかった。

  レイプ未遂事件で魔術を使用し大怪我を負わせたことがトラウマになり、体育や競技などと言った実践ではない場での攻撃魔術の使用がアタシには出来ない。

  だからそのまま、自分の初めてをこんな事で散らしてしまう。

  結局、アタシの運命はこんなもん。

  散々な初体験だったなと、そう諦めていた。

  そんなアタシを助けてくれた優希くんは正にヒーロー。

  勇者のようだった。

  ただ助けてくれただけで好きになったアタシは単純だと思う。

  でも、仕方ないじゃん。

  アタシだって女の子なんだから。

  それからのアタシは、はっきり言って彼に依存していた。

  何か判断する時には必ず彼に頼ろうとしてしまう。

  つい、彼の反応を見てしまう。

  私生活ではなるべくしないように気をつけてはいるが、生徒会の仕事などの大事な場面では判断を委ねてしまう。

  彼を頼ってしまうのはアタシの悪い癖だ。

  そして今その頼れる彼が隣におらず、目の前には魔術研究部の元部長である太秦先輩がいる。

  アタシのトラウマであり、恐怖の対象だ。

  早く優希くんに会いたい。

  優希くんに助けて欲しい。

  あの時みたいに、彼に頼りたい。

  でも、実際問題彼はいない。

  ならアタシが、やるしかない。

  でも、怖い。

  「やっぱいるじゃねぇか。久しぶりだなぁゴブリン。いや、アリサって名前があるんだっけか?聞いたぜ?随分と勇者くんとイチャコラしてたみたいじゃねぇか。お前らもうやったんだろ?お手を出すのが早ぇな?雑種。」

  「気安く名前を呼ばないでください。」

  「おっと強がっちゃって、可愛いねぇ。俺は好きだぜ?強気な女。突っ込むとよく鳴くからな。」

  退学処分になったのに全く反省しているように見えない。

  まぁ、テロリストと一緒に学校に攻め込んでいる時点でわかっていたことではあるが。

  「なんでテロリストなんかに協力してるのか教えてやるよ。俺らここで成果を上げたら‘‘向こう‘‘で良い地位に入れてもらえることになってんだよ。地位と金がもらえて、しかも女が宛てがわれるらしくてな。だから俺ら頑張っちゃってるって訳。」

  調子よくナイフをコロコロ手で回しながら自慢する。

  どうせ使い捨てにされるだけ、と煽りたいが声に出ない。

  怖くて仕方ない。

  「言っとくが助けなんか来ねぇぜ?校舎の中にはたくさんのゴブリン。資料館にはG・ジェイドだからな。しかも無線は妨害電波で送れねぇ。ゴブリンを無限に出せるアーティファクトも凄いが、1番はG・ジェイドだ。知ってるだろ?戦斧のG・ジェイド。村田優希は資料館にいるってことは、田村のやつ死ぬんじゃねぇか?まっ、仕方ねぇか。お前の王子様はお前よりお宝が大事なんだからなぁ?女より宝取るんだから死んで当然だ。むしろお宝と寝れて満足だろ。」

  「彼には彼のやることがあります。彼をバカにしないでください。」

  「おぉ、お優しいことで。」

  さっきからずっとヘラヘラ笑っている。

  余程余裕があるのか、または戦闘でハイになっているのか。

  もしくはクスリでもやっているのかもしれない。

  「俺が今なんでハイテンションなのか教えてやろうか?コイツだ。このペンダント。お前もコイツ知ってるだろ?」

  太秦先輩が今手に持っている黒い目のマークが刻まれているペンダント。

  資料館から盗まれているかもしれない物として情報にあったもの。

  このペンダントを使えば全ての動物を操れるらしく、人間も例外なく操れる。

  「コイツを使ってお前のことモノにしてやんよ。」

  もしそれをアタシにされたらどうなってしまうのだろう。

  正気に戻ったとき、果たして自殺せずにいられるだろうか。

  そのもしもを考えるとアタシは怖くて仕方ない。

  今すぐここから逃げ出したい。

  動悸が止まらない。

  肝が冷える。

  寒くて寒くて凍えそうだ。

  意識が朦朧としてきた。

  周りの音が聞こえなくなっていく。

  息が上手く吸えない。

  「この銃もアーティファクトなんだぜ?こいつもありゃ俺は無敵だ。」

  こう会話していれば戦わずに済み、時間稼ぎになる。

  本当は優希くんの助けに行きたいけど、仕方ない。

  だって目の前にいる太秦先輩は学校だとTOP8に入るであろう実力なのだ。

  アタシじゃ勝てない。

  そもそもアタシは下級生。

  ガーディアンに入っている事により多少の実力はあるってだけの、太秦先輩より1年下の後輩なんだ。

  だから、仕方ない。

  そう、全て仕方が無いの。

  ここで負けるのも仕方ない。

  誰かを守れなかったのも仕方ない。

  大切なものが壊れちゃうのも、友人が傷付くのも、アタシが汚れるのも仕方ない。

  何故ならアタシは弱くて、男の人が怖くて、相手が強力なアーティファクトを持っているから。

  だから全て、仕方がない。

  ……もしアタシが汚れても、彼はアタシを好きになってくれるだろうか。

  きっと彼は優しいから気にしないでいてくれる。

  でも、そんなのアタシが許せない。

  だって綺麗なアタシを見て欲しいし触れて欲しい。

  初めてはやっぱり彼がいい。

  アタシは彼が大好き。

  だからやっぱ、どんなに怖くても、これだけは譲れない。

  幸いな事に太秦先輩は、いや、太秦はアタシの事を舐めている。

  これは好機だ。

  それに、いかがわしい能力をしたアーティファクトのペンダントは太秦の手のひらの中にある。

  なら魔術で彼の手から吹き飛ばすことは可能。

  でも、それをするには魔術を無詠唱で使う必要がある。

  さらに太秦の技量の高さを考えると魔道具を通さずに魔術を使わなくてはいけない。

  昔は出来ていたノーモーションでの魔術の使用が必須だ。

  魔術具なしの魔術の使用は中学生の頃のレイプ未遂以来。今のアタシに出来るだろうか。

  いいや、やるんだ。

  絶対に成功してみせるんだ。

  息を整える。

  思い浮かべるのはもちろん彼。

  もう、いい。依存で構わない。

  アタシは彼が好きだ。

  大好きだ。

  愛してる。

  助けられたから好きになったなんて単純な自分で構わない。

  重い女でいい。

  ヤンデレ呼ばわり喜んで。

  アタシは彼が好き。

  そんな彼が今頑張ってる。

  なら、アタシも頑張らなきゃ。

  アタシはこいつなんか怖くない!

  「おっ、泣いちゃった?俺泣いてる女の子大好きだぜ?俺のサディストな部分が。」

  煽り散らしてくれる。

  随分とよく喋る男だ。

  だけれど、その長い長いセリフを待ってなんてあげない。

  心の中で、魔術を簡易詠唱する。

  インパクト・ギアショット。

  無属性の攻撃魔術インパクトの上の魔術。

  違いは威力。

  当たれば骨が砕ける。

  指なんて簡単に折れちゃう強力な魔術で、人に向けて放っちゃいけない魔術。

  ペンダントを吹き飛ばすには十分な威力だ。

  「疼いちゃ!あ゛っ!いっ!痛ってぇー!」

  手のひらに向けて撃ったインパクト・ギアショットが当たり、指が折れる。

  それにより宙に舞ったペンダントに密度を高めたファイアーボールを放つ。

  するとペンダントの目のマークの中央にある魔石が割れた。

  アーティファクトはオリハルコンで出来ているため壊れない。

  だけど、中央の魔石は壊れる。

  魔石を狙うことでアーティファクトの機能を無くした。

  アーティファクトを壊し、一安心すると何かが足元に飛んできた。

  無線機だ。

  生徒会と風紀委員が付けているいつもの無線機。

  「優希です。アリサ先輩聞こえますか?」

  優希くんの声が落ちている無線機から聞こえる。

  「目の前に太秦の野郎がいると思います。きっと太秦はアリサ先輩のトラウマを思い出させることを言ってくるでしょう。でも、先輩なら大丈夫です。」

  自分も大変であろうにアタシのことまで気にかけてくれる。

  やっぱり彼は優しい。でも。

  「ちょっと励ますのが下手なんじゃないかな?」

  「俺の知ってる先輩は絶対にこんな品のないやつに負けません。」

  妨害電波によりこちらからは電波を送れない。

  そう思っていたけど、どうやら少なからず自信は出来るみたいだ。

  何故受信できているのかはわからない。

  きっとインパクト・ギアショットで太秦の持っていた妨害電波装置が壊れたか電源が落ちたからだろう。

  理由なんてなんでもいい。

  彼と話せるならそれでいい。

  電波の送信も出来るかはわからないけど、やってみる。

  声よ届けと、祈る。

  「そんな慰めどうでもいいから、代わりにアタシのこと一行で励まして。」

  「え!なんで音声送れるんですか!?」

  「あっ、話せた。よくそっちの状況がわかんないけど、今忙しいんでしょ?ほら早く、アリサ頑張ってって言って。」

  「えっとー、アリサ先輩。」

  「アリサ。」

  「……アリサ、頑張れ。アリサなら出来る。これで良。」

  「ありがと。優希くんも、負けないで。またね。」

  ブツリと切る。

  優希くんの声を聞いてるとつい頼りたくなるからだ。

  自分にムチを叩くみたいに無線機の電源を切った。

  「痛ってぇーなぁ!お前絶対ボコす!顔面ぐちゃぐちゃにして二度と女として使えねぇ身体にしてやるよ!」

  アタシの思考はさっきと比べてずっと冷めている。

  状況を冷静に見ることが出来、酸素が脳までちゃんと行き届いている感じだ。

  「さっきから黙ってねぇでなんか喋れよ、おい。」

  「悪いけど雑魚に喋る言葉は持ち合わせてないの。」

  「生意気言ってんじゃねぇぞ雑種がぁあああ!!!」

  さっきまでペンダントを持っていた右腕をだらりと垂らし、左手の銃を向けて魔術を使用した。

  持っていたナイフは痛みで落としてしまったのか地面に転がっている。

  左手の拳銃型アーティファクトに魔力が通り、鋭く尖った形をした中級火炎魔術ファイアーランスを連射させる。

  照準は定まっていなかったが、火球はアタシを捉え向かってきた。

  腕に付けていた腕輪型魔道具を外して落とす。

  もう、こんな玩具はアタシにはいらない。

  「シールド。」

  「……何でただの無属性の初級防御魔術で俺のファイアーランスが防げんだよ!」

  「魔力を濃くして魔術使ったからなんだけど、太秦さんじゃわかんないか。」

  「そもそも!そもそもどうして魔道具無しで魔術使えんだよ!なんで俺には出来ねぇ事がお前にできる!」

  「さぁ?お得意の研究でもしたらどうです?元魔術研究部部長さん。」

  「殺す!殺す殺す殺す殺す!ぜってぇお前だけは、殺す!」

  ファイアーランスを撃ち、サンダーボルトを撃ち、アイスランスを撃ち、アイアンショットを撃つ。

  しかし、その全てがアタシには届かない。

  アタシのシールドが全てを防ぐ。

  「なんで!どうして俺の魔術が!」

  「さぁ?きっと貴方が血統書付きのお坊ちゃんだからじゃないですか?」

  「雑種風情が調子乗りやがって!死ね!」

  拳銃型魔道具に太秦のありったけの魔力が流させる。

  「湧き煮立つ鋼鉄の水流よ。我が願望に答え、敵を焼き殺せ!フェルルム・サーペント!死ね!北西アリサ!」

  金属溶融液が龍の形を成して拳銃型魔道具が作り出した魔法陣から現れる。

  「1500℃の溶けた金属で出来た龍。土魔術と火炎魔術の合わさった上級魔術。雑種には出来ねぇ人間族様にのみ許させた特別な力だ。お前の無礼を詫びて土下座すんなら許してやるぜ?もちろん全裸でだがな。」

  「……もう戯言はおしまいですか?なら、貴方に用はもうないですね。」

  1500℃の龍を模した金属がアタシに迫る。

  さらに太秦がファイアーランスを連射し、逃げ場を塞ぐ。

  フェルルム・サーペントは誘導性能を付与できる拳銃型アーティファクトで撃ったことにより逃げても避けても無駄。

  すぐに身体を曲げて襲ってくるだろう。

  フェルルム・サーペントとファイアーランスにより絶体絶命。

  しかし、その二種類の魔術が彼女に害をなすことはなかった。

  上級魔術フローズン・コキュートス

  ありとあらゆるものを凍らす水属性と闇属性の混合魔術。

  フェルルム・サーペントが1500℃と物理現象であったのに対し、フローズン・コキュートスは概念。

  凍ると言う現象を押し付ける魔術なため、フェルルム・サーペントは魔力ごと凍り、ファイアーランスは消える。

  そして、太秦は凍った。

  「これで、良し。もしもし優希くん?あれ、繋がらないな。優希くん何処にいるんだろ。」

  

  [newpage]

  ★過去②

  ケイロンさんは腹を貫かれ、意識を失い倒れた。アマデウスがまだ生きているため生存確認出来ていないが、恐らく亡くなったのだろう。

  ケイロンさんが倒れ、アマデウスの注目は俺に移った。自分が勇者だとバレたのだから当然だ。

  そして今、俺はアマデウスと戦っている。

  戦っていると言うより遊ばれていると言った方が適切なのではと思われるほどの実力差。アマデウスからしたら俺の剣技は子供とじゃれ合っているようなものだ。

  「おーお、これは効いたな。強い強い。」

  アマデウスの最大の特徴は再生力だった。ありとあらゆる火力を受けても即座に再生する力はケイロンさんのホーリー・インフェルノでさえ耐えうる。この俺がようやく付けることの出来た切り傷は次の瞬間かさぶたになり、跡を残さずに回復された。

  「先程のケイロンの一撃。中々であったなぁ?流石は王国の生きる宝剣。あっぱれであった。まっ、無駄であったがな!」

  何が面白いのか爆笑し始めるアマデウス。明らかな隙を見逃さず、剣を振るってまた傷を付けるが再生されてしまった。

  アマデウスの剣と光の宿さない聖剣エクスカリバーが激しく当たり、金属音を発させる。俺は全力で剣を振るうがアマデウスにいなされるだけ。当たり前だ。俺の剣の師匠であるケイロンさんが負けたのだから、俺が勝てるわけがない。それをわかった上で戦いを挑んでいるのは時間稼ぎと祈りによるもの。いつか、何かのきっかけで勝てるかもしれないだなんて淡い期待を抱き戦う。

  しかしその祈りに近い希望は活路にならず、未だ聖剣エクスカリバーは俺の呼びかけに答えない。自分の能力を底上げし、最低限聖剣としての能力は発揮してくれてはいるが、伝承に聞く勝利を約束する聖剣エクスカリバーとしての実力を見せてくれない。

  まるで、聖剣エクスカリバーを抜く資格はあれど勇者としての資質は認めていない。そう言われているみたいだ。

  「ケイロンは良い師であったのだろう?分かるぞ分かるぞ。最後の最後までお前に気付かっていたからな。生前はさぞ優しい奴だったのだろうなぁ。だが、死んだ。何故かわかるかー?答えは単純、弱いから!弱いから死んでしまったんであるなぁ!」

  如何なる強者に対しても立ち向かうことの出来る力を人は勇気と呼ぶ。なら、今の俺は勇者と呼ぶに相応しいのかもしれない。残念ながらそのふさわしい戦いぶりは大変滑稽。無謀な戦いに挑むこの不格好な姿が勇者の戦いだと知ったらきっと勇者に憧れている子供は白けるだろう。

  「弱い者は死ぬ。弱い者は何も守れない。弱ければ弱いだけ手からこぼれ落ちていく。妻、恋人、子供、兄弟、家族、部下、仲間、国、好きな物守りたいもの全てがこぼれ落ちていく。あぁ、なんてケイロンは可哀想であるのだ。これからケイロンが守りたかったもの全てが奪われていく。このオラにすべーて強姦されてしまうのだ。可哀想、可哀想なケイロンだ。」

  「そろそろ黙れよ豚野郎。ブヒブヒ、うるさいんだよ。」

  「あぁぁあ?豚やろぉーーお?雑魚の癖に生意気なのであるよこの雑魚が!弱者は黙って強者に媚びてりゃそれで良いのであるよ!躾のなっていない雑魚だ全く!」

  俺が振った剣にアマデウスの剣を叩きつけ、脇腹を斬る。致命傷は避けられたが、それでも傷は傷だ。痛みと出血により足がふらつく。内臓が出ないよう即座にヒールを掛ける。ハイ・ヒールは使わない。戦闘に使う魔力を残しておくためだ。

  「剣を使うのはやめであるな。これからお前を殴って遊ぶことにするとしよう。そうすれば少しは楽しめようぞ。ほれ来い。このアマデウスが引き続き相手してやろう。」

  ニヤニヤと頬を緩ませて剣を捨てる。俺が剣を振りアマデウスの片手を切り落とすが、もう片方の腕で殴られる。切り落とした手は即座に再生した。

  「ほれもう1発!」

  脇腹を殴られ、あばら骨が折れる。痛みが脳に響き、肺が必要以上に空気を求め、神経を通した電気信号として身体を動かさらないように身体全体へ伝わる。足が震える。立っている事すら出来なくなっていく。

  「お?くたばるか?負けてしまうのか勇者よ。人間族最後の希望たるお前は諦めてしまうのか?」

  自分の身体を律して再度剣を構え直す。残りの魔力を考えるとあと数分で聖剣の召喚自体を維持出来なくなるだろう。ありとあらゆる魔術を切ることが出来、魔術の火力上げや効率上げをしてくれる聖剣エクスカリバーが無ければアマデウスに勝てる術がゼロになってしまう。

  「そうだそうだ。お前は勇者。人間族の希望。ここで立ち上がらなければいつ立ち上がる。さぁ、巨悪を打ち砕くのであるぞ!」

  既に掛かっている身体強化魔術の上からさらに身体強化魔術を掛ける。ただでさえ身体に負荷のかかる身体強化魔術を2重掛けするのだ。きっとこの後激痛が襲うだろう。だが、ここで負けるよりマシだ。

  地面を踏みしてめて、蹴りあげる。そして剣を頭上にあげて、アマデウスに振り下げた。

  「ふん!勇者、敗北なり。」

  「がぁ!……ぁあ。」

  しかし振り下ろしきる前に腹を殴られ、飛ばされる。身体は空にあがり、そして地面に叩きつけられた。

  もう、身体が動かない。息が出来ず、身体は立ち上がれず、意識は朦朧とし始めた、眠い。とにかく眠い。早く楽になって目を閉じたい。これを意識が飛ぶと言うのだろう。失神と似た現象が俺を襲う。痛みを感じなくなってきていることに恐怖する。

  ……お父さんとお母さんは元気だろうか。俺が居なくなって1年と少し。息子のいない生活に慣れただろうか。友達は今青春真っ盛り。彼女なんかが出来ているのかもしれない。羨ましい。俺は異世界にまで来たのに彼女どころかまだ童貞だ。

  日本が恋しい。地球に戻りたい。異世界転移なんてもうごめんだ。ラーメンが食べたいし、お寿司も食べたい。柔らかい食パンにジャムを塗って食べたい。硬いパンに味の薄いスープはうんざりだ。

  もう、十分頑張っただろう。平和な日本からやってきた未成年の男の子として見たら随分と頑張った方だ。少しくらい寝ても許して貰えるはずだ。

  少し寝よう。少し寝て、ゆっくりしたらまた頑張ろう。明日は何をしようか。調味料の高い世界で小さな塩と砂糖の瓶詰めを買って料理でもしようか。この世界にも卵はある。卵焼きでも作ってみようか。昔の俺はお母さんの甘い卵焼きがあまり好きではなかったが、今ではたらふく食べられそうだ。

  そうだ。明日は稽古が休みの日だ。好きな物を見つける散歩でもしようか。雑貨屋に行ってまた変な陶器の置物でも買おう。不格好な動物の置物を買い集めるのが今の俺の趣味。少し歪なのが可愛い。きっとケイロンさんにあげたら喜んでくれるはずだ。少し困りながら笑ってくれる顔が目に浮かぶ。

  「……勇者は、負けない。」

  違う、俺はもう負けたんだ。

  「勇者を、ごっっ、馬鹿にっ、するな。」

  仕方ないんだ。実力が違いすぎる。

  「僕の勇者を、馬鹿にするな。」

  「何故生きている。お前の心臓はオラが潰したはず。」

  そうだ。もうケイロンさんはいないんだ。死人はもう喋らないでくれ。

  「闇魔術だよ。闇魔術ダイイング・ソウル。自分が死んだ時に、初めて発動する、自分の口で遺言を残すための魔術。身体は死ねど、立ち上がって喋ることは出来る闇魔術。まさかこの僕が闇魔術を使う日が来るとはね。信仰深き聖騎士を心の中で自称していた事が恥ずかしいよ。」

  これ以上喋らないでくれ。俺はもう頑張ったんだ。

  「優希。君はまだ立てるはずだ。あばら骨が折れていようが、肺が潰れていようが、心が折れようがまだ立てるはずだ。そう僕が育ててきた。だから言える。君はまだ立てるはずだ。」

  やめてくれ。そう背中を押さないでくれ。もういいじゃないか。俺はもう頑張ったよ。

  「君は頑張った。あの七大将軍アマデウスによくそこまで奮闘した。凄いよ。師匠として誇らしいよ。でも、ね?君はまだ勝っていない。勝っていないのならまだ倒れてはいけない。何故なら君は僕の勇者だから。」

  立てないんだ。身体強化魔術を2重掛けしたせいで身体が動かないよ。だからもう期待しないでくれ。

  「他の御伽噺に出てくるような英雄なら、負けることだってあるかもしれない。でもね?君は僕の勇者だ。僕の勇者がそう簡単に負けはしない。倒れたのだってただの一時休憩。攻撃はあえて受けて油断させようとしただけ。全て戦略のうちさ。」

  本当は俺、勇者じゃないんだ。ただ異世界転移の魔術に巻き込まれただけの一般人なんだ。だってそうだろ?もし勇者なら元の世界では格闘技世界大会で1位なはずだし、数学オリンピックは金メダルなはず。剣道かフェンシングで日本チャンピオンになっていなきゃ勇者である資格は無い。選定の聖剣・エクスカリバーだってたまたま土台から剣が抜けただけ。ちょっと剣のハマリが緩かっただけなんだ。

  だから、俺は勇者じゃない。期待なんてしないでくれ。

  「いいかい?僕の勇者は決してクールじゃない。僕の勇者は土臭くてダサいんだ。諦めが悪くて汚い手を使う英雄譚に相応しくないただの少年。闇魔術だって使っちゃう聖剣使いの恥さらし。きっと歴史に語り継がれる時は、それはもう酷く書かれるだろう。でも、ダサくて潔悪くて汚い手を使う分、最後には必ず勝つんだ。そうな、最高にかっこいい勇者なんだ。」

  恐怖で足が震える。緊張で今にも漏れそう。あばら骨が折れて痛い。肺が潰れて息が苦しい。腕が重い。息の吸いすぎで喉が悲鳴をあげている。頭が言い訳ばかりを考える。

  「もう一度言うよ。僕の勇者は負けない。僕の勇者を馬鹿にするな。僕の勇者はこんな所で終わる男じゃない、死んでも勝つ男だ。僕が憧れた僕だけの英雄だ。だからもう1度最後に見せてくれ。君の、君だけの英雄譚を。」

  

  [newpage]

  ★第八章 乗り越えたこと

  「んで、どうであったか?優希よ。」

  「まぁ、うん。良かったんじゃないか?元気そうだったし。」

  「なんとも歯がゆい答えであるのぅ。」

  アリサ先輩を励ましてトラウマを乗り越えさせよう作戦は無事本人により阻止され、結果的にはアリサ先輩に公開セリフ読み罰ゲームをさせられて終わった。

  そして今、ジェヘラの転移魔術によりとある洞窟のような場所まで来た。

  転移魔術とは言ったが、イメージとしてはどこでもドアに近い。

  「やっぱケイロンさんみたいに上手くはいかないか。」

  「ケイロンとは王国の生きる宝剣と呼ばれて追った騎士団長のことか?」

  「そうだけど。その場にいなかったのによく知ってるな。」

  「そりゃもちろん知っているとも。妾イチの失敗であるからな。部下に戦争をやらせるのではなく妾自ら行くか、もしくはソナタを暗殺でもすれば勇者が覚醒せずに済んだのじゃからのぅ。いや、そもそもあの時の妾は洗脳中故妾の失敗ではないのか。」

  「別にどっちでもいいのだが。」

  「ゴールディアとルイビルに戦わせてみてどうであったか?戦力になりそうか?」

  「あぁなりそうだ。エルは細かいことが出来るから便利だし、マギーは火力として申し分ない。マギーは特に凄かったな。肝が座ってるよ。あれは化ける。」

  もちろんエルもよくやったと思う。

  ふたりともテロリストとの初戦にしてはよく戦った。

  人殺しにより発狂することもなく、PTSDになりそうな様子もない。

  この世界の人間はやはり戦闘に対する抵抗が薄く、メンタルが強い気がする。

  元の俺の板世界ではありえないことだ。

  「それは良かった。あとは妾と仲良くしてくれれば万々歳であるな。」

  「明らかにジェヘラのこと敵視してるからな。ニンホア教の教育どうなってるんだよ。」

  「ソナタが正体をバラして説教すれば改心するのではないか?なぁ、勇者殿よ。」

  「勘弁してくれよ魔王様。」

  魔王にここまで心を許してしまっている自分を見たらニンホア教の教徒は発狂するかもしれないなと呑気なことを考える。

  そもそもこんなに元宿敵相手に気を許していいのだろうか?もう死んでしまった俺の仲間達はどう思うのだろうか。

  考えても無駄なので、考えるのをやめた。

  「それにしてもまぁ、よくダンジョンの上に学校なんか建てたよな。しかもこんな難関ダンジョン。」

  「100階層の最後にしか転移門がないダンジョン。ダンジョンを使った授業をするためにダンジョンの上に学校を作るってのは理にかなってるが、こんなにデカいダンジョンは必要ない。間違いなくこれは理事長室の入口だろうな。」

  「術者本人ですら解除ことが不可能な結界を理事長室に貼ることで邪神の核の破片を守る。まるで密室ミステリーであるよ。」

  「ダンジョンさえクリアできれば理事長室にある転移門の出口から理事長室に侵入できる。ただし、100階層もあるダンジョンをクリアしなくてはならない。予想に過ぎないがもし無事100階層までクリアできたとしても理事長が飛んでくるんだろうな。100階層までクリアしてジリ貧な体力と魔力量で理事長と戦わされるわけだ。」

  「この世界であると妾とソナタ以外そんな鬼畜ゲーは無理であろうな。邪神の核の破片は邪神の手駒を呼ぶ餌。そこそこ強い邪神の手駒をここに向かわせてダンジョンで息絶えさせる。とても理にかなっておる。」

  「その全自動邪神信者駆除機の上に学校建てるのってやっぱサイコパスだろ。生徒守る気ゼロじゃん。」

  ダンジョンに出てくるモンスターを適当に倒しながら進んでいく。

  ここはダンジョン。

  自分の正体を隠さなくてはいけない相手はおらず、目撃者もいない。

  つまり実力を思う存分発揮でき、最大火力でモンスターを葬ることが出来る。

  邪神によるダンジョンへの干渉がないことが唯一の気がかりではあるが、考えても仕方ないので考えないことにした。

  「理事長ってどんな奴なんだろうな?」

  「さぁ。一つ思うのだが、この時代にあの結界が貼れるほどの実力者が現れるとは思えんのだよ。」

  「魔道具に頼りっきりがベースの世界だからな。補助輪を付けたサイクリングレースじゃたかが知れてる。」

  「と、なると昔の人間が貼った結界を流用してるか、結界を貼るアーティファクトがあるかであるな。」

  若しくは俺らと同じ10万年前の人間が理事長をしているかだ。

  とても現実的な話ではない。

  「それにしてもやっぱ、100階層は長いな。座ってるだけで疲れる。」

  今移動の手段として乗っているのは乗っているのウネウネした黒い影のような生き物だ。

  足の生えた黒いスライムをイメージしてもらうといい。

  「暇であるからなぁ。ソナタを転移させてから5分か?もうすぐ奴の元へ着くであろうよ。」

  それから何分かが経ち、ようやく85階層まで来た。

  すると人影が見えた。

  「おおお!これは勇者に魔王様ではないか!豪華なメンバーであるなぁー!」

  紫色の肌にブカブカの白いズボン。

  ふくよかな上半身をはだけさせた大きな角がトレードマークな大男の魔族。

  ケイロンさんを殺した宿敵。

  「噂をすればって、やつなのか?」

  七大軍将アマデウスがそこにいた。

  「噂には死者蘇生の効果があるらしいな。」

  「あってたまるか。」

  「勇者に魔王様よ。何故オラを見て狼狽えないのだ。」

  「狼狽えてはいるよ。正直ちょっとびっくりした。狼狽えてるついでに聞くが、なんで蘇ってるんだ?アマデウス」

  「詳しいことは言えんのだが、邪神様から蘇らせてもらったのだ。しかも、パワーアップしてなぁ。」

  あまり興味が無いのかジェヘラは欠伸をしている。

  「見よ、オラの新たな肉体!オラの、最強の身体!!とくと見よ!!」

  アマデウスの身体に金色の血管のようなものが浮き彫りになる。

  その金色の血管は脈打つように光輝き、魔力反応特有の禍々しい光を放つ。

  まるで生きる魔法陣だ。

  「オラの身体には無限の魔力が溜まっている。つまりオラは無敵。如何なる傷であろうと直せる。また封印体制の魔術を貼っているためエクスカリバーは無意味である!つまり必勝!圧勝!蹂躙である!」

  「そうか、それは凄いな。ほらジェヘラも褒めてやれよ。元部下なんだろ?」

  「洗脳されておった時に雇った部下であるため妾の部下ではない。」

  「その最強カード禁止しないか?」

  「何故オラを恐れない?何故オラに跪かない?オラは強い。この空間で1番の強者であるぞ?」

  アマデウスが嫌悪感を浮かべた顔で俺等を睨む。

  「そもそも、お前は俺に敵意があるのか?愚問だが、何故ここにいる?」

  「邪神様の核の破片がここにあるとお導きがあって来た。敵意はお前と魔王様の態度次第であるな。」

  元上司にそんな横暴な態度をして恥ずかしくないのだろうか。

  俺なら絶対気まずいし、会ったら逃げる自信がある。

  「だってよジェヘラ。とりあえず土下座でもしてみるか?」

  「何故妾が格下に頭を垂れて地に額を付けねばならんのじゃ。さっさと倒してしまえ。」

  「まだ情報喋ってくれるかもしれないんだから勿体ないだろ。」

  「オラの話を無視するとは何様であるかぁ!余程死にたいようであるな。良かろう!オラがお前らの首をはねてやろーぞ!!まずはお前だ勇者!」

  腕を脇や背中から生やして6本腕となり、土魔術で生成した金色の装飾がされた剣を持つ。

  6本の剣全てで俺を襲うが、その全てが俺の身体を切り裂くことはなかった。

  土魔術で剣を作り、その剣を振ることで飛ぶ斬撃を発生させ6本の腕全てを切り飛ばす。

  「何を、した?」

  「見えなかったか?切ったんだよ、この剣で。」

  実力と正体を隠さないで良いため、全力で戦うことが出来る。

  「もう一度、ゆっくりやってやるから来いよ。」

  「この、……このクソガキがぁ!」

  腕を2本生やして剣を作る。

  そして右腕で俺に切りかかった。

  その剣を自らの剣で叩き折り、左腕を振るって切りかかりに来た剣も折る。

  また魔術で剣を作ろうとしたので、左右交互に剣を振りあげることで両腕を切り落とした。

  アマデウスが腕を再生させる。

  「やるではないか勇者よ。だが、これはどうだぁ?千手邪神!」

  背中から何十本も腕を生やし、剣を作って腕を伸ばすことで襲いかかる。

  そして地面から土で出来た巨大な腕を生み出し、俺を潰そうと迫り来る。

  「物理オンリーの攻撃は弱いんだよ、やっぱ。」

  剣の形をした爆発性のある炎の魔術を複数放ち、土で出来た巨大な腕を破壊する。

  そして聖剣エクスカリバーを召喚し、鞘から引き抜いてそのまま斬撃を飛ばす。

  すると何十本もあった腕が全て切り落とされた。

  「なっ!再生されない!何故!何故なのだ!」

  「さぁな?地獄でゆっくり考えるといい。答え合わせは100年後だ。」

  「くっそがぁ!ヘルポイント・ハンドウェーブ!」

  地面から何百、何千もの腕がミミズやチョウチンアンコウみたいにうねり出てきて、波を作るように俺へ迫る。

  長い長い腕を伸ばして俺を掴もうとする。

  まるで地獄の亡者が俺を引き摺り込もうとしてるみたいだ。

  だが、その並のような沢山の腕は全て切られた。

  「それで、なんだっけ?何故オラを恐れないか、だっけか?そりゃ恐れないだろ。アリを恐れる人間はいない。」

  「くっそが!死ね!死ね!死ね!しっっっっねぇー!!」

  顔を真っ赤にさせて怒り狂いながら魔法陣を宙に何個も展開させて、腕を出し俺に迫るが直ぐに切られる。

  まるでワニワニパニックだ。

  「邪神にパワーアップさせてもらった様だが。前とまるで変わらないな。ただ火力が上がっただけで技術は前と同じ。何時復活させてもらったか知らんが、少しは修行なり練習なりしろよ。」

  ゲームで例えるならアマデウスの状況は課金と同じだ。

  課金によって強くなったキャラクターで戦っている状態。

  表面的には強くなっているのだろうが、プレイングとしては何も変わらない。

  技術も小細工も磨いていないのでは、いざホンモノと戦った時に勝てない。

  「いや、違うか。お前もお前なりに練習はしてたんだろうな。だが圧倒的までに格上との命の削り合いの経験がない。お前の口癖の弱い者云々は自分への戒めなんかじゃなくて、自分に酔っていただけだったんだな。」

  エクスカリバーを横に振ると、アマデウスの足が落とされ、四肢のない身体が地面に転がる。

  「最後に何か、喋りたいことはあるか?」

  「……オラは負けてない!一時撤退であるぅぅぅううう!」

  まだ腕を生やしたことのない脇腹から腕を6つ生やし、虫みたいに這いつくばりながら逃げようと腕を動かす。

  もはや腕ではなく脚だ。

  「逃げるのは悪い手じゃない。だが、逃げる手は逃げられる相手にのみ有効だ。逃げきれない相手であるなら、立ち向かうしかない。お前は強者との戦闘経験がないから、そう判断は出来なかった。」

  瞬間移動魔術を使ってアマデウスの頭上まで身体を飛ばす。

  「まるで蛾の標本だな。」

  エクスカリバーをアマデウスの腹に突き刺し、地面に固定させた。

  「お前の他に、魔王軍の幹部はいるのか?」

  「わからん!オラが復活した時には周りにいなかった!そんなことより刺さってるものを抜け無礼者が!」

  「次に、何故この場所を知っていた?どうやって仲間を集めた?移動手段は?」

  「小間使いがオラをここに連れてきただけであって場所は知らん!オラはただ邪神様の信者に連れられてきただけである。移動手段は車だとか呼ばれていた馬車だ。オラは邪神様の信者の指示で動いただけでアジトの場所も仲間の情報も何もかも知らんぞ!ほら、話したであろう。早くこの刺さっている物を抜けぇ。素直に答えたオラを刺したままにすると痛い目を見るぞ。」

  「素直に喋ってくれて助かったよ。それじゃあ、お前に用はないな。」

  「用はないのであれば早くオラを解放しろ!さっきから刺さってる場所が痛くて痛くてかなわ。」

  首に向けて剣を振り、頭と切り離し絶命させた。

  「傍から見て呆気ない終わりであったな。」

  「弱い者イジメみたいな感じだったな。」

  「それ、アマデウスに対する最大の煽りであるよ。せっかくじゃし、最深部まで目指すか?」

  「それはやめとこう。待たせすぎると皆が心配する。」

  

  [newpage]

  ★第九章 重なったモノ

  ジェイド率いるテロリスト集団からの強襲を何とか負傷者ゼロに収めたあの事件から1週間が経った。

  あの事件のあった週はまるまる休校。

  事件の対処にあたった俺ら生徒会メンバーと風紀委員、1部生徒は事情聴取を受けた。

  特に俺とエル、マギーは数時間の事情聴取を受け、念入りに当時のことを聞かれた。

  俺らはあの日、人を殺した。

  だがテロリストに対する法律により罪に問われることは無かった。

  この世界において、テロリストの命は軽いのだ。

  無事無所暮らしは避けられたが、その代わりに精神科の通院を義務付けられた。

  理由は簡単。

  人を殺したことによる精神的ショックだ。

  常人では耐えられない罪の意識に対する医療的対処といったところだろう。

  マギーは人殺しに対して特に病むことはなく、俺と3日ぶりに会った時は笑顔まで見せてくれた。

  エルについては眠れていないのかクマが目立つ。

  自分が人殺しをさせたくせになんとも図々しい話ではあるが、申し訳ないことをしたと思う。

  「結局、私がしたことは正しかったのだろうか。」

  俺らが人殺しをしたことについては世間に公表されておらず、それを知っている生徒は生徒会メンバーと一部の人間のみ。

  だから人殺しをした人間を見る目では見られることは無い。

  だが、それでも人を殺してしまったという単純な罪悪感が彼女を襲うのだろう。

  「正しかったかどうかはわからないが、あれを指示したのは俺だ。もし正しくなかったのならその時は俺を責めたらいい。」

  「師匠を責められるわけが無いだろう。だが、そう言ってくれて助かる。ありがとう。」

  「感謝される義理はないが、助かったなら良かった。」

  素直な彼女に十字架を背負わせてしまった。

  それに対し、実際何かあった時は使えるなと冷静に考えてしまう自分が憎い。

  どこまで行ってもやはり俺は『勇者』なのだろう。

  「エルは大丈夫だろうか。前会った時凄いクマだったぞ。」

  「大丈夫、とは言えないだろうな。とは言っても俺に出来ることはスリープで強制的に眠らせてやることぐらいだが。」

  「荒業が過ぎるだろう。それは。」

  ちなみに俺はそれで人殺し処女を乗り越えた。

  睡眠は大切だ。

  睡眠不足は判断を鈍らせるし、病ませる。

  噂をすれば、御本人の登場だ。

  「優希殿にゴールディア殿。もしかして飯は某待ちであったか?遅くなってすまんかったでござる。」

  「エル待ちだったけど、長くは待ってないから気にするな。それより、クマは取れたようだな。よく眠れたようで良かった。」

  「ゴールディア殿こそよく眠れたようで何よりである。やはり、優希殿はともかくゴールディア殿は強いでござるな。あれほどの事があったのにまるで気にしている様子がない。」

  「気にしてはいる。だが、師匠がいるから大丈夫なだけだ。」

  「優希殿はモテモテであるな。羨ましい限りでござるよ。」

  「……なんかエルから余裕を感じるな。」

  クマが晴れ、自信に満ち溢れている。

  わかりやすく言うなら、男になっている。

  「そうであるか?某にはわからん。」

  「何はともあれ、元気そうで良かったよ。」

  俺らは今、保健室にいる。

  心的負担を考えた経過観察処置による保健室登校だ

  。保健室登校はあと3日間はするらしい。

  俺とマギーはただ時間を過ぎるのを待つだけだが、エルは精神科でカウンセリングを受けてからの登校だ。

  「そういえば、エルに女の子の生徒が会いに来てたぞ。名前はユキ。知っているか?」

  「あっ!あー。某の幼なじみであるな。何か言ってたでござるか?」

  「特に何も。」

  「そうであったか。そっ!そんなことより、飯にしようでござる。今日の昼飯は、サバの味噌煮定食であるな!」

  保健室登校の間は学食が支給される。

  もちろん無料だ。

  貧乏生活堪能中の俺は保健室登校が大好きになった。

  それにしても、エルははぐらかすのが下手だ。

  「やはり魚料理は好かん。やはり食べやすい肉料理が1番だ。」

  「何を言うゴールディア殿。魚料理は慣れれば食べやすい。ゴールディアは箸が使えない為にそう思うであろうが、箸さえ使えたら骨を取るのは容易でござるよ?」

  「その箸自体が問題だ。何故誰にでも使えるよう設計されていない。これはバリアフリーの観点が掛けている。」

  「木の棒2本にそこまで求めないでくれ。」

  マギーの出身地であるアングロ・ドミニオンには箸の文化が無く、スプーンとフォーク、またはナイフが主流。

  そんな人間に箸を使えだなんて言うのは酷だろう。

  「優希の育ての親はニンホア教の牧師なのだろう?なのに箸が使えるとは不思議だ。今更な話なのだが、そもそも優希はどこ出身なんだ?」

  「出身は大和国だよ。言ってなかったか?」

  「言っていないな。ルイビルは聞いてるか?」

  「聞いていない。知らなかったでござる。」

  「箸が使えるのは育ての親から習ったからだよ。慣れるまで大変だけど、慣れたら便利になるから箸おすすめだぞ。」

  「師匠が言うなら、実践してみよう。」

  フォークを手放し、箸を持つ。

  慣れていないと自ら言っているだけあって、持ち方が不格好だ。

  「教えてやるよ。まず、箸一本を鉛筆持つみたいに持ってみて。」

  「こっ、こうか?」

  「そうそう。そのまま親指の付け根と人差し指の間に入れて。」

  マギーの後ろに回り、箸を1本取ってマギーの手に入れ込み、手のひらを被せる。

  「試しに動かしてくれ。どうだ?正しいもち方だと簡単だろ?」

  「その、なんと言うかだな。絶対に私以外の誰かに箸を教えないでくれ。」

  「えっ、なんで!?」

  ・◆・◆・◆・

  「もう1回やってよー。目の前には太秦のやつがぁのやつ。」

  保健室登校が終わった次の日の放課後。

  俺とアリサ先輩はゲームセンターにいた。

  今はクレーンゲームで取る物を散策している最中だ。

  アリサ先輩は俺をいじるのが余程楽しいのか、にやにやしている。

  「やりませんやりません。もう二度と演説みたいなことはしません。」

  「えー、やってよー。アタシ慰めてくれなきゃトラウマで泣いちゃうよー。」

  「あの時の僕は慰めてませんし、アリサ先輩はそんなことじゃもう泣きません。もう自力で乗り越えたんですから。」

  「つまり俺がお前のことぜってー泣かせねぇぜってこと?それってつまりプロポーズじゃん!早いよ優希くん。」

  俺の腕を両手で掴み、胸に引き寄せて抱きながら揺らす。

  まるで付き合いたてで見栄えのない恋人のようだ。

  「違いますね?そんな意味で言ってなかったですよね?」

  「じゃあどんな意味で言ったのさー。」

  目を細めてジト目になり俺に攻めながら柔らかい口調で聞く。

  コロコロと表情が変わるところが可愛く思えてしまうのは、きっと俺の恋愛弱者だからではないだろう。

  「普通に、俺の言葉でトラウマ乗り越えてもらおうかと。」

  「つまり、君の言葉ならアタシが頑張れるって確信してたわけだ。」

  「……あー、えっとですね。」

  まずい。

  アリサ先輩とのやりとりで、俺がアリサ先輩の想いを知っていて放置し、それを利用したのがバレてしまった。

  あの無線機でのやりとりの前にジェヘラにアリサ先輩が俺のことをどう思っているかを同じ女としての目線で見てもらい答え合わせをし、アリサ先輩が俺のことを恋愛的に好きだと判断したから行動を起こしたわけだが。

  その策略を自らの口で話してしまった。墓穴を掘るとはこのこと。

  「ふぅーん。そっかぁー。君はアタシが君のこと好きだってわかってて恋心を利用したんだ。悪い男だね。」

  「……すいません。」

  「仕方ないから、あの猫ちゃん取ったら許してあげる。」

  アリサ先輩の指を指す先にあるのは大きな黒猫のぬいぐるみ。

  両手で抱えなければ持てないサイズで、とても手持ちの3000円で取れるとは思えない。

  最低でも5000円は掛かりそうだ。

  「頑張ります。」

  千円札を両替して100円玉にする。

  そして魂を込めて100円玉を機械に入れた。

  レバーを操作しアームをぬいぐるみまで持っていく。

  狙いは頭部。

  無事頭を持ち上げた。

  あとはそのまま穴にまで持って行くだけ。

  勝ちを確信したとき、アームからぬいぐるみが落ちた。

  「うーん、もう一回!」

  再びアームをぬいぐるみの頭部まで持っていく。

  そしてまた持ち上げることに成功し、また穴まで運ぶその途中で落ちた。

  「もう少しだと思うんですけどね。」

  三度目の正直としてぬいぐるみの頭部まで持っていく。

  そしてまた持ち上げることに成功し、10秒前を再現するみたいに穴まで運ぶその途中で落ちた。

  「惜しかったですね。」

  「いやそれじゃあ一生終わらないよ。貸してみ。」

  アリサ先輩が俺に被さるように身体を預け、右手にアリサ先輩の右手が乗る。

  ホワイトムスクと少しのバラの香りが嗅覚を刺激し、服越しに体温を感じさせてくる。

  「まず狙うのは頭じゃなくてタグの輪っか。アームの力がすっごく弱いからタグの輪っかに引っ掛けるの。」

  レバーを動かしながら解説してくれているが俺の心境はそれどころではない。

  長い睫毛に金色の瞳。

  紫色のグラデーションメッシュの髪の毛が俺の頬を擽り、理性を煽る。

  「ここかな。そしてこのまま。はい、取れた。どう?アタシうまいでしょ?」

  「あっ、はい。めちゃめちゃ上手いですね。」

  「ちゃんと見てた?君、別のことに集中しててアタシのこと見てなかったでしょ?」

  「いや、見てたっすよ?めっちゃ。」

  再びジト目で俺を見てくる。

  今度のジト目は少し不機嫌さを感じさせられるものだ。

  「確かに、見てはいたか。」

  何故か機嫌を戻し、ニヤニヤとした顔に変わった。

  「君の代わりにぬいぐるみ取ってあげたんだから、ご褒美がほしいな。」

  「と、言いますと?」

  「キス、してほしい。」

  「キス!?」

  キスとは自分の唇と相手の唇を付ける愛情表現の一種の事を言っているのだろうか?

  俺達は何時から付き合っていたのだろうか?

  「言っておくけど。アタシは誰彼構わずキスするような女じゃ無いからね。」

  「そりゃあわかってますけど、そうじゃなくてですね。」

  「もぉーめんどくさいなぁ。」

  思考が止まり、呆ける。

  「これアタシのファーストキスだから、忘れないでね。」

  [newpage]

  ★エピローグ

  彼と出会ってからの1ヶ月半。

  彼をずっと見てきた。

  彼の友人に対する態度。

  異性に対する態度。

  目上の人に対する態度。

  彼の人間に対する態度を全て、見てきた。

  だからわかる。

  彼は恋愛関係に対して不信感がある。

  女友達から恋愛関係に進むのを躊躇う傾向にある。

  だから、今はアタシから告白をしない。

  ただアピールをするだけ。

  いつかアタシを信じて、彼から告白してくれるのを待つだけ。

  それはじれったい道で、気が遠くなるほど長い道。

  でも、それでもアタシは彼がアタシを信用してくれるのを待つ。

  貴重な青春を待機時間に費やしてもアタシは構わない。

  彼のことが好きだから、アタシは待ち続ける。

  時間の無駄?確かにそう。

  でも仕方ないじゃん。

  だって好きになっちゃったんだもん。

  これが惚れた弱みって、やつなのかな?

  [newpage]

  最後まで読んでいただき誠にありがとうございました。

  感想やアドバイスなどのコメントお待ちしておりますので

  どうか、宜しくお願いします。