猫と虎と床寝

  あっという間に年が明けた。光陰矢の如しとはよく言ったものだと思う。

  2021年も色々あった。コロナの勢いは留まることを知らないと思いつつも、終わる兆しが見え始めたけど、結局オミクロンが猛威を振るい始めた。最近は地震も怖い。3月11日には何の因果か、東北で大きな「余震」もあった。

  でも楽しいこともあった。オリンピックは何だかんだすったんもんだありながら盛り上がった覚えがある。スポーツは野球ぐらいしか知らない自分でも、スケートボードにはビッタビタでハマった。

  その野球にクローズアップすると、田中のマー君が楽天に復帰したことは忘れられない。記憶に新しい新庄BIG BOSSは流石すぎて笑った。

  他にも色々あった気がするけど、もう振り返るのも面倒になってきた。座椅子とこたつで寝正月なんて、そんなもんか。あ……意識が遠のいていく。

  「なー」

  「お、どうした」

  知らない内に俺の横に[[rb:小春 > こはる]]が来ていた。小春はまるで旅館の女将さんのように綺麗に手を揃えて、お月様のようなまん丸の目で俺を見上げている。マズルの膨らみと前に向いたヒゲから、少なくとも遊びたいかご飯かのどちらかなのは理解できた。

  「ご飯か?」

  「なー」

  「遊ぶか?」

  「んー」

  「どっちだよ」

  そして、小春はどこかへ駆けていった。

  「いや、人のこと呼んどいてどっか行くんかい」

  まあ、それが猫か。かわいいなあ、と思いながらお茶を飲んだ。

  ふと見上げたテレビで、芸人さんが漫才をしている。

  「今年は寅年ということで、景気よく行きますよ〜。ガオッアンドワオッ!」

  「……ね、ということで」

  「触れろや、おい!」

  往年の干支ギャグも気がつけば一周したなと思ったと同時に、今年が寅年ということに気がついた。年賀状も出さなくなった今となっては、干支を感じる場面がとても少ない。

  「なー」

  「なあに」

  小春がまた俺の横に座っている。すると今度は手を出して、俺の腕にぽんと置いた。

  「なー」

  「何がお望みですか」

  小春の言葉がわかるわけではないので、俺は仕方なくこたつから立ち上がり、本人の望む方向へと向かった。小春が軽々と進む先にあったのは、小春のご飯が置かれた棚だった。

  小春はひょいと棚に登り、すちゃっと女将さん座りをしてこちらを見つめる。うるうるの瞳から、あれを求められていることがわかった。

  「チュールか」

  「んなっ!」

  「さっきもあげただろ」

  「くぅー」

  「なんだよ、くーって」

  猫を飼うまでは猫の鳴き方なんて「にゃー」しかないと思っていたが、飼ってみると思った以上に色々と鳴く。そして、人間の猫なで声は腹が立つのに、猫の猫なで声は最高にかわいい。一発で骨抜きにされた。

  だからと言ってご飯のあげすぎはいけない。ついさっき、自分がお雑煮やおせちっぽいものを食べている時に、一緒に蒸した鶏肉をチュールでデコレーションしてあげたばかりだった。

  「あれじゃ足りないっていうのか」

  「んな」

  「んなこと言われてもなあ。食べすぎだぞ」

  すると小春が、棚の上のご飯が入ったカゴの角に、自分の口をこすりつけた。これは猫の甘えの仕草だ。つべこべ言わずにチュールをよこせと言っている。

  「じゃあ、1本だけだよ」

  そう言って俺がカゴに手をかけると、小春はその手に頭をこすりつけてくる。

  「そんなくっつくなって。取れないだろ」

  一悶着あった後、どうにかチュールを一本取り出した。ついさっきは鶏ささみ味をあげたので、今度は海鮮系のまぐろ味にした。先を丁寧にちぎって、小春に突き出した。

  「はい」

  小春がチュールの切り口に自分の口を近づけ、軽く鼻ですんすんと匂いを嗅いだ。そこで俺がチュールを押し出すと、待ってましたと言わんばかりに小春が舌を出した。舐める素振りに合わせて俺が歌を歌う。

  「チュール、チュール、ちゃおチュールー」

  「ちゃむちゃむ」

  「チュール、チュール、ちゃおチュールー」

  「ちゃむちゃむ」

  「チュール、チュール、ちゃおチュールー」

  「ちゃむちゃむ」

  「いなばちゃおチュール!」

  本人はお構い無しで舐めている。しかも、あまりにもがっついているので、鼻の頭にくっきりとシワが出来ている。目つきも鋭い。

  その様子を見て、俺ははっとした。

  「トラだな」

  ネコ科の動物というのは不思議で、形や大きさ、能力は千差万別なのに、その習性はよく似ている。動くものを捕らえる俊敏さや、前足で敵を攻撃するところ。あと、どんなネコ科でもマタタビでふにゃふにゃになると聞く。

  そんなところを考えると、猫もトラも同じだ。

  目の前の猛獣が一心不乱にチュールを貪っている。

  「かわいいトラさんだな、まったく」

  俺の呼びかけに合わせて小春の耳が動く。伝わっているんだか、どうなんだか。

  チュールを食べきると、小春は満足したように棚を下りて床にストンと着地した。

  俺はその姿を見送り、残ったチュールの残骸を台所に運んだ。チューブを綺麗に開いて、水道から水を出し丁寧に洗う。

  「つめたっ」

  水がとても冷たい。そこをぐっとこらえて洗った。軽く水を切りたいので、お雑煮に使ったお椀とかの横に差し込んだ。

  寒いからさっさとこたつに入ろうとリビングに戻った。するとだ。

  「おーい!」

  小春が俺の座椅子に手を折って座っている。小春はなんのことだかさっぱりという顔でこちらを見返してくる。猫はすぐに飼い主のものを奪い取る。

  「小春、寝るところならもっと他にあるだろ」

  「……」

  こういう時に限ってダンマリを決め込む。

  「やっぱり小春は猫だな」

  「んなー!!」

  急に小春が叫んだ。何が言いたいんだか。

  「仕方ねえなあ」

  俺はこたつの別の面から足を入れて、暖を取ることにした。一応こたつの下にもマットを引いているので、板間に直接座ることはないから尻は痛くならない。

  座り込む俺の顔を小春が覗き込んでいる。

  「なに」

  ただじっと見つめてくる。

  「まあ、いっか」

  俺は横向きでテレビを見直し始めた。全く知らない芸人さんが知らないネタを披露している。今年はどんなものが流行るんだろうか。

  その内、段々と意識が遠のいた。結局今年も惰眠をむさぼるんだろう。

  次に目が覚めたのは、日が傾き始めた頃に小春が俺の頭を小突いた時だった。

  「なー」

  「小春、おはよう」

  [newpage]

  あっという間に年が明けた。光陰矢の如しとはよく言ったものだと思う。

  2021年も色々あった。コロナっていうやつが大暴れしたことで、[[rb:天寿郎 > てんじゅろう]]はあいかわらず家にいて、得体のしれない四角に向かって話していた。最近は地震も怖い。揺れる度に私を持ち上げて安心させようとしてくれるけど、不安そうなのは決まって天寿郎の方だ。

  でも楽しいこともあった。天寿郎と一緒にいる時間が増えたことで遊ぶ機会がたくさん増えた。私が猫じゃらしに飛びかかっていると「ゴン攻めだ!」といちいち言うようになったけど、あれは一体どういう意味なんだろう。

  ぐー。

  他にも色々あった気がするけど、もう振り返るのも面倒になってきた。さっき山盛りの鶏肉を食べたのにもうお腹が空いた。あ……意識が遠のいていく。そうなる前に天寿郎の横に向かった。

  ぼーっとしている天寿郎に声をかけた。

  「なー」

  「お、どうした」

  天寿郎が私の方を向いた。天寿郎はまるで猫のように背中を丸めて、ヒゲのような細い目で私を見下ろしている。

  人間の言うことは大体わからない。簡単な言葉ならいいんだけど、難しい言葉とか初めて聞く言葉は理解するまで時間がかかる。さて、私の数少ない意思表示でわかるだろうか。

  「ご飯か?」

  「なー」

  私は興奮して声を出した。

  「遊ぶか?」

  「んー」

  そうじゃない。

  「どっちだよ」

  いや、どっちだよって、初め当ててたじゃん。とりあえず先にご飯のある棚に行けば分かってくれるだろう。私はご飯のある棚に駆けていった。

  「いや、人のこと呼んどいてどっか行くんかい」

  背後でそんな言葉が聞こえた。いや、もうちょっと猫のこと理解しようとしてよ。まあ、それが人か。かわいいなあ、と思いながら後ろを振り返った。

  天寿郎がテレビでという大きな四角を見つめている。こたつを出る素振りがない。

  「今年は寅年ということで、景気よく行きますよ〜。ガオッアンドワオッ!」

  「……ね、ということで」

  「触れろや、おい!」

  まったく。人間は猫のことをかわいいと褒め称え、ゆっくり暮らしている姿を敬う。そして、猫になりたいとのたまう。でも、あんな姿を見ていると人間もほとんど猫じゃないかと思う。

  私はもう一度天寿郎の横に行き、今度は彼の腕に手を起きながら声をかけた。

  「なー」

  「なあに」

  なあにじゃないっての。

  「なー」

  「何がお望みですか」

  天寿郎は仕方なさそうにこたつから立ち上がり、私の望む方向へと向かおうとした。私はやれやれと思いながら、私のご飯が置かれた棚に駆けていった。

  私はひょいと棚に登り、すちゃっと手を揃えてあちらを見つめた。うるうるの瞳を突きつけることで、あれを求めていることが伝えた。

  「チュールか」

  「んなっ!」

  よし、わかったか!

  「さっきもあげただろ」

  「くぅー」

  「なんだよ、くーって」

  不服の声に決まってるだろ。

  人に飼われるまでは人の言葉なんて何にもわからないと思っていたが、飼われてみると思った以上に色々とわかる。おまけに私達に合わせて高い声で話してくる。猫の猫なで声は腹が立つのに、人間の猫なで声は最高にかわいい。一発で骨抜きにされた。

  だからと言ってご飯をなかなかくれないことには腹が立つ。ついさっき、天寿郎が何か豪華なものを食べている時に、蒸した鶏肉をチュールでデコレーションしたものをもらった。

  「あれじゃ足りないっていうのか」

  「んな」

  「んなこと言われてもなあ。食べすぎだぞ」

  でも、もうお腹が空いた。私のご飯とか体のこととかの全てを管理しているのは天寿郎だ。天寿郎に頼る以外、私には生きていく術がない。だから、こうして訴えるんだ。

  私は棚の上のご飯が入ったカゴの角に、自分の口をこすりつけた。これは猫の甘えの仕草だ。つべこべ言わずにチュールをよこせと言っている。

  「じゃあ、1本だけだよ」

  そう言って天寿郎がカゴに手をかけた。私は思わず、その手に頭をこすりつけた。

  「そんなくっつくなって。取れないだろ」

  一悶着あった後、天寿郎はやっとチュールを一本取り出した。天寿郎がチューブの先を丁寧にちぎって、私に突き出した。

  「はい」

  私はチュールの切り口に自分の口を近づけ、軽く鼻ですんすんと匂いを嗅いだ。ついさっきは鶏ささみ味をくれたからか、今度は海鮮系のまぐろ味のようだった。

  すると天寿郎がチュールを押し出したので、私は待ってましたと言わんばかりに舌を出した。そして、私が舐める素振りに合わせて天寿郎があの歌を歌う。

  「チュール、チュール、ちゃおチュールー」

  「ちゃむちゃむ」

  「チュール、チュール、ちゃおチュールー」

  「ちゃむちゃむ」

  「チュール、チュール、ちゃおチュールー」

  「ちゃむちゃむ」

  「いなばちゃおチュール!」

  わけのわからない歌だ。私はそんな歌をお構いなしに、チュールにがっついた。すると、そんな私の様子を見て、天寿郎ははっとした。

  「トラだな」

  よくわからない言葉を言ってきた。

  トラと言うと、確か私たち猫に近い生き物だったはずだ。虎柄の猫がいるから模様の雰囲気は想像できるけど、猫よりも大きくて強いという噂には理解が及ばなかった。

  私に向かってトラと言ったことを考えると、私のこの様子は猫ではなくトラなのかもしれない。その時、自分の鼻の頭にくっきりとシワが出来、目つきも鋭くなっていることに気がついた。

  「かわいいトラさんだな、まったく」

  いや、トラと言うのだから私は強く勇ましい様子だったんじゃないのか。かわいいのか。よくわからない。

  そんなことを考えているとチュールを食べきったので、私はとりあえず満足して棚を下りて床にストンと着地した。天寿郎は私の姿を見送り、残ったチュールの残骸を台所に運んだ。

  一方で私は温かい場所を探した。今年の冬は寒い。しっかり体を温めないと大変なことになる。

  「つめたっ」

  天寿郎が声を荒らげた。ほら、寒いから大変な目に合っている。でも、私はもう平気だ。温かい場所を見つけた。さっきまで天寿郎が座っていた座椅子だ。天寿郎のぬくもりもあるから余計に温かい。

  私はその場所で座り、前足を折った。するとだ。

  「おーい!」

  天寿郎が私を見るなり叫んだ。こちらに近づいてきて少し呆れた顔をしている。何をそんなに呆れているんだ。

  「小春、寝るところならもっと他にあるだろ」

  そんなこと言われても、ここが今は一番温かいから仕方無い。天寿郎こそ他にも座るところくらいあるだろう。

  「やっぱり小春は猫だな」

  「んなー!!」

  いや、さっきまでトラだと言ってただろ! どっちなんだよという気持ちから思わず私は叫んだ。全く何が言いたいんだか。

  「仕方ねえなあ」

  天寿郎は仕方なさそうにこたつの別の面から足を入れて、暖を取り始めた。ほら他にも座るところがあるだろという気持ちで、私は座り込む天寿郎の顔を覗き込んだ。

  「なに」

  ただじっと見つめてくる。

  「まあ、いっか」

  天寿郎はテレビという四角を見始めた。全くわからないテレビの何が面白いのかわからない。今年の天寿郎はどんなものに興味を示すんだろう。

  その内、段々と意識が遠のいた。結局今年も惰眠をむさぼるんだろう。

  次に目が覚めたのは、日が傾き始めた頃で、私はすっかり腹を空かせていた。私の横で天寿郎がよだれをたらして寝ていたので、私は彼の頭を小突いた。

  「なー」

  「小春、おはよう」