【第十二話:鬼灯の揺り籠 後編】(銀郎×夕陽?)※R描写あり
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(※性的描写あり)
湯気の立ちのぼる味噌椀の中で、まだ少しだけ、根菜が揺れている。
「……ご馳走様でした」
ぽつりと銀郎が呟き、器を流し台に置いた。箸を揃える音すらも、やけに静かに響く。
そしてそれきり、何も言わず、背を向けて自室へと戻っていった。
その様子を、対面から朱雀がじっと見ていた。
「……なーんか、あいつ最近元気ないよなぁ」
食後の茶を口にしながら、肩越しに朱雀は夕陽へと話しかけた。
夕陽は、手元の湯飲みに視線を落としたまま、ほんの少し間を置いて応じる。
「……そう、だね」
「夕陽様もさ、ちょっと元気ない気がする。なんか……目が、疲れてる」
「……そうかもしれない。八咫の一件で、だいぶ仕事が溜まってたからな」
淡々とした口調だったが、その声には、微かな疲労と、張り詰めた何かが滲んでいた。
朱雀は椅子から立ち上がり、笑って言う。
「じゃあ俺、ここ片付けておくから、夕陽様はゆっくり休んでよ」
「……ありがとう」
穏やかに返した夕陽は、ほんのわずかに微笑んだようだった。だがその背は、立ち上がってもなお、どこか頼りなく見えた。
夜はすっかり更けていた。
朱雀の静かな寝息を背に、銀郎はそっと部屋を抜け出す。月明かりに照らされた中庭には、かすかな風が吹いていた。冷たくも心地よい風に髪をなびかせながら、銀郎はぽつりと腰を下ろす。
眠れない。
けれど、それは身体のせいではなかった。
心の底に巣くう悩みと、揺れ動く思い。それが、瞼を閉じさせてくれなかった。
――そのとき、ふと背後から気配がした。
振り返ると、そこには夕陽がいた。
……否、“夕陽の姿をした、鬼灯”だった。
「……まだ、決められないのかい。優しいねぇ、ほんと」
くつくつと喉を鳴らすような笑いとともに、鬼灯が銀郎の隣に腰を下ろす。
銀郎は、睨みつけるように視線を向けながらも、立ち上がることはしなかった。
「……私は……夕陽様の意志を無視するような真似は、できない」
銀郎は伏し目がちに答える。手のひらは膝の上で強く握られていた。
「そっか。じゃあ――仕方ないなあ」
鬼灯は楽しげに微笑みながら、身を乗り出した。
「……あの朱雀って子、案外お人好しだし、可愛い顔してるし? 喜んで魂くれるんじゃないかね。あんたと違って、頭で考えるより、感情で動く質みたいだし?」
銀郎はぎょっとして顔を上げた。その瞳に、怒りと焦燥が交錯する。
「……朱雀に手を出すつもりか」
「もちろん。ただ――朱雀は、まだ“欲しがってる”側だからね。渇いた魂は美味しいけど、ヌシ様を満たせるのは、“与える覚悟”を持った奴だけだよ」
にこり、と笑んだ鬼灯の顔は、まぎれもなく夕陽のものだった。
けれどその目だけが異質で、深い井戸の底を覗くように冷たく、淀んでいた。
「……でも、別に朱雀じゃなくてもいいんだよ? “この器”を使えば、誰でも――男でも女でも、人でも妖でも。誘えば皆、喜んで身も心も預けてくれる」
「……!」
銀郎の口元がわずかに引き攣った。こみ上げる怒りを、どうにか飲み込む。
鬼灯は、そんな銀郎の様子を愉快そうに眺めながら、低く囁く。
「さあ、どうする? “お前だけの夕陽様”が、他の誰かに汚されてもいいのか?」
風が吹いた。 庭の木々がざわめく。
その音の中に、銀郎の怒りと苦悩が静かに混ざっていた。
銀郎は苦しげに目を細めながら、唇を震わせる。
「……他の者には手を出さないと、約束しろ」
鬼灯はにんまりと微笑み、まるで子どもをなだめるように頷いた。
「もちろん。俺はね――器が満たされれば、それでいい」
その言葉を最後に、鬼灯は銀郎の手を軽く取った。拒む隙などない、自然な導きだった。
「こっち。きて」
連れていかれたのは、屋敷の端にある、かつての物置を改装した離れだった。滅多に人が寄りつかない場所。床には簡素な敷物が敷かれ、ほんのりと香が焚かれていた。
この香りは――
(……夕陽様が、好きで、よく焚いてた……)
「……用意周到だな」
「邪魔されたくないからね……。最初から素直に従ってれば良かったのに」
部屋の奥、灯りの届かない影の中で、夕陽の顔をした鬼灯がゆっくりと近づいてくる。
銀郎は、一歩も動けなかった。
「……大丈夫、心の底じゃ、ヌシ様もお前を欲しがってる」
耳元に注がれたその囁きは、吐息と共に熱を持って銀郎の奥底に届いた。凍ったはずの理性の表面が、じわりと溶かされていく。
「……っ」
「ほら、夕陽様の“フリ”、しててあげるからさ」
鬼灯は銀郎の耳――ふわふわの銀の毛並みに覆われたそれを口に含み、ぬるく湿った舌で、執拗に甘噛みした。
「……っ……あ」
震える声が洩れた。
逃げられないと知っていながら、逃げることすらしなかった。
「我慢しちゃって、可愛いね。どうされるのが好き……?」
指先が銀郎の喉元に触れ、そこから鎖骨、胸元へとゆっくりなぞる。その仕草はなまめかしくも、いやらしさより先に“弄ぶ”意志が滲んでいた。
まるで、心の奥のもっと奥――触れてはいけない場所を、暴こうとしているかのように。
銀郎の呼吸が次第に浅く、熱を帯びていく。
鬼灯はそれを愉しげに眺めながら、ひとつ、耳元で囁いた。
「……ねえ、“ヌシ様”になら、されたいんでしょ」
その声音は、夕陽によく似ていた――けれど決定的に違う、毒のような甘さを孕んでいた。
銀郎の喉が、かすかに震える。
指先は襟元にかかり、繊細な布地を滑らせながら、ゆっくりと肌を露わにしていく。
滑らかな肌の下、引き締まった胸元に湿った吐息がかかるたび、微かな震えが走った。
「ん……っ、……やめ――」
言葉にならない抗いを、鬼灯は指で唇ごと封じた。
「だめ。もう始めたんだから、最後まで付き合ってよ」
そのまま、唇が頬に、顎に、首筋へと降りていく。
形だけで言えば愛撫に似た行為――だが、そこには支配と遊戯の意図があり、銀郎の中に巣食う罪悪と欲望を、巧みに掬い上げていく。
「……ほら、ここが……もう、言うこと聞かなくなってるよ?」
鬼灯の手が、衣の奥深くへと忍び込む。
触れられた場所から、疼くような熱がひたひたと這い上がり、銀郎の背筋を緩く反らせた。
「夕陽様のフリ……してあげる。ずっとね。……お前だけに、するから」
その低い声は、まるで呪いのように銀郎の胸奥に絡みついた。
――本物の“夕陽様”が、こんな風に触れてくれる日なんて来ない。
だからせめて、この幻に身を委ねてしまえば、ほんの少しだけ救われる気がした。
だめだと思う心と、ほどけていく感覚がせめぎあいながら、銀郎は瞼を伏せて、静かにすべてを受け入れた。
鬼灯の声音は甘く溶けて、耳の奥に絡みついた。
まるで、真夏に咲いた毒花が夜露を舐めるように――
それは静かで、ねっとりと、銀郎の輪郭を侵していく。
「……力、抜いて」
触れる指先は、かつて慕い焦がれた主のものとそっくりで。
けれどその温もりの奥に、明確な“異物”の気配がある。
肌が、火照ってゆく。
まるで鬼灯という名の灯が、銀郎の中に火種を落としたようだった。
「……っ……んっ……ぁ」
「可愛い声、我慢しなくていいよ……ねえ、銀郎」
その言葉はどこか、嘲るようでいて、どこまでも甘かった。
偽りの慈しみに塗れた手が、心の奥へと入り込んでくる。
嘘と知っていながら、銀郎の鼓動は否応なく跳ねた。
(違う……これは、夕陽様じゃない……)
そう何度、喉奥で呟こうとしても――
“その声”が呼びかけてくるたび、銀郎の意思は絡め取られてゆく。
重なる影。
触れられた箇所から、冷たい蜜のような違和がじわじわと染み渡る。
抗えば抗うほど、引きずり込まれる感覚。
それは、快楽という名を借りた、静かな侵食だった。
「……んっ、あ……夕陽様……っ」
漏れた声は、懺悔か、それとも祈りか。
与えられる熱に抗う術もなく、銀郎は小さく震え、その身を預けるように、静かに終わりへと落ちていった。
その瞬間を見届けながら、鬼灯はくつりと喉を鳴らす。
「好きだよ銀郎。……大好き」
それは、銀郎がなによりも欲しかった言葉だった。
小さな棘のように刺さったその言葉は、甘やかで、どこまでも欺瞞に満ちていた。
けれど、耳に届いたそれを、銀郎は否定することができなかった。
息を整える間もなく、唇が首筋に触れ、まるで夢の続きをなぞるように、名残惜しげに肌を辿る。
鬼灯が夕陽の顔で微笑む。
夕陽の声で囁き、夕陽の香を纏って、まるで誘うように手を差し伸べる。
「……おいで」
それは罪だとわかっていた。けれど、銀郎はもう抗えなかった。
欲しくてたまらない。あの温もりが――声が、肌が、呼吸が。
銀郎は、夕陽の身体に抱き縋るようにして、深く口づけを交わした。
その唇は柔らかく、舌は絡まり、夕陽の瞳には微かな潤みさえ宿っている。
深く、何もかも奪うような熱に満ちた口づけ――触れる肌、重なる吐息。
すべてが“夕陽”のはずなのに、どこかが少しだけ、違う気がした。
銀郎は迷いなく、夕陽の着物の襟元をゆっくりと剥ぎ取った。
晒された肩へ唇を落とし、なぞるように、刻むように愛撫する。
「……夕陽様……」
その名を呟くたび、胸がきしんだ。
けれど、返される吐息は、確かに熱を帯びている。
夕陽の柔らかな肌に手を這わせながら、銀郎の指先は徐々に下へと滑り――
「ん……っ…」
微かに漏れる声に、銀郎の背中をそっと撫でる手が添えられる。
夕陽の体温を感じながら、銀郎はそっとその身体を押し倒した。
帯を解き、着物の下に隠された白い肌を露わにする。
――それでも。どこかで、心の奥底が警鐘を鳴らしていた。
熱い吐息と共に、銀郎の指が、さらに深く――
身体の奥へと踏み込んでいく。
「んっ……んんっ……」
夕陽の吐息が、堪えるように、漏れ始めた。
銀郎はその反応を確かめるように、舌先を這わせ、柔らかな肌をなぞっていく。
夕陽の身体が、小刻みに震えながらも、応じるように身を捩らせた。
「夕陽様……」
呼んだ名は確かに彼のもの。
けれど、その瞳に浮かぶ情欲の色が、ほんのわずかに“何か”を食んでいるように見えたのは――気のせいだろうか。
銀郎は、その問いを振り払うように、夕陽の両足を持ち上げ、自身をあてがう。
そしてゆっくりと腰を進めると、夕陽の口から、痛みとも快楽とも取れない声が漏れた。
「あぁ……っ!」
中は、熱くて、狭くて。
銀郎の理性は、熱に浮かされるように溶けていく。
ゆっくりと、深く動き始める。
そのたびに、夕陽は声を上げ、背を反らす。汗ばんだ肌が艶を帯び、滴が鎖骨をつたう。
神々しいほどに、美しい。
けれど――その美しさは、どこか「作られたもの」にも見えた。
それでも銀郎は、ただ欲望のままにその身体を求めた。
求めずにはいられなかった。
「……っ、夕陽様っ……夕陽、様……」
やがて、銀郎にも限界が近づいてくるのを感じた。
その熱を堪えきれず、ふたたび深く口づけを交わし、ぎゅっと抱きしめる。
夕陽は、銀郎の首に腕を回してしがみついた。
その動きに合わせるように、大きく身体を揺らす。絡み合う熱、ぶつかる鼓動、滲む吐息――。
銀郎は、幾度も夕陽の奥へと激しく突き上げながら、重ねるように唇を吸った。
ふたりが深く重なり、体温も鼓動も混じり合うその瞬間。
銀郎の奥底から、ふわりと立ちのぼる“光”があった。
それは魂の揺らぎ。
恋慕と欲望がないまぜになった、脆くて甘い“命の核”。
──いただくよ。
夕陽の身体の内で、鬼灯がそっと囁いた。
銀郎の首筋に舌を這わせながら、その奥深くへと意識を潜り込ませる。
鬼灯は“夕陽”の香りを纏ったまま、銀郎にすべてを許すように抱かれながら、その魂にやさしく牙を立てた。
(……ヌシ様のため。あいつの熱を、芯まで齧って、還してやる)
ちゅう、と音もなく、銀郎の魂の一片を嚙み千切る。
だがそれは痛みではなかった。
愛に溺れる銀郎にとっては、ただ快楽の余韻としか感じられない。
微かな痺れのような、心の奥を甘く焼くような“喪失”が、彼の中に残された。
鬼灯はその欠片を、喉の奥に流し込む。
そして主──摩耗し、ひび割れた夕陽の魂へと、そっと接吻するように“それ”を捧げた。
(ねえ、ヌシ様。ちゃんと届いた?)
銀郎が「夕陽様」と熱に震えながら呼ぶたびに、魂の光が溶けてゆく。
そうやって鬼灯は、夕陽のために、愛する者の“命”を喰らい続ける。
「夕陽様っ……愛していますっ……!」
懇願にも似た声。
その言葉に、夕陽は強く抱き締め返した――まるで、本当にそう言ってほしかったかのように。
何度も、何度も。
ふたりは互いの体温を貪るように、熱く、激しく、絡み合い続けた。
「あ……っ、も、銀郎……だめ……かも」
「……っ、夕陽様、もっと、私の名を、呼んでください……」
「ぎん、ろ……あっ、……銀、郎……」
「……夕陽様……っ!」
やがて、夕陽は大きく身体を仰け反らせ、甘い吐息を最後にそのまま果てた。
その熱の余韻に誘われるように、銀郎もまた、彼の奥で静かに果てる。
――しばし、沈黙。
離れの空間には、交わりの名残を映す乱れた吐息だけが微かに揺れていた。
しっとりと汗ばむ肌越しに感じるぬくもり。
まだ名残惜しげに繋がったままの夕陽の身体を、銀郎はふと見下ろす。
そのときだった――
目が合ったはずのその顔に、見慣れた穏やかな微笑はもうなかった。
代わりに浮かんでいたのは、ぞっとするほど無邪気な“あの”笑み――鬼灯の、あの歪んだ嗜虐の笑み。
「……どう? 夕陽様の“フリ”、上手かったでしょ?」
胸の奥に、氷の針を落とされたような感覚。
銀郎は息を詰め、硬直する。
鬼灯は耳元へと口を寄せ、囁くように言った。
「俺も……“美味かった”よ。あんたの魂。ヌシ様の器を満たしてくれたお礼に――最後のご褒美をやるよ」
その瞬間、夕陽の身体から、ふっと力が抜けた。
「……ん……」
銀郎は固まったまま、動けなかった。
夕陽は瞼を震わせ、瞬きを繰り返しながら目を開ける。
視界に映るのは、銀郎――乱れた髪、色を帯びた肌、うっすらと潤んだ目。
(……ここは……?)
夕陽はぼんやりと息を呑んだ。頭の中に霞がかかっている。
身体の奥に残る熱、痺れのような余韻。なぜ、こんなにも切なくて、疼くように痛むのか。
銀郎と目が合う。怯えるように、どこか罪悪感を滲ませたその瞳。
(……まさか……)
胸が痛んだ。残る肌の感触、銀郎の体温。
断片的に思い出す、鬼灯の声。
確信ではない。だが、自分の中にあった「渇き」が少しだけ癒えているのを、夕陽ははっきりと感じた。
(……私が、望んでしまったのか……?)
(触れたいと、願っていた――あの子を、抱きたいと……)
怖れていた。
願ってしまう自分を、そして、それを叶えてしまったこの身体を。
だが、すべて終わった今、銀郎が怯えて目をそらすその姿が、ひどく胸を締めつけた。
震える肩が逃げようとする。
だが、もう二度と――この腕から離したくはなかった。
夕陽はその首を掴み、引き寄せた。
震える唇を、そっと重ねる。
深くはない。ただ、触れるだけの口づけ。けれど、そこに込めた想いは、きっと……伝わると信じた。
銀郎の瞳が見開かれる。その奥にあるもの――怯え、疑念、迷い、そして……一瞬だけ灯った、安堵。
「……やっと、お前に触れられた……」
それは、自分自身すら呪ってきた男の、長すぎた渇望の果ての言葉。
心のどこかでは、ずっと望んでいたのだ。この手で、あの白銀を抱きしめることを。
鬼灯の術の痕跡がまだ肌に残る気がする。そのことすら、今はどうでもよかった。
夕陽は、全てを赦すように、銀郎を強く抱きしめた。
大きな体が小さく震える。
嗚咽が漏れ、頬に熱いものが落ちる。
ああ――泣いている。
「夕陽……様……っ」
あまりにも切ない呼び声に、胸が締めつけられる。
愛しくて、憎らしくて、嬉しくて、苦しくて――銀郎のすべてが、その涙に溶けていた。
夕陽はただ、黙って抱きしめ続けた。
己の中に残る余熱に、銀郎の存在を感じながら、夕陽はただ静かに、その震えを抱きしめていた。
ぴくりと揺れる肩。流れる涙。押し殺すような吐息。
そのすべてが、夕陽の胸の奥を灼くように熱かった。
「……苦しかったな」
低く掠れた声が、髪に落ちる。
まるで自分自身に言い聞かせるような、かすかな呟き。
繋がったまま、呼吸を重ねながら、
ただ寄り添うことしかできなかった。
――奪われたのだ。心も、身体も。銀郎も、自分自身も。
だが、たとえそのすべてが欺かれていたとしても、いま、こうして腕の中で泣くこの存在だけは――
何よりも、誰よりも、愛おしかった。
罪を犯したのは自分かもしれない。
けれど、抱きしめずにはいられなかった。
銀郎の中にまだ残る、自分ではない痕跡。
それすらも、抱きしめて、赦して、すべてを受け止めたいと思ってしまった。
「……もう、大丈夫だ。私がいる」
そう囁いた唇が、銀郎の涙をそっと舐め取る。
熱の残る体が、ようやく安らぎへと還っていくその中で――
ただ一つ、確かなものがあった。
――ああ、触れたかった。
こんなにも、こんなにも、お前に。
二人は、重ねた熱と想いで、過去の痛みも偽りも、そっと塗り替えていくように――再び深く、深く結ばれた。
肌のぬくもりも、震える息遣いも、もうひとつの心臓のように響き合っている。
そして今なら、ようやく言える。
何度も喉まで出かかったのに、怖くて言えなかった、あの言葉を。
「……銀郎……愛してる……」
呼吸を呑むように、銀郎の瞳が大きく揺れる。
それでもしっかりと見つめ返し、頬を染めながら、けれど真っ直ぐに応えた。
「……っ……はい……。私も……ずっと……誰よりも、あなたをお慕いしております……」
熱に濡れた声が、夜の静寂に溶けていく。
ふたりだけの誓いが、肌の奥に、魂に、深く刻まれていく――。
ふたりが重ねた熱と、甘く滲んだ涙の味。
それが、夕陽の魂をたしかに潤していた。
(……まったくヌシ様は、世話が焼ける)
銀郎の愛も、執着も、すべて嚙み砕いて、ヌシ様の器へ注ぎ込む。
満ち足りた心地よさに包まれながら、鬼灯は影の深奥へと沈んでいく。
(あんたが壊れそうな時だけ、目を覚ます――)
(それが、“約束”だったろ、ヌシ様)
またいつか、と願うように。
けれど、できることならもう、このままずっと。
満たされた影は、静かに、静かに、闇へと還っていった。
第十二話:鬼灯の揺り籠 完