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(※全年齢版。こちらは全年齢向けに改稿したものとなります。R指定完全版は別のとこに置いてあります)
***
朱雀は、森の外れにある岩場のくぼみに身を潜めていた。
かつて獣が寝床にしていたのかもしれないその洞穴は、人が一人うずくまるには十分な広さがあった。けれど奥行きは浅く、雨風を完全に防げる場所ではない。
それでも、朱雀はそこでじっと身を縮めていた。
土砂降りの雨に打たれて、着物は肌に張りついている。髪からも尻尾からも水滴が滴り、身体の芯まで冷えていた。
それでも、冷たいのは雨のせいだけではなかった。
両膝を抱え、拳を握りしめる。
その手の中には、ちぎれた紐の先に繋がる御守り――幼いころ、夕陽様にもらったもの。
――捨てるつもりだった。
でも、できなかった。
その温もりが、いまの朱雀にはどうしようもなく、残酷だったから。
冷たい風が洞穴の入口を吹き抜け、濡れた肩を揺らしていった。
洞穴の外は、なおも土砂降りの雨だった。
風に煽られ、木々がざわめく音に紛れて――規則的な、コツ、コツという音が混じった。
下駄の音。
それに混じって、微かな鈴の音が、雨音にかき消されそうに揺れる。
朱雀が顔を上げた刹那、洞穴の入口にひとつの影が立っていた。
番傘をさし、雨に濡れることなく静かに立つ、その人影は――
淡い橙色の提灯の明かりが、傘の内側とその下の顔をぼんやりと照らしていた。
闇に浮かび上がるその輪郭は、まるで夢の中のように儚い。
「……夕陽、様……?」
思わず呟いた朱雀の声に、傘の下で静かに笑みが浮かんだ。
「見つけた」
穏やかにそう言って、夕陽は片手を差し出した。掌の上には、小さな銀鈴がひとつ、ちょこんと乗っていた。
――微かに揺れて、澄んだ音を立てる。
「どうして、ここが……?」
驚きに目を見張る朱雀に、夕陽は傘を傾けながら言った。
「これのおかげ。懐かしいだろう? 還りの双鈴《かえりのそうれい》――一つが、もう一つの場所を教えてくれる鈴だよ」
朱雀の目が見開かれる。
――それを、幼い頃に一度だけ見たことがあった。
朱雀は、手の中の御守りを見つめた。
中に仕舞われていたはずの、小さな鈴。
捨てられなかった、それだけが理由じゃない――朱雀は、無意識に守ろうとしていたのだ。
夕陽様と過ごした記憶と、それを「特別だった」と信じたい気持ち。あの頃の自分と、今の自分の間にある確かな絆を。
「……まだ、持っててくれたんだね」
夕陽の優しい言葉が、そっと胸に沁み込む。
「……だって……俺が、夕陽様に拾ってもらった……一番最初の、証だったから……」
朱雀は唇をきつく噛んだ。
ぐしゃりと御守りを握りしめ、込み上げる涙をこらえる。
夕陽が傍にしゃがみこむ気配がした。
「帰ろう……朱雀」
静かな声だった。
けれど朱雀は、膝を抱えたまま動けなかった。いや、動きたくなかった。
――戻ったって、どうせまた、あの人の隣には銀郎がいる。
そんな思いが、ちくりと胸を刺す。
夕陽は、何も言わずに傘を置いた。洞穴の入口、朱雀が濡れないようにするために。
そして、手にしていた提灯を傍の岩陰にそっと据えた。その灯りが朱雀の顔を、ほんのりと淡い橙に照らす。
夕陽は懐から手拭いを取り出し、朱雀の濡れた髪、頬にそっと当てた。
朱雀が怯えたように顔を伏せると、夕陽はそれを咎めることなく、ただ黙って拭い続けた。
そして、着ていた羽織を脱ぎ、ふるえる肩にそっとかける。
温もりが、朱雀の心まで溶かしていく。
「……やさしく、しないでよ」
朱雀の声はかすれて、震えていた。
「そんなことされたら……また……」
言葉にならない想いが喉をつかえ、涙が溢れた。
――好きになってしまう。
――期待してしまう。
――自分も、あの人の隣にいたいと願ってしまう。
夕陽は黙ったまま隣に腰かけると、朱雀の背をそっと撫でた。
まるで、何も言わなくていいのだと告げるように。
「……朱雀、聞いてほしい」
言葉を選ぶように、静かに口を開く。
「私は……お前にも、銀郎にも、ずっと甘えていた。自分より、もっとふさわしい相手がいるはずだって、どこかで思いながら……それでも、どうしても、手放すことができなかった」
朱雀の頬に触れた指がわずかに揺れる。
「気づかないふりをしていた。見て見ぬふりをして――ただ、傍にいてほしかった。捨てないでいてほしかった。それだけを、ずっと願っていたんだ。どんな形でもいいからと……それは、本当は、とても情けないことだけれど」
息をつき、言葉を紡ぎ直す。
「私は、選ぶことが怖かった。誰かを選べば、誰かを失う。その重さから逃げていた。正しいふりをして、答えを先延ばしにしていたんだ。……どちらも大切で、どちらも愛している。それは、今の私の偽らざる気持ちだ」
瞳の奥に、覚悟とも諦めともつかぬ影が揺れる。
「自分でも卑怯で、ずるい人間だと思う。軽蔑しても構わない……それでも、私は――朱雀、お前を愛している。お前の想いを、無かったことにはしたくない。……許されなくても、そう願ってしまうんだ」
朱雀は、夕陽の言葉を飲み込んだまま、しばらく沈黙した。
唇を噛み、目を伏せたまま、ぽつりと呟く。
「……ずるいよ、夕陽様。そんなの……ずるいに決まってる」
声は震えていた。けれど、怒りというより、自分の弱さを噛み殺すような、滲む悔しさと哀しみがにじんでいた。
「……いっそ、嫌いになれたらよかった」
ぽつりと落とした声は、微かに震えていた。
「嫌いになって、罵倒して、顔も見たくないくらいに怒ってさ……、そしたらきっと、今よりは辛くない」
朱雀は俯いたまま、膝をぎゅっと抱きしめる。
「でも、探しに来てくれたことが……嬉しくて……、優しくされて、バカみたいに喜んでる……。そんな自分が、心底……嫌になる」
夕陽は何も言わず、ただ黙って朱雀を見つめていた。
「……夕陽様が、どんなに卑怯でも、ずるくても、……嫌いになんてなれない。ガキの頃からずっと俺の憧れで、大好きで、たった一人の家族だったのに、いまさら諦めるなんて、できないよ……」
朱雀は膝を抱きしめたまま、堪えきれずに涙をこぼした。
「朱雀……」
夕陽がそっと手を伸ばしかけた、その瞬間だった。
朱雀が、堪えきれぬ衝動のまま、勢いよく夕陽に身を預ける。
「……俺っ、……夕陽様の、一番じゃなくてもいい。二番目でも、銀郎のとなりでも、なんでもいいから、傍にいたい……」
「……朱雀」
「……だから、俺のこと、捨てないで……」
夕陽は、小さな子を宥めるように、その肩をそっと抱きしめると、苦笑を漏らすように小さくため息を吐いた。
「……銀郎も、同じことを言ったよ。……『自分は二番目でいい』って」
その言葉に、朱雀が、はっと目を上げる。
夕陽は、ほんの少し目を細め、朱雀をそっと見つめ返していた。
「きっと、私のことを誰よりも想ってくれてるからだって……」
朱雀は何も言えなかった。ただ胸がぎゅうっと痛くなって、涙が零れそうになるのを必死にこらえる。
「捨てるなんて、できるはずがない。お前も、銀郎も、私の生きる意味、そのものだからね」
夕陽がそっと手を伸ばし、朱雀の頬に触れる。濡れた頬を親指で拭うその手は、優しくて、あたたかくて――朱雀はもう、こらえきれなかった。
朱雀が肩にしがみつくように寄り添うと、夕陽はその体をそっと抱き留めた。
ゆっくりと手を伸ばし、濡れた朱雀の頬をなぞる。
朱雀の熱に、震えに、怒りに、哀しみに――そして、隠しようのない想いに。
そのすべてを、慈しむように抱きしめる。
「……ごめん。こんな私を、好きでいてくれて……ありがとう」
呟く声は雨音に溶けるほど柔らかかった。
夕陽は、朱雀の目尻にそっと口づけた。
涙の跡をなぞるように、額へ。やさしく、穏やかに――まるで、赦しを贈るように。
朱雀がわずかに身じろぎすると、夕陽の手がそっと頬に添えられる。
そして、ためらうように近づいた唇が、朱雀の唇にふわりと触れた。
深くはない。けれど、確かな想いが込められていた。
奪うでも、試すでもなく――ただ、心を伝えるために。
「……私も、お前が好きだよ」
その一言で、朱雀の胸がふるふると震えた。
張り詰めていたものが一気に緩み、再び涙がこぼれる。
けれど今は、もう涙を隠す必要はなかった。
夕陽の腕の中でなら、どんな想いも受け止めてもらえる気がした。
朱雀は、その気持ちに応えるように再び身を寄せ、唇を重ねる。
触れるたびに、心が熱を帯びていくのを感じながら――
やがて、そっと唇を離すと、朱雀は震える吐息を洩らしながら、夕陽を見つめた。
その瞳には、戸惑いと、切なさと、そしてどうしようもないほどの渇望が灯っていた。
「……夕陽様」
かすれた声が、静かに名前を呼ぶ。
呼ぶたびに、朱雀のまなざしに宿る決意が、少しずつ、確かなものになっていく。
朱雀は、夕陽の濡れた髪にそっと指を差し入れ、その頬に静かに唇を落とした。
指先が髪を梳きながら、朱雀はそっと夕陽の身体を横たえる。
湿った地面に背を預けた夕陽の胸元へ、朱雀は顔を寄せ、そっと額をあずけた。
頬や肩、胸の上を、ゆっくりと指でなぞる。
まるで羽を撫でるように、一枚一枚、大切に触れるような仕草だった。
触れるたびに、夕陽の身体がわずかに揺れる。
その温度も、鼓動も、朱雀の手のひらに伝わってくる。
それが嬉しくて、ただ触れていられるだけで、胸の奥が熱くなった。
このぬくもりを――絶対に、手放したくない。
今、確かにここにあるそれが、どれほど尊くて、愛おしいものか。
朱雀の胸に渦巻く感情は、静かながらも、決して揺るがないものだった。
「……胸が、苦しいくらいなのに……しあわせで。もっと、夕陽様を感じていたい。ずっと、そばにいたいって思うんだ……」
朱雀の声は微かに震えていた。泣いているのではない。
ただ、これまでの渇きと、今ようやく触れられた温もりに、心が満ちていくのを感じていたのだ。
その声は、かつての喪失と、今ここにある希望を、そっと抱きしめるようだった。
夕陽は目を伏せながらも、朱雀の背にそっと腕を回す。
その仕草は多くを語らずとも、確かに想いを受け入れていた。
朱雀の手が衣の上から夕陽の背を撫でるたび、夜の空気が静かに肌を揺らす。
その触れ合いは、どこか記憶の深層に触れるようで――過去と現在がゆっくりと結び直されていくようだった。
指先が辿るたび、夕陽の呼吸がわずかに揺れる。
その反応ひとつひとつが、朱雀にとってはかけがえのないものに思えた。
確かめるように、恐る恐る。けれど揺るぎない心で、朱雀は夕陽との距離を少しずつ縮めていく。
触れたぬくもりが、じんわりと彼の心に染み込んでいく。
それは、ずっと遠くにあると思っていた光が、ようやく届いたような――そんな歓びだった。
耳に届く夕陽の微かな息づかいに、朱雀の胸が高鳴る。
それは、自分だけに許された瞬間のようで、胸が熱くなる。
無理に求めることなく、焦らず、急がず。
朱雀はただ、夕陽の存在を確かめるように、そのぬくもりに寄り添い続けた。
最初はぎこちなかった心と心の距離も、やがて重なっていく呼吸に導かれるように、静かに、そして確かに繋がっていった。
朱雀は、何度も、何度も、夕陽の名を呼んだ。
その声に、夕陽のまなざしがやわらかく揺れ、静かに応える。
ただそれだけで胸が満たされていくようで、朱雀はそっと夕陽に身を預けた。
朱雀の手は、夕陽の背に添えられたまま微かに震えていた。
指先を通して伝わるぬくもりが、深く、静かに心に沁み込んでいく。
その感触に、境界は少しずつ溶けていく――互いの孤独を包み込むように。
浅く、深く、ただ寄り添っていく時間。
朱雀の仕草は、どこまでも優しく、まるで祈るようだった。
慰めでも執着でもない、ただそこに「在る」ことを願う、切実な想い。
「……夕陽様……」
呼ぶ声が震えながらも、確かに響く。
その名は願いであり、過去の痛みであり、赦しの祈りでもあった。
夕陽は目を伏せたまま、朱雀の名を心の中で何度も呼んでいた。
声に出せば壊れてしまいそうで、けれど、重ねられた手がすべてを伝えていた。
もう誰も拒まない。誰も、傷つけたくない。
そう思えるほどに、今この瞬間が、あたたかかった。
朱雀がそっと夕陽に額を寄せ、静かな呼吸を重ねるたび、二人の心の奥にあった孤独が、少しずつ剥がれ落ちていくようだった。
その震えも、熱も、滲んだ涙さえも――どれほどの想いを伝えようとしていたのだろう。
夕陽は、静かに目を閉じて思う。
朱雀の手が、こんなにも優しかったなんて――知らなかった。
やがて、押し寄せる感情の波がふたりを包み込んだ。
高まりの中で、夕陽は朱雀の名を、朱雀は夕陽の名を、声にならぬ息で呼び合う。
何度も、何度も。
ただ抱きしめるだけでは足りないほどに、相手を想い、求める気持ちがあふれていた。
けれど同時に、もうこれ以上、なにも望まなくていい――そう思えるほどの満ち足りた静けさもそこにあった。
雨音の合間に響くのは、水の滴る音と、静かな囁きだけ。
それは激しさではなく、互いの魂をそっと寄せ合おうとする、優しく温かな触れ合いだった。
「……愛してる、夕陽様。誰よりも、ずっと前から……」
朱雀の声はかすれていたが、その想いはどこまでもまっすぐで、深かった。
夕陽はそっと目を開き、濡れたまなざしで朱雀を見上げる。
「……朱雀……ありがとう。私も、お前を愛してるよ」
その言葉に、朱雀の目からぽろりと涙が零れる。
そして、そっと唇を重ねた。――想いを、ただ伝えるために。
洞穴の奥では、雨音が絶え間なく続いていた。
時折、遠くで雷の音がこだまする。けれどこの場所は、不思議なほどに静かだった。
朱雀は、夕陽の胸に顔をうずめ、そっと耳を澄ませる。
そこに聞こえるのは、夕陽の心音。穏やかで、静かで、どこまでも温かい。
夕陽は、朱雀の背を濡れた衣の上からやさしく撫でていた。
言葉はなかった。ただ、手のひらの熱と鼓動だけが、互いの存在を伝えていた。
雨音が、子守唄のように洞穴の空気を満たしていた。
世界のすべてが、ふたりだけを優しく包み込む――そんな夜だった。
***
屋敷の門をくぐったときには、雨足はすでに弱まりはじめていた。
けれど、夕陽と朱雀の衣はまだ重たく水を吸っていて、歩を進めるたびにしずくがぽたぽたと足元を濡らす。
玄関の戸が開いたのは、ふたりが縁側へ足をかけた瞬間だった。
そこには、灯りを手にした銀郎の姿。
「――おかえりなさい」
その声は、静かに、けれど確かに朱雀へ向けられていた。
朱雀は目を伏せたまま、何も言わずに立ち尽くす。
銀郎の視線が、濡れそぼった夕陽の肩へと移る。
「湯、焚いてあります。薬湯にしてありますから……温まってください」
「ありがとう、銀郎」
夕陽は静かに微笑み、朱雀の背を軽く押す。
玄関に敷かれた乾いた手拭いに、朱雀が足を乗せると、銀郎はそっと屈んで、雨と泥で汚れたその足を拭いた。
その手は穏やかで、怒りも、責める気配もない。
「……銀郎」
小さく名前を呼ぶ朱雀に、銀郎はわずかに目を伏せた。
「風邪をひく前に、入れ」
言いかけて、ふとためらうような間が空く。
それでも、銀郎は微笑んだ。
「……夕陽様と一緒に、入ってきてもいいぞ」
その声は優しく、少しだけ寂しげで。
朱雀は胸の奥をぎゅっと掴まれるような感覚に息をのんだ。
「それから……続きは、また」
その「また」に込められた意味を、朱雀も、夕陽も、きっと気づいていた。
その夜は、久しぶりに布団を川の字に並べて、三人同じ部屋で眠った。
ぽつりと夕陽が呟く。
「なんだか昔に戻ったみたいだね」
その声に、朱雀が目を細める。懐かしく、温かな記憶が胸を撫でた。
「夕陽様、そっち行ってい?」
「……いいよ。おいで」
躊躇いなく潜り込んできた朱雀が、夕陽の腕に身を寄せる。
「朱雀!」
と、銀郎が小さく咎めた声を上げたが、
夕陽は優しく笑って手を伸ばす。
「ほら、銀郎もおいで」
「……っ!」
観念したように、すごすごと布団に潜り込む銀郎。三人の体温が重なり、静かな夜の空気が、いっそう柔らかくなる。
遠くで雨の名残が滴る音がしていた。けれど、この場所だけは別世界のように穏やかだった。
夕陽は目を閉じ、ぬくもりに包まれた両腕をそっと抱き寄せるように意識する。
「愛してるよ、二人とも――」
一瞬、時間が止まったような静けさが落ちた。
朱雀は目を見開き、それから驚きと喜びが溢れて、顔をぐしゃぐしゃにしながら笑った。
「……っ、ずるいよ、夕陽様。そんなこと言われたら、また好きになっちゃうじゃん……!」
ぐいと身体を寄せ、夕陽の胸元に顔を埋めた。
銀郎は反対側で目を伏せ、わずかに赤くなった耳を隠すように肩をすくめた。
「……あの、そういうのは、もうちょっと空気というか……。
……いえ、でも……私も、ずっと……その……ありがとうございます」
言葉に詰まりながらも、そっと夕陽の手を握った。
ふたりとも、それぞれのやり方で、想いを返してくれる。
それが、たまらなくいとおしいと、夕陽は目を細めた。
『――これからも、こうして三人で笑っていられるように。
離れずにいよう。守り合って、支え合って。……それが、私たちの“誓約”』
指先に伝わる体温も、重なる呼吸も、確かに生きている証だった。
この腕の中にある幸せを、もう二度と手放さないと、静かに心に誓う。
夜は更けていく。
けれど、そこにあったのは闇ではなく、
やわらかな夢と、変わらぬ絆――。
三人を包む、優しい夜の幕がそっと降りた。
第十三話:朱と銀の約束 完