草の大陸の港町を出港したレシラム教の帆船は、砂の大陸に向けて航行していた。大海を切り裂く船体はちょっとやそっとの波ではものともせず、大きな帆が海風を受けている。青空にはキャモメやピジョット、ムクホークなどの飛行ポケモンの姿があり、大陸間の高速便を担っている。
船体の前方デッキで海風を浴びていたオズワルドは、跳ね上がった潮水に顔を顰めると、タオルで顔を拭いた。デッキにはオズワルド以外にもレシラム教徒の姿があり、その多くが華族であるエリースとルールの率いる医療班である。彼らの近くには大量の物資と食料、医薬品もあり、船は砂の大陸に人員と物資を運んでいる最中である。
レシラム教徒の中でも、穏健派のエリースとルールの仕切る医療班は統制が取られており、ヴィレムやリラのように暴力に走る心配が少ない。その代わりに他の暴徒に襲われる可能性もあるため、レシラム教徒で構成された騎士団や親衛隊も同行し、彼らやオズワルド達の警護を担当する。
オズワルドの知るレシラム教徒は暴力と権力を好む性質のため、エリースやルールのような穏健派を目の当たりにして、彼は戸惑いを覚えていた。
オズワルドの横にガブリアスのゼーンに変化したニコルが立った。
「オズワルドはレシラム教の穏健派を初めて見るだろう?」
ゼーンの問いにオズワルドは頷いた。
「えぇ…彼らなら安心して同行できますね」
「間違いないな、レシラム教も流石に武力派を派遣する訳もないから…この仕事は比較的安全と言えるな」
ゼーンはオズワルドの返事に賛同すると、視線を穏健派に向けた。穏健派の信者達は首からレシラム教の証である白い装飾品を下げているが、ほぼ全員が医療関係者で構成されている。そのためか、レシラムの証である白衣ではなく、動きやすさや汚れの目立つようなデザインの白衣を着ている。
集団の中でペストの治療法や対策について講義を終えた牝のエースバーン、エリースがオズワルドとゼーンの下に歩み寄って来た。
エリースは2人の傍に来ると、深々とお辞儀をした。
「初めまして、私はレシラム教のエリースと申します。普段はレシラム教の医療班を束ねています」
華族であるエリースがお辞儀した事で、オズワルドは慌てた様子で姿勢を正した。一方、マフォクシーのヘレンと日頃から接しているゼーンは慣れた表情でエリースに返事をした。
「こちらこそ、船や物資、資金の用意をしていただき、ありがとうございます」
ゼーンの返事にエリースはクスリと笑うと、朗らかな笑みをみせた。
「我々にはこの程度の事しかできません。対してゼーン様達は風の大陸でペストの治療法を学んだと聞きます。今回の砂の大陸への派遣で、大陸規模でのペスト克服はレシラム教ゼクロム教の両方の悲願です」
「…悲願達成のためには安い出費、という訳ですね」
レシラム教の資金力を目の当たりにして、ゼーンは苦笑いと共に呟いた。ゼーンの反応を見たエリースは笑みで応えると、デッキに居るレシラム教徒達を見た。
「…隕石の落下、疫病、暴動…この世界は傷ついています。今こそ、レシラム教とゼクロム教が手を取り合い、助け合う時だと私は思います」
「…」
エリースの言葉を聞いたゼーンは閉口した。
「帆船や医療品、食料…この程度の出費は命に比べたら安い物です。逆に言えば、この程度の出費で命を救えるのです」
そう話したエリースは「安い物ですよ」と再度言った。その言葉を聞いたゼーンとオズワルドは、閉口したまま深々とお辞儀をした。
エリースはにこりと笑うと、デッキを歩いていき、船内へと姿を消した。その背中を見届けたゼーンは小さな声で呟いた。
「…安い、か。流石は華族…持っている立場は言うことが違うな」
ゼーンの呟きにオズワルドは首肯した。
オズワルドとゼーンと別れたエリースは船内に入ると、客室に繋がる廊下を歩いていた。水面の揺れに合わせて船体も僅かに揺れており、エリースは手すりに掴まりながら歩くと、やがて廊下の一角に立ち、窓から海を眺めている人物に声をかけた。
「お久しぶりですね、ヘレン」
名前を呼ばれた元華族、マフォクシーのヘレンは華族であるエリースに目を向けると、微かに笑みを見せた。友人かつ貴族仲間であったエリースの姿にヘレンは口を開いて尋ねた。
「没落貴族を笑いに来た…いや脱走した元信者を捕まえにきたのかしら?」
おどけた口調で尋ねてくるヘレンに対して、エリースはコロコロと鈴の音のような笑い声をあげた。
「異端審問官様ならまだしも、私がそのような事をするとでも?」
「…だよね」
エリースの返事を聞いたヘレンは顔を緩めると、旧友と抱擁を交わした。同性で同年代の2人は円卓の中でも特に仲が良く、幼少期の頃からの付き合いである。ヘレンの家が取り潰されて以降は会える機会に恵まれず、ようやく再会できた2人は嬉しそうに笑っていた。
2人は窓枠にもたれ掛かると、窓から吹き込む海風を浴びていた。
「そういえば、レシラム教も大変らしいな。円卓のアイザックス大司祭が殺されたそうだけど…」
ヘレンはタバコを懐から取り出すとエリースに差し出しながら言った。アイザックス大司祭殺害の件に対するレシラム教の動きに探りを入れたのだ。
エリースはタバコを断ると、肩越しに海原を眺めながら言った。
「私個人としては、異教徒や民を痛ぶるアイザックス大司祭の事は好きになれないから、あまり気にしていないですよ」
「だが、オズボーン教皇やルドルフ親衛隊隊長が黙っているのか?」
続けてヘレンはレシラム教幹部の動きを探るが、エリースは溜息混じりにヘレンの顔を見ると応えた。
「民の混乱も落ち着いてる以上、今更犯人探しをしてもレシラム教にメリットはありません。むしろアイザックス大司祭の件を蒸し返す事で、また暴動が起きる方が厄介ですからね」
「…アイザックス大司祭は人徳がないからな」
ヘレンは苦笑いと共にタバコを咥えると、エリースが指先に灯した炎で火を点けた。長年の付き合いであるエリースはヘレンの次の行動などお見通しらしく、ヘレンもエリースの差し出した炎を自然と受け取った。
アイザックス大司祭の殺害犯を追う気配がなく、ニコルとオズワルドに危害を加える可能性が減り、ヘレンは内心安堵していた。
「ところでヘレンの家の使用人達は大丈夫なの?」
エリースが尋ねた。ヘレンは脳裏に使用人達の顔を思い出すと、「うーん」と唸る様な声を漏らした。
「執事長は別の家に転属させたし…メイド長も別の貴族の家で働いていると思うけど…」
「あの医務官は?」
エリースの問いにヘレンは小さな声で唸ると、かつて世話になった医務官の顔を思い出した。脳裏にその顔が過り、ヘレンは手を叩いて声を出した。
「…ニドクインの医務官ね!思い出したわ‼︎」
ヘレンは懐かしいとばかりに声を張ると、自身の育ての親ともいえるニドクインの顔を思い出していた。エリースはそんなヘレンに優しい目を向けると、落ち着いた声で続けた。
「名前が確か…」
「…カヌレさん、カヌレさんだったわ!」
ヘレンはそう言いながら声を張ると、過去の記憶を思い出して、感慨深そうに空を見上げた。エリースは友の姿にくすくすと笑い声を上げると、ヘレンの肩を軽く叩いた。
「お世話になった乳母さんでしょう?たまには会いに行ってあげたら?」
「だよねぇ…確かワイワイタウンの近くの…カフの村で孤児院と産婆さんをしている筈だから…そのうち顔を見せに行こうかしら」
「そうしてあげたら、きっと喜ぶわよ」
ヘレンの呟きにエリースは笑顔で返した。ヘレンも懐かしい乳母の存在を思い出し、顔を綻ばせた。
エリースが俯いた。
友人の変化にヘレンは気がつくと、不思議そうな目を彼女に向けた。エリースは口を閉ざすと、戸惑う様に口を開いた。
「円卓のヴィレム家とカウフマン家の事は覚えている?」
エリースの問いにヘレンは頷いた。
「確か…ヴィレム家の当主は暴力的な牡だったわね」
「えぇ…でも最近の当主は以前よりも暴力が加速しているの…話し方や顔も同じだけど、まるで別人みたいなの」
ヘレンの眉根が寄せられた。
「それで…これは教会の信者から聞いた話だけど…キザキの森の虐前後で、ヴィレム家の当主は本家と分家と入れ替わっているという噂があるの」
エリースの言葉を聞いたヘレンは怪訝そうな目を彼女に向けた。ヘレンの視線にエリースは小さく頷くと、話を続けた。
「元々ヴィレム家の本家と分家は双子の兄弟だったの…そのせいなのか、ヴィレム家の牡は顔の堀がよく似ているの」
「…」
「私もヴィレム家当主は本家しか知らない…仮に分家の者と入れ替わっていても…気づく者は少ないかもね」
エリースの話を聞いたヘレンは顎に指を当てた。分家が本家を乗っ取る話は、元華族であるヘレンも聞いたことがある。実際、円卓以外の家でも分家が本家の事業や当主の椅子を奪い、立場が逆転した事例も多々ある。
「…珍しい事ではないから、あり得るかもしれないね。ただ、エリースの思い違いの可能性もあるんでしょう?」
ヘレンの返事にエリースは不安そうな声で「そうよね」と返した。エリースは視線をヘレンに向けると、再度口を開いた。
「もう一つ気になるのが、カウフマン家の事なの」
ヘレンはカウフマン家という名前を聞き、一瞬誰の事を示すのか思い出せずにいた。だが、すぐにバクフーンの青年の顔を思い出し、「あぁ」と小さな声を漏らした。柔和な笑みの青年は人当たりが良く、対外的な場面でも頻繁に見かける。
ヘレンはカウフマンの顔を思い出しながら、エリースの言葉の続きを待った。
「カウフマン家の現当主は、先代の一人息子らしいの…」
「先代のカウフマンは確か…」
思い当たる節のあるヘレンは小さな声で呟いた。エリースは頷くと、ヘレンの顔を見て口を開いた。
「大病を患って隠居しているわ、少し前に現れたのが息子のカウフマン様なの」
「…そういえば、先代カウフマンの息子については私も聞いたことがないな」
エリースの言葉にヘレンは首を傾げた。
「元々、事務方を仕切っていた先代カウフマン様の後任という形で円卓に加入したけど…それ以前の彼の話を聞かないから、少し変に思うのよ」
エリースの勘は鋭く、問題点やエラーを見つけることに長けている。長年の付き合いになるヘレンはその事を熟知しており、エリースの言葉を脳裏に刻みながら、彼女の不安そうな顔を見た。
「…どちらにせよ、あんまり声を大にして話す事ではないわね」
ヘレンの返事にエリースは「うん…」と小さな声で応えた。ヘレンは不安そうな表情のエリースの肩を軽く叩くと、タバコの煙を吐き出しながら言った。
「深く考え込むのはエリースの長所であり短所よ、今は考えるのをやめて休憩した方がいいわ」
エリースはヘレンの励ましに笑顔を見せると、「美味しい茶菓子があるから、お茶にしましょう」というヘレンの誘いに応えた。
先に歩き出したヘレンの背中を追い、エリースも足を動かした。
エリースの視界の端に揺らぐ影が見えた。
影、エリースの付き人である牡のインテレオン、レオンは透明だった姿を徐々に戻していき、ヘレンに気づかれぬ様にエリースの下へ接近した。エリースの大きな瞳がレオンの差し出す紙切れを捉えた。エリースはそれを受け取ると小声で「ありがとう」と返し、レオンの姿は再度透明になっていった。
紙切れに書かれた文字を見たエリースの目が、僅かに見開かれた。
【レシラム教教会より氷の大陸の支部へ電信あり。「金属加工に長けた腕の立つ職人を探してください。見つけ次第、カウフマンへ連絡してください」とのこと】
それはレシラム教教会の電信機を担当しているモココからの報告であった。エリースはレシラム教の関係者や民とも交流を深めており、様々な場所に協力者を擁していた。このモココもエリースと親しくしており、お茶会を開く仲であった。
「…金属加工の職人」
エリースは独り言を呟くと、ルールが主催する慈善事業の内容を思い出した。その中には無償で治療や医療的な相談を行なう事業もあり、エリースも深く関わっている。
エリースの脳裏に、1人の職人の顔が浮かんだ。
仕事中に負傷し、病院に行く金がない職人はエリースとルールの主催する慈善事業を訪れ、無償の治療を受けていた。その見返りとして、事業で使う金属製品の修理や加工を依頼した事がある。
その腕は一流と呼べる域であり、カウフマンの求める人材ともいえる。
カウフマンが一流の金属加工の職人を求める理由は不明だが、エリースはその先手を打てる位置にいる。それを理解した彼女は本来求めていた情報、華族の出産や乳母を務めた経験のある産婆の名前と所在地の他に、新たな情報を得られた事に満足し、ヘレンの後を追った。
エリースは知っていた。
先日、レシラム教の一般職員からカウフマンが高名な産婆を秘密裏に探しているという情報を得ていた。レシラム教の事務方の頂点に立つ青年が、なぜ高名な産婆を秘密裏に求めるのか。
(円卓の中に出産を控えた者がいるから…)
仮に華族の配偶者、それこそオズボーンに献上された巫女が出産するのなら、わざわざ秘密裏に高名な産婆を探す必要がない。或いは、愛人や妾の出産ならば、産婆も街中で探せばいい。それなのにカウフマンは、周りに知られない様に『高名な』産婆を探していると一般職員は話していた。つまり、高貴な立場の者による表に出せない出産であるという事がわかる。
高貴な立場、円卓を構成する面々で女性はエリースとヘレン、異端審問官のリラしかいない。
その中でもヘレンは家を潰され、円卓から追われた身である。わざわざカウフマンが世話するとは思えない。そしてエリース自身が妊娠している訳などなかった。
「…異端審問官様、あなたのことですよね」
エリースはクスリと笑うと、金属加工の職人と高名な産婆という2枚のカードを得た事を確信した。
エリースもまた、ヘレンがアイザックス大司祭の殺害犯の件で探りを入れたように、エリースは産婆の件で探りを入れていたのだ。
ふと、エリースは気がついた。
リラは華族であり円卓の一員、戦闘技術もある非常に美人な牝である。そんなプライドの高い人物が、そこらの牡に身体を許すのだろうか。それこそ、リラより権力や財力のある人物でないと、プライドの高い彼女を抱けないだろうと。
エリースの脳内に円卓の面々が過ぎった。
ルールとルドルフは紳士的かつ慎重な人物である。
ヴィレムはリラが相手にしない小物であり、カウフマンは自身のスキャンダルとなるような事に手出しするとは思えない。
エリースの脳裏に、牝を抱く事が好きな人物の顔が2つ過った。そのうちの1人は数ヶ月前に亡くなった故人である。
「…あぁ、そういう事ですか」
円卓の裏側で起きている事を、エリースは理解した。
カウフマンが高名な産婆を秘密裏に探すという事は、巫女より先にリラが懐妊したということ。その父親がオズボーンであるということ。オズボーンの性格と行動、性欲からも、リラだけで我慢できずに巫女にも手を出しているということ。
「急いで秘密裏に探すということは、出産も近い…」
一般職員が産婆を秘密裏に探していると把握しているという事は、情報が漏れているということ。
「だからこそ…カウフマン様は口の硬い、華族の出産を取り上げた経験のある産婆を求めている…」
僅かな情報から状況を読み取ったエリースは、くすくすと笑った。
カウフマンの先手を打てる立場に居るエリースはくすくすと笑うと、ヘレンとお茶会をするべく、彼女の背中を追った
*
トレジャータウンの一角にあるテント、その下には未来の世界から渡ってきた牡のジュプトルのカフカと牡のヨノワールのフランツの姿があった。ハピナスレストランでコールマンの後押しもあり、フランツはカフカの店を手伝う事にした。
カフカの視線がテントから少し離れた場所にある、別のテントに向けられた。
そこにはフランツが未来の世界から連れてきた部下のヤミラミ達の姿があり、彼らはカフカの描いたデザイン通りの布地を編んでいた。ヤミラミ達も当初はカフカを敵視していたが、美味しい料理や過去の世界の文化に触れ合う内に心が穏やかになったのか、フランツの指揮の下、作業に従事している。
黙々と作業に従事するヤミラミ達の姿を、横目で見ていたカフカは思わず苦笑した。
「まさか時の守護者と一緒に働く事になるとはな…」
カフカの呟きが聞こえたのか、フランツは大きな手を止めて、一つ目でカフカを見た。
「私も同意見だ。まさか星の調査団と働くとはな…」
フランツの返答にカフカは苦笑いを浮かべ、布地を編みながら尋ねた。
「…フランツはなぜ将校に協力したんだ?」
本来は穏やかな性分のフランツが、自身の存在意義を保つために将校達の求めに応じた事は理解できていた。それでもカフカは質問せずにはいられなかった。
カフカの問いにフランツは一つ目を細めると、布地を編む手を止めた。
「…」
何かを考えたフランツは、やがて手の動きを再開させると、カフカをちらりと見た。
「…クソみたいな世界でも、私の能力が必要と言われたからだ」
シンプルすぎるフランツの返事にカフカは唖然としたが、フランツの気持ちを理解することはできた。滅び行く未来の世界では、希望など存在しない。そのような環境で、自身の能力が必要だと言われたら、それが生きる希望になるのかもしれない。
カフカはフランツの心境を見抜き、思わず吹き出してしまった。フランツは突然笑い出したカフカを睨みつけるが、カフカはケラケラと笑っていた。
「お前にも心が残っていたか…」
ひとしきり笑ったカフカは荷物を纏めると、次の布地を取り出した。それをフランツとヤミラミ達に差し出すと、「頼んだ」とはっきりとした口調で言った。フランツはカフカの言葉を聞くと、恥ずかしそうに俯き、布地を受け取った。
そよ風が店先に流れ込み、カフカは目を細めた。
「…平和だな」
「…あぁ」
カフカの呟きにフランツはぶっきらぼうに応えた。そんなフランツを横目で見たカフカは、言葉を選びながら尋ねた。
「…フランツは、時の守護者に戻る気はあるのか?」
カフカが尋ねた。
その質問にフランツとヤミラミ達は閉口したが、フランツは首を左右に振った。
「…かつての私は過去の世界の美しさを知らず、ただ未来の世界で生きていくだけだった」
そう呟いたフランツはカフカの編んだ布地を指先で触った。
「だが、過去の世界の美しい文化や美味しい料理の味を覚えた以上…未来の世界で長生きしたいとは思えない」
フランツの脳裏にハピナスレストランの料理の数々が過ぎる。
「…星の停止を阻止する事で消える運命だとしても、私は甘んじて受け入れよう。過去の美しい世界で短く太く生きて、世界を守りたい」
フランツは力強い口調で言った。彼の言葉を聞いたカフカは安心したように、息を吐くと荷物を置き、フランツに対して手を差し出した。フランツはそれを見ると、閉口したまま握り返した。
「…エミルとノアも未来の世界から呼びたいな。グレーゴルとも合流して、美味しい料理をみんなで食べよう」
「…あぁ、私とヤミラミ達の分も食事代は奢ってくれるかな?」
フランツの軽口に対してカフカは「任せろ」と短く返した。時の守護者と星の調査団が手を組んだ瞬間であった。
「…早速で悪いが、時の守護者達はどこにどれくらいいるんだ?」
カフカの問いにフランツは目を細めた。
「幹部クラスは将校が水の大陸、ヴィレムが風の大陸、私が草の大陸、Kが砂の大陸を受け持っている。
一般信者はそれぞれ20から30人ほど…氷の大陸はディアルガ教の本拠地だから…そこに数多くの一般信者がいる」
「…フランツはKの顔を知っているのか?」
フランツは首を左右に振った。
「…厄介なのは将校とヴィレム、K…あとは元人間のアイツだ」
「元人間?」
カフカの呟きにフランツが頷いた。
「グレーゴルと同じく、元人間のポケモンがいる。もっとも…私は顔を見た事がない、将校とヴィレムしか顔を知らない…」
「…元人間…銃を作ったヤツの事か」
カフカの言葉を聞いたフランツが頷いた。フランツは自身の荷物の中から通常型のマスケット銃と笛程度の大きさのマスケット銃を取り出した。
「ヤツは日々、新しい技術を開発している。マスケット銃の小型化もヤツの発想だ」
フランツはマスケット銃を握り締めると、目を細めた。
「…ヤツは将校やヴィレムを使い、レシラム教とゼクロム教で潰し合いをさせ、疲弊させようとしている。同時に時の歯車の確保も目指しているはずだ」
「…時の歯車がディアルガ教に渡るとどうなるんだ?」
カフカが尋ねた。その質問にフランツは閉口すると、やがて口を開いた。
「ディアルガ様の至宝と併せて使う事で、軍団規模での時渡りが可能だ。それこそ、未来の世界の全てのディアルガ教徒を過去の世界に送り込むことも可能だ」
全てのディアルガ教徒が過去の世界へ時渡りしてくる。その言葉を聞いたカフカは顔を強張らせた。ディアルガ教徒はいずれも激しい暴力衝動や殺人衝動を抱いており、更にマスケット銃で武装している。そのような集団が過去の世界に時渡りしてきたら何が起きるのか、それを理解できるカフカは唇を強く噛み締めた。
「…なんて事だ」
カフカの呟きにフランツは頷いた。
「将校が部下に集めさせて、ヤツは時の歯車を4つ確保している」
「…1つは俺が持っているが、残りの1つは?」
フランツと和解できた事で油断しているカフカは、思わず時の歯車を持っている事を自白してしまったが、フランツは気にせずにカフカの顔を見た。
「時の歯車を回収するポケモンが過去の世界にいるのか?」
フランツの言葉を聞いたカフカは、大きな目を見開き、瞳孔を小さくさせた。
「…グレーゴルか」
*
牡のルカリオ、オズワルドの乗った帆船は砂の大陸の港に到着した。砂の大陸は強い日光と風が支配する砂漠地帯が多いため、多くの住民は日除けの外套で全身を覆っている。オズワルドも船上で外套を受け取ると、それで全身を覆い、帆船を降りた。
港にはゼクロム教の信者達が降り、帆船から降りてくるエリースとルール達、レシラム教の信者を見て難しい表情を浮かべている。
ニコルはガブリアスのゼーンに変幻し、ヘレンと共に桟橋に降りると、レシラム教の一団から少し離れた箇所で脚を止めた。
桟橋にはゼクロム教とレシラム教の信者達が対峙し、沈黙が広がった。
それを破ったのはエリースだった。
「ゼクロム教の皆様、初めまして。私はレシラム教の医療班を纏めているエリースと申します。今回はペスト治療の対策と拠点作りのために、砂の大陸へお邪魔させていただきました」
優しいが良く通る声でエリースは挨拶すると、深々とお辞儀した。
レシラム教徒達はエリースのお辞儀を倣い、その姿を見たゼクロム教徒達は戸惑いの表情を見せた。
ゼクロム教徒の集団から牡のレントラーが姿を現した。
「ゼクロム教助司祭のランプと申します。ラムルタウンにて大司祭ハルが皆様への友好の証として、一席設けておりますので、このままどうぞ」
ランプと名乗ったレントラーもまた、深々とお辞儀をした。彼の動きに合わせてゼクロム教徒達もお辞儀をして、互いに友好の意志を示していた。
ランプはエリースとルールに向かって「こちらへどうぞ」と声をかけると、ラムルタウンに向けて歩き出した。
その光景を見ていたゼーン、いやニコルは小さな声で呟いた。
「…とりあえず、第一印象は悪くないようね」
これから数ヶ月間を共に過ごす事になるため、第一印象は非常に重要である。ニコルの呟きを聞いたオズワルドとヘレンは小さく頷くと、ランプの案内に従い、ラムルタウンへと歩いて行った。