Monologue

  重い車体をゆっくりと路肩へと運び、街灯の明かりからなるべく遠い位置を選んで停車させる。

  それからすぐにエンジンを停め、ライトを消す。それだけで、辺りはすっかり夜闇に包まれてしまった。

  虫の囀りもなく、しんと静まりかえる鈍い静寂。

  今夜は月もなく、人気もない。

  俺の目的にとっては、正に絶好の条件である。

  暗い期待感で密かに浮き立つ胸を宥め、俺はハンドルにもたれながらポケットからスマホを取り出した。

  時刻は、午後九時三十分を回るところだ。

  今のところは、予定通り。問題なし。

  あとは、しばらくこうして時間を潰していればいい。

  画面上に並ぶアイコンの中からブラウザアプリをタップし、慣れた操作でブックマークしてあるウェブサイトを開く。

  処理が重く、画面が表示されるまで少し時間がかかるのが難点だが、今ばかりはそれも気にならない。

  ややあって開いたページのトップには、黒い背景に気取ったフォントで「SALON」とだけ綴られていた。

  さしずめ「社交場」といったところか。

  そこは、通常のブラウザからでは閲覧することが出来ない、完全会員制の情報サイトだ。

  手癖に従ってページをスクロールしていくと、カテゴリー別、地域毎に分けられた掲示板がいくつも目に入る。

  【画像・動画交換】

  【情報交換(TKN)】

  【情報交換(TST)】

  【メンバー募集告知】

  いかがわしい文字が所狭しと並ぶその中から、気まぐれに選んだ一つをタップした。

  見るにそこは、会員同士が画像や動画を交換しあうための掲示板だった。立ち上げられたスレッドタイトルの中から、興味を引かれたものを更にタップする。

  『◆盗撮◆市立K中水泳部男子更衣室』

  スレッドを開くと、鼠色のロッカーが並ぶ一室を、低い視点から見上げるような画角で切り取られた画像が、ズラリと添付されていた。スレッドのタイトル通り、何処からか隠し撮りされたもののようだ。

  貼り付けられた画像には、どれも未成熟ながら引き締まった体つきをした少年達が、無防備にその裸体を晒す様子が写し出されている。仲間と無邪気に笑いあうその顔も、股の間にぶら下がる小振りな性器も、修正一つされていない。

  このスレッドの主が何者なのか。画像の提供者が何処の誰かもわからない。

  どうあれ、これが犯罪行為であることは明白だ。盗撮も、無修正画像、及び児童ポルノの頒布も当然ながら。

  しかし、スレッドに寄せられたレスポンスにそれらを非難する言葉は一つとしてなかった。あるのは、感謝と賞賛。次いで更なる画像の提供を求める声や、或いは盗撮の手段を聞き出そうとする声。

  そこにあるのは、社会の裏に隠れて這いずる、淀んだ欲望の坩堝だ。地上からは決して見えない、下水が渦巻く汚濁。

  澄んだ水の中では生きられない、ドブ川のヘドロを住処にする害虫達が集まる餌場。

  俺のような、健全な社会から爪弾きにあった異常者達が、つかの間身を寄せ合い、互いの傷や餓えを慰め合うための場所だ。

  つくづく便利な世の中になったものだと思う反面、だからこそ、全てこんな世の中が悪いのだと、腹の底が熱くなるのを感じる。

  社会への、憤りが膨らむ。

  俺が、こんな歪んだ衝動を抱えることになったのは、決して俺の所為なんかじゃない。

  悪いのは俺じゃない。

  だって俺は、被害者なのだから。

  虐げられ、踏みにじられ、蔑ろにされてきた弱者だ。

  国が、社会が、誰かが、俺に賠償すべきだ。

  だというのに、誰も彼もが知らないフリをする。見てみぬフリをする。

  だから、俺は自分から動くことにした。

  誰も、俺を助けてくれないのなら。お前らが、俺を助けてくれないのだから。

  俺は、自分で自分を助ける。

  施しがないなら、掴みにいくしかない。

  差し出されないなら、手を伸ばすしかない。

  力ずくでも。奪ってでも。

  今日、ここに来たのはそのためだ。

  ここから五百メートル程の距離に、小中学生向けの学習塾がある。夏休みに入ったこの時期、市内でこんな時間まで開いている学習塾は、そこだけだ。

  当然、子供の殆どは親が車で送迎しているようだが、中には余程家が近いのか、それとも家庭の事情か、自転車や徒歩で行き帰りしている姿もいくらか見受けられる。

  ここまでの情報は、先程のようなサイトや秘匿性の高いメッセージサービスを利用して、事前に収集してきた。

  どんな子供が『狙い目』か。何処なら人目につかないか。如何にして事に及ぶか。

  共有されたそれらの成功体験を、何度となく吟味し、計画を立ててきた。

  それから、現地で下見をすること数回。

  そうして、目星をつけた。

  目当てを見つけた。

  その目当てが、今まさにバックミラーの中に写り込む。

  街灯の下に浮かび上がる、汚れのない真っ白な毛皮。一人、俯き加減に夜道を歩く、白熊の少年。

  前を見ていないのは、手元のスマホ画面に夢中になっているからだろう。ゲームか動画か、いずれにせよその危機意識の低さは、実に好都合だ。

  無警戒に、無防備にこちらへ歩いてくる少年の姿を、ミラー越しにジックリと眺める。

  身長からして、中学生ぐらいだろうか。いや、白熊という人種を考えれば、小学生ということもあり得る。

  ポロシャツに半ズボン、サンダル履きという薄着姿から窺える、その布地の下の豊かな肉付きが、俺の目を惹きつけてやまない。成長速度に衣服の買い換えが追いついていないのか、歩く度に裾が浮き、ズボンが尻に食い込んで、露骨に扇情的に見える。

  触れれば、どれほど柔らかいことだろう。毛皮を嗅げば、どんな匂いがすることか。唇は、どんな味わいだろうか。

  想像しているだけで、股座が窮屈に唸る。最初に目をつけた日から今日まで、何度も想像しては自慰に耽ってきた。

  だか、想像するだけなのは今日までだ。

  もうすぐ、手が届く。

  あと数歩。数メートルこちらにやって来れば。

  手に入る。

  俺は、ドアを開けた。

  [newpage]

  トツゼンのことだった。

  ビックリしすぎて、何が起きたか全然わからなかった。

  それまで、一つ一つ変わらず靴の裏に感じていた地面の感触が、いきなり遠くに消えてしまった。

  え、と声を出す暇もない。

  腰に回された太い腕。背中に張り付くジットリした体温。飛んでいく視界。

  バタンッ、と重たいフタが落ちるような音がして、やっと周りが見えるようになった。

  薄暗い灯り。低い天井。黒い窓。

  尻餅をついた硬い床は、細かい砂が散ってザラザラしてる。

  嫌な匂いがした。ゴムと鉄、それから吐き気がしそうなぐらいキツい芳香剤。車の中の匂いだ。

  それに加えて、後ろから汗と古くなった油、お酒とタバコが混ざったような臭いが一緒に漂ってくる。

  「シーッ、大きな声出すんじゃねぇぞ」

  耳元で知らない男の人の声がして、全身の毛皮がゾワリと逆立った。

  熱くてネットリした息が、耳の毛にかかる。

  「や、⋯⋯だッ────むぐぅっ!」

  殆ど何も考えず、思わず大きく開いていた口を、分厚い手が丸ごと覆い隠してしまった。

  「デケェ声出すなつってんだろ⋯⋯」

  さっきよりも低く、苛立った声が背中から響く。

  怖い。その声だけで、身体の中が石みたいに硬くなった。固まって自分じゃ動けないのに、手足の先は勝手に震えてブルブルしはじめる。

  「いいか、お前もケガしたり、痛い思いしたくねぇだろ?」

  そう言いながら、腕が僕のお腹からどいた。

  代わりに、視界の外から銀色の光が現れて、目の前でヒラヒラと揺れる。

  それは、ナイフだった。

  普段学校で使うカッターナイフや彫刻刀なんかとは、まるで違う。お母さんが料理に使う包丁と、同じぐらいの長さがある。

  でも、包丁とも全然違う。包丁だってもちろん触れば危ないけど、これはもっと危険な物だ。刃に見える冷え冷えとした光が、そう僕を脅してくる。

  ほんの軽く撫でられただけでも、僕の耳や指なんて簡単に床に落ちてしまうのが、ありありと想像出来た。

  それは、料理をするための調理道具でも、物を作るための工作道具でもない。

  人を傷つける、凶器だ。

  その切っ先が、僕のほっぺたの方を向く。突きつけられた場所が、ヒヤリと凍えた。

  「おじさんの言うこと、ちゃんと聞けるか?」

  身体が震えるのに任せて、僕は何度も頷いた。

  「よしイイコだ」

  さっきとは打って変わって、舐めるようにドロッとした猫撫で声に、ゾワゾワと寒気が走る。

  気持ち悪い。口にしてるのは褒め言葉のハズなのに、スゴく嫌な感じがしてたまらなかった。

  お父さんやお母さん、学校の先生に同じことを言われたときとは全く違う。知らない男の人だからってだけじゃない。その男の口で、その男の声で「イイコ」だと言われたことが、たまらなく嫌に思えた。

  「両手出せ」

  だけど、逆らう訳にはいかない。

  言われた通り、すぐに両手を前に向かって差し出す。

  すると、一度ナイフが引いて見えなくなったのもつかの間、安心している暇もなく、両手の手首に黒くて細いヒモを巻きつけられた。

  「ィっ⋯⋯!」

  キリキリッと音がして、そのヒモが両手をいっぺんに縛る。

  見たことがあった。

  プラスチックで出来てて、テレビとか扇風機のコードをひとまとめにするときに使うヤツだ。

  「足もだ」

  短く言われて、少し投げやりな気持ちで両足一緒に前に投げ出した。

  その両足も、足首の所で手首と同じヒモでひとまとめに縛られてしまう。

  試しに少し力を入れて引っ張ってみたけど、カタくて全然動けない。縛られたとこの毛皮が擦れて痛いだけで、すっぽ抜けられるだけの隙間もない。

  これで、もう身動き出来ない。

  逃げられない。

  それでやっと安心したのか、男は僕の背中から身体を離してゆっくりと正面に回ってきた。

  やっぱり、知らない人だ。

  丸々太った、豚の男の人。

  歳は⋯⋯三十歳とか、四十歳ぐらいだと思う。たぶん。

  脂でテカテカした顔をぐにゃっと歪ませ、口から黄ばんだ歯を覗かせてこちらを見下ろすその表情は、どうやら笑ってるつもりらしい。

  昔見た、外国の古いアニメ映画に出てくる悪役にそっくりだ。人の顔をこんな風に思っちゃいけないのはわかってるけど、今まで見たことがないぐらい不気味で、ハッキリ言って気色が悪い笑顔だった。

  鼻息も荒く、目も血走っていて、見るからに正気じゃない。マトモじゃない。

  「あぁ⋯⋯可愛いな⋯⋯たまんねぇ」

  ゾッとした。

  喉が引きつって、ひとりでにヒッと音を鳴らした。

  肩が勝手に震える。心臓がドクドクうるさいのに、胸の中は氷水を流し込まれたみたいに冷たい。

  いつの間にか、背中は汗でビッショリだった。

  「動くなよ」

  言いながら、男の手がゆっくりと伸びる。

  ビーッ、と音がしたのは、ガムテープが束から引き延ばされた音だ。

  それが、僕の顔に向かって迫ってくる。

  何をされるかは予想出来た。

  だけど、動けない。

  男の目に睨まれて、身体が言うことを聞いてくれなかった。

  「ンぅ⋯⋯ッ」

  口元に貼りつく、ベッタリとした感触。

  太いガムテープが、僕の口を上からふさいでしまった。

  口が開けない。

  これでもう、喋ることも助けを呼ぶことも出来なくなった。

  って言っても、毛皮の所為で貼りつきは甘いし、これなら自分で手を使って剥がしてしまうことだって出来るだろう。

  だけど、無理だ。もしたとえ、男が見てない隙があったとしても、今の僕にはそんなこと出来そうになかった。とてもじゃないけど、無理だ。

  それにどうせ、もし口が開いたとしても、身体が震えてしまってまともに声が出せる自信はなかった。

  「よしよし、それじゃあもうちょっと我慢してろよ」

  満足げな男の声がして見上げると、頭を撫でられたのと同時に、ほっぺたにキスをされた。

  ぶちゅっ、と音がするぐらい。

  思わず目をつむった。

  ベットリ唾がついてるのを感じる。

  汚い。気持ち悪い。スゴく。

  すくにでもティーシャツの袖でゴシゴシ拭いたかったけど、なんとかそれは我慢した。

  まだ、目の前にいるのはわかってたから。

  すると、閉じた瞼の向こうで、フフっと声もなく笑う気配がした。

  ノソノソと薄い服が擦れる音がして、大きな物が目の前から遠ざかっていくのを感じる。嫌な体臭も一緒に。

  鼻から少し息を吐き出して、目を開ける。

  男はいなかった。

  代わりに、ギャウッと大きな馬がいななくような音がして、それと同時に低い振動がお尻に伝わってくる。

  車のエンジンがかかった音だ。

  続けて、自分の体重が後ろに引っ張られるような感覚がして、ついバランスを崩してしまう。

  なんとか耐えようとしたけど、縛られた手足じゃそれも難しかった。

  「ンっ⋯⋯!」

  ゴロン、と身体が床に倒れる。

  一層低くなった視点から見上げてみると、黒っぽく見える窓から街灯の明かりがゆっくりと後ろに流れていくのが見えた。

  動いてる。

  車が、動き出した。

  ゴトン、と大きく床が跳ねたのと一緒に、僕の心臓もドキンと強く飛び跳ねた。

  連れて行かれる。

  どこかに。知らない所に。

  さらわれる。誘拐される。

  「ンっ、ンーっ⋯⋯!」

  そのときになって、やっと喉から声が出た。

  でもそれは、怖さに胸が締め付けられて押し出されただけの情けない声で、きっと車の外には少しも届かなかったと思う。

  床から響いてくるエンジン音よりも、ずっと小さな音にしかならなかった。

  ガタガタと飛び跳ね、グネグネと左右に揺れる車。

  身体が転がらないよう床に手をつきながら、なんとかして姿勢を起こして首を伸ばす。

  そうして覗いた窓の外は、もう僕が知らない景色になっていた。

  吸い込んだ息が冷たい。

  車は、知らない道をドンドン進んでいく。

  僕を乗せて。知らない男の運転で。

  知らない場所に向かって。

  車のスピードが上がる。

  僕の心臓も、それにつられるように早くなっていく。

  怖い。怖い。怖い。

  ガムテープの内側で、口の中がカラカラに渇いてる。それなのに、鼻の奥がツンと湿っぽく痛んだ。

  両目が熱い。ジワジワと、視界が濡れてふやけてきた。

  白っぽく揺らめきだした視線の先で、バックミラー越しに男と目が合った。

  たぶん、笑ってるみたいに見えた。

  じゃあ反対に、鏡に写ってる僕の顔は、向こうから見てどんな表情に見えてるんだろう。

  あちらの表情からは、読み取れそうになかった。

  [newpage]

  タイヤが砂利を踏む音を聞きながら、俺はゆっくりとブレーキペダルを踏み込んだ。

  ヘッドライトが照らし出す「立入禁止」の文字の前で、ゆっくりと車を停車させる。

  黄色いバリケード型のその看板は、本来であればその隣に立つ「私有地につき」と書かれた相棒と並び、部外者の侵入を防止する役目を担っていたハズだ。

  しかし今や、無惨にも地面に倒れ伏し、全身へ何重にもタイヤ痕を刻まれたその有様を見れば、もう随分長い間、そうして自身の役割を果たせずにいるらしいことが窺える。歪にひしゃげてしまったその脚では、もはや満足に立っていることさえ出来まい。

  一瞬だけ、ほんの微かに哀れみにも似た感情を抱かなかったという訳ではないが、次の瞬間にはそれも忘れた。

  そんな感傷に浸る程の情緒など、始めから持ち合わせがない。

  ブレーキから足を離し、ノソリと緩やかに回転するタイヤで、先人達と同じように看板を踏みつけにする。メシリと、何かが決定的に潰れる音がした気がしたが、もう何も気にならなかった。

  そのまま、アクセルに乗せた足を軽く傾け、立ち入り禁止とされた私有地へと車を乗り入れさせる。

  これも、例の掲示板を経て入手した情報なのだが、どうやらここは数年前に閉鎖されたキャンプ場らしい。一時のキャンプブームに便乗して開業したものの、主要幹線道路からも大きく離れた山深い立地の所為で、当初期待された程利用者の足が伸びず、加えてオーナーが高齢だったことも手伝って僅か二年程で閉鎖され、以降手入れもされず野晒し状態が続いているのだそうだ。

  碌に管理されておらず、場所を知っている人間でもなければ辿り着けない程入り組んだ場所にあるため、人目につく恐れは殆どない。

  正に、こうした目的のためにはもってこいの場所だ。

  自分の車のライトしか光源がない中、申し訳程度に舗装された駐車スペースを横切り、敷地の端辺りへと車を回す。

  ど真ん中でも別に構うことはないが、それでもこれから手を染める行為に対する背徳感が、自然とそうさせた。

  丁度よく太い木の枝が大きく張り出した場所を見つけたので、その陰に入る位置へと駐車する。

  サイドブレーキを引く手に、つい力が入ってしまった。ギアをパーキングに入れ、すぐにエンジンを停止させる。

  当然空調も止まってしまったが、まぁそれもいいだろう。茹だるような熱帯夜の中、爛れた熱情にのぼせるのも悪くない。

  逸る気持ちと高ぶる体温を一旦鎮めるため、俺は深くシートへ背中を預け、鼻から息を吸い込んだ。

  目線を上げると、バックミラー越しに濡れた眼差しとぶつかる。

  心底怯えきった表情。涙こそまだこぼれていないが、潤んだ瞳は真っ赤に充血して、その内心をハッキリ物語っている。

  可愛い。心からそう思った。

  肺に溜め込んだ空気へ、胸に込み上げてきた熱を混ぜ込んで一気に吐き出す。

  一ヶ月程前、初めて目を付けてからずっと思いを馳せてきた。それこそ夢にまで見た光景だ。

  床の上を這い、不自由に身を捩る少年。

  捲れたポロシャツの裾から覗く、汚れのない白い毛皮。ふっくらと丸みを帯びた腹に、深い臍。左右揃って並ぶ膝小僧。

  そして、粘着テープの内側から、か細く声を漏らす口元。

  何処を切り取っても、愛くるしさに胸が詰まった。

  それ以上は鏡越しに見詰めているのがもどかしくなり、俺はシートを乗り越えて車内後部へと移動した。

  一度落ち着けたはずの気持ちは、既に振り切れんばかりに荒ぶっている。

  「んっ、んーっ」

  縛られた手足をくねらせ、芋虫のように這いずって後ずさりしようとする少年。その泣き顔を目掛け、車体を揺らしながら迫る。

  苦労はない。なんせ密室だ。身動きの取れない子供一人捕まえることなど、造作もない。

  汗ばむ身体を掬い上げるように両腕を回し、抱きすくめる。

  小さいながらも、肉感的な弾力が堪らなく愛おしく感じた。逃れようと、モゾモゾといじらしくもがいているのが、尚のこと胸を掻き乱してやまない。

  ヒリつくような体温。かぐわしく仄めく汗の匂い。艶やかで柔い手触り。

  なんて甘美なのか。なんと甘露なことか。

  この幼い鼓動を、この青い息遣いを、このまま腕の中で押し潰してしまったら、どれだけ快いことだろう。

  一瞬胸の中へ湧き上がった血迷った衝動を宥めすかし、俺は彼の身体の後ろに回って、その重量感のある尻を自らの胡座の上へと乗せた。

  「よしよし、イイコだ。おじさんと仲良くしよう」

  なるべく優しい声色を心がけながら、ゆっくりと頭を撫でてやる。小さくて可愛い耳の間に指を這わせ、その短い毛を丁寧に梳き上げる。

  だがすぐに、頭を振って逃げられてしまった。

  まぁ、それはいい。仕方ないことだ。

  こちらから歩み寄ったとしても、理解が得られる場合ばかりじゃない。友好的なアプローチは早々に諦め、俺はズボンのポケットから次なる手札を取り出した。

  と言っても、何も特別な物じゃない。普段使用している自分のスマートフォンである。指に馴染んだそれを慣れた動作で操作し、フォルダーに保存してあった動画を手早く呼び出す。

  もちろん、中身はアニメや映画なんかではない。動画自体は、秘匿性の高いアップローダーを介して、仲間内で共有されたものだ。取り扱いには、充分慎重を期す必要がある類の。

  何せ、端末にダウンロードして保存しただけで、罪に問われてしまうような代物なのだから。

  それを、彼にも見えやすいように、画面を横向きにして構え、再生ボタンをタップした。

  『────ぃやっ、いやだっ!! やだっ、やめッ⋯⋯ぃッイだぃッい゛だィい゛ダぃッ⋯⋯ゃッやめ゛でェッ⋯⋯ッ!!』

  途端に、スマホのスピーカーから吐き出されたのは、割れんばかりの悲鳴。

  画面一杯に映し出されているのは、今俺の腕の中にいる彼と同年代ぐらいの、虎の少年だ。

  子供ながらに張りのあるガッチリした体つきをしていて、目鼻立ちも整っていることから、きっと学校ではさぞ人気者なのだろうとわかる。

  そんな少年が、画面の中、その端正な顔を悲痛に歪ませ、喉も裂けよとばかりに泣き叫んでいる。

  よく見れば、左頬は痛ましく腫れあがり、鼻からも血が滲んだ痕が残っているのがわかる。少なからず、少なくはない暴力を受けたのは、目に明らかだ。

  身体に視線を落としてみても、惨状は等しく。着ていた衣服と思しき布切れは僅かに首元へ巻きつくばかりで、無惨に引き裂かれてしまったらしい。下半身に至っては何も身につけておらず、開かれた股の間で痛みと恐怖に縮み上がった彼の性器が、強風に遊ばれる木の葉のように、惨めに揺れ靡いていた。

  『ャめッで⋯⋯や゛めでッ、くだざッ⋯⋯』

  哀れに咽び泣く少年が、画面に向かって懇願してくる。同情を禁じ得ない、痛切な訴えだ。

  彼には、そうするしかなかった。

  それ以外に、なすすべがない。

  手足を自分よりもずっと大きな大人達、それも複数人の手で押さえつけられ、抵抗することも逃げることも出来ない。

  襲い来る苦痛から身を守るためには、泣いて許しを請うより、他はなかった。

  『ナニをやめて欲しいって?』

  撮影者らしき男が問う。

  画面外から、せせら笑うような声がいくつも重なった。

  『ィっ⋯⋯ぅッ、これっ⋯⋯もうッ、こんなのッ⋯⋯ャダ⋯⋯ッ』

  『ぁあ? “これ”じゃわかんねぇよ。お願いするならちゃんとわかるように言わなきゃダメだろぉ?』

  またも笑いが起きる。

  画面外には、何人の男がいるのだろう。

  一人や二人ではなさそうだ。

  それだけ人数がいて、誰一人この少年を哀れむ者はいないらしい。

  少年は、泣き腫らした目に困惑を浮かべながらも、男の意図を汲み取ろうと必死に考えを巡らせている様子だ。

  『⋯⋯ッぉ、お尻の⋯⋯っナカ、イタいのッ⋯⋯抜いてっ⋯⋯!』

  そして、少年は訴えた。

  こじ開けられた両脚の中心。性器の更に後ろに位置する、排泄器官。

  その小さな穴へ強引にねじ込まれた男性器を、視線だけで指し示しながら。

  『あぁん? だからぁ、ちゃんと言わねぇとわかんねぇだろって⋯⋯ナニをナニするのをやめてほしいんですかぁ~っ?』

  『ィ゛っ⋯⋯ぎッ、ぁッ⋯⋯おねがっ、やめ゛ッ⋯⋯あッァああ゛ッ!!』

  『ダメで~すっ、ちゃんとお願いできないワルいコには、お仕置きしねぇとなぁっ』

  そこから、悲鳴は一層悲壮さを増した。

  もはや意味のある言葉はなくなり、理性をなくした獣の慟哭ばかりが響きわたる。

  酸鼻を極めた映像だ。まともな神経をしていれば、直視に耐えない有様だろう。

  現に、腕の中の少年は耳を伏せてすっかり縮こまっている。体温もいくらか下がっているような気がした。強張った身体が小刻みに震えているのが伝わってきて、胸が締めつけられる思いだった。

  「⋯⋯もっかい言うぞ?」

  ペタリと寝てしまっている耳へ鼻先を突っ込み、静かに囁きかける。

  それだけで、少年は面白いようにビクリと全身を飛び上がらせた。

  「おじさんと仲良くしよう⋯⋯な?」

  腕に力を込めて、彼の身体を引き寄せる。同時に、軽く腰を持ち上げて、密着した背中に強くソレを押しつけた。

  丁度背中の後ろに回された彼の両手には、ソレの存在がありありと伝わったことだろう。

  薄手のハーフパンツ越しに盛り上がる、男の劣情。映像の中で、幼気な被害者を蹂躙していたモノと、同じ種類の凶器だ。

  言うことを聞かなければ、この動画がお前の未来になる。

  そう言外に脅しかけてやった訳だが、少年もその意図を余さず汲み取ってくれたようだ。

  控えめではあったが、俺の問いかけに小さく顎を引いて応えてくれた。

  「賢い子だ」

  俺は、動画の再生を止めたスマホを横に置き、空いた両手をそれぞれ少年の服の中へと滑り込ませた。

  「んんっ⋯⋯!」

  反応は一度きり。

  びくり、と一度大袈裟に身体を跳ねさせたものの、それきり少年は固く身を竦ませるばかりで、俺の手を拒もうとはしなかった。

  本当に賢い子だ。

  賢く、それでいて愚かだ。子供らしくて実にいい。

  都合がいい。

  俺の手は、それぞれ上下に別れて進む。

  左手は上へ。柔らかく弧を描く腹の輪郭をなぞり、臍に指を入れ、膨らんだ胸を下から迎えにいく。

  右手は下へ。下着のゴムの隙間へ割り込み、下腹部を這い下りて真っ直ぐにその先の中央部を目指す。

  焦ることはない。時間はいくらでもある。

  まずは、やっとの思いで手に入れたこの宝物の感触を、その実感を、存分に愉しまなくては。

  無意識に吊り上がっていく唇を舌で湿らせ、俺は募る気持ちに胸を焦がされながら、少年のズボンを下着ごと下へずらしていった。

  [newpage]

  サイアクな気持ちだった。

  こんなに嫌な気分になったのは、きっと人生で初めてのことだと思う。いや、間違いなく、そう断言できる。

  でもそれは、たぶんここがピークじゃない。わからないけど、これからもっともっと、サイテーなことが続いていくんだと思う。そんな気がする。

  もちろん、そんな予感は外れてほしいに決まってる。全部気のせいなら言うことない。けれど、目の前の男がいる限り、それはきっと儚い望みなのだろうという、嫌な確信があった。

  ────ジリジリジリと、ここ数十分で聞き慣れて、スッカリ嫌いになった音がまた聞こえてくる。

  そちらに目線をやりたくなくて、自然と顔が俯く。そうすると、今度は嫌でも自分の身体が視界に入り込んで、ますます気持ちが暗くなった。

  ⋯⋯ちょっとだけ、ほんのちょっとゆるく前に膨らんだ胸とお腹。そして、その下。揃えて床に膝をつく両脚の、すぐ付け根のところに、隠せる物もなく下を向いてぶら下がる⋯⋯ちんちん。

  恥ずかしい。

  改めて、顔が真っ赤に熱くなってるのを感じた。

  誰にも、見られたくないのに。

  温泉に入るときだって、プールの授業で着替える時だって、家のお風呂だったとしても。友達にも、家族にだって、見せたくないのに。

  こんなところ⋯⋯車の中だっていっても、ほとんど外と一緒だし。しかも、全然知らない男の人の前で裸にさせられるなんて、サイアクにも程がある。今すぐ、泣いて叫びまわりたいぐらいだった。

  手で隠したいのはもちろんだけど、両手は揃って頭の上。車の窓の上にある手すりに、結束バンドでくくりつけられてて動かせない。

  もうヤダ。

  細いプラスチックが手首に食い込んで痛いし、ずっと上げてるせいで腕がダルくなってきた。硬い床についてる膝も、痛くてつらい。

  もう、イヤだよ。誰か、誰か早く助けて⋯⋯

  「おい、下向くな。コッチ見ろ」

  そんな願いを裏切るように、男の声が低く唸る。

  イヤだけど、イヤでイヤでしかたないけど、僕には言われるがまま、顔を上げるしかない。

  声のした方では、男が両手に大きなカメラを構えており、その黒くて丸いレンズがまっすぐに僕を睨んでいた。何も着ていない、裸の僕を。

  次の瞬間、ぱしっ、と軽い音がしたのと同時に、強い光が弾けて思わず目がくらんだ。

  続けて、ジリジリとまたあの音がする。

  「もっと足開け。腰突き出してこっち向けろ」

  イヤだ、と言ってしまえたらどんなによかっただろう。

  でも、出来ない。怖くて。言いなりになるしかない。

  ピッタリ閉じていた太ももをズリズリと肩幅ぐらいまで開いて、言われた通りに腰を前に突き出す。ちんちんを、カメラに向かって差し出すような体勢だ。

  恥ずかしさで、たまらず唇を噛んだ。

  太ももの間がスースーする。身体が震える度、頼りなくぶら下がったちんちんが揺れて、心細さに喉がつまった。

  ほっぺたに上った熱さが、目頭に移って鼻の奥がツンとする。

  それからまた、ぱしっと音がして光が全身を照らした。

  今ので、何回目だろう。数えるのはずっと前にやめてしまった。カメラって、何回ぐらい撮れるんだっけ。

  ジリジリ、ぱしっ。

  考えている内に、もう一度光が走った。

  でも、どうやらそれで最後みたいだ。

  男は鼻から満足そうに息を吐き出すと、手にしていたカメラを大事そうに鞄の中へとしまった。

  よかった⋯⋯これで終わりか。

  なんて思えたら、少しはよかったのに。

  僕の方を向いてるカメラは、残念ながらそれだけじゃない。

  細くて頼りない三脚の上から、今もジッと僕を見つめているレンズが、もう一つ。

  だけど、そっちは写真を撮るためのカメラじゃない。横長じゃなくて縦長の四角で、本体横から小さな画面が飛び出してるタイプ。

  それは写真じゃなくて、映像を撮影するためのカメラ。つまり、ビデオカメラだ。

  まだ撮影中のランプは点いてないけど、それでジッと見つめられてる居心地の悪さは、言葉にならない。

  男の鼻歌が聞こえる。

  調子も音程も外れてて、何の曲かもわからない。

  耳に入るだけで頭が痛くなりそうだったけど、男の機嫌がいいのは悪いことばっかりじゃないと、ムリに自分に言い聞かせる。

  けれど、横目で窺っていた男が、気分良さそうに自分の服を脱ぎ始めていたのを目にしてしまい、落ち着いてなんていられなくなった。

  男は、汗で色が変わっていたティーシャツを捲り上げ、顔と腋を拭ってからそれを放り捨てると、両手でズボンとパンツをまとめて一緒に脱ぎ捨て、躊躇なく裸になってしまった。

  ゾワゾワっ、とイヤな寒気が背中を駆け上る。

  男の人の、大人の裸を見るのなんて別に初めてのことじゃない。お父さんとお風呂に入ることもあるし、温泉に行ったことだってある。

  大人のちんちんが、僕のとは違う見た目をしてることだって知ってる。

  ボッキのことだって、もう保健の授業でも習った。僕自身、朝起きたときにちんちんが固くなってたことがある。

  驚くようなことじゃない。

  だけど、その男の股の間についてるものは、僕が見たことのあるもの、知ってるものの、どれとも違って見えた。

  まず、大きい。すごく。

  スチール缶と同じぐらいあるんじゃないかと思う。

  形も、先っぽが熟れすぎたすももみたいに見える。あと、棒の部分に小さくて丸いブツブツみたいなのがいくつもあって、それも気持ち悪い。

  正直に言って、見ているのもイヤだ。

  だけど、なぜか自然とそれに目が行ってしまう。グロテスクで気色が悪いハズのそれに、イヤなのに、しつこく視線が吸い寄せられる。

  男はそれをわかってか、なにやら自慢げにその異物を左右に揺らしながら、膝をついてビデオカメラの方まで歩いて行った。

  「おーしっ、俺のちんぽばっか見てねぇで、次はこっち見ろ」

  誰が、そんな汚いもの見てるもんか。

  なんて口には出来ず、言われた通りカメラのレンズを殆ど睨むような目つきで見据えた。

  すると、それを待ってたとばかり、男はカメラの横についていたディスプレイをクルリと反転させて、僕の方から画面が見えるようにした。

  そこに映っているのは、当然今現在の光景だ。

  両手を上げて、何も着てないまっ裸の姿でこちらを睨んでいる、男の子。

  僕自身の姿。

  それを突きつけられて、全身に火がついた。

  それと同時に、ピッと音がしてカメラに赤いランプが点く。

  「それじゃ、カメラに向かって自己紹介してみようか」

  録画されている。丸裸の格好を、映像として撮影されている。

  小さなディスプレイの中で、僕はアチコチに視線をさまよわせてぎこちなく身体を縮こまらせた。

  手首のところで、結束バンドがキリキリと音を鳴らす。少しでも腕を下ろせれば、顔を隠せたかもしれないのに。

  逃げたい。イヤだ。見ないで。

  目頭に涙が浮かんだ。

  「ほら、お名前は?」

  言える訳ない。

  喉がヒクっとしゃくりあげた。

  カメラの前で、そんなこと。しかもこんな格好で。言っていい訳がない。

  そんなの絶対ダメだ。言っちゃダメだ。知られちゃ、絶対いけない。

  僕は、固く口をつぐんで首を振った。

  男からの要求に、初めて拒否をした。

  怖いけど、どうなるかわからないけど、それでもムリなものはムリだ。

  カメラの向こうから、苛立って舌打ちする音が聞こえる。

  涙がこぼれそうなぐらい怖い。だけど、それでも僕は応えなかった。

  「⋯⋯自分で言えないなら、元気にお返事してくれるかな? 『白石玲人』くーん」

  え?

  思わず、自分の耳を疑った。

  なんで?

  男の口から出てきた言葉に、頭の中が真っ白になる。

  それは、まぎれもなく僕の名前だ。

  両親からもらった、十二年間呼ばれてきた、僕という人間を表す言葉。

  だけどなんで、どうして、こんなヤツが僕の名前を知ってるの⋯⋯?

  「おい、聞こえてんなら返事しろや。六年二組十二番、白石玲人くんよぉ?」

  そこまで言われて、あっ、と気づいた。

  カバンだ。僕のカバン。あの中には、学校で使ってる筆箱やノートが入ってる。それらにはもちろん僕の名前が書いてあるし、それにもしお財布の中まで見られてたとしたら、家の住所まで⋯⋯

  胸の中がキュッと冷たくなった。

  こんなヤツに⋯⋯こんなことをする人間に、名前も住所も知られてしまった。それがどんなにサイアクな結果を生むことになるのか、今は想像することもできない。

  目の前がぐるぐるしてきた。

  心臓がドコドコ鳴って苦しい。

  お腹が重たくなってきて、吐き気がする。息が浅くしか吸えない。口の中はカラカラだ。

  耳鳴りがうるさい。

  喉がひっついて、声が出なくて⋯⋯

  「────⋯⋯返事しろっつッてんだろクソガキッ!!!!」

  だけど、正面から顔を叩かれるようなその怒鳴り声に圧され、ヒュッと喉を空気が通り抜けた。

  実際に叩かれた訳でもないのに、ほっぺたがビリビリする。耳鳴りが吹き飛んで、心臓がギュッと縮まった気がした。

  ビックリして、怖くて、思わず目から涙がこぼれる。

  「⋯⋯ぁっ、ひゅっ⋯⋯ご、ごめんっなさっ⋯⋯」

  引きつった音を交えながら、まず最初に僕の喉がしたことは、謝ることだった。

  僕の何が悪かったかなんて、頭でわかってる訳じゃない。ホントに僕が悪かったのかもわからない。

  ただ、怒ってる相手に対して、まっ先に言った方がいい言葉として、口が自然にそれを選んだだけだ。

  それでも、少しは効果があったらしい。

  「ふぅ⋯⋯ま、いいわ。それじゃ、もっかい最初から。今度はちゃんと自分の口で自己紹介しろよ?」

  「⋯⋯」

  「返事」

  「⋯⋯っは、ぃ⋯⋯」

  震える胸をなだめて、ゆっくりと息を吸う。小刻みに震えちゃって、上手くお腹まで空気を送れなかったけど、それでも少しは落ち着くことができた気がする。

  一度息を止めて、何も考えないように意識しながら、僕は口を開けた。

  「⋯⋯しらいし、れいと⋯⋯です」

  「歳は?」

  「⋯⋯十二歳」

  「小学生?」

  「はい⋯⋯っ」

  ポロポロと、涙がほっぺを流れ落ちていくのを止められない。

  こんな風に泣いたのは、いつ以来だろう。高学年になってからは、先生やお母さんに怒られても泣いたりしなくなった。

  来年には中学生になるんだから、もう人前で泣いたりすることなんてないと思ってた。もう、僕も大人なんだから。

  だけど、こんなのってない。我慢なんてしようがない。

  怖くて、恥ずかしくて、痛くて、訳もわからない。

  ヒドい。サイアクだ。こんな目にあって、泣かないでいられるもんか。

  悔しさと一緒に、誰かを恨むような気持ちがモクモクと立ち上ってくる。でも誰を恨んだらいいのかわからない。胸の中で煙が立ち込めてるのに、その持っていき場がない。

  手のひらに、キュッと爪を立てた。

  「精通はしてる?」

  「⋯⋯っ」

  カッ、と耳に火が点いたかと思った。

  言葉の意味は、知ってる。

  学校で習った。

  それに、実体験としても。

  そのときのことが急に頭の中によみがえってきて、気持ちが落ち込む。また涙が出る。

  「してるってことかぁ? なら、オナニーはしてるか?」

  ひくっ、と喉が鳴った。

  それも、知ってる。

  同級生が話してた。それをすると、とてもキモチイイって。

  だから、夜に、自分の部屋で、やってみた。

  ちんちんをイジってたら固くなって、それを続けてたらくすぐったいようなムズムズした感じがして、強すぎる感覚に少し怖くなったけど、でもやめたくなくて、そうしてたら腰が抜けちゃいそうなぐらいキモチよくなって⋯⋯

  思い出す。思い出したくない記憶。

  ちんちんから飛び出したドロッとしたもの。汚れたシーツ。手についたネバネバの気持ち悪さ。とても、サイテーなことをしてしまったような居心地の悪さ。

  泣きそうになりながら急いでティッシュで後片付けをして、それ以来一度もしていない。

  あのキモチよさは、今でも時々恋しくなるけど、それと一緒に後からやってくる自己嫌悪を思い出して、二度とやろうという気になれなかった。

  男の言葉で、そういう恥ずかしくてイヤな思いを全部思い出してしまって、俯くしかなくなった。

  カメラの前で返事なんて、できる訳ない。

  だけど、今度は怒鳴り声が飛んでくることはなかった。どうやら、今の僕の反応だけで満足してくれたみたいだ。

  「よしよし、それじゃあそんなオナニー大好きな玲人くんには、おじさんがもっとキモチイイこと教えてやるからなぁ⋯⋯」

  じゅるり、と湿った音が離れてても耳についた。

  のそりと、山が動く。

  床についた膝を、一つ一つ前に進めて、にじり寄ってくる男。

  その股の中心では、不気味に張りつめた男の一部分が、僕を指さすようにまっすぐそそり立っている。

  「⋯⋯ぃ、やっ」

  怖くて気色悪くて、なんとか後ずさろうとしたけど、背中はすぐ車のドアにぶつかった。縛られた手首が痛い。もう逃げ場がない。

  ひッ、と悲鳴を上げるよりも早く、男の手が僕の太ももを掴んできた。

  汗でベッタリ濡れた手が、太ももの表面から膝の裏に向かって這う。そのまま引っ張り倒され、僕は不格好に床へ尻餅をついたような体勢になった。

  両脚とも、膝裏を掴まれてムリヤリ左右に開かれる。その間を、男の巨体が割り込んでくる。

  僕なんかよりも遙かに太って、ずんぐりした身体。全身汗ばんで、テラテラと脂ぎった裸の男が、息も荒く迫ってくる。

  ゾワゾワと、全身の毛皮が逆立った。

  心の底から気持ち悪いと思った。

  足の多い大きな虫とか、道端に他人が吐いたツバとか、そういうのを見たときと似た感じがする。

  ゾワッ、とオエッ、とが混ざったイヤな感じ。

  それを、男の全身から感じる。

  触りたくないし触られたくない。

  なのに、男の手は容赦なく僕の身体に触れてくる。

  「へ、へ⋯⋯スケベな身体で誘いやがって⋯⋯たまんねぇっ⋯⋯」

  「ッ⋯⋯ひっ!」

  胸にギュッと食い込む指。太ももからお尻を撫で上げる手。まるで、得体の知れない怪物が、身体の上を我が物顔で這い回ってるみたいだ。

  グニグニと、遠慮もなにもない力加減で身体を揉まれて、少し痛いぐらい。

  でもなにより、やっぱり気持ち悪い。

  触ってくる手つきが、はぁはぁとうるさい息づかいが、血走った目つきが、汗臭い匂いが、全部気持ち悪い。

  乳首をチュッと吸われたかと思ったら、舌先でペロペロ舐められて、訳もわからず吐き気がした。

  そのまま、同じように胸や首筋、ほっぺたにキスされたり舐められたりして、身体中がベタベタする。

  男はそうした行為にコーフンしてるみたいだったけど、僕からすれば気持ち悪い以外にない。

  身体を汚されてる。汚いもので汚染されてる。そんな感覚だ。

  だからまだ、我慢できた。

  そこまでは、まだ。

  「そら、目ぇ開けて見てみろよ」

  いつの間にか閉じていた瞼を薄く開いてみると、頭を掴まれてムリヤリ視線を下げさせられた。

  そうして、自分の下腹部にデンと横たわる異物に、またも目を引かれる。

  「どうだ、これが大人のちんぽだ」

  僕のちんちんと重ねるようにして、押しつけられるそれ。

  固くて、熱い。実際に触れてみても、自分についてるものと同じものとは、とても思えなかった。

  それと、僕のちんちんをひとまとめに握るようにして掴まれて、思わず声が出た。

  「よく見とけよ⋯⋯今夜はコレが、お前のケツの穴に全部入んだからよ⋯⋯」

  ⋯⋯は?

  あんまりに現実離れした言葉を聞かされて、頭がついていけなかった。

  意味が全然わからない。

  「えんぴつに筆箱を入れる」って言われたようなものだ。

  それぐらい、ありえないことに聞こえた。

  だって、そんなの、まず入りっこない。

  それに、それに⋯⋯そんなことをする意味がわからない。

  「⋯⋯ヒッぃ⋯⋯!?」

  頭が混乱してパニックになっていたところを、下半身からいきなり這い上がってきた感触が現実に引き戻す。

  お尻の、穴からだ。

  そんなところを、本当に、現実に触られた。指で。

  信じられない感触に、思わず悲鳴が漏れた。

  「想像もできねぇってツラだなぁ。心配すんなって、ちゃあんと入るようになるまでほじくって広げてやっから。裂けちまわねぇ保証はねぇけどなぁ ⋯⋯」

  ゾッと、つま先から耳の先まで、一気に震えが走った。まるで、心臓に氷水を流し込まれたみたいに、キリキリした冷たい痛みが胸から広がっていく。

  グリグリと、指の先っぽを押しつけられてるお尻の穴。それだけでも、引きつるような痛みで十分涙が出そうなのに、もっと大きなものをムリヤリねじ込もうっていうのか。

  その痛みを想像しただけで、カチカチと歯が鳴った。

  「⋯⋯、だ」

  「ぁん?」

  「やだ⋯⋯っやめて、そんなことっ⋯⋯」

  フルフルと、首を横に振る。

  僕にはもう、そうするしかなかった。

  「お、おねがっ⋯⋯おねがい、しますっ⋯⋯やめて、くださぃ⋯⋯っ」

  そんなこと言っても、きっとムダなのはわかってる。

  泣いてお願いして聞いてくれるような人なら、最初からこんなことしたりしないだろう。コイツがそんな人間じゃないのは、もうとっくにわかりきったことだ。

  だけど、それでも。僕にはそうするしかない。

  逃げられない。抵抗できない。助けも来ない。

  だったら、もうできることなんて、口を動かすことぐらいしかないじゃないか。

  「なんでもしますっ、おねがいだから⋯⋯っ、それだけはっ⋯⋯ぉねがぃしますっ⋯⋯!」

  何か、考えがあるわけじゃない。

  ただ思いつく限りの言葉を舌に乗せて、喉から押し出してるだけ。

  何か一つ、もしかしたら男の耳に届く言葉があるかもしれないと、手当たり次第ひたすら声にしてバラまいていく。

  だから、目の前で急に男の表情が変わったのも、どうしてなのかサッパリわからなかった。

  「おい、⋯⋯今『なんでもする』っつッたなぁ⋯⋯?」

  ニィイっ、と男の口が耳まで裂けそうなばかりに端を持ち上げていく。

  その顔があまりにも不気味で、一瞬何を言われたのかさえわからなかった。

  「なんでも、すんだよなぁ⋯⋯ぇえっ?」

  「ぇ、⋯⋯えっと⋯⋯っ」

  「どうなんだ、ぁあっ?」

  「は、はいっ⋯⋯!」

  自分が何を言ってるのかよくわかりもせずに、僕はうなずいていた。

  ただ、お尻の穴から指がどいたことに安心するだけ。

  男がのっそりと立ち上がって、怪しい目つきで僕を見下ろしていることに気づきもしなかった。

  ノシリ、と車の床がきしむ。

  一歩踏み出した男の脚が、僕の胴体を跨ぐ。

  そうなれば、自然、僕の顔と男の下半身が、すぐ間近の距離にくることになる。

  そうして目の前を横切った太い影に、僕は反射的に息を止めた。

  間に合わずに鼻から入り込んできた匂いは、チーズと魚屋さんの匂いを混ぜて濃く煮詰めたみたいで、思わずギュッと顔がゆがんでしまう。

  目のピントが合わなくて少し見えづらいけど、それが何かなんて見るまでもなかった。その位置にあるものなんて、他にない。

  すぐ鼻先に当たりそうな距離に突きつけられる、男の、ボッキしたちんちん。

  それを、吐きそうな気持ちで見つめていた僕の耳に、上から投げ落とすような重たい言葉が降りかかってきた。

  「しゃぶれ」

  [newpage]

  最高な気分だった。

  これ以上ないと言ってしまっていい。

  それぐらい、俺の胸は今えもいわれぬ愉悦で満たされている。

  「っ⋯⋯ゥ、ぇ⋯⋯ッ⋯⋯」

  『今にも吐きそうだ』

  喉の奥からそう訴えるような声が、実に小気味良い。耳に入る度、胸の中をこれまでにない多幸感が満たしていく。気を確かに持っていなければ、すぐにでも達してしまいかねない程、俺は興奮のただ中にいた。

  自分の中でひたすらに募りゆく情欲。その行き着く先に焦がれ、薄く目を細めながら、その細まった視界をゆっくりと下へ降ろしていく。

  見えるのは、俺の手の中で四角く切り取られた絶景。液晶画面に映し出される、正しく夢のようなその景色を見ているだけで、ひどく胸が締め付けられた。

  例えるなら、柔らかい毛の束で胸を内側から掻き毟られるような、耐え難く悩ましい情動。その狂おしい疼きに、知らず溜め息が漏れた。

  なんと蠱惑的なことか。

  固く閉ざした瞼から涙をこぼし、小さな口を目一杯に開けて懸命に目の前のものを頬張る、白熊の少年。

  先の音の発生源はそこだ。

  今も、苦しそうに口をモゴモゴと動かしながら、鼻で荒く呼吸を繰り返している。

  「ッ⋯⋯ゲっ⋯⋯!」

  また、少年の喉が大きくうねり、奥から苦痛と嫌悪を綯い交ぜにした音が絞り出される。

  それが、直接栓をする俺の欲望へ直に響いて、言葉では言い表せない悦楽が背筋を駆け上った。

  可愛い。愛らしい。愛くるしい。

  興奮に茹だった頭では、その光景を適切に表現出来る語彙が見つからない。

  幼気な少年が、その汚れのない純白を一縷も隠すことなくさらけ出し、あまつさえ不浄な物になど一度も触れたことがなかったであろうその口で、俺の汚れた欲望を咥えている。

  その事実が、俺の脳髄を甘く痺れさせた。

  ああ、堪らない。

  改めて言おう。

  最高の気分だ。

  吊り上がっていく頬を止められず、口の端が僅かに切れた。その傷口に、溢れてくる唾液を舌でまぶしつけてやると、その痛みさえ甘く感じた。

  至福のひととき。

  いつまでも、この時間が続けばいい。心からそう思う。

  だから、自分からは動かない。

  自制心の続く限りは。

  空いた片手で頭を撫でてやりながら、指で目元を伝う涙を拭ってやる。そうすると不思議と、何か父性のような情緒が胸にほのめいてくるようだった。

  やっていることは庇護や養育とは似ても似つかない行為ではあるが、それでも自分の中に初めて萌え息吹いたその何かを、喉からせり上がってくるに任せ、思うがままに口に出す。

  「⋯⋯いいぞ、上手だ」

  そうして出てきたのは、心にもない褒め言葉だった。

  実際、上手い訳もない。

  口一杯に咥えてこそいるものの、舌は絶対に触れまいと狭い咥内を必死に逃げ惑っているのがわかる。

  巧拙を問う以前に、奉仕とはとても呼べやしない。

  それでも、俺は快楽していた。

  ディスプレイに映る光景に。耳に届く呻きに。性器を包む温かさに。

  しかし、とも思う。

  もっと、と思わないではいられない。

  「⋯⋯目、開けてこっち見ろ」

  思いつくがまま、口を動かした。

  頭を撫でていた手に、自然と力が込もる。毛皮の中へ潜らせていた指を恣意的に曲げ、短い毛を挟んで強く掴む。

  すると、「うっ」と短い呻きが股間へ伝わってきた。振動はそのまま背筋へと響き、愉悦と共に脳髄に走る。

  暴力は、いとも容易く悦楽を得る手段の一つだ。振るうことそれ自体、そしてそれによって他人を服従させることによる快感は、麻薬のような甘美さで簡単に人を狂わせる。

  今も、俺の言葉と痛みに怯えておずおずと瞼を開けた少年の瞳に、堪らない悦びが俺の胸をかき乱した。

  ドクドクと、黒く濁った毒が心臓に流れ込んでくる。

  嫌悪と恥辱、それと恐怖がまだらに混ざって浮かんだ、濡れた黒曜石のように美しい瞳。愛らしい小さな耳に、形の良い鼻。

  愛嬌と淫猥さを奇跡的に同居させたその顔で、俺のいきり立った男根を咥えながら上目遣いにこちらを見上げてくる少年。

  画面越しではあるが、映像ではない。夢でも妄想でもない。現実として、目の前に実在している。

  タールのように粘り気のある毒が、肋骨の内側で煮立っていくのを感じる。無数に沸き立った黒い泡が肺にも心臓にもへばりつき、瘴気を立ち上らせながら胸を焦げ付かせる。

  いつまでもこの時間が続けばいい?

  だから自分からは動かない?

  そんなことを考えたのが、もう何年も昔のことのように感じられる。

  まったく馬鹿げている。

  心からそう思う。

  今、この瞬間を最大限に味わわなくて、いったいどうするのか。

  俺は、数分前の自分を心底嘲笑い、内側から身を焦がす衝動に突き動かされるまま、全身の筋肉に命令を走らせた。

  「⋯⋯ッウ、ぉごッ⋯⋯ゲッ!?」

  可愛らしい顔には似つかわしくない、潰れて濁った声が喉奥から響いてくる。それが鈴口を通り抜け、内側から陰茎を振動させる感覚に、腰が飛び跳ねる。

  亀頭に当たる上顎の感触。下腹部に密着する濡れた鼻。陰嚢を伝っていく涎。

  見開かれた目。溢れ出る涙。

  背中の後ろで、キリキリと軋んだ音を立てる結束バンド。

  五感に伝わってくる情報の全てが、官能を刺激してやまない。

  興奮で目眩がしてきた。

  いくら呼吸を荒らげて熱を吐き出そうとしても、止め処なく高まる熱情にとても排熱が間に合わない。

  熱に浮かされ、自分の中で荒ぶる獣に殆どの主導権を明け渡しながら、それでもなけなしの理性が手の中の電子機器だけは手放させなかった。

  その液晶画面の中で、少年の頭がブレる。

  「グ⋯⋯ぼッ、ォ、ェッ⋯⋯!」

  腰を引き、突き込む。

  掴んだ頭を、押しては引き、前後に揺さぶる。

  努張した性器を、口腔内の粘膜へ所かまわずぶつける。

  「あっ、はぁ⋯⋯はっ」

  快感に、息が切れた。規則的な呼吸が出来ない。吸う息と吐く息のバランスが乱れ、空気で溺れそうになる。

  それでも、俺はなりふり構わず快楽を貪り続けた。

  裏筋を舌の上に何度も擦り付ける。亀頭で内側から頬を殴る。竿で唾液と先走りをかき混ぜ、泡立てる。

  少年の肩が、ガクガクと震え始めた。

  まともに呼吸が出来ていないのだろう。

  鼻から溢れ出しているのは、きっと鼻水だけではなく、喉から逆流した二人分の体液が混ざっているに違いない。

  「ぐ、ぶッ⋯⋯ェッ」

  幼い顔が、苦悶に歪む。

  半ば白目を向いて、もはや失神しかけているのは見て明らかだ。

  その苦しみが、俺には手に取るように理解出来た。

  つらいだろう。苦しいだろう。怖くて、気色悪くて、惨めで、悔しくて、死んでしまいたいぐらいだろう。

  よく知っている。

  それを胸に思い起こすだけで、射精感が駆け上がってきた。

  焼け爛れるような高ぶりの中、寒気がする程の奔流が怒濤の勢いで迫り来る。

  ここで、一度せき止めることで快感が増すことは、経験上理解している。

  しかし、止めようがない。

  抑えきれない。

  我慢など、していられない。

  「ッぐ⋯⋯クッぅ⋯⋯!!」

  魂ごと投げ出してしまいそうな、鮮烈な絶頂感が迸る。

  男根が壊れたエンジンのように激しく鳴動し、轟くような勢いで濁流を解き放っていく。

  俺の、醜く薄汚い劣情を、少年の口の中に注ぎ込んでいく。

  汚してやった。犯してやった。

  目の前の幼くか弱い少年を、自分の欲求のままに征服し、蹂躙する暗い悦び。それはまるで重油が白いシーツへ染み渡っていくように、ジットリと胸を打った。

  「ごッぼ⋯⋯げぐッぅ⋯⋯ッ!!」

  俺の股間でもがき苦しむ少年の様といったら、ヘドロかタールの海に頭から投げ込まれでもしたかのようだ。粘性の高い汚濁が喉へ押し寄せ、吐くに吐き出せず、飲み込むに飲み込めず、さぞや苦しいに違いない。

  噎せ込むような呻きが小気味よく股間に響く。

  彼が苦しめば苦しむ程、比例して俺の快感は高まっていくばかりだった。

  このまま、いつまでも喉に蓋をしてやっていたら、いったいどんなに愛らしく苦悶してくれるだろうか。

  「ぶ⋯⋯ッげふ、ゲッ⋯⋯が、はッ」

  しかし、そうも言ってはいられない。

  そんなにすぐ壊れてもらっては困る。

  長く愉しむためには、大切に扱うのが肝心だ。

  名残惜しさを振り切って口から栓を引き抜いてやると、少年は息を吹き返したように勢いよく咳き込み、口からありとあらゆる体液を吐き散らした。

  当然そこには、俺の精液も含まれている訳だが、まぁ胃液まで吐かなかっただけ勘弁してやるとしよう。

  それに、上から飲ませることにこだわることもない。

  俺は、冷めやらぬ興奮に突き動かされるまま、未だ床に向かって嘔吐き続ける少年を仰向けにひっくり返した。

  息も絶え絶えな様子の少年は、もはや抵抗する気力もないどころか、意識が朦朧として半ば何をされているのかも理解出来ていないらしい。

  反応が薄いのは物足りないが、それはそれで好都合。

  下半身で中途半端に脚へ纏わりついていたパンツを勇んで脱ぎ捨て、ふと手を止めた。適当にその辺りへ放っておこうとしたが、寸前で思い直す。

  閃いたのは、ほんのささやかな悪意。しかし名案だ。

  気紛れに手の中で丸めたそれを、俺は開きっぱなしだった少年の口の中へと押し込んだ。

  「フっ⋯⋯ぐッぅ⋯⋯」

  今日一日、俺の汗と先走りがジットリと染み込んだ下着だ。さぞ味わい深いことだろう。口の中に残った精液共々、存分に堪能してもらうとしよう。

  焦点の合わない目をさまよわせる少年の顔を真上から覗き込み、思わず笑みをこぼす。泣き濡れて光のない瞳。パンツを押し込まれて膨らんだ頬。顎を伝う涎と精液に汚された毛皮。

  今まさに、強姦に遭っている少年の顔だ。一人の邪な男の欲望によって、その純潔を汚され、尊厳を踏みにじられた悲愴な表情。

  痛ましく、いじらしく、狂おしく。

  見れば見る程、情緒をかき乱されてやまない。

  もっと、もっと。

  その愛くるしい顔を歪ませてやりたい。

  痛苦と嫌悪、悲嘆と絶望に染まった顔が見たい。

  何の疑いもなく、自分はこの先も日向を歩き続けるのだと信じ切っていたその幼い無邪気さに、日陰のドブの味を教えてやらなくてはならない。二度と日の当たる場所を歩けなくなる程、丁寧に陰惨に、毛皮の奥深くまで汚水の匂いを染み込ませてやる。

  愛欲とも憎悪ともつかないドス黒い情動に身の内を支配されながら、俺は震える手で少年の股を割り暴いた。

  無防備に、無抵抗に開かれた両脚。その間へ、膝を使ってジリジリと身体を割り込ませる。

  これまで誰にも踏み込まれたことのない聖域へ、土足で分け入るような高揚感。肋骨を内側から擽る鼓動の早さに、今にも走り出してしまいそうだった。

  ピンと張り詰める耳鳴り。耳元で渦巻く熱。

  身体中を駆け巡った血液が一点に漲り、かつてない程の硬さでその切っ先を研ぎ澄ませているのを感じる。

  血気に逸り、今か今かとギラつく先端。悪意と劣情に濁った涎を滴らせるその矛先を、真っ直ぐに少年の肉体へ押しつける。

  その感触は、鋭利な刃物を喉元へ突きつけるような、真っ暗な銃口をこめかみへ押し当てるような、そんな破壊的な愉悦で俺を浮き立たせた。

  俺はこれから、この少年を台無しにする。

  彼の今日までの人生も。明日からの将来も。そこにあったハズの幸福を、希望を、夢を、何もかも全てぶち壊す。

  生涯残る傷痕を刻みつけ、二度とこの日を忘れられなくさせてやる。

  毎晩俺の顔を夢に見ろ。

  車が傍を通る度思い出せ。

  それが、俺に対する償いだ。

  被害者であり犠牲者である俺へ、当然贖われるべき賠償だ。

  恨むのなら、社会を恨め。

  俺もそうしてきたのだから。

  俺は、涙がこぼれるのを感じながら、男根を少年の中へと押し込んだ。

  [newpage]

  痛い。

  イタいイタいイタいイタいイタい。

  いたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたいいたい。

  「ぐッうぅぅッうっううぅうう゛う゛う゛ッ!!!!」

  痛くて、痛すぎて、痛いってことしか考えられない。

  お尻が。下半身が。おなかが。張り裂けるように痛い。熱くて、痛くて、それから、それから、今にも、色んなものが漏れちゃいそう。

  やめて、やめて、やめて。

  お願いだから。お願いしたのに。なんでもするって言った。ちゃんと言うこと聞いた。なのになんで。うそつき。ひどい。ひどい。ひどい。

  頭の中でぐるぐると回り続けるそんな言葉も、出て行くための口をふさがれてるせいで、喉の奥でとぐろを巻いているしかない。

  けれど、喉につまったままなのは、意味のある言葉だけ。言葉にならない唸り声は、勝手に外へと飛び出し続ける。

  「うッぐ、ゥゥッうっ、ングぅうッ!」

  切れ切れに、ぶつ切りに、断続的に。

  ふさがった口の隙間から、どうしようもなく漏れ続ける悲鳴を、規則的にぶつけられる衝撃が途切れ途切れに音飛びさせる。

  身体の下から、上下に、ドスドスと、繰り返し叩きつけられる暴力。

  何度も、何度も何度も、力いっぱい殴られてるみたいだ。

  拳じゃなくて、ちんちんで殴られてる。

  顔や身体じゃなくて、お尻を、お尻の中から、身体の中を。

  一突き一突きされる度、お腹の中が裏返って、内臓ごと全部吐きそうになる。

  ズルズルと、お尻の中から重いものが抜けていく度、汚いものまで引っ張り出されてしまいそうで、寒気がする。

  痛くて、苦しくて、気持ち悪くて。

  この世界に、こんなに嫌なことがあるなんて、思いもしなかった。

  サイテーでサイアクで、こんなの耐えられない。我慢できない。正気じゃいられない。

  やめて欲しくて、逃げたくて、コロしてやりたくて、縛られた両手を何回も目の前の胸板に叩きつけた。

  だけど、どんなに力一杯叩いても、分厚いゼーニクが波打つだけで、男には少しも響かない。少しも、止まってくれない。

  それどころか、余計に嬉しそうに顔をほころぼせて、上から僕の身体に覆い被さってきた。

  「ムッ⋯⋯うぅッ」

  ズッシリ重い巨体にのしかかられて、息がつまる。

  汗にまみれてビショビショの肉が、全身にまとわりついてスゴく気持ち悪い。上から垂れてくる肉に埋もれて、ほとんど身動きが取れない。

  そのまま、お腹をすりつけるようにして、また身体を揺さぶられる。

  ヌチャヌチャ、ネチョネチョと、自分と相手の身体の隙間からそんな音がするのが、たまらなく気色悪かった。

  息つく間もなく、豚鼻が顔めがけて落ちてくる。

  耳に、瞼に、ほっぺたに、そして唇に。

  何度も音をたててキスされた。

  首筋を、胸を、乳首を。

  長い舌でドロドロになるまで舐められた。

  汚い。自分の身体が、汚い。

  全身洗って消毒するだけじゃ足りない。

  毛皮も全部剃って、地膚ごと剥ぎ取って、身体の表面を全部張り替えてしまいたい。

  触られた所。舐められた所。キスされた所。

  全部全部全部全部。

  汚くて、気持ち悪くて、嫌だった。

  ゾワゾワする。吐き気がする。涙が止まらない。

  もう、やだ。

  死にたい。

  初めて、そう思った。

  消えてなくなりたい。この世界から、欠片も残さずいなくなりたい。

  こんな汚い僕なんて、生ゴミみたいに袋につめて、全部残らず燃え尽きてしまえばいい。

  消えろ。

  消えろ。消えろ。消えろ。

  消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。消えろ。

  だけど、どれだけ繰り返し祈っても、どんなに強く願っても、身体を襲う痛みが冷たく現実を突きつけてくる。

  「うっぅっうッ、んゥゥッ!」

  切りつけられるような痛み。ヒリヒリとした熱さ。内臓を押し上げられる苦しみ。

  いったい、いつまでこんなのが続くんだろう。いつになったら終わってくれるのか。

  知ってるけど、わからない。

  何が起きたら終わるのかは知ってる。でも、それがいつ来るかはわからない。

  早く終わってほしい。今すぐにでも。

  嘘偽りなく、本気でそう思ってる。

  だけど同時に、その瞬間が来てほしくないとも、思ってしまう。

  どっちつかずのまま、二つにひび割れてしまいそうな心を抱えたまま、僕は上を見上げた。

  薄い膜が張ったように、白く濁った視界。まるで夢の中みたいに、不確かで、現実みのない景色だ。

  それが本当に夢だったら、どんなによかっただろう。

  僕に覆い被さって腰を振る、裸の男。

  その血走った目も、嫌らしくつり上がった口元も、荒く音を鳴らす大きな鼻も、全部現実にそこに存在してる。

  鼻から吹きかかる生暖かい吐息も、口から滴ってくる涎も、顔中から降り注いでくる汗も。その全部が、ここが現実だと突きつけてくる。

  なんで、どうして僕がこんな目にあわなきゃいけないんだ。僕がなにしたって言うんだ。悪いことなんて一つもしてない。こんなことされていい理由なんて、一つだってある訳ない。

  じゃあ、誰が悪いんだ。誰の所為だ。

  何を恨めばいい。何を呪えばいい。

  どこに訴えたらいい。

  どう、償わせたらいい⋯⋯

  わからない。

  全然、何もわからない。

  もう、何も考えたくない。

  何も感じたくない。

  そう思ったのがキッカケかどうかはわからないけど、下半身から響いてくる痛みが少しだけ和らいだ気がした。

  痛みに慣れてきたってこともあるのかも知れない。

  痛みを感じる神経が麻痺してきたとか、脳が強すぎる痛みを緩和しようとしてるとか、理屈はそんな感じだろう。

  もう、どうだっていいけど。

  もういい。なんでもいい。

  苦痛が少しでも小さくなるなら、それにこしたことなんてない。

  僕は、全身から力を抜いた。

  抵抗することも、身を守ることも、やめた。だってムダだから。その方が楽だから。

  一つ何かをあきらめる度、心が薄くなっていく。ひび割れていたところからドンドン中身が漏れて、涸れて、空っぽになる。

  どうせ、助けなんて来ない。

  誰も助けてくれない。

  どうせ。どうせ。どうせ。

  空っぽになった目で、僕は改めて男の顔を見上げた。

  それはとても、満ち足りた顔に見えた。

  夢が叶ったような、綺麗な宝物でも見つめているような、美味しいものをお腹いっぱい食べているような。そんな顔。

  この世界に、これ以上の幸福はないって、顔にそう書いてあった。

  僕は、こんなに不幸なのに。

  僕だけが、こんなにヒドい目にあってるのに。

  ズルい。

  気づけば、そう思っていた。

  空っぽの胸に最初にわいてきたのは、不思議とそんなちっぽけな感情だった。

  悲しいとか、腹が立つとか、そういうありきたりなものじゃない。それは自分でも、意外に思った。

  僕をこんな風に踏みつけにして、自分の幸せだけを味わってる男のことを、恨むより憎むより、何故だか先に羨ましいと感じた。

  その自分勝手さも、こんな風に他人を扱える力も、僕にはないものだから。

  もし、もしもそれが、僕にもあったら⋯⋯

  こんな目にあわずに、済むのだろうか。あんな顔をして、幸福を味わうことができるんだろうか。

  もし。もし。もし。

  頭の中で加速していく仮定の言葉。それは心地いい妄想として、中身が抜け落ちた空っぽの胸にネットリと染み渡っていく。

  その粘つくような温かい甘さが、つかの間涸れきった僕の心を潤してくれるみたいだった。

  たとえまやかしでも、ごまかしでも。

  目の前の現実から、僕を守ってくれる。

  目の前の現実に、どんなに救いがなくても。

  「はっ、は、ふっ、はっぁ」

  豚鼻から吹き出す熱気が、ドンドン早くなってる。

  ぶつかってくる衝撃も、強く、激しくなってきた。

  縦に大きくブレる視界。

  濡れた雑巾で、繰り返し壁を叩くような音。

  喉から押し出される、掠れた呻き。

  焼けつく痛み。

  心臓の鼓動。

  そのどれもが、間隔を狭めていく。

  身体を貫く波が、早く、大きくなっていく。

  それは、カウントダウンだ。そう、本能的に悟った。直感的に理解した。

  ゼロになる具体的なタイミングはわからない。だけど、その瞬間は着実に迫ってきている。それだけは、わかる。

  あと、少し。

  もう、すぐ。

  いま、まさに。

  「っぐ⋯⋯ぁあッ、ィクっ、イくぞっ、イクイクッ⋯⋯ぉッお⋯⋯ッ!!」

  我を失ったような男の声は、ヒドく恐ろしい響きとなって、僕の背筋を震わせた。

  ゾクゾクと、背骨を怖気が駆け上がる。

  気持ち悪い。

  僕の中で、身体の奥底で、何かとてつもなく嫌なことが起こったのを感じた。

  僕という一人の人間を、今まで生きてきた人生を、これから先の未来を、全部丸ごと台無しにしてしまうような、そんなとても非道いことをされたのだと、気づいた。

  身体が冷えていく。

  全身の血がストンと下へ落ちるように、冷たく固まっていく。

  動けない。

  指先一つ動かせない。

  ただ、内側から響いてくる振動と、上からのしかかってくる重みに、力無く揺さぶられるだけ。

  男は、目をつむったままだ。

  眉間にシワを寄せて、自分の中の幸福感を一滴残らず噛みしめようとするように、息を止めてる。

  長いな⋯⋯

  いつまで待たされるんだろう。

  冷め切って乾いた僕の目は、自然と男の顔から離れて窓の外へと移った。

  夜。

  静かで、さみしい、空っぽの夜。

  誰もいない、誰も見ていない、誰にも知られていない、真っ暗闇。

  だけどそこに、いつの間にか上っていた丸い月が、ポツンと僕を見下ろしていた。

  冷たく、冷ややかに、他人事みたいに。

  僕がどんな目にあってたか全部見ていながら、そこでお高く止まって、知らんぷりしてる。

  そっか。

  わかった。

  僕がどうなろうが、この世界はどうだっていいんだ。

  僕がどれだけつらくても、泣いても、助けてって叫んでも、世界にとっては取るに足らない出来事に過ぎない。

  今日がこのまま終わっても、明日は何も変わらず続いていく。

  この世界の殆どの人にとって、今日は何事もなく平和な一日だったんだ。

  誰も知らない。

  誰も、何とも思わない。

  僕が何をされても。

  僕がどう感じても。

  僕が何を思っても。

  僕が何をしても。

  それなら⋯⋯────

  [newpage]

  喋り続けて粘着いていた唇を、一旦そこで舌を使って湿らせた。

  お茶とは言わないまでも水ぐらいは欲しいところだが、まぁ立場が立場だけに贅沢も言っていられない。

  まさか、こんな風に穏やかに話を聞いてもらえるなんて、思ってもみなかったんだ。

  それならこちらだって、あちらの誠意に報いなくては、という気にもなる。

  濡らした唇を、再び開く。

  「そういう訳で、あの子にはこの社会の代わりに、俺に償いをしてもらったんです。だって、あの子もこの社会で生まれたんですから、社会の一員として、俺に賠償する義務がありますよね?」

  俺の当然の問いかけに、スチール机を挟んで向かい側に座る年嵩のグレートピレニーズは、何も言わない代わりに表情一つ変えず微笑んでいた。

  変わった人物だ。

  あまりに表情を崩さないので、初めは話を聞いていないのかと思ったが、適宜相槌は打つし、要所要所で質問も挟んでくる。

  所謂、聞き上手とされる人種だと感じた。こちらの話にその朗らかな口調で合わせてこられると、不思議とあれよあれよと乗せられてしまう。結局、話すつもりのなかったことまで、つい語ってしまった。

  あの子の中に入れた時の質感や、突き上げる度に愛くるしくヨがるその淫猥な様子、気づけば中に何発出したかまで、かなり赤裸々にぶちまけていた。

  話している内に、記憶が鮮明に蘇ってきて、机の下で勃起してしまう程に。

  それに気づいているのかいないのか、やはりグレートピレニーズは眉一つ動かさない。

  部屋の隅でノートパソコンに向かう柴犬の女性とは、丸きり対照的だ。内心のわからない男に対して、こちらはまるで隠そうともしていない。

  三畳程しかないこの部屋にいるのは、俺を含めて三人。一つの机を挟んで俺と対面している男の背後、出入口側の壁際に置かれたもう一つの机に、二十代と思しきパンツスーツ姿の女性が背筋を伸ばして座っていた。

  ディスプレイから一切視線を外さず、俺の言葉を淡々とキーボードに乗せて記録し続けている、ようにも見えるが、その打鍵音はありありと彼女の内面を主張している。

  バチバチと、火花が弾けるような音が響く。まるでキーの一つ一つが憎いとでもいうように、必要以上の力を込めて入力を続ける細い指。

  もちろん、憎いのはキーボードなどではなく、俺が吐いた言葉の方だろう。それを聞き取ることが、文字に起こすことが、彼女にとってはヒドく耐え難い苦痛なのだと、罪のない鍵盤に代弁させているのだ。

  その横顔は努めて無表情ながら、両肩からは俺への敵意がメラメラと立ち上って見えるようだった。

  まぁ、無理もないことか。

  女性で、しかも警察官であるなら、そうした反応になるのも頷ける。

  逮捕状を持って自宅に現れたときなど、親の仇でも見つけたような顔をしていたのが、実に印象的だった。

  そう、俺はいともあっさりと逮捕された。

  逮捕令状の容疑は、未成年者略取。

  あの日からたった二日の出来事だった。

  驚いたことに、あの少年は自分の身に何が起きたのか、すぐに両親へ打ち明けたばかりか、俺の車のナンバーを克明に記憶していたらしい。

  なればこそ、通報を受けた警察が俺に辿り着くまで、こうも時間がかからなかったのも頷ける。車種とナンバーが割れてしまえば、現在の車の所有者も、あの日その車が何処をどう走ったかさえ、容易く突き止められてしまう。

  これには、負けを認める他なかった。

  彼を見くびっていた。

  だが普通、強姦された直後にそこまで頭が回るとは、いったい誰が予想出来ただろう。ましてや年端もいかない子供が、同性の男から犯されて、マトモな精神状態を保っていられたということが、まずもって信じられなかった。

  念の為、行為中撮影していた動画で口止めまでしておいたハズだが、それでも少年は確固たる意志で告発を行ったのである。

  わざわざ家の近くで降ろしてやったというのに、恩知らずもあったものだ。

  俺がすべきだったのは、口止めではなく口封じだった。

  しかし今になって後悔しても遅い。

  被害者からの証言に加え、今頃俺の車からは少年の体毛や俺自身の体液など、数々の物証が採取されているハズだ。スマートフォンも押収され、撮影した動画データも決定的である。

  直に、俺の逮捕容疑は不同意性交に切り替わるだろう。

  それなら下手に隠し立てせず、素直に事実を認めて詳らかに証言した方が、今後の心証もよくなるかも知れない。

  充分に反省していると認められれば、執行猶予がつかずとも、幾分か量刑に違いが出てくることもあるそうだ。

  何と言っても、刑期は短く終えられるに越したことはない。人生は短いのだ。限られた時間を無駄にしてはいられない。

  今回の失敗は、教訓にすればいい。

  そうすれば、いずれまた機会は訪れる。

  当然、まだ終わりなんかじゃない。

  まだまだ、俺への償いは足りていない。

  世界はもっと、それを知るべきだ。

  次はもっと巧くやろう。

  標的選びはより慎重に。行動パターンだけではなく、家庭環境や本人の性格まで把握出来れば尚のこといい。

  車のナンバーを偽造する手段も欲しい。

  いや、そもそも自分の車を使うこと自体が誤りだったのかも知れない。

  何なら、もっと他人を利用するべきだ。

  どうせ、同じような欲求を抱えた人間は幾らでもいる。俺はそれを、よく知っているじゃないか。

  痕跡の残らないネットワークで人を集め、車や場所を提供する者を募ってリスクを分散させよう。その分、分け前も減ってしまうことになるが、減った分は回数を重ねればいい。

  そうして成功を重ねていけば、ノウハウが蓄積して手段もより洗練されていく。ゆくゆくはビジネスとして展開するのも悪くない。

  「⋯⋯もしもし、大丈夫ですか?」

  おっと、物思いに耽り過ぎてしまった。

  「すみません、少しぼんやりしていたようです」

  「少し長くなってしまいましたからね、今日の聴取はここまでにしておきましょう」

  男が目配せをすると、女性は無言のまま席を立って取調室を出て行った。

  室内には時計がないので、どのぐらい時間が経過したのかがどうしてもわかりづらい。

  加えて、毎日ただ留置場と取調室を往復するだけなのもあって、日付の感覚も薄れてきた。

  まぁ、まだまだ当分、先は長いんだ。刑務所に入るどころか、公判が始まって刑が確定するまでも二、三ヶ月はかかるらしい。

  いっそ、日付感覚など無くなってしまった方が、後々楽なのかも知れない。気楽に構えていよう。

  そうこうしていると、ドアを開けて足早に女性が戻ってきた。

  コツコツと踵を慣らし、手にしていた書類をサッと男へ手渡してから、自分は再び隅の席に座る。

  恐らく、俺の供述調書をプリントアウトしてきたのだろう。

  男はザッと書類に目を通すと、それをクルリと反転させて俺に差し出してきた。

  「本日の供述調書の内容です。中身に間違いが無ければ、下の欄に署名をお願いします」

  少しだけ憂鬱な気分を噛み締めながら、俺は言われた通りそれを受け取った。

  正直、この時間が一番苦痛に思えた。

  そこに書かれているのは、一言一句歪められることなく、そのまま俺の口から出た言葉だ。自分の記憶とも間違いなく一致している。

  しかし、自分が口にした言葉をこうして文章に起こされて客観的に見返すというのは、思っていた以上の居たたまれなさがあった。

  特に、供述の内容も内容だけに、これが公式に記録されるという事実に言いようのない後ろめたさのようなものが胸を鬱ぐ。

  だからと言って、サインしない訳にもいかない。

  彼らはキチンと職務を全うし、犯罪者である俺へ誠実に向き合っている。それを否定することは出来ない。

  調書の端まで漏れなく確かめると、俺は借り物のボールペンを握って空欄へ自らの名前を書き入れた。

  ────白石玲人