Scape wolf 5-12「帰還という名の旅立ち」
「帰還という名の旅立ち」
薄暗い地下室の中、マリは多くのホルマリン漬けの臓器標本に囲まれながら日記帳にペンを走らせていた。
臓器のもとの主は、かつて村のガーディアンだったジョージのモノ。
村人たちには堕心のことを説明し、あらかじめ了承をえていたが、できる限り早く弔いたかったので内臓以外のほとんどの部位は解体せずにそのまま埋葬してしまった。
マリは、手にしていた心臓の標本を机に置くと傍らに並べた複数の血液サンプルに目を向けた。
以前にリュバンの人狼たちから採取したモノは既に使える状況になかったので、今回シアとオルフェが来てくれたことは研究の面でも大いに助かった。
「あとで、何か礼をしないとな」
彼女は、そう独り言を言うと、日記帳に簡単なメモを残し、席を立った。
居間に戻ると、スヴェートがちょうどお茶を沸かしているところだった。
「もう研究は良いのですか?」
妖精はマリに気づくとそう言ってカップを6つ机に並べた。
マーガレットがその後ろに続き蜂蜜の入った瓶を背伸びしながらカップの横に並べる。
「ああ、今日はだいぶ進んだよ」
マリはそう答えると、椅子に腰を下ろした。
「今お茶が湧きますから待っていてください」
スヴェートは、そう言うとマーガレットの方へ鼻先を向けた。
「マーガレット、三人を呼んで来てください」
彼女の言葉にマーガレットはうなずくと勢いよく部屋を飛び出した。
「もう三日。彼らが来てからずいぶん経ちましたね」
スヴェートはマーガレットの姿を窓から目で追いかけながら言った。
「私を探してずっと歩き回らされていたんだ。
しばらくは、ここで休ませても良いだろう?」
「かつて殺そうとしていた相手に対してずいぶんと寛大なんですね」
「そう言うお前だって、オルフェを蹴り飛ばした時に加減しただろう?」
「たまたまですよ」
スヴェートはそうはぐらかすと、茶葉の入ったティーポットに湯をそそいだ。
「あいつらは、私と同じなんだ…」
しばらくの沈黙の後、マリはポツりとつぶやいた。
「同じとは?」
「あいつらも、私と同じで他の行き場がなくてウールヴヘジンに入ったんだ。
シアは、人間と魔物の間に生まれた子どもで、そのせいで人間に殺されかけた。
リリスは母親を殺され、孤児になった。
オルフェは、もともと犬だったが飼い主の女に裏切られて魔物に殺され、人狼になった。
アイツは、そのせいで今でも女とは距離を置こうとしている。
皆、人間の様々な罪をその身に被らされて追放されたスケープゴートなんだよ」
その後の六人そろってのお茶の時間は終始和やかなモノだった。
始めスヴェートは、シアたちの過去を知ったせいで気まずい思いだったが、マーガレットの無邪気さに救われた。
彼女は子ども特有の好奇心を発揮してシアたち三人に色々な質問を投げかけてきた。
シアとマリの水盆が震えだしたのは、そんな穏やかな時を過ごしていた時だった。
二人は、ほぼ同時に立ち上がると慣れた手つきで盆に水を注ぎ水面をさっと撫でた。
「マリか? 申し訳ないが、緊急で頼みたいことがある」
「シア。頼むからすぐに戻ってきてくれ」
マリとシアの水盆からそれぞれロキとルーの声が聞こえてきた。
水盆からの知らせはウールヴヘジンでの暴動と国家へのクーデターのモノだった。
内容は大まかなところは同じだったが、リュバンの情報網のおかげでロキの方は国王の死亡の知らせまで届いていた。
「クソ、遅かったか…」
ロキとマリの会話が漏れ聞こえていたのか、ルーはそう言って歯ぎしりをした。
「とにかく俺は戦えるヤツらを集めて、王城に向かう。マリとスヴェートはウールヴヘジンの鎮圧に向かう仲間と合流してもらえないだろうか?
ああ、そうだ。そこの村の護衛はガルムを向かわせるから、その点は気にしないでくれ」
「おい、待て。修道院を攻撃するつもりか?」
「暴動の鎮圧だよ。兄上は少し黙っていてもらえないか?」
「そう言って。お前は、いつもいつも減らず口を…」
ロキとルーが不毛な議論を始めたので、一行は盆をそのままにし準備を始めた。
「行くのですか、マリ?」
スヴェートは愛用の赤いローブを羽織るマリに向かって尋ねた。
「友人の依頼だからな。それに―」
そこで彼女は一度言葉を切ると、ローブについたフードを被った。
「一度確かめなければならないことがある。
私は何か大きな間違いを犯していたらしいからな」