「それぞれの決意」
日が西に傾き品物の売り買いを終えた行商たちが帰り支度を始めていた頃、マリはブラムとスヴェートとともに村の端にある小屋の中にいた。
もともとは、村のガーディアンであるジョンとその妻のモノだったが、村を救ってくれた名誉を称えてと言う口実で代表から使用の許可をもらった場所だ。
三人は暖炉の前で椅子に腰かけ特に会話をすることなく温めたブドウ酒を飲んでいた。
「何だか、久しぶりに家に帰って来た気分だな」
ブラムは、ふとつぶやいた。
「そうだな」
マリは、口角を上げながら言った。
「人狼になってからはウーヴヘジンの修道院やリュバンのキャンプが家みたいなモノだったが、こんなに穏やかな気分になったのは人間だった時以来だな」
スヴェートは暖炉の火を見つめながらうなづいた。
「私は、物心ついた時は既に退魔騎士の兄と旅をしていましたから良く分かりませんが、きっと家ってこう言う落ち着いた気分でいられる場所なのでしょうね」
そこで会話が一瞬途切れた。
三人とも次に言うことは決まっていた。
だが、自身の決心を〝家族〟に伝える前に今一度この心地よさに浸っていたかった。
「二人に話しておきたいことがある」
やがて、マリが最初に口を開いた。
「「何?」」
ブラムとスヴェートは、椅子を彼女の方に向くようずらしながら同時に尋ねた。
「私は、この村に残ってガーディアンになろうと思うんだ」
ブラムとスヴェートは、何も言わずにマリの目を見返した。
その目には、驚きと言うよりはどこか得心したような色があった。
「復讐は、どうするのですか?」
スヴェートが問いかけた。
「もう疲れたんだよ、そう言うの。本当は、お前たちと出会う前から、どうでも良いことだったんだ。
ただ、そうでもしないと自分の生きる意味がなくなったり父さんの死が無意味なモノに変わってしまう気がして、それが怖くてただフェンリルやルーたちを殺すことに執着していたんだ」
マリはそこまで言うと、手に持ったブドウ酒に口をつけ優しく微笑んだ。
品のあるその笑顔は、かつての彼女の育ちの良さを物語っているようだった。
「でも不思議なモノだ。お前たちといる間に、そうした毒気が全部抜けてしまったよ。
今では、ここに残って昔みたいに人間を守りたいと思っている」
「恐らく、それがマリの本性なのでしょうね?」
スヴェートはそう言うと、穏やかに笑った。
「本性?」
マリは首を傾げた。
「ええ。
壊すよりも守りたい。誰かの不幸に寄り添って癒したい。
そう言う強い感情がマリの心の中心にあって、その優しさが回復魔法や鋭い触覚となって現れているのかもしれません」
「随分と乱暴な優しさだけどね」
ブラムは、からかうように言った。
「買いかぶりすぎだ。私は、そこまで良く出来た感情は持ち合わせていない」
マリは苦笑しながら言うと、聖女のような優しいまなざしで二人を見つめた。
「それで、お前たちはどうする?
無論、ここに一緒に残ってもらった方が嬉しいが、ストレイを続けると言うなら止めはしない」
ブラムとスヴェートは、互いを見つめた。
言葉はなくとも、答えは分かった。
二人はうなずき合うとマリの方へ向き直った。
「私は、マリと残ります」
先に答えたのは、スヴェートだった。
「ここで、もう一度人間に寄り添って人間のことをもっと知りたいと思ってます。
そうすれば、兄に近づけると思うから」
マリは、ゆっくりとうなずいた。
「良いだろう。これからもよろしくな、スヴェート」
「ええ。こちらこそよろしく、マリ」
マリは再びうなずくとブラムの方へ視線を移した。
「僕は、村を出ようと思う」
ブラムは申し訳なさそうな表情を浮かべながら言った。
「僕は、二人と違って自分の種族のことも分からないくらい馬鹿だし、戦闘もそこまで強くない。
だから、僕はもう少し、せめて二人に負けないくらい強くなってから自分の守るべきモノを見つけたいんだ」
「ブラム、お前は充分強いよ。実際、私もスヴェートも何度もお前に救われた」
マリの言葉にスヴェートは同意してうなずいた。
「ありがとう」
ブラムは、はにかみながら言った。
「でも、やっぱり僕はもっと色んなことを知ってもっと強くなりたいんだ。
これは、どっちかと言うと僕の問題かな」
「そうか」
マリの言葉は咎めるようでも別れを惜しむような様子でもなかった。
「じゃあ、一つだけ条件がある」
「条件?」
「死なずに生きていろ。そして、いつか強くなったお前を見せてくれ。
何年でも待つから」
「私も待ってますよ」
スヴェートが横からそう言って微笑んだ。
「ああ、あとそれからだな」
マリがふと何かを思い出したように言った。
「もしも会ったらで良いんだが、アゾットと言うヤツに会ったらよろしく伝えといてくれ」
翌日の朝、ブラムは再び旅に出る行商やリュバンの集団に交じって旅立つことになった。
途中までは、西に向かうと言うレベッカとジェームズ、そしてアリシアについて行くことにした。
出発の朝は、昨日の市場にも負けない賑わいだった。
エイルワカ村は、知り合って日の浅いブラムを旧友のように送り出してくれた。
ある者は旅の無事を祈る言葉をかけ、またある者は彼に食料や見るからに高価そうな餞別をくれた。
代表が途中で止めなけば、出迎えだけで丸一日はかかっていただろう。
最後にマリが骨が軋むほどの強さで彼を抱擁し一行はようやく出発した。
「おとぎ話の勇者様みたいね」
村の人の姿が見えなくなった頃、アリシアはそう言ってブラムをからかった。
どうやら彼女は誰に対してもすぐに打ち解けようとする性格らしく、まだ一度顔をあわせた程度だったブラムにもこんな軽口を何度となく言っていた。
「〝見事魔王を打ち倒した勇者は村人に感謝されながら故郷である王国に帰って行きました〟みたいな?
ちょっと違うけど気分は悪くないね」
ブラムは、軽口で返した。
彼自身、誰とでもすぐに打ち解けられる性格だったので若い人狼の軽口もむしろ心地よいモノだった。
「〝めでたしめでたし〟ってね?
それで、勇者ブラム様は、次はどちらに向かわれるのですか?」
「うーん。とりあえずは、ずっと西に向かってみようかと思っているけど、それ以外は特に何も考えてないなあ」
「このまま西に行けば、ウールヴヘジンの修道院に着くわね」
「それも良いかな?マリのことをもっと良く知れるかもしれないし」
「やっぱら、貴方はマリの言った通りね」
「そうかもね」
ブラムは、そう言いながら苦笑した。
何と言われたかは、大体察しがつく。
「それで、アリシアは僕のお目付け役にされた訳だ」
「感が良いのね。まあ、マリは結構分かりやすいところあるからね」
「君もマリと親しいんだね。僕よりあのヒトのこと詳しいんじゃない」
「まあね。リュバンに入ったばかりの頃は色々と手を貸してもらったし」
アリシアは、そう言いながら首を擦った。
そこには、マリのモノと良く似たアザがあった。
ブラムは、それ以上詮索することを止めて他愛のない話に話題を変えた。