「焦りと苦悩」
まだ日も昇らぬ早朝、スヴェートは急に夢の中から覚醒した。
昨日は、これからの移動や戦闘に使う体力を回復させるため一日だけ床に着くということで話がまとまったが、マリのことを考えるとどうしても安眠できなかった。
上体を起こし左側を見ると、エレオノラが静かに眠っている。
耳を澄ませないと聞き取れないほどの小さな寝息を立てながらも微動だにしない様子は、まるで死人のようだ。
「まさか、ね…」
スヴェートは、自分の思いつきを鼻で笑うと今度は右側を見た。
そこではブラムが寝ていたはずだが、彼の姿はなかった。
どこへ行ったかは、なんとなく分かる。
だが、少し不安になったので、ゆっくりと立ち上がると小屋の外に出た。
ブラムは、そこにいた。
何をするでもなく、ただ森の方を見つめていた彼はスヴェートに気づくと振り返り口を開いた。
「ああ、おはよう。よく眠れた…ようには見えないね」
「それは、お互い様ではありませんか?」
ブラムの言葉にスヴェートはそう返事をすると、手櫛で髪を整えながら彼の方へ近寄った。
「マリのこと、心配ですか?」
スヴェートの問いにブラムは静かにうなずいた。
「怖いんだ。また失うんじゃないかと思えてきて…」
「前の師匠のこと?」
「うん」
「大丈夫ですよ。マリは、強いヒトです。
それよりも今は冷静であるべきです。ここで貴方が死んでしまっては、お師匠様もマリも悲しみますよ?」
スヴェートは、ブラムの肩に手を置きながら諭した。
「分かってる…」
ブラムは、震える声で返した。
「でも、どしても、怖いんだ」
エレオノラが目覚めたのは、それから間もなくしてのことだった。
日は未だ昇っていない。
三人は簡単だが滋養のある朝食を済ませ装備を整えると、早速エレオノラの先導で出発した。
エレオノラの武器は、細い剣だった。
スヴェートは、どこかで見たような形の剣だと思ったが、はっきりとは思い出せなかった。
しばらく進むと、木の根元に人間の男が息絶えて倒れているのが見つかった。
服装を見る限り村の人間ではないらしい。
「ああ、あれですか?」
エレオノラは二人の目線の先にあるモノを見てつぶやいた。
「あれは、件の魔物の眷属になった人間です。気に留める必要はありません」
「なんでそんなことが分かるの?」
ブラムは、問いかけた。
「死ぬ前の彼に直接聞いたからです。少しばかり尋問したら、ほとんど全て聞かせてくれましたよ」
人狼は何と言うことはないと言った様子で答えた。
「まさか、尋問してすぐに殺したのですか?」
スヴェートは、顔を引きつらせながら尋ねた。
「ええ。昔は人間を殺さない主義でしたが、魔物の眷属に成り果てた人間を生かしておいても人間側の益にはなりませんからね」
再び何の感情もない声で返した。
スヴェートは、人間の方に目を移した。
ふと手元を見ると、親指と人差し指、中指がなくなっている。
見たところ、死の直前に切断されたモノのようだ。
再びエレオノラに視線を移すと、彼女の目はブラムよりも鋭くギラギラと光っていた。
どうやら、目を配らなければいけない相手は一人ではないようだ。
スヴェートはやれやれと頭を振りながら先行する二人の跡をついて行った。