「悪夢」
ジョンとの会話を終えしばらくすると、マルタが人肉の入った皿を片付けにやってきた。
彼女は、齧った後一つない二切れの肉と二人の人狼を交互に見て何か言おうとしたが、結局口をつぐみそのまま守衛と思われる男とともにその場から立ち去った。
マリは、枷と鎖を外すことを一度諦め眠りにつくことにした。
どうせ空腹感と疲労感に支配された脳では妙案も浮かべられない。
「すまない…。関係のない君に余計な事を言ってしまった」
突然、人狼は眠ろうと目を閉じたマリに向かっていった。
「代わりに私の首でも喰い千切ってくれ」
人狼は、投げやりになったような口調で続けた。
「そうしてやりたくて仕方ないが、鎖の長さが足りないんだよ」
目を閉じたままマリは答えた。
気がつくと、左手が自身の首の傷跡を擦っていた。
「それに狼の肉はひどく不味い」
最後にそれだけ言うと彼女は深い眠りについた。
突然の叫び声が、あたりの空気を切り裂いた。
マリは、とっさに立ち上がろうとしたが、首枷につながった鎖に引っぱられ仰向けに倒されてしまった。
彼女は小さく悪態をつくと、人狼の方を見た。
大きな身体を小さく丸めガクガクと震えている。
耳を伏せ、顔に恐怖を張りつけている。目の焦点はあっていない。
「どうしたんだ?」
異変に気付いたマリは、人狼に尋ねた。
と同時に、また叫び声が上がった。
人間の真に命の危険を感じた時に上げる悲鳴。
マリは直感的にそう悟った。
「やめろ…。やめてくれ…」
突然、人狼が口を開いた。
か細い懇願するような声。
彼の青色だった眼は黄色に変わっており、幻覚を見るかのように虚空を見つめている。
介錯と言う言葉が一瞬マリの頭をよぎった。
再び叫び声。
その声にマリも全身の毛が逆立った。
死の瞬間に上げる断末魔の声。
「うわあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
突然、ジョンが耳を蠟するような悲鳴を上げながら頭を壁に打ち付けた。
人狼は、そのまま頭を何度も壁にぶつけた。
皮膚が切れ血が壁や近くの床に飛び散った。
マリは、人狼を止める余裕がなかった。
竜の炎で焼き尽くしたはずのラヴィナの記憶が蘇った。
「死んだ死んだ。また死んだ…」
人狼は力ない声で言った。
どこからか液体を啜る音と肉を咀嚼する音が聞こえた。
マリは耳を塞ぎ隣の人狼と同じように小さく縮こまった。