吸血鬼のハーフと化け猫。

  紫苑は吸血鬼と人間のハーフだ。父が吸血鬼で、母は美しい人間だった。

  「相手が好意を感じれば感じるほど、相手の血が美味しくなる。」

  だから吸血鬼は人間を虜にして襲い、吸血する。

  母は父に騙されて紫苑を産んだ。吸血鬼と言えば白髪に緋色の瞳だが、実は普段は黒髪で黒眼なので父は母を騙せたのだ。

  紫苑はそのことが原因で、人間の里では殺されかけ、父が連れ帰った吸血鬼の里からは、人間のまじり者として排除されてしまった。

  「はぁ…年々似てくるな…」

  鏡を見てため息をつく。両親のことは大嫌いだ。物心つく頃には母に殺されかけた挙句、目の前で自殺されてしまった。父は母の死の後に行方不明になり、見つかったのは病で死んでからだった。

  だから母に似た美形も、父に似た黒髪も大嫌いだった。

  「髪…切ろうかな…」

  この世界には吸血鬼以外に、化け猫や人狼がいる。それらは満月の夜に最も強くなり、本来の姿を現す。

  吸血鬼であれば普段は黒髪に黒い瞳だが、満月の光に当たると白髪に真っ赤な瞳を見せる。だから髪を伸ばして瞳を隠しているが、今朝は黒髪に嫌気がさしたので、バッサリと切ってしまった。

  「はぁ…狩りに行かないと…」

  切り終わった後で、いわゆるカレンダーを見て呟く。そろそろ満月だ。月の満ち欠けは吸血鬼たちの長年の努力により、数え方があるのでだいたい見当がつく。

  人外は満月が近づくと高まった力のせいで眠気が来たり、腹が空いたりする。吸血鬼はと言うと、どうしようもなく喉が渇く、腹が空く、血を欲する。

  「ウサギの血と…鹿の血と…」

  満月に備えて血を採るために狩りをする。溜まってきた血のストックを見て、紫苑はため息をついた。

  半吸血鬼なので、普通の吸血鬼よりは血を欲しない。それでも、血を吸わないと餓死するし、他の吸血鬼よりも「にんにくアレルギー」が酷い。

  「不便な体だ…。」

  本当なら人間として生きたかった。しかしどうしても吸血鬼の血が半分を占めているから、人間になりきれなかった。

  父は吸血鬼でくせ毛だったが、紫苑は人間の母譲りの直毛だ。そんな半分ずつの遺伝子が紫苑の生活を難しくさせている。

  「よし、行くか。」

  いつもの黒い髪と瞳を鏡で確認してから、ナイフを持って外に出た。狩りの仕掛けを見に森に入る。

  「ウサギだけかぁ…。」

  仕掛けにかかったのは野ウサギ二匹だけだった。持ってきたナイフでトドメを刺して、吸血鬼たちの間にだけ伝わる血の取り方で血を採取する。

  「よし。こんなもんか。」

  そんなことを呟きながら、残りの肉と毛皮を分解していく。肉は食べられるし、毛皮は売ればお金になる。こうして、幼い頃から一人で生きてきた。

  寂しいと思うこともある。けれど、半吸血鬼なんて中途半端な存在だし、仲間はいない。ましてや家族なんて

  「叶わない願いだ。」

  そう思っていた。

  人の住む町は、紫苑の住む森から少し歩いたところにある。町では様々な物を売っていて、学校もある。さらには教会もあって、吸血鬼などの人外がいればすぐさま殺されてしまう。

  紫苑は毛皮を売るときやパンを買うときなどに町へ行くが、極力足を踏み入れないようにしている。だが、町の人とはそれなりに仲が良くて、よく格安の値段で本を買ったりしている。

  狩りを終えて家に帰り、毛皮を綺麗にして売り物としての価値を上げる努力をする、そんな時だった。

  「なんか、町が騒がしいな…?」

  町の方向から何やら人々の声と物音が聞こえた。いつもなら静かすぎるくらいの森も、何やらザワザワとしていた。

  「なんだ?」

  紫苑は咄嗟に動きを止めていた。気になってしまい、何もできることはないのに家を出た。しかし、出てすぐに動きを止めた。紫苑の家の外の木陰に、見慣れない猫がいた。

  「え?」

  妙に綺麗な猫だった。三毛猫でオスのように見える。しかし、オスの三毛猫なんてまずありえない。三毛柄はメスにしか現れないはずだ。

  「珍しい。」

  そう思ったときだった。町の方向から聞こえる声の中に、

  「化け猫はこっちか?!」

  「いないぞ!」

  「危険だ探せ!」

  という声が聞こえた。紫苑は町に化け猫が出たと気づいた。そして、おそらくその化け猫が、うずくまっているこのオスの三毛猫だと気づいた。

  夜空の月は明日には満月になる。今日もほとんど満月に近い形をしている。

  「おい、大丈夫か?」

  紫苑は三毛猫に近づいて、声をかけた。顔を上げた三毛猫の瞳には涙が浮かんでいた。

  「ここに居たら見つかるぞ。」

  「あなたは?」

  「見りゃわかんだろ。吸血鬼の血筋の者だ。だから、こんなとこに居られたら迷惑なんだよ。」

  思ったより若々しい声をしている三毛猫に内心驚きながら答えた。紫苑の髪は月の光に当てられて、白髪になっていた。瞳も真っ赤に変わる。

  「す、すいません…。町でこの姿になっちゃって…殺されそうになって。」

  三毛猫は驚いたようで、丸い瞳で紫苑を見つめた。紫苑はため息まじりに続けた。

  「いいから人の姿に戻れ。顔は知られてても、人の姿になってたほうがいいぞ。」

  「そういうもんですか?」

  「あたりまえだろ。猫の姿のほうが逃げるには大変に決まってる。」

  紫苑の呆れた声に、三毛猫は不安げな顔のまま二本足で立ち上がった。そして、煙を出して人の形に変化する。耳と尾は隠せていないままだが、優しげな茶髪の男が完成した。[newpage]

  「耳と尻尾は…隠せねぇのか?」

  「力が強くなってて…難しいかも…。」

  男らしい顔立ちの化け猫はそう言った。紫苑は自分よりも身長の高い彼にムッとしながら、腕組みをして見上げた。

  「満月が近いのに、人里の近くに来るなよ。アホか。」

  「す、すいません。」

  「俺は吸血鬼であることを隠してここに暮らしている。人外が増えたら隠れるのが大変になるだろ。迷惑だ。」

  紫苑がはっきりと言うと、化け猫は悲しげに俯いてしまう。その姿に罪悪感が募った。

  「しっかりバレないようにしてくれるなら、少しだけこの家においてやる。」

  罪悪感から咄嗟に口にした。そんな紫苑の言葉に、化け猫はキラキラした瞳を見せた。

  「ほ、本当?!」

  「し、しっかりしてくれるならな!」

  「ありがとう!!!」

  嬉しそうな顔をして、紫苑の手を握りしめた。そんな化け猫に、紫苑は顔を真っ赤にしてうつむいた。化け猫は男らしい角ばった手をしていた。

  お人好しな自分に今更呆れながらも、人助けをすることに嫌な気分はしなかった。

  「俺も、満月が近いから危ないんだ。お前ばかりに気を取られるわけにはいかない。静かにしててくれよ。」

  家に招き入れながらそう言った。化け猫は何度もうなづいて、紫苑の家に入った。紫苑は入ってすぐのテーブルに置いてあった家の鍵を取り、ガチャンとドアを締める。用心のためだ。

  「奥に部屋があるから、そこで寝てろ。俺はここに居るから。」

  「え、あなたの部屋ですよね?そんな!ダメですよ!」

  「ここまで来て遠慮か?いいから言うこと聞け!人に見つかってるお前に遠慮なんかされたくないわ!」

  紫苑は眉を吊り上げてそう言った。その剣幕に化け猫は驚いて尻もちをつく。

  「俺は何年も一人でここに暮らしてる。お前よりも経験が深いんだ。自分の身も守れないお前とは違うんだよ。」

  「お、おっしゃるとおりです…。」

  「いいから寝てろ!余計な行動されても困るんだ。」

  紫苑は寝室のある方向を指差して舌打ちを混じえて言った。化け猫はコクコクと頷いたあとで、ソロリソロリと立ち上がる。

  「あ、ありがとう…ございます。」

  化け猫は素直に寝室に入った。紫苑はため息を一つ吐いて、リビングのイスに座った。大きな木造の家は自分で探した元空き家である。

  幼い頃に人間のふりをして町にやって来て、聞き込みをした。すると森で老夫婦が住んでおり、引っ越すと言うのでそのままこの家を貰ったのだ。家具もすべてそのままもらい、今まで暮らしている。

  紫苑がこの家に住んでいることは、町のみんなが知っている。「化け猫が来たか」と尋ねに来てもおかしくない。紫苑は不安で眠れそうになかった。[newpage]

  けっきょく寝てしまって、気がついたら朝だった。今夜は満月になるだろう。紫苑は狩りで採取した血液を持って、家にこもることにした。

  「今日は誰が来ても相手にしない…」

  固く決意をして、家にこもる用意をする。

  「お、おはようございます…。」

  化け猫が起きてきて、ソロリと頭を下げる。紫苑は呆れてため息をついた。

  「何がおはようだ。今晩が満月だぞ。」

  「そうなんですか?」

  「お前、人外のくせに満月の予想くらいできないのか?」

  ポカンとした顔の化け猫に、紫苑はつい顔をしかめる。化け猫はシュンと萎れたように尻尾を下げた。人外は尻尾などで感情が読み取りやすい。

  「お、教えてやるから。」

  明らかにテンションが激下がりしてしまった化け猫に、つい言ってしまった。すると、紫苑をキラキラした瞳で化け猫が見つめる。

  「ほ、ほんとうですか?!ありがとうございます!」

  化け猫は紫苑の手を掴んで握手する。紫苑は嬉しそうな彼に、ドキリと心臓を高鳴らせた。彼を見ていると自己肯定感のようなものが上がる。生きていて良いと言われているようだ。

  「俺、親が五年前に亡くなって、突然一人になって…。わからないことばかりなんです。」

  「そ、そうか。じゃあ、一人で生きていけるように色々と勉強しろよ。」

  「はい!」

  明るい笑顔で、口の隙間から少しだけ尖った犬歯を見せる彼に、紫苑は顔をそらしながらドキドキとしていた。

  「じゃあ…イスに座れよ。今晩は満月だ。夜になったら、また部屋に戻れよ。」

  紫苑がイスを指差して言うと、化け猫は素直に座る。

  「はい。あの…」

  「なんだ。」

  「あなたの名前は?俺は、ネスって名前です!」

  座った彼は紫苑を見上げて、キラキラした瞳を向ける。紫苑は眩しい彼に目を細めながら答えた。

  「紫苑。」

  「紫苑…」

  化け猫のネスはキラキラした瞳を一層輝かせた。まるで、狙っているように。紫苑は思わずゾクッとして、口早に続けた。

  「言っとくけどな、満月の夜は別々に過ごすからな。化け猫が満月にどうなるか知らんし…自分で対処しろよ。」

  「はい。でも、化け猫は耳と尻尾が隠せなくなるくらいです。」

  ネスは笑って答えた。紫苑は少しだけ、満月の夜の症状が軽いことを羨ましく思う。

  「そ、そうか。でも、吸血鬼は乾きに襲われるんだ。喉が乾いて…」

  「俺のこと噛みますか?」

  「はぁ?!お前なぁ…意味わかって言ってんのか?吸血鬼のこと知らないのか!」

  紫苑は軽々しいネスの口調に苛立つ。ネスは驚いて目を丸くしている。

  「はぁ…吸血鬼に会ったの、紫苑さんが初めてだから。」

  「じゃあ教えてやるけど、吸血鬼は相手がこちらに好意を感じていればいるほど、血が旨く感じるんだ。」

  「じゃあ、ちょうどいいですね!俺、紫苑さんのこと好きですから!」

  ネスは笑顔でそう言った。紫苑は不覚にもドキッと心臓を鳴らした。どうもネスの笑顔や、真っ直ぐに感じる好意に弱いようだ。

  「バッ…バカ!一番飢えを感じる満月にそんなもん味わったら…次の満月に響くだろうが!」

  「そうですか?」

  「そうだ!俺は親しくなるだろう奴の血は吸わん!」

  紫苑がそう言うと、ネスはみるみると嬉しそうな笑顔を作った。紫苑はぎょっとして固まる。

  「な、なんだよ…」

  「だって、その言い方。これから親しくしてくれそうで…。」

  ネスは嬉しそうにそう言う。紫苑は恥ずかしくなって顔を赤くした。口を滑らせてしまったと後悔した。

  昨日までの弱々しい態度と打って変わって、今日は「助けてくれてありがとう」「好き!」と言うのが全身で表現されていて、紫苑はなんとも言えない気分だった。

  「バカか!狩りで採った動物の血しか飲まないようにしてるんだ!」

  紫苑は熱くなった顔に気づいて、余計に恥ずかしくなりながらも説明した。

  「人外とか人間の血は感情とか、健康状態とかで、旨さが変わるんだ!吸血鬼の力も強くなるし…。だから吸わないんだ!」

  「へぇ。初めて知りました!」

  純粋な好奇心と好意で話を聞いているネスの姿に、紫苑は調子が狂いそうだった。

  「お前、そんなんだと騙されるぞ。」

  「誰に?」

  「い…いろんなやつに…。」

  「たしかに…親を亡くしてからは色々な所を転々として…騙されたりもしました。」

  ネスは苦笑いを浮かべる。気づけば、紫苑はネスをこのまま放っておけなくなっている。

  「とにかく、お前は人外についても人間についても知らなすぎだ。みっちり教えてやる。」

  やる気に火がついた紫苑は、ネスにたっぷりと人外について教え込み、午前中を潰した。

  「紫苑さんは半吸血鬼なんですね!」

  「そうだよ。だから、完全な吸血鬼とは違うんだ。」

  お茶を用意しながら、紫苑はため息をついた。三時間以上はネスに授業をしていたため、疲労感がすごい。お茶を飲んで一息つこうと思った。[newpage]

  紫苑が半吸血鬼として他と違うことはいくつかある。

  一つ、にんにくアレルギーの症状が重いこと。

  二つ、人間や人外の血の匂いに酔ってしまうこと。

  三つ、普通の吸血鬼よりも血は欲さないが、依存してしまいやすいこと。

  「ってか、いい加減にさん付けはやめろ。」

  「え…」

  ネスは紫苑の言葉に目を丸くした。紫苑の予想ではネスとは同い年くらいじゃないかと思ったのだ。

  「お前…いくつだ?」

  「俺?十七歳…。今年で十八になるよ。」

  「俺は十八だ。やっぱり同い年か。ならタメ口でいいだろ。」

  紫苑の言葉に、ネスは嬉しそうに笑った。そして無邪気に跳ねた声で答える。

  「ほんとに?やったぁ。じゃあ紫苑って呼ぶね!」

  「あ、あぁ。俺はネスって呼ぶ。」

  「うん!」

  突然タメ口になったことで、ドキドキと心臓がうるさい。紫苑は今まで誰かに好意を向けられたことがない。だからか、なれない状態にむず痒い気分だ。

  窓が空いている。隙間から風が吹いて、カーテンが揺れた。夜の月明かりが部屋に差し込んできて、紫苑の髪の毛を照らした。

  「あ…」

  紫苑は風を感じて立ち上がる。そして窓を閉めた。その時にまだ月明かりに当たる前の髪と瞳は変色して、髪は白く、瞳は朱色に輝いていた。

  「もう夜だね。」

  ネスが言う。紫苑は「あぁ。」と返事をしながらゴクリと喉を鳴らした。月明かりに当たってすぐに喉が渇き始めた。

  「お前、部屋に戻れ。」

  「え…」

  悲しげな顔をして、ネスは紫苑の背中を見つめる。紫苑は振り返って、そんなネスを見つめ返した。ネスはその瞳を見て黙った。頬が少しだけ赤くなっていて、なんとも言えない色気を感じた。

  「あ…ご、ごめん…。」

  ネスは心臓を高鳴らせて立ち上がった。そして部屋に向かう。歩きながら「紫苑に初めてドキドキした。」と心で呟いた。

  「くそ…。久しぶりに、人外の香り嗅いだから…喉かわいて仕方ねぇ。」

  紫苑はネスが部屋に入る様子を見送って呟く。ネスがドアを閉めるパタンという音を聞いて、一息ついてから狩りで採った血の入ったビンを探した。

  「どこ置いたっけ…」

  喉の渇きに襲われると、いつもよりも頭が働かなくなる。血を飲むことばかりに頭が働いてしまうのだ。

  紫苑は棚の上の物をボトボトと落としながら歩いた。うまく体が動かせなかったからだ。なんとか棚の上に置いていたビンを見つけて、紫苑はすぐに手を伸ばした。

  グラスに注いだりすることもせず、ビンのまま口をつけて血をゴクゴクと飲んだ。がむしゃらに喉の渇きを潤して治そうとしていた。[newpage]

  「紫苑!」

  何度か自分を呼ぶ声が聞こえた紫苑は、ゆっくりとまぶたを開いて眩しい光に目をほそめた。

  「あ!おきた!」

  キラキラとした笑顔が目の前に広がった。ネスはすっかり耳と尻尾をしまって、嬉しそうな笑顔で紫苑を見つめていた。紫苑は驚いて目を丸くした。

  「すっごい気持ちよく寝れた!紫苑もそう?」

  「え…あ、うん…。」

  紫苑は戸惑いながら答え、ふと気づいた。棚にもたれかかって寝ていた紫苑の上に、覆いかぶさるようにネスが見つめていた。

  「ちっ!近い!」

  「あ、ごめん。なかなか起きなかったから。」

  ネスは笑って離れた。紫苑はネスと出会ってからのドキドキとした心臓が今まで以上に高鳴ったことに、自分自身で驚いていた。

  「紫苑の髪と眼、黒くなったねぇ。けど、白も黒もどっちも綺麗だ。」

  「な、ななな…なに、なに言ってんだ!満月も終わったんだから帰れよ!」

  ネスの言葉に余計に恥ずかしくなった紫苑は、口早に喋っていた。ネスの前では心臓が落ち着かないことに気づき始めていたのだ。

  「か、帰るって言ったって…」

  ネスは紫苑の言葉にシュンと落ち込んでしまう。紫苑はそんな反応を見て、ハッと思い出した。

  ネスは両親を亡くしてからは一人ぼっちになってしまい、様々な所を転々としていた。つまり、帰る場所がないのだ。

  「あ…」

  紫苑は発言に後悔し、何を言えばいいのかと言葉を必死に探した。しかし、その前にネスが口を開いた。

  「そうだよね。助けてもらって、一泊させてもらって、お茶ももらって…感謝してもしきれないよ。ありがとう。」

  ネスは爽やかな笑顔を向けるが、どこか寂しさを感じさせる。

  「また暮らせるところ探すね!落ち着いたら、お礼持って遊びに来るから!」

  ネスは笑顔出そう話すと立ち上がり背を向ける。

  「じゃあね。」

  そう言って出て行こうとしたネスの手を、紫苑は咄嗟に掴んでいた。

  「え…」

  驚いた顔でネスが振り向く。紫苑は慌てて口を震わせた。

  「あ、あの…えっと…」

  「どうしたの?」

  「そ、そんな急いで出ていかなくても…いいよ。」

  紫苑は話しながら、顔が熱くなっていくことを感じていた。そして、真っ赤になった顔を上げると、ネスは嬉しそうな笑顔を見せた。

  「じゃあ、しばらくここに居てもいいの?!」

  「あ…う、うん。」

  恥ずかしくなりながらも、素直な返事をしていた。正直になってみると、幼い頃から一人で暮らしていた家に人がやって来たことがとてつもなく嬉しかったのだ。

  「ありがとう!紫苑!」

  ネスが満面の笑みで紫苑の手を掴んで喜ぶ。紫苑は顔を赤くして、全身の熱を感じながらうつむいた。

  期間は未定の同居生活がこの日から始まった。[newpage]

  ネスは町で人間に顔を見られている。化け猫だが、猫の姿も人の姿も知られている。だから、町には出れない。

  買い物はすべて紫苑が行い、狩りはネスがすることになった。

  「紫苑ー!」

  同居生活の五日目。ネスがいつもより慌てた様子で紫苑の家に帰ってきた。

  「どうした?!お前!狩りに行くときは絶対に人里近くに行かないようにって言ってるだろ!」

  紫苑は怒りの声を荒げながらネスのいる玄関に向かった。すると、ネスは驚いた顔をしながら、ポツンと玄関に立っていた。しかし、その腕の中には小さな狼の子がいた。

  「ご、ごめん…大丈夫だよ。人が絶対に来ない森の奥にいたから。」

  「あ…そ、そうか。で…その子は?」

  紫苑は狼の子を見て驚いてしまっていた。見た目は狼の子供だが、なぜか人の服を着ている。ただの狼ではなく、人狼なのだとわかった。

  「人狼…だよな…?!な、ど、どこでそんな子…」

  「あ、そう!森にいて…ガクガク震えてたんだよ!」

  紫苑の質問に、ネスは驚いて固まっていた体を解き放つように動き出す。

  「はあ?」

  「きっと、俺と同じで人に追われて来たんだ!」

  「だ、だからって…今月はもう満月はないし…」

  「でも、放っておいたら可哀想だよ!」

  ネスはそう言って、人狼の子を抱えて家に入る。紫苑はネスの話を聞きながら考えた。

  人狼でも化け猫でも、吸血鬼でも。幼い頃は人外としての力が弱いものの、上手く扱えずに暴走してしまうことがある。この子もきっとそうなのだろうと思った。

  「だ、だからって!この家にいたらバレるかも…」

  「一人増えたって構わないでしょ!」

  紫苑が慌ててネスの腕を掴んだとき、ネスは振り返って強く言い返した。紫苑は思わず驚いて身構えた。必死に人狼の子を守ろうとしていた。ネスの尻に尻尾が出てきて、興奮に毛を膨らませている。

  「一人増えたら、バレる可能性もまた増えるんだ!それに、いつ人外の姿を見せるかわからない子供だぞ!力の制御ができないような子供を置いとくなんて…リスクが…」

  「俺は良くてこの子はダメなの?!」

  紫苑の言葉を聞いたネスは悲しそうに声を荒げた。紫苑は言い返す言葉が見つからなくなってしまう。

  「紫苑は俺を助けてくれたじゃん!」

  「それとこれは…」

  「どう違うの?!」

  ネスの言葉に、紫苑の頭は真っ白になっていた。たしかに、断る正当な理由もない、と言った状態だった。

  「お…俺一人と…お前と…二人でなら何とか隠れられても…子供は何するかわからないし…」

  「こんなに人に怯えている子が、簡単に人にバレるような行動すると思う?!」

  「お、お前…怒ってるのか?」

  声を荒げるネスに、紫苑は少しだけ怯えた。ネスは化け猫だ。体の筋肉の薄い吸血鬼とは比べものにならないほど、分厚い筋肉と体をしている。

  「お、怒ってないよ…。ただ、紫苑が冷たい人だなんて思わなかった。」

  「つ、冷たいって…!俺が間違ったこと言ってるか?!」

  紫苑も声を荒げ始めた。

  「育ち盛りの子供が増えたら、人里で食べ物を買う量も増えるし…。それで、あら家族増えたの?って聞かれたらなんて答える!町の人は俺がひとり暮らしだって思ってるんだぞ!」

  「そ、そりゃあそうだけど…!」

  今度はネスの勢いが失くなる。

  「人外の暮らしは楽じゃないんだ!そもそも!人外の里から離れたところに生きることが、どれだけ大変か!」

  「でも、この子はその里に行き場がなかったから、ここにいるんだよ!」

  「っ…!」

  ネスの潤んだ瞳に、紫苑は言葉を詰まらせた。

  「お、俺は…保護施設じゃないんだ!」

  「わかってるけど!行き場のない者同士で暮らしたって…いいじゃないか!」

  「そんなの…見つかったらみんな死ぬんだぞ!」

  「この子だってそんなことわかってるよ!」

  ネスは大事そうに人狼の子を抱えて紫苑を見つめた。その瞳に、紫苑は心を打たれた。ネスの声に、瞳に、弱い自分がいると感じた。

  「…」

  「紫苑?」

  「明日…荷物まとめるから。」

  「え?」

  ネスは紫苑の突然の落ち着いた声に、ビクリと尻尾を跳ねさせた。

  「ここじゃ狭いだろ。それに、お前もこの子もここじゃ危ないし。」

  「え…」

  「新しい新居はもう一つ部屋が多いほうがいいな。」

  「え?!」

  紫苑は喋りながらどんどんと顔を赤くしていった。ネスはその様子に心臓がドキドキと音を立てる。

  「かっ…」

  「な、なんだよ!」

  「可愛い…」

  「はぁ?!な、なに、なに言ってんだ!」

  紫苑は思わずネスの頭を強く叩いた。ネスが「うっ」とうめき声をあげるとき、腕の中の人狼の子はポカンとしていた。

  「いいか!その子が大きくなるまでは、絶対に町には行かせないからな!」

  「俺たちで育てるってこと?」

  「なっ!ふっ、夫婦じゃねぇんだから!」

  「俺は嬉しいよ?」

  「バッ、バカ!」

  ネスの言葉に翻弄される紫苑は、真っ赤な顔でネスを怒鳴ってしまう。

  「紫苑、俺…わかったことがあるよ。」

  ネスは突然真剣な顔をした。紫苑は驚いて固まって見つめる。

  「俺、紫苑が好き!」

  「へあ?!」

  「紫苑の顔も、なんだかんだ優しいとこも好き!」

  ネスの突然の告白に、紫苑は余計に恥ずかしくなってしまい、手が震えた。

  「俺、紫苑になら、血を吸われてもいいよ!」

  「な、なに言って…」

  紫苑が震えている唇で返事を必死に紡ごうとした時、ネスの唇が紫苑を黙らせた。

  「初めてだ!紫苑が!」

  「へ…へ?」

  「抱きしめたいって思ったの、紫苑が初めて!」

  化け猫のネスの唇の隙間から、犬歯が見える。オスの化け猫に食われてしまいそうだと思った。色々な意味で。

  「ユアも好き〜!」

  ネスの腕の中に抱きしめられていた人狼の子供は無邪気に話した。初めて声を聞いて女の子だとわかる。しかし、それどころではなかった。

  ネスは楽しそうに、ユアという人狼の子供とキャッキャとはしゃいでいるが、紫苑は生まれて初めての恋に顔を熱くしていた。