初めての友達は透明なうるさい子。

  透子の言葉に反応できなくて、しばらく固まってたら初めてのホームルームが始まった。隣でオロオロしてた透子は心配そうだけど、私は知らないふりをした。

  皆が自己紹介をする。名前、種族、出身地…他には好きなものとか。私はある意味有名だからすぐに終わらせる。

  「赤井フェミニィです。種族は吸血鬼と食人鬼のMIX。出身地はアスカ地方のほうです。育ったのは違うけど…以上です。」

  みんな、他の子たちの自己紹介の時は笑顔で楽しそうに手を叩いていたのに。私の自己紹介を望む子は一人もいない。無音がこんなに辛いなんて誰が想像できただろう。

  隣のライオンにだって牙はあるのに、私の牙は他の誰よりも怖く見えるらしい。みんなが冷たい目を向けている。

  ギィと私の椅子に座る音がキンキンと響くように鳴ったあと、先生が言いづらそうに「次の人」と口にする。

  「私!光坂透子です!種族は透明人間!ひいじいちゃんがカメレオンなの!出身地はチトセ地方!ここから近いっしょー!好きなのは音楽!よろしくねぇー!」

  透子は私の自己紹介をかき消すような明るさで言った。淀んだ空気が消えていくようで、みんなの表情がコロッと変わった。

  「へぇー、透明人間って意外と感情わかりやすいねぇ。」

  「あはは、よく言われるー。表情ないからわかりづらいって意味でしょー。」

  透子はケラケラ笑うチワワの女の子に笑い声で返す。それが、どうしようもなく気持ち悪く思えた。

  嫌な気持ち。嫌な気分の自分も嫌いだ。

  それからはおかしなくらい順調に、初日の授業が終わった。初日だから全部の授業が1年の予定と持ち物を話すだけ。けれど、席について嫌な顔やため息をされることもなかった。みんなが透子を遠目に見て囁いている。

  明るい対応の透子を良い子だって言う人もいれば、結局のところ顔が見えないからコミュニケーションがキツイと言う人もいる。一緒に過ごして楽しいわけないだろって決めつける人も、写真に写らないのが逆に映えそうとか意地悪を提案する人もいる。

  嫌な感じだった。私のことじゃないけれど、透子はあれでなぜ笑えるのかって。

  「あ!フェミニィ!一緒に…って、はや!待ってよ!」

  寮に向かう帰り道。私を遠くからずっと探している視線が透子だと気がついて、私は早足で歩いていた。透明な透子が私を見る視線はやけに煩い。足音も、声も。彼女は明るすぎて眩しいけれど、それが嫌なの。

  「帰るだけでしょ、一緒に行く意味ない。」

  「えー!帰るだけだけど、それが大事なのー!」

  彼女は私に何を求めているんだろう。人間系だから、仲良くなろうって?だとしたら相手を間違えている。私は誰よりも嫌われているのだから。

  「人間系の友達なら他の子のほうがいいと思うよ。」

  「私はっ…ふぇ、フェミニィがいいの!」

  息を切らしながら言う透子に、私は頭の中を掻き混ぜられたようなよくわからない気持ちになった。

  「ねぇ!一緒に帰ろ!」

  「わ、私は!鬼MIXって言われてる嫌われ者なのよ!なのに、なんで…!」

  「ええ?!そ、それはぁ…私はフェミニィのこと嫌いじゃないし…。」

  嫌いじゃないって、後ろを必死に歩く透子が言ってくれるだけで救われたような。そんなチョロい自分が嫌だ。

  私は足を止めてうつむいた。後ろの透子が驚いて立ち止まったのがわかる。息すら止めていそうだ。見えない子なのに、気配だけは立派なのだから、笑えてくる。

  いや、もしかしたら私に流れる吸血鬼と食人鬼の血なのか。それらが持つ狼やコウモリの野性的な本能が、気配を察知する能力が高いのか。

  「悪い人じゃないって、なんでわかるの?誰にだって生物としての本能はあるでしょ。それに…みんなが嫌う人を…無理して大切にするなんて…バッカみたい。」

  「え…無理して、ないよ?なんのこと…」

  「無理して笑ってんじゃない!私のこと庇ったつもり?!」

  私は気がついたら大声で振り向いていた。それがきっかけになったのか、モヤモヤイライラしていた気分が爆発して、言葉は止まらなくなった。

  「みんなが気がついてないからって、どうせ顔は笑ってないのに明るい声で誤魔化して。楽しくないのに無理して笑ってたじゃない!気持ち悪い!」

  私は酷いことを言ったと思う。こんな時、後になって気がついてばかりだ。

  その時の私はまだ気がついてなかった。それよりも早く、透子が想像できなかった反応を見せた。

  「え!?なんでわかったの?!」

  「へ…?」

  なんで、そんなに明るいの?って驚いて毒気を抜かれた。

  「な、なんとなく…そんな…気配が…して…」

  私は返事を考えられなくて、落とし物をするように答えた。

  「ほえー…すっごいなぁ…私の顔、見えてるの?」

  透子はグイと近づいてそう言う。私は顔を真っ赤にしてしまった。ここまで至近距離に話しかけてきた人は出会ったことがない。

  「みみみ、見えてないよ!!」

  「そうだよねぇ?じゃあ、フェミニィはちゃんと人を見てるんだね。みんなの気持ちをずっと考えてる証拠だ!」

  「そ、そう…なの、かな…。」

  「そうだよ〜。」

  そう答えた透子は笑顔である気がした。透子に掻き乱される自分が初めて出会う自分で、どうにもむず痒い。

  「私、嘘ついてる人嫌い。本当は思ってもないのに、無理して笑ってるのも気持ち悪い。仮面かぶって…人によって対応変える人も嫌い。だから…貴方みたいな人は嫌なの。」

  私は切り替えようと必死に言って、同時に視線をそらした。

  一人で居るほうが楽だから。彼女をここで突き放さなければいけないと思ったのだ。

  透子は残念そうにため息を混じえて声にした。

  「えー…嫌われちゃった?うーん…でも…私は…いつも本音をわかってもらえないから…。嬉しかったんだ。フェミニィは私のことちゃんと…目を見て話してくれるから。」

  「え?」

  いやいや、目がどこにあるのかちゃんとわかってないけど。なんてツッコミをいれたかった。けれど、その言葉も声も嘘をついているように思えなかった。

  例え、偶然または奇跡でしたなんて言っても、もしそれが彼女を喜ばせることができたモノだったのなら。

  「そ、そう…よかった…。」

  よかったねって、言えるほうが…いいのではないか。

  何かしらの形で誰かの喜びに関われたなら光栄じゃないか。

  「だから、だからね?友達になりたいの。フェミニィが笑ってくれたら…嬉しいから…隣で見てたいの。笑わせたいの!」

  「ま、まるでプロポーズね…」

  「え、ええー?はずかしーいー。」

  「自分で言ったんでしょ。」

  誰かの笑う顔が好きだった、なんて…私は言えないから羨ましい。

  「フェミニィは、今日はそれで怒っていたの?」

  「え、おこ?おこ…怒ってた…のかな。」

  「ごめんね。」

  「え、い、いや…あなたが…謝ること…」

  「ない?けど…仲良くなりたいから謝りたい。ごめんね。」

  私は首を横に振った。

  「べ、別に…気にしてない。」

  「私は気にするよー。」

  「そ、そうか…。」

  透子は本当に私と仲良くなりたいのかな。そう思うと嬉しくて、不思議と笑っていた。

  「あー!その顔!」

  「へ?!」

  「かっわいい!」

  初めてだった。誰かに可愛いって言われるのは。こんなにも嬉しいもので、たまらなく幸福になれるものなのか。顔が熱くなる。

  「は、恥ずかしいよ…やめて…。」

  「エッ…」

  「え?」

  「あ、いや…うん…。あまり、外でその顔しないほうが…」

  「は?」

  「あ、いや…その、特に、狼の前では!襲われるから!」

  「私のほうが狼よ?先祖が…」

  「そういうことじゃなく!」

  「え?」

  透子はとても変わった子みたいだけど、なんとも楽しい人だ。

  彼女が私と居て楽しいならば、一緒に寮へ向かう間だけは話をしても良いかもしれない。

  「帰りの時だけね…あなた、声大きいし…うるさいから。」

  「ええー?!教室移動のときとかも話そうよー。」

  「そんなに話のネタ持ってないよ。」

  「私はフェミニィと話したいこといっぱいあるよ?」

  透子の動く音がする。見た目には見えないのに、感情表現を大きくする彼女を見ると、ホッコリする。冷えた心が溶けていくように。

  「フェミニィと話すの楽しいもん!」

  「今日出会ったばかりでしょ?」

  口では冷たく言ったつもり。けど、顔は熱く体温が上昇する。心では嬉しいと叫んでいる。

  透明な彼女には、それがどれだけ伝わっているのかな。