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【コミカライズ】美人すぎる第四王子は嫁入り前に処女を捨てたい

  リュヌは気高い猫の獣人だが、父親が苦手だった。玉座の後ろに見える尻尾が鞭のようにしなっている。ライオン獣人である父王の尾だ。その大きな身体からは常に、決して逆らうことは許さないという圧が発せられている。

  「リュヌ、お前の嫁入り先が決まった。南の大国サンディの王太子だ」

  「えっ……でも、父上」

  「向こうから是非王太子妃にと申し入れがあった。そんな顔をするな……私とて寂しいのだ。この国で一番美しいお前を他国にやってしまうなんて……しかしこれも役目だ。お前は我が国の利となるよう、しかと夫君に仕えるのだぞ」

  「……御意」

  玉座の間を出て、ツンとすました顔で自室へと戻る。すれ違う侍女が立ち止まって頭を軽く下げるが、リュヌが通り過ぎると背中にうっとりとした視線を向けてくる。

  もう慣れきった反応に意識も向けず、優雅に歩く。部屋の前に立っていた騎士が卒なく扉を開ける。チラッとその男に視線をやりつつも無言で、リュヌは部屋へと入っていった。

  ひとりになった部屋の奥、寝室にまで入って綺麗にベッドメイクされた布団を引っぺがしその中にくるまった。ここならミャアミャア騒いでも聞こえまい。すうっと大きく息を吸う。

  

  「ひょろい人間と!結婚なんて……絶対やだ〜〜〜っ!!!」

  国随一と言われる美貌を持つリュヌを、父王がどう有効活用しようか考えあぐねていたことは知っていた。寂しいなんて言葉はただのポーズだ。

  リュヌだって結婚が思い通りになるなんて期待していない。でも、成人するまで決まらなかったから、もしかしたら……って。

  部屋の前にいたリュヌ付きの無骨な熊獣人の騎士。あんな人がいいなと思っていた。身体が大きくて、だいぶ年上だけどその落ち着いた雰囲気も好みだった。

  ここベッツァー王国が獣人の治める国なのに対し、サンディは人間の国だ。大国と呼ばれるだけあってその国力は我が国をも凌ぐ。この国とも取引があり、城下には商いや観光で訪れている人間もいるという。

  

  だが人間は、獣人と比べるとひ弱らしい。リュヌは見たこともないけれど。獣人の中でも庇護対象とされる猫獣人の自分は、守ってくれそうな大きくて逞しい人がすきなのに……

  

  獣人は力で、人間は知恵で国力をつけてきた。百年も前は違う人種同士で争っていたこともあったが、技術が進歩するほどその犠牲は増える。互いの国で被害がどんどん広がっていることに気付いた当時の王たちが、周辺国も巻き込み友好条約を結んだのだ。

  でもリュヌが人間の、王となる男の元へ嫁に行くのはまったく予想していなかった。子どもも産めないのに……王太子妃だって?

  月の名を持つリュヌはこの国の第四王子だ。王族だし、四番目だし、生まれたときから政治的な結婚は決まっていたようなもの。リュヌの見た目ならと、父王がより国益となる男と結婚させようとしていることも分かっていた。

  成長するほどに高貴な美貌は磨きがかかる一方だった。透き通るように白い肌。銀に輝く髪と耳、しなやかな尾。同じ色の瞳は円の縁だけ濃く紫がかっている。大きな目、小さめの鼻と口はバランスよく小さな顔に収まり、猫っ毛のショートカットがそれを彩る。

  高位貴族から婚姻を打診されても、功績を残した将軍が褒賞にリュヌをねだっても、欲の深い父王は頷かなかった。もっといい嫁入り先があるはずだ、と。

  それでもまさか――人間の国だなんて思わなかった。彼らの国では猫が特に愛されると聞くが、まさかペットのような扱いをされるんじゃ?なよっとした人間に獣人の発情の相手なんてできるの?

  答えの出ない疑問と悪い想像が頭のなかをぐるぐる駆け回り、思わず尻尾ぶわっとを膨らませる。布団の中で「んにゃーーー!」と叫んだ。本能的な叫びだった。

  [newpage]

  リュヌは自分が国にとって価値ある存在であることを理解していた。そして嫁入りするときは処女性が大事であることも……

  

  人間なんかに自分の処女を与えてやるものか!どうせ男なら処女かどうかなんてわからないだろうし。経験済みで処女のふりをしていれば内心スカッとしそうだ。

  「そうだ……なよなよした人間なんかに処女をやるくらいなら、好みのおっきな獣人で処女を捨ててこよう!」

  リュヌには周囲の予想もつかないような、無鉄砲なところがある。早くに母親を亡くし、リュヌが変わったことをしてもみんなかわいいと愛でているだけだったので、常識もちょっと抜けている。

  思い立ったら即行動。小さな身体を活用して、大きな騎士たちが出入りする門の隙を縫って王宮を抜け出す。ある意味本能に従いがちな獣人らしい行動だった。

  夜の帳が下りた王宮周辺は静かだったが、人の気配を辿り向かって行くと賑やかな街に辿り着く。思ったより人が多い。

  「ほぇー…………うわっ」

  ぽかんと口を開け突っ立っていると、大きな人にぶつかられリュヌはゴロンと転がった。相手は気づきもせずに行ってしまう。

  マントを着てフードを被っているから、だれもリュヌが王子であることに気づいていないのだ。

  一瞬カッとしたけどそれよりも好奇心が勝った。くふふと笑い声が口から漏れる。お忍びで街へと遊びに行かせてもらったことはあるものの昼間だったし、なにより今はひとりだ。

  夜にひとりで出歩くなんて、大人の遊びって感じがしてわくわくする。もう大人だもんね!

  

  だれもリュヌを見て道を譲ったりしないのが新鮮だ。大きな人が多いけど、自分より小さな人たちもいる。前を歩くあの尻尾は……栗鼠獣人だろうか。

  獣人と言ってもその特徴は耳と尻尾だけで、身体のつくりは人間と変わらない。身体の大きさとか力の強さが種族によって違うくらいだ。大昔は完全に獣化できる人がいたらしいが、もうそんな人もいない。

  リュヌの耳と尻尾は月の光のような銀色で、色だけでなく毛並みも素晴らしい。さすがに見せては歩けないだろうと、すべてマントの中に隠していた。

  

  嗅いだことのない食べ物や酒の匂いがあちこちからする。鼻をあちこちに向け、くんくんしてしまった。

  王宮では出てこないような庶民向けの濃い香りは食欲をそそる。実は晩餐の前に出てきてしまったからお腹が空いていたのだ。

  茶色いタレを絡めた肉を串に刺したものが、火に炙られジュウジュウ音を立てている。その屋台の前でリュヌは思わず立ち止まった。ゴクリ、と唾を飲み込む。

  「……おいしそう」

  「おっ、嬢ちゃんおつかいか?何本だ?……っつかどえらい美人だなぁ!」

  

  狐の耳を持つ店主が驚いて声を上げたので、慌ててフードを深く被る。勇気を出して購入の意思を伝えた。

  「い、一本ください」

  「400ローエルだ」

  「あ!」

  (お金……ない!!!)

  リュヌはあんぐり口を開けた。物を買うのに現金が必要であることが、ぽっかりと頭から抜けていたのだ。公式のお忍びの際は付き人がお金を払ってくれていたし、今のリュヌは店主にひとりで声を掛けることだけでいっぱいいっぱいだった。

  「ご、ごめんなさいお金ないの忘れてました……」

  「えぇ!?そんな、一本くらいだし……なんとかしてやりたいが。サービスは嫁さんに叱られるしなぁ……」

  人のいい店主のようだ。リュヌも口の中が肉串モードになっていて、どうしても食べたい気持ちが募っている。目の前にあると、匂いが食欲を唆りすぎるのだ。

  どうすればこれを食べられる?

  店主は「短時間でも店に立ってもらえば売上が増えるかも」などとぶつぶつ呟いているが、リュヌは決済手段の原点、物々交換を思いついた。

  マントの下、腰につけていた物入れの巾着を手探りで掴む。巾着を括る紐の先に、コロンとした宝石が付いていることを思い出したのだ。

  ブチッと宝石だけを外し、外に取り出す。小指の先ほどの大きさのアメシストが、屋台のランタンに照らされキラリと輝いた。

  「これと交換……はどうでしょうか」

  「は?えっ?いやいやいや……それは、その、無理ではないが」

  まんざらでもなさそうな反応に尻尾が振れ、風もないのにマントが揺らいだ。

  期待にキラキラとした視線を向けていると、気まずそうな表情をした店主が小さく頷いた。布巾で手を拭い、こちらに手のひらを差し出してくる。

  「やった!」

  「――ちょっと君。さすがに肉と宝石じゃ対価として釣り合わないだろう。店主のあなたもあなただ。宝石に目が眩んだからって、子供を騙すようなことをすると後悔するぞ」

  大きな影が通りの街灯を遮った。アメシストを差し出そうとした手は突然の闖入者によって横から掴まれる。

  リュヌはぴゃっと飛び上がってしまった。王子の自分は突然他人に触れられたことなどほとんどない。見上げると、日焼けた小麦色の肌をもつ大男がリュヌの手を掴んだまま店主を睨みつけていた。

  男もフード付きの長いマントを羽織っていて、その容貌は窺い知れない。ただその体格から、熊やライオンなどの大型獣人であることは容易に想像ができる。

  店主はすでに後悔を濃く滲ませた表情で男にすまないと謝った。リュヌにもごめんねと謝ってくるから、困った表情で返す。

  肉串が食べたかっただけだし、現金はない。確かに宝石はやりすぎだったかも……というのは分かるけど!

  まさかリュヌがここで売り子をできるはずもない。これ以上の解決策はなかったはずなのだ。

  リュヌがなおも肉を見ていることに気づいたのか、店主が眉を下げて串を一本持ち上げた。リュヌの垂れていた耳が期待でピンと立ち、フードが少し持ち上がる。もしかして……!

  「お詫びにこれ、持っていっ」

  「おい、行くぞ」

  「ちょっ、えぇっ!?」

  え……!あともう少しで貰えそうだったのに!

  男はリュヌの手を引いて歩き出した。彼からすれば子どものような体格の自分が逆らえるはずもない。

  「ねぇ、ちょっと。……ねぇってば!」

  「あぁ?そこで離してやるって。噛み付くなよ」

  人目につかない脇道でようやく手を離した男は、まだ宝石を持ったままの手をリュヌの胸元に押し付ける。子どもに諭すように言葉を重ねた。

  「いくら持っているからって過ぎたものを与えたら駄目だろう。悪い奴が見ていたら金目当てでお前を狙うかもしれないし、店主だってどこで手に入れたんだとまずい立場になるかもしれない」

  「だって……」

  「今日はもう大人しく家に帰るんだな。親にでも買ってきてもらえ」

  「だって、お肉食べたかったんだもん!!!」

  リュヌはぷちんとキレた。男の話は聞けば聞くほど正論だ。でもあの瞬間、確かに肉串はリュヌのものになりそうだった。それをこの男が邪魔したのだ。

  屋台の肉串なんて誰が買ってきてくれるものか。怒りに任せて大声を出す。タシタシと大きく尻尾が振れ、マントがずれてフードが滑り落ちた。

  「おっ、おま……!」

  「ひどい!お前のせいだ!偉そうに言うなら、買ってきてよ!」

  男は大きく目を見開いている。リュヌもようやく男の顔を正面から見た。ふうん。正直……タイプかも。

  けぶるようなグレーの瞳。かなり整った顔をしているけど、ぽかんと口まで開けた様は間抜けでちょっとかわいい。

  リュヌの容姿は有名だから、王子だと分かったのだろう。近くに他の人は見えないし、バレたならまぁいいかと頭を晒したままにした。

  それにこの反応。驚きすぎな気もするが、王宮内でも慣れない人はリュヌの美貌に驚いて見惚れていることがよくある。

  押せばイケるかも。蝶よ花よと育てられてきたリュヌには、甘えて欲しいものを手に入れる強かなところがあった。

  まぁ、肝心なところ……苦手な父親に結婚相手を変えてもらうよう頼むことはできないのだけれど。

  「ねぇ、僕……あの肉串が食べたかった。責任とって買ってきてほしいな〜」

  「ゔ」

  宝石を握った手と反対の手で、男のマントの端をツンツン引っぱる。コテンと頭を肩に落とし斜め上に見上げれば、男の顔は瞬く間に真っ赤に変貌した。

  よしよし、あとひと押しだ!

  「ねっ、独り占めなんてしないから、ね!一緒に食べましょう?」

  「あ゙ー!わ、わかった。わかったから……ちょっと待っててくれ。いや、こんなところ危険だ。あそこにしよう」

  やった!嬉しくて、子どものようにぱあっと顔を輝かせてしまう。リュヌを見下ろす男はまだ褐色の肌を紅潮させていたが、眉根に皺を寄せたりして複雑な表情をしていた。

  眉が濃く目との距離が近い。あまり見たことのない顔立ちかもしれない。何より背が高いし、太くはないが身体に厚みがある。強そうな雰囲気を端々から感じて胸がキュンと跳ねた。髪は濡羽色で、リュヌとは正反対の色だ。

  

  フードを被るように言ってくるから、リュヌは「ん」と男に頭を差し出した。お世話させてあげてもいいよ?という親切心からの行動だ。一瞬の間を置いて、そろそろとフードが被せられる。

  これだけサービスしてやったのだから早く食べたい。行こう、とマントを引っ張ると方向が違っていたようで「はぁ……そっちじゃない」と諦めた様子の男に手を引かれて裏路地を歩いた。

  [newpage]

  馴染みの店だという場所は人気のなさそうな酒場で、目つきの鋭い店主がいた。

  

  「よぉ。今日は……情報を買いに来た訳じゃないらしいな」

  「あぁ……場所を貸してくれ」

  「上か?」

  「こっちだよ!」

  リュヌはきょろきょろと店内を見渡した。お忍びで来たことのあるレストランとは全然違う。言うなれば、古くて暗い。でもなんだか、大人の香りがした。

  フードが取れそうになって手で抑える。カウンターに案内されて椅子に腰掛けるとマントの下から尻尾が少し出てしまったが、暗いから色までは分からないだろう。

  リュヌが座ったことを確認した男が「待ってろ」と言い残し立ち去ろうとするので、リュヌはまたマントの端を掴んで止めた。男のフードが取れそうになって、慌てて彼は立ち止まる。

  「誰を待っていればいいの」

  「ちょっ、掴むなって!え?」

  「名前。教えてよ」

  「あー……ナージだ」

  「ナージ!」

  「なっなんだよ」

  「お肉!早く!」

  その男……ナージは「ほんと子供じゃねーか」などと呟きながらもようやく店から出て行った。後ろ姿をチラと見て、何の獣人かなぁと考える。

  マントの背中側が少し膨らんでいて、けれど膨らみはその一点だけだから尻尾は長くなさそう。熊かな?顔も男臭いのに整っていて本当に好みだ。

  それにあの目がいい。吸い込まれそうなグレーの瞳はリュヌの色にも似ているけど、もっと深い。それなのに強い光を孕んでいて、全てを見透かされているような不思議な感覚に陥るのだ。

  (……たぶん、僕のことも憎からず思ってる)

  リュヌは初めて自分の美貌に感謝した。他人からの称賛や贈り物なんて別に嬉しくなかったが、好みの男に好かれるなら万々歳だ。

  あの顔をちゃんと見てみたい。ベッドに連れ込めば全てを晒してくれるはず。自分が頼めば、きっと……

  リュヌはここへ来てやっと、本来の目的を思い出したのだった。

  

  結婚相手もあんな感じだったら嬉しいのに。ひょろひょろ弱そうな人間だなんて……まぁ政略結婚に自分の理想を求めること自体、間違っているのだろう。

  店主がドンと目の前に果実水を置いてくれる。ぽかんと見上げても、彼はリュヌの顔を見もせずに去っていった。目つきは怖いけど、嫌な感じはしない。

  高めの椅子の上で、足をぷらぷらさせながら待つ。子どもだと思われている感が否めないが、ありがたく果実水を飲んだ。

  なんだか……ドキドキしてきた。リュヌは今日、処女を捨てようとしているのだ。つい食い気に走ってしまったが、ちょうど良さそうな男も見つけた。

  ナージに恋人や伴侶がいないといいのだけど。さすがに人様のものを奪う趣味はないし、移り気な男も嫌いだ。選り好み激しいリュヌのお眼鏡に叶う男。ナージに出会えたのは奇跡的な幸運とも思える。

  他国に行って婚姻してしまえば、こんな風に王宮を抜け出したり自由に振る舞うことはできないだろう。リュヌは自分が母国の評判を背負うことになるのだとよく分かっていた。

  ――最後のチャンスを、逃してはいけない。

  ナージが戻ってきたとき、リュヌは覚悟を胸に宿していた。

  「遅くなって悪かったな。ほら、肉串だ……」

  「よしっ。行きましょう!」

  「はっ?どこへ……って、肉はいいのかよ!」

  リュヌの関心はとっくに肉を離れていた。スタッと椅子から降りると、ナージのマントを引く。

  眉を上げて驚く顔は思ったよりも若いけど、やっぱりこの人がいいと思う。

  

  「そんなことより!僕を抱いてください……ね?お願い」

  「ちょっ、ちょっと口を閉じろ!……何を言っている?」

  「だから抱いてって……」

  「わー!!!」

  大きな手に口を覆われ、店の隅に追いやられる。自分のせいだと分かっているものの、面白いほどの焦りようだ。

  別に店のどこにいたって他の客はいないし、店主にはとっくに聞こえているだろう。リュヌははっきりと告げたのだから……自分の望みを。

  「……だめ?」

  「首を傾げるな。見上げるな〜!なんだ。なんでなんだ?俺に一目惚れしたってわけじゃ……なさそうだな」

  「処女を捨てたいんです!結婚する前に……」

  「しょっ……処女ぉ……!?」

  正直に言葉を重ねる。

  結婚が決まったけど政略結婚だし、相手は得体の知れない人間だ。なよなよとした男に自分の処女は捧げたくない。

  最後の自由を得るため、好みの――ナージのような――獣人に処女を奪ってもらってから嫁に行きたいのだと。

  自分でも話しているうちに焦燥が募り、切実な響きが声に乗った。

  単純な思いつきの行動ではあったが、リュヌの見た目にしか関心のない周囲の人々や、同じようになるだろう未来の結婚相手に、ずっと意趣返しをしたいと感じていたのだ。

  

  ナージは顔を顰めている。だめ……だろうか。ここで駄目ならもう帰るしかない。どうせ外出はバレるだろうし、もう二度とこんなチャンスは訪れない。

  閨教育で学んだなかに色仕掛けはあったかな……と頭の中で考えながら、まずボディタッチしようとリュヌはナージに抱きついた。

  胴に飛びつくとその逞しい身体がよくわかる。リュヌが小さいから頭はその胸までにしか届かない。

  「わぁ!?や、やめろ!俺は……」

  「恋人や伴侶はいる?ナージ、お願い。好きにしていいから」

  「いや、まだいないが……好きにって、リュヌは本当に俺でいいのか?」

  「僕は守ってくれる強そうな人が好きなの!ナージがいい」

  「なーるほど、な…………いいだろう。[[rb:婚 > ・]][[rb:前 > ・]][[rb:交 > ・]][[rb:渉 > ・]]、しようぜ」

  脇の下を持ってふわりと抱き上げられる。ナージが言い切る前に成功だと気付いたリュヌは舞い上がった。嬉しくて尻尾がふりふりと揺れてしまう。

  

  獣人は発情期があるため、婚姻していなくても性行為は一般的な営みのひとつだ。リュヌのように特殊な事情がない限り。

  男の猫獣人に発情期はないが、相手の発情に釣られて発情する性質がある。つまり相手さえ発情していればいつでも性行為可能なのだった。

  

  市井でモテる人はかなり経験豊富だという。ナージは魅力的だから絶対にそっち側だ。

  豊富な経験を持っているなら、リュヌに興奮してさえくれれば、あとは入れて出すだけ。簡単に遂行できそうだと思った。

  ナージはリュヌを子どものように抱えたまま歩いていた。店の二階を使っていいと店主は申し出たが、ナージは断ったのだ。

  フードをすっぽりと被せられて周囲は見えないが、リュヌも彼の発情を促すため首に擦り寄ったり尾を腕に巻きつけたりしていたからそれでよかった。

  「そ、それ……やめてくれ。我慢できなくなる」

  「発情する?して貰わないと、困るんだけど……」

  「してます!!!」

  スンスンと首筋から匂いを嗅ぐ。確かに、ほんのりと感じるものがナージのフェロモンかもしれない。思考を芯からとろっと蕩けさせようとするような……

  フェロモンに決まった匂いはないが、相手の理性を溶かし本能のままに行動させようとするのがフェロモンである。

  [newpage]

  いつの間にかぼうっとしていたリュヌはぽすんと背中からどこかに着地した。その拍子にフードが外れ、視界が明瞭になる。

  ここはベッドの上のようなので、どこかの寝室にいるらしい。宿なのか家なのか、広く調度も豪勢に見える。先ほどの酒場と比べるとすごく清潔感があって、だからここにしたのかもしれない。

  「ナージ……顔ちゃんと見せて」

  「覚悟しろよ」

  ナージの顔はもう赤くなかった。発情していると言ったわりに、緊張を孕んだ表情だ。

  なにを覚悟しろというのか、その理由は彼がマントを脱いだことですぐに分かった。

  「わっ。変な耳」

  「俺の正体が分かったか?」

  「見たことない種族だなぁ……ちょっと触らせて」

  ナージの耳は頭の上でなく横に生えていた。しかも毛がなくて、小さい。変だけど、この国にはいろんな獣人がいるから、自分が知らないだけかもしれない。

  リュヌが寝転がったまま呼び寄せると、ナージは腰の剣帯を外し覆い被さるように近づいてきた。ベッドサイドのランプが顔を照らす。

  「わ。やっぱりかっこいいー……」

  「……は?」

  「すごく好み。こんな人に抱いてもらえるなんて……すごい記念だ」

  「ははっ!それは嬉しいな。俺もリュヌのこと……好みだ」

  淡い褐色の肌は日焼けではなくナージ自身の肌の色とみた。それが男らしい顔立ちによく似合っている。

  リュヌがぽーっと見惚れていると、顔が近づいてきてふにっと唇同士が当たった。お互いに目を合わせ息で笑う。ナージも嬉しそうだし、なんだか楽しくなってきた。

  呼び捨てで名を呼ばれるのは家族以外で初めてだが、まぁいい。好みの見た目同士なら、最高じゃないか。

  

  グレーの瞳は近くで見ても綺麗だった。興奮に色濃くなっているのを感じる。両手を伸ばして耳に触れて、そのまま黒い髪に指を差し込む。リュヌよりも長く肩につく長さの髪は、上半分が括られたハーフアップだ。括っている紐を見えないまま取ろうとすると、意外に繊細な手触りの髪飾りがカシャ、と落ちた。

  「あ、なんかついてた?ごめんなさい」

  「いい。それより……――抱くぞ」

  

  唇を合わせる瞬間、はっきりと告げられて身体が燃えるように熱くなった。初めてのキスもナージに与えてしまったことに気が付いて、まだ見ぬ婚約者にざまあみろといい気分になる。

  二度目のキスは想像していたよりも……身体を高める効果を伴っていた。従順に口内を明け渡すと、分厚く長い舌がリュヌの口の中を余すところなく舐める。

  

  「んっ。……んんぅ……」

  息が苦しい。たまにピクッと反応してしまうくらい気持ちいい場所があって、鼻から甘い声が漏れてしまう。

  特に顎の裏はリュヌを溶かした。ナージの舌が撫でるだけで、知らない快感に腰が震える。

  舌を絡めて吸われると根本がジンと痺れた。身体が発情し始めたのを感じる。ナージの興奮に当てられているのだ。

  「ん、あっ……にゃあっ!?」

  気づけば服がはだけられ、身体の前面が撫ぜられていた。リュヌよりも大きくゴツゴツした手は熱くて、思いのほか気持ちいい。剣を身につけていたので闘う男なのだろう。その無骨そうな指が、器用に小さな乳首を摘む。キスの合間に変な声を出してしまった。

  そこは弱いのだ。自分で触れても気持ちいいのに、初めて他人から与えられる刺激はリュヌをさらに蕩かせる。

  もうスイッチは入っている。完全に発情してしまえば、本来の目的を遂行しようがしまいが分からなくなってしまうと思い、リュヌはくるんと身体を反転させナージの下から抜け出した。

  「っは……綺麗だな……」

  身体を起こしたナージはリュヌを改めて見て思わず言葉を漏らした。ランプより、天窓から差し込む月明かりの方がリュヌには似合う。

  マントが取れたことで月色の耳も尻尾も見えている。その短い髪も同様に輝いてリュヌの美貌を彩っていた。大きな目は吊り目がちで、その勝気な顔立ちでさえもリュヌの美しさを強調するものでしかない。

  ナージが見惚れ呆けているのをいいことに、リュヌはナージを押し倒した。その身体は厚く重くて、後ろ手を付かせることしかできない。

  それでも充分だ。ナージの前を寛げ、半勃ちで重さのあるペニスを取り出す。こっちまで褐色だ。リュヌは前かがみになって顔を近づけた。

  「ん〜……雄の匂いがする……」

  「おいおいおい。嘘だろ……?」

  「だいじょうぶ。僕に任せて!」

  これはたくさん練習したし、及第点も貰えている。挿れる側にはこれが一番効くらしい。道具を使って練習したときより、なんだか大きいけど……これも個人差だろう。

  リュヌはナージと視線を合わせ、見せつけるように口の中へと迎え入れた。色仕掛けのつもりで尻尾をうねらせる。視覚情報が大事と聞いたので、なるべく身体を伏せ顔を起こす。

  全体に唾液をまぶす頃にはペニスは見上げるほどに成長していた。こんなの到底リュヌの小さな口には入らない。先端だけ咥えながら、その幹は唾液の滑りを利用して手で扱くことにする。

  「はぷっ。ん……んちゅ……」

  「絵面……やべー……」

  つるんと丸い亀頭で口の中がいっぱいになる。先ほど舌でくすぐられた場所に当たると、それだけで快感を拾って頭の奥がじんと痺れる。見た目は凶悪なくせに、びくびくとたまに震えるのが可愛らしいとさえ思う。

  

  図らずもこの行為に夢中になりそうだったが、リュヌは目的を忘れてはいない。トラウザーズを下履きごと下ろし、ポケットから取り出した錠剤型の薬を自分の後孔につぷと押し込む。

  王族が使用する浄化兼潤滑剤だ。小さいからそれほど違和感はないが、溶け出すときにしゅわしゅわと広がっていく感覚はちょっと苦手。

  案の定中でしゅわしゅわが始まり、高く上げた腰をくねくねと動かしてしまう。尻尾の先もぴくぴく動いた。

  「な、なにを……?」

  「んゅ、ンび……んっ」

  言葉は怯えるように震えて聞こえるが、口の中のペニスはびくんと跳ね苦い先走りが出てくる。なにに興奮したのだろう?

  準備って言ったつもりだけど、伝わっていないかもしれない。薬剤が溶けきったのを感じて、右手を自分の尻に向けて伸ばす。瞬きもせずリュヌの行動を見ているナージの目は、もはや血走っているように見えた。

  汗でしっとりとした双丘のあわいに指を差し込むと、発情のおかげか練習時より柔らかい。蕾の中心に中指をあて少し力を込めるだけで、熱い肉壁に吸い込まれた。

  「あっ。んーーー…………」

  中は粘性のある潤滑剤のお陰で潤っている。いつもより断然気持ちよくて、口が疎かになってしまいそうだ。リュヌは快感を追わないよう意識しながら指を増やし、そこを広げていった。

  受け入れる側の閨教育はそういうものだ。自分ですべて準備し、夫に手間を取らせず満足してもらうよう何度も言われた。

  実践は思っていたよりも大変だが、思っていたよりも興奮を煽った。目の前のペニスが如実に反応を返してくれるし、口淫も、自分で解す行為さえも逐一見られている。

  リュヌが一生懸命教えられたことを実践していると、ナージがリュヌの頭にそっと手を置いた。

  「触っても、いいか……?」

  「ん」

  返事の代わりにこくんと頷く。――耳の間に置かれた手はおそるおそる左右に動いた。耳を潰さないようそっと、髪の流れに沿って撫でられる動きは優しい。

  この手は好きだ。うっとりと目を閉じ、耳も撫でやすいよう寝かせてしまう。リュヌの反応にナージも要領を得たようで、何度も頭を撫でてくれた。

  猫族の耳が珍しいのか、そこだけそろそろと確認するように触れる。皮膚の薄いところは敏感で、ちょっと身構えてしまう。逆に根本の部分は気持ちよくて喉を鳴らしてしまいそうだった。

  そのままゴロゴロと甘えてしまいそうになり、リュヌはハッとした。次の段階へ進もう。ついに交尾だ。

  リュヌの前腕ほど大きいペニスは準備万端に見える。エラが張ってカッチカチに硬いが、猫科の獣人のようにトゲもないし、痛くはないだろう。……たぶん。

  リュヌはドキドキしながらナージに尻を向け、四つ這いで「ど、どうぞ」と告げた。もう入れて出すだけだ。処女を失って、自分は人間の国へと嫁に行く。

  ナージはなかなか来なかった。ただ、身を焼くような視線は振り返らずとも感じる。

  いつの間にか全身を緊張が包んでいた。ナージがリュヌの白い尻に手を置く。いくら待っても貫かれることはない。

  「……リュヌ」

  「ナージ、はやくっ」

  「リュヌ、こっちを向け」

  リュヌが振り返ると、ナージの姿はゆらゆらと揺れた。目に涙の幕が張っているのだ。

  ころ、と横に転がされ長い尻尾を両手でぎゅうと抱きしめる。ちゃんと息をしろと言われて、浅くなっていた呼吸を意識して深めた。

  緊張と未知への恐怖がナージに伝わってしまったのだろう。邪魔にならないよう立てていた尻尾も、いつの間にか足の間をくぐって胸に抱えていた。これじゃ挿れられなくて当然だ。

  情けない……。最後の悪あがきだと意気込んできたのに。

  「ご、ごめん」

  「大丈夫だ。落ち着け」

  「……ははっ、こんなのじゃ婚約者にも呆れられちゃうな」

  ナージはリュヌの正面に身体を横たえ、その大きな身体で包み込むように抱きしめてきた。緊張で冷えていた身体に、熱が伝わる。

  「大丈夫だ。見目だけじゃなくてこんなにも可愛い性格をしていたとはな。誰だって夢中になるだろう」

  「どこが……。閨でさえ満足させられなかったら、僕はただの置き物だ。今までも、これからも」

  「無鉄砲で予測がつかなくておもしろい。閨でこれだけ動けたら大したもんだ。最後まで一方的に完遂されたらどうしようかと思ったぞ」

  リュヌは嫌だと誤魔化しつつ、不安だったのだ。人間の国で獣人の自分が受け入れられるか。もし受け入れられたとしても、見た目しか評価されたことのない自分が、このさき一生置き物として生きていくのか――

  

  ナージの手がリュヌの背を撫で下ろす。尾の根元に辿り着くと、その境目をなぞるようにくすぐった。

  「んなぁっ」

  「怖がっていたのも……目が眩むくらい可愛いらしかった」

  「……ほんと?」

  慣れた男の余裕というものか。ナージがそう言うのならこれでよかったのかもしれない。嬉しくて心臓がトクトクと高鳴った。リュヌは目の前の男に好かれたいと本能的に思っている。

  ナージの胸から顔を上げると、グレーの瞳と目が合う。まるで愛おしいものをそこに映しているみたいにフッと目を細めるものだから、顔に熱が上る。

  近づいてくる顔を感じ、素直に目を閉じた。どうしよう……この男が好きだ。

  「ね。ナージ……触って。抱いてほしい」

  「言われずとも。リュヌ王子」

  「ふぁ……」

  唇同士を擦り合わせ、甘噛みする。繊細な刺激に開いた隙間へと、舌が侵入してくる。巧みなキスにリュヌはあっという間に蕩けた。

  

  ナージは服を脱ぎリュヌの服もすべて脱がせる。丸裸になった気恥ずかしさはあったものの、素肌をくっつけ合うのは気持ちいい。

  手と舌で全身余すところなく触れられて幸せだった。身体を舐めるのは獣人にとって最高の愛情表現だが、猫獣人だった母が生きていたときの記憶は遠い。

  つぷ、とナージの指がお尻に入ってくる。リュヌは自分の指とは全然違う感覚に驚いた。道具とも違う、節くれだった男の指だ。

  内壁を撫で、自分で解すときは触れるのを避けていたしこりをすぐに見つけられてしまう。腹側の少し膨らんだところはリュヌの弱点だから……

  「あ!だめ……ふっ。んん……な、ナージ……」

  「わかりやすいな。自分で開発したのか?」

  「んぁっ。ん、だって……旦那さまのために……」

  「あー……これは嬉しいな」

  ナージのためと言ったわけでもないのに喜んでいるんだから、変な人だ。的確に快感を引き出されて、頭が芯から溶けてゆく。きもちいい……もっと。

  ナージの興奮も高まっているのだろう、リュヌは完全に発情していた。柔らかい棘のあるペニスをナージの腹にすりすり擦り付け、自分で快感を得ようとしてしまう。

  「おお、これは凶悪だな。くすぐったいぞリュヌ」

  「だって……あっ、ナージぃ……はやく、ナカほしっ……」

  「あ゙〜〜〜最高かよ……」

  

  後孔に埋められた指をきゅうと締めつけて、スリと尻尾をナージの腕に巻きつける。甘えるのはリュヌの専売特許だ。

  ナージがぎゅっと目を閉じなにかに悶えていたけど、次の瞬間開いた瞳には濃い情欲が浮かんでいた。

  

  ナージはリュヌを仰向けに転がそうとして、少し考えてそのまま横向きにした。自分だけが起き上がり、リュヌの左足を抱え上げる。

  頭の中に疑問符が浮かんだが、そのまま屹立を後孔へと充てがってくるのを見て納得した。尾があるから後ろからするのがよいと聞いていたけど、これなら顔も見やすい。

  今度は自ら邪魔しないよう、背中側から持ってきた尻尾を胸に抱える。もうほとんど怖くないとはいえ、こうすると安心するのだ。

  「くそ、かわいいなそれ……」

  

  ぴとりと窪みに当たったペニスは相変わらず硬い。散々蕩かされた場所が期待でヒクつく。左手をナージに向けて伸ばすと、しっかりと握ってくれた。この人になら……

  「奪って。ナージ。ぼくの全部……」

  「あぁ、もらおう。未来もひっくるめて、リュヌの全てを」

  「んあああっ!」

  ぐっと押されて、限界まで蕾が開く。大きな先端を受け入れるまでは瞬間的な恐怖に襲われた。繋いだ手をきつく握ると、なだめるように親指で甲を撫でられる。

  少しだけ力が抜けた途端一気にくびれまで押し込まれ、その衝撃を声で逃がした。敏感な入口がジンジンしている。

  「痛くないか?」

  「ふはっ、おっき……」

  「大丈夫そうだな……こっちも触ろうか」

  「いや、大丈夫じゃ……うわっ?ちょ、だめ……あああんっ」

  ナージが繋いだ方の腕でリュヌの脚を支え、左手をペニスに添えた。途端に快感が湧き上がり高い嬌声が口から零れる。

  包むように握られた手が先端へ向かうにつれて腰が引かれ、根本に向かって引き下ろすとペニスが奥へ突き入る。ナージが同時に腰と手を動かすたびクチュ、二チュッと水音が鳴る。

  しかし耳の良いリュヌにもその音は届いていなかった。自分の声が絶え間なく口から漏れ出し、その衝撃と快感を受け止めることに精一杯なのだ。

  大きな逸物が狭い内腔をえぐり、快感のしこりを押しつぶす。道具を使っても入ったことのなかった場所へ、ついさっき口で咥えていた先端が届く。苦しいのに……とても気持ちいい。

  「あっ、ん!……んにゃっ……ああ〜〜〜っ!」

  「あぁ……俺も気持ちいいよ」

  「ナァジ……んぁっ、なーじぃ……溶けちゃう」

  リュヌの勝ち気な目が細まり、眉が下がる。あまりの快感に腰が震え、何度も雄をキュウキュウ締めつけてしまう。そのたびに自分まで気持ちよくなってしまい、頭がおかしくなりそうだ。

  窮状を訴えているのにナージは律動を止めてくれない。でも……身体を倒しキスしてくれた。それだけでリュヌは幸福に包まれる。

  

  自然と目尻から流れていた涙を舐めて掬い取ってくれる。その仕草に愛を感じて、涙が止まらなくなる。きっとこんなに近くに感じる存在……二度と現れないだろう。

  「泣かないでくれ……」

  「んっ、ンナァ……なーじ……だしてっ。あ、ナカに……」

  「あぁ。一緒にいこう、な。リュヌ……」

  自ら舌を差し出すように唇を重ねた。器用に身体を折って覆いかぶさってくるナージの髪がさらさらと顔に当たるのが心地いい。

  黒くても、月明かりを通す優しい檻だ。視界にはナージの顔しか入らない。興奮に潤むグレーに、リュヌの月色が映り込んで明るく見えた。

  「う、ッん……いっしょに……」

  ずっと一緒にいたい。この男に、どうしてここまで惹かれるのかわからなかった。フェロモンが合うのかもしれない。ただの一目惚れだとしても、リュヌはどこか運命的なものを感じていた。

  

  彼ならリュヌを幸せにしてくれそうだ。外見だけじゃなく、内面も愛してくれそう。自分が一国民であれば叶ったかもしれないのに――胸に浮かぶのは、叶わないと分かっているからこそ幸せな想像だった。

  熱い息を交わす。与えられる快感を全身でナージに返すと、倍になって返ってくる。それを繰り返す。リュヌはナージとひたすらに快感を追い、しばし言葉を忘れた。

  

  胸にはいっぱい想いが満ちていたし、身体の中もナージに満たされている。口に出さずとも、伝わってしまえばいい……リュヌはひとりの男として、ナージに恋をしてしまったのだと。

  リュヌの望みを、仕方ないなぁと叶えてくれる人。リュヌが王子だと分かっても、態度を変えなかった人。あぁ、好きだ。

  「俺も好きだ。リュヌ、君が愛おしい……!」

  都合のいい幻聴が耳に届く。人生で一番しあわせで、現実味のない瞬間。

  「……ぁっ。も、いく……!〜〜〜〜〜っ!!!」

  「く…………ッ」

  目の前に星が散ったようにチカチカと光が飛び、身体の中で積もり積もった快感が爆発した。感じたことのないほどの悦楽は宙に浮くような感覚で、思わず両腕でナージにしがみつく。

  全身が震え、雄膣もびくびくと痙攣している。子種を搾り取るような動きに抗わず、ナージは奥に精液を叩きつけた。

  時間をかけて息を整える。ズルンとペニスを抜いたナージが、リュヌをぎゅうぎゅう抱きしめる。発情の終わった人はみなあっさりと離れていくというが、その抱擁は情熱的だ。こんな種族もいるのだなぁと、リュヌは彼の腰へ手を滑らせた。

  そういえば、どんな尻尾してるんだろ……??

  「えっ。あれっ……ない!!!」

  「は?おいおい、くすぐったいぞ」

  この国に尾のない獣人はいないのだ。いったい、どういうこと???

  「尻尾が……ない!」

  ナージはちら、と脇に視線をやり、サイドテーブルに置かれた剣を示す。

  

  「あっはっは!まだ気づいてなかったのか?俺は人間だ。お前の言う、なよっとした弱い、な」

  「えええええ〜〜〜〜〜!?!?」

  [newpage]

  ◆

  謁見の間に呼び出されて、リュヌは艶のあるため息をついた。

  それだけで部屋がざわつく。近衛や王の側近たちが顔を赤くしてリュヌを見つめてくる。最近はこんなことばかりだし、気にする余裕もない。

  ――ひと晩の家出をして以来、リュヌの意識は遥か彼方に飛んでいる。

  

  「リュヌ、サンディの王太子はお前がお手付きでも構わないと寛大な心で受け入れてくれた。まったく……運の良いやつだ」

  「…………」

  なにも嬉しくない。よりにもよって……人間の王子なんて。

  人間への偏見はなくなったものの、リュヌが求める人はただひとり。どんな人種だろうと、あの人以外は全員どうでもいいのだ。

  

  リュヌはナージに抱かれたあと、衝撃で放心している間に身体を洗われ、手配してくれた馬車に乗せられた。(信じられな……いや信じるけど。……え、ほんとに?)と自問自答しているあいだに、気づけば王宮に帰っていた。なんとも手際の良いことだ。

  

  王族に近い近衛と使用人のみで密かに捜索されていたリュヌは正面から家に戻り、素直に謝った。もちろんそれだけでは終わらず、鼻の利く獣人によって男に抱かれたことまでばっちりバレて大目玉をくらった。

  リュヌは知らなかったが、処女であるかどうかは男でもわかるものらしい。人間は特に、そういったことに敏いようだ。

  

  でもそれだけ。誰に何と言われようとも、自分の行動を後悔したり反省する気にはなれない。

  あの日行動していなかったら、サンディの王子に嫁入りしてもがっかりせずに済んだかもしれない。意外に王太子もがっしりと逞しい人で、顔も濃くて格好いいかも。リュヌの我がままにも困ったように笑いながら応じてくれて、性格も可愛いと言ってくれたかも。

  あわよくば褐色の肌に濡羽色の髪、けぶるようなグレーの瞳を持っているといい。あの瞳に自分が映るだけで夢見心地になれるだろう。

  ……全て、リュヌの理想はナージになってしまった。ナージに出会う前へ戻りたいとは思わない。あの時間は奇跡のように幸せで、初めて自分を認めてもらえ、愛されたひとときだった。

  処女を捨てることだけを目的に意気込んで行動したけど、あの人に処女を捧げられてよかったと心の底から思う。

  他国の王子がこんな腑抜けたリュヌを嫁にとりたいと望むのなら、好きにすればいい。失礼のない態度を心がけるけれど、リュヌの初恋は、心は、ナージのものだ。

  まぁきっと、ナージはそんな重いものいらないだろうな。

  父王の尾が苛立たしげに振られる。やっぱりこの人は苦手だ。

  「全く……好き勝手やってくれたな。ここまで大事に育ててきてやったのに、恩を仇で返すようなことを」

  「もうしわけ……」

  「その件は不問と言ったはずだが?」

  感情を押し殺して謝罪を重ねようとしたときだった。聞き覚えのある声に耳がピンと反応し、戸惑う。こんなところにいるはずがないのに……リュヌが聞き間違えるはずもない。

  「おぉ、ナージ王太子ではないですか!た……確かいらっしゃるのは三日後では?」

  「なに、我が伴侶となる男が育った環境を見ておきたくてな。この国と、王宮と。しかと見せてもらったよ」

  「そ、そそそそうですか……」

  リュヌは二人の会話を聞いてポカンとした。父親が誰かに対しへりくだっているのを初めて聞いたのだ。正面に座る父の耳はぺたっと伏せ、尻尾も隠れてしまって見えない。ライオンが、人間に……恐怖を抱いている?

  「リュヌ」

  「っ……」

  肩に手が置かれ、名前を呼ばれる。状況が信じられない。信じられないけど、リュヌの尻尾はピンと立ち上がり喜びを隠せない。

  リュヌはゆっくりと振り返った。そこには、夢にまで見た愛しい人がいる。きらびやかな軍服を着て、知っている雰囲気とは異なるけど、間違いなく。

  「ナージ……王子みたいな格好してる」

  「婿殿の実家だしな?これが俺の正装だ。少し早いが、俺と行くか?サンディは暑い国だ。お前が慣れるまで時間が必要だろう」

  グレーの瞳はリュヌをまっすぐ見つめている。瞬きで浮かんできた涙を散らす。こんな夢みたいなこと、あるだろうか。

  

  「僕、ナージと結婚できるの?」

  「あぁ、人間は嫌なんだったか?……今も?俺は心底リュヌに惚れているから……嫌と言われても連れて行くが。そうだな……よければ、手を取ってくれると嬉しい」

  跪いたナージがリュヌを見上げ、黄金色の手を差し出した。リュヌは迷いなくその手を取る。だけでは収まらず、ナージに飛びついた。「おわっ」と驚きつつもしっかり抱きとめてくれる身体が頼もしい。

  父親も含め驚愕の声が周囲から聞こえる。

  「嬉しい!ナージ、だいすき!」

  「……と、言うことだ。政略結婚には珍しく、俺達は両想いでな。初夜も勝手ながら済ませている」

  「は……はぁ?」

  リュヌを抱いたまま立ち上がったナージが父王に向けて言い放つ。理解できていないようだが、いま告げたことが全ての真実だ。

  ナージが頭に手を乗せてくるから、ちゃんと撫でろと頭を手に擦りつける。ゴロゴロと甘えているあいだに気づけば貴賓室に到着していて、ナージはソファに腰掛けた。

  ハーフアップにしている髪留めに手が触れて頭の後ろを覗いてみると、金で出来た細工物だった。柔らかい金をこんな風に加工する技術はベッツァーにはないから、あのときこれを見ていれば違和感に気づけたかもしれない。

  そうだ、ここで疑問は解決しておいたほうがいいだろう。

  「ねぇ。ナージはどうして僕を?」

  「偶然だな。サンディの王太子は直系にこだわらないから、子は必要ない。人間側にも獣人への偏見はある。それを俺の代で払拭したかった。ちょうどいい年齢で、誰もが好きになれそうな美人な獣人。それがお前だった」

  「街で会ったのも偶然?」

  「あぁ。顔を見て驚いたぞ。人間と結婚は嫌だと言うくせに、抱いてと言ってくるし……本当にリュヌはおもしろい」

  リュヌは外の人にほとんど会ったことがなかったから、人間に偏見を持っていた。あのとき、本人に向かって酷いことを言ってしまったと反省していたのだ。

  「ご、ごめん……」

  「いんや?実際大型の獣人より体格的に劣るやつが多いからな。俺は見下されないよう鍛えていただけだ。リュヌのお眼鏡に叶ってよかった。あ〜〜〜、本当にかわいかったな〜〜〜〜〜」

  思い出してニヤニヤするナージはリュヌをからかっている。未来の夫に処女をあげたくないからと、当の本人に奪ってと言ってしまったことを。途中で怖気づいてしまったことも含めて。

  顔に血が上る。恥ずかしくてポカポカと胸を殴りつけるけど、全然効いてない。

  「ナージの馬鹿!いじわる!」

  「あははっ。先に出会えてよかった。閨での可愛いさも知れたし……これから先、楽しみだな。猫獣人の発情期は春だったか?」

  「それは女性の話。男は相手の発情に誘引されるんだ。この前だってナージに発情させられたし……人間も春ってことか?」

  「……へぇ。リュヌ、いいことを教えてやろう。人間は――――いつでも発情できる。年中、な」

  「はっ?……ぇええ〜〜〜!?!?」

  人間って、獣人よりよっぽどケダモノじゃないか……!これで獣人より頭が良いなんて信じられない。

  リュヌは未来を想像して辟易してしまう。あの日実践した、閨教育で学んだ作法は抱かれる側が率先して動くものだ。ナージの雄は大きくて口だけで勃たせるのは困難だったし、その間に自分を解すのもけっこう大変だった。

  まぁ、結局最後はやってもらったのだけれど。……気持ちよかったしたまになら、許してやってもいい。

  

  思わずそう零すと、ナージはくくと笑いながらそこまで頑張らなくていいと教えてくれた。ただ寝ていてもいいと言う。それなら楽できそうだけど……本当に?

  「今度教えてやろう。楽しみだな!」

  「……うん」

  言いくるめられている気がしないでもないが、ナージが嬉しそうだから納得することにした。たぶん――ナージといれば、リュヌの未来は明るい。

  

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