「ん? ノート?」
下校しようと校門へ向かっていた女の子――[[rb:平中遥 > ひらなかはるか]]は、校舎沿いの植え込みに変わったノートが落ちているのを見つけて立ち止まった。
誰かが落としたのかもしれないと、遥はノートに歩み寄る。
だが、そのノートは普通のノートではなさそうだった。表面には黒い獣の毛のようなものが生えていて、ケモノートと書かれている。
「ええ? 何このノート……」
遥はノートを手に取った。本物の生き物のような毛ざわりが不気味だ。
ページを開くと、使い方とあり、文が列挙されている。
・このノートに書かれた相手は獣化する。
・変化する動物を指定することもできる。指定しなければ、ランダムな動物になる。
・獣化が完了するにはある程度の時間が必要になる。
・ノートに触れた者以外は、本人も周りの人間も変化中に違和感を持たず、獣化したことを認識しない。
・ノートを燃やせば、獣化を取り消すことができる。
「獣化? どういうこと……?」
このノートに名前を書くと、相手は動物になってしてしまうということだろうか。
まさか、そんな魔法みたいなことがあるわけない。誰かが遊びで作ったものだろうと遥は推測する。
奇妙な物でも、校内で落ちていたものを拾ったのだから、先生に届けたほうがいいだろう。
遥が職員室へ向かおうと、校舎に戻ったときのことだった。
どこかからか、すすり泣くような声が聞こえてきて、遥は気になって声のするほうへ歩いて行く。
使われていない空き教室の扉を開くと、そこには親友の高梨[[rb:柚羽 > ゆずは]]が一人で泣いていた。
「柚羽ちゃん!?」
遥は柚羽に駆け寄る。
「また、[[rb:入間 > いるま]]さんにやられたの!?」
「うん……」
柚羽はうなずいた。
入間というのは同じ学年の女子だった。性格の悪いいじめっ子なのだが、親に権力があるらしく、彼女の罪はいつも揉み消されてしまう。
最近の入間は大人しい柚羽をいじめのターゲットにしたらしく、柚羽は放課後にたびたび入間に連れて行かれていた。
遥も柚羽を入間から助け出したいとは思っているのだが、入間に対抗する手段もなく、どうすることもできないでいる。
遥は柚羽の制服がやけに乱れていることに気がついた。
「入間さんから何をされたの……? まさか、脱がされたりしたんじゃ……」
柚羽は目元の涙を拭って、首を小さく縦に動かす。
「脱がされて……写真を撮られて……。歯向かったら、写真をばら撒くって……」
「そんな、ひどい……!」
遥は親友が酷い目に合わされて、怒りを覚える。だが、入間をどうこうする力が遥には無かった。
「ああ……もう嫌だな……全部、終わりにしてしまいたい……」
柚羽の目には光がない。精神的にもかなり参っているようだ。
柚羽は遥の持つノートを指差した。
「あれ? 遥ちゃん、そのノートはなに?」
「これはさっき拾ったノートで、職員室に届けようと思って。でも、変なノートなの。相手を動物に変えてしまうことができるって書いてあって」
「へえ、すごい……! じゃあ、それを使えば、入間さんも動物にできるのかな?」
「まさか、本当なわけないよ。そんなこと、ありえないもん」
「じゃあ、ちょっと入間さんの名前、書いてみてよ」
「ええ?」
「いいでしょ? 書いてみようよ」
「まあ、いいけど……」
ノートが本物なわけもないし、ちょっとぐらいならいいだろうと遥は鞄からシャーペンを取り出す。後で消すことも考えて、ケモノートに薄い字で『入間』と書いたところで、手を止める。
「あれ? 入間さんの下の名前ってなんだっけ?」
「えーと、さあ……?」
柚羽が首を傾げる。
その時、突然に空き教室の扉が開く音がして、遥は振り返った。
そこにいたのは担任の若い男性教師だった。短髪の筋肉質な体型のスポーツマンといった風貌で、女子生徒から人気がある。ちなみに、遥はあまり興味がない。
担任は遥たちがいたのが意外だったようで、動きが一瞬止まる。
「お? こんなところで何をしてるんだ? もうこの教室は閉めるから、出ていってくれよ?」
「はーい、行こう、柚羽ちゃん」
遥は柚羽の手を引いて、教室を出た。
「じゃあ、先生、さよなら」
遥は教室の鍵を閉める担任に会釈して、柚羽と一緒に校門のほうへ歩いて行く。
そこで遥はあることに気が付いた。
「しまった。さっきの変なノートを空き教室に忘れてきちゃった」
「空き教室、確か窓の鍵が空いてたし、取りに戻る?」
柚羽の言う通り空き教室は一階なので、窓が開いてるなら忍び込めるが、そこまでするほどのことでもないだろう。
「ううん、別に明日でいいよ」
遥と柚羽はそのまま二人で家の近くまで帰って、途中で別れた。
柚羽は道中もあまり元気がなかった。入間にいじめられて、かなり[[rb:堪 > こた]]えているらしい。
どうにかできないものかと遥は思うが、良い答えは浮かばなかった。
翌日、遥はいつものように学校へ向かっていた。住宅街の小さな交差点で柚羽と待ち合わせをしている。
電柱にもたれかかっている柚羽を遠くに見つけて、遥は小さく手を振った。柚羽も小さく振り返してくる。
「お待たせ。ん?」
柚羽に近づいた遥は、柚羽の足元に黒い羽がいくつか落ちていることに気付いた。
カラスが喧嘩でもしたのだろうと、遥は特に気にすることなく、柚羽と話しながら歩き出す。
柚羽はなんだか昨日より雰囲気が明るくなっている。元気が出てきたのは良いことだと遥は安心する。
「あれ? 服に何かついてるよ?」
遥は柚羽の服にもついている黒い羽をつまみ取る。
「どうしたの、これ? さっきも足元にいくつか落ちてたけど」
「さあ……なんだろう?」
柚羽は首を傾げる。だが、その首元にも黒い羽がいくつもついている。
不思議に思った遥は、柚羽の首元から黒い羽を取ろうとした。
だが、羽は皮膚とくっついていて、剥がれない。と言うより羽は皮膚から生えているようだった。
「え!? 柚羽ちゃん、この首の羽どうなってるの!?」
「首の羽? 前からあったでしょ?」
柚羽は怪訝そうな顔で、遥を見つめる。
遥は混乱した。昨日、会ったときは首に羽など生えていなかったはずだ。それに、人間から羽が生えるなんて異様だ。
さらに、柚羽の身体に異変が起こり始める。
唇が黒く染まり、前方へ伸びていく。先端は尖っており、鳥のクチバシのようだ。
驚いて、遥は柚羽の口元を指差す。
「へ!? クチバシ!?」
「クチバシがどうかしたの?」
「どうかしたって……どう考えてもおかしいじゃない!」
「何かおかしいかな?」
そう言って、柚羽は自分のクチバシを撫でる。
「今日の遥ちゃん、何かおかしいよ? 大丈夫?」
遥は逆に柚羽に心配されてしまう。
遥は頭がおかしくなりそうだった。確かに周りの人たちは柚羽に起こった異変を気にも留めていない。むしろ、柚羽と同じように、身体の一部が動物のようになっている人たちが散見される。
鹿のような角が生えたサラリーマン、猫耳の生えた女子小学生、手のひらに肉球のある青年。
だが、誰一人してこの事態に違和感を覚えていないようだ。
「どういうこと……? ん? なんだかお尻が……」
遥は尾てい骨の辺りがムズムズして、スカートの上から自分の尻を押さえる。
どういうわけかパンツの下で肉が急速に盛り上がっている。
スカートの下から飛び出してきたのは、太い尻尾だった。ずっしりと重く、脚がもう一本増えたかのようだ。
遥は後ろに転びそうになるが、上手く尻尾で自分の身体を支えるのに成功する。
「何これ……」
尻尾の表面は爬虫類のような鱗で覆われていて、自分の意思で自由に動かせた。紛れもなく自分の尻尾だ。
皆が少しずつ動物になり始めている。まさか、相手を動物にできるというケモノートと関係があるのだろうか。
ケモノートには確か『ノートに触れた者以外は、本人も周りの人間も変化中に違和感を持たず、獣化したことを認識しない』と書いてあった。だから、ノートに触れていない遥以外の人間には、自分が獣化していても、そのことを認識できないのだろう。
だが、遥はノートに入間の名前を書いたはずだ。それも名字だけ。
どうして、色んな人間が動物化しているのだろう。
「まさか……」
遥はそこで思い当たる。ケモノートに『入間』と書いたつもりが、『人間』と書いてしまったような気がする。
それで、全ての人間が動物になり始めているのではないのか。これは大変なことになったかもしれない。
「ごめん、柚羽ちゃん。私、今日早く学校に行かないといけないんだった! 先に行くね!」
遥は柚羽の返事を待たずに走り出した。
ケモノートは昨日、学校の空き教室に置き忘れた。恐らく、まだ空き教室にあるだろう。
『ノートを燃やせば、獣化を取り消すことができる』という記述もあったはずだ。ノートを燃やせば、皆も元に戻るだろう。
遥は全速力で校門をくぐり、昨日の空き教室の扉に手をかける。だが、扉は動かない。
「ダメだ、閉まってる……」
昨日、担任の教師が鍵をかけたからだ。
「そうだ、窓!」
柚羽が窓の鍵が空いていたと言っていたことを思い出す。空き教室は一階にあるので、窓から入ることが可能だ。
校舎を出て、教室の反対側に回ると、窓が半開きになっている。
遥は窓によじ登ろうとするが、高くて上手く登れない。
「くっ……もう少し身長が高ければ……」
遥は自分に生えてしまった大きな尻尾がふと目に入った。尻尾は脚よりも長く、太いので力も強い。
「活用してみるか……? おりゃ!」
遥は尻尾で自分の身体を地面から押し上げ、窓枠を掴み、なんとか教室内に侵入した。
「まさか、尻尾が役に立つなんて……」
遥は複雑な気持ちになりながらも、教室内を見回す。だが、どの机の上にもケモノートは見つからなかった。
机の中も確認するが、ケモノートはない。
遥は不思議に思う。確かに空き教室に置き忘れたはずなのに。
「……そうか、担任!」
担任の教師がケモノートに気付いて、回収したのかもしれない。
黒板の上にある時計を見ると、既にホームルームの時間が迫っていた。
遥は扉の鍵を内側から開いて、廊下へ出て、自分のクラスの教室へと急いだ。
教室に入ると、むせ返るような獣臭が充満していた。クラスメイトたちは皆、ある程度獣化が進んでいる。
獣毛や獣耳が生えているだけでなく、キリンのように首が伸びている生徒もいた。だが、皆は違和感を覚えず、いつものように仲の良いグループで雑談を繰り広げている。
遥は自分の机に鞄を置き、椅子に座って、担任が来るのを待つことにする。
「あ、平中さん。おはよう」
と隣の席の男子が遥に声をかけてくる。
彼は背の低い小柄な男子だったはずだが、身体つきが筋肉質になり、背も伸びている。顔や手には黄色や黒の獣毛が生え、獣化が進んでいるようだ。
「おはよー」
と遥は平静を装いつつ、笑顔で返事をした。
遥が自分の手を見ると、手の甲に爬虫類のような鱗に浮かび上がっている。遥もトカゲのようなものになりつつあるようだ。
しばらくするとチャイムが鳴り、担任の教師が入ってきた。
スポーツマンのような風貌だったはずの担任は背が低くなり、腹がぽっこりと出ている。体毛も濃くなり、爽やかな雰囲気はなくなって、小汚い雰囲気に変わっていた。これも何かの動物になる過程なのだろう。
ホームルームの後、教室を出ていこうとする担任を遥は呼び止めた。
「先生、昨日の空き教室でノートを見ませんでしたか?」
担任は首を傾げる。
「ノート? さあ、知らないなあ。昨日はあのまますぐに鍵をかけたから」
「そうですか……」
「ノートを忘れたのなら、職員室から鍵を持ってくるけど?」
「あ、いえ。窓から見たら、無さそうだったんで。先生が回収したのかもしれないと思って」
教室に忍び込んだとはいえないので、窓から見たと遥は嘘をついた。
「俺じゃないなあ。落とし物なら、職員室に届いてるかもしれないし、来るか?」
「行きます!」
担任と一緒に職員室へ向かった遥だったが、ケモノートは届いていなかった。
早くケモノートを見つけないと、皆が完全に動物になってしまう。ノートの行方がわからず、遥は焦る。
教室に戻った遥は柚羽に尋ねた。
「昨日、空き教室の置き忘れたノートが失くなってて。柚羽は何か知らない?」
柚羽は少し考えた後、そうだと手を打つ。
「帰るときに入間さんが廊下の向こうにいたのが見えたよ。もしかしたら、入間さんが盗ったのかも」
遥は確かにそれはあり得る話だと思った。入間なら人の物を盗んでもおかしくない。
そこに丁度、数学教師が教室にやってきて、遥は自分の席に戻った。
入間にノートを盗ったか直接聞くわけにもいかず、入間の机を[[rb:漁 > あさ]]ろうとも思ったが、中々そのチャンスもないまま、時間だけが過ぎていく。
三時間目になる頃には皆の獣化はかなり進んでいた。
隣の男子がシャーペンを落とし、遥の足元に転がってくる。
遥はシャーペンを拾って、彼に手渡そうとしたが、彼の指は既に短くなっており、シャーペンを持てる状態ではなかった。手のひらには肉球が形成されていて、指先からは鋭利な爪が伸びている。
猫の手にも似ているが、顔や腕にある黄色と黒の縞模様から考えて、虎化しているのだろう。背の低い男子だったはずだが、身体もかなり肥大化している。
「グルル……ありがとう……」
男子は手でシャーペンを持つのを諦めたのか、口で咥えて、ノートに字を書いていく。だが、字は汚すぎて、読めたものではなかった。
同様の現象はクラス中で発生していた。獣化の進行度には個人差があるようで、遥を含めてまだ人の手の形をしている者もいるが、クラスの半数はシャーペンを口に咥えている。
柚羽は大丈夫だろうかと遥が心配して目線を向けると、ちょうど手の形が変わり始めているところだった。
柚羽の薬指と小指が短くなって、溶けるように失くなってしまう。反対に人差し指、中指と手の甲は伸びて、皮膚から黒い羽が生えてくる。
腕全体から生えた羽で制服の袖が膨らみ、内側から引きちぎれた。
柚羽の腕は黒い翼となり、変化は腕に留まらず、脚にも及び始める。
木の枝のように柚羽の脚は細くなり、靴と靴下が脱げてしまう。
皮膚は灰色に染まり、足の甲がやけに長く伸びる。
足の親指は後ろ側を向き、小指はいつの間にか失くなっている。爪は鋭利な[[rb:鉤爪 > かぎつめ]]となり、柚羽の脚は鳥の脚と化した。
柚羽は手でシャーペンを持てなくなった代わりに、器用に足でシャーペンを握って、板書を書き写し始める。
これは本格的にまずいと遥は焦りを強くする。皆が完全に獣化する前に、入間からノートを取り戻さなければならない。
時計を見ると、三時間目が終わろうとしている。四時間目は音楽の時間で、移動教室だ。
これはチャンスだ。遥は体調が悪くなったと先生に嘘をつき、保健室へ向かう。
そして四時間目が始まると、元気になったと言って、教室に戻った。クラスメイトは音楽室で授業を受けていて、誰もいない。
遥は素早く入間の机の中を確認する。乱雑に詰め込まれている教科書類を引き出し、ケモノートが無いか調べていく。
「無い……。鞄の中は……!?」
机の横に置いてある鞄には、コンビニで買ったと思われるパンや、色付きのリップクリームなどが入ったポーチがあるだけで、ケモノートは入っていない。
「嘘……ここにも無い……! 入間さんが盗ったんじゃないってこと……!?」
遥が入間の鞄から手を引き抜くと同時に、ポロンと何かが手からこぼれ落ちた。
「え?」
遥が自分の手を見ると、小指が失くなっている。
「キャーーーッ!」
遥は驚いて、その場で転倒する。その衝撃で、両手の中指と薬指も千切れてしまう。だが、不思議と痛みはなく、血も出ていない。
遥の手も他のクラスメイトと同様に変化が始まったのだ。
手の皮膚は既に鱗で完全に覆われており、指は親指と人差指しか残っていない。爪は鋭利になっており、先端で人を刺すこともできそうなほどだ。
トカゲは二本指だっただろうかと遥は不思議に思う。一体、自分は何になってしまうのだろう。
だが、そんな不安を感じている暇はない。早くケモノートを見つけ出して、皆を元に戻さなければならない。
遥は教室を飛び出し、校内を当てもなく走り回った。だが、ケモノートはどこにもない。
校内にチャイムが鳴り響き、昼休みの時間となる。
遥はノート探しを柚羽にも協力してもらおうと、一度教室に戻ることにした。
皆は机の上に弁当を広げ、食べ物を[[rb:貪 > むさぼ]]り食っている。獣化が進んで箸も持てず、弁当に顔を突っ込むようして食べる生徒も多い。
遥は皆が弁当を食べるのを見て、無性にお腹がすいてきた。
ケモノートを早く探さなければいけないのだが、猛烈な飢餓感で口からヨダレが溢れてくる。これも獣化の影響だろうか。
耐えきれず、遥は先に腹ごしらえをすることにした。鞄から弁当を取り出し、机の上で蓋を開く。
すると、弁当の中にはぎゅうぎゅうに生肉が詰め込まれていた。
「え!?」
遥もさすがに空腹感より困惑が勝ち、固まってしまう。
弁当は母親が作ったものだ。どうやら家を出る前から獣化の影響は始まっていて、母親は何の違和感も覚えず生肉を弁当に詰めたのだろう。
「グルル……それ、旨そうだな……」
隣の虎化している男子が遥の弁当を覗き込む。
「いただき!!」
男子は弁当を肉球のついた手で遥の弁当をふんだくった。獣化が進み、理性を失い始めているのだろう。
男子は弁当に顔を突っ込み、行儀という概念すら忘れてしまったかのように肉を貪る。
そうしている間に彼の体は徐々に肥大化していく。制服が破れて、黄色と黒の縞模様の毛皮が内側から現れる。
靴も弾け飛び、大きな猫のような足には鋭利な爪が備わっていた。
「ぐるぅぅぅおおおおおおっっっ!!」
男子は完全に虎になり、咆哮した。
股間からは刺々のついたペニスがいきり立ち、白濁液を噴射して地面を汚すと、ペニスが体内に吸い込まれていき、割れ目を形成する。男子はメスの虎になったのだ。
完全な動物になっているのは隣の男子だけではない。
教卓で弁当を食べていた担任は手足が短くなって身体が縮み、全身から茶色の毛が吹き出して、タヌキとなった。スポーツマン的な風貌だった担任の面影はもう全く無い。
首が伸びていた生徒はキリンとなり、低い天井に苦しむように頭を下げている。
生徒たちは次々と動物と化していく。犬猫や兎に熊。教室内はたちまち動物園のようになった。
獣化後は元の性別とは関係ないのか、後ろの席の女子はオスの狼となり、発情して遥の背中で腰を振って、ペニスを擦り付ける。
「や、やだっ!!」
遥は席を立ち上がり、教室から出ようとする。
教室内は混沌に満ちていた。性別が変化した拍子に発情してしまい、種族を超えて交尾をする者たち。食べ物を奪い合い、至るところで争いも起こっている。
そんな中、教室の隅で柚羽は怯えるように丸くなっていた。
「柚羽ちゃん!」
遥は柚羽に駆け寄り、彼女の黒い羽を掴んで、柚羽を立ち上がらせる。
「とりあえず、逃げよう!」
二人は廊下へと走り出す。柚羽の鳥化した足の爪が、木の床に当たって、カチカチと音を立てる。
教室を脱出した二人だったが、隣のクラスも同様に獣化した生徒たちで大混乱になっている。
「ダメだ……」
校舎の外まで逃げても、屋外では獣化した元人間たちが走り回っていた。
もはや、世界中がカオスに包まれているのだろう。全ての人間が動物になりつつあるのだ。
「一体、ケモノートはどこにあるの……?」
遥は絶望的な表情でつぶやく。ケモノートさえ燃やせば、世界は元に戻るのに。
「これで良かったんだよ。みんな獣化しちゃえばいいの」
柚羽が両手を上げるように、黒い羽を広げる。
黒い鳥。柚羽はカラスになりつつあるのだ。
遥は柚羽が言ったことに疑問を覚える。
「今、柚羽……獣化って言った?」
ケモノートに書いてあったことだ。
『ノートに触れた者以外は、本人も周りの人間も変化中に違和感を持たず、獣化したことを認識しない』
だが、柚羽はみんな獣化しちゃえばいいと言った。柚羽は獣化を認識している。ということは、柚羽はノートに触れていたのだ。
ならば、今までの皆の獣化を認識していたということになる。
「もしかして、ノートを隠したのは柚羽なの……?」
「そうだよ」
柚羽は光を失った目で遥を見つめる。
「そんな……どうして?」
「もう全部、嫌になっちゃったの。だったら、みんな動物になっちゃえって。でも、勘違いしないで。ケモノートに人間って書いたのは私じゃないから。『入間』と『人間』を書き間違えたのは遥ちゃんなんだからね」
やはり、遥は『入間』と『人間』を書き間違えていたらしい。
そして、そのノートを柚羽は隠したのだ。入間にいじめられて、全てが嫌になった末の行動のようだ。
「このままだと、みんなが動物になっちゃうよ! ノートがある場所を教えて!」
「嫌だよ。ノートは燃やさせない」
柚羽はノートの場所を吐くつもりははさそうだ。
遥は何か手がかりを掴もうと、柚羽がノートを隠すまでの行動を聞き出そうとする。
「いつノートを隠したの?」
「昨日の昼間にノートには触れてたから、昨日の寝る前に身体に羽が生えてるのに気付いたの。それで――」
寝る前に身体に羽が生えていることに気付いた柚羽は、ケモノートとの関連性を疑い、深夜の学校に忍び込んだのだという。
校庭の隅にあった脚立を使って、窓から空き教室へ侵入。机の上に置き忘れたケモノートを見ると、遥が『入間』と書くところを『人間』と書き間違っていた。
入間からのいじめで全てが嫌になっていた柚羽は、人間などみんな動物になってしまえばいいと考え、ノートを隠した。
そして、そのことを悟られないように、朝から今まで獣化を認識していないフリをしていたのだった。
遥は柚羽の話を聞いても、ノートを隠した場所を推測することはできなかった。可能性があるのは柚羽の家ぐらいだろうか。
遥がどうしようか迷っていると、遥の足が突然に肥大化し、靴の前方からは三つの鋭い爪が飛び出してきた。
「きゃっ!」
すぐに靴は内側から裂け、遥の足は鳥のように前方に三本の指、後方に一本の指が生えていた。
だが、その足は爬虫類のような鱗に覆われており、形も鳥とは少し異なっている。まるで恐竜の足のようだった。
それに合わせて、脚も筋肉が急速に盛り上がり、鱗に覆われていく。
「ついに脚まで……! これは恐竜……!?」
ついに遥の手足と尻尾は恐竜のものと化してしまった。
だが、獣化が進んでしまったのは遥だけではなかった。
「うう……」
柚羽は急にお腹をおさえると苦しみ始める。
「柚羽、大丈夫!?」
遥は柚羽に駆け寄る。
「何か……産まれそう……っ!」
柚羽はその場にしゃがみ込み、スカートとパンツを脱いでしまう。
股の割れ目が大きく広がり、中から丸い何かがゆっくりと出てきた。くすんだ緑色で、黒い斑点がある。チョコミントのようだが、よく見るとそれは鳥の卵だった。柚羽は産卵を始めたのだ。
遥はそれを見て、無性に興奮してしまう。股間が熱くなり、スカートが持ち上がると、スカートの下から屹立した肉棒が姿を現した。
「いやっ!? 何これ!?」
それは恐竜のペニスだった。遥はオスの恐竜になりつつあるのだ。
柚羽は卵を産み終え、股間から卵が転がり落ちる。総排泄腔となった膣は産卵で広がってしまい、中々閉じない。
それを見た遥はオスの性欲に負けてしまい、いきり立ったペニスを柚羽の秘所にぶち込んでしまう。
へこへこと動物のように腰を振る遥。
「ああ、柚羽っ……! ごめんね……っ! 本当はこんなことしたくないのに、柚羽を犯したくてたまらないの……っ!」
「んああ……っ! いいよ、遥ちゃん……っ! 遥ちゃんの、ティラノサウルスおちんぽ気持ちいい……っ!」
「え……? ティラノサウルス……!?」
「そう、遥ちゃんには生き残ってほしかったから、遥ちゃんだけは変化する動物を指定したの……っ! 遥ちゃんはティラノサウルスになるんだよ……っ! 誰に遥ちゃんには勝てない……っ!」
ケモノートには『変化する動物を指定することもできる』とも書いてあった。
遥はただの恐竜ではなく、最恐のハンター、ティラノサウルスになりつつあるのだ。
「ああっ……柚羽ちゃん……っ!」
「遥ちゃん……っ! 今までありがとね……!」
柚羽の膣肉が遥の肉竿に絡みつく。
快感が身体を突き抜け、遥が勢いよく柚羽の中に白濁液を注ぎ込むと、二人の獣化が一気に進む。
柚羽の全身からは黒い羽毛が吹き出してきた。尻からは尾羽が何枚も生え、扇状に広がる。
身体もどんどん小さくなり、柚羽は制服の中に隠れてしまう。
しばらくして、制服の中から一匹のカラスが現れた。
完全なカラスとなった柚羽は、人間であったことも忘れてしまったのか、青い空へと飛び立っていった。
一方、遥の身体は大きくなり、ゴリゴリと音を立てて骨格が変わっていく。制服は簡単に引きちぎれて、地面に落ちた。
口や鼻は前方に伸び、マズルが形成される。広がった口腔内には鋭い牙がびっしりと生え、数も倍以上になっている。
皮膚は全て鱗に置き換わり、完全なティラノサウルスとなった遥は獰猛そうな眼で辺りを見回し、咆哮する。
「ギャオオオオオオオンンンンンン!!」
そこに校舎の中から逃げてきた女子がやってきた。入間だ。
彼女は熊になりかけていて、全身から茶色い獣毛が生えている。手は肉球のある五本指で、鋭利な爪が備わっていた。
「ティラノサウルス!?」
驚いた入間は遥から距離を取りつつ、他の方向へ走っていく。
遥はまだわずかに残っている意識で思考する。入間だけは許せない。入間が柚羽をいじめたから、人間が全員獣化することになってしまったのだ。
遥は発達した二本の脚で、地面を蹴って走り出す。衝撃で地面のタイルがめくれ上がる。
遥はあっという間に入間に追いつき、強靭な顎を開き、入間に食らいついた。
「うわあ!! 助けて!!」
入間の悲鳴を無視して、遥は勢いよく顎を閉じた。
口の中に生暖かい液体が広がる。
柚羽ちゃん、敵は取ったよ。そう思うと同時に、遥の人間としての意識は完全に失われてしまった。
人間が全員獣化してから、どれほどの時間が経っただろうか。
街は全て廃墟となり、至るところで建物が崩壊していた。アスファルトはひび割れ、隙間からは草が伸び放題になっている。
そんな中、車の走らなくなった道路を歩いていたのが、大型獣脚類のティラノサウルスだった。
横転している乗用車を脚で容易く踏み潰し、自分が王だとばかりに廃墟の街を[[rb:闊歩 > かっぽ]]している。
ティラノサウルスの背中には一匹のカラスが止まっていた。カラスはティラノサウルスから離れようとせず、ティラノサウルスもカラスを襲うことはない。
二匹はそのまま廃墟の街へと消えていった。