Overture - 糸鳴きの紋 -

  ひかりの数だけ 海風はゆれ

  小さな耳に そっと寄り添う

  さざ波の奥で 眠る記憶は

  いとしい面影を 呼んでいる

  ❖

  白く煙るような虚のひと隅で、

  ふたつの気配が寄り添うように立っていた。

  羽のように淡く揺らぐ気配は、どこか優雅で静まり返っており、

  その傍らに落ちる影は、深い森の底で眠る獣のように凛としていた。

  ふたりのあいだには、見えない細い糸のような震えが

  かすかに触れ合っている気配だけが漂っていた。

  「また……この“[[rb:間 > あわい]]”に呼ばれたのかしら。」

  ふわりとした声が虚の縁を撫でた。

  龍の影は、その瞳だけが温度のある光を含んでいた。

  揺らめく光の奥で、海の底に眠る古い風の記憶が

  いっときだけ目を覚ましたかのように、微かに瞬いた。

  「呼ばれた、というより…問われた、というのが近いでしょうな。」

  狼の影はゆっくりと頭を巡らせ、どこでもない場所を見つめた。

  淡々とした声音の裏に、わずかな楽しげな揺らぎが潜む。

  足もとに触れる虚の大地は、雷鳴の痕跡のように

  深く沈む響きをわずかに返していた。

  「ふふ……あなたらしいわね。」

  「あなたこそ。」

  しばらくのあいだ、ふたりは同じ静けさを分け合った。

  [uploadedimage:22975037]

  沈黙が綾を結んだその瞬間、虚のどこかで空気がひと筋だけ動いた気がした。

  風とも、遠い囁きともつかない微かな揺らぎがしのび寄り、

  その奥で、鳥の気配にも似た“ほのかな音”が

  一度だけ空をくぐり抜けたように聞こえた。

  まるで、これから動き出す世界の息を、遠くから聴いているように。

  「……動くのかしら。今度こそ。」

  「動くでしょう。あれだけ揺れている。」

  「揺れ、ね。」

  「揺れは兆しです。兆しは循環を歪ませ、歪みは……」

  「はいはい、また難しい話を。」

  龍の影は微笑ましく肩をすくめた。

  「しかし。」

  狼の影が続けた。

  その声は水底から湧き立つ深い響きを伴っていた。

  「歪みの先には、必ず“選ぶ者”が生まれる。

  選ぶ者がいれば、流れは形を変える。

  変わる流れは、時に世界を新しくする。

  私は…その瞬間がどうにも嫌いになれないんだ。」

  淡い虚の気流が彼の尾を撫で、その先で細い紐のような光が

  ほつれるように揺れた。

  「相変わらず。」

  龍の影は小さく笑い、その笑みは海霧のように融けた。

  「あなたって、本当に……そういうところ、可愛いのよ。」

  狼の影が一瞬むっとしたように沈黙し、

  その隙に龍の影は美しい尾を翻すように身を返した。

  「結び目にも終わりがある…それで充分ではなくて……?」

  その言葉だけを残し、淡い光の余韻となって消えていった。

  光が消えた後、虚の空気には雷鳴のこだまのような静けさが

  細く長く続いていた。

  残された狼の影は、ほんの少しだけ目を細め、

  しかしすぐに静かな満足を帯びた息を吐いた。

  「……ハーレン。」

  独りごちる声は、虚に吸い込まれ、

  次の揺らぎが訪れるその瞬間まで、

  また白い沙の淵に沈んでいった。