キールリンク

  大洋の孤島、キールリンク。

  廃墟と化した港町の郊外にあるウェストウェスト灯台跡には、牝のバシャーモのリラ、リラの赤子で牝のヒトカゲ、エリスがいた。リラはエリスを腕に抱えて灯台のバルコニーから海を眺めており、エリスは穏やかな寝息を立てている。

  リラは穏やかな眼差しでエリスを見つめており、彼女の頭を撫でながら、海風を浴びている。

  陽光が当たるバルコニーに立つリラの姿は、まるで彫像のように見える。海風で揺れるリラの体毛は金糸のようである。

  その様子を見ている牡のライチュウ、ライラと調査団のトップである牡のデンリュウ、団長は穏やかな光景に目を細め、灯台を照らす夕日を浴びている。

  ライラとリラが団長と再会し、数日が経過した。

  2人はこれまでの出来事を団長に説明した。当初は話を信用されないと考えていた2人だが、団長は2人の話をスムーズに受け入れた。

  目と脚を潰されたライラの身体が元通りになっている事を目の当たりにした団長は、2人の話に対して非常に柔軟であった。

  以降はライラとリラは団長と情報交換し、特にリラは団長との再会を喜び、子供のように興奮し深夜まで話をした。相棒の姿にライラは苦笑し、団長はそんなリラを愛おしむような目で見ていた。

  そうして過ごす事、数日が経過し、ライラ達はウェストウェスト灯台のバルコニーから近海の海域を監視し、帆船『ヴォセク』の到着を待っていた。

  時刻は夕暮れ、水平線に浮かぶ太陽は少しずつ沈み、辺りはオレンジ色に染まっている。美しい海原を眺めるリラは、腕の中で寝ていたエリスが目覚めたことにより、彼女にも夕暮れの海を見せている。

  エリスは大きな欠伸をし、再び眠りにつく。

  リラは母性に満ちた顔でエリスを腕に抱き、子守唄を歌っている。その姿を見たライラは穏やかな表情を浮かべ、ライラとリラを見守っている。

  リラに聞こえない声量で、団長が話し出した。

  「…今後の事ですが、ライラはどうするつもりですか?」

  団長に尋ねられたライラは、リラとエリスに視線を向けたまま、答えた。

  「…僕とライラの死亡が発表された後とはいえ…ワイワイタウンに住むのは危険過ぎます…勘づく者がいるかもしれません」

  「…」

  ライラの返事を聞き、団長は閉口した。

  「それならば…他の大陸か、或いは未開の地に引っ越そうかと思います。リラとエリスと共に…」

  ライラの考えを聞き、団長は優しく微笑んだ。

  「…10年ほど経過すれば、記憶は風化します。私も会いに行きますので、あなた達もたまには顔を見せてくださいよ?」

  団長の言葉を聞き、ライラは苦笑した。彼らの視線は海原に向けられ、赤く染まる海は非常に美しかった。

  上空から物音が聞こえた。

  ライラが視線を向けた先にはカイリューの高速便の姿があり、キールリンクの廃墟にゆっくりと降り立つ様子が見えた。突然の来訪者の出現にライラは眉根を寄せるが、団長は涼しい表情のまま、「来ましたね」と言い、来訪者に向かってバルコニーから手を振った。

  来訪者は地面に降り、カイリューに代金を手渡した。カイリューは再び空に舞い上がり、来訪者は灯台の螺旋階段を登り、やがてバルコニーに姿を現した。

  「待っていましたよ」

  団長は笑顔で来訪者に話しかける。

  来訪者、牝のクチートのウルスラは不機嫌な表情でバルコニーに姿を現し、手を振ってくる団長を見た途端、手に持ったボールを投げつけた。ボールは勢いよく飛んでいき、団長の顔面に当たり、「おうっ」という団長の呻き声がバルコニーに広がる。

  突然の出来事にライラとリラは目を丸くさせるが、ウルスラは団長を睨みつけ、声を張り上げる。

  「このアンポンタン‼︎私のデスクを勝手に荒らすなと何度も言っているだろうが‼︎」

  ライラとリラに目もくれず、ウルスラは怒声を上げる。わざわざ団長にお仕置きするために水の大陸から持ってきたボールがバルコニーを転がり、リラの腕に抱かれたエリスが嬉しそうな声をあげる。

  「だいたい、勝手に仕事を休むな‼︎まずは一言伝えろ‼︎だれが関係各所にれんら、くを…?」

  怒鳴り続けたウルスラは、団長の隣に立つライラとバルコニーから海を見ていたリラと目が合った。2人を見たウルスラは目を丸くさせ、不思議そうな顔で呟いた。

  「…え、と…初めまして?」

  既に死亡した筈の既知の顔と瓜二つの2人を見たウルスラは、理解できないといった表情を浮かべる。直後、リラは吹き出し、ライラはウルスラを見つめながら口を開く。

  「あんまり団長を怒ってあげないでよ…僕たちのためを思って行動しているからね」

  ライラはウルスラを見つめながら話しかける。彼の口調と姿から、ウルスラはライラとリラ本人である事を確信した。

  次の瞬間、ウルスラは大声で泣き始め、ライラに抱きついた。

  「この大バカ野郎‼︎勝手に行動したあげく、死んだら意味ないだろう‼︎」

  ウルスラの罵声を聞きながらライラは苦笑し、「すみません」と返した。ウルスラは泣きながらライラを抱きしめ、そのままリラに目を向け、大声をあげる。

  「リラも勝手に決めずに私達に相談しろ‼︎自分から滅びの道を進むな‼︎壊れる前に私達を頼れ‼︎」

  ライラを抱きしめながらウルスラは大声をあげる。普段は冷静なウルスラが感情を露わにした事にリラは驚きを隠せず、「すみません…」とライラと同じ返事をした。

  そのままウルスラは泣き続け、やがて落ち着いたウルスラは恥ずかしそうに俯いた。そんなウルスラを見たエリスは愉快そうに笑い声をあげ、リラは愛おしそうにエリスを撫でている。

  ウルスラはエリスに向かって「初めまして」と言い、笑いかけた。

  「この子の名前は?」

  ウルスラに尋ねられたリラは「エリスです」と応え、エリスの額に口付けしながら、母親の顔を見せた。かつての団員の新たな一面を目の当たりにしたウルスラは驚きの顔を浮かべ、視線を団長とライラに向けた。

  彼らもウルスラに向かって頷き、苦笑していた。

  それを見たウルスラはエリスに向かって微笑みかけ、穏やかな口調で話しかける。

  「初めまして、エリスちゃん…私はウルスラ、アンポンタンな団長や相談しないリラや勝手に行動するライラと違って…理知的なお姉さんだから、よろしくね」

  笑顔のウルスラはエリスに話しかけるが、彼女が怒りの感情に満ちているのは明白である。その事を理解している団長は「やれやれ」とため息をこぼし、肩を竦める。

  直後、ウルスラは笑顔のまま、団長とライラとリラに目を向け、静かな声で話し出す。

  「それじゃあ、全て説明してもらおうかな」

  彼女の笑顔を見た団長は身を小さくさせ、ライラとリラは調査団の新人時代に、ウルスラに手厳しく指導された記憶を思い出し、身を震わせた。

  バルコニーにはエリスの笑い声が広がっていた。

  *

  夕暮れの大洋を突き進む帆船『ヴォセク』

  甲板上では日が明るいうちに作業を終わらせようとする時の守護者達の姿があり、彼らはデッキの上で武器の手入れや荷物の運搬、ロープの張りの調整、入港の準備などをしている。

  操舵室には船長を務める牡のニョロボンの姿があり、彼の傍には航海士を務める牝のウェーニバル、ティトレリの姿がある。

  「…まもなくキールリンクへ入港し接岸します」

  ティトレリの報告を聞き、船長は頷いた。

  「日が沈みそうだな…」

  船長は廃墟と化したキールリンクを見渡し、小声で呟いた。通常の港町ならば灯台守や港湾労働者などがおり、船の入港を誘導したり灯りを焚いたりしている。だが、無人のキールリンクに灯りは一切なく、日が出ているうちに接岸する必要がある。

  船長は慎重に舵輪を回し、『ヴォセク』はゆっくりとキールリンクの港へと近づいていく。

  やがて、『ヴォセク』はウェストウェスト灯台の傍を通過し、キールリンクの桟橋に接岸した。甲板上では時の守護者達がロープを投げ、錨を降ろし、船を桟橋付近で停止させる。桟橋にはボートで先行した時の守護者の姿があり、彼らは投げられたロープを受け取り、次々と船を固定させる。

  一連の流れを見守った船長は安堵の息を吐き出し、ティトレリに目を向ける。

  「ヴィレム様へ到着の報告を頼む」

  ティトレリは頷き、操舵室の扉へと脚を運ぼうとした。

  直後、『ヴォセク』の船体が大きく揺れた。

  ティトレリは疑問を抱き、窓から甲板へと視線を向けた。

  *

  『ヴォセク』がキールリンクへ入港する少し前。

  甲板を見下ろす位置にある船室、そこはヴィレムが監禁部屋として使っており、室内には寝台の上で横になり、臨月を迎え、大きくなった腹を抱えている牝のゾロアーク、ニコルの姿がある。

  数日前、時の歯車とディアルガの秘宝を使い、ヴィレムはニコルの胎の子の成長する時間を強引に進めた。そのため、堕胎可能な時期を通り越し、ニコルは強引に臨月を迎えさせられ、もはや産む以外の選択肢がない状況となった。

  常軌を逸した環境に於かれ、ニコルの心は既に崩壊しつつある。

  敵に誘拐され、敵の子を孕まされ、堕胎できないように時間まで進められる。今のニコルに現実を受け止める余力はなく、ヴィレムから与えられる快楽に身を委ねるしかなかった。

  快楽に溺れない限り、ニコルは心を守れず、気が狂う事になると理解していた。

  ニコルはヴィレムから与えられる快楽に甘え、溺れ、自身の心をどうにか守っている。そのため、ニコルは寝台の上で横座りになり、子守唄を歌っている。穏やかな笑顔で子守唄を歌うニコルだが、彼女の顔はヴィレムの精液により汚されており、乳房には母乳と精液が混ざった体液が付着している。

  「…良い子に育ってね」

  虚ろな瞳でニコルは呟き、腹を撫でている。ニコルの瞳は己の腹に向けられており、彼女は子守唄を歌い続ける。

  扉が開いた。

  船室内に入ってきたヴィレムは寝台の上で横座りになるニコルを一瞥し、ニヤリと笑った。自身の種で孕ませた美女が、堕胎できずに臨月を迎え、出産の時を刻一刻と迎えつつある状況にヴィレムは興奮し、性器を勃起させた。

  ニコルの視界に自身を孕ませたヴィレムの性器が映り込み、それを見たニコルは微笑み、ヴィレムに向かって股を開いた。

  「…きて、もっと孕ませて…」

  乳房から母乳を垂れ流し、膣から性液を垂れ流すニコルの姿はヴィレムを誘っており、息を呑んだヴィレムはニコルの呼びかけに応じる。室内には牝の匂いが充満しており、寝台に上がったヴィレムは勃起させた性器をニコルの膣に挿し込み、ヌルヌルとした内部の感触を味わいつつ、腰を振り始めた。

  膣を出入りする性器の大きさと太さによる快楽がニコルに与えられ、彼女は嬌声をあげる。淫らな牝の顔でヴィレムを誘い、彼の顔を舐める。

  「たく…嫌らしい牝狗が」

  嬌声をあげながら乱れるニコルの姿を見たヴィレムは、にやにやと笑いながら腰を振り続け、やがてニコルの胎内で射精した。ニコルはその瞬間に両脚をヴィレムの腰に廻し、彼の性器を膣の1番奥へと押し込む。その感触でヴィレムは身体を震わせ、ニコルは大きな嬌声をあげた。

  直後、ヴィレムは船室の窓から外を見て、『ヴォセク』がキールリンクに到着した事に気がついた。

  「どうやら…キールリンクに到着したようだな」

  息が切れつつあるヴィレムは呟き、視線をニコルから完全に逸らしていた。

  ニコルという美女の胎内で射精し、孕ませ、ヴィレムの与える性的快楽に従うニコルに対して、ヴィレムは完全に油断していた。

  よもや、臨月を迎えたニコルが今更抵抗するはずがないと。

  「‼︎」

  ヴィレムの言葉を聞いたニコルは両脚の力を込め、ヴィレムを逃さないようにした。そのまま枕の下に隠していた分厚い本を手に取り、硬い背表紙で油断しているヴィレムの側頭部を全力で殴りつけた。

  船室内の本棚に置かれていた本はどれも分厚く、ヴィレムは興味を抱かなかった。そのため、本棚から一冊の本が消えたところで、ヴィレムは気づきもせず、ニコルを犯す事を楽しんでいた。

  その隙をつかれたヴィレムは、ニコルの脚で身体を固定されていた事もあり、ニコルの全力の一撃を側頭部に喰らい、大きく身体を仰け反らせた。ヴィレムの性器がニコルの膣から抜け、身体は寝台から落下し、床に後頭部を打ちつけた。

  室内に大きな物音が響くが、キールリンクの港への接岸のタイミングと重なり、接岸の時の音と振動により、室内の音は掻き消された。

  ニコルの口から息が漏れる。

  「…はぁ」

  鼻から血を流し、耳から透明な体液を垂らすヴィレムは失神しており、しばらく動けない状態なのは明白である。

  「…死ね、色好きのクソ野郎」

  それを見たニコルは小声で呟き、重たい腹を抱えて、地上へ脱出するために行動に移した。

  ノエタウンの教会ではグレーテやカウフマン、ヴィレムや時の守護者達の目があり、脱出できなかった。グレーテやカウフマンが死亡し、時の守護者の人数が大きく減った後も、帆船『ヴォセク』へ連れ込まれ、脱出したとしても洋上では逃げる術がなかった。

  だが、キールリンクという島に到着し、ヴィレムが油断している状況は絶好の機会といえた。

  ニコルは重たい腹を抱え、清潔なシーツと時の歯車とディアルガの秘宝を収めた重たいカバンを抱え、船室の扉を開けた。

  幸いにもヴィレムは油断し切っており、扉に鍵はかかっていない。またキールリンクへ到着した事により、時の守護者の大半は荷下ろしや接岸の対策に当たっており、通路には動く気配が感じられなかった。

  ニコルは重たい身体を動かし、通路を歩く。ヴィレムの出した精液がニコルの膣から流れ落ち、太腿を伝う。だが、ニコルはその感触を無視し、今は脱出する事を優先し行動している。

  ニコルは通路を壁伝いに歩き、『ヴォセク』の後方デッキへと出た。デッキには大量の物資が置かれており、ニコルはその陰に隠れ、デッキからキールリンクへ下ろされたタラップを探した。後方デッキには数多くの船員の姿があり、ロープと滑車を使った簡易クレーンを使い、物資をキールリンクへとして下ろしている。

  「…とりあえず降りないと…」

  側頭部を強打したヴィレムがいつ目覚めるか不明なため、ニコルは急いでいた。だが、船員はいずれもマスケット銃や剣で武装しており、臨月を迎えたニコルが戦って勝てる相手ではなかった。

  「…クソッ」

  以前のニコルならば、身軽な動きで船上から飛び降りる事が可能だったが、今のニコルは大きな腹を抱えているため、タラップから歩いて降りる必要がある。しかし、タラップの周囲には船員の姿があり、物資を桟橋へと下ろしている。

  脱出の機会を得たニコルだったが、見張りの船員がタラップの傍に立っており、周囲を警戒している。物資を下ろす作業はまだ時間がかかり、後部デッキにいる船員達が立ち去る様子もない。

  しかし、このまま船内に残っていても、意識を取り戻したヴィレムに見つかり、嬲られる未来しか残っていない。暴力と牝に飢えたヴィレムが、自身に殴りかかったニコルに何もしない訳がない。

  最悪な場合はニコルの手脚の骨を折るか、脚の腱を切り、動けなくした上で、次の魂の転生ための孕み袋として死ぬまで使われる可能性がある。

  ニコルは自身の想像力を呪いつつ、脱出経路が他にないか考えていた。

  直後、『ヴォセク』の船体が大きく揺れた。

  大きな腹を抱えたニコルは重心が取りづらく、危うく転倒する所であった。近くにあった窓枠に掴まり、ニコルは辺りを見渡した。後部デッキにいる船員達も驚いた表情で辺りを見渡している。

  桟橋と前部デッキから轟音と悲鳴が聞こえた。

  それに気がついた船員が前部デッキの方向を見た瞬間、後部デッキの中央にあるマストの上から監視役の時の守護者の死体が落ちてきた。

  「うわっ‼︎」

  突然落下してきた死体を見た船員は悲鳴をあげ、彼らの注意がマストの上にある見張り台と前部デッキに向けられる。

  (今だ!!)

  それを見たニコルは船室から持ってきたシーツで身を隠し、なるべく駆け足でタラップを降りる。大きく膨らんだ腹と乳房がニコルの動きを阻害するが、彼女は転倒しないように走る。桟橋にも時の守護者の姿があるが、焼け焦げており、一目で感電死しているとわかる。

  それを見たニコルは駆け足で桟橋を走り抜け、廃墟と化したキールリンクの街へと姿を消した。

  *

  『ヴォセク』がキールリンクの港にある桟橋に接近しつつあるのを視認した団長は、ウルスラから投げつけられたボールが当たった箇所を撫でつつ、視線を後方に向けた。

  「それじゃあ、ウルスラ…後は頼みましたよ」

  団長に名前を呼ばれた子守役のウルスラは「任せな」と応え、エリスを連れて灯台内にある堅牢な部屋へと入っていった。分厚い扉から鍵がかかる音が聞こえ、団長はバルコニーの物陰から双眼鏡を使い、『ヴォセク』に目を向ける。

  「ふむ…人質の姿はデッキ上に見えませんね…」

  団長は呟き、『ヴォセク』の甲板上の動きを確認している。同じくバルコニーの物陰に潜むライラは双眼鏡を使い、接近してくる『ヴォセク』の全体を見た。

  「つまり…今見える人影は全て敵、ということですね」

  ライラから質問された団長は双眼鏡から目を離し、頷いた。

  「おそらく人質は船室か倉庫か…どちらにせよ、まずは秘密裏に見張りを始末する必要がありますね」

  団長は小声で話し、上空を見上げた。

  灯台の1番上には火と油を使った発光部があり、その周囲には小さなテラスがある。発光部の機械の陰に隠れていたリラはゆっくりと歩いて移動し、テラスから『ヴォセク』を見た。

  「それじゃあ、始めますか」

  団長が呟き、リラに向かって手を振った。

  リラは団長の合図を視認し、何度か足踏みをした。

  「さてと…始めるか」

  リラは独り言を漏らし、全身に力を込めた。直後、リラの脚の筋肉はバネのように弾み、リラは灯台の頂上から跳躍した。

  微かな風切音がリラの耳に届く。

  リラの身体は港の上空を飛び、桟橋へ接近しつつある『ヴォセク』に側方から近づき、前部デッキにあるマストへ着地した。

  軽やかなリラの動きは猫のようであり、一切の物音が聞こえなかった。ふわりとマストに着地したリラは、音を立てずにマストの上を走り抜け、見張り台にいる船員に襲いかかった。

  見張り台の船員は近づきつつある桟橋との距離や周囲の岩や廃棄された船の残骸を警戒しており、マストの上を駆けてくるリラの存在に気づかなかった。リラは見張り台の中に入り、船員が反応するより早く、船員の首に腕を回し、自身の重心を移動させながら首の骨を折った。

  見張り台の中にゴキッという音が広がるが、デッキの上にいる守護者達は誰も気づいていない。

  リラは船員の死体を見張り台の中に転がし、マストの上に出た。リラは再び跳躍し、勢いをコントロールしながら後部デッキにあるマストへ着地する。

  「あっ」

  後部デッキのマストにある見張り台の中には、手持ち無沙汰な見張り役の船員がいた。飛来してくるリラを見つけた船員は呆けた声を漏らしたが、彼が呼び子を吹くよりも早くリラは着地し、マストの上を駆け、音を立てずに船員に襲いかかる。リラはナイフで船員の手首を浅く切り、呼び子を落とし、続けて船員の首を切り裂いた。

  直後、『ヴォセク』が桟橋に到達した。

  リラは首を切られて暴れる船員を拘束し、口を塞ぎ、音と気配を殺した。マストの下には何人もの船員が集まり、ロープを下ろし、物資を運び出す準備をしている。

  その頃になると見張り役の船員は絶命しており、リラは腕の力を抜いた。

  だが、リラは致命的なミスをした事に気がついた。

  「やばっ…」

  船員の首から流れ出た血液が見張り台の中に広がり、マストを伝い、後部デッキに落ちる可能性が生じている。その事に気がついたリラはため息をつき、独り言を漏らした。

  「…まだ、この身体では本調子が出ないわね」

  リラは呟き、見張り台の中から手だけを出し、灯台へ合図を送る。

  一方、双眼鏡で見張り台を見ていた団長はリラの合図を視認し、物陰からゆっくりと立ち上がる。

  「さてと…」

  バルコニーから地面を見た団長は、既にライラが移動を開始しているのを確認した。団長はくすりと笑い、手にエネルギーを溜める。

  「…それでは、味わって頂きますか」

  団長が右手を振った。

  直後、よく晴れた夕暮れ空から雷が落ち、『ヴォセク』の前部デッキに直撃した。船体は大きく揺れ、その一撃はマストの根元に命中し、破壊されたマストが大きく傾く。前部デッキにいた船員達は悲鳴をあげ、その場に屈み込んだ。

  その光景は桟橋を見張る時の守護者達からも見えており、彼らの注意が前部デッキに向けられた瞬間、桟橋を駆け抜けてきたライラが10万ボルトを放った。強力な電撃は時の守護者達の身体を貫き、身体は焼け焦げ、瞬く間に感電死した。

  ライラはそのまま駆けて行き、タラップを駆け上がり、前部デッキへ降り立った。

  「お待たせ」

  ライラはウインクしながら声を出し、チャージしていた強烈な電気技を前部デッキで解き放つ。辺りに悲鳴が広がり、船員達は逃げ惑う。

  その間、後部デッキでは見張り台からリラが落とした船員の死体に注目が集まり、彼らはマストを見上げた。

  直後、見張り台から飛び降りたリラが彼らの傍に着地し、上を見上げて隙だらけな身体をナイフで次々と斬り裂いた。辺りに鮮血が飛び散り、船員達の悲鳴が広がる。

  だが、リラは止めを刺さずに後部デッキを駆け抜け、前部デッキへと向かう。そして、真っ先にライラと合流し、互いの身の安全を確保する。

  「リラ‼︎」

  ライラは彼女の名前を呼んだ。それを耳にしたリラは身体を仰け反らせ、ライラの射線から回避する。直後、ライラの放った電撃の矢がリラの傍を掠め、船員達に直撃する。リラはそのままデッキを転がり、腹筋の力だけで起き上がり、ライラの後方から接近していた船員に向けてナイフを投げつける。

  ナイフが腕に刺さった船員の動きが鈍る。

  その隙を見逃さなかったリラは船員の首を蹴り折る。続けてライラに近づきつつある時の守護者を蹴り飛ばし、その身体はマストに直撃し、首があり得ない方向を向く。

  操舵室にある窓が開き、中からティトレリが声を張り上げた。

  「殺せぇぇ‼︎」

  船室内に居た時の守護者達は、彼女の命令に従い、窓からマスケット銃やライフル銃の銃口を出し、前部デッキに向けて発砲する。ライラとリラはデッキを駆け抜け、マストの陰に隠れる。

  マストに大量の銃弾が撃ち込まれる。

  デッキに木片が飛び散り、ライラとリラはマストの陰で身体を小さくさせる。その様子を見たティトレリは勝ちを確信し、守護者達に交代で発砲するように命じた。

  直後、団長の放った雷が折れかけたマストの中間部に命中し、マストの破損が大きくなる。

  「今だ‼︎」

  ライラが叫んだ。

  破損したマストを見上げたリラは腕に力を込め、マストに拳を打ちつけた。落雷がマストを破壊し、リラの拳による衝撃がマストを揺らす。直後、マストは破損部から傾き、操舵室と船室に向かって倒れていく。

  操舵室にいたティトレリと船長は倒れてくるマストを見上げ、呆然とした表情を浮かべた。2人の身体にマストの陰がかかり、彼らの足は竦んでいた。

  巨大なマストと帆が操舵室と射手が潜む船室に直撃し、『ヴォセク』全体が大きく揺れた。操舵室は潰れ、舵輪が破壊され、木片が刃のように飛び散り、船長の身体を串刺しにした。

  操舵室の中に居たティトレリも、巨大なマストが倒れてきた衝撃も正面から受け、そのまま吹き飛ばされた。ティトレリの身体はマストに潰されずに済んだが、吹き飛ばされた勢いで壁にぶつかった。

  「っ‼︎」

  ティトレリが最後に感じたのは、後頭部への強い衝撃であった。

  辺りに鈍い音が広がり、ティトレリの瞳孔は開いていた。

  彼女の身体は壁諸共吹き飛ばされ、『ヴォセク』の船上から空を飛び、海へ落下した。

  船体への衝撃により他の船室にいる時の守護者たちは怯み、デッキへの銃撃が止んだ。

  「行くぞ‼︎」

  リラが叫び、ライラとリラが駆ける。

  彼らはマストから離れ、素早くデッキから船内へ侵入する。船内の通路に飛び込んだライラとリラは、通路に立っている時の守護者達に襲いかかり、続々と息の根を止めていった。

  通路の奥からマスケット銃を構えた時の守護者達が現れるが、彼らが発砲しようとした瞬間、ライラは牽制の電撃を放つ。守護者達は怯みながらも、マスケット銃の引き金を引こうとしたが、彼らが怯んだ間にリラはスライディングで接近し、マスケット銃を蹴り壊していった。

  追い打ちをかけるように、ライラの電撃が時の守護者達の身体を焼き、通路に死体が積み重なる。

  ライラとリラは通路を駆け抜け、幹部であるヴィレムが使うであろう、士官用船室を探した。やがて、操舵室の前を通過したライラとリラは、潰れた操舵室内のを見渡し、床に倒れている船長の死体を見つけた。壁には大きな穴が開き、そこから海が見えている。

  「…人質とヴィレムはどこだ?」

  リラは呟き、近くにある士官用船室を見て回った。その間、ライラは通路を警戒し、姿を見せた時の守護者に対して電撃を放っていた。

  やがて、士官用船室を全て見て回ったリラが通路に出てきた。ライラと目を合わせ、リラは首を左右に振った。

  「…どの部屋にも居ない」

  「まさか…船員の相部屋をヴィレムが使うのかな…」

  リラの報告を聞き、ライラは疑問の声をあげる。リラも首を傾げるが、ヴィレムがキールリンクの廃墟へ逃亡している可能性が考えられる。

  ライラとリラはヴィレムを追い、廃墟に向かうべきか考えていたが、リラは壁に開いた大穴から外を見て、声を漏らした。

  「…やばぁ…」

  壁の大穴から見えた光景、それはモロー率いるレシラム教騎士団の遊撃隊が空を飛べるポケモンの力を借り、『ヴォセク』へ接近している光景である。

  元円卓の一員であり、異端審問官を務めていたリラが彼らに見つかるのは、リラが生まれ変わったと知られる危険性があるため、リラとライラは急いで船から退避した。

  リラとライラが騎士団に見つかる前に船外へ退避し、灯台へ到達した頃、『ヴォセク』の船上にはモローや遊撃隊第一小隊の面々、カフカ、エミル、フランツ、そして包帯だらけのオズワルドが降り立った。

  船上でパニックに陥っていた時の守護者達はオズワルド達に武器を向けるが、モロー率いる第一小隊の騎士達の素早い剣技が彼らを討ち倒す。

  モローは剣先についた血を振るい落とし、声を張り上げた。

  「ヴィレムと人質を探せ‼︎他は斬り捨てて構わん‼︎」

  モローの指示が甲板上に響き、怯えた守護者達が我先にとタラップへ駆け出し、逃げ出そうとした。だが、先行して地上に降りている騎士達が彼らを迎え討ち、次々と斬り捨てていった。

  その光景を見下ろしたカフカは驚きの表情で、モローを見た。

  「おいおい…流石に問答無用の斬り捨て御免はやり過ぎじゃないのか?」

  カフカに尋ねられたモローは首を左右に振り、はっきりとした口調で応える。

  「ノエタウンの教会で降伏すれば、捕虜として受け入れます。しかし…彼らは時の守護者の残党…降伏せずに逃げ出しているため、その機会は失われました」

  モローの言葉に騎士達が頷く。

  それを見たカフカは驚いた表情のまま、「そうか」と返し、辺りを見渡した。

  「それにしても…マストが破壊され、操舵室も潰れている…何が起きたんだ?」

  カフカの疑問の言葉を聞き、オズワルドも辺りを見渡した。前部デッキは制圧できたが、後部デッキのタラップから時の守護者達は桟橋に降りており、桟橋にいた騎士と交戦している。その隙に時の守護者達の一部はキールリンクの廃墟へと姿を消している。

  状況をいち早く把握したモローは、他の騎士達に命令を出した。

  「時の守護者の残党が街の跡地へと逃げているぞ‼︎1人残らず排除せよ‼︎」

  モローの命令を聞き、武装した騎士達が街へと向かう。一部の騎士はウェストウェスト灯台へと向かい、時の守護者達が時渡りできないように先回りしている。

  その光景を見たオズワルドの視界に、見慣れた姿が映り込む。

  「これはこれは…騎士団の皆さんにオズワルド…お久しぶりですね」

  タラップを登ってきたのは団長であった。団長は甲板上にいるモローや騎士達、オズワルド、カフカ、エミル、フランツの注意を引き、笑顔で話し始める。

  「歴史調査の一環でウルスラとこの島に来ましたが…この船の乗員からマスケット銃で撃たれましたね」

  「…傷はありますか?」

  団長の話を聞いたモローが尋ねるが、団長は首を左右に振る。

  「幸いにも弾は当たりませんでしたが…私は危害を加えられたら全力で抵抗します」

  団長は笑顔で話し、マストを指さした。マストには落雷により焦げた跡があり、それを破壊したのは団長自身であると暗に示している。モローは倒れたマストと団長を見比べ、静かな声で尋ねる。

  「…団長がお一人でこれを?」

  モローの問いに対して、団長は自信満々に頷く。

  「はい、なにせスタイリッシュな私ですから…帆船のマストを折る事など、造作もありません」

  モローは甲板上に倒れている死体に関して尋ねていた。しかし、『これ』という曖昧な表現を使っていたので、団長は自身に都合が良い意味で捉え、応えてみせた。

  団長の姿を見たモローは、静かな声で応える。

  「…わかりました、しかし…ここからは戦場になります。軍人以外の方には退去して頂きたい」

  モローの要請に団長は「わかりました」と素直に応え、タラップから降りて行った。モロー達は団長の背中を見送り、息を吐いた。

  モロー達が団長の方を見ている間に、ライラとリラ、エリスを乗せたカイリューの高速便は離陸しており、既に島にいなかった。桟橋を歩く団長は夕陽に照らされた水平線上に見えるカイリュー達の影を見て、ほくそ笑んだ。

  「やれやれ…ヴィレムの首は口惜しいですが、我慢しますか」

  団長は独り言を漏らし、桟橋の端に立っているウルスラと合流した。ウルスラは周りに聞こえないように「エリスはリラに預けたよ」と話し、団長は笑顔で頷いた。

  「さて…我々も戻りましょうか…これから忙しくなりますよ」

  団長はウルスラに声をかけ、キールリンクの廃墟を一瞥した。

  島の奥から銃声が響いた。