「……。」
濡れていた。パジャマのズボン。度重なる淫夢。もう何度目だろうか。なんだかもう、慣れすぎて悪夢を見ても絶叫すらしないようになってしまった。
いつもの天井。いつもの日差し。もう何度手を伸ばし、自分がまだ人間であると確認しただろうか。
「クスクス。……アキ。お盛んだニャ~。」
などと笑う、橙色の猫の顔をした風船のようなマスコット、ミーク。人の気も知らないで。怒りに任せて軽く蹴りを入れて、僕は服を脱いだ。
「ニ゛ャッ! 暴力反対に゛ゃ~!」
不満を漏らすマスコットを無視して、急いで洗面所へ。早く洗わないと染みになってしまう。洗剤で軽く洗ったのちに洗濯機を回す。浴室でシャワーで身体を洗い、洗面所から鳴るゴウンゴウンという洗濯機の音が、少しずつ寝起きの頭を覚醒させていく。
「あ、洗剤……。もう少しで無くなっちゃう。買い出しに行かないとなぁ……。」
一人暮らしをしていると、物寂しさか独り言が多くなってしまう。ミークは放し飼いの猫のようなものだし。
ただ、両親がこの場に居ないのは、ある意味救いだったように思える。もし、夢の中みたいに怪人になってしまった自分が、自らの手で殺めないという道理はないから。
そんな物騒な考えを、頭を左右に振って振り払う。ポケットからお財布を取り出し、中身を確認すると、大きな買い出しをするには心もとない金額。できるだけ多くの現金を持ち歩かないようにしているのもあるけれど。
とりあえず、今日は銀行に行こう。そして、帰り道に買い出しをしなければ。他に何か買わなければいけないものがあっただろうかと、台所、冷蔵庫の中をチェックして残り少ない物や今日使うものなどのメモを取る。
そういえば今日の日付を確認していない。携帯電話の電源を押すと、待機画面に映る日付は……。
「ティーガと戦った日の後……か。」
学校に襲撃に来た、悪の組織ダークビーストの虎怪人ティーガ。そう昨日は彼を何とか撃退したのだ。つまりそこまでが現実。あれは夢。だけど夢とは言え僕の心には深い傷跡が残っていた。
リモコンのスイッチを押してテレビの電源を入れると、ちょうどそのニュースが流れているところ。
「こちらが現場となります。突如学校を襲撃した着ぐるみを着たテロリストたちは教師と生徒十数名を拉致し、姿を消した模様です。彼らの安否は未だ不明で、テロリストたちからの要求も未だありません。」
緊迫した表情を作ったリポーターがマイクを片手に伝える言葉。警察が何か犯人たちの情報が無いか、調べている様子を映し出すカメラ。彼ら一般人を、身近な人たちを守るために、魔法の戦士になったというのに、守ることのできなかったという体たらく。
「……僕は、無力だ。」
拳を握るも、振り下ろす先は存在しないもどかしさ。胸が苦しい。
「……アキ。負けちゃダメニャ。きっと皆、アキの助けを待ってるニャ。だから……頑張るにゃ!」
あまりにも胸が苦しくて、励ますつもりのそのミークの言葉に、僕は何も返すことができなかった。
[newpage]
学校は休みだ。あんな騒ぎになったのだから当然だろう。手早く適当な服に着替えて、銀行へと向かう。両親からもらった、自分の生活費を入れるキャッシュカード。それの入った財布を落とさないように深くポケットに入れて。
銀行は自宅から結構歩いたところにある。並木通りを通って、住宅街を抜けたところにある大通り。結構早めの時間に来たのにも関わらず、カウンターは人が並び、待合室は込み合い、ATMの方にも列ができている状態だ。仕方なく列の最後尾へと並ぶ。
待ち時間。進まない列にイライラし始めた人が出たころ、事件は起きた。
爆風と共に強化ガラスが突然割れ、轟音が響く。突如、空間に裂けた穴から飛び出してくるのは、ダークビーストの戦闘員、獣兵の群れ。そして。
「やっぱ悪の組織と言えば銀行強盗! よくわからないけど、そう命令されたからには、オイラ頑張っちゃうぞぉ!」
穴の中から最後に出てきたのは、整った筋肉をした狼男。狼怪人のヴォルフ。筋骨隆々ながらスレンダーさも兼ね備えた、古代芸術のようなそんな体躯をした銀毛の人狼。身に着けているのは革製のズボンだけ、上半身は裸で逞しい胸筋、そして胸元の毛がもっさりしている。そんな凛々しい姿に比べて、どことなく無邪気さを持つ声がアンバランスさを感じさせる。言っていることは全然かわいくないが。
「あっ! アキじゃ~ん! リゼルグのアニキも、ティーガのアニキも会いたがってたけど、オイラも会いたかったぞ~!」
両手を広げて、歓迎の意を示す狼に僕はとっさに物陰に走った。変身するところを見られたくないのだ。正直言って恥ずかしいし、なにより直接変身する場面を見た人には、魔法の力による認識阻害が効きにくいという点もある。
人々が逃げ惑う中、速攻で物陰から出て彼らの前に立つ。変身中は攻撃しない約束でもあるのか、彼らは律儀に僕を待っていた。逃げる人を追うこともせず。
「準備できたか!? それじゃあ、一緒に遊ぼうなぁ! よわっちぃ人間をいじめるよりは、アキと戦った方が面白いからな! アォオォォオオオオン!」
ヴォルフが吠える。きっと何らかの命令が含まれる吠え声で、獣兵たちにはその命令が届いたのだろう。彼直属の獣兵たちが散開する。幹部直属の彼らは皆、それぞれの幹部の元となったであろう動物の顔。つまり狼頭だ。
獣兵の一人が、こちらに一番槍として飛び掛かる。口を大きく開け、肩に向けて飛び掛かるのを最小限の動きで躱す。しかし、避けようと動いたところに二人目の、さらに動くと三人目。まるで狼の狩りのように、こちらの体力を疲弊させようと動く、統率された獣の群れ。
魔法を使って対処しようと考えて、少し動きが止まる。氷。電気。その二つの魔法に対しての嫌なイメージが拭えない。夢の中とは言え、敗北につながった恐怖は決して小さいものでは無い。故に選ぶ魔法は。
自分の周囲を覆う風船のような空気の膜。飛び掛かってくる彼らの攻撃を全て防ぐ、まるでクッションのように。そしてその空気の膜の反発力を思いっきり魔法で強化すると、まるで弾丸のようにコンクリの壁に向けて彼らは発射された。壁にめり込み戦闘不能に陥る獣兵たちを見て、ヴォルフが唸る。
「やっぱ、アキはつええなぁ!こいつらじゃやっぱダメかぁ!」
様子を見るように腕を組み、尻尾を不機嫌そうに左右に揺らしていた狼男がついに動き出す。鋭い爪を振りかざすと、魔法によって生成された空気の防御膜は切り裂かれ、クッションとしての役割を終えたかのように激しい音を立て萎んだ。
咄嗟に抜き手で突きだされた爪を、空手の受けのような動きで捌く。そうするとヴォルフの片足が浮いたかと思うと、鋭い速度で放たれるミドルキックが飛んできた。それを、片足を軸に回転させた回し蹴りで咄嗟に応戦した。
お互いに致命打を与えられない格闘戦。しかし魔法を使う隙を与えてくれるわけでは無い。どうしたものかと思案しながら戦える相手でもなく、ただただ時間が過ぎるが、その場合、無尽蔵の体力を誇る怪人に比べて、スタミナが圧倒的に少ないこちらの方が不利なわけで。
賭けに出るしかなかった。今まで試してこなかった魔法の使い方。
「ほらほら!アキっ、考え事しながらだとオイラは倒せないぜッ!」
そうヴォルフが言っているが無視して集中する。それは例えるならプログラムのコードを切れ切れにするようなもの。一行でおさまる所を何行にも分けて描写する、傍から見たら怒られそうなコードの書き方。
しかし、それでもプログラムは動くのだ。だというなら、魔法でも。そして。
「僕は賭けに勝ったぞ!ヴォルフ!」
足元のコンクリートの床がせり上がりヴォルフを打ち上げる。天井に激しくぶつかり彼は大きく息と胃液を吐いた。
「ゲホッ……!魔法を使う隙なんて与えなかったのに……。クソッ……撤退するぞ、お前ら! アオオオォォン!」
再びの遠吠え、それを聞いた彼の配下たちは散り散りになって逃げだす。そして彼も部下が撤退するのを確認し、しんがりを務める。
「逃がすかッ!」
僕はヴォルフを追いかけた。だけど僕は気づいていなかったのだ。彼らは異次元の穴を通って逃げられるはずなのに、走って逃げたその理由を。彼らの真の目的を。
空中で空気の塊を踏み、飛び上がることで彼らを追跡する。ビルの壁を蹴り、屋上をピョンピョンと飛び跳ね、経由していくうちに、屋根が低くなり、住宅街になり、そして、たどり着いたのは町のはずれ。その森の入り口だった。
[newpage]
道も碌に舗装されていない森林地帯。その中に彼らは逃げ込んだ。もしかして、この中に彼らの本拠地でもあるのだろうか。そう思って歩みを進める。
森の中は信じられないほど静かで、草木の音、鳥の声、虫の動きさえも感じられない。その異様な状況に、背筋が少し冷える。そんな中、突然足音が聞こえたとしたら、驚かないなんてことがあるだろうか。
「っ……!?」
森の奥から聞こえてくるのは足音、土を蹴る音と強い呼吸音。どうやら何者かが走ってこっちにやってきている。新手か、思わず拳を握って半身に構える。
「ハァッ……!ハァッ……!だれか……助けて……!」
森の奥から現れたのは、学生服の男子生徒。自分の通う高校の制服だ、見間違うはずもない。彼はこちらを見て、ぱぁっと明るい表情を見せた。
「ひ、人がいる! すみません! 助けてください! 俺、悪い奴らに拉致されて……! って……六道くん?」
こちらの顔をまじまじと見つめられ、自分の名前を呼ばれて飛び上がりそうになる。なんで、名前を知っているのか。僕は彼の事を知らないというのに。
「あっ、君は、先生たちの間ではサボリ魔で有名だからね。俺の事は知らなくても当然だよね。俺、六組の橋場。 あ、六道君、お願いだ! 俺以外にも一杯、人が捕まってるんだ! ちょっとついてきてくれ!」
彼は踵を返して、こちらを急に先導しだした。 それを無視するわけにもいかず、僕はついていく。何か、妙な違和感を覚えたが、それが何なのか。直感が警報を鳴らしているが、その正体がわからない。
そんな中突然、彼が転んだ。凄い音をたてて、土煙が舞う。
「……大丈夫?」
そう言って彼に手を出した時、自分の手にはめられた手袋を見て、僕は違和感の正体に気が付いた。変身を解いたわけでもないのに、どうして彼は、僕が同じ高校の生徒である、六道 アキだと気が付いたのだ?
認識阻害で、普通の人間には僕の顔なんて碌に見えないはずなのに。その問いの答えと言わんかのように、彼の口が耳元までニィっと裂け、出した僕の手を力強く握りしめた。彼の手首から毛がぞわぞわと生えそろい、彼の頭部が変形する。
「ああ! ヴォルフさま! 俺! やりました! ガガガガガ! ガウッ!」
見る見るうちに同じ学校の生徒だったものは、その肉体を変異させ獣兵へと姿を変える。ギラギラとした目は、瞳孔の形をかえ、マズルが伸び、その獣相が強まっていく。だらだらと牙の隙間からよだれを垂らし、彼はヴォルフの名前を呼んだ。
強く握りしめられた手を振り払おうとするも、ありえない握力で掴まれ振りほどけない。身体能力を魔法で強化しているものの、彼らと単純な力勝負をできるほど強い腕力は無いのだ。あっという間に地面に引きずり倒された。
「よくやった! 新入り! 今日からお前もオイラの群れの一員だ!」
木の上からヴォルフが音もなく素早く降り立つ。ガサリと周囲の草むらをかき分け、彼の配下たちも僕を囲んだ。僕は負けてしまったのだ、また。
[newpage]
狼は、まず、群れのリーダーが獲物に口をつけるらしい。というのは、何のテレビ番組で見たんだっけか。地面に倒れた僕の目の前に広がるのは、大きな狼男の口。並ぶ鋭い牙。ひと際大きな犬歯。ひらべったい舌がうねり、もう辛抱たまらんと言っているように見えた。
思いっきり肩を掴まれ、首筋に噛みつかれる。鋭い牙が薄い皮膚に食い込み、血がダラダラと流れ出す。じくじくとした痛みと共に、彼の口から流れ出る唾液が血管の中に流し込まれていった。
普通なら死にそうなほどの傷のはずなのに、その痛みがとても甘美なものに感じられて、思わず口から恍惚の声が漏れる。
「ぅぁ……♡ はぁぅ……♡ ぁっ……♡」
「狼男に嚙まれて、死なずに生き残れたら狼男になるって、アキは聞いたことないか?」
ニタニタとヴォルフが笑う。その表情は、負けた僕を嘲笑うのではなく、ようやく楽しみにしていた自分の番が来たと、そう言っているように見えた。あれほど血が流れたのに、僕はまだ死んでいない。魔力が治癒能力を向上させ、あっという間に傷を塞ぐのだ、即死しない限り。
「オイラには、一つだけアニキたちにはない能力があってさ……。死ぬまでに一度だけ、気に入った人間をツガイに……、オイラと似た狼に変える力があるんだ……♡」
ゾクリと背筋が凍る。狼の口が大きく裂け笑みを浮かべた、心底嬉しそうな笑顔。夢なら覚めて。目を瞑り、何度も念じる、覚めない。嫌だ。嫌だ。助けてよ、誰か。
「なぁ、アキ。そんなに悲しそうな顔しないでくれよ……。オイラ、今とっても嬉しいんだ。ずっと、ずっとオイラ達はアキと一緒になりたいって思ってたから……。あれ……なんで、オイラ達、敵であるはずのアキに、そんな風に思ってたんだっけ……?」
ぎゅっと狼男の太い腕が僕を抱き起こす。暖かい毛皮の感覚。それが嫌ではないのが恐ろしい。彼らは人間のことなんて、何とも思っていない化け物たちのはずなのに。なぜ、彼の腕の中がこんなにも落ち着いてしまうのか。
そして、ついに変身が始まった。
全身を襲うゾワゾワ。彼とお揃いの銀色の毛、それが徐々に生えそろっていく。膨れ上がる筋肉、沸騰しそうな血液、心臓の鼓動が激しくなって、視界が歪む。服が裂ける音、骨が変形していく音、両手からは鋭い爪が伸びる。どう考えても痛みが無いとおかしいような肉体の変化。それなのに、全身を襲うのは快感。
それが怖かった。恐ろしかった。でも優しく腕の中で抱かれていると、安心してしまう。受け入れてしまう。この変化を。そして彼らを。
頭蓋の変化さえもおこり始め、目の前には伸びたマズルが。口からは歯が抜け落ち、牙へと生え変わる。耳が顔の横から上頭部へ移動すると、なんだか今までよりも世界中の音が澄んで聞こえる気がした。最後にお尻の方から尻尾が伸びると、それは自分の意志に応じて左右に揺れた。
「……似合ってるよ、アキ。あ、でも新しい名前を付けないといけないんだっけか。ん~……ファラ……。ファラにしようか……。ようこそファラ! オイラの群れへ。」
そう言って狼男は僕の鼻先にマズルをこすり合わせた。人狼と化した僕の脳内は、それが彼からの親愛からくる行為だということがわかった。わかってしまった。
「ファラ……。フェロモン出てるぞ……♡ オイラとそんなにシたいのか……?」
スンスンと嬉しそうに鼻を鳴らすヴォルフ。人狼と化した僕の身体は、無意識のうちに強い雄を求める。求めてしまう。身体の奥底がキュンキュンと疼いてしまう。彼がとても魅力的に見えてしまう。僕は、魔法の戦士なのに。世界を守る為に戦わないといけない相手なのに。
「ヴォルフ……。僕、どうしたらいいのかわからない……。」
涙がこぼれた。今まで生きてきた中、培われてきた倫理や常識と言ったものが、徐々に彼らのものへと書き換えられていくのを感じる。それが、最初はとても嫌な感じがしていたのに、今はそれがとても心地いい。それが嬉しいのか悲しいのか、激しく揺れる感情。もう何が正しくて、何が悪いのかすら、わからない。
そんな僕の涙を、彼の指がすくい、そして言った。
「ファラ……大丈夫。君はオイラが守るよ。……今度こそ。」
彼のかけてくれたその言葉がなんだか優しくて、うれしくて。僕はふっと緊張の糸が切れたのか、彼の腕の中でそっと目を閉じ、意識を手放した。
[newpage]
僕は今、ダークビーストの基地に居る。
変化してしまった肉体、変化してしまった思考。こんな姿で、さらに歪まされた思考は、この世界の彼ら人間たちに対して、まるで下等生物だと思うようになっていってしまっているのもあって、もうあの世界には僕はもう戻れないのだなという感覚があった。
変化した僕は、なんだかんだ彼らに歓迎され、今は基地の中を見て回ることくらいは許されるようになっていた。命令を受けて魔法戦士たちと戦うのを強要されることもない。どうやらヴォルフが僕を外に出すのを嫌がっているのだと戦闘員である獣兵たちの間で流れているうわさ話で聞いた。
基地の中をうろつくと、いろいろな発見があって面白い。彼らの生活の片鱗。捕虜を捕まえておくための全面真っ白な部屋。食堂に出てくる食事は、なんだかディストピア飯かのような板状の何か、カラフルな粒状の物質。あとはゼリーやらなにやら。人間の肉ではなくてホッとする辺り、僕はまだ堕ちきってはいないのかもしれない。
基地の中で虎怪人のティーガやトカゲ怪人のリゼルグともすれ違った。彼らが僕を見る目は、なんだか寂しそうで、自分が選ばれなかったのを悲しむのと、そして何かを懐かしむような、そんな眼差し。そのことについて話したこともあったけれど、理由はわからなかった、お互いに。
そんな僕のもっぱらの仕事は、夜、ヴォルフの部屋で彼を待つこと。大きなベッド。その上で裸になって。疼いて発情してしまうこの身体は、彼を誘うフェロモンを放ち続ける。
「たっだいま~っ! ファラっ! 今日もいい匂いがするなぁ……。」
嬉しそうな雄の狼の声が部屋に響く。その声を聞いて僕は笑みを浮かべてそっと抱き着いた。全身を包む、互いのフェロモンの香り。それを嗅いだら、昂ってきたのか彼は余裕なさげにズボンの留め金を外し、自らの下半身を露出させた。
「何度も、何度でも、オイラは君を愛し続けるよ……。」
鼻先を何度もこすり合わせ、互いの気持ちを確認する。目の前の狼がどうしてこんなにも愛おしいのか。そっと彼から身体を離すと、ベッドの上で四つん這いになり、誘うようにお尻を向けた。尻尾を立ち上がらせると、彼の目的の部位が彼の目に露わになる。
「かわいいよ、ファラ、今日も一杯注いであげる……。」
「うんっ……♡ ヴォルフっ……♡ はやくきてっ……♡」
発情した身体は、早く犯されたいと、彼に向けて媚びた声を出す。その鳴き声に応じるかのように雄狼はのしかかるように身体を密着させてくれる。背中に感じるゴワゴワの毛皮。毛皮同士がこすれ合うと、温かくて気持ちいい。とても安心できる。
僕たちの身体が密着すると、思いっきり下の穴へと温かく湿った感覚が加えられる。濡れた肉棒。脈動し猛る。その狼のモノが力強く、ゆっくりと中に入ってくる。
「あ゛はっ……♡」
彼の狼のようなペニスが下の穴を突く。ケダモノと化したこの身体はそれがわずかに体内に擦れるだけでも快感を発し、胸がときめく。もっと、もっと欲しくなる。もっと、もっと求めてしまう。彼の愛を。
「ああ、ずっと、こうしたかったんだ。オイラは……♡」
ヴォルフが言った。ずっと、って何時からだろう。僕とヴォルフは知り合ってそんなに時間が経っていないはずなのに。それも敵同士だったはずなのに。
「オイラと居る時に、そんな風に考え事しちゃだめだぞ、ファラ……♡」
意識を行為へ向けるため、ずんっと彼は奥を突く。中で疼いていた器官、前立腺を激しく突かれると、意識は快感を求める方向に進み、思考は乱れていく。考えがまとまらなくなる。
「ハッ、ハッ、ハッ♡」
「ん゛んっ♡わぅ♡ぅぅ゛ん♡」
腰を振る、奥を突かれる、乱れ合う。荒い息、毛皮にこすりつけられる彼のマズル、尻尾が彼の身体に触れてこすれる。ツガイを逃がさないように、上にかぶさった狼は僕のうなじに優しく、それでいて力強くかみついた。甘い痛み、甘い快感、混ざりあう。
「ぐるるっ、ぐるるっ、ぐるるっ♡」
「がううっ♡わぅん♡くぅんっ♡」
もはや言葉が出ない。ケダモノたちの鳴き声、唸り声が部屋に響く。彼にもっと気持ちよくなってもらうために腰を振る僕の姿は、傍から見ると、きっと無様に見えたことだろう。でも、気持ちよくて、僕は幸せだった。彼らの仲間に入れてもらえて、僕は幸せだった。
ついに限界が来たのか、中で彼が膨らむ。栓をする。大量の精液が流し込まれても、こぼさないように。ぎゅっと抱きしめられる力が強くなる。流し込まれる精液の感触。僕の体内からあふれ出る快感がベッドを汚していく。僕はずっと、ずっとその余韻に浸っていた。浸っていたかった……。
[newpage]
「……ファラ。ようやくこの世界がオイラ達の手に堕ちたよ。もう、戦わなくていいんだ。オイラ達……。」
あれから何日が過ぎたのだろう。ヴォルフが嬉しそうにほほ笑んだ。基地の中から出ることを許されない僕は、外の状態がわからないし、日付の感覚もない。けれど、愛しい彼がそういうのなら、そうなのだろう。
「さぁ、ファラ。一緒に見に行こうぜ! この世界がどうなってるか……!」
彼に手を引かれ、異次元の穴を通ると、そこは、僕が人間だった時に住んでいた町。そこら中を闊歩するのは、獣兵たち。そこに人間の姿はない。きっと皆、戦闘員である獣兵に変化してしまったのだろう。生物の三大欲求のままに生きる彼らを横目に僕たちは街を練り歩く。
空の色は邪悪な紫色にゆがんでいる。もう、この世界に人間が生きることはできないのかもしれない。ひとしきり町の中で彼らが盛っているのを見た後、町が一望できる高台の上に僕たちはやってきた。ふと、彼のマズルが近づく。僕は眼を閉じて、彼を待った。口づけ。それもまるで恋人同士のような濃厚な舌を絡めたもの。ゆっくりと目を開けて、彼を見た。
しかし彼の顔はどこか浮かない。何かにおびえたように、耳と尻尾が垂れている。口を離すと、彼が言った。
「……オイラ、ファラと一緒に居られて幸せなんだ。でも、この幸せはもうすぐ……終わりそうなきがして……。オイラ、怖い……。」
ヴォルフは僕を抱きしめる。骨がきしむほど力強く。もう離したくないという思いがひしひしと伝わってくる。
「……大丈夫。僕はずっとヴォルフと一緒だよ……。」
僕も彼の背に手を回して、その時間がずっと続くといいのにと思った。……そう思ったところで、世界は暗転し、僕は……。
……第四話に続く
[newpage]
映像記録 No0
「艦長!振り切れません!取りつかれます、接触まであと5!」
異次元を渡る輸送艦、その艦橋の通信席。まだ歳若い人間の青年の声が艦橋に響く。彼の目の前の画面には、得体のしれない触手を持った化け物が、異次元空間を移動中の艦の後ろから迫ってきているのを指し示している。
彼に役職名で呼ばれた艦長は、漆黒の鱗に軍服姿の竜人の男性だ。思案するかのように顎に手を当て、彼は口を開いた。
「ア×、ヴ×××、お前たちは脱出ポッドに急げ。一基だけ奴に汚染されていないものがまだ残っていたはずだ。」
苦悶の表情。もはやこの船はもうもたない、ということがその表情から見て取れる。せめて、まだ歳若いブリッジクルーの二人だけでも逃がそうと考えたのだろう。
「ですが、艦長! 僕だってクルーの一員です。 この艦と、皆と運命を共にする覚悟はできています!」
「……×××フ。お前は×キをしっかり護衛してやれ。×キよりはお前の方が頑丈だからな。銃座はテ×××と×××グが担当しろ、二人が逃げる時間を稼げ。ジ××、私抜きで一人でも操艦できるな。よし、ア×と×ォル×以外の各員に命じる。私と一緒に死んでくれ。」
艦長の命令に、皆はそれぞれ肯定の返事をした。笑顔で。これから、死ぬのだというのに。
「イエッサー!まかせとけ!俺がちゃあんとお前らが逃げられる時間を稼いでやるよっ!」
「了解だ!艦長! まぁ心配すんな××。 俺たちなんだかんだ言ってしぶてぇのが取り柄だからな!」
「……わかった。××のためなら……。オレも頑張る……。」
獣頭のクルーたちは言葉こそ違えど、人間の青年を励ます言葉を紡ぐ。もうその表情は死を覚悟した者のソレで。
「艦長! みんな! 待って! 僕を置いていかないで!」
「行くぞ! ア×、急げ! 皆の気持ちを無駄にするなッ!」
クルーの一人である狼獣人が青年の手を掴み、持ち上げ、駆け出す。船の中は警報音と赤い警告ランプの光に満ち、もう一刻の猶予もないということを告げていた。
たどり着いたのは緊急脱出装置、そのポッドの前。触手が放った謎の液体に半分以上汚染され、触れるのは憚られるものが並んでいる。その中でも無事なポッドが一つ。6人乗りの小さなカプセル。
その中に青年を抱えた狼男は飛び込むと、緊急発射ボタンを押した。ガタンと床が抜け、艦の中から排出される。
青年のめそめそとした泣き声が中に響く。狼男も歯を食いしばり悲しみに耐えているように見える。どのくらいの時間が経過しただろうか、そろそろ次元移動が終了する頃だ、と狼男は別の次元の異世界へポッドを不時着させるためにコンソールを叩く。
「……え。」
狼は狼狽した。何故なら、化け物の触手が一本、このポッドに向けて伸びていたのが確認できたから。咄嗟に狼男は人間に覆いかぶさるように床に伏せた。轟音、爆音。触手がポッドを貫く。狼男がいなければ、人間の彼の胸を貫いていただろう。
しかし、破損した脱出ポッドが長時間保つはずもなく、二人はポッドの外に投げ出された。青年の目が最期に捉えたのは狼男が触手にからめとられつつも、その鋭い爪と牙で応戦する姿。
「ヴォルフッ……!」
ポッドが爆発し、青年の身体は爆風に巻き込まれ、煙が消えた後には何も残らない。
「アキィイイイイイイッ!!!!」
狼男の悲痛な叫びを、ただ触手をもつ巨大な化け物だけが聞いていた。
再生終了。
[newpage]
化け物が居た。生物の発する感情のエネルギーを食べる化け物。最初は様々な世界を渡って原地の生物を襲い、殺し、そして最終的には世界を滅ぼして、その負のエネルギーを喰らう、そんな化け物だった。
だが、化け物はある日、一つの物語に出会った。物語に一喜一憂し、心を動かされる様々な世界の原地生物たち。その感情のエネルギーの落差が自身の味覚をわずかに刺激したとき、化け物は考えた。
自らの手で物語を作り、それから感情のエネルギーを得られるのではないか、と。
自らの圧倒的な力で世界を滅ぼすだけよりも、もっとおいしい、悲劇のエネルギーが得られるのではないか、と。
化け物は様々な世界を巡り、滅ぼすついでに、その世界群から情報を集めた。もっと、もっと美味な悲劇を生み出せるようにするために。生み出すならやはりおいしい方がいい。
そして化け物は初めて物語を生み出した。今まで滅ぼしてきた世界の生き残りに、自らの因子を与え操り、彼らに別の世界を侵攻させることにしたのだ。
かつて自らがされた嫌悪すべき行為を、他者へと向けるという悲劇。化け物が自ら初めて作った悲劇は非常に彼にとって美味であった。それは何度も怪物自ら、その世界の時を戻してしまうほどで、何度も、何度も堪能した。いまでは彼の脳内には、その大量の映像記録が大事にしまわれている。
しかし、どんなにおいしくても何度も同じものを食べていては飽いてしまう。だから化け物は、アレンジを加えるために、その世界を侵攻する者に対して戦うものを用意した。それも、彼らのかつての仲間を、現地へと転生させて、彼らと戦う戦士に仕立て上げて。
かつての仲間がいがみ合い、殺し合うさまは怪物に新しい刺激を与えた。自らの快楽の為に物語に様々な変化を与えることを繰り返し、そして何度も繰り返される悲劇。
今、怪物のお気に入りは、戦士として仕立て上げた人物が、自らの尖兵と化したかつての仲間によって堕とされる物語だ。
かつて愛したものを自らの手で汚し、そしてそのアイデンティティさえも消滅させてしまう様は、ああ、何度見ても煮え、滾る。もう何百回ほど繰り返しただろうか。ああ、次もまた、ちょっと趣向を変えてみよう。次はどのような味になるのか、楽しみで仕方がない。
最近はついに、傍観するだけでは勿体なく感じてしまい、悲劇の出演者の間近で鑑賞するようにまでなってしまった。さぁ玩具たちよ、私をたのしませてくれ。完全に壊れてしまうまで。
しかし、怪物は知らない。彼らの事を知り、近づき、理解し、味わうたびに、化け物としての力が少しずつ失われていくことに。未知であることこそが、化け物の強みだったというのに、彼らを知るたびにその未知が薄れていくことに。
物語の終わりは少しずつ近づいていた。