第七章 魔森の賢者 ―混じり合う多色の紋章― 2

  二人の姿が見えなくなってようやく、エレンは構えていた弓を降ろす。

  「……ふぅ」

  エレンがほっと息を吐き出すと、

  「エレン様!」

  「ご無事ですか?」

  森のさらに奥から、弓を構えた数人のエルフたちが現れた。

  「えぇ、大丈夫ですわ。邪悪な人間たちはここ去りましたわ。二度とここへ来ることはないでしょうね」

  先ほどまでの凛とした表情を一変させ、柔和な顔でそう答えるエレン。

  「よかったです……かなり邪悪な気配を感じたので、心配いたしました」

  一人のエルフが放ったその言葉に、エレンは眉間にしわを寄せ、

  「……そうですわね。男の方……人間のようでしたが、身体からあふれ出ていた魔力は魔族や魔物と同じものでしたわ」

  そう告げた。

  その答えにエレンを囲むエルフたちの表情が一斉に曇る。

  「魔族と同じような魔力を持つ人間って……まさか」

  「……そうじゃないことを願いたいものですわね。あの『[b:穢れた因子]』がこの世界に再び顕現したとなると、厄介ですもの」

  エレンはカイルたちの去った方角へと目を向ける。

  そこにはカイルの身体から放たれた邪悪な黒紫色の魔力の痕跡が、よどんだ沼の底のように漂っていた。

  「……申し訳ございません、ご主人様。私の不手際でお怪我をさせてしまいました。どうぞ、この役立たずな私の首を一思いにお刎ねください」

  そう言いながら自らの剣を差し出し、首を垂れるリンドをカイルは思わず制す。

  「いや、お前があの初撃を打ち落としてくれなければ、俺は間違いなく死んでいた。むしろ助けてくれて感謝しているぞ、リンド」

  「あぁ! なんともったいないお言葉……その言葉を聞いただけで、私は、わたしはっ! んあっ!……あっ! あぁぁぁっ! んいぃひぃ!」

  カイルからの感謝の言葉を聞き、思わずその場で絶頂を迎えたリンドをよそに、カイルはあのエルフをどう攻略するか考えをめぐらせていた。

  ([b:視認(サーチ)]できなければ[b:心触(クラック)]も発動しない。[b:心触(クラック)]を発動させるためには奴に近づく必要があるが、あの弓の攻撃があるから近づけない……さてどうするかな)

  「はぁ……はぁ……あぁご主人様。お考えを巡らせているその顔も素敵」

  絶頂後、身体を小刻みに痙攣させながらそう述べるリンドに、

  「リンド……あのエルフの弓の攻撃、正直、何度くらいなら連続で防げそうだ?」

  カイルが率直に尋ねる。

  「……正直なところ、あの初撃を切り落とせたのは奇跡に近いかと。私にご主人様の視界の情報が伝達されてこなかったらおそらく不可能でした。しかし、命を落とす覚悟で挑めば、いくらでも打ち落として見せます」

  「そうか……」

  リンドの正直な言葉に、どうしたものかと再び思案していたカイルだったが、

  「……ん? リンド。今、なんて言った?」

  リンドにそう聞き返す。

  「命を落とす覚悟であればいくらでも、と。勿論、ご主人様のためなら私の些末なこの命など、すぐにでも捨て去るつもりで」

  「いや、その前だ。お前、『[b:俺の視界の情報が伝達された]』と言ったのか?」

  「え、あ、はい……ご主人様の見ていた風景が、あの瞬間、私の脳内に流れ込んできたんです」

  「……俺の視覚情報をお前に投影できた、ということだよな」

  「え? まぁ、そういうことになります、かね」

  リンドのその言葉に、カイルの脳内でとある一考えが浮かびあがる。

  (そうか、なるほど……こちらから相手を『視る』ことができないのなら、相手にこちらを『視て』もらえばよいのか。ふふ、良い案が浮かんだぞ)

  「……ご主人様、なんだかすごく邪悪な顔をしてらっしゃいます……あぁ、そんなお顔もとっても素敵」

  カイルの表情を伺いピンク色に染まった顔を向けるリンドに対し、カイルは、

  「リンド、お前には一度王都に戻ってもらう。王立魔導院に行って調べてきてもらいたい文献がある。古代の歴史書と古代魔術書。どちらも魔導院の図書館にあるはずだ」

  そう述べた。

  「わかりました。ご主人様」

  「三日、いいや、二日後。あのエルフたちの森を再び攻めるぞ。高慢なエルフどもを俺の支配下に置いてやる」