「・・・ごめん、クロ[[rb:兄 > にぃ]]の服、汚しちゃった」
「そんなこと言うなよ。寂しいだろ?」
[[rb:玄來 > げんき]]は俺の胸でひとしきり泣いて、再びベッドに横になっていた。
「お前に甘えてもらえたみたいで、俺は嬉しいよ」
「・・・恥ずかしいよ。こんな歳になって」
照れてしまったようで、[[rb:玄來 > げんき]]が布団を顔半分被る。
「それに、クロ[[rb:兄 > にぃ]]にはいつも甘えてるし」
全くそんなことはないので、[[rb:玄來 > げんき]]の“甘える”の感覚は普通と違うらしい。
クロ[[rb:兄 > にぃ]]的にはこの辺りの根本改善をしていきたいところだ。
しかし、その前にやるべきことがある。
「[[rb:玄來 > げんき]]、ごめんな。俺、心配してくれた[[rb:玄來 > げんき]]に酷いこと言ったろ」
俺はそう言って、再び謝罪の言葉と共に頭を下げた。
少しの沈黙の後、[[rb:玄來 > げんき]]が口を開く。
「謝らないで、クロ[[rb:兄 > にぃ]]。オレはクロ[[rb:兄 > にぃ]]と離れるのが怖かっただけだよ」
オレも昔[[rb:光 > ひかり]]に同じようなことしたと、[[rb:玄來 > げんき]]は力無く笑った。
ずっとそんなツッパリ方をしてきたんだとしたら、あの時の[[rb:光 > ひかり]]のセリフも合点がいくな。
「お前は甘える練習が必要だな。俺にも、家族にも」
せめてお前のことを大切に思ってる人達には、そういう所を見せて欲しい。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]には甘えてるよ」
「お前のそれは気のせいだ。それにお前の家族だってそう思ってる。[[rb:光 > ひかり]]なんか直接聞いたからな」
「[[rb:光 > ひかり]]が?」
[[rb:光 > ひかり]]が高校に上がってバイトをしたいと言い出した時、[[rb:玄來 > げんき]]は“女だからダメだ”の理不尽一点張りで反対した。
喧嘩になって[[rb:光 > ひかり]]は俺に電話で助けを求めてきたことがあった。
「[[rb:光 > ひかり]]のバイトをお前が反対したときだよ」
「あったね。[[rb:光 > ひかり]]はオレの言うこと全然聞かなかったのに、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が説得してくれて」
やっぱクロ[[rb:兄 > にぃ]]はスゲーやと[[rb:玄來 > げんき]]は呟く。
「その時も言ったけど、俺は[[rb:光 > ひかり]]を説得してないぞ。自分から言ってきたんだ」
「それ、本当なの? 全然想像つかないよ」
確かに[[rb:光 > ひかり]]からは[[rb:玄來 > げんき]]を説得してくれとお願いされたし、俺も話してみようかと[[rb:光 > ひかり]]に言った。
ただそれを言う前に、[[rb:玄來 > げんき]]の理不尽な態度を聞いてこう言ったんだ。
「お前の理不尽な態度に[[rb:光 > ひかり]]が怒ってたからさ、それは[[rb:玄來 > げんき]]のワガママなんだろうなって言ったんだ」
「ワガママ・・・」
「その後、俺が[[rb:玄來 > げんき]]と話してみようかって言ったら、お兄ちゃんのワガママなら我慢するって[[rb:光 > ひかり]]の方から言ったんだよ」
[[rb:玄來 > げんき]]が何を考えてるかは分からなかったけど、俺はそんな風に感じたから感想を伝えだけだ。説得したわけじゃない。
「ワガママだったんだろ?」
[[rb:玄來 > げんき]]は天井の方を見つめながら少し間を置いて口を開いた。
「うん。そうかも。いや、そうだったよ」
「ほらな!」
態度の理由は気になるが、きっと[[rb:玄來 > げんき]]にとって大切なことだったんだろう。
俺はこの答え合わせが出来ただけで十分だ。
「じゃあ、今から甘える練習するぞ」
「え、本当にやるの」
[[rb:玄來 > げんき]]が驚いて少し目を見開く。
「当たり前だろ。手始めに、今俺にして欲しいこと言ってみろって」
[[rb:玄來 > げんき]]はうーんと唸りながら、俺を見たり天井を見たりしている。
さっさと寝かせた方がいいかもしれないが、眠くは無さそうだし、ちょっとくらいいいよな。
万が一これで寝かしてくれってお願いだったら・・・俺は泣くかもしれん。
「何でもいいの?」
「おう」
「じゃあ・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]はまごついた様子で再び俺を見たり天井を見たりしている。
頼むから寝かしてくれ以外にしてくれ。それ以外なら一発芸でもなんでもやるから・・・いや、出来れば一発芸も勘弁して欲しいが。
「頭・・・」
「ん?」
そう言って[[rb:玄來 > げんき]]はまた布団を顔半分被って、恥ずかしそうに俺を見ながら言葉を続けた。
「頭・・・撫でて欲しい」
恥ずかしさが限界を超えたのか、[[rb:玄來 > げんき]]はきゅっと目を瞑る。
俺はこの時、数秒の間死んでいたと思う。
[[rb:蘇 > かえ]]ってきて俺は再びクロ[[rb:兄 > にぃ]]になり、[[rb:玄來 > げんき]]の頭にそっと手を置いた。
眉間の辺りから頭の上にかけて、優しくそっと撫でる。
俺より少し硬めの毛、ふわふわの柔らかい耳。
たまに耳の付け根も優しくかくように撫で出やる。
[[rb:玄來 > げんき]]は相変わらず目を瞑っているが、鼻からかすかにピーピーと気持ちよさそうな音が漏れ聞こえていた。
[[rb:玄來 > げんき]]を撫でながら、俺はしばらくの間死んでいた。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
愛しさの限界のその先を2往復して、俺は再びクロ[[rb:兄 > にぃ]]になる。
[[rb:玄來 > げんき]]はまだ少し恥ずかしそうだ。
「これからもいっぱい撫でてやるよ」
「うっ・・・人前ではしないでね。特に[[rb:光 > ひかり]]の前とか」
「分かった分かった。2人の時な」
そう言って俺はもう一度[[rb:玄來 > げんき]]の頭を撫でる。
「店長と[[rb:友紀 > ゆき]]さんから、お見舞いの弁当預かって来てるんだけど、どうする?」
「少し寝るよ。あ、先にお礼言わないと」
[[rb:玄來 > げんき]]が枕元のスマホを取ろうとする。
「元気になってからにしろよ。今かけたら、たぶん店長怒るぞ」
[[rb:玄來 > げんき]]は少し考えて、そうだねと布団を被り直した。
「寝てる間に何か買ってきてやるよ。食べたいものとかあるか?」
一瞬[[rb:玄來 > げんき]]が戸惑うような顔をする。
「大丈夫だよ。弁当もあるんだし」
「練習するって言ったろ?」
「ま、まだ続いてるの」
俺は笑って肯定する。
これは多少強引だったかもしれないが、[[rb:玄來 > げんき]]に頼られると俺は嬉しいんだということを分かって欲しくて回答を待った。
「アイスクリーム・・・食べたい」
「分かった。買ってきてやる」
そう言って俺は[[rb:玄來 > げんき]]の頭を撫でる。
[[rb:玄來 > げんき]]もそろそろ慣れたのか、落ち着いた様子で気持ち良さそうに目を瞑る。
「お前が寝た後でな」
「・・・ありがと、クロ[[rb:兄 > にぃ]]」
◆◆◇◇◆◆
[[rb:玄來 > げんき]]が眠ったところで、俺は買い物に出かけた。
12月だけあって外は結構寒い。アイスクリームが溶ける心配は無いが、俺まで風邪をひかないように一応マフラーだけ取りに帰った。
正直、一生[[rb:玄來 > げんき]]の寝顔を見ていたかったというのはある。
しかし、俺には大事な使命がある。
寝顔の写真を撮るか撮らないかでかなり葛藤はあったが、クロ[[rb:兄 > にぃ]]的に無しという結論に至った。後悔はしている。
少し歩くと、道を挟んで向かい同士になったコンビニとドラッグストアが見えてきた。
俺はアイスクリームの前に栄養ドリンクを買うため、先にドラッグストアへ立ち寄った。
店の中はしっかりと暖房が効いていて暖かい。
俺は店内を歩きながら、栄養ドリンクのコーナーを探した。
「うわ、結構あるな」
目的の棚は見つけたが種類が多い。
目の疲れ、肌荒れ、飲み過ぎ、眠気、広告でよく見るヤツ、そして夜の営みのお供系がやたら多い。
「風邪ってどれがいいんだ・・・」
以前、俺が風邪を引いた時、風邪の症状を止めたいなら薬、治したいなら栄養ドリンクに漢方薬と[[rb:優 > ゆう]]が言っていた。
その時[[rb:優 > ゆう]]も栄養ドリンクを買ってきてくれていたのだが、どれだったか思い出せない。
「いらっしゃいませ。ご案内致しましょうか?」
俺が迷っていると、薄ピンクの従業員服を着た雀の女性店員さんが声をかけてくれた。
「風邪を早く治すために、栄養ドリンクが欲しいんですけど・・・」
「念の為、症状をお聞きしてよろしいですか?」
俺は雀の店員さんに[[rb:玄來 > げんき]]の症状を大まかに説明した。
「では、こちらをお使いください。生薬をベースに風邪で失われる栄養分を補給できます」
そう言って栄養ドリンクが3本入った小さめの箱を渡してくれた。どうやらこれで1日分らしい。
俺は店員さんにお礼を言ったあと、アイスクリームのコーナーもチラッと覗き、会計を済ませて店を出た。
「後はアイスクリームだな」
俺はアイスクリームを求めて、向かいのコンビニへ歩いた。
犬や虎など、比較的口が大きい人達は棒アイスやコーンのついたものをパクッとやるのが好きな傾向にあるが、[[rb:玄來 > げんき]]が好きなのはカップアイスのはずだ。
[[rb:玄來 > げんき]]は自分から好みを話すことはあまり無いが大体分かる。
ただ、好きな味は分かるのだが、好きなメーカーまでは分からなかったので自分が好きなやつの中から選び、会計を済ませて店を出た。
相変わらず外は寒い。しかし、季節に関係なくエアコンの効いた部屋で食べるアイスは美味い。
ちゃっかり自分のアイスも買ったのでご機嫌だ。
俺は[[rb:玄來 > げんき]]の部屋で試験勉強をしながら、彼が起きるのを待った。
◆◆◇◇◆◆
「起きたか[[rb:玄來 > げんき]]。気分どうだ?」
「少しだけ楽になった」
[[rb:玄來 > げんき]]の目に生気が戻ったような感じで少し安心した。
最初は[[rb:優 > ゆう]]みたいな目で肩で息してるような雰囲気だったからな。
「お腹空いたちゃった」
「そりゃ良かった。弁当食べようぜ」
俺は冷蔵庫から2人分の弁当を出して、[[rb:玄來 > げんき]]と一緒にフタを開けた。
「うわっ」
「すごいなこれ」
黒塗りの四角い弁当箱は予想通りというか見事な松花堂弁当だった。
中は十字の仕切りで4つに別れており、カリカリ梅の混ぜご飯、焼き魚、卵焼き、ほうれん草のお浸し、ロールキャベツ、そして区画1個分の肉じゃがが入っていた。
肉じゃがは[[rb:玄來 > げんき]]が好きな食べ物を聞かれた時に鉄板で答えるやつだ。きっと店長もいつか聞いて覚えていたんだろう。
「せっかくだから、あっためるか」
俺は小鉢に入っていた肉じゃがとロールキャベツを取り出して2人分レンジで温めた。
その後、2人でいただきますして食べたが、めちゃくちゃ美味かった。
俺の場合昼飯を食べてなかったのもあったが、カリカリ梅の混ぜご飯が食欲を倍増させてくれて、一瞬で弁当を完食してしまった。
[[rb:玄來 > げんき]]も弁当を綺麗に[[rb:平 > たい]]らげていた。
◆◆◇◇◆◆
「[[rb:玄來 > げんき]]、アイスクリーム買ってきたけど今食べるか?」
俺は[[rb:玄來 > げんき]]に栄養ドリンクを飲ませた後に尋ねた。
「うん、食べたい」
俺はデザートスプーンと抹茶とクッキー&クリームのカップアイスを持ってテーブルに戻った。
「わ、クロ[[rb:兄 > にぃ]]が好きなちょっと高いやつだ」
バーテンダッシュ。名前の由来は知らない。一般的なアイスクリームより空気の含有量が少ないらしく、濃厚で風味の強いアイスになっている。俺が好きなメーカーだ。
「お前が好きなやつ分からなかったから、自分が好きなとこ買っちゃったよ」
「オレもここのアイス好きだよ」
良かった。[[rb:玄來 > げんき]]の好みにもマッチしていたらしい。さすがバーテンダッシュ。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]が先に選んでよ。オレどっちも好きな味だから」
そう言って[[rb:玄來 > げんき]]は俺の前にアイスを寄せる。
「ん? それは両方お前のだぞ」
「えっ・・・」
俺は自分のをちゃんと買っている。ラムレーズンに加えて、期間限定とか書いてあったから気になって2つ買ってしまったのだ。
「期間限定のやつが気になって、自分の2つ買っちゃってさ。だからお前のも2つ」
[[rb:玄來 > げんき]]は俺の方に寄せた2つのアイスを見つめた後、また俺を見た。
「両方・・・食べていいの?」
[[rb:玄來 > げんき]]がきょとんとした顔で俺に尋ねる。
「そうだぞ? それは[[rb:玄來 > げんき]]の分。俺は風呂上がりに食べるよ。あ、お腹冷えるといけないんだっけ? 今日は1個にしとくか?」
[[rb:玄來 > げんき]]は再び2つのアイスを見た後、ふへっと笑った。
「そうだね。今日は抹茶の方にしとこうかな」
「分かった、じゃあその間に弁当箱洗っちゃうかな」
俺はクッキー&クリームのアイスクリームと弁当箱を持ってキッチンへ向かった。
「やっぱり・・・クロ[[rb:兄 > にぃ]]はスゲーや」
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
[[rb:光 > ひかり]]のバイトのエピソードも含めて、3話目の【玉ねぎ】を読み返すと、このお話しがより面白くなるかもしれません。
珍しく[[rb:玄來 > げんき]]の考えが第三者視点で語られているので、気になる方はご一読ください。
いつもありがとうございます。 蒼空ゆうぎ