「霊感の強い方は入場をご遠慮ください。スタッフが把握していない演出を目撃されたとしても、当方は一切の説明責任を負いません」
だってさ、と[[rb:優 > ゆう]]がこちらを振り返る。
元気だった[[rb:玄來 > げんき]]の尻尾は完全に止まり、本人も蛇に睨まれた蛙状態だ。
ここはサマーライオンズ名物の1つお化け屋敷。入口はサマーライオンくんの顔の形をしており、口から中に入るようになっている。
入場後の撮影も禁止で中のギミックは当然分からないが、幽霊を見ただの、同じ日に入ったのに前回無かったモノを見ただのという噂がかなり多いらしい。
注意書きの煽り文句からして、それも演出の内だと思うのだが[[rb:玄來 > げんき]]には効果テキメンのようだ。
「じゃ、入ろうか」
[[rb:玄來 > げんき]]の様子も我関せずといった調子で[[rb:優 > ゆう]]は先頭切って中に入ってしまった。
「[[rb:玄來 > げんき]]・・・お前ここで待ってても・・・」
「何言ってるのクロ[[rb:兄 > にぃ]]。オレもう19だよ? 平気平気。むしろ楽しみだって」
「そ、そうか」
心なしかいつもより饒舌な[[rb:玄來 > げんき]]が[[rb:優 > ゆう]]を追って中に入り、俺も[[rb:玄來 > げんき]]の後に続いた。
サマーライオンくんの口をくぐると、いきなり幅の狭い下り階段になっており、さらに真っ直ぐではなく、左右に曲がりながら降りるようになっている。
「━━━っ!」
壁に手を付きながら階段を降りると開けた通路になっており、そこで[[rb:優 > ゆう]]が待っていた。
[[rb:玄來 > げんき]]は待っていた[[rb:優 > ゆう]]を見てビクッと体を揺らした。
まあ、お化け屋敷みたいなところで[[rb:優 > ゆう]]みたいな図体の虎がいきなり目の前に現れたら驚きもする。
「左側」
「━━━━━━ッ!!」
[[rb:優 > ゆう]]が後ろを向いたまま突然喋り出す。
相変わらず[[rb:玄來 > げんき]]は声を殺してビビっている。
俺もちょっとビビった。
「心臓って基本左側にあるでしょ。脅かされた時に怖く感じるのは右より左らしい。だからお化け屋敷のギミックは大体左からくるんだって」
なるほど理にかなっている。
そう言って[[rb:優 > ゆう]]は歩き出した。
せめて[[rb:玄來 > げんき]]の左側を歩いてやろうと思ったと同時に[[rb:玄來 > げんき]]が口を開いた。
「じゃ、じゃあオレがクロ[[rb:兄 > にぃ]]の左側歩くから」
「え、いや、むしろ俺が・・・」
「大丈夫だから!」
相当余裕が無いのか意地の張り方がだいぶ露骨になっている。
様子がいつもと違うのは分かるが、原因がさっぱりだ。
俺は[[rb:玄來 > げんき]]の様子を訝しみながらも、2人並んで[[rb:優 > ゆう]]の後ろに続いた。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]〜それしまってよぉ〜」
無事にお化け屋敷を出た俺たちだったが、[[rb:玄來 > げんき]]はうなだれている。
「だって、これ・・・くっ、ぷはは」
俺は写真を見て笑っている。
お化け屋敷を完走した後、出口前でスタッフが出迎えてくれて記念撮影を行ったのだが、ここにギミックが用意されていた。
スタッフがシャッターを押す直前に左の壁からリアルなゾンビの生首が飛び出してきたのだ。
俺も完全に油断していたため、当然驚いた姿を撮られてしまったのだが、[[rb:玄來 > げんき]]は棒立ちでこの世の終わりみたいな顔をしている。こんな顔の[[rb:玄來 > げんき]]は見たことがない。
[[rb:優 > ゆう]]に至っては表情が1ミリも変わっておらず、[[rb:優 > ゆう]]らしいというか、俺たちとのリアクションのギャップがまた面白い。
あまりに自分のツボに入ってしまったので、俺は写真を買ってしまった。流石なかなか商売上手だ。
「こんな不意打ちされたら誰でもこうなるって。[[rb:優 > ゆう]]以外」
「うぅ〜・・・」
落ち込んではいるが、[[rb:玄來 > げんき]]は最後まで頑張っていた。
ビビりまくっているのは分かったが、どんなギミックが来ても歯を食いしばって声を上げることはなかったし、脅かすギミックが来た時は咄嗟に俺を庇うような動きもしていた。
本人は無意識だろうが、自分の方が怖いくせにこういうところがもう・・・刺さる。
半分過ぎた辺りからは流石に可哀想になってきて、俺が怖いと言って手も繋いでしまった。
その時は[[rb:兄心 > あにごころ]]で繋いでいたが、思い返すと大胆なことをしたなと思う。
この左手そのままに出来ないかな・・・。無理か。
「腹も落ち着いたし、そろそろアトラクション行くか。[[rb:玄來 > げんき]]が選んでいいぞ。どれ行きたい?」
「え、オレ? [[rb:優 > ゆう]]さんは行きたいの無いっすか?」
「全部」
即答だ。何気に1番楽しんでるの[[rb:優 > ゆう]]な気がする。
「じゃあ、その・・・」
少し悩むような素振りを見せてから[[rb:玄來 > げんき]]は答えた。
「・・・コーヒーカップ」
こいつのこういう所が鬼可愛いと思うのは俺だけだろうか。そんなはずないよな?
「いいね」
[[rb:優 > ゆう]]も尻尾の先をピコピコさせてテンション高めだ。好きなのだろうか。
「じゃあコーヒーカップから行くか。その後は絶叫系がいいな」
俺たちは[[rb:玄來 > げんき]]を先頭に、コーヒーカップへと向かった。
◆◆◇◇◆◆
「んにゃあああ!!」
「ふんふんふんふん!」
「うおおおお!」
優雅に回るコーヒーカップたちの中に、明らかに挙動がおかしい奇行種が混じっている。
その中に俺たちは居る。
ガタイのいい虎と犬が全力でコーヒーカップを回しているのだ。
俺もどちらかと言えばこれをやる側なのだが次元が違う。怖い。
俺だけ中央のハンドルを握ってない分、すがるものが無くて遠心力をもろに受けている。今半分涙目だ。
「今日こそこの円環を断ち切り、檻の外へ出る」
「断ち切らなくていい! カップ外に飛び出ちゃうから! つーか俺が出る! ポセイドンが出る! 虹かかっちゃうからぁ!!」
「うおおお最高速度!」
[[rb:玄來 > げんき]]も完全にハイになっている。
途中まで[[rb:玄來 > げんき]]の腕カッコいいとか思って眺めていたが、それどころじゃない。
俺は椅子にへばりついて、遠心力と込み上げてくるポセイドンに耐えた。
◆◆◇◇◆◆
「あはは、流石に目ぇ回った。[[rb:優 > ゆう]]さん全然平気そうっすね」
「ハンマー投げやってたからかな」
膝に手をつく[[rb:玄來 > げんき]]と、膝をつく俺とは対称的に[[rb:優 > ゆう]]はケロッとしている。
「ごめんねクロ[[rb:兄 > にぃ]]。大丈夫?」
[[rb:玄來 > げんき]]が困った顔で笑いながら声をかけてくれる。
「・・・コーヒーカップ怖い」
「次は絶叫系がいいんだったよね」
鬼だなこの虎。
「このアビスフォールってやつが、アトラクション系の名物みたいっすね」
「なんか名前がサマーと雰囲気違うな」
「とりあえず、いこっか」
今の俺にはトドメ刺されそうな名前だが、[[rb:玄來 > げんき]]もお化け屋敷から調子が戻ってきていたので水を差すのは辞めておいた。
◆◆◇◇◆◆
「次の組の方どうぞー」
スタッフさんにゴンドラへと案内される。
このアビスフォールはゴンドラに乗ってサマーライオンくんの半生を辿るアトラクションになっており、ゴンドラの形もサマーライオンくんになっている。
メインとなっているのは物語後半で父親の手で谷に突き落とされるシーンで、高さ35mから水場へのフリーフォールとなっている。
獅子は我が子を[[rb:千尋 > せんじん]]の谷に落とすというが、可愛い見た目をしてサマーライオンくんもなかなかの人生を歩んでいるようだ。
[[rb:優 > ゆう]]に促され、俺と[[rb:玄來 > げんき]]が先頭、後ろに[[rb:優 > ゆう]]と他のお客さんたちが乗り込んだ。
座ったところで、また[[rb:優 > ゆう]]のツンツンが入る。
「大丈夫?」
「絶叫系は好きだし、移動中に腹も落ち着いたから大丈夫だろ」
「・・・やっぱり安全って分かってるやつは大丈夫そうだね」
「? そりゃそうだろ?」
[[rb:優 > ゆう]]の問いに違和感を覚えながらも、俺たちの乗ったサマーライオンくんは自分の半生をたどる旅に出発した。
◆◆◇◇◆◆
「前の席が1番濡れるらしいよ」
「先に言えよ!!」
「あははははは!」
35mから水場へのフリーフォール。[[rb:優 > ゆう]]は軽傷、俺と[[rb:玄來 > げんき]]は顔からびしょ濡れだ。
俺たちはプール用に持ってきていたタオルで濡れた箇所を拭いた。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]は尻尾まで濡れちゃったね」
「まあ[[rb:玄來 > げんき]]より長いしな」
[[rb:玄來 > げんき]]の巻き尻尾は無事のようだが、俺は先のほうから半分くらい濡れてしまった。
「手伝うよ」
「え゙!」
言うが早いかお尻側の濡れてない部分を[[rb:玄來 > げんき]]の手がやんわり掴んで、濡れた部分を優しく扱くように拭き始める。
しかもタオルはさっき[[rb:玄來 > げんき]]がプールで使ったやつだ。
もちろんプールには毛皮用の全身乾燥機がついている。だから、主に拭く場所は・・・。
「お、おま・・・それ、使ったや・・・ひぅっ」
「え? ・・・だ、大丈夫だよ! 使ってないところで拭いてるから!」
俺は[[rb:玄來 > げんき]]に[[rb:玄來 > げんき]]の使用済みタオルで尻尾を扱かれるというプレイに鋼の精神でなんとか耐え切った。
「あ、ありがとうな[[rb:玄來 > げんき]]」
「う、うん」
「クロ、エッチな声出てたよ」
「うるせえ! くすぐったいんだよ!」
その後も俺たちはいくつかアトラクションをまわり、夕方になるまで遊んだ。
◆◆◇◇◆◆
「おかえり。[[rb:優 > ゆう]]さんは?」
「まだトイレ」
サマーライオンズは夜の部もあるのだが、日帰りの俺達には遅すぎるのでここまでだ。
[[rb:玄來 > げんき]]と2人ベンチに座って、[[rb:優 > ゆう]]の帰りを待つ。
「なんか久々に“遊んだ!”って感じだったな。[[rb:玄來 > げんき]]はしっかり楽しめたか?」
「うん。俺もスゲー楽しかったよ。ありがとうクロ[[rb:兄 > にぃ]]」
[[rb:玄來 > げんき]]も笑顔で応えてくれる。
好きな人から素直にありがとうと言われると、なんだか照れくさくなってしまう。
「実はこれ[[rb:優 > ゆう]]の提案なんだよ。俺も[[rb:玄來 > げんき]]に、ちょっとは兄ちゃんぽいことしたくてさ。まあ、キッカケはそれで、結局俺が[[rb:玄來 > げんき]]と遊びたかっただけなんだけどな」
兄ちゃんは弟を遊びに連れ出すものだと言われて、[[rb:玄來 > げんき]]と遊んでないことに気付かされた。
[[rb:玄來 > げんき]]のことになると、どうしても自分の隠したい恋心が前に出て億劫になってしまうが、やっぱり[[rb:玄來 > げんき]]と一緒に遊ぶのは好きだ。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]はいつも頼れる兄ちゃんだよ。でも、オレのほうが・・・」
「え?」
[[rb:玄來 > げんき]]が[[rb:俯 > うつむ]]く。
一瞬ヒヤリとする。
なんだなんだなんだ。その続きはなんだ。今日の総合成績を踏まえて、オレの方が兄ちゃんぽくねと言われたら反論できないぞ。
そう思った次の瞬間、[[rb:玄來 > げんき]]がこちらに向き直る。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]! オレ、今は少し頼りないかもしれないけど、もっと頑張るから! だから、その・・・」
━━━え、え、え?
「でも、オレのほうが」で「もっと頑張るから」って、つまりあれか? やっぱ兄ちゃん降りろってことか!?
「おまーたせ」
タイミング良く[[rb:優 > ゆう]]が戻って来てくれた。
危なかった。俺、兄ちゃん降ろされるとこだった。ナイス[[rb:優 > ゆう]]。愛してる。
「ほら、遅くなるし行こうぜ」
「う、うん・・・」
[[rb:玄來 > げんき]]を立たせ、3人で帰路に着く。
「なあ[[rb:優 > ゆう]]、せっかくだし俺ん[[rb:家 > ち]]で晩飯食ってかないか? 最近腕のいいシェフ見つけてさ。な、[[rb:玄來 > げんき]]」
「も、もちろん! なんでも言ってください! なんでも作ってみせます!」
[[rb:玄來 > げんき]]もヤケにはりきって見える。俺も今日は[[rb:玄來 > げんき]]の手料理が食べたい気分だ。
「じゃあ、[[rb:柴 > しば]]くんが今食べたいもの作って」
「え、オレっすか」
「いいねえ、シェフの気まぐれディナーだな。無い材料はこっちで買って帰るから、[[rb:玄來 > げんき]]は先に俺の部屋行っててくれ」
そして、初めて3人で一緒に俺の家で晩飯を食べた。
[[rb:玄來 > げんき]]が作ったのは玉ねぎを入れた味噌汁にカレイの塩焼きと、なすの揚げ浸し。
全部俺が好きなメニューだった。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。
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ありがとうございます。 蒼空ゆうぎ