「はぁぁぁ・・・」
「・・・また寝不足?またパンダ?」
大学の講義室。隣の席の[[rb:優 > ゆう]]が俺に声をかける。
[[rb:優 > ゆう]]は机にベッタリと突っ伏す俺の両耳を裏返し、戻るのを待ってまた裏返し、ぴょいんぴょいんさせて遊んでいる。
くすぐったいからやめて欲しい・・・嫌じゃないけど。
「んー・・・犬が」
「犬?」
「犬が現実で俺を攻める・・・」
もう[[rb:玄來 > げんき]]の気持ちが分からない。
普通、寝てる男を抱きしめたりとかするだろうか。泣いてたにしても、起こしたりするものじゃないのか?
それでも[[rb:玄來 > げんき]]ならギリギリやりそうとは思えてしまうから余計に分からない。
[[rb:玄來 > げんき]]はやっぱり俺のことが好きなのだろうか。
結局、昨日の夜もしばらく悶々としていて、寝付けなかった。
また知らない間に寝落ちて、気付いたら朝になっていた。
「犬って[[rb:柴 > しば]]くんのこと? なんかやったの?」
「・・・むしろ、やれてないのかも」
[[rb:玄來 > げんき]]に抱きしめられた夜、俺は昔の夢を見ていた。
まだ小さい頃の[[rb:玄來 > げんき]]が、川で血を流したまま意識を失う夢だ。
“─────クロ[[rb:兄 > にぃ]]、ゴメンね・・・。”
そして、病院で目覚めた[[rb:玄來 > げんき]]が俺に言うんだ。
“ ・・・お願い、クロ[[rb:兄 > にぃ]]。オレ────”
そのお願いの内容がどうしても思い出せない。
ただ、あの時気付いたことが2つある。
1つはお願いのことだ。当時の俺は[[rb:玄來 > げんき]]のお願いを聞いた時、意味が分からなくて困っていた気がする。
もう1つは─────
「同じ顔してたんだよ」
「同じ顔?」
目を覚ました時に見た[[rb:玄來 > げんき]]の顔は、病院の時と同じ顔をしていた。
[[rb:玄來 > げんき]]は俺に何を求めていて、俺は何をしてやれるんだろう。
あわよくばなんて変な期待も混ざり合い、余計に分からなくなる。
「ダメな兄ちゃんだよな」
「・・・じゃあ兄ちゃんぽいことしてみる?」
「え?」
今は8月の頭。
「はーい。じゃあテスト配りまーす。スマホの電源切ってー」
大学は夏季休暇に入る。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
「うおおお! スゲェ!!」
大学は夏季休暇、今日は[[rb:玄來 > げんき]]も休日の日曜日。
ここは夏のテーマパーク『サマーライオンズ』。
その名の通り、園内は夏の雰囲気で統一されていて、プールと遊園地を合体させたような造りになっている。
日曜日ということもあって人も多そうだ。
[[rb:玄來 > げんき]]は目をキラキラさせて、尻尾をブンブン振っている。
「つかみは上々」
「お、おう」
実はこの企画は[[rb:優 > ゆう]]の提案だ。
兄ちゃんとは弟を遊びに連れ出してやるものであると[[rb:優 > ゆう]]に[[rb:説 > と]]かれて、俺が[[rb:玄來 > げんき]]を誘い出した。
これは俺のダメ兄ちゃん脱却作戦なのである。
「期待通り、尻尾は振ってくれてるな」
「弟を喜ばせてこそ兄ちゃん」
夏季休暇前にこの企画の話が出てから、なんか[[rb:優 > ゆう]]がやたらと兄ちゃんを語ってくる。
俺は家族構成的に弟ポジションなので何も言えない。
5つ上に[[rb:琉愛 > るな]]という姉はいるが、参考にならない。
あいつは姉というより[[rb:琉愛 > るな]]だ。
そんなことを考えていると、[[rb:優 > ゆう]]が肘でツンツンしてくる。
「ここで奢るのが兄ちゃん」
「お、おう」
[[rb:優 > ゆう]]に促されて、[[rb:玄來 > げんき]]の方を向く。
「とりあえずチケット買いに行こうぜ」
「あ、待って」
[[rb:玄來 > げんき]]はそう言うと、スマホをいじって画面をぱっと見せてきた。
「スマホでチケット買っといた! クロ[[rb:兄 > にぃ]]のと、[[rb:優 > ゆう]]さんのもあるっすよ!」
「はあ!?」
「おー」
[[rb:玄來 > げんき]]は10%offでとか、ドリンクチケットもついててとか、ニコニコしながら言っている。
口を開けて固まっていると、再び[[rb:優 > ゆう]]が肘でツンツンしてくる。
「あ、[[rb:玄來 > げんき]]。チケットいくらだった? 俺が誘ったんだし、俺が奢るよ」
意表を突かれてしまったが、ここは俺が頑張らなければ。
「え、自分のはちゃんと出すよ。オレ、給料全然使ってないし」
そうだった。こいつ社会人様だった。
社会人様からしたら、学生の身分で奢るなど片腹痛い話しである。
「いつも飯代出してもらってるし、よかったらクロ[[rb:兄 > にぃ]]の分─────」
「出しゃばってすみませんでした! せめて自分のは払わせてください!」
懇願する俺を[[rb:優 > ゆう]]はジト目で見つめて、[[rb:玄來 > げんき]]は軽く引いていた。
俺と[[rb:優 > ゆう]]は[[rb:玄來 > げんき]]様にスマホでゲートを開けて頂き、園内に入った。
◆◆◇◇◆◆
「うわあ、中もスゲー! 人いっぱいだね!」
[[rb:玄來 > げんき]]は色んな方向をクンクンしたり、尻尾振ったりとゴキゲンだ。
そこで再び[[rb:優 > ゆう]]が俺にツンツンしてくる。
「リードしてこそ兄ちゃん」
やはり兄ちゃんを説いてくる。
「お前、兄ちゃん兄ちゃん言うけど兄弟いたっけか?」
「俺が長男」
「他は?」
「いないよ」
ひとりっ子じゃねぇか!!
ツッコミ入れたら[[rb:玄來 > げんき]]に聞こえそうなので堪えた。
俺の周りに良い兄ちゃんのモデルっていないのだろうか。
「俺、先に泳ぎたい。クロもそうでしょ」
唐突に[[rb:優 > ゆう]]が提案する。
「そ、そうだな。よし、プール行くか!」
俺が張り切って案内板の方に行こうとしたそのとき、[[rb:玄來 > げんき]]が声を上げた。
「あ、プールこっちみたいっすよ!」
いつの間にか[[rb:玄來 > げんき]]はパンフレットを持っており、地図を広げて目的の方向を指差していた。
「[[rb:玄來 > げんき]]、それどこから」
「入口にあったよ。ご自由にお取りくださいって。クロ[[rb:兄 > にぃ]]のも取ってこようか?」
「いや、大丈夫・・・」
そのまま[[rb:玄來 > げんき]]は俺達を先導して目的地へ歩き出した。
「しっかりしてるね」
「俺より[[rb:玄來 > げんき]]のほうがよっぽど兄ちゃ・・・」
そこまで言って俺は思い出す。
─────[[rb:玄來 > げんき]]って兄ちゃんだったわ。
母子家庭で、母の手が回らないところや、妹の面倒はいつも兄である[[rb:玄來 > げんき]]の担当。
高校では部活とバイトを見事に両立させ、一時期は彼女までいた。
今は社会人として働き、いちいち聞かないが仕送りも絶対やっている。
そのうえ、明るくて、元気で、イケワンで、カッコよくて、俺より背が高くて、たくましくて、モフモフだ。見解に私情は混じっているが。
そんな社会人のエリート兄ちゃんワンワンに、学生の末っ子長男にゃんこが兄ちゃんをやろうというのである。
─────ムリじゃね?
もう歳の差(2ヶ月分)しか兄ちゃんできる要素がない。
履歴書段階でゲームセットである。
「頑張れクロ[[rb:兄 > にぃ]]」
[[rb:優 > ゆう]]にそう言われ、俺は改めて兄ちゃんという肩書きの重さを知るのだった。
◆◆◇◇◆◆
「[[rb:優 > ゆう]]さんホントにガタイ良いっすね。なんかやってたんすか?」
「ハンマー投げ」
背中で諸兄らの会話を聞きながら、[[rb:雑魚 > おれ]]はプールサイドに座り、笑顔で遊ぶ子供たちを眺めていた。
プールの更衣室での一幕。
[[rb:玄來 > げんき]]兄ちゃんの兄ちゃんはやっぱり兄ちゃんだった。隠れることなく頭を出し、しっかり兄ちゃんしていた。
あの兄ちゃんに、このさくらんぼにゃんこが兄ちゃんをやろうというのだ。
無礼な話である。
[[rb:優 > ゆう]]に至ってはもうわけがわからない。なんだあれは。島か。
「クロ[[rb:兄 > にぃ]]、ぼーっとしてるけど大丈夫? ドリンクもらってこようか?」
「あ、いえ、大丈夫です。お心遣いありがとうございます」
「な、なんで敬語なの・・・?」
それにしても水着姿の[[rb:玄來 > げんき]]は太陽に負けないくらい眩しい。
オレンジベースのサーフパンツは下ほうが赤みがかっており、色が太陽そのものである。
俺は黒に白のラインが入ったハーフスパッツだ。
これでも泳ぎには結構自信がある。
[[rb:島 > ゆう]]は自身の雄大さを隠すことなく、白に青のアクセントが入ったブーメランだ。
筋肉もしっかりあってだいぶエロい。
そして、ここでも[[rb:優 > ゆう]]のツンツンが入る。
「大丈夫?」
「泳ぎには自信ある。大丈夫。やってみせる」
「そっちのことじゃないけど・・・」
まあいいやと言って[[rb:優 > ゆう]]は準備体操を始め、俺と[[rb:玄來 > げんき]]もそれに[[rb:倣 > なら]]った。
◆◆◇◇◆◆
「うはー! 水に浸かるのひっさびさ! 魚泳いだりしてないかな」
「いないいない。川じゃないんだから」
小学生の頃はよく川で遊んでいて、[[rb:玄來 > げんき]]は魚の掴み取りが上手かった。
泳ぎは俺の方が上手くて、プールでの勝負なら[[rb:玄來 > げんき]]に負けたことがない。
ここは1つ泳ぎで勝負してクロ[[rb:兄 > にぃ]]のカッコいいところを─────。
「あ、うなぎだ」
「は?」
「えい!」
瞬間、[[rb:玄來 > げんき]]が俺の尻尾をぎゅっと握った。
「に゙ゃっ!」
「あ、クロ[[rb:兄 > にぃ]]の尻尾だった」
ごめんごめんと[[rb:玄來 > げんき]]は笑いながら、わざとらしく謝ってくる。
「こんの・・・やったな!」
「おっと!」
俺もお返しに[[rb:玄來 > げんき]]の尻尾を掴もうとするが、ヒョイっと逃げられる。
「待てコラ!」
「へへへっ」
そのまま2人して潜ったり、押し倒したり、洗濯機の中の服みたいにジャレあった。
ひとしきりジャレた後、俺が水泳勝負の提案をしようとしたところで、[[rb:玄來 > げんき]]が口を開いた。
「そういえば[[rb:優 > ゆう]]さん何処行ったんだろ」
確かに近くには見当たらない。
最初プールに入るなり、潜ってどこかへ行ってしまったきりだ。
2人で探しに行こうと話していたその時、ジェットエンジンを搭載した島が水しぶきを上げてこちらに迫ってきていた。
「え、[[rb:優 > ゆう]]!?」
「スゲー!」
島はクロールしながら、目の前を勢いそのままに突っ切って行った。
島の通過の影響で大きな波ができ、付近で遊んでいた浮き輪リトルたちがきゃっきゃしている。
「あんな豪快なクロール見たことないよ! [[rb:優 > ゆう]]さんスッゲー!」
「あれは確かに真似出来ないな・・・」
あくまでも見事なクロールを披露した[[rb:優 > ゆう]]の顔を立てるために、俺は[[rb:玄來 > げんき]]との勝負を見送ってやることにした。
[chapter:柴後輩とクロ兄ちゃん]
次回も続くよ『サマーライオンズ』