虎がウソをついた日

  「[[rb:優 > ゆう]]ー。荷物届いてるわよー」

  母さんの声が聞こえて、俺は自分の部屋から出た。

  ━━━━━[[rb:虎守 > こもり]] [[rb:優 > ゆう]]。大学2年生の虎。

  いつも部屋から出る時は虎耳がかすらないように少し屈む。

  身長は耳を入れれば190cmを超えるし、高校までハンマー投げをガチでやっていたので、そこそこガタイもいい。

  一軒家だが、俺の体格だとこの家は多少手狭なようだ。

  そろそろ大学に行く時間になるが、その前に荷物が届いてよかった。

  俺は玄関に置いてあった荷物を拾って、自分の部屋に戻った。

  簡素な包みを開けて中を確認する。

  入っていたのはCDとアクリルスタンドだ。

  俺の推しのアニメキャラが所属しているバンドが歌うミニアルバムだ。ジャケットは初回限定盤で、予約特典としてバンドのアクリルスタンドも付いている。

  ━━━━━ここからが重要だ。

  CDケースの中にはバンドメンバーそれぞれのアナザージャケットが1枚付いている。お目当てはもちろん推しキャラ。ギターを担当する妹属性の黒猫。確率は5分の1。

  俺は包装を解き、ゆっくりとケースを開いた。

  ━━━━━━━━━違う。

  入っていたのはベースを担当する[[rb:黒豹 > くろひょう]]の[[rb:娘 > こ]]。ギターの黒猫が憧れているお姉さんキャラだ。

  「・・・」

  正直、当たることは期待していなかったので構わない。広い範囲で言えばこの[[rb:娘 > こ]]も推しだ。せっかくだし、アナザージャケットに差し替えておこう。

  俺はCDのジャケットを差し替え、アクリルスタンドと一緒に机に飾った。

  少し早いが目的の物も届いたし、さっさと大学に行こう。

  俺は身支度を整えて部屋を出た。

  部屋を出て玄関で靴紐を結んでいると、後ろから母さんに声をかけられた。

  「今日は晩御飯にケーキも用意してるから、外食せずに帰ってきてね」

  「ん」

  俺はそれだけ言って家を出て、バイクで大学に向かった。

  ━━━━━今日は俺の誕生日だ。

  [chapter:虎がウソをついた日]

  まだ誰も来ていない講義室。

  俺はこの静かな時間が好きだ。

  部屋の外から聞こえてくる音も、この部屋の静けさを引き立てて心地良い。

  俺はタブレット端末を取り出し、専用のペンでキャラ絵のラフを描き始めた。

  ━━━━━━━しかし、しばらく絵を描いていると、静寂を破る輩が部屋に入ってきた。

  「あーもうテストクソだりぃ」

  「とりあえず赤点取らなきゃいいだろ」

  兎の雄と豚の雄、合わせて2匹。興味が無いので覚えていないが、たぶんいつものうるさい集団のやつらだろう。

  「なぁなぁ、今日って何の日か知ってる?」

  兎が豚に質問する。

  「7月21日・・・試験の日?」

  豚が答える。

  「ちげーよ、オナニーの日だよ!」

  豚が気付いて笑い出し、兎も朝抜いたなどと言って笑い出す。

  耳障りだ。

  別に自分の誕生日にその肩書きがあるのが不満なわけではない。

  ただ昔を思い出して不快なだけだ。

  クラスで浮くヤツっていうのは2つに分けられる。人気者か嫌われ者かだ。大体はコミュ力の差でどちらになるか決まる。俺は後者だ。

  昔から体格が人一倍良く、クラスにいたら大体目立つ。それに加えて、勉強もよく出来た。

  しかし、どうやら世に言う“コミュ力”とやらは俺には無かったらしい。

  世の中を上手く渡るあの兎と豚みたいな雑多なヤツらの界隈では、本音で会話しないのが“コミュ力”というもののようだ。

  それが俺には合わなかった。それだけだ。群れなきゃ何も出来ないヤツらの生存戦略に俺が付き合う必要も無い。

  当然というかイジメのようなものもあった。しかし、長くは続かなかった。

  どれだけ下位のヤツらだろうと仕留めやすいエサを求めて狩りをする。だったら立場をはっきり分からせてやればいい。

  勉強も常に首位独占、運動もハンマー投げで2年連続全国高校のトップになった。

  部活も特別枠。常に俺だけ別メニューでやっていた。

  そうやって周りのヤツらを黙らせてきた。

  そして何処から聞きつけたのか、俺の誕生日には負け犬の遠吠えのように“今日はオナニーの日だ”などという話し声がやたらと飛び交っていた。

  そして高校3年、担任の反対を押し切って、このクラスのヤツらも行きそうな地元の大学を受験した。

  そもそも大卒の肩書きさえ取れれば何処でも良いというのが俺の考えだったからだ。

  これは、クラスのヤツらの存在は俺の人生に何一つ影響しないという1つの証明だ。

  俺はこの大学でも同じようなスタイルで過ごすつもりだった━━━━━━━━━。

  「おはよう、[[rb:優 > ゆう]]」

  「おはよ」

  [[rb:黒井 > くろい]] [[rb:琉貴 > るき]]。大学1年の初日の講義でギリギリに入室し、空いていた俺の横の席に座った紺色の猫。

  「お絵描きしてるってことは、今回もテストは余裕って感じか」

  「[[rb:琉貴 > るき]]はどうなの」

  「だから名前ー」

  今日も不意打ちで試してみたがダメのようだ。

  [[rb:琉貴 > るき]]は名前で呼ばれるのを嫌う。女っぽいしキラキラネームっぽいから恥ずかしいとかなんとか。

  気にするほどのことかと思うが、[[rb:琉貴 > るき]]は嫌がるので普段はクロと呼んでいる。

  「計算だけミスらなければ大丈夫だと思うんだよなー」

  俺はいつものようにグミの袋を取り出し、レジュメを見つめる[[rb:琉貴 > るき]]の口元にグミを1粒差し出す。

  [[rb:琉貴 > るき]]もレジュメを見つめたまま慣れた様子でパクッとグミを食べる。

  今日のグミはコーラ味だ。

  猫の人は柑橘系の味が苦手であることが多いらしい。だからいつも、レモンやオレンジといった味は避けている。

  「あ、[[rb:優 > ゆう]]。今日の講義終わったらさ、ちょっとだけカラオケ行こうぜ」

  「いいよ。晩飯までには帰るけど」

  「おう。分かった」

  [[rb:琉貴 > るき]]は1年の最初の講義で隣に座った日から、こうやってよく絡んできては俺を遊びに誘ってきた。

  [[rb:琉貴 > るき]]は基本人当たりが良くて誰とでも話せる。俺と違って講義で同じグループになったメンバーと遊びに行ったりもする。サークルも地域貢献を目的としたボランティア活動みたいなことをしているらしい。

  そんなやつがわざわざ俺みたいなヤツに絡んで、2年生の今までずっと一緒にいるのだ。

  [[rb:琉貴 > るき]]は分かりやすいヤツだが、その理由だけは分からない。物好きとしか言いようがない。

  だが俺も悪い気はしていない。当然だ。俺が“普通”に話して、今までのヤツらは離れ、[[rb:琉貴 > るき]]は離れなかった。ただそれだけの事だ。

  ◆◆◇◇◆◆

  「最後は俺が歌うからな」

  「どうぞ」

  帰りの連絡を入れておこうとスマホを手に取り、母さんにメッセージを打っていると、曲の開始と同時に[[rb:琉貴 > るき]]が歌い出した。

  「”Happy birthday [[rb:優 > ゆう]]〜 Happy birthday [[rb:優 > ゆう]]〜 Happy birthday〜”」

  さすがに少し驚いて、すぐに顔を上げた。

  [[rb:琉貴 > るき]]は有名なバースデーソングを微妙に変えて、俺用の歌にしていた。

  そのまま[[rb:琉貴 > るき]]は1番だけ歌い終えると、曲を流したままマイクを置き、カバンからキレイに包装された何かを取り出した。

  「ほい、[[rb:優 > ゆう]]。誕生日おめでとう」

  俺は流れるままそれを受け取った。

  それはキャンディ柄の包装紙で包んであり、リボンと虎のシールが貼ってあった。

  ちょうどCDケース2つ分くらいの大きさだ。

  「今年は逃さなかったぞ! お前の誕生日」

  去年、[[rb:琉貴 > るき]]に誕生日を聞かれた時は既に過ぎていた。流れで俺も[[rb:琉貴 > るき]]の誕生日を聞いて、俺からは一応プレゼントを渡した。

  だが、こんな風にプレゼントをもらうのは━━━━━━━

  「初めてだよ」

  「ん? ああ、俺が1番乗りだったか!」

  父親からのプレゼントは前日に届いていた。

  でも、初めて友達から誕生日プレゼントをもらった。ある意味1番乗りだ。

  「開けていい?」

  「お、おう」

  少し[[rb:琉貴 > るき]]が微妙な顔をしたが、気にせず包装を解いて中を見る。

  中には今朝家に届いたものと同じCDとアクリルスタンドが入っていた。

  「これ[[rb:優 > ゆう]]が好きなヤツじゃないかと思って、初回限定盤で特典もついてたから急いで予約したんだけどさ、よくよく考えたら[[rb:優 > ゆう]]が買わないはず無いよなって」

  もしかして被ったかと、[[rb:琉貴 > るき]]は耳を垂れ下げ困り顔で笑い、頭をかいている。

  「・・・いや、被ってないよ」

  「マジか! 良かったー!」

  [[rb:琉貴 > るき]]は耳をピンと立てて嬉しそうに笑った。

  「ありがと」

  「おう!」

  ◆◆◇◇◆◆

  「ただいま」

  俺は家に帰ってすぐ自分の部屋へ行き、[[rb:琉貴 > るき]]にもらったCDの中を確認した。

  「ほら、被ってない」

  入っていたアナザージャケットは俺の推しキャラであるギター担当の黒猫だった。

  俺はジャケットを変えて、アクリルスタンドと一緒に今朝机に置いたものと並べて置いた。

  机には黒豹と黒猫のジャケットのCDと、同じアクリルスタンドが2つ。

  俺は何となくそれをスマホで写真に残した。

  「ありがと、[[rb:琉貴 > るき]]」

  俺と一緒に居てくれて━━━━━━━━━

  ありがとう

  [chapter:虎がウソをついた日]

  ☆メインシリーズ読書の方々へ

  時系列的には【海】と【スイカ】の間になります。

  いつも柴クロをお読み頂きありがとうございます。