1.
「『君はセックスが好きだ』」
ワシはそう言って紐に繋がった五円玉をゆらゆらと揺らす。
テーブルの正面に座っていた虎の青年は、驚いたようにハッと目を見開いてからぱちぱちと瞬きをしたが、その数秒後には顔を顰め、こう言った。
「……何やってんすか」
「ふふん。この前ゆーちゅーべで勉強した催眠術や。ほれ、『君はセックスが好きにな~る、好きにな~る』……」
ワシは得意気に言うと五円玉を揺らしつつ神妙な声で暗示を続けたが、虎の青年はジト目でワシを見つめるだけやった。
「んなもんかかるか!」
むぅ。
君はどうしてもワシとえっちしたくないらしい。
ワシと付き合うてから、今日で一週間になるっちゅーのにな!
虎――[[rb:寅江 > とらえ]] [[rb:草太朗 > そうたろう]]クンっちゅー名前の凛々しい虎獣人の青年や――は、ハァ……と呆れたように大きなため息をつくと、
「ホント、グンさんはアホっすね」
と言い捨て、席から立ち上がってすぐ隣のキッチンの方に行ってしもた。ダイニングキッチンなので草太朗クンのことはこっからでもよう見えるけど、その横顔は何故かいつもより険しく思えた。
さらに、草太朗クンが太い指で自分の目元を拭ったように見えたもんで、さすがのワシもビビる。
(あ、あらァ……? そ、そんな涙ぐむほど呆れとるんか……?)
と不安になるワシやったけど、
「……グンさん、コーヒー飲む?」
という草太朗クンの穏やかな声にホッと安心する。
「もち! 飲む飲む!」
ワシが明るい声でそう応えると、
「んっとに。グンさんは子供みたいっすよね」
と虎の青年もどこか安堵したように苦笑した。
「なんやねん子供て。少年の心を持った素敵なイケ猪! とか言うてや~」
「はいはい。分かったって、[[rb:お > ・]][[rb:っ > ・]][[rb:さ > ・]][[rb:ん > ・]]」
草太朗クンはワシが言われたくないワードをわざわざ強調してきよるので、ワシは抗議の意を込めて低い唸り声を上げた。せやけど虎はどこ吹く風で、こっちのことなんか無視してコーヒーの準備を続けとる。
ぐぎぎ、とワシは歯噛みした。草太朗クンてば、いつもこないな感じでワシをからかうねん!
ワシの名は[[rb:猪野牧 軍治 > いのまきぐんじ]]。
さっきみたく草太朗クンにはおっさん呼ばわりされることもあんねんけど、まだ三十代なんやからギリギリおっさんやないもんね! ……っちゅーコトにして自分を慰めとる、まだまだ若いつもりな三十九歳のチョイワルイケ猪獣人や。今日のワシ、昨晩から草太朗クンのおうちに泊まりで遊びに来とんのやった。
やがて部屋の中にコーヒー豆の香りが漂い出し、
「はい、どうぞ」
ワシの前にホカホカと湯気の立つカップが置かれた。カップの側面には可愛らしくデフォルメされた猪の顔のイラストが描かれとる。これ、ワシが草太朗クンちに持ち込んだワシ専用のマグカップやねん。
「おおきに」
礼を言いながら口をつけると、ブラックコーヒーの苦みと深みのある香ばしい味わいがふわりと広がる。
「う~む。やっぱりソウくんの入れてくれたコーヒーは最高やなァ」
「いや。スーパーで買ったインスタントにお湯注いだだけっすよ」
「なるほどなるほど。つまり、既製品でもソウくんの手がかかることで味がグッと増すってことやね。よっ! 名バリスタ!」
ワシが大げさに喜んでみせると草太朗クンは、
「んなわけあるかよ」
そうツッコミつつも、ワシの言葉に笑ってくれとった。
思わずワシは、虎の青年の屈託のない笑顔に見入ってしまう。
……アカン。かわええわ、ホンマ。
草太朗クン、普段は虎獣人らしく凛々しい太眉と黄黒の縞々の被毛が似合う男前な顔しとんのに、こうして笑った時はまるで子猫ちゃんみたいにかわええ表情になんねん!
ワシはコーヒー片手に虎の笑顔を眺めつつ、
(幸せやなァ……)
と心の中だけで呟く。
さっきもちらっと言うたけど。
実はワシと草太朗クン、ほんの一週間前に付き合い始めたばかりの出来たてホヤホヤのアッツアツな新米カップルやねん。でへへのへ!
……え? お前ら男同士やないんかって?
アホ。何言うとんねん、愛に国境は無いんやで! 今流行りのえるじーびーてーとかなんとかいうやつやな!
草太朗クンはワシより十五歳も年下や。ワシの働いとる会社に、彼が新人の営業としてやって来たんが出会いのきっかけやった。虎の青年の凛々しくて真面目そーな顔つきと、ワシのしょーもないギャグで笑ってくれた時の可愛さのギャップに、ワシは出会ったその日から一目惚れしてもて、飯に誘ったりなんかして……。
「グンさん。何でこっち見ながらニヤニヤしてんすか」
ワシ、思わず顔が緩んどったらしい。
「あ、いやいや。なんでもあらへん。ソウくんの素敵なお顔に見とれてただけやで。でへへ」
「うっわ、きっも。マジで引くんすけど」
草太朗クンはそう言ってうへぇという表情を作ってあさっての方に顔を向けたが、その横顔は満更でもないようにも見えた。
ま、照れとるんやろな! よっ! このツンデレ虎!
ワシは右手でコーヒーカップを持ちつつ、テーブルの上に置かれた草太朗クンの手の上に自分の左手をそっと重ねる。虎の青年のごわごわとした毛並みの感触がした。若虎らしく、ハリと艶のある剛毛や。
「……なんすか」
「や~なんでもあらへんで」
ワシがそう言ってにっこり笑うと、虎の青年は、
「ハァ……。んっとに甘えんぼだな、この猪のおっさんは」
とぼやきながら、自分の手をくるりと返しワシの左手をぎゅっと握ってくれた。
その背中では縞々の尻尾がぴん、と立っとるので、憎まれ口を叩きながらも機嫌が悪いわけではないらしい。
草太朗クンの肉球のぷにぷにとした感触と体温を感じつつ、ワシも優しく握り返してあげた。虎の青年はムスッとした表情で黙ったままやったけれど、正直な尻尾がゆったり揺れ始めとるので、彼もワシと手を繋いでリラックスしてくれとるようやった。
(ホーンマにツンデレやねんなこの虎ったら! もう! 惚れ直してまうやろ!!)
なんてワシが内心で叫んでしまうくらい、草太朗クンはかわええねん。
ワシってばもうええ歳やのに、このひと回り以上も年下の恋人にひどく入れ込んどった。それは草太朗クンがカッコよくてかわいくて、ついでにツンデレで素敵な虎の青年っちゅーのはもちろんなんやけども。
……その。
……ちっと大きな声では言えへんのやけども。
……草太朗クンは。
……わ、ワシにとって初めての恋人やねん……。
若い頃のワシは世間体を気にして、同性が好き、なんて言い出せるわけもなくて、この歳までずっと独り身で来てしもたんやった。
せやからもう、なんちゅうか。
ワシは草太朗クンのことが愛おしくてしゃーないし、今まで自分がそういうこと出来んかった分、草太朗クンのことをむっちゃ愛してやりたいねん……!
……な、なんやけどもぉ……。
実はワシらにはちっと問題があってな……。
ワシは草太朗クンと手を握ったまま、居心地悪そうに身じろぎさせた。
愛しの恋人と手を繋ぎ、その体温を感じただけで、ワシの股間はむっくりと上を向き始めとった。パンツの中に下向きで押し込められたまま大きくなりかけとるので、ちっと痛い。
へ? これしきでちんぽ硬くさせて、おっさんのくせに中学生みたいやて?
しゃ、しゃーないやろ! こちとら恋愛経験値むっちゃ低いねん! 低すぎて自分でも引くレベルやねんぞ!
内心でやいのやいのと言い訳しつつ、ワシは草太朗クンの手を放して椅子から立ち上がると、チンポジを直しつつ彼の座る方に回った。
「ん。なんすか」
そう言って顔を上げた虎に、ワシはがばりと抱き着く。
「……ちょっと。グンさん」
ワシの急なハグで驚かしたろかと思ったけど、そんな行動なんてお見通しやったのか草太朗クンは落ち着いた様子やった。
密着すると、彼の声がワシの身体にも直接響いてくるようで、それすらも愛しく感じてまう。
どっ、どっ、どっ、とワシの鼓動が大きくなり、それに合わせるように完全に勃起したちんぽが脈動しとるのが分かった。
――アカンわ。ワシ、もう辛抱できひん。
「あんな、ソウくん。……これからな、あっちの部屋のベッドに行っておっちゃんとスケベしよオブぅッ!?」
ワシが耳元で愛を囁こうとするが早いか、草太朗クンのおっきなお手てがワシの顎をがっちりと掴んどった。
「何をアホなこと言ってんだか、こんな朝っぱらから。……ほら、今日は二人で映画を観に行く約束でしょうが」
ぐぐぐ、とそのまま突っ張りの要領で身体を離されてしまう。
屈強な虎獣人らしく、草太朗クンはワシより力が強いねん。
「え、映画よりも、今はソウくんとスケベなコトしたい気分やな~っちゅーか……!」
ワシは草太朗クンの腕の力に抵抗しつつそう言うてみるが、草太朗クンにはハァ~とため息をつかれ、
「……俺はそういう気分じゃねぇっすけど」
と、げんなりした顔と声で言われてしもた。その瞳に、心底落胆したような色が浮かんでいてワシは焦る。
……も、もしや今のワシ、ただのスケベなおっさんになっとる……!? 草太朗クンに嫌われた……!?
ワシは即座に方針を転換する。
「や、や! 冗談やで冗談! イッツ・ボアズ・ジョ~ク! な~んつって!」
ワシは明るくそう言ってウインクをしながらテヘペロ! と舌を出すと草太朗クンから身体を離した。
「せやせや! 今日は映画デートの日やったね! お洒落なカッコせんといかんわ! ほな着替えてくるな~!」
と言って、リビングを出て荷物を置かせてもらっとる小部屋に引っ込む。
寝間着代わりのスウェットを脱ぎ捨てると、履き古した縦縞柄のトランクスの中央は痛いくらいにテントを張ったままやった。
今度は、ハァ~……とワシがため息をつく番やった。
……せやねん。
草太朗クンとワシ、今日で付き合うてからちょうど一週間やっちゅーのに、まだセックスの一つもしてへんねん! おかしない!?
今までにも何度か[[rb:そ > ・]][[rb:う > ・]][[rb:い > ・]][[rb:う > ・]]雰囲気になりそうな時はあったんやけど、ワシがアプローチをかける度に草太朗クンはさっきみたいに拒否ってきよんねん。
昨晩かてそうや。ワシがせっかくお泊りに来たっちゅーのに、
(ほらグンさん、仕事で疲れてるだろうから今日は早く寝ましょうね)
って部屋の電気消されて、すやすやと寝かしつけられてしもてん!
ワシの方は二十四時間いつでもスケベおっけーやで! でっへっへ! ……ってくらい毎日ムラムラなんやけど、草太朗クンはどうもそうやないらしい。ワシより十五歳も若いくせにあんまり性欲が強くないんかもしれへん。
せやからさっきみたいな怪しげな催眠術にも手を出してみたわけやけども、結果はさっきの通りや……。
いっそ無理に襲ってまうっちゅーのも考えたんやけど、草太朗クンに嫌われんのだけは避けたいし。
てゆーかな、草太朗クンには内緒やけどそもそもワシ童貞やし!
いきなり襲っても上手く挿入れられるかちっとも自信あらへんし!
なっはっはっのは!
……ハァ……情けなさ過ぎて逆に笑えてくる始末や。
ワシってばマジウケる。
「……こんな元気になっとるとこ悪いんやけど、まだお前を活躍させられへんようやわ……」
ワシはそう言いつつ、童貞卒業への期待にビンビンになっとる哀れな愚息をパンツの上から軽くさすってやった。
そないな情けないことしとると、キュン……と胸の奥が痛んだ気がせんでもないけど、まあしゃーなしや。草太朗クンの気持ちが乗らんのに無理やりスケベするんはワシかて本望やない。
ま、ワシの魅力で草太朗クンの方からスケベしたくなるようにすればええねんな!
――そんなわけで、その日からワシは草太朗クンとらぶらぶ♡エッチ♡をするために悪戦苦闘を始めたんや。
*
映画を観終わった後には。
「面白かったっすね~」
と楽しそうな草太朗クンに対し、
「せやな~むっちゃええ映画やったわ~。ほなこの後どないしよか? ……あ、せや! 90分4000円くらいで休憩できる場所なんてどやろ? でへへ」
ってごくごく自然な流れを装い、草太朗クンをカップルがスケベする施設(いわゆるラブホやね!)に誘ってみた。
だが、
「え、なんすかそれ。焼肉食べ放題とかっすか?」
と草太朗クンはキョトンとした表情になってしもた。
ワシを信じとる虎の青年にピュアッピュアな目で見上げられ、良心の呵責に苛まれてしまったワシは、
「……ん! せやな! 焼肉! 分かる! ワシも大好きやで食べ放題! そゆ店探そか!」
と泣く泣く焼肉食べ放題の店を探したり。
翌週。
またもや泊まりでやって来たワシのために、草太朗クンが手料理を振舞ってくれる言うて(むっちゃ嬉し!)台所に立っとったので、
「……ソウくん」
と静かに呼びかけながら背中から抱き着き、
「手料理もええねんけどな。……ワシ、キミのことも食いたい気分やねんでェ……?」
って愛情たっぷりに言うてみた。
でも、料理の手を止めた草太朗クンに、
「あのなグンさん。今の俺、包丁持ってっからな。火も使ってるし。……危ねぇんでやめてもらっていいっすか、マジで」
とガチのトーンで説教されてしまい、
「は、はひ……。すんません……」
すごすごリビングに戻る羽目になったり。
またさらにその翌週。
草太朗クンが一人でシャワーを浴びとる時に、ワシも裸になって浴室の中折れ扉をバンと開け、
「わっ!?」
と驚いて泡まみれの頭しとる草太朗クンに向けて、
「……お風呂いっしょに……入っても……ええかなぁ〜っ? ソウくん!? ワシと久しぶりに……」
って言いながらワシの逞しい猪ぼでー(ま、ちっとお腹は出とるけど。ちっとだけ)を見せつけたった。
しかし、
「一緒になんて一回も入ったことねえだろうが!!」
と怒った草太朗クンに冷水シャワーをぶっかけられ、
「ぎゃあ!? ち、ちべたい!!」
って悲鳴を上げて退散したり。
ほかにも、就寝前には先に草太朗クンのベッドに入って、
「ほな、寝る前におっちゃんと愛を確かめ合おか……?」
と誘惑してみたり(力づくで押しのけられてベッドから落ちた)。
寝起きの草太朗クンに、
「でっへっへ! ワシがソウくんの朝勃ち鎮めたるで! ほなおパンツ脱がしたろ!」
って下半身に襲い掛かってみたり(逞しい両脚に蹴り飛ばされて床を転がった)。
……とまァ色々やってみてんけど、どれも草太朗クンの若い身体に火を着けるには至らんかったらしく。
そうこうしてる間に、ワシらが付き合い始めて丸一ヶ月が経ってしもた。
ワシ、このまんまじゃ全然童貞捨てられへんやん!
言うてもワシかて雄やし、普通に生活しとるだけでも溜まってくねん。週末になると(今週こそヤったるで!)と鼻息荒く草太朗クンちへお泊りに行くんやけど、毎回それが発散されないまま帰る羽目になっとった。ワシ、大好きな草太朗クンの傍で過ごすだけでもムラムラしてまうっちゅーのに!
おかげでワシは自分ちに帰ってくるが早いか、パンツまで脱ぎ捨て右手で自分を慰さめるのが習慣になってしもた。
*
「……んっ……ソウくん……っ」
せんべい布団に大の字になって妄想するんは、もちろん愛しの虎の青年との情事や。
草太朗クンのことを想いながらガチガチに硬くなったワシ自身を握ると、思わず吐息が漏れてまう。
ワシの逸物の長さはまァ……人並みかそのちっとばかし下くらいやろけど、太さには結構自信あんねん。ただ普段は半被りなのが玉に瑕で、そのせいか先端がちっと敏感やった。ワシは未だ経験したことのないセックスを夢想しながら、自分の太短い愚息を扱く。
(……グンさん、恥ずかしいっすよ……)
生まれたままの姿の草太朗クンが、腕で目元を隠してワシの名前を呼ぶ。そんなスケベな姿を頭の中に思い描くねん。
(なんも恥ずかしがることないで、ワシら恋人同士やろ。……痛くせんようにするからな)
ワシは目を閉じて情景を頭に思い浮かべながら、べろりと舌なめずりをする。
せや。
ワシは今から大好きな草太朗クンと一つになんねん。そう考えるだけで、耳の奥で自分の鼓動が聞こえるくらいにワシは興奮してまう。右手で握っとる逸物がこれ以上ないほどに硬く勃起しとって、心臓の動きに合わせてビクビクしとるのが分かる。
(ほな、挿入れたるで。力抜いてやソウくん)
ワシは頭の中で呟き、左手で皮を剥いて亀頭を露出すると、右手を軽く握って作った筒をちんぽに向けてゆっくりと下ろしていく。亀頭が肉の壁に触れた途端、下半身が溶けそうなくらいの快感が襲ってきて、ワシは思わず嘆息する。ずりずり、と敏感な亀頭が擦れて、ワシの被毛が逆立つんが分かった。
……今ワシは、念願の草太朗クンの雄穴にちんぽをハメとるんや。
アカン、アカンわ。むっちゃ気持ちええ……。
やがてワシの右手は完全にワシの逸物を包み込む。それだけで、ワシのちんぽはイってまいそうなくらいにトロトロと先走りを垂れ流しとった。
はっ、はっ……、とワシの呼吸が次第に荒くなる。
(そ、ソウくん、挿入ったで。ほな動くで……)
ワシは草太朗クンに優しく声をかけると右手をゆっくりと上下させた。
「ぐっ……んあっ……」
ぬちゃり、と先走りで濡れた右手の中を亀頭が滑る。挿入れた時とはまた違う刺激に、ワシは、
「あっ、アカンッ! んぐゥっ……!」
呆気なく三擦り半で果ててしもた。
限界を迎えたちんぽが痙攣するようにしてどびゅる! と溜め込んだ精液を吐き出し、ぼたぼた、とワシの腹の上に落ちる。
「んむっ……! ぐゥっ……!」
続けてちんぽはビクンビクンと脈動し、それに合わせて濃厚な白濁がどぷりどぷりと溢れる。
目の前が真っ白になるような快感に何度も襲われて、ワシの口からは呻くような声が漏れた。
「……ハァ……ハァ……」
やがて射精が終わり快感が引いていくと、気怠さと共に寂しさが襲ってきた。
どんなに気持ちええマスかいたってワシは童貞のまんまやし。本物の草太朗クンはここにはおらんし。
こんなん、ええ歳の猪が独りぼっちで自分を慰めとるだけやし。……虚しいわ。
そんなことを考えとると、キュン……とまたワシの胸が苦しくなってきた。
つら。
……なァ、草太朗クン。
やっぱりワシ、君とセックスがしたいねん……!
[newpage]
2.
――こうして迎えた、付き合うて一ヶ月記念の週末の夜のことやった。
二人でちっとええ店で外食して。
草太朗クンちに帰ってきて、風呂入って。
さあ寝るかっちゅー時に。
ベッドに入ろうとした草太朗クンに、辛抱が効かんくなったワシはとうとうガバーッと襲い掛かってしもた。
「ちょっ!? ちょっと待てグンさん!」
「待たん! ワシ、もう一ヶ月も待ったんやで!」
必死に抵抗する草太朗クンやったが、ワシかて必死やった。
だってこのまんまやとワシ一生童貞のままやもん! せっかく初めて出来た彼氏とスケベせんまんまなんて、ワシもう耐えられへん! この日のためにゆーちゅーべの動画で柔術の寝技をむっちゃ勉強したし!
ワシは草太朗クンを転がしてベッドにうつ伏せに押さえつけると、彼の寝間着のズボンをパンツごとずり下ろしたった。
「や、やめろってグンさん!」
「やめん! もうワシ、我慢の限界やねん!」
草太朗クンのかわええ縞々柄の尻尾と尻を目にして、ワシの逸物がバキンと一気に臨戦態勢になる。
今日こそワシは本物の草太朗クンにちんぽをハメんねん。今日という日のために何度もイメトレしてきたんやし! 独りで寂しくちんぽを扱くんは昨日でおしまいや! 今日こそ童貞卒業してワシもオトナの雄になんねん! 草太朗クンかてこんな嫌がっとるけど、一旦ハメたったら気持ちよくて喜んでくれるに違いあらへん!
ワシは自分もパンツを脱ぎ捨てると、ビンビンに硬くなったちんぽを掴んで草太朗クンのケツへと狙いを定め――
「……ッく……、ヒック……」
その時やった。
ワシの耳が、押し殺したような声を捉えた。
草太朗クンの、泣いとる声を。
それだけで、ワシは前みたくシャワーで冷水を浴びせられたような気になった。途端に、しおしお、とワシの逸物が元気を失ってまう。
さ、さすがに泣かれてしもたらワシかて無理やり襲うなんて出来ひん。
だってワシ。草太朗クンに惚れとるんやもん……。
ワシは草太朗クンを押さえつけるのをやめて、ベッドの上に正座する。
「……な、泣かんでやソウくん……。そ、そんな嫌なんか、ワシとスケベすんの……?」
言ってから、ワシは自分の言葉でグサリと傷つく。
そうなんやろか。
草太朗クン、ワシとスケベするのが泣くほど嫌なんやろか……。
だが虎の青年は、ぐすぐすと鼻を鳴らしたまま首を横に振った。
「違う……違うんす……。そうじゃねえんす……お、俺、グンさんのこと大好きだし……」
わお。なんやこの虎、急に嬉しいこと言うてくれるやん。ワシの顔がかぁっと熱くなる。
「え? 何? よく聞こえんかった」
「だから、グンさんとそういうことすんの、別に嫌とかじゃなくて……」
「ちゃうちゃう。その後や。もっかい言うて」
「だから……、俺、グンさんのこと好きだし……」
「さっきは『大好き』て言うたやん」
「聞こえてんじゃねえか! このアホ猪!」
草太朗クンが首を捻ってワシに向かって牙を剝く。やん、この虎こわーい。
「違うんすよ、グンさん。……俺がグンさんとのセックスを拒んでる理由は――」
いきなり核心に触れられそうになって、コンマ数秒の間にワシの頭がフル回転した。
……も、もしや、ワシの息がくさいから、とか、セックスがヘタクソそう、とかそないな理由やろか。
ウッ、ガフッ(吐血)。
そんなキッツイこと草太朗クンに言われたらワシも泣いてまいそう。
一瞬、ワシは傷つきたくなくて耳を塞ごうかと思ったが、草太朗クンのお口から聞こえてきた言葉は予想外のモノやった。
「――俺とセックスすると、グンさんが死んじまうからなんすよ……!」
「……へ?」
ワシの牙の間から、間抜けな声が漏れた。つい顔が半笑いになってしまう。
「ど、どゆことォ? ソウくんはサキュバスかなんかなん?」
思わず冗談めかして言ったが、虎の青年は真顔のままやった。
「……それを言うならインキュバスだと思うけど。サキュバスは雌っすよ。俺は雄なんで」
「こまかっ! いやどうでもええやろそこは! 分からんわ!」
ワシはツッコミを入れるが、草太朗クンは笑ってくれへんかった。
代わりに、ワシの目を真っすぐに見つめて声を上げた。
「……グンさんは俺とセックスしたら、イッた瞬間に死んじまうんすよ……!」
言っとる内容はむちゃんこアホらしいのに。
そう訴える草太朗クンはまた泣き出しそうな、悲痛な顔をしとって、ふざけとるようには見えなかった。
まるで、草太朗クンはワシが死ぬことを心から恐れているように思えて。その表情があまりに真に迫っとって。
せや。
まるで、[[rb:ワ > ・]][[rb:シ > ・]][[rb:が > ・]][[rb:死 > ・]][[rb:ぬ > ・]][[rb:と > ・]][[rb:こ > ・]][[rb:ろ > ・]][[rb:を > ・]][[rb:実 > ・]][[rb:際 > ・]][[rb:に > ・]][[rb:見 > ・]][[rb:た > ・]][[rb:み > ・]][[rb:た > ・]][[rb:い > ・]][[rb:に > ・]][[rb:。 > ・]]
そんなことを考えたら、ワシの背中の被毛がぞわりと逆立ってしもた。それくらいの深刻さが、若虎の表情と言葉にはあった。
でもワシは内心動揺しているのを隠して、まだ半笑いを崩さなかった。
「な、なんでそないなことが分かんねん?」
ワシの問いに、草太朗クンはゆっくりと身体を起こすと呟くように言った。
「……にじゅうにかい」
「え。なんやて?」
おもむろに起き上がり、ベッドの上に胡坐をかいた虎は、ワシの方を悲しげな眼で見つめる。
「22回。それが、俺がグンさんが死ぬのを見た回数なんすよ……」
「え? え?」
ワシは混乱する。や、や。ワシ、今生きてますけども!?
「……信じてもらえないかもしれぇねっすけど」
だが草太朗クンは一語一語、ワシに言い聞かせるように言葉を続けた。
「グンさん。――俺、ループしてんすよ。三週間前から、グンさんが死ぬまでの期間を何度も何度も……!」
*
「――えっとぉ……。る、ループてつまり、なんや。……あの、同じ日を何度も繰り返すとか、ああいうやつ?」
ワシと草太朗クン、下半身すっぽんぽんのままで恰好がつかへんかったので、二人してパンツ――草太朗クンはワインレッドのボクサーパンツで、ワシは青い縦縞トランクス――だけ穿いてベッドに並んで腰かけ、話を再開した。
ワシの言葉に、隣に並んで座った虎の青年はホッと安堵したような表情で頷く。
「そう、それっす。俺はグンさんが死ぬと、付き合ってから一週間目の土曜の朝に戻るんすよ。……意味、分かります?」
「い、一応言うとることは分かるけども」
ループ。ワシかてそれくらいは分かる。
漫画や映画ではようある話やな。同じ時間軸を、主人公が何度も何度も繰り返すことになるヤツや。学園祭の前日やったり、夏休みの二週間やったり、自分や近しい人が死ぬまでの数日間やったり。その繰り返す時間軸から脱出するために主人公が奮闘するんがお決まりのストーリーやね。
そして、草太朗クンもそのループをしとる、ということらしい。
……いやいや。んなアホな。
時間っちゅーのは一方通行やと相場が決まっとる。
ループなんて、そんな非現実的な話をいきなり信じられるほど、ワシはもう子供とちゃうねん。
きっと草太朗クンは悪い夢でも見て、それを現実と勘違いしとるんやろ。セックスしたらワシが死ぬなんて、そんなバナナ(笑)。
なんてことを考えとったら、
「……その顔、やっぱ信じてねぇっすね」
見透かされてるように言われてしまい、ワシはギクリとする。
「や、や。信じとるて! ワシがソウくんの言うことを疑うわけあらへんやん」
「いいっすよ別に。今までのループで、グンさんがすぐ信じてくれたこと一回もねぇっすもん」
そう言って草太朗クンは苦笑いを浮かべる。なんとなく馬鹿にされとるような気がして、むぅ、とワシは唸る。
「せやかてなソウくん。いきなりそないなこと言われても、信じる方がおかしない? ……ほな、ホンマにループしとるっちゅーんならワシが今から紙に書くこと当ててみてや」
ワシはベッドの横の机の上にあったボールペンでメモ用紙を手に取ったが、草太朗クンは微妙な顔をした。
「いやいやグンさん。それ『前回』もやられましたけど、それが分かったとしても俺がループしてることの証明にはならねぇ……」
と言いかけてから虎はぼそぼそと呟いた。
「……まあいっか。グンさん単純だし。どうせ前と同じこと書くだろ……」
ん? なんか失礼なコト付け加えへんかった草太朗クン!?
ワシはまたもやムッとしながら、草太朗クンから見えへんようにしてメモ用紙に一文を書いた。
『ワシ、ソウくんとむっちゃセックスしたいねん!』
草太朗クンはこんなアホな文章思いつかんやろ。がはは!
ワシは紙を四つ折りにして右手に握りこむと虎の青年に向き直り、拳を突き出した。
「よっしゃ、ほな当ててみソウくん!」
「……どうせ『俺とセックスしたい』とかその辺だろ」
ジト目の虎にぴしゃりといわれてしまい、ワシは固まる。
ええ……ホンマかいな……。
「お、大当たりや……」
ワシは観念して紙を開いたが、それを見た草太朗クンはハァ、と小さくため息をついただけやった。
「んっとに。グンさんは毎回どのループでもスケベなことしか考えてねぇから笑えるっすね」
なんて、ちっとも笑ってない真顔で言いよる。ぐぎぎ。バカにしとる。
「ワシかて真面目なこと考えとるし! 環境問題とか世界情勢とか!」
「無理すんな無理すんな」
「や! ホンマやって――」
ワシは口を尖らせたようとしたが、突然、草太朗クンがワシのお腹にがばりと抱き着いてきたのでぎょっとしてまう。
「ど、どしたん」
「……信じてくれたっすか」
ワシのお腹に顔を寄せたまま、草太朗クンが小さく言う。下を向いたままやから顔はよう見えへんけど、その声は。
少し震えとった。
「ホントはこんなんじゃループの証明にならねぇんすけど。……俺、ホントにループしてんすよ」
「……うん」
ワシは頷きながら、自分の手を草太朗クンの頭の上に優しく置いた。そうしてあげた方がええ気がしたんや。
「信じてもらえねぇんだったら、今夜これから雨が降ることだって、明日の昼に銀行強盗のニュースがあることだって言えます」
「……うん」
「何度も何度もループして、グンさんを助けようとしたんすよ……。ホントなんすよ……」
「……うん」
ワシはゆっくりと虎の頭を撫でた。
ホンマはまだ半信半疑なとこはあんねんけど、この虎の話を信じてあげたいと思った。
だって、草太朗クンの言うことが、ループとやらがホンマのことなんやとしたら。草太朗クンはずっとずっとワシにそのことを隠しとったんやろ。
……そんで、ワシが死ぬ、なんて場面を何度も見てきたんやろ。
秘密を隠して。でも最後にはワシが死んでしもて。それを何回も繰り返して。
そらァ辛いに決まっとるわ。
もし逆やったら。
もし草太朗クンが目の前で死んでしもたら。
ワシ、絶対耐えられへんもん。
「だからグンさん。今回のループは死なないでほしいんす……」
「う、うむぅ……」
ワシの曖昧な返事に、草太朗クンがピクリと反応する。
「なんで歯切れ悪いんすか」
顔はワシの腹にひっつけたままやったけど、草太朗クンの声がちっと鋭くなった。
ワシは躊躇いながらも聞き返す。
「え、えっとォ……。ソウくん、それはつまり、具体的にワシはどうしたらええのん……?」
いや。
ホンマはわざわざ尋ねんでもワシかて分かっとる。
今までの草太朗クンの話と行動をまとめると、ワシが生き残るための答えは一つしかないねん。
そして草太朗クンは、ワシのお腹に顔をうずめたまま、予想通りのことを言うた。
「……俺とセックスするのは諦めてください……」
イヤぁぁああああ!! それが一番辛いんやけどもおおお!?!?
*
「――最初のループが始まったのは、グンさんと付き合って一週間目の日だったんです」
草太朗クンは、ワシと並んでベッドへ横になったままぽつぽつと話してくれた。
室内の明かりはオレンジ色の常夜灯だけで、うっすらと照らされた草太朗クンの顔がワシの正面にある。外からはしとしとと雨音が聞こえ始めとった。さっきの草太朗クンの予言通りや。
もう一ヶ月も付き合うとるのに、こうして添い寝することすらも初めてやからワシは勝手にドキドキしとった。けれど、一方の草太朗クンはワシがすぐ隣におることなんか全然気にしてへんようやったし、それどころか憂いを帯びた深刻な表情をしとる。
よう考えたら、ループしとる草太朗クンにとっては添い寝なんてもう何回も経験しとることなんかもしれへんよなァ……。
「その一週間目の夜に、えっと……初めてグンさんと『した』んですけど、その直後……グンさんは……俺と抱き合ったまま……急に苦しみ出して……」
草太朗君が言い淀んだのでワシはその先を引き継ぐ。
「え、えぇ……? そ、そのまんまワシ死んでしもたん……?」
草太朗クンは悲し気に目を伏せ、頷いた。
ワシは自分に呆れる。そないなトコで死ぬなんて最悪のタイミングやん。
自分の方は死んでしもたらそこまでやから別にええねんけど、相手にしてみたら自分とスケベした直後に目の前で恋人が死んだわけや。そらァトラウマになるんやないか。
妙なとこで死によって、猪野牧軍治のどアホー! いやワシやけど!
「……俺に抱き着いたままグンさんの身体にはちっとも力が入ってなくて……それで仰向けに寝かせたんすけどもう息をしてなくて……それで、俺、救急車を呼んで、心臓マッサージとか……色々指示されてやったんですけど……結局……」
虎の青年の声がまた震え出したので、ワシは思わず草太朗クンの頭をがばりと抱きしめてやった。
「ええてええて。無理して話さんでも」
ワシの腕の中で草太朗クンは首を振る。
「……大丈夫っす。聞いて、ほしいんす」
ゆっくり、ゆっくり、草太朗クンは順を追って話してくれた。
救急車がやってきて、ワシは蘇生処置を施されながら病院まで搬送されたこと。
病院でもお医者の先生に色々治療をしてもらったそうやけど、結局息を吹き返すことはなく既に死んどることが分かったこと。
特に持病もあらへんワシの突然死やったから、病院から警察へ連絡が行ってしまい、草太朗クンも警察に根堀り葉堀りと事情聴取されたこと。
そしてワシが死んでしもた翌日の昼頃、疲れ果てた草太朗クンが泣きながら眠りについたら、その前日の朝――ワシが草太朗クンの目の前で五円玉を揺らしとる時点に戻っとったらしい。
「びっくりしたっすよ……ハッと気づいたら、死んだはずのグンさんが目の前で『君はセックスが好きだ』とかなんとかやって、ふざけたことやってんすから」
ワシは複雑な気持ちで閉口する。
あの日のワシ、半分くらいは本気で催眠術かけようとしてたんやけどもォ……。
「最初は悪い夢でも見たのかと思ったんす。でもそんなことがあったから、その日は――つまり二回目のループのその日は、グンさんと『する』気になれなくて。そしたら何も起こらなくて、悪い夢でも見たのかと思ったんすけど」
草太朗クンはそこで一旦言葉を切ったが、もう一度話し出した時はまた声が震えとった。
「……でも、さらにまた一週間後にグンさんが遊びに来てくれた時に……」
ワシはまたその先の話を引き継いだ。
「――ワシとスケベしたら、まーたワシがイッた直後に死んでしもたっちゅーことやんな?」
草太朗クンはワシの胸の中でこくりと頷く。
うわ、そんな何気ない仕草もかわええなこの虎は。ホンマ好き好き。ちゅっちゅ!
……や。話を戻そか。
そして草太朗クンはまたループして、一週間前の朝に戻ったそうや。
それから何度も何度も、ワシの死を見てはループをするということを繰り返していたらしい。
その数、なんと二十二回。
「っちゅーことは、今は二十三回目のループなんやな?」
「そうっす」
草太朗クン返事に対し、ワシは神妙な顔をして呟く。
「なるほどなァ。つまり『二十二回の別れ』っちゅーことやんな、がはは!」
ワシは重い空気を良くしようと軽妙なギャグを飛ばしたが、虎の青年は怪訝な顔をした。
「は?」
「あ、いや。なんでもあらへん」
草太朗クンにはちっとネタが古すぎたらしい。じぇ、ジェネレーションギャップや……。
話を聞きながら、ワシは三週間前に草太朗クンに催眠術をかけようとした時のことを思い出していた。
そういやワシが五円玉を揺らしとる時、草太朗クンは妙にハッと驚いたような顔しとったし、その直後に目元を拭ったような仕草もしとった。
あの時はワシのアホな行動で泣くほど呆れさせたんかと心配したけども、あれが草太朗クンがループから戻った直後なんやったとしたら納得できる気がする。あれはつまり、まだ元気やったワシに会えて嬉しくて涙腺が緩んだっちゅーことやったのかもしらん。
でっへっへ。草太朗クンてばやっぱりワシのこと大好きやん! ホンマにツンデレなんやからなァ。
そんなワシのこと大好き草太朗クンは、毎回のループでなんとかワシを助けようと行動してくれたそうや。
何度ループを繰り返しても、どうやってもワシは草太朗クンと初めてのおセッセをすると死んでまう。イったついでに[[rb:逝 > イッ]]ってまうっちゅーことやね(やかましいわ!)。
せやから、草太朗クンは毎回のループする度になんとかワシとスケベせんように拒んでくれとったらしいんやけど。
「……結局、毎回どこかのタイミングでグンさんと『する』ことになっちまって……」
「……うむぅ……なるほどなァ……」
ワシは、草太朗クンの頭を抱いたまま唸る。
きっと『以前のループの猪野牧軍治』も、今夜のワシのように草太朗クンに襲いかかってコトに及んだに違いあらへん。まさかそれが自分の死に繋がるなんて、考えもせずに。
なんてアホなんやろ、ワシ。
「……だからグンさん。今回はもう俺、グンさんの死ぬとこなんて見たくねえんす……。頼むよ……」
草太朗クンがワシの顔を見上げて、懇願するようにそう告げる。屈強なはずの虎の青年の瞳が潤んどって、彼が本気でワシの身を案じてくれているのが、本気でワシのことを想ってくれとるのが分かる。
もう! こんなん言ってもらえるんむっちゃ嬉しいに決まっとる。草太朗クンてば普段あんなんツンツンしとる癖に、ワシのこと好きすぎるやんけ!
ワシは思わず、草太朗クンのことをぎゅうっと抱きしめた。
なんてかわええ年下の恋人なんやろ。キミを抱きしめとるだけで、愛しさで胸が一杯になって全身が熱くなってくのが分かる。
心臓がドキドキして、手足の先までポカポカして、頭がポーっと熱をもって。
ワシ、幸せな気持ちでいっぱいや……。
そんでもって。
当然のように。
そんな気持ちになったら。
――ワシの股間も、熱く滾っとった。
「……あの。グンさん」
ワシに抱きかかえられたまま草太朗クンが身じろぎする。
「どしたん」
「なんかさ、その。硬いもんが俺の腹に当たってんだけど」
「それはな、ソウくん。…………………………当ててんねや」
ワシの声に妙な熱がこもったことを草太朗クンは感じ取ったらしい。
虎の青年は咄嗟に腕を動かしてワシから離れようとしたが、抱きしめられとるせいで上手くいかんかった。ジタバタしようとする虎を、ワシはぎゅっと腕に力を入れて抑え込む。
「ちょ、ちょ! グンさん!? 待って!?」
ああ。慌てとる顔もかわええな。
今はっきり分かったわ。
やっぱりワシ、この虎の青年のことを心から愛しとんねん。大好きやねん。せやからな、この愛に殉じるんなら本望なんや!
「……ごめんな、ソウくん。やっぱりワシ、死んでもええからソウくんとエッチしたいわ……」
「さっきの話の流れでそうなんの!? 嘘だろ!?」
「……愛しとるで、ソウくん」
「話聞けよ!?」
ワシは草太朗クンをハグしたまま横向きにごろんと四分の一回転すると、草太朗クンを下にして、その上から覆い被さるようにして身体を密着させた。本能的に下半身を擦り付けるように動かすと、いきり勃ったワシの先端が、パンツの生地越しに別の硬いナニかに当たる。
「ッ……」
ワシが股間に快感を覚えると同時に、草太朗クンもまた息を詰まらせたような声を漏らした。
ワシは身体を離してニヤリと笑う。
「なんや。ソウくんも硬くしとるんやないか」
ワシがそう言うと草太朗クンは
「そ、そりゃあんな密着してたら……! 仕方ねえだろ……!」
と恥ずかしそうに目を逸らす。
やーん、もうこの虎ったら! 草太朗クンかてワシとヤるき満々っちゅーことやんな!
「もうスケベの準備万端っちゅーことやん! でへへ!」
「ち、ちげーよバカ! 本気かよグンさん!? や、ヤッたらアンタ死ぬんだぞ! いいのかよ!?」
虎はそう言ってワシを睨みつける。
でもワシかて半端な想いでヤろうとしてんやない。文字通り、命懸けてんねん!
ワシは草太朗クンを見下ろしたまま、覚悟を決めて口を開く。
「……あんな草太朗クン。ワシ、君に言わないかんことがあんねんけど」
「な、なんすか急に改まって」
「ワシ。その、な。……恥ずかしながら、この歳で童貞やねん」
「はぁ。知ってますけど」
ズコーっ! ワシはがくりと肩を落とす。
ベッドの上じゃなかったら盛大にズッコケとるところやで!
「なんで知っとんねん!? 前のループで聞いたん!?」
「それもありますけど。グンさんて言動がなんかそれっぽすぎるっていうか」
グサリ、とワシの胸に言葉のナイフが突き刺さる。
えっ。ワシの言動、童貞っぽすぎ……!?
「う、うっさいわい! ほっとけ!」
思わずワシの声が大きくなる。
今まで草太朗クンにそう思われてたんやと考えると、さすがにちっと涙目や。
「拗ねないでくださいよグンさん……。俺だって今まで恋人いたこと無いから経験ねえっすよ」
草太朗クンは慰めるようにそう言うてくれたが、ワシはそんな虎をジト目で見下ろした。
「それや」
「へ?」
ワシの短い返事に虎がきょとんとする。
「ソウくんがな、ワシと一緒に今まで童貞処女でいてくれたんはむっちゃ嬉しいねん。ワシのためにありがとな……」
「いや。別にグンさんのためじゃねえけど……」
なんか小声で反論されたがシカトする。
「しかしやなソウくん!」
ワシはびしりと草太朗クンに指を突きつける。
「君はな、ワシと違って前のループでもうセックスを経験しとんねん!」
「ハァ!?」
「だって二十二回もワシが死んだっちゅーことは、ソウくんはワシと二十二回セックスしたっちゅーことやん!」
「い、いやそりゃそうですけど!」
「ずるいでソウくん! ワシだけセックスしたことないままなんてイヤや!」
ワシはそう言うと、勢いに任せてがばりと草太朗クンに覆い被さる。
「何言ってんだよバカ! 死んじまったら元も子も無いだろが!」
草太朗クンはワシの身体の下でジタバタと暴れるが、この体勢になったら体重のあるワシの方が強いもんね。
ワシは虎の耳元で呟く。
「せやけどなソウくん。……ワシ、大好きなキミとセックスせんまま死ぬ方がイヤやもん……」
草太朗クンの前では強気のまんまでいたかったけど、本音を吐露したら情けないことに声が震えてしまいよった。
ワシかて死にたいわけやないねん。
もちろん死ぬなんてイヤに決まっとるわ。
でも、草太朗クンとスケベせんままこの先の一生を過ごしてくくらいやったら、一発ヤって、幸せな時に散った方がええんやないかなんて思ってんねん。ワシの臍の下の愚息もおっ勃ったまんまで、そうやそうやと頷いとる気がするし。
何より大好きな草太朗クンと繋がりたい。
一緒に気持ちようなってみたい。
ワシの想いはこれだけやけん。
ワシの声の調子が変わったことを察してか、草太朗クンの動きが弱まる。
「……泣き落としっすか」
「失敬やな。本気でそう思っとんねん。……キミのことが好きやから、愛しとるから。ワシは死んだってキミとヤりたいんや」
ワシの言葉に、草太朗クンはハァ……と大きなため息を一つつく。
「本当に……。今回のループのグンさんもマジでバカっすね……」
虎は諦めたようにそう言うと頭を動かして、抱き着いとるワシの頬へと口づけをしてくれた。
それは了承のキスやとワシは解釈する。
ワシはゆっくりと草太朗クンから身体を離すと、彼の顔の両側に手をついて最愛の虎を見下ろした。
「……ソウくん、好きや。大好きや。ワシ、たとえ死んでも君を愛しとるで。それだけは忘れんといてな」
「グンさん……」
ワシの言葉に、虎の青年はワシの顔を正面から見つめ返す。虎はまた瞳を潤ませて涙を堪えとる表情をしていた。
悲しそうな、切なそうな、溢れ出す感情を押しとどめようとしとる顔。
でもそれでいて、ほんの少し朱に染まった顔は熱に浮かされとるようにも見えて、草太朗クンもワシに欲情してくれとるんやと思った。そのことが嬉しい。この虎のことが愛しい。
よしよし、泣かんでもええで草太朗クン。今からワシが仰山愛して、抱いて、気持ちようしたるからな。
ワシがそっと顔を近づけていくと、虎はもう拒まんかった。
二人のマズルが密着し、ワシがおずおずと舌を差し出すと、草太朗クンもそれに舌を絡ませてきた。
「ふっ……んッ……」
「んゥ……はっ……」
二人して、荒い息をつきながらお互いを求め合う。湿った肉と肉が触れ合うんはひどく気持ちええもんやった。
あれほどワシとの情事を拒んどった草太朗クンやけど、一度火が付いたらワシの口内を貪るように口付けをしてきよった。ワシの牙や歯列を丁寧に舐めたかと思えば、急に湿った音を立てながらワシの舌に自分の舌を絡ませてくる。ただでさえ初めてのチューで興奮しとんのに、あんまりにも情熱的なディープチッスをされてワシの頭はクラクラし始める。
おかげさんで、抱き合いながらキスしとるだけやっちゅーのにワシの逸物はパンツの中でこれ以上ないくらいビンビンに硬くなってしもた。先端から先走りが漏れて、濡れた布地がぬるぬるしとるのが分かるくらいや。
「ンッ……グぅ……」
草太朗クンとキスを重ねる度にちんぽがビクリとして先端が擦れるもんで、ワシは唸り声を上げてまう。
ついでに、草太朗クンも腰を擦り付けるように動かしてくるもんやから、ワシと草太朗クンのちんぽが布越しに触れ合って、そのことにワシはひどく興奮した。
……。
……。
……。
……アカン。
……わ、ワシ、キスとハグだけでイってまいそ……。
お恥ずかしいことに、経験値が低すぎるせいでワシのちんぽは直接触れられることもせずに限界を迎えつつあった。
(……た、確かワシ、『イッたら死ぬ』んやったよな……? まさか暴発で死ぬこともあるんか……!?)
草太朗クンの中に種付けして果てるんならまだしも、パンツん中にお漏らし射精して死ぬなんてイヤすぎなんやけど!?
そんなことを考え命の危機を感じたワシは、一旦自分とちんぽを落ち着かせよと草太朗クンから身体を離そうとした。
その時やった。
「――ごめんグンさん! 俺やっぱりダメだ!!」
突然、草太朗クンがワシの胸を思い切り突き飛ばした。
「のわァっ⁉︎」
上体を起こそうとしたワシと、ワシを押し退けようとした草太朗クンの動きがピッタリ重なり、勢い余ったワシは後ろ向きにごろりんと転がりベッドから落ちてしもた。
どたどたん! とけたたましい音を立ててケツから床に落下する。
「あいたたた……!」
頭をぶつけへんで良かったけども、勢いよく尻餅ついてしもたからかなり痛い。
顔を顰めながら視線を上げると、草太朗クンがベッドから立ち上がるとこやった。虎はワシの方を一瞥すると、
「ごめんグンさん……! 俺、やっぱりグンさんが死ぬの分かっててセックスなんかできねぇよ!」
そう言うが早いか、脱ぎ散らかしてあった服を掴んでバタバタと寝室を出て行ってしもた。
ワシは呆気に取られ数秒固まってしもたが玄関の方から、ばたん! とドアが開閉される音が聴こえきてハッとする。
……え。まさか草太朗クン、外に飛び出していったんか? 雨降っとるのに!?
「ちょっ、ちょ!? ソウくーん!?」
ワシは焦って声を上げたが、向こうの部屋からの返事はあらへん。どうやらホンマに出て行ってしもたらしい。
あ、あのツンデレ虎、行動が直情的すぎひんか!?
ワシの童貞卒業のチャンスを逃すわけには……! ……やなくて、こんな雨の中に草太朗クン一人行かせるわけにはいかんやろ!
「ちょ、ちょう待ってやソウくん!」
ワシも慌てて脱ぎ散らかしとったズボンを穿くと、シャツに腕を通しながら玄関を出た。
草太朗クンの部屋はマンションの四階にあって、玄関を出てすぐの共用廊下は駅に続く大通りに面しとる。ワシは靴をつっかけながら玄関を飛び出し、手すり壁から身を乗り出すようにして下を見下ろした。
さあああ、と霧雨の降りしきる深夜の大通り。その脇の歩道を虎の青年が傘も差さずに駆けていくのが見えた。
「そ、ソウくーん!! 待ってー!! 戻ってきてやー!!」
ワシは大声で呼びかけるが、こっからでは聞こえんらしい。虎はこちらを振り向くこともせず、駅の方向に走ってってまう。
「もう! ホンマしゃーないなワシの彼ピは!」
ふざけ半分でそんなことを口走りながら、ワシは玄関に戻ってすぐそばに立てかけてあった傘をひっ掴む。そして再び勢いよく玄関を飛び出すと、一段飛ばしで階段を駆け下り草太朗クンの後を追っかけたのやった。
[newpage]
3.
「ソウくーん! ソウくんてばー!」
ワシはドタドタと走りながら草太朗クンの名前を呼んだが、百メートルほど先を走る彼には届かへんかった。
まだ日付は変わらん位の時間帯やったけど、深夜の夜道は人通りは全くといっていいほど無くて、幸い誰かに見咎められることもあらへん。やけども、ワシみたいなええ歳したイケ猪おっさんが逃げた恋人の名前を呼びながら走っとるっちゅーんはさすがに気恥ずかしいものがある。
「ソウくん! ま、待ってや……! ……はひィ……!」
叫びながら走ろうとして、あっという間にワシの息が上がってしまった。情けないことに、日ごろの運動不足が効いとる。
「ぜぇ……ぜぇ……!」
ワシは走る速度を緩めつつ、上がってしまった息を整えなおす。
このまんまでは追いつけそうもあらへん。こんな有様やったら『猪突猛進』なんて言葉を作らせたご先祖様たちに笑われてまう。本来ワシら猪獣人は短距離ダッシュは結構得意な種族のはずなんや。
こうなったらしゃーない。
見せたるで草太朗クン、猪獣人・猪野牧軍司の本気の猪突猛進!
「ふしゅゥーっ……!」
ワシは肺の中の空気を全部出し切るように鼻から息を吐き出すと、深く息を吸い込み地面を蹴る脚に思い切り力を込めた。
ぎゅん! とワシの身体が一気に加速した。
突進するような勢いでワシは草太朗クンを猛追する。
(ふんぬゥーっ!)
心臓がバクバクと激しく鼓動を打つ。
草太朗クンの後ろ姿がどんどん大きくなる。
ワシは歯を食いしばりながら全力疾走し、あともう少しで草太朗クンに追いつくというとこで、
「あ」
タイミングよく、道路に面したデカい建物から眼鏡をかけた和犬の獣人のおっさん――たぶんワシより年上の――が出てきた。
ちょうどワシの目の前に。
「あっ、アカン!」
正面衝突しそうになりワシは思わず声を上げる。その声でこちらを振り向いた犬獣人は、突進してくるワシを見て驚いたように眼鏡の奥の目を丸くした。
このまんまやとワシの体当たりで吹っ飛ばしてまう。
(ええぃっ!)
頭の中だけで掛け声を上げながら、ワシは強引に自分の針路を斜めに捻じ曲げる。
間一髪!
どうにかギリギリぶつからんで犬おっさんの横を駆け抜けることに成功した。
「す、すんませーん!」
ワシが首を後ろに向けながら必死に謝ると、犬獣人は呆れたような顔をしとった。
やん! こないに年甲斐も無くダッシュしとるとこなんて見られてしもて恥ずかし!
でもその恥の甲斐あって、とうとう草太朗クンに手が届く距離までやってきた。
ワシはまだ逃げようとしとる草太朗クンの肩に手をかけ、引き止めるように力を込めた。
「まっ……待ってや……ソウくんっ……!」
ワシの腕にがくんと引っ張られるようにして草太朗クンの足が止まり、ワシの方を振り向いた。
今度こそ、虎の青年はホンマに泣いとった。
その泣き腫らした顔に、ワシはぎゅっと心臓が掴まれたような気持ちになる。
「グンさん……。ごめん。おれ、もう少しでグンさんを殺すとこで……!」
どうやら草太朗クン、セックスでワシを殺してまうことになると思って逃げ出してしもたらしい。
もう! 気にしすぎやでソウくん! 泣くことなんかないし!
死ぬこと知っててワシが望んでセックスしよて言うとんのやから、どっちかってとワシの自殺やで! がはは!
ワシは笑いながらそう言ってやろうとしたが、
「はひゅっ……! ぜぇひゅっ……!」
息が苦しすぎて言葉にならへんかった。
ち、ちぃっと無理しすぎたやろか。
ワシは肩で息をしながら呼吸が落ち着くんを待ったが、ちぃとも楽にならん。
それどころか、妙に苦しい。
ワシは右手で胸を押さえる。
さっき掴まれたようにぎゅうっとなった心臓が回復してこない。なんだかどんどん悪くなっとる気がする。
あれ。
ワシ、なんかおかしい。
掴まれとるんやなくて、[[rb:痛い > ・・]]。
[[rb:胸が > ・・]][[rb:締め付けられるように痛い > ・・・・・・・・・・・・]]。
ワシの身体から冷や汗が噴き出す。
持っていた傘を取り落としてしまい、傘は音を立ててアスファルトに転がった。
「ひゅーっ……、ひゅーっ……!」
「……グンさん?」
ワシの様子がおかしいことに草太朗クンが気付く。
(すまんすまん! 大丈夫や、心配ないで!)
心配そうな顔しとる草太朗クンにそう言ってやりたかったけど、ワシはもう言葉を発することが出来んかった。
……アカン。なんやこれ。
苦しすぎて視界が暗い。身体に力が入らん。
がくりとワシの膝が折れる。
「グンさん!?」
草太朗クンが慌ててワシの身体を抱き止めようとしてくれたけれども、支えきれずにワシと草太朗クンはごろりと歩道に寝転んでしもた。
「ひゅう……ぜひゅ……!」
ワシは仰向けになったままおかしな呼吸を繰り返す。
ヤバい。むっちゃ苦しい。溺れとるみたいに息を吸っても吸っても酸素が入ってこんし、胸の痛みはちっともおさまらん。
嘘やろ。
ワシ、もしかしてこれで死んでまうんやろか。
草太朗クンが何度もループを繰り返してきたように。
「グンさん! おい! しっかりしろよ!」
ワシの見開かれたままの目に草太朗クンの顔が写り込む。
ボロボロと大粒の涙を零して泣いとる虎の顔が。
ああ、ごめんな草太朗クン。
君はこうならへんように何度も何度もループして頑張ってくれとったらしいっちゅーのに。
ワシかてキミを泣かしたいわけやないのに。
いつだって笑わせていたかったのに。
……ワシ、どうもダメみたい。
「死ぬなよグンさん!! まだ今回はヤッてもいねぇんだぞ!! 死ぬな!!」
虎がワシの胸ぐらを掴んでがなり立てる。
そ、そやん。
今までのループでのワシはヤッた後に死んどるから童貞卒業しとるけど、このまんまやとワシだけ童貞のまま死んだことになるやん……!?
そんなんイヤやねんけど!?
せやけどそんなワシの想いとは裏腹に、ワシの視界はどんどん暗くなっていく。
あかん。もう時間があらへん。
ワシは必死に草太朗クンに向けて手を伸ばす。情けないことにヨロヨロとしか動かへんかったけど、どうにか指先が草太朗クンの頬に触れる。
「……そ、ソウ、くん」
掠れた声がワシの口から漏れる。
「グンさん!!」
草太朗クンの目からワシの上に涙がぽたぽたと落ちる。死ぬ間際に、大好きな恋人にこんな泣いてもらえてワシったら幸せもんやん。でへへ。
やけどもどうしても心残りがある。ワシは朦朧としながらそれを口にした。
「……き、キミと、せっくす、したかっ……。が……ま……」
ワシの口からその単語が出た途端、泣いてたはずの草太朗クンが呆れ顔になる。
「なに、こんな時にバカなこと言ってんすかっ……!」
ワシの手を草太朗クンがぎゅっと握りしめる。
せやで。最期までワシはアホなこと言うねん。
そんで、キミがワシのことを想い出す時はアホでスケベなおっさんやったなって、笑ってほしいねん。なァ、草太朗クン……。
ワシの手から力が抜ける。
ゆっくりと瞼が閉じられていく。
もう苦しいとか痛いとかはあんまり感じられへん。
……草太朗クン
ごめんな。
ありがとな。
そんで、さよならや。
どうか。どうか。
ワシがおらんでも誰かと幸せになってや……
「――おいアンタ! 大丈夫か!!」
ワシが心の中で草太朗クンに今生の別れを告げ、覚悟を決めた時やった。
突然見知らぬ声がワシと草太朗クンの間に割り込んできた。
反射的にワシの瞼がほんの少しだけ開く。
かすかに見えた視界に映ったんは。
草太朗クンと同じようにワシの傍にしゃがみこんでこっちを見下ろしとる、さっきぶつかりそうになった和犬のおっさんやった。
ピンと立った三角形の耳に、茶色と白のもっさもっさしたぶ厚い被毛、そんでもって前に伸びた少し短めのマズル。被毛のくたびれ具合はたぶん五十代くらいっぽいけれど、種族柄やろか、顔つきはちっと幼さを残して見えた。
この犬種って、なんやったっけ……。
(……あ、あきた、いぬ……?)
わずかに残った意識でそんなことを考えながら。
――ワシは闇の中に落ちて行った。
[newpage]
4.
「イノマキさんは、急に飲みに来て奥さんに怒られたりとかされないんすか?」
目の前の席に座っとる虎の青年にそんなことを尋ねられ、ワシは頭をかいた。
「いやァ。ワシ、ええ歳してまだ独り身やねん」
「わ、すみません」
「いや、ええてええて。ワシくらいの歳やったら独りもんの方が珍しいし」
ワシは、気にしてへんで〜という思いを込めて手をひらひらさせてみせる。
虎はビールジョッキを片手に小首を傾げた。
「じゃあ恋人とかは……」
「や、や~。ワシってこんなナリやからな、あんまモテへんねん! がはは!」
ワシはそう言って自分の丸く突き出た腹を、ポンポン! とわざとええ音がするように勢いよく叩いた。
猪獣人のくせにそんなおどけた仕草をしたんがおかしかったのか、
「狸みたいっすよ」
そう言って虎の青年はくすくすと笑ってくれた。
その笑顔がえっらい可愛くて、ワシは自分の胸がドキリとして頬が熱くなるんを感じる。
ここはワシの行きつけの居酒屋やった。大将が全国を回って仕入れてきたオススメの日本酒と毎朝市場から仕入れとる旬の海鮮に、和洋中のジャンルを飛び越えた創作料理が評判で、平日の夜でもサラリーマン客でいっぱいの人気店や。
ワシ、大抵は独りで飲むことが多いんやけど、今夜は自分の職場に営業でやってきた虎の青年――寅江草太朗クンていう名前やそうや――を誘って飲みに来たんやった。
普段は初対面のヒトを誘うなんてことあんまりせぇへんのやけど(ワシ、見た目に反して案外シャイやねん!)、今日のワシは妙に積極的やった。
なんでかっちゅーとな。ワシ、この寅江クンから目が離せなくなってしもたからや。
ぱっと見は虎獣人らしく厳つくて凛々しい見た目をしとんのに、話してみると案外気さくやったり、ワシの言葉にいちいち驚いてくれたり、笑ってくれたり。意外と表情と感情が豊かな虎に、ワシはドキドキしてまう。
……まあ言うてみれば、ワシは一目惚れしてしもたわけや。この誠実そうな若虎に。
「でも俺、イノマキさんていいヒトだし面白いから、恋人くらいすぐ出来そうだと思いますけどね」
「なはは! トラエくんてばお世辞が上手やなァ! ワシなんか褒めても今日奢る以上のことは出来ひんで~?」
「いやいや本気ですって」
そう言うた寅江クンは大真面目な顔をしとって、内心ワシはむっちゃ嬉しくなってまう。
初対面の猪おっさんをこんな褒めてくれるなんて、この仔ってばええヒトすぎひんか?
もしかして寅江クンの方もワシのことを憎からず想ってくれとるんやないか、なんて勘違いしてまう。
……いや、分かっとる分かっとる。
寅江クンがワシのことなんて好きになるわけないってことくらい。
こんな猪のおっさんに惚れられたって、寅江クンの迷惑やってことくらい。
なんせワシも寅江クンも男同士やしな。
まさか『キミに一目惚れしました!』なんて伝えるつもりもないし。そもそもワシにそんな度胸あらへんし。言うたって気持ち悪がられてしまいやし。
もうこの歳やからな、若い頃みたく恋人が欲しいなんてこと思ったりもせぇへんし。なっはっは。
……せやけどな。
せめて、この虎クンとちっと仲良くなれたらええな、なんて思ったりして。
単なるお友達の一人でええから。
取引先におる、ちっとおもろいおっさんでええから。
会ったら少し話ができる顔見知り程度でもええから。
この仔と仲良くしたいなんて、年甲斐も無く思ってしもたんや……。
「――グンさん」
ワシが物思いにふけっとると、目の前の寅江クンが唐突にワシの下の名前を呼んだ。
一瞬、それが自分のことやと分からんくてワシはぎょっとしてもうた。
「え? え? いきなりどしたんトラエくん? わ、ワシのこと?」
その質問には答えず、寅江クンはおもむろに両手でテーブルの上のワシの手を握る。寅江クンの体温がワシの手に伝わってきよって、ワシの心臓が跳ね上がった。
えっ、えっ、えーっ!?
な、なんやこの状況!? なんでワシこんなかわええ虎の青年に手を握られとんのやろ!?
いやもちろん嬉しいねんけど!?
虎の青年はぎゅっとワシの手をさらに強く握ってくる。居酒屋のワイワイとした喧騒が、急に遠くなったように感じられた。
「えぇっと。や、どしたんやトラエくん、も、もしかして酔っとるんやろっ?」
年上の余裕を出したかったのに、ワシの声は上擦ってしもた。逆に寅江クンは落ち着き払ったもんやった。
「グンさん。……グンさん」
とろんとした目でワシのことを見つめながら、何度もワシの名前を呼んできよる。
好きな相手に下の名前で呼ばれんのは何ともむず痒い。
急にどしたんや寅江クン。
……もしやキミ、マジでワシに惚れとるんと違う?? ワシらってば両想いやったん??
そ、それともワシ、こんな若い仔に揶揄われとるんかな!?
ワシがそんなことをグルグル考えとる間に、虎の青年は机に身を乗り出してきってそっと目を瞑る。
その表情を見て、ごくり、とワシの喉が鳴った。
えっ、えっ。
こ、これテレビとかで見たことあるわ! キス待ちの顔やないのこれ!?
ワシはどぎまぎしながら、周りの客や店員が自分らの方を見てへんことを確認して、自分もそっと机の上に身を乗り出した。
目を閉じたままの虎の顔を凝視しながら、ゆっくりと自分の顔を虎の方へと近づけてく。
(わ、ワシの牙が当たってしもたら、このおっさんキッス下手くそとか思われるやろか……?)
なんて心配しつつ虎の口に吸い付こうとした途端、
虎の青年の手が伸びてきて、がしりとワシの顎を掴んだ。
「へァっ!?」
予想外のことに目を白黒させるワシやったが、目を開いた寅江クンはジロリとワシを睨むと呆れたようにため息をついた。
「ハァ……。ホント、グンさんはアホっすよね……。こんな時でもスケベなことしか考えてねぇんすから」
そう言われて、ワシは思わず言い返す。
「き、キスは別にスケベちゃうやろ! ソウくんへの純愛ゆえのキッスやし!」
そう言ってから、ハッとした。
そうや。
彼はもう寅江クンやないわ。
ソウくんや。
ワシの恋人の草太朗クンや!
せやせや。この居酒屋で草太朗クンと飲んだんは過去の思い出。草太朗クンと初めて会ってご飯に誘った夜のことやねん。
こんな風にキスをしそうになった、なんてことはなくて普通に駅で別れたけれど……。
そしてワシは一気に思い出す。
付き合うたのになかなかセックスしてくれへん草太朗クン。
ある晩に襲い掛かったワシ。
草太朗クンがしてくれたループの話。
雨。逃げ出した後。
そして、ぼろぼろと泣く草太朗クンに見守られ、安らかな気持ちで目を閉じるワシ――
……って、あらァ!?
ワシ、確か死んだんやなかったっけ!? もしかして今見とるのは走馬灯ってやつなん!?
「違いますよ、グンさん。これは走馬灯じゃねぇっす」
ワシの思考を読んだかのように草太朗クンが呟く。
「え」
「いいから早く起きてくださいよ、グンさん」
そう言った草太朗クンは、突然掌でワシの頬を張った。ぺちん、と軽い音が鳴る。
どうもビンタをされたらしい。
痛みよりも草太朗クンにビンタされたことに衝撃を受けてワシは目を丸くする。
「えっ。ちょっ、なに!?」
「ほら、早く起きてくださいよグンさん!」
さらにもう一発と言わんばかりに、草太朗クンは右手を大きく振りかぶり――
*
――ばちん!
衝撃と共にワシは目を開く。
最初に目に入ったんは、見覚えのない真っ白で清潔な天井。
え? どこやろここ。
(し、知らへん天井や……)
ワシ、どうも仰向けになって大の字に寝かされとるらしい。
ぴっ、ぴっ、ぴっ、と規則的な電子音が頭の方から聞こえてくる。
ついでに、頬がジンジンと痛い。
「グンさん!!!!」
次に目に入ったんは、涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにした虎の青年――草太朗クンやった。
(おおっとォ!?)
ワシと目が合うか早いか、草太朗くんはワシの首に齧り付くように抱きついてきた。
草太朗くんの首筋の被毛がワシの鼻をくすぐる。
今度は夢やない。これは現実の本物の草太朗クンや。
やーん! 全く、ワシの恋人は愛情表現が大袈裟なんやからな! ちゅっちゅ!
ワシは草太朗クンを抱き返してその背中をさすってやろうとしたが、両手首が何かに引っ張られてがくりと止まる。
(あれ!?)
ワシの手首が、ベッドに縛り付けられとる。
ふと気付くと、両足首も引っ張られるようになんかに固定されとって膝を曲げることも叶わへん。
ワシ、もしかして両手足を縛られて拘束されとんの!?
「っ……! ……ッ……!?」
思わず声を出そうとしたが、声も出ぇへん。
うわーっ! なんやねんコレぇ!? 口から喉の奥までなんか管みたいなもんが突っ込まれてんのやけど!?
ワシが喉に突っ込まれても我慢できるんは草太朗クンのちんぽだけやねんけど!?
「……! ……!!」
自分の置かれた状況に混乱したワシは、モガモガと口を動かしながらがむしゃらに手足を動かそうとしたが、
「イノマキさん、落ち着いてください」
横から穏やかな声が聞こえてきた。
ちっと前に、どっかで聞いた声が。
声の主がワシの視界に入ってくる。
もしワシの声が出せるんなら、あっ、って声を上げとるところや。
そこにいたんは、ワシが倒れる前にぶつかりそうになった、眼鏡をかけた和犬の――秋田犬の犬獣人。
白衣と聴診器を身につけた彼がそこに立っとった。
[newpage]
5.
「……そういうわけでね、イノマキさん。あなたの心臓は一回止まってしまったんです」
ワシが目を醒まして数日後。
人工呼吸器(ワシの喉の奥まで突っ込まれとった忌々しい管や! 二度とごめんやであんなもん!)が外れて、やっとこさベッドの上に起き上がれるようになったワシに、秋田犬の医師はゆっくりと説明してくれた。
草太朗クンが逃げて、ワシがそれを追いかけたあの夜。
ワシは心臓発作を起こして倒れてしもたということらしい。
「イノマキさんの心臓を栄養している動脈が完全に閉塞してしまったんです。本当に危ないところでした」
「ヒェッ……」
ワシはベッドの上で震え上がる。ワシを救ってくれた秋田犬の医師――[[rb:秋岳 > あきたけ]]先生っていうそうや――の話やと、ワシの心臓は血管が詰まったせいで酸素が供給されず停まってしまい、ワシはしばらく人工心肺っちゅー心臓の代わりに身体に血液を流す機械で生かされてたそうや。
運が良かったのはワシが倒れた時にすぐそばに秋岳センセがおって、ついでにその場所が彼の勤務しとる病院の前やったってことや。あの時は必死で全然気づいてへんかったけど、秋岳センセが出てきた建物は駅前の総合病院やったんや。
心臓が止まってまうと身体に血液が回らんから、一分一秒が生死を分けるそうで、もしワシが家で倒れてたら救急車を呼んでも間に合わへんかったかもしれんちゅー話やった。こっわ!
今はもう詰まった血管は開通しとるし心臓も動き出しとるけども、心臓自体はダメージを受けてしまっとるのでしばらくリハビリが必要やということや。
ワシは麻酔でふかーい眠りにつかされとったから覚えてへんけれども、あの夜からすでに一週間が経っとるらしい。
そら草太朗クンも心配したやろなァ……。
「イノマキさんくらいの年齢でこの病気になる方は比較的珍しいんですけど、無いわけじゃないんですよ」
「そ、そうなんですか……。これ、一体何が原因なんでっしゃろ……」
ワシはふごふごと鼻で息をしつつ、掠れた声で質問する。
一週間も寝とったたせいか身体は重くてしゃーないし、まだ酸素のチューブを鼻に着けてなアカンし、喉には管が入っていたせいで声はカスカスや。正直むっちゃしんどいねんけど、ホンマに死ぬとこやったんを助けてもらったんやからこれくらいはしゃーない。
「よく言われるのが血圧だとかコレステロール、血糖値、喫煙、肥満による動脈硬化ですね」
「うぐっ……」
やーん、ワシが健康診断で要注意って言われとるのばっかや。
そろそろ本気でダイエットせんとアカンやろか……。
秋岳センセは話を続ける。
「イノマキさんは心臓の血管の中枢側――つまり一番危険な部位が閉塞してたんです。おそらく以前から少しずつ狭窄が進行していて、それがあの日に無理をしたことで血管壁の不安定プラークが破綻して完全に閉塞してしまったんでしょうね」
「ははァ……、なるほどォ……?」
細かい話はよう分からんけれど、つまりワシは心臓に爆弾を抱えたまま生活しとったということらしい。それがあの日、運動不足のワシが全力疾走なんかしたことで心臓に負担がかかって、とうとう大爆発してもうた、っちゅーことなんやろな。
「今までの生活で、運動をしたりして胸が苦しいってことはありませんでしたか?」
秋岳センセに言われてワシは思い返す。
「……ありました」
そういえばワシ、草太朗クンと付き合い出してから幾度となく胸が苦しくなることがあったわ。言われてみれば、そういうんが起きるのってワシが興奮したりだとかセンズリこいたりだとか、なんかしら心臓に負担をかけるようなことをしとる時やったような……。
てっきり草太朗クンへの恋煩いのせいかと思っとったけど、あれが心臓発作の前兆症状やったっちゅーやろか。
「……あの、アキタケセンセ。つかぬことをお伺いするんやけど」
ワシは秋田犬の医師を上目遣いに見つめた。
「はい。なんでしょう」
秋岳センセは穏やかな口調で応えてくれる。
誠実そうで、でも意思は強そうな目をしとって、こんなおっさんにも優しくしてくれよる。きっとええ先生なんやろな。
そんな真面目そうなお医者のセンセにこんなこと聞くんは気が引けるけども、これはちゃんと訊いとかなあかん!
「センセ。……その……。ワシの病気って、セックスして、イッた時に起こることって、あります?」
笑われるかと思ったが、秋岳センセは表情を変えなかった。
「ありますよ。性行為って結構身体に負担かかりますからね。そういう時に胸が苦しくなることがありました?」
「いや、まぁ、その。……はい……あ、ありました……」
ちっと恥ずかしかったがワシはそう答えた。
まァ、『今のワシ』は本番セックスしたわけやないけども。
今までのループのワシは草太朗クンとヤッた直後に死んどったという話や。それはきっとこの心臓が原因やったんやろなァ……。
ワシは、別のループで死んでしもたという二十二人の『猪野牧軍司』に思いを馳せたが、それがなんだか思い詰めた表情に見えたらしい。
秋田犬の医師はワシを安心させるように少しだけ笑顔を見せて、こう言うてくれたんやった。
「大丈夫ですよイノマキさん。心臓の血管にはもう狭窄は残ってません。しっかりリハビリをすれば問題なく性生活を送れるようになりますよ」
*
「――あれ、なんだ。思ったより元気そうっすね」
草太朗クンが見舞いに来てくれたんは、秋岳センセから詳しい説明をしてもらってからさらに数日後。ワシが一般病床の個室に移った日のことやった。
今までは集中治療室っちゅー重症患者が入院するとこにおったから、面会制限があったらしい。
集中治療室におるときは酸素のチューブやら複数の点滴やらで管だらけのワシやったけど、今は何も繋がっとるもんがないからまぁ元気になったように見えるんやろね。
とはいえ草太朗クンとはワシが麻酔から目覚めた時以来やから、また泣きながら抱きしめてくれるんやないかと期待しとった。けれど今日の彼は以前のようなあっさりした態度で、とてもワシとイチャついてくれそうにない。
仕方なく、ワシはベッドに腰掛けたまま草太朗クンに向けて両腕を広げてみせる。
それを見た草太朗クンは怪訝な顔をした。
「……なんすかその行動は」
「や、ワシの奇跡の生還を祝ってハグとかしてくれへんかな〜、と思って」
「えぇ? この前やったからもういいっしょ」
ぬぅ。ホンマにむっちゃサバサバしとるなこの虎ったら!
ワシの命が助かった途端に現金なもんや……。
草太朗クンはベッドのそばにあった折りたたみ椅子に座ると、ワシの方を見んで手を組んだり離したりし始めた。何となく所在なげな様子で、なんぞ言いにくいことでもあるんかな、と思って黙ったまま待ってみる。
「……あのさ、グンさん」
そのうち、草太朗クンはゆっくり口を開いた。
「うん? なんや?」
「ごめんなさい」
草太朗クンに頭を下げられてワシはきょとんとする。キミに謝られるようなこと、なんかあったっけ。
「……もしかして、ワシの買い置きしてたアイス全部食うたん?」
間髪入れずに虎は牙を剥いた。
「ちげーし! アホか!」
違うか。ほななんやろ、こんな真剣な顔してワシに謝罪するコト……。
そう考えてワシはハッする。
ま、まさか。
ワシに会えへん寂しさのあまり、別の男に抱かれたんか草太朗クンっ……!? 不貞行為やぞそれはっ……!
「いや、謝ったのはさ。グンさんが倒れる前に、俺がさっさと病院に連れて来て検査とかしてもらえばよかったなって」
うわ全然ちゃうかった。拍子抜けしたワシは内心ホッと胸を撫で下ろす。
「そしたら、グンさんはこんな風に死にかけなくて済んだかもしれねぇのに……」
草太朗クンはそう続けると申し訳なさそうに目を伏せた。
「なんや、そんなこと思っとったんか。気にしぃやな草太朗クンは! がはは!」
ワシはそう言って笑い飛ばしたが、
「……俺にとっては笑い事じゃねえんすよ」
と草太朗クンはワシをジト目で睨んでから言葉を続けた。
「もしもっと前のループで俺が病院に連れてったら、何度も何度もグンさんを見殺しにしないで済んだかもしんねぇし……」
そう言って草太朗クンは、シュンとした様子で下を向いた。
ははァん、なるほど。草太朗クンはもっと早くワシを助けられたんやないかと後悔しとるんか。
ワシにとっては早いも遅いも無いし、こうして助かったから万々歳やけど、草太朗クンは20回以上もワシが死んどるとこを見とるわけやもんなァ……。
ワシはなるべく空気が重くならんように、頭をかいて明るい声で話を続けた。
「や〜、そいつはどやろ。ワシって元々医者嫌いやからなァ、ソウくんに言われても素直に病院行ったかどうか分からんでェ〜」
「……」
ワシは努めて茶化してみたが、草太朗クンは黙ったままやった。
「それにほら、ワシにとってはこの人生が一回目やからな、ソウくんが今まで何度もワシのこと助けようとしてたことなんか分からへんし! なはは!」
「……」
あっ、しまった。草太朗クンの表情が険しくなってしもた。
ワシとしては今までのループのことは認識出来ひんし、早く助けられたとか遅く助けられたとかも分からんから気にせんで、ってつもりやったんやけど。なんか言葉選び間違えた気がする……!
「そ、それになソウくん! アキタケせんせに訊いたら、ちゃんとリハビリしたらセックスしてええて言うてとったで! 退院したらずっこんばっこんワシとヤリ放題やで! やったな!」
「…………」
うっわ。草太朗クン全然ウケてくれへんし。真顔のままやん。気まず。
ワシがはしゃいで滑ったみたいになっとる。
草太朗クンがあまりに反応してくれへんので、ワシが冷や汗をかき始めたところで、
「……ぶふーっ!」
と草太朗クンが噴き出した。そのまま、堪えきれないというようにゲラゲラと笑い始めた。
「ほ、ホント、グンさんって……あ、アホなんだからっ…….! せ、先生に、なに、聞いてんすかっ……!」
「だ、誰がアホやねん!」
そう言い返しながらも、ワシは虎の青年の笑顔を見つめる。
……よかったわ。やっぱり草太朗クンは笑った顔がかわええねん。
好きや。
ホンマに、ホンマに大好きやで草太朗クン。
きっと22回死んでしもたワシたちも同じ気持ちやったんやろなって思うねん。
死んでもキミのことが好きや、って。
死んでもキミとセックスしたいんや、って。
なァんつってな!
でへへ!
そんなこと考えとると、ワシの愚息はまたもや元気になってきて薄水色の病院着の下履きを内側から突き上げ始める。
テントを張ったワシの下半身を見た草太朗クンは呆れたような顔になった。
「うわ……。こんなとこで欲情しないでくださいよ……」
「や~、ソウくんのこと大好きやな~って思っとると勝手にこうなってまうねん。でっへっへ」
ワシがスケベな笑い声を上げると、草太朗クンは苦笑した。
「ホント、しょうがないおっさんっすねグンさんは。まぁ、それだけ元気になって来たってことなんでしょうけど」
草太朗クンは折りたたみ椅子から一旦立ち上がりワシの隣に座り直すと、突然ワシの襟をつかんでぐいっと自分の方に引き寄せた。
「ふぇっ!?」
若虎の荒々しい行動に、ワシは目を白黒させる。
草太朗クンはワシの耳に口を寄せると、囁くようにしてこう言った。
「こんなとこじゃなくて、退院したら俺の家でゆっくり相手してあげますよ。……もう俺も遠慮しなくていいみたいなんで」
えっ、ちょっ……!? きゅ、急に大胆やん草太朗クン……!?
驚いたワシは口をパクパクとさせるが、すぐ横にある草太朗クンの顔はニヤリと笑って牙を剥いてみせる。
その瞳には、虎獣人に相応しい燃え上がるような凶暴な『雄』の色が浮かんどった。見たことのない草太朗クンの一面にワシはどきりとしてまう。
「今までのループではグンさんが一回イッたらおしまいだったんで、俺ちっとも満足できなかったんですよね……」
そう言って、虎の青年はワシの尻をやらし気な手つきで撫で回す。
え。ちょ、け、ケツ!?
待って待って。
……これ、草太朗クンがワシに挿入れる気満々やない……?
まさか。
今までのループのワシ、ワシが草太朗クンを抱いてイッたんやなくて。
ワシ、草太朗クンに抱かれてイかされてた、ってコト……!? 『俺が殺すとこだった』って、そういう意味……!?
「そ、草太朗クン……?」
怯えたような声を出すワシを見て、草太朗クンは笑う。
「俺、セックスが嫌いなんて一言も言ってねぇっすからね。……むしろ、ループを繰り返すごとに性欲が強くなってるっていうか。俺だってグンさんを襲わないようにすっげぇ我慢してたんすからね……」
そう言うと、虎はワシの口にかぶりつくようにキスをしてきた
当然のように虎のざらりとした舌が差し込まれて、ワシの口の中を蹂躙してきよる。
「……ッ……!」
あ、あかん。
今日の草太朗クン、飢えた獣のようにワシの口にむしゃぶりついてくる。今まで我慢しとったっちゅーのはどうやらホンマのことらしい。
草太朗クンの情熱的なディープチッスに、全身の毛並みを逆立たせながらワシは思い出す。
(――びっくりしたっすよ……ハッと気づいたら、死んだはずのグンさんが目の前で『君はセックスが好きだ』とかなんとかやって、ふざけたことやってんすから)
ワシが死ぬと、草太朗クンは『付き合うて一週間目の朝』に戻ったて言うとった。
つまり、草太朗クンは毎回ループを繰り返すたびにワシが催眠術をかけとる時点まで戻るっちゅーことや。
ワシは若虎に舌を吸われて頭がぼーっとしながらも必死に考える。
(――『君はセックスが好きだ』)
もしかしてなんやけど。
あの朝にかけたワシのインチキ催眠術は、実はちゃんと効果があって。
(――……むしろ、ループを繰り返すごとに性欲が強くなってるっていうか)
その効果がほんの少しだけやったとしても。
今の草太朗クン、ループを繰り返したせいで23回分の効果が重ね掛けされた状態やったりするんか……!?
「おぶっ!」
ワシはそのままベッドに押し倒されてしまい、妙な声が出てまう。
そこで満足したのか、草太朗クンはワシから身体を離した。
虎の青年は立ち上がりながらベッドの上のワシを見下ろす。ベロリと口元を舐めるその仕草は、まさに肉食獣そのものや。
「……グンさんが退院すんの、楽しみですね」
そう言って笑う草太朗クンの顔は、もうかわいい子猫ちゃんではなく。
決して獲物を逃がさへん雄の虎の表情やった。
う、うぐぅ……。そんな草太朗クンもかっこええから好きなんやけどォ……!
こ、このまんまやとワシ、退院したら童貞やなくて処女を卒業することになってまうんやないか!?
それはちょっと……!! ワシの思い描いてたせっくすらいふとちゃうねんけど……!!
キスだけでくたくたになってしもたワシは、ベッドの上に伸びたままスマホを手に取り、累乗計算をしてみる。
例えばちっと少なめに見積もって、あの催眠術で性欲が5%強くなるとして……、それを23回繰り返すと……。
性欲、約3倍。
えっ、3倍? これすでに結構ヤバない!?
ワシはさらにぽちぽちとスマホをいじって驚愕する。
「げぇっ!? 10%やと8倍で、20%やと66倍!? こんなんに抱かれたらワシ死ぬんとちゃうか!?」
ワシが悲鳴を上げると、
「何をぶつぶつ言ってんすか」
ぬっ、とすぐ傍に草太朗クンの顔があってワシの手元を覗き込んどった。
「なんすかその数字は。……もしかして、俺に66回抱かれたいってことすか?」
草太朗クンの言動がおかしい。
だ、ダメやこのエロ虎……! 完全にセックスのことしか頭にあらへん……!
「あ、アホか! そんなこと思ってへんし!」
「いいすよ、頑張ってイかせます。グンさん知ってます? 俺らの先祖って2日で100回以上交尾してたらしいんで。イけるイける」
「話聞いて!?」
ワシの静止も虚しく、再びがばりと草太朗クンが抱きついてくる。
「ち、ちっと待って! 退院するまで待ってやーーーー!! ぎゃーーーー!!」
ワシは悲鳴を上げつつ、性欲マシマシの草太朗クンに襲われてまうのであった。
終