「…アルさん、もう10時ですよ。そろそろ起きませんか」
狼獣人の青年が、ノックをしながらドアの向こうに呼びかけていた。Tシャツにエプロン姿である。朝食を作ってだいぶ待っていたのだが、“彼”が全く階下に降りてくる気配が無かったので呼びに来たのである。
もう一度同じ言葉と動作を繰り返すが、返事は全く聞こえない。
いつものことだった。
木戸の前に立った狼――ユーリは小さくため息をついてうんともすんとも言わない扉を見つめる。そしてそのまま少しの間逡巡していたが、結局彼はノブを回して細く開いたドアの隙間から部屋を覗き込む。
途端に、むわっとしたアルコールの匂いが鼻についた。あまり酒に強くないユーリが、それだけで酔ってしまいそうな程にきつい。どうやら、この部屋の主は昨日もだいぶ飲んでいたらしい。
鼻を押さえて息を止めながらユーリは部屋に踏み入る。床には、昨日は無かったはずのウォッカの瓶が転がっていた。さらに、使い古した製図台の上に、昨晩の肴にしたのであろうチーズやらベーコンの切れ端が散乱しているのを見て、ユーリの灰色の尻尾が垂れ下がる。
三か月前までの“彼”なら、こんなことは絶対にしなかったのに。あまり綺麗とは言えない部屋だったが、何より仕事を優先して大事にする人だったから。
悲しくなったユーリはそれを振り払おうと一目散に左手の壁に向かい、カーテンを開け放って観音開きの窓を勢いよく、ばしんと開く。
春の暖かな風が一気に吹き抜け、アルコールの香りを飛ばした。
ユーリは軽く息を吸い込んで室内の空気が浄化されたことを確認すると、背後のベッドの方向に目を向ける。そこには小山のように大きな褐色の毛の塊が横たわって、ゆったりと上下していた。
と、毛だるまがユーリに向かってごろりと転がる。
その正体は寝返りを打った中年の熊獣人であった。こちらを向いたことで日光が顔に当たっている。そのせいなのか太い眉根に皺を寄せてはいるが、それでもまだ小さく鼾をかいていた。申し訳程度にタオルケットを腹にかけてはいるが、白い丸首の肌着一枚に赤いチェック柄のトランクスという、この季節に寝るには少し寒そうな恰好である。
そしてその下半身の中央は、少し離れたユーリから見ても明らかに盛り上がっており、中から棒状のもので突き上げられているのがよく分かった。それを見て嫌な予感がした狼は、熊を起こさないように忍び足で入口へと向かう。
だが、ドアをくぐろうとしたところで、
「…おい」
後ろから野太い声が響いた。
びしりとユーリは硬直する。
「アルさ――」
返事をしようと振り向きかけたところで、後ろからのしのしと足音が迫って来たかと思うと、がしりと乱暴に抱き締められた。“彼”の獣の体臭がユーリを包む。
「おう、ユーリ。てめえ何で俺から逃げようとしてんだよ」
熊である。
ユーリの耳元で、腹の底に響くような重低音の声が聞こえた。背後にいるせいで顔は見えない。
ふはあ、と顔の近くで吐き出される息が非常に酒臭かった。
「…アルさん、おはようございます」
「うるせえな、嫌味かよそいつは。もう10時過ぎだってさっきお前が言っただろうが」
熊の声に棘が混じる。ぐぐ、とユーリを抱きすくめた太い腕の力が増した。
ユーリの骨が軋む。
過去に一回だけ、本気の熊に殴られたことがあった。ユーリだって決して小柄な方ではないはずなのに、その時は文字通り壁まで吹き飛んで背中と後頭部を打ち付けてしまった。渾身の拳を受けた頬は腫れ上がってしまい、しばらくまともな食事が取れなくなってしまった経験は決して忘れることはないだろう。出来るなら怒らせたくはない。そうでなくとも酔っている時の彼は、何をするか分からないのだ。
「すいません。…アルさん、そろそろ朝食にしませんか。下に用意ができてますよ」
ユーリは平静を装って言うが、熊は小さく舌打ちしただけだった。
「飯なんかいらねえんだよバカ野郎。すっとぼけてんじゃねえ。分かってんだろうが、俺が何を欲しがってるか」
その通り。
ユーリにはとっくに分かっていた。
抱き付かれた時から、腰の辺りに硬いものが押し付けられているのである。熊の身に着けている下着と自身の服の2枚の布越しでも、“ソレ”が熱く滾り、小さく脈打っているのが感じられた。
「…アルさん、でも、こんな昼間から――あっ!」
言葉の途中で、ユーリの耳に熊の舌が差し込まれる。その刺激に思わず声が上がってしまう。
「おら、てめえも欲しいんだろうが。この淫乱狼がよ」
そう言って、熊はぐふぐふと意地悪く笑う。その太い指がユーリのシャツの裾を上げ、さらにズボンの中に無理矢理差し込まれる。ユーリの下着の上からその中心を嬲る様に、熊の右手が乱雑に動く。
「ちょ、アルさん…!」
股間を撫で回されたユーリは腰を捩り拘束から逃げようとするが、熊の腕力は強く、まるで振りほどけそうも無かった。そうこうするうちに、熊の左手が今度はユーリの上半身へと伸びる。胸の毛並みを掻き分けて乳首に辿り着くと、親指と人差し指で軽く摘まんですり潰すような動きを始める。
強い刺激にユーリはのけ反って悲鳴を上げる。
「うぁ…っ!やめ…!」
抗議の声を上げようとするが、それも上手く出来ない。
口を開いて喘ぐユーリの首筋を熊はべろべろと嘗め回した。唾液で灰色の被毛が濡れる。
不快でしかない行為のはずなのに、だがそれでも物理的な刺激を与えられ続けたユーリの逸物にも芯が通り始めてしまう。
それに気づいた熊は、下着ごとユーリの陰茎を握りしめた。
「おうおうユーリ。早えな、もう半勃ちじゃねえか」
熊が鼻息を荒げて嬉しそうに呟く。「乳首いじられて悦びやがって。んっとにお前は雌みてえなやつだな…」
ぐはは、と熊は下品な笑い声を上げる。
ユーリの腰骨に、熊の熱く滾る肉棒がさらに強く押し付けられた。興奮しているのか、熊のトランクスの頂点には既に濃い染みが出来ていた。
「ほら、さっさと脱げよユーリ。おっぱじめようぜ」
舌なめずりをしているかのような声だった。
ユーリは暗澹とした気持ちになる。
――こんな人ではなかったのだ。本当に、本当に尊敬する人だったのに。
「…アルさん、やめましょうよ。アルさんは、こんなことするような人じゃ」
「うっせえんだよユーリ。役立たずの癖に何口答えしてんだてめえは」
不機嫌そうな熊に言葉を遮られて、ユーリは胸が苦しくなる。
“役立たず”。
この三か月、酔っ払った熊に何度も何度も繰り返されてきた言葉だった。
――ああ、その通りだ。自分がもっと役に立てていたら、アルさんはこんな風にはならなかったはずなのに。
「ほら、いいからそこで早く這いつくばれよ」
突き飛ばされるようにして、ユーリはベッドに尻餅をつく。
ユーリの正面に肩をいからせて熊獣人が立った。その背後の窓から見える空は晴れ渡っており、室内の惨状とは対照的に哀しいくらいにいい天気だった。赤レンガ造りの家々が立ち並んでいる様子が見える。どれも同じようなオレンジ色の家と茶色い屋根、青い空と小さな街、調和のとれた風景。
だがその向こうにそびえ立つ100メートル近い高さの細長い建造物、それだけが異彩を放っている。遠くからでは塔のようにも見えるが、近くに寄っても一般人ではあれが何かは分からないかもしれない。
あれこそがユーリと熊の夢であり、希望であり、目標であり、そして今や何の価値も無いそれらの残骸、その墓標、ただのガラクタだった。
それを背にする熊の表情は、差し込む陽で逆光となって良く見えなかった。
――見えなくてよかったな、とユーリは心の内で呟く。
性欲に塗れた熊の下卑た顔など、見たくもなかった。
「今日もいい声で鳴けよなあ、ユーリ」
そう言いながら自分に覆いかぶさってくる熊の重さを感じながら、ユーリはこうなるならせめて窓を開けなければよかったと後悔する。
…たとえあの建造物が只の無機物の集合体とはいえ、生みの親のこんな姿は見たくないだろうと思ったから。
ユーリの目に映る雲一つない青空の、そのまた向こう。
大気圏の外側。光り輝く星々の海。
暗黒と真空の支配する、無慈悲で残酷で静謐な虚空の領域。
しかし誰もがそれを見上げることを止まない、それに向けて祈らずにはいられない、絶対的な空間。
幾人もの先人たちが挑戦し、そして散って行ったその場所。
宇宙。
そこへと到達すること。
それだけが、二人の積年の夢だったのだ。
[chapter:ロケットの見える町で]
1
熊はアラン=レオーノフという名であった。
当時のユーリは知らなかったが、そのファーストネームは某大国初の宇宙飛行士のそれと同じであるらしい。
「だから君と俺は同じだな、ユーリくん。歴史的には君が先に宇宙に行ったわけだけどよ」
初めて出会った時、アランはそう言ってニコリと笑った。黙っていると強面の熊獣人だったが、初めて見るその笑顔は少年みたいに人懐こそうで、ユーリは面食らったことをよく覚えている。
一方ユーリの名前は、宇宙に関する話なら何でも大好きだった狼獣人の父親がつけてくれたものだった。世界初の宇宙飛行士の由緒ある名前だぞ、と言って。
だから史実としては、宇宙飛行士のユーリ氏の方がアラン氏よりも先に宇宙飛行を成功させたことになる。
ユーリの父親自身は宇宙とは何の関係も無い分野での労働者だったが、好奇心旺盛な人であったからよく宇宙関連の本を読んでいた。彼は幼い息子に対して、夜空の星々や星座の名に始まり、恒星と惑星の違い、星の一生、ブラックホールにビックバン、はてまた天動説やら地動説なんていう歴史的な側面まで、彼の知るあらゆる宇宙話を寝る前に繰り返し聞かせてくれたものだった。子供の頃のユーリが、「将来は宇宙飛行士になろう!」と夢見たのはごく自然なことかもしれない。
当時、世界は二度に渡る世界大戦を終え、どの国も疲弊しきっていた頃。
だが、世界を東西に二分する二つの大国は宇宙開発競争の真っ盛り。どちらが先に月へ行くかと日進月歩の大躍進。テレビやラジオでは、競い合う二国のニュースが頻繁に報じられていた。
そういうわけで、宇宙、という少々聞き慣れない単語がユーリの生まれた小さな国の一般人にも浸透し始めていたのである。
とは言っても、その時代はまだ宇宙開発自体が裕福な大国にしか許されないもので、ユーリの国にはまだそんなことに手を出している暇も余裕も無かった。
だから幼いユーリが宇宙への「夢」を口にするたびに両親は笑って聞いていたが、そこには微笑ましさと共に一種の諦めのようなものが混じっていた。この貧乏な国ではその夢を叶えるのは不可能に近いと、彼らは知っていたのだ。
さらに不幸なことに、ユーリが小学生になる前に三回目の世界大戦が勃発してしまった。ユーリの国も戦火に巻き込まれ、多くの者が家族を喪った。
…そして、ユーリもその一人だった。
孤児となった彼は、18歳になるまで施設で暮らした。
だから、宇宙へ行くという夢なんてほとんど忘れてかけていた。父同様宇宙に関する書物は読み漁っていたが、宇宙飛行士になるにはそれなりに学が必要だと知っていたし、何よりこの国では宇宙進出自体がそれこそ夢のまた夢。
幸いにしてユーリは手先が器用だったから、孤児院を出たら高校の時からアルバイトとして手伝っていた自動車の整備工場で雇ってもらうつもりだった。
そんな矢先のことだったのである。
ユーリの暮らす国が、宇宙進出を目指すことを発表したのは。
一般公募の中にロケット開発部門があることを見つけたユーリは、その日のうちに履歴書を書き上げ、政府宛てに送った。そこでなら、もしかしたら雇ってもらえるかもしれないと考えたのだ。
その面接で出会ったのが、計画の若きリーダーとして抜擢された熊獣人のアランだった。
彼はむすりとした顔で部屋の正面に座っていて、入室したユーリをじろりと睨むような目つきで見てきたから、いきなり委縮させられたものだった。アランは当時から褐色の小山のような体躯であり、びしりと着込んだスーツは彼の肉体ではち切れそうな程だった。
最初の質問で志望理由を聞かれたユーリは、緊張しなからもたどたどしく父親のことを語った。彼の影響で幼い頃から宇宙が大好きだと、少しでも宇宙に携わる仕事がしたいのだと。
その中で自分の名前の由来も話したため、前述のアランの「俺と同じ」発言が出てきたのである。
「…ま、ユーリくんと違って俺の場合は偶然の一致なんだけどよ。うちの親は宇宙の“う”の字も知らねえ農夫だったからなあ」
そう言って、だっはっはとアランは豪快に笑った。
この会話と熊の屈託のない笑顔のおかげで緊張の解けたユーリは、その後の面接もスムーズに行えたのである。最後の方は、アランと雑談を楽しんでしまったくらいだった。
そして、採用面接の1か月後の春。
まさかの合格通知が届いたのである
「まあ、気軽にアルさんとでも呼んでくれや、俺もユーリって呼ぶからよ」
アランはそう言って、やって来たユーリを出迎えてくれた。暖かな陽気の春の日だった。
採用の報せが届いた時ユーリは飛び上がって喜んだが、まさか住む場所まで用意してくれるとは思っていなかった。
ロケット開発計画は、墜落や大事故の可能性も考えて都市部から離れた郊外の小さな町を拠点にして行われていた。開発メンバーにはその町の中に個別に家が与えられ、そこで暮らしながらロケットの建造に勤しむのである。もちろん、家族の同伴も可である。
だが、何故かユーリには用意された家は無かった。
通知書に書かれた住所へ大荷物を抱えて行ってみると、小さなレンガ造りの一軒家から見覚えのある強面の中年熊獣人が、ニコニコしながら玄関に出てきたと言うわけだった。何かを間違えたかと思ったが、どうもそうではないらしい。
ユーリだけは、計画のリーダーであるアランの家で彼と一緒に住む、ということだったのである。
「今日から俺と二人暮らしだ。よろしくなユーリ!」
玄関先でアランはそう言って、太い手で強引にユーリの右手を掴むとぶんぶんと上下に振った。暖かくて力強くて、少々手荒い握手だった。
だが、ユーリは混乱して目を白黒させた。
――なんで俺だけ…?
そんな思いが表情に出ていたに違いない。ユーリの怪訝そうな顔を見て、アランは気まずそうに付け加えた。
「…申し訳ないんだけどよ。…ユーリ、実はお前さんは正式な合格者じゃないんだ」
「はい?」
「お前さんの今の立場は、“ロケット開発員の見習い”ってやつだ。本当は不合格だったんだけど俺が上に無理言って捻じ込んでもらったんだよ」
「えぇ?そ、そうなんですか…」
衝撃的な言葉に、ユーリの尻尾と耳がしおしおと垂れ下がる。
明らかに落胆したユーリの様子を見て、アランは慌てる。
「おい、勘違いすんなよ。あくまでも“見習い”だからな。お前の頑張り次第では正規のメンバーになれんだって。大体お前よ、ちゃんと整備士として働いたことも無いやつがいきなりそんな国のデカい計画に関われるわけねえだろうが」
言われてみればそうである。
ユーリだって最初は無我夢中で勇んで応募したものの、面接後に頭が冷えるにしたがって、
(いくらなんでも、何の経歴も無い自分が受かる訳がない…)
と考えていたくらいなのだ。
「じゃあ、レオーノフさんは何で俺を」
「アルさんでいいって」
「…アルさんは何で俺を合格させてくれたんですか」
ユーリが口にしたのは当然の疑問であったが、アランは頬を掻いて少し黙った。
それから、
「――ユーリが、俺と同じだったから」
大柄な熊獣人は小さく口を開いて、ぼそりと言う。
「え?」
「面接のときにも言ったよな?俺の親父はよ、宇宙については全然知らない貧乏な農夫だったって。だけどな、星については良く知ってたんだな。ガキの頃の俺にいろんな星座を教えてくれたよ。きっとそれが、今の俺のロケットを作る土台になってんだ」
そして、アランは少し言い淀んでから「…前の戦争で、死んじまったけどな」
呟くように付け加える。
何でもない様子を装って。
ユーリは面接での会話の一部を思い出していた。
(ユーリくん、そのお父さんは今どうしてるんだい)
(亡くなりました。私が6歳の時に、戦争で)
(…そいつは、悪かった)
そう謝った後の、アランの考え込むような表情を。
「――あとはそうだな、もう一つはユーリの宇宙愛ぶりが気に入ったんだよ。まさか面接でいきなり軌道エレベーター理論の不備について語る程に熱心な奴がいるとは思ってなくてなあ」
アランはそう言ってニヤリと笑う。
面接での一幕を思い出して狼は赤面する。あの時はアランと宇宙談義を交わせるのが楽しくてユーリはつい熱くなってしまい、聞かれていないことまで偉そうにペラペラと喋ってしまったのである。軌道エレベーターを実現するにはやれ材料が脆弱過ぎるだの、やれ世界情勢が不安定過ぎるだの。
あんなので、良かったのだろうか。
「…まあ、不満なら今から不合格にしてやってもいいんだけどな?」
熊は笑みを浮かべたままユーリを見下ろした。
「い、いや!働かせてください!俺、絶対に正規メンバーに入って見せます!」
ユーリは思わず声を上げる。
本当は不合格だと言われようが、採用されたことは事実なのだ。せっかく掴み取ったチャンスである。石に食らいついてでも頑張るしかない。
「おうし、その意気だ!」
アランがばしりとユーリの背中を叩く。余りの力強さにユーリはゲホゲホとむせ込む。
「…じゃあユーリ、最初の仕事なんだけどよ、まずは俺とお前の夕飯を作ってくれよ」
「えぇ!?そ、それってロケット開発と関係無いですよね!?」
「ばっか!お前、どの世界でも見習いはまず師匠の身の回りの世話からって決まってんだろうが。そんで、お前の歓迎会ってことで盛大に乾杯しようぜ」
アランは右手でコップを持った形を作ると、それを口に近づけて嬉しそうに笑う。
酒を飲もう、というジェスチャーらしい。
「お、俺の歓迎会の料理を俺が作るんですか!?おかしくないですか!?大体俺、まだ未成年ですし!」
「つべこべ言うない!」
そう言い合いをしながら、狼と熊の二人はレンガ造りの家に入って行った。
*
――あの頃は、本当に楽しかった。
歓迎会ではまだユーリは酒を飲めなかったが、酔ったアランと深夜まで宇宙に関する話で盛り上がった。年齢は一回り以上も違うのに、全く壁を感じなかったのはアランが自分と同じ目線で話してくれたからだろう。
町にやって来た数日後から、ユーリもロケット開発の作業場に連れて行かれて手伝いをさせられた。分からないことだらけの中で、見様見真似で作業を手伝って、叱られてばかりだったから仕事は大変だったけど、それでも出来ることが増えていく毎日はとても充実していた。
だが、それは他のメンバーもほとんど一緒だったのだ。
ユーリの国は宇宙開発の経験がゼロに等しかったから、大国への留学経験のあるアラン以外は全くの未知のものを作っていたようなものだった。それなのに、政府は次々に期限を提示して開発を急がせた。そんな訳で猫の手も借りたいくらいに目の回る忙しさだったから、雑用のユーリはメンバーの皆に重宝された。あれやっといて、これやっといて、と気軽に仕事を頼まれる度、ユーリは作業場やら倉庫やらアランの部屋を奔走した。
そして、それはユーリにとっても有り難いことだったのだ。もちろん誰でも出来るようなお使いを依頼されることが多かったのだが、しばしば普通なら自分のような若手には出来ないような作業を間近で見学出来たり、稀に任されたりもしたからである。手っ取り早く経験を積むには、ユーリの立ち位置は非常に便利だった。
もしかしたら、アランはそのことまで考えた上でユーリを育てる意味で“見習い”として雇ってくれたのかもしれない。
*
(えぇ!?アルさんって30代なんですか!?若っ!)
(ばっかお前、俺のどこを見て、幾つだと思ってたんだよ!)
(…そのお腹とか…顔とか…。絶対子持ちで40代半ばくらいだと思ってました…)
(うお、今のマジで傷ついた。俺はまだ独身貴族だっつうの。ユーリてめえ、罰として一週間うちのトイレの掃除当番な)
(ひっでー!それ、ただアルさんがやりたくないだけっしょ!)
(…バレたか)
残念そうに舌打ちをして、アランはがははと笑った。
毎日寝食を共にするうちに、いつの間にかユーリとアランの仲は深まっていった。
(――だからよ、ツィオルコフスキーの式から、ロケットは多段式の方が最終的な到達速度が速いってのはもう常識なんだよ)
(いや、それはわかるんですけど、でもその数式から導くんならもっと軽量化されて推力の高いエンジンを作れば更に速いってことでもありますよね)
(ばっか!それは間違ってねえが、それこそ現実を見ろって話だ。一からエンジンの設計なんかやってたら予算も時間も足りねえ。だからクラスターロケットつうのがあるんじゃねえか)
貰える給料はアルバイトに毛が生えたようなものだったが、昼は現場で開発メンバーにくっついて技術の実践を、夜はアランからロケット開発のための基礎的な知識を、ユーリは貪欲に吸収していった。
(アルさん、今日は仕事終わったら一杯やりましょうよ)
(…お前、いつの間にか言うことがおっさんっぽくなったなあ)
(いやいや、残念ながらアルさんの老けっぷりにはまだ届かないっすけどね!)
(ユーリ、お前帰ったら後で覚えてろよ…)
仕事以外の気の抜けた話もするようになり、ユーリも最初は無理矢理飲まされていた酒が、好んで飲めるようになった。
(なあなあユーリ)
(なんですか。見ての通り、俺今勉強中なんですけど)
(そいつは偉いな!さすがは俺が見込んだユーリくん!)
(…で、何ですか)
(お前さ、俺との会話を楽しもうって気はねえの…?いや何、今思ったんだけどよ、俺らも将来的に後世に名を残したいと思わねえ?)
(はぁ。ケプラーの法則とか、ハレー彗星みたいなですか)
(そうそう、そんな感じだ!)
(でももうあるじゃないですか。ヴァン・アラン帯とか、アラン・ローラン彗星とか)
(ばっか、そりゃ俺の名前じゃなくて別人だろうが!大体それを言うならヴァン・ア“レ”ン帯だっての。それにアラン・ローラン彗星は二度と観測できねえしよ)
(…あれ?なんでもう観測できないんですっけ)
(だっはっは!まだまだ勉強が足りんようだなユーリ!あれはだな――)
アランも話好きで、よくユーリと宇宙について論じたがった。意外に寂しがり屋なところがあるようで、ユーリが勉強中だと突っぱねると不機嫌になってしまうこともあったが、嫌な気はしなかった。
アランに本気で殴られたのもその頃だった。
仕事を覚えて調子に乗っていたユーリは、アランが不在の時にメインエンジンの試作機のスイッチを誤作動させてしまい、作業場を一つ吹き飛ばしてしまったのだ。幸いなことに、怪我人一つ出さなかったが、一歩間違えれば大惨事となっていてもおかしくなかった。
報せを聞いて飛んで帰って来たアランに殴られ、勢いよく壁に叩きつけられたユーリは、それでも震えながら謝るしかできなかった。
(…ごめんなさい)
(お前、下手すりゃ町ごと全部消し飛んでいたところなんだぞ!自分が何やったか、わかってんのかおい!)
(…ごめんなさい)
(謝るだけなら誰でも出来んだよ!この馬鹿野郎!)
(…ごめんなさい)
(ちっ…)
(……)
(……)
(…アルさん)
(――なんだよ)
(…俺、ここ追い出されたら行くとこないんです。俺、親戚もいないし、一人ぼっちなんです。だから、お願いです。何でもするんで見捨てないでください。どうか俺を、ここに――)
(ばっかお前!誰がてめえを追い出すって言ったんだよ!お前みたいな危なっかしい若造を放っておけるかボケ!)
(……)
(…吹き飛んだのが作業場だけで良かったよ。作業場はまた作ればいいが、人命はそうもいかねえからな。…お前も含めてだぞ、ユーリ)
(はい…。アルさん、本当にごめんなさい…)
(――だー!いつまでしょぼくれた顔で謝ってんだ!てめえが無事でよかったって言ってんだろうが!言わせんな馬鹿ユーリ!次に生かせばいいんだよ!)
泣きべそをかくユーリに対して、アランは顔を真っ赤にして喚き散らしたものだった。
アランは仕事には厳しく口が悪いところはあるが、それ以外では優しい人だった。
もっとも、多少ずぼらで酒癖が悪いところは玉に瑕であったが。
試作機の事故以来、ユーリはさらに熱心に仕事に取り組むようになった。今まで以上に慎重に、しかしそれでいてガムシャラに。
そうして働き続けて二年、気付いたらユーリは正規メンバーとほとんど変わらない仕事をこなせるようになっていた。
ある夜、二人で晩酌をしている最中にアランは嬉しそうにユーリへ封筒を差し出した。開いてみると、用紙の中央に大きく書かれた「採用」の文字が目に入った。アランを通して、国から直々にユーリを開発員の一人として本採用する旨の通知が送られてきたのだった。
(ママママジすかアルさん!)
(マジもマジ、大マジ。俺がお前を推薦しといたんだぞ。これでユーリも正式に俺らの仲間ってわけだな!)
(あれ、じゃあ今までの俺は仲間じゃなかったんですか)
(んん?そうだなあ。…今日までのお前は、さしずめ俺らのパシリってとこか?)
(えぇ!?あんなに俺を馬車馬の様に働かせといて!この家の炊事洗濯部屋の掃除もしてるのに!それを、言うに事欠いてパシリっすか!?)
(なんだ、ユーリは嫌なのか?…じゃあ、奴隷ってことでどうよ?)
(落ちてる!ランク落ちてるよアルさん!)
にやにや笑うアランにユーリは大声で抗議したが、二人とも嬉しくて浮かれていたのである。
あの夜はそんな風に騒ぎながら二人して呑み過ぎてしまい、二日酔いで次の日の仕事に行ったものだから、他のメンバーには冷ややかな目で見られてしまった。
――そして、さらにそれから2年、ユーリがこの町にやって来てから4年。
幾度かの試作機の失敗を乗り越えて、遂に多段式ロケットの実用機が完成したのだ。
今から4か月前の11月の末のことであった。
その知らせを受けた政府は、これでもかというくらいに盛大に国中に告知し、ロケットのある町にもマスコミが連日取材に来るようになった。開発中はほとんどニュースにならなかったのにである。
「なんだかすごい騒ぎになってますよね…」
深夜まで打ち上げの為の最終調整の作業に追われる中、夜食を取りながらユーリは呟いた。
その頃にはもうユーリは開発員の中でも中堅以上の技術者として成長しており、第二段エンジン開発のチームリーダーを任せられるまでになっていた。昼間だけでなく、夜もアランに教えを受けていたのだから、当然と言えば当然であった。
休憩室に置かれた小さな白黒テレビの中ではユーリたちのロケットの特集番組が放送されており、有名なニュースキャスターが今回の開発の経緯について語っているところだった。曰く、国の威信をかけた一大プロジェクトだとか、我が国にとって偉大な一歩になるだとかなんとか。
正直ユーリにとってはどうでもいいことだった。ロケットは、自分とアランや開発員にとっての夢だから頑張って来ただけであって、他の何かとか誰かのためにやってきたつもりは全くなかったから。別にテレビで取り上げられるためではないし、国の威信なんて気にしていなかった。
「うちみたいな小さな国にとっては、ロケットを持つってのは軍事的に大きな意味を持つからねえ」
一緒に休憩に入った、開発計画の副リーダーである猪獣人が眼鏡を拭き拭き呟く。
「…え?軍事的、ですか?」
猪の言葉の持つ不穏な響きに、ユーリは思わず聞き返す。
「そりゃそうでしょ。ロケットってさ、言ってみれば長距離攻撃兵器にもなりうるからさ。特に今は不安定な情勢だから、ロケット開発の成功ってのは外交的に凄く意味があることなんだよ。だからこそ国は大金をこの計画に費やしてるんだし、大っぴらに宣伝したいのさ。…あれ、もしかしてユーリくんはそんなことを考えてもいなかったのかな?」
猪の掛けた眼鏡の奥から冷ややかな視線をぶつけられて、ユーリは曖昧に笑ってごまかした。
この猪が、自分に対してあまりいい感情を思っていないことは薄々感づいていた。
――年下で大学も出ていない癖に、アランのお気に入りだからチームリーダーとして重用されている生意気な狼。
きっとそんな風に思われているだろうと。
そして、そう思っているのが、残念ながら猪だけではないことも。なまじユーリが仕事の出来る人材だからこそ、余計に彼らは苛立っていたのである。
日を跨いだ頃にユーリが家に帰りつくと、電気を点けっぱなしのままソファでアランが鼾をかいていた。ネクタイを緩めてワイシャツの裾をズボンから出してはいるが、スーツ姿のままである。一昨日前から、彼は泊まりで首都まで出向いて色々な報告やらロケット打ち上げの式典の準備やらに参加していたのである。
ロケットは完成しているというのに、対外的な仕事で彼も大忙しなのだ。帰ってくるなり疲労で眠り込んでしまったのだろう。
「アルさん、こんなところで寝てると風邪ひきますよ」
ユーリはそっと熊の大きな身体を揺らした。
「…お、ユーリか。おかえり」
アランが瞼を開き、真っ赤に充血した目をこすりながら身を起こす。さすがに疲れているようで、少し声が嗄れていた。
「大丈夫ですか?今、お風呂沸かしますよ」
「ああ、頼む。…わりいなユーリ、お前も疲れてるだろうに」
よくない兆候だった。こんな風に殊勝な返事をするのは、少々彼が参っている時――しかも精神的に――であるとユーリは長年の付き合いでわかっていた。試作機の打ち上げが失敗するたびに、こんな彼の姿を目にしていたのである。
ユーリは浴槽に湯を溜め始めると、台所に向かった。
それから5分後。
「…はい、アルさん。ホットミルクでもどうですか?」
ソファに腰かけたままぼんやりとテレビを見ているアランの前に、湯気の立つマグカップを差し出した。
熊はそれを見てちょっと驚いた顔をしたが、
「さんきゅ」
そう言って、ユーリの手から素直にそれを受け取り、口を付ける。「…甘ぇな」
「疲れた時は甘い物ですよ。アルさん嫌いじゃないでしょう?」
そう言いながら、ユーリは自分の分のホットミルクを啜る。
アランはカップの中の白い水面をじっと見つめ、
「うん、美味い。ユーリ。…お前、すげえな」
「何がすか」
「今、俺が欲しいのがよく分かったな。ホットミルク。…しかもよ、砂糖入り」
熊の心底驚いたような声に、思わずユーリは吹き出す。
「当たり前じゃないですか、俺が何年一緒に暮らしていると思ってるんすか。元・奴隷としては、これくらいのことは出来ないといけませんから!」
芝居がかったユーリの言葉に、アランもふふん、と笑みを浮かべる。
「…まあ、俺も昔から何回か飲んでたからな」
今までも、試作型ロケットが失敗した時はメンバーの皆でアラン宅にて残念会をするということが何度かあった。そんな時は、アランは最後にいつも暖かいミルクを飲んでいたのである。
(なんかよお、優しい味でさあ、安心するじゃねえかよ)
開発員たちが酔いつぶれる中で、運悪く最後まで生き残ってしまったユーリに対してアランが呂律の回らない口でそう零していたのを覚えていたのである。
「…なんかさ、宇宙ロケットってのはよ、昔からの俺の夢…だったんだけどさ」
アランが、手にしたカップに目を落としたままぽつぽつと語り出す。「政府の奴らと話してたら、そんな簡単な問題じゃねえんだよな、って気がしてきてな。“この国の将来の為に、絶対に打ち上げを成功させてくれ”とか言われてもよ、ピンと来ねえんだよな…」
「…そんなこと、言われたんすか」
「んなもん言われても困るよなあ。計画の為にすげえ大金貰ってやってきたけど、今までそんなこと意識しなかったし、それが今急に重みを増してきたっつーかよ。もちろん国にとっては国益があるから金を出してくれたんだろうけどな…」
纏まりのない言葉だったが、ユーリにはその気持ちが分かる気がした。
今日、猪に指摘されてユーリが感じたこと。
自分たちが無我夢中でやってきたことの意味。
その余波。その大きさ。
ロケット開発の背後にある思惑と、自分たちに掛けられた期待の重さ。
そうしたものがない交ぜになって、もしかしたら自分たちは何かとんでもないことをしてしまったのではないかという戸惑いと、漠然とした不安を覚えているのだ。
「――今更、何言ってるんですかアルさん!この前飲んだ時だって、“国の予算を俺らが使い切ってやろうぜ!”とかなんとか言ってたじゃないすか!リーダーなんだからもっとどっしりと構えててくださいよ!せっかくそんなスモウ力士みたいな身体してるんですから!」
ユーリはわざと元気よく言い切って、ばしりとアランの背中を叩く。
出会った時のお返しのつもりだった。
突然の叱咤激励に、アランは目をしばたたかせた。
「…そうだな」
そうぽつりと言うと、気持ちを切り替える様に熊はぐい、と一気にカップの残りを煽った。
「おう、変なこと言って悪かったなユーリ。俺は風呂に入って寝るぜ。ミルクありがとうな!」
アランはそう言って勢いよく立ち上がると、ワイシャツのボタンを外しながら風呂場へと向かって行った。
大股で歩いていくその後姿を見つめながら、ユーリは自分にも言い聞かせる。
――きっと大丈夫だと。
打ち上げが成功すれば、何にも問題はないのだと。
もうすぐ自分とアランの長年の夢が成就しようとしているのだ。それを喜ぶことはあれど、何を憂うことがあるというのだろう。
「…つうか誰がスモウの力士みたいだ、てめえユーリ!」
思い出したように怒りながら、どたどたとアランが居間に戻ってくる。ワイシャツの前をはだけたままで、脂肪のついた丸い腹がよく見えた。
「だから、その身体がっすよ!アルさんは、ちゃんと鏡で体型チェックを欠かさないでくださいね!」
ユーリは笑いながらアランから逃げる。
「うっせえ!今日という今日は許さん!」
深夜の家でドタバタと二人の追いかけっこが始まった。
――大丈夫。きっと全てが上手くいく――。
アランに捕まって羽交い絞めにされながらも、ユーリは思っていた。
信じていたのだ。この幸せがいつまでも続くと。
だが、さらにその一か月後。
政府が主体となったお祭り騒ぎの中で、ロケットの打ち上げは失敗に終わる。
ユーリがチームリーダーとして開発に当たっていた、第二段エンジンの爆発という最悪の事態を起こして。
[newpage]
2
その日のことは、ユーリはよく覚えていない。
記憶にあるのは、火を噴くロケットと、開発員たちの悲鳴と泣き声、我先にと逃げ出していく大勢の見物客、がなり立てる政府の人間、空を覆う黒煙。
そして、呆然と立ち尽くすアランの後ろ姿。
彼は、一歩も動かずに燃えていくロケットを見つめていた。
我が子の最期を看取る親のように、自分の分身が先に逝くという悪夢のような光景を脳裏に焼き付けるかのように。
空を目指すも、地表を離れることすら無く立ったまま炎上するロケットと、微動だにせずそれを眺めるアランの姿が重なった。
…ユーリは今でもあの日の彼の背中を夢に見る。
――彼の一部は、その時に間違いなく死んでしまったのだろう、とユーリは思う。
宇宙開発には大きな期待が寄せられていただけに、その反動で手の平を返されるのも早かった。
あっという間に計画の凍結が決まり、焼け焦げたロケットの残骸は撤去も出来ないまま放棄、開発チームは解散となった。作業場もそのまま残っているはずである。ユーリはあれから一度も行っていないので、わからないが。
元々、政府としては予算面等でかなり無理をして臨んだ計画であり、内部に反対を唱える者も多かったらしい。さらには爆発の様子を全世界に放映されてしまったロケット開発など国民の支持を完全に失っており、最早金をかけるだけの価値は無かった。
そしてその責任者であるアランは、処分が決まるまでこの町でのロケットの管理を命じられていた。
言ってみれば、島流しのようなものだった。
万が一政府が再び宇宙開発に手を出すことがあろうとも、彼だけはその場に戻れないに違いなかった。
失意のアランは酒浸りの生活を始め、管を巻いて無為に日々を過ごすようになった。当初は町に居残ってリーダーの説得を試み再起を願っていた開発員たちも、一向に呼びかけに応じる気配も無い熊を見て失望し、その内に一人減り、二人減り。年を越えるころには町に残ったロケット開発メンバーはアランとユーリの二人きりになっていた。
「悪いことは言わない。ユーリくんもそろそろどこかに行くべきだ。君はまだ若いし優秀だから、いくらでもやり直せる。…言いにくいけど、あの人はもう駄目だ…」
最後まで残って良くしてくれた虎獣人は、アランに付きっきりのユーリのことを心配してそう言ってくれたが、それでもユーリは首を縦には振らなかった。
そして、二人きりの寒い寒い冬がやってきたのである。
――そんなある日のことだった。
初めてアランに犯されたのは。
*
「てめえが…てめえのエンジンが火を噴かなけりゃ…!」
年が明けばかりのある晩のことだった。
泥酔したアランがユーリに指を突き付けて立ち上がろうとするが、よろめいて卓上のグラスを腕に引っかけてしまい、転がって床に落ちたそれは、ぱりん、と音を立てて飛び散る。
「あそこはお前の担当箇所だろう…。この役立たずが…!」
ユーリに向かってそう唸ると、アランはソファに座り込んでうな垂れる。
ここ1週間ほどこんなことが続いていた。酔いが回ってくると、アランは決まってユーリに向かって、役立たず、と罵声を浴びせるのである。
事故当初のアランはユーリを責めるようなことは全く言わなかったのに、出火したのは第二段エンジン以外に考えられないということに話が落ち着き始め、テレビでも盛んにそのことが放送されるようになってから、少しずつアランのユーリを見る目が変わってきていた。さらに、深酒をするとその感情が遠慮なしに外へと噴き出してしまうらしい。
「…アルさん、危ないから今日はもうお酒はやめて寝ましょう」
憐れむような目でユーリはアランを見つめる。
1月のこの頃にはアランのアルコール依存は深刻なものになっていた。寝ているとき以外は常に酒を口にしており、ロクに食事をとらなくなっていた。被毛はボサボサで、目の周りはいつも紅潮しており、ロケット開発をしていた頃の彼は見る影も無い。泥酔すればユーリをなじって怒り出す、非常に面倒な酔っ払いと化してしまう。
――全部、俺のせいだ…。
ユーリは身を斬られるような想いだった。重すぎる罪悪感に押し潰されてしまいそうだ。
事故の調査は続けられていたが、未だにその詳細な原因は不明だった。それはそうだろう、火を噴いたエンジンはほとんど全て爆発で吹き飛んで燃えてしまったのだから。
ユーリが開発の責任者だった第二段エンジン。少なくとも、そこが事故の最初の引き金であることはほぼ間違いなかった。
それで十分だった。
もちろんユーリは、自分の担当箇所の整備は完璧にこなしたつもりであった。何故あんなことが起きたのかユーリにも全く分からない。だが、事故が起きたのは事実である。
自分のせいで、アランはこうなってしまった。ユーリはそう思っていた。
役立たず。全く持ってその通りだ、と。
アランは孤児の自分を助けてくれたのに。国に無理を言ってまでロケットの開発計画に参加させてくれたのに。自分は、その恩を仇で返すような真似をしてしまった。償っても償いきれる気がしなかった。
何よりユーリにとって、アランはたった一人の家族だった。
他の開発員たちの様に、アランを置いてこの町を出るなどユーリには絶対に出来ない。
ユーリは、座った姿勢のままソファで眠り込んでしまいそうなアランに肩を貸して立ち上がらせると、引きずるようにして二階のアランの自室を目指す。割れたグラスの始末はあとですることにした。
ロケットの開発中は、開発員との飲み会で彼が潰れる度にこうして連れ帰ってきたものだった。その時と比べて彼の身体が若干軽くなっていることに気付いてしまい、ユーリは涙が出そうになる。
それでもどうにか階段を上がりきり、部屋の中に入ったところでアランが何かを呻いた。
「なんですか、アルさん?」
ユーリは耳を熊の口元に近づけるが、
「――この、役立たず…」
そうブツブツと言っているだけだった。
さすがに、ユーリの目から涙が一筋伝った。
「…ごめんなさい。…アルさん、本当にごめんなさい…。」
いつだったか、殴られた時の様にユーリには謝ることしかできなかった。
ひどく悲しかった。
だが、次の瞬間、突然アランが動いた。
「んんっ!?」
熊は首を曲げてユーリに顔を寄せ、その口に吸い付いてきた。
ユーリの口腔内にアランの舌が差し込まれ、乱暴に掻き回される。
思わず、反射的にユーリはアランを突き飛ばしていた。よろめいた熊獣人は、しかしドアにもたれかかるようにして立ったままだった。
反対にユーリはその場にぺたりと座り込む。
「ア、アルさん…?」
困惑する狼を、熊はじっとりした目で睨めつける。
嘗め回すような生々しい視線だった。
「仕事では役立たずでもよ…。コッチの方でなら…少しは使えんだろう…」
何かに憑かれたようにぼそぼそと唸る熊。
そこでユーリは気付く。アランのズボンの股間が、大きく張りつめていることに。
アランの顔をもう一度見ると、目つきがいつもと違うように見えた。ただ酔っぱらっているのとは違う。もっと切羽詰まっている様な、何かが差し迫ったような、必死な光が宿っている。
その目で、アランは鼻息荒くユーリを見つめていた。
初めてユーリはアランに恐怖を覚えた。
慌てて四つん這いになって逃げようとするが、アランに素早い動きで後ろから組み付かれてしまう。重みに負けてべしゃりとユーリは潰れる。
酒臭い湿った息がユーリの首筋にかかった。おぞましさに鳥肌が立つが、振り払って脱出しようにも120kg近い大柄な熊の全体重がユーリに掛かっており、そう簡単には動けない。狼はうつ伏せのまま四肢をばたつかせるが、ほとんど無駄な抵抗だった。
アランの手がユーリのズボンに掛かり、下着ごと膝まで引き摺り下ろされてしまう。ビリリ、と生地が裂けたような甲高い音がした。
恐慌を来したユーリは助けを呼ぼうと大きく息を吸い込むが、
「声を出すんじゃねえ!」
鋭い声ともに、横からアランの牙がユーリの首に突き立てられた。
ひゅ、と恐怖でユーリの喉が鳴る。まだ甘噛みの程度の強さだったが、酔った熊が少し力加減を間違えれば、ユーリの首など簡単にへし折られ、喉笛は裂かれてしまうに違いなかった。
ユーリは観念して抵抗を止める。それが伝わったのか、
「最初っからそうすりゃいいんだよ、ボケ」
アランがユーリの首から離れる。背後で、かちゃかちゃと慌ただしくベルトを外す音がした。
これから何をされるのか、あまりそういうことに馴染のないユーリにも分かった。
「ほらよ…ユーリ、こっち向けよ」
アランはユーリの首筋を掴むと自分へとその顔を無理矢理向ける。思わずユーリは顔を顰める。ズボンを脱ぎ捨て、シャツとトランクス一枚になり片膝立ちをした中年の熊がそこにいた。大きく突き上げられた下着の前開きはわずかに開き、その隙間から屹立した彼の先端が覗いている。
一緒に暮らしているのだから風呂上がりの彼の身体がちらりと目に入ることはあったが、こんなに間近でしかも勃起したソレを見るのはさすがにユーリも初めてだった。
「何ボーっとしてんだよてめえは。何をすりゃいいかくらい、分かんだろうが」
そう言って、熊は乱暴に若い狼の顔を自身の股間へと押し付ける。ユーリの鼻先に、熱く硬いソレが布越しで当たる。アランはしばらくシャワーも浴びていないはずだ。鼻孔を突くような汗の臭いとアルコール臭が混じりあって、ユーリは吐き気を覚え、違った意味で涙が出そうだった。
動けないユーリの顔に、熊が焦れたように腰を押し付けてくる。
「早くしろって。もう俺は我慢きかねえんだよ」
ユーリの首を掴むアランの手に力がぐうと込められる。仕方なく、ユーリは前開きの中に舌を入れ、彼の“雄”にそっと舌先で触れる。塩辛い味がした。
途端、熊の身体がびくりと震えた。ユーリは思わず顔を引こうとするが
「…やめんじゃねえ。続けろ」
ドスの利いたアランの声が降って来て、行為を再開する。そっと前開きの布を口で開けると、彼の陰茎が顔を出した。うっ血して赤黒くなっている亀頭には半分ほど皮を被っているが、しかし暴力的な大きさだった。幹に絡みつく蔦のような血管が太い竿に浮き上がっている。
ユーリは涙目になりながらおずおずとその先端を咥え込む。それに反応するようにアランの肉棒が小さく跳ねた。
「ぐぉ…」
感じているのか、頭上で熊が呻き声を上げる。そのことにユーリは安堵する。
ユーリには大した性の知識もあったものではないが、どうすればアランを怒らせないかくらいは見当がつく。歯を立てないようにして、口腔内の彼の亀頭を舌で転がしてやると、アランは再びくぐもった唸り声を発した。
彼を怒らせたくなくて、ユーリは必死で奉仕する。自分の長いマズルを使って、さらに彼を深く咥え込む。途中で包皮が引っかかり、熊の亀頭が完全に露出する。それが感じたのか、彼の太腿が一瞬だけ小刻みに震えた。
ずるずると、ユーリは顔を前後に動かして彼の肉棒を深く飲み込んでは、吐き出す。その行為を繰り返す。
「っはぁ…いいぞユーリ。やりゃあ…できんじゃねえか…」
吐息と共に、アランが恍惚とした声を漏らす。普段罵声しか浴びせてこない彼に久しぶりに褒められたことでユーリは少しだけ嬉しくなるが、すぐにその感情を振り払う。こんなの倒錯している。
ユーリの動きに合わせて、次第に熊の腰もゆっくりと前後運動を始める。初めはわずかなものだったが、段々とストロークの幅が大きくなる。突かれるたびに亀頭が喉に当たるようになり、ユーリの目から生理的な涙が零れた。
「何…泣いてんだてめえは…。ほら…そろそろ、だぞ…!」
アランの声が上擦り、さらに鼻息を荒げる。彼の先端から、塩辛い液体がとろりとろりと溢れてユーリの口内を汚す。“その時”が近いことを悟って、ユーリは恐怖する。咄嗟に肉棒を吐き出そうとするが、アランはそれを見越していたかのようにユーリの後頭部を掴むと腰の前に固定してしまう。
「おら、ちゃんと、最後まで責任取って、奉仕しやがれ…!」
熊の動きが激しくなる。がつがつと、ユーリのことなどお構いなしに喉の奥を突きまくってくる。酸欠でユーリは意識が飛びそうになった。
「んっ、んっ…!」
やめてくれアルさん、ユーリはそう叫びたいが肉棒で口腔内を蹂躙され、それすらも出来ず呻くしかできない。無理矢理開かれている口からは涎がダラダラと流れてしまう。
そんなユーリの様子を見て嗜虐心をそそられたのか、アランは呼吸を乱しながら舌なめずりをする。
「はぁ、はぁ、いいぞ、ユーリ。はぁ、最高だ。そろそろ…、お、ぐ、ぐおおおお゛お゛!」
アランの大声と共にユーリの口内で亀頭がぐっ、と膨らんだかと思うと、爆ぜる様にその先端から白濁液が射出された。
「――っ!」
ユーリは悲鳴を上げようとするが、太い逸物に栓をされて声にならない。必死にアランの膝を押しのけて逃れようとするが、逞しい熊の身体はびくともしなかった。
「おぐ…っ!ぅお…っ!」
他方、アランは腰をびくびくと震わせながら射精の快感に酔いしれる。呆けた目を天井に向け、だらしなく舌を出しながら喘ぎ声を上げ続ける。その度にユーリの喉で亀頭が跳ね、精液をびゅる、びゅると吐き出した。逃れようとするユーリの舌の動きが、吐精中の彼の陰茎をいい塩梅に刺激して却って心地いい。
「がはっ!」
アランに乱暴に突き飛ばされ、ユーリは床に倒れ口の中の粘液を吐き出す。べしゃ、と唾液混じりの精液が板張りの床に零れた。
「おい、何してんだよユーリ。もったいないじゃねえか、俺の子種だぞ?」
そう言って熊はだっはっはと嗤う。まるで別人のようだった。あの優しかったアランとは。だが笑い方だけはいつもの彼の通りで、そのことがユーリの胸を抉った。笑っている彼など、しばらく見ていなかった。
「アルさん…。なんで…。」
ユーリは口元を拭いながら目の前の大きな影を見上げる。
熊は牙を剥き出しにして凶暴な笑みを浮かべており、まだ目にはあの嫌な光が燃えたままだった。その股間の肉棒は、まだ満足し足りないのか全く萎える様子が無い。それどころか、先程よりさらに角度を増している気がする。獲物を見て涎を垂らす肉食獣の様に、その先端から精子が垂れ落ちる。
「おら、ついに本番だぞユーリ!」
再び熊の太い腕がユーリに伸びる。いとも簡単にユーリはうつ伏せに転がされてしまう。
アランはユーリの首根っこを押さえつけたまま、床に落ちた白濁を手に取りユーリのアナルに塗りたくると、一気に指を突き立てた。
ユーリの視界に火花が飛び散る。
「があ!」
痛みにユーリは悲鳴を上げるが、熊の動きは止まらない。ずぷずぷと指を出し入れして、そこを解きほぐしていく。 ただでさえ熊の指は太いのである。ユーリは歯を噛みしめて痛みに耐えるしかなかった。
乱雑な前戯を手早く終えると、熊はユーリの腰を抱えて四つん這いにさせる。この時にはあまりの事態にユーリはほとんど放心状態になっていた。抵抗する気も起きなかった。下半身から連続で与えられる痛みと、アランから漂うアルコール臭が彼の思考を蝕んでいた。
――アルさん、なんで。
その疑問だけが彼の頭を満たしていた。
ユーリの尻に、固く熱いモノがあてがわれる。だが、ユーリは無反応だった。
「おい、ちったあ反応しろよ。てめえ、どうせ初めてなんだろうが」
熊が下卑た笑い声を上げる。「…まあいいや。じゃあいくぞ」
ぐっ、と熊の逸物がユーリへ侵入を始めた。
それは指の比ではなかった。脳髄を直撃する電流のような痛みが、ユーリを駆け抜けた。
「痛い痛い!」
ユーリは思わず前へ逃げようとするが、その首筋に熊が再び齧りつく。牙が押し当てられ、喉に鈍い痛みが走る。言葉よりも明白な脅迫に、ユーリは硬直した。
後ろからユーリに抱き付くようなその姿勢のまま、熊がゆっくりと腰を前に進めてくる。太い亀頭によってめりめりと音を立てそうなくらいにユーリのアナルが拡張される。ユーリは目を見開き、歯を食いしばり、崩れ落ちそうになる四肢に力を込めて、必死に痛みに耐える。耳元ではふーっ、ふーっ、と熊のふいごのような呼吸が聞こえ、彼が興奮しているのが手に取るようにわかった。
「ふぐっ!」
ある地点で、ぬるりという感触と共に急にアランが小さく声を上げた。ユーリの痛みもわずかだが弱まる。どうやら亀頭が全て入ったらしい。一番痛みの強い雁首を越えたのだった。
「…よく我慢したじゃねえか」
ユーリの首から口を離すと、アランはニヤリと笑って耳元でそう囁く。
またユーリの心に、褒められたことに対する嬉しい感情がほんの少しだけこみ上げる。
頭がおかしくなりそうだった。
――なんで、こんなことで俺は喜んでいるのだろう。
「おいユーリ、ご褒美だ。てめえも気持ちよくしてやるよ」
アランの手がユーリの腰の前に伸びる。
「うあ!」
萎えた陰茎を握られ、ユーリは悲鳴を上げる。他人に局部を触られるなど、彼にとっては初めての経験だった。
「おいおい敏感だなあ。やっぱりてめえは童貞かユーリ。しかもすっぽり皮まで被ってんじゃねえかよ」
にやにや笑いを浮かべながら、熊は言う。密かなコンプレックスを指摘され、ユーリの頬が紅潮した。
「どれ、ちゃんと剥けんだろうなこいつは」
熊はそう言いながら乱暴にユーリの包皮を剥き、ピンク色の亀頭を露出させるとそれをざらりと一撫でした。
「いっ!」
痛みで再びユーリの視界に火花が飛び散る。刺激に慣れていないユーリの陰茎は、それだけで硬く勃ち上がってしまう。きゅう、とユーリの尻穴に力が入る。
「おっ」
アランが軽く声を上げて腰を震わせた。「ユーリ、お前いい締め付けするじゃねえか…」
熊は舌なめずりをすると、ゆっくりと腰を前へと進め始める。
凄まじい圧迫感がユーリを襲った。ユーリの内部を大きな熱量を持った棒状のものがごりごりと突き進んでくる。痛みを少しでも逃がすために、息を大きく吐いてなるべく力が入らないようユーリは懸命に努力した。
ユーリの尻に、薄い布が当たる感触がした。アランが吐いたままの下着の前開きの裾だった。熊の野性的な逸物の、ほとんど根元までが挿入されたのだった。
「いい子だ、ユーリ。俺の自慢の息子を全部咥え込むとは、お前も立派な雌だなあ・・・」
熊はぐふぐふと嬉しそうに笑う。
――ああ、こんなときだというのに、アルさんが喜んでくれていることが俺も嬉しい。くそ、なんだってこんなことを考えちまうんだ…?
ユーリは混乱する。ここ数か月、アランの笑い声など聞いていなかったのだ。落胆し、自暴自棄になり、この世の全てを呪っているかのような顔をしている彼しか。
熊がゆったりと腰を引く。ずるずると太い幹がユーリの中から引きずり出されていく。その途中で、ユーリの何かにアランの亀頭が当たった。妙に強いその刺激に、ユーリは思わず全身を震わせる。その股間で痛みに萎えかけていたユーリの逸物も一気に勃起した。
「――っ!…おいおい、急にどうしたんだよ」
締め付けが再び強くなったことを感じたのか、熊も下卑た笑いを含んだ声で尋ねる。「…もしかしてよ、これかユーリ?」
熊が軽く腰を動かす。再び狼の奥にある“何か”にそれが擦れる。
「ぅ…!」
ユーリが痙攣するようにびくりとする。彼のピンク色の亀頭も同じように上下に跳ねて、早くも鈴口から透明な液が滴り落ちた。
「ぐはは、いいぞユーリ。これが前立腺ってヤツか…!」
味を占めた熊は、小刻みに腰を動かして何度も何度も“それ”を突いた。
「はっ!ぅあっ!」
ユーリの陰茎のその根元の、さらに下腹部の奥。熊の亀頭がそこを掠める度に、甘美な熱がユーリを襲う。がくがくと震える四肢で崩れ落ちまいとユーリは懸命に耐えるが、小ぶりな逸物は触れてもいないのにしゃくり上げながら先走りを撒き散らしてしまう。ユーリは、いつの間にか半開きになった自分の口から涎が垂れていることに気付いた。
「いい顔してんじゃねえか、ユーリ…!」
熊は熊で、目を血走らせて快感を貪っていた。ユーリの前立腺を刺激してやる度に、挿入した肉棒にまとわりつくようにしてユーリの肉壁が収縮するのである。亀頭の先から融解していきそうな狼の体温と絡みつく肉の快楽に、熊は夢中になって腰を動かし続けた。
「――ああ、くそっ!もう辛抱きかねえ!」
細かい動きでは満足できなくなった熊は、再びユーリに覆いかぶさると、大きなストロークで腰を打ち付け始めた。
「があっ!」
激しい動きに気持ち良さよりも痛みが強くなり、ユーリは苦悶の声を上げた。
「おら、もう少しだから我慢しろ!」
熊は腰の動きはそのままで、べろべろと掌に唾液をまぶすとユーリの亀頭を包み込むようにして捏ね繰り回した。
「あああ!」
後ろからの激痛と、前からの快楽。余りに強すぎるその刺激にユーリはのけ反って声を上げる。熊の逸物を愛撫するように、ユーリの肉壁が強く蠢いた。
「はあ…!いいぞユーリ…!堪らねえ…!」
熊は狼の上半身に縋りつくようにして腰だけを激しく動かす。同時に片手でユーリの亀頭を握りつぶすようにして力を込めた。
あっという間に、ユーリの視界が真っ白に染まった。
「うあああああ!アルさんんっ…!!!!」
熊の名を呼びながら、狼は果てた。熊の掌に、若く熱い精が吐き出され、指の隙間からぼたぼたと床に落ちた。
ユーリの肉棒が脈動しながら射精するのと同期して、後ろの穴が激しく収縮を繰り返す。
「うぉ…!ゆ、ユーリぃ…!!」
急な刺激の変化に思わず熊は声を漏らす。ぐぐ、と熊の下着の中で陰嚢が一気に持ち上がった。亀頭の先から透明な液が勢いよく漏れ出す。精を搾り取られるような感触に、熊もまた絶頂を迎えたのだった。
「ぐああああああ゛あ゛あ゛!」
二回目だというのに、どぷりと音がしそうなほどの勢いで熊の先端から精液が迸る。野太い熊の逸物は、狼の内部で打ち震えながら鈴口から白濁液をどぷ、どぷ、と何度も何度も射出しては、狼の肉壁に叩きつけた。
その感触を腹の奥で感じながら、容量を超えた事態に気が遠くなったユーリはとうとう崩れ落ちる。熊と狼は二人、重なる様にして床に伸びてしまった。
しかしアランも、未だ続く射精の快感を味わっている真っ最中で、ユーリを責めるようなことはしなかった。ただ多幸感に全身をびくびくと震わせながら、
「ユーリ、ユーリ…!」
と呟き、狼をかき抱く腕に力を込めただけだった。
[newpage]
3
そして現在へと話は戻る。
それからというもの、泥酔したアランはユーリを抱くようになった。ほとんど犯すような形で。ユーリも最初は抵抗していたが、この頃はなし崩し的にアランに組み敷かれてしまうのだった。
近頃のアランは、寝ているか、酒を飲んでいるか、ユーリを犯すか、この三つしかない。寝ている時はうなされていることが多く、飲んでいる時は終始恨みがましい顔で、時折ユーリに怒鳴るくらい。
なんとか彼を元に戻したくて、ユーリは規則正しい生活を送らせようと食事を作ったり部屋まで起こしに行ったりしているが、あまり効果は無かった。
いつまでたっても、アランは立ち直ってくれない。
だが、コトに及んでいる最中だけは。
その時の彼は、ユーリのことを見てくれる。嬉しそうにしていてくれる。褒めてくれる。笑ってくれる。
そう思うと、自分に迫る彼をどうしても強く拒否できなくなってしまった。
(こんなの、間違っているよな)
そう思ってもユーリはアランの傍にいて彼に抱かれてしまっているのだから、結局は同じことなのだろう。力ずくで無理矢理やられてしまうから、なんていうのは只の言い訳だ。本当に嫌なら彼の元を離れてしまえばいいのだから。
――しかし、自分が彼を見捨てたら、誰が彼を助けてくれるのだろう。
真昼間から自分に覆いかぶさるようにして腰を振るアランを見つめながら、ユーリはそんなことを思う。アランは頬を真っ赤に染めて、汗だくで快感を楽しんでいる。まだ昨夜の酒は抜けきっていないに違いない。時折漏らされる彼の吐息は、ひどくアルコール臭かった。
…ロケットは、こんな彼を見てきっと悲しんでいることだろう。
あのガラクタに、心があればだけれど。
「おい、何ボサっとしてんだよ」
不満げなアランの声が降ってくる。「てめえ、役立たずなんだから、もうちょっと俺が気持ちよくなれるよう頑張れよなあ!」
熊の手が、ユーリの首を掴みぎりりと締めあげる。
「っか…!」
ユーリは息も出来ずに四肢を暴れさせる。
さらに熊は、二人の身体の間で勃起していたユーリの肉棒を掴む。太い親指でピンク色の亀頭の先端を乱雑に擦り回した。
「いぎっ!」
意識が飛びそうな程の苦しさと痛みに近いその刺激に、ユーリは弓なりに身体を反らせる。
「いいぞお、ユーリ…!」
アランも天井を仰いで、ユーリのアナルが小さくすぼんだ感触を貪るように涎を垂らす。挿入した状態でユーリを痛めつけたりその逸物を刺激することで、肉壁が収縮して熊の陰茎を締め付ける。初めて犯した時にその味を覚えてから、度々アランはこうしてユーリの首を絞めたり逸物を責めたりと、サディスティックな行為に及ぶのである。
熊はユーリの首を離すと、その上体を抱えて起こす。熊は狼と向かい合った体勢でベッドに胡坐を掻くと、その陰茎を弄りながら腰を激しく上下させ始めた。
対面座位。この方が雁首でユーリの前立腺をよく抉ることが出来るので、最近のアランはこの体位を好んで行うことが多かった。
「あ、あ、アルさん…!」
強くなった前後からの快楽に、ユーリは声を上げる。振り落とされないように、熊の身体にしがみ付く。
「おらおら、天国に行かせてやるよユーリ…!!」
熊はそう言ってがはははと笑う。熊の先走りと狼の腸液で二人の結合部がにちゃにちゃと湿った音を立てた。
激しすぎる熊の責苦に意識が朦朧とし始めたユーリの目に、窓の外の光景が映る。天高くそびえるロケットが。
青空が。
二人が目指したものが。
不意に、ユーリは胸を突かれたような気になる。
笑いながらユーリを揺すり上げていた熊だったが、あることに気付いてふとその声を止める。
「…なんで、泣いてんだよ。ユーリ」
知らず知らずの内に、ユーリの目からは静かに涙が伝っていた。
今日の暖かい春の陽気に、アランと出会った日のことを思い出したからかもしれなかった。
――あの日もこんなぽかぽかした日でしたよね、アルさん。
(今日から俺と二人暮らしだ。よろしくなユーリ!)
そう言って痛いくらいに力強い握手を交わしてくれた、気のいい熊獣人を思い出したからかもしれなかった。
(ユーリが、俺と同じだったから)
そう真面目な顔で言った、自分と同じように宇宙が大好きな熊獣人を思い出したからかもしれなかった。
(てめえが無事でよかったって言ってんだろうが!)
そう怒鳴り散らしていた、厳しくも優しかった熊獣人を思い出したからもしれなかった。
(これでユーリも正式に俺らの仲間ってわけだな!)
そう嬉しそうに笑っていた、自分を一人前として育ててくれた尊敬する熊獣人を思い出したからかもしれなかった。
(誰がスモウの力士みたいだ、てめえユーリ!)
そう叫んで自分を追いかけ回してきた、子供みたいに無邪気な熊獣人を思い出したからかもしれなかった。
ユーリの脳裏に今までのアランとの思い出が次々と浮かんでは、
消えた。
――あの頃の彼はもうどこにもいないのだ。
――きっとあのロケットと一緒に死んでしまったのだ。
――さよなら、アルさん。
ユーリは悲しみを湛えた目で熊を静かに見つめる。
こんなの、こんなのアルさんじゃない。
狼の涙が、痛みで出るような生理的なものでないことは、熊にも分かった。
「そんな目で、俺を見んじゃねえよ…!」
そう凄んでみても、ユーリは何も言わずに熊を見返すだけ。
熊は激昂した。
熊の腰の動きが、ユーリの肉棒を擦る手の動きが、大きく、さらに激しくなる。八つ当たりをするかのような勢いで。さらに熊は狼の口を咥え込むように吸い付き舌を差し込むと、口内を犯し尽くすかのようにべろべろと舐め回した。
腰の骨が折れてしまうのではないかと錯覚するような突き上げと、逸物を襲うほとんど痛みに近い摩擦に、ユーリの限界はあっという間に訪れた。
「アル、さんっ…!」
身体を反らせ、声を上げてユーリは絶頂に達する。二人の間に精子が飛び散る。快感に染まる視界の中で、熊の表情も苦々しく歪んだように見えた。
「ぐううううううっ!!!」
身を捩るユーリに肉棒を断続的に締め上げられて、熊もまた唸り声を上げる。
熊の太い亀頭の先から、びゅるるる、とユーリの内部に白濁が撒き散らされた。熊は全身を震わせながら、ユーリの身体をかき抱きその身体をさらに強く抱き締める。
溺れた者が浮き木に必死に縋りつくかの様だった。
そしてユーリは、熊の声を聞く。
「…ユーリ…っ。…俺にはよ…もう、お前しか、いねえ…っ。何も、ねえんだ…っ。」
掠れた声だった。
アランはユーリの肩に顎を載せたまま、その中でびくびくと射精を繰り返す。ユーリの耳元で弱々しく呻き声を上げながら。小さく震える大きな背中は、果たして快楽の為か。
それとも彼が泣いている為か。
「…だから、見捨てないでくれよ…。ユーリぃ…っ」
見捨てないでくれ。かき消えそうな声で、熊は確かにそう言った。
いつだったか、ユーリがアランに言った言葉だった。
ユーリはそんな熊の背中を強く抱き返す。
――ああ、くそ。こんなことを言うなんて。今更すぎる。ずるい。ずるいよ、アルさん。
「大丈夫だよ、アルさん。俺は、絶対に見捨てません。だからアルさん――」
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4
天を突く様にそびえ立つ、その細長い塔のような建造物が燃えてから三度目の春。
空には白い雲がぷかぷかと浮かぶ、麗らかな陽気の日だった。
かつては星々の浮かぶ大海を目指したその巨大な金属の塊も、今や錆だらけとなり所々に青緑の苔が生えていた。過去に数十名の獣人たちが一生懸命になって平らにならしたその周辺も雑草が伸び放題になってしまっている。
「立ち入り禁止」と書かれた木製の立札も、周りをぐるりと囲んだ黒と黄の縞柄のロープもだいぶ古ぼけており、今にも朽ち落ちてしまいそうだ。
そのすぐそばに、一人の獣人の青年が塔の頂を見上げる様にして佇んでいた。
灰色の毛並みと、ピンと立った尻尾。
ユーリだった。
真新しい深緑のジャケットを羽織り、パンパンに膨らんだ革製のボストンバックを肩に担いでいた。
――やっと、まともに見れるようになったなあ。
ユーリは独り言ちる。
あの爆発炎上事故から、3年。あの日の炎に包まれたロケットを思い出すのが怖くて、この打ち上げ場に近づくことすら出来なかったのだ。
あの頃の自分たちの、夢であり希望であり目標。
確かに今のこれは、何の役にも立たないガラクタでしかない。撤去することも困難な大型廃棄物だ。
だが、たとえそうだとしても。
あの日夢見ていたものまでが色褪せるわけではない。皆で同じものを見つめ、そこに向かって走り続けた日々は確かにそこに存在していて、今もユーリの血となり肉となっている。そのことは疑いようもない事実だった。
彼は、ジャケットのポケットから封筒を取り出す。某大国からの手紙だった。彼の国では月への有人飛行をとうに可能にしていた。彼らが次に目指すはそのさらに遠方。ユーリたちの惑星の最も近い位置を公転している赤い惑星への宇宙飛行だ。
差出人の名は、共に開発メンバーとして働いて最後までアランの説得に加わってくれた虎だった。彼は大国へ移住し、宇宙開発計画部門に就職し直して昔のよしみを誘ってくれているのである。
ユーリの開発した、ロケットの傾きに合わせてスラスターの向きを自動調整するシステムに大国の技術者たちも目を付けており、ぜひ今度の惑星間飛行を手伝ってほしいのだと、手紙にはそう書かれていた。
「…こんなところにいたのかよ、ユーリ。そろそろ迎えが来るんじゃねえのか」
後ろから聞き慣れた太い声が聞こえて、ユーリは振り返る。
「――アルさん、もう風邪はいいんですか?」
そこにはパジャマにガウンを着こんだ熊獣人が立っていた。
「熱は下がったらからな。もう問題ねえだろ」
言うが早いか、アランは大きなくしゃみを一つする。
「…全然説得力ないんですけど」
ユーリは苦笑する。大方、ユーリが家にいないことに気付いてわざわざ歩いて探しに来てくれたのだろう。
三年をかけて、彼のアルコール依存は劇的に改善していた。
禁断症状は凄まじいものがあったが、ユーリの献身的な世話と、アランの強靭な意志があればこそであった。
「…しかしよ…。ホントに後から俺も行っていいのか?呼ばれてんのはお前だけなんだろう?」
もじもじとアランは言う。
ユーリが大国へ渡った後、生活が落ち着いたらアランも呼ぶという話になっていたのだ。
「大丈夫ですよ。アルさんの方が俺よりずっと優秀な技術者なんだから。大体、あのシステムはアルさんが手伝ってくれたから出来たんじゃないですか。俺が彼らに推薦しますよ」
ユーリはそう言って笑うが、アランは黙りこくって下を見つめるだけだった。
肩を落とした熊は、上目づかいでユーリを見るとやっと切り出す。
「…おめえは、いいのかよユーリ。・・・俺は、おかしくなっていたとはいえ、お前にあんな酷いことを」
アランの暗い声を遮るようにして、ユーリは大声を上げた。
「ばっかじゃねえのアルさん!あんたみたいな危なっかしい中年オヤジ、放っとけるかっつーのボケ!」
いつかの彼を真似たユーリの啖呵に、アランは目を丸くする。
ユーリは息を整えると、アランを真っ直ぐに見据えて静かに付け加える。
「…俺はアンタと行きたいんだよ、アルさん。――あそこにさ」
狼は天を指差してふり仰ぐ。
つられて、思わず熊も見上げる。
そこにはどこまでも続くような晴れ晴れとした空が広がっていた。
翼持たぬ者たちが夢想する、無限大の青。白い雲とのコントラスト。
降り注ぐ陽の光に思わず熊は目を細める。
その向こうには、二人が目指した暗黒の深淵が待っている。
無慈悲で残酷で、しかし誰もが見上げることを止まない、そこに向かって祈らずにはいられない、星々の煌めく大海。
アランは思い出す。目の前にいる狼と出会った日のことを。
あの日も、狼の青年は目をキラキラさせながら、青空のその先へと真っ直ぐな熱意を向けていた。
――そうだ。俺はこいつとなら、いつまでも少年の様に夢を見ていられる気がするのだ。
――空を、宇宙を目指す夢を。
「…言わせんなっての、このバカ熊!」
胸の内で感慨深げに呟いた熊に向かって、照れた狼が思い切り飛びついてくる。
不意を突かれて、熊はなんとか狼を受け止めたものの勢い余って仰向けに倒れ込んでしまう。二人は一緒にどさりと折り重なり、その衝撃で周辺の蒲公英から綿毛が舞い上がった。
熊はびっくりしてしまって目を白黒させ、しかし堪え切れなくなったように、がっはっは言うようになったなこいつめユーリ!と大声で笑い出す。
熊に頭を小突かれながらも、狼もまた大声で笑う。
白い綿毛の舞うロケットの傍で熊と狼の明るい声が響き渡る。
いつまでも、いつまでもその声は続いていた。
二人の想いを天へ届かせるかのように。
――彼らの名を冠したロケットが宇宙へと乗り出すのは、あと十数年後のお話。
[newpage]
某大国のアパートにて。
「ところでアルさん。なんで俺にあんなこと何回もしたんです…?」
「…それ、やっぱ言わなきゃだめか…?」
「まあ、あれだけのことをしたんですし。俺に懺悔してください」
「ちっ…。まあ、あれだ…。あの時はしばらく抜いてなかったから、溜まってて…それから、…――だったんだよ…」
「え?」
「だからよ、――めてだったんだって…」
「はい?もう少し大きな声で言ってもらっていいですか?」
「…だから、初めてだったんだっつーの!」
「はぁ…?」
「だー!わっかんねえ奴だな!お前が、俺の、初体験なんだよ!!悪いかよ!それでヤりまくっちまったの!謝るよ!」
「…ああ、そうなんですね…。…アルさんも童貞だったんですね…。たははっ」
「うるせえ!笑うな!馬鹿ユーリ!」
(了)