第11話 イチと精神病院(6) よせあつめ外伝17

  イチが意識を取り戻した時、まず感じたのは身体の違和感だった。

  上半身がなにかに包まれ動かない。

  ____しくった。

  薄目を開け周囲の状況を確認すると、辺りに人影はない。

  どうやらどこかの部屋に監禁されたようだ。

  床に転がされているのだが、床の感触に違和感を覚える。

  ____やわらかい。

  身を起こし周囲を確認すると、そこは白い部屋であった。

  壁も床も一面が白い布で作られており、中に綿でも入っているのか不気味にやわらかい。

  ____ここは、なんだ?

  ふと床に頭を打ち付けていたヤルマンの事を思い出す。

  もしかするとこの部屋はああいう患者の自傷を防ぐために作られた部屋なのかもしれない。

  イチは自分の身体の状態を確認する。

  服の上から白い拘束衣を着せられており、それがために腕が動かない事を理解した。

  ____くそ、抜けるのは無理か!

  イチはどうにか拘束を解けないか身をよじるが、拘束衣は頑丈にイチをしめつける。

  多少縄抜けの心得はあったがそれも役に立たない。

  しかも上体の動きに連動して股間まで伸びたV字のベルトが内股に食い込み痛む。

  ベルトの締め付けのせいで胸の膨らみは強調され、捲れた裾からは白い山の頂点がチラチラと露出し、食い込んだベルトで太物の肉が零れている。

  ガークにそういう意図はないであろうが、その姿は酷く雄の嗜虐心をそそる姿であろう。

  ____妙なものを着せやがって!

  イチはなんとかよろよろと立ち上がるとドアまで近づくのだが。

  ____……………ドアノブがない。

  ドアノブは存在せず、空いた穴を塗り固めた痕が見えた。

  ____どういうつもりだ!

  想定外の事態にイチは下唇を吸って音を出した。

  ガークの仕打ちよりも自分の迂闊さが情けない。

  無駄だと知りつつも何度かドアに身体をぶつけてみたが、ドアも白い布で覆われ柔らかく作られているためビクともしない。

  イチの不安を煽るように時折別の場所から奇声がかすかに聞こえる。

  それはただの叫びだったり、呻き声であったり、意味をなさない言葉であったりした。

  ____わたしは、どうなるんだ。

  イチはガークの意図を掴めずにいる。

  あらかじめブリーフィングで決めた日数を過ぎれば他の冒険者が派遣されるはずである。

  モーリンならエルビアニカやイルハなど信頼に足る仲間を寄越してくれるだろう。

  口封じのために始末される可能性もあるが、冒険者を手にかければどういうことになるかガークは流石に理解しているだろう。

  身柄を拘束された経験は(それこそ軍に拘束され拷問を受けたことさえ)あるが、相手の意図が読めないのは怖い。

  兎に角状況を有利にできる何か、それこそ金属片のひとつでも見つかれば試せることは増えるのだが、その部屋にあるのは白く柔らかい壁と床だけだった。

  やや高めの天井に灯っているマナライト以外なにもない。

  窓もないので時間の感覚が狂い、ほんのわずかな時間が酷く長く感じる。

  そして他の病室から聞こえてくる行害者の声は止む気配がない。

  ____白い監獄だ。

  この病室と牢になんの違いがあるのだ。

  いや、ある意味牢のほうがまだまともな場所かもしれない。

  結局、状況を好転させるような閃きも生まれない。

  それから数時間経った。

  イチにとってはもっと長く感じられただろう。

  「どうかな? 病室の居心地は」

  ふと、ドアの一部が回転しガークの声が聞こえてきた。

  外から患者の様子を窺うために作られた可動式の覗き穴の向こうに人の気配を感じる。

  「いったい、何が目的だ? 言っておくが、口封じするにしろ監禁するにしろ、他の冒険者が救援に来ればあなたはお終いだぞ」

  「君に危害を加えるつもりはない。調査に来たんだろう? この病院の現状をしっかり見ておくといい」

  ガークはそう言うと再びドアの覗き穴を閉じた。

  「おい! いったいなんのつもりだ!?」

  イチはドアに走り寄り覗き穴をどうにかできないか(文字通り)頭を使い押してみたがやはりビクともしない。

  しかし、しばらくドア相手に格闘していると突然ドアが開いた。

  ____なにかの魔法か?

  ドアが開いた仕組みはわからないが、もしかするとガークは簡単な魔法が使えるのかもしれない。

  ドアの向こうを警戒しながらイチは身体を当ててドアを開く。

  そこはヅィーコプカイン精神病院北棟の廊下であった。

  イチは即座にその場所の異常性に気が付いた。

  酷い悪臭がする。

  それは排泄物と酸化した皮脂の臭いだろうが、薬液と石の粉塵が混ざって肺にへばりつくような刺激臭と混ざり合っている。

  そこかしこに石灰が撒かれており、刺激臭の原因のひとつはこれだろう。

  ____ここが病院だと?

  悪臭もそうだが、他の棟とまるで世界が違う北棟のグロテスクさにイチは顔を歪めた。

  いったいこの異界が生み出された背景には何があるのだろうか。

  ____とにかく、脱出だ。

  窓から見える木々の高さから恐らくここは二階だろう。

  イチは上体を拘束衣で封じられた不自由な姿勢で周囲の様子を窺いながら足音を消し出口を探すことにした。

  ブリーフィングの時に北棟の見取り図は記憶している。

  南北に階段があり、中央を囲むように部屋が配置されている回廊型の造りのはずである。

  一旦イチは下に降りることにした。

  その間も病室から行害者の奇声や唸り声が聞こえてくる。

  ガークは最低限のケアしかしていないと言っていたが、いったい病室の中の行害者はどういう状態なのか。

  イチは階段を見つけ降りることにした。

  上体が拘束され重心をとりづらいので足を滑らせぬよう注意しなければならず、その歩調は頼りない。

  ____くそ、シャッターか!

  階段を降りたが、降りた先は先に進めぬよう金属製の格子シャッターで封じられていた。

  腕が封じられている状態ではなにもできず、格子の隙間から向こうの空間が見えているのが恨めしい。

  ____上に行くしかない、か。

  しかし4階まで上がるとまたシャッターで封鎖されている。

  まるでイチの動線を誘導する意図でもあるかのようだ。

  ____見て回れ、ということか。

  イチは最良の行動を考える。

  院内を見回ればなにか状況を有利にする道具などが見つかるかもしれない。

  だが相手に主導権を握られている今、迂闊に動き回るのは危険だろう。

  しかし、イチの冒険者としての本能がその場に留まる事をよしとしなかった。

  ____いいだろう。見ろと言うなら、いったいなにがこの地獄を生み出したか、見極めてやる。

  異様な白い監獄に囚われても尚、イチの冒険者としての魂は困難を打開するために、そしてヅィーコプカイン精神病院の闇を見極めるために燃えて輝くのであった。